【0008】
−本発明の第一の態様−
本発明の第一の態様は、免疫複合体転移測定方法(ICT−EIA法)で評価された血中と尿中のアディポネクチン濃度の数値を用いて、その比(尿中のアディポネクチン濃度/血中のアディポネクチン濃度)を取ることを特徴とする、腎機能の評価マーカーに関する発明である。
本発明の「免疫複合体転移酵素免疫測定方法(ICT−EIA法)」とは、非競合法(サンドイッチ)エンザイムイムノアッセイ法(EIA)の高感度化した改良方法に関するものである(非特許文献1参照)。
図1に示すように、ICT−EIA法では、使用する抗体の非特異吸着(バックグランド)を下げることができたので、多くの高分子生理活性物質のamolレベル以下(zmol)の測定が可能となっている(Hashida S,et al.,Biotechnology Annual Review Vol.1,(1995)pp403−451,Elsevier Science Publishers B.V.,Amsterdam参照)。
本発明の「アディポネクチン」とは、脂肪細胞から分泌されるアディポサイトカインの1つで、244個のアミノ酸からなる蛋白質であり、血中には3量体(LMW:Low molecular weight)を基本構造として、6量体(MMW:Middle molecular weight)、18量体(HMW:High molecular weight)など数種の多量体が存在することが報告されている。その血中濃度は、5〜10μg/mLという高濃度で存在しており、抗動脈硬化作用やインスリン抵抗性改善作用などの生理活性を有することが報告されている。さらに近年、これらの生理作用と多量体構造の役割が注目されており、高分子多量体レベルあるいは高分子多量体/総量比が、内臓脂肪型肥満や糖尿病、耐糖能、インスリン抵抗性、冠状動脈疾患、メタボリックシンドロームなどの様々な病態、さらに食事療法や手術による減量効果などにおいて、アディポネクチン総量よりもより相関が強いことも示され、アディポネクチンの分子別定量の重要性が示されている。さらに、肥満によるインスリン抵抗性においては、高分子量のアディポネクチンが特に関与することも見い出されている。また、アディポネクチンと腎障害について検討された報告によると、アディポネクチン欠損マウスでは、腎臓のポドサイトの足突起の融合が見られ、アルブミン尿が認められた。そこにアディポネクチンを補充すると、腎臓の病理組織の正常化及びアルブミン尿の改善が見られたという報告があることからも、アディポネクチンには腎障害に対して保護的な作用を有する可能性があることが示唆されている(Sharma K et al:Adiponectin regulates albuminuria and podocyte function in mice.J Clin Invest118(5):1645−1656,2008.)。
なお、ICT−EIA法では、主にHMWアディポネクチンを測定し、一部MMWアディポネクチンと単分子を測定していることが分かった。しかし、大変弱い反応であるが、LMWアディポネクチンも測定していることが分かった。
本発明の「腎機能」とは、腎臓の糸球体の濾過および再吸収機能のことを言う。
本発明の「評価マーカー」とは、尿中のアディポネクチン濃度を血中のアディポネクチン濃度で割った数値であり、例えば健常人の場合には、被験者AとBに見られるように、0.3×10
−4以下である。一方、早期の腎機能障害(微量アルブミン尿)が示唆される被験者Dでは、4.0×10
−4となっている。このように、本発明の評価マーカーは、10倍以上の数値の相違となっており、区別し易い指標である。更に、この数値に、10
4を乗じて、整数として、評価を行い易くすることもできる。
−本発明の第二の態様−
本発明の第二の態様は、上記の評価マーカーを使用し、腎機能疾患の進行度評価方法を行なう方法であり、更には、腎機能障害を有する患者に対して、介入療法を行うことを特徴とする、腎機能疾患の予防または治療方法に関する発明である。
本発明の「進行度評価方法」とは、尿中のアディポネクチン濃度/血中のアディポネクチンの比の変動を測定することにより、被験者の腎機能疾患の進行状況を的確に評価する方法である。この評価方法により、被験者の腎機能疾患の進行を抑制し改善するための治療剤の投与や生活指導等の介入療法が的確に行なえるようになる。
本発明の「介入療法」とは、プロトコールに基づく生活習慣(食事・身体活動中心)の改善または公知の高脂血症治療剤、糖尿病疾患治療剤の服用を言う。即ち、食事療法や運動療法を生活習慣の中に取り入れ、必要カロリーと消費カロリーのコントロールを行なうものであり、精神的なストレスを軽減するよう指導して、糖尿病性腎疾患の発症にかかわる要因を削除軽減することを行なう。更には、初期症状の腎機能疾患患者に対しては、本発明の評価マーカーの数値を下げるための薬物療法を行なうことを介入療法として含むものである。上記の腎機能疾患の進行度評価方法を用いて、早期の介入療法を開始することにより、例えば糖尿病性腎症などの重症度の腎機能障害への移行を抑制、回避し、症状を改善し、健康な状態に戻すことを言う。
なお、本発明の第二の態様で使用される用語で、第一の態様と共通する用語は同じ意味を表わすものである。そのため、特に言及することをしていない。
【実施例】
【0009】
次に実施例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
(実施例1)
ICT−EIA法による血中と尿中のアディポネクチン濃度の測定
(1)
試薬
a)
抗原:
標準リコンビナント・ヒト・アディポネクチンはBioVendor Lab Med Inc社(Palackecho,Czech Republic)より購入した。
b)
抗体:
モノクローナル抗ヒト・アディポネクチン抗体(BAF1065及びMAB10651)はR&D Systems Inc.(MN,USA)より購入した。
c)緩衝液:
緩衝液A:0.1M NaCl,0.01% BSA,1mM MgCl
2及び0.1% NaN
3を含む0.01Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)、
緩衝液B:5mM EDTAを含む0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.0)、
緩衝液C:0.1M NaCl,0.1% BSA,1mM MgCl
2及び0.1% NaN
3を含む0.01Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)、
緩衝液D:0.4M NaCl,0.1% BSA,1mM MgCl
2及び0.1% NaN
3を含む0.05Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)、
緩衝液E:0.1M NaClを含む0.01Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)
d)
血液サンプル:
被験者の血清サンプルを、12時間絶食後の早朝空腹時に採血し(NIPRO,22Gホルダー付,大阪)、室温30分静置後、遠心分離機(日立微量高速遠心機CF16RXII,日立工機,東京)で3000rpm、10分遠心し、血清を得た。血清は、マイナス30℃で凍結保存した。
e)
尿サンプル:
被験者の早朝第一尿(10mL)に1/50容量の5%BSAおよび5%NaN
3を加え、透析まで4℃で保存した。24時間以内に採取した尿を透析した。
透析は、透析用セルロースチューブ(透析膜UC8−32−25、三光純薬、東京)を用い、緩衝液(0.1MNaClを含む0.01Mリン酸ナトリウム緩衝液pH7.0)に対して1.5mlの上記尿サンプルの透析を行なった。透析後、透析尿の重量を秤量し、希釈倍率による補正を行なった。透析尿は直ちにマイクロチューブ(Safe−Lock Tubes1.5ml)に分注し、−20℃で凍結保存を行なった。尚、尿中クレアチニン濃度は市販キット(クレアチニン−テストワコー、和光純薬、大阪)により測定した。
(2)
方法
測定方法は、非特許文献1に記載のICT−EIA法を準用した。即ち、市販ELISA Kitに添付されている標準高分子ヒト・アディポネクチン標準液を緩衝液Dで希釈したものを100μL、または尿および血清を緩衝液Dで40,000倍希釈したもの100μLを用意し、これに酵素標識抗体及び捕捉用標識抗体を緩衝液Dに溶解した混合液100μLを加え、4℃ 16時間インキュベーションし、酵素標識抗体・アディポネクチン・捕捉用標識抗体の3者からなる免疫複合体を形成させた。次いで、この反応液に抗DNP−IgG不溶化ポリスチレンビーズ1個を加え、0.5時間反応させビーズ上に免疫複合体を捕捉した。このビーズを緩衝液A(2mL)で2回洗浄後、緩衝液Cに溶解した2mM DNP−Lys(150μL)と0.5時間反応させ、ビーズから免疫複合体を溶出させた。抗DNP−IgG不溶化ポリスチレンビーズを除去した後、溶出液にストレプトアビジン不溶化ポリスチレンビーズ1個を加え、さらに0.5時間反応させ、第2のビーズ上に免疫複合体を転移させた。ビーズとの反応はすべて25℃で210回/分の振盪下に行った。再びビーズを緩衝液C(2mL)で3回洗浄後、ビーズ上に転移されたβ−D−galactopyranoside(蛍光基質;4MUG)(400μL)を用いて30℃インキュベーションし、0.1Mグリシンナトリウム緩衝液(pH 10.5)(2mL)を加え反応を停止後、蛍光分光光度計(F−2500,日立)を用い測定した。なお、励起波長360nm蛍光波長450nmを用い、蛍光強度は10
−8M 4MUを100として換算した(Hashida S and Ishikawa E :Detection of one milliattomole of ferritin by novel and ultrasensitive enzyme immunoassay.J Biochem 108:960−964.1990.)。
(3)
測定結果
a)
被験者:
腎機能指標としての尿中アディポネクチンを評価するために、異なる性、年齢、腎機能を有する対象者を選別し、血中及び尿中アディポネクチンの検討を行った。若い健常な腎機能を有する20代女性A、健常な腎機能を有する40代女性B、年齢と共に腎機能推定指標であるeGFR(mL/min/1.73m
2)が低下傾向を見せている50代男性C、eGFRは、Cと変わらないが、微量アルブミン尿傾向にあることから、腎糸球体の濾過能の低下が示唆される60代肥満男性Dを対象者とした。
b)
評価結果:
まず、一般生化学検査の結果、血中クレアチニン濃度及び年齢と性からeGFRを算出した。その結果を表1に示す。被験者Aは、97.4mL/min/1.73m
2、被験者Bは、107.2mL/min/1.73m
2、被験者Cは、48.2mL/min/1.73m
2、被験者Dは、50.0mL/min/1.73m
2であった。
【表1】
上記表1のeGFR値から、被験者CとDの腎機能は、
図2に示されるように、CKDステージ分類によるとステージ3(GFR 30〜50mL/min/1.73m
2)のGFR中程度低下に該当する。また、ICT−EIA法による尿中アルブミン濃度では、被験者Aは、3.88μg/Cr、被験者Bは、1.29μg/Cr、被験者Cは、4.79μg/Cr、被験者Dは、33.6μg/Crであった。単回では診断できないが、被験者Dの値は微量アルブミン尿の範囲に該当する。
ICT−EIA法による血中アディポネクチン濃度は、被験者Aにおいて、21.3μg/mLと高く、被験者BもAと同様に20.7μg/mLと高い。しかし被験者Cでは、2.58μg/mLと4μg/mLを下回っていることから、低アディポネクチン血症を示した。被験者Dは、14.8μg/mLと性別や年齢、基礎疾患があり、運動習慣がないにも関わらず高値を示していた。
血液と同様に測定した尿中アディポネクチン濃度は、被験者Aにおいて、0.56ng/mgCrであり、被験者Bは、0.30ng/mgCrであった。また、被験者Cの尿中アディポネクチン濃度は、2.16ng/mgCrと被験者AやBよりも高く、被験者Dも同様に5.93ng/mgCrと高値を示した。
次に血中のアディポネクチン濃度に対して尿中に濾出されるアディポネクチン濃度の比を求めたところ、被験者Aは、0.3×10
−4、Bで0.1×10
−4に対し、被験者CとDは、8.4×10
−4と4.0×10
−4であり、数十倍高い値を示した。このように、
図2で示される被験者の腎機能のステージが、本発明の評価マーカー(尿中/血中アディポネクチン比)で明確に区別でき、被験者Dのように微量アルブミン尿の範囲に該当する対象者であっても、この評価マーカーを使用することで早期診断ができ、早期介入療法が開始できることになった。
(実施例2)
被験者A〜Dの血液及び尿におけるアディポネクチンの存在様式の検討
Superdex200を用いた分子ふるいカラムにより、希釈した被験者A〜Dの血清及び尿を分子量別に分画し、その分画をICT−EIA法により測定を行った。その結果、血清中の各対象者のアディポネクチン存在様式は、これまでの血中様式と同様にHMWアディポネクチンとMMWアディポネクチンがほとんどであることが分かった。
a)尿中のアディポネクチンの存在様式:
尿中のアディポネクチンは、以下の表2に示すように、腎機能が正常な被験者A、Bでは、絶対量としてはかなり少ないが、これまでと同様にHMW、MMW、LMW及び単分子アディポネクチンが検出された。
【表2】
上記表2に示すように、特に被験者A、Bにおいては、相対的に単分子アディポネクチンが多いことが分かった。一方、腎機能低下者である被験者C、Dでは共通してLMWアディポネクチンのピークが大半を占めていることが分かった。また、被験者Cにおいては、HMWアディポネクチンは検出されなかった。
b)血中のアディポネクチンの存在様式:
被験者A〜Dの血清中のアディポネクチン存在様式は、
図3(●)に示されるように、HMWアディポネクチンとMMWアディポネクチンがほとんどであることが分かった。尿中のアディポネクチンの存在様式が顕著に異なることが示されている。従って、この尿中と血中のHMWアディポネクチンの濃度を測定し、比(尿中アディポネクチン濃度/血中アディポネクチン濃度)を取れば、より顕著な指標として、腎機能障害の初期症状を評価できることになる。
(実施例3)
腎機能の指標eGFRに対する尿中のアディポネクチン値とアルブミン値の相関性の評価
a)eGFRに対する相関性:
健康診断において被験者70名から採取した尿中のアディポネクチン濃度(ng/mgCr)とアルブミン濃度(μg/mgCre)を実施例1に準じて測定した。また、同時に被験者の血中クレアチニン濃度及び年齢と性からeGFRを算出した。
その結果、尿中のアルブミン濃度とeGFRの間に有意な相関関係は認められなかったが、尿中のアディポネクチン濃度とeGFRの間には、
図4に示されるように、有意な負の相関関係が認められた。なお、血中のアディポネクチン濃度(μg/mL)とeGFRの間には、有意な相関関係は見出せなかった。
b)eGFRの各ステージ(G1、G2、G3a)に対する相関性:
前項の被験者70名のeGFR値から、
図2に示される各ステージに被験者を分類した。
ステージG1(90以上)、ステージG2(60〜89)、ステージG3a(45〜59)に分類される対象者の尿中アディポネクチン濃度(ng/mgCr)と尿中アルブミン濃度(μg/mgCre)をまとめた。
その結果を
図5と6に示した。上記各ステージ間における尿中アディポネクチン濃度および尿中アルブミン濃度を比較すると、尿中アディポネクチン濃度はG2期においてG1期より有意に高値を示した。一方、尿中アルブミン濃度はG3a期においてG2期より有意に高値を示した。
以上の結果は、尿中アディポネクチン濃度は尿中アルブミン濃度より腎障害予知マーカーとしての有用であることを示している。
c)eGFRの各ステージにおける尿中アディポネクチン濃度と尿中アルブミン濃度の相対値:
eGFRのステージG1の被験者の尿中アディポネクチン濃度と尿中アルブミン濃度の
中央値をそれぞれ1とする。次に、ステージG2とステージG3aの被験者の尿中アディポネクチン濃度と尿中アルブミン濃度がそれぞれ何倍になっているかを算定した。
その結果を
図7に示した。即ち、ステージG2において、尿中アディポネクチン相対値が尿中アルブミン相対値に比べ、有意に高値を示した。
以上の結果は、腎障害予知マーカーとして、尿中アディポネクチン相対値の有用性を示している。