特許第6062439号(P6062439)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6062439早期腎障害の評価マーカーとその測定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6062439
(24)【登録日】2016年12月22日
(45)【発行日】2017年1月18日
(54)【発明の名称】早期腎障害の評価マーカーとその測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/543 20060101AFI20170106BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20170106BHJP
   A61P 13/12 20060101ALI20170106BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20170106BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20170106BHJP
【FI】
   G01N33/543 555L
   G01N33/53 D
   A61P13/12
   A61P3/10
   A61K45/00
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-532822(P2014-532822)
(86)(22)【出願日】2013年3月27日
(86)【国際出願番号】JP2013060256
(87)【国際公開番号】WO2014034168
(87)【国際公開日】20140306
【審査請求日】2016年3月9日
(31)【優先権主張番号】特願2012-204969(P2012-204969)
(32)【優先日】2012年8月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(72)【発明者】
【氏名】橋田 誠一
(72)【発明者】
【氏名】山本 真弓
【審査官】 草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−234946(JP,A)
【文献】 特表2010−540919(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2010/0143951(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2010/0056445(US,A1)
【文献】 兼松直毅、外5名,高感度アディポネクチン測定法の開発とその運動・栄養指導への応用,徳島文理大学研究紀要,日本,2009年,No.78 ,Page.7-23
【文献】 梅原麻子、外3名,尿中アジポネクチン測定法の開発と腎機能評価への応用,栄養学雑誌,日本,2010年 9月10日,Vol.68,No.5, ,Supplement Page.223
【文献】 花岡一成,進行性腎障害に関する調査研究 嚢胞腎患者における高分子アディポネクチンの測定,厚生労働省科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業 進行性腎障害に関する調査研究 平成17年度 総括・分担研究報告書,日本,2006年,Page.161-163
【文献】 成田琢磨,ヒトの糸球体内圧上昇を検出する新しい方法の導入による糖尿病性腎症極早期病変の病態解析とその発症進展防止に関する臨床研究,秋田医学,2005年,Vol.32,No.2,Page.89-93
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
免疫複合体転移測定方法(ICT−EIA法)で測定された尿中のアディポネクチン濃度の測定値を血中のアディポネクチン濃度で除した数値であることを特徴とする、腎機能の評価マーカー。
【請求項2】
上記アディポネクチン濃度が、高分子量(HMW)アディポネクチン濃度である、請求項1に記載の腎機能の評価マーカー。
【請求項3】
請求項1または2の数値に104を乗じた数値であることを特徴とする、請求項1または2の腎機能の評価マーカー。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の評価マーカーを使用することを特徴とする、腎機能疾患の進行度評価の補助方法。
【請求項5】
腎機能疾患が糖尿病性腎症であることを特徴とする、請求項4に記載の腎機能疾患の進行度評価の補助方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖尿病に起因する腎機能疾患(特に糖尿病性腎症)の初期症状を的確に評価するための評価マーカーとその測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
糖尿病は、持続した高血糖による血管合併症を招き、細小血管症(網膜症、腎症、神経障害)と大血管症(脳心血管系疾患)を合併する。この中でも細小血管症に区分される糖尿病性腎症は、1998年に慢性糸球体腎炎を抜いて日本の透析療法導入疾患の第1位となり、2009年には、全透析療法導入者数のなかで44.5%(1万6549人)を占め、医学的・医療経済的に大きな問題となっている。さらに、透析療法導入後の5年生存率は約50%であり、今なお生命予後不良である。そのため、糖尿病性腎症の発症を早期に発見し、早期に治療する必要があるが、糖尿病性腎症は末期になるまで臨床症状に乏しく、積極的に検査を行わない場合見逃されやすい。したがって、糖尿病発症の早期から積極的に検査を行い、発症の診断や病期の評価を続けることが不可欠である。
糖尿病性腎症の診断には、腎生検による組織学的診断が必要である。しかし、すべての糖尿病患者に腎生検を施行することは困難であり、一般的には、臨床経過や網膜症などの合併症の有無に加え、尿検査・腎機能検査所見などを総合的に判断して診断することが多い。そのため現在では、糖尿病性腎症の早期診断は、微量アルブミン尿の出現により行われている。
日本では2005年の日本糖尿病学会と日本腎臓学会の糖尿病性腎症合同委員会において、「糖尿病腎症の早期診断基準」が改訂された。この基準によると、尿中アルブミン測定対象者は、通常の試験紙法で尿蛋白陰性か、1+程度の陽性を示す糖尿病患者である。尿は、なるべく午前中の随時尿を測定し、免疫測定法で尿中アルブミン値を定量し(同時に尿中クレアチニン値(Cr)も測定する)、3回測定中2回以上の尿中アルブミン値が30〜299mg/gCrであれば、微量アルブミン尿とし、糖尿病性早期腎症と診断する。微量アルブミン尿だけでは糖尿病性腎症以外の諸病態も否定できないため、尿中IV型コラーゲン値の上昇や、腎肥大などの糖尿病性腎病変の存在を示唆する所見が診断の参考になる。
一方、初期の慢性腎臓病(CKD:chronic kidney disease)は、一般に自覚症状に乏しく、尿異常から始まり、徐々に腎機能が低下して末期腎不全へ進行する。したがって、採尿による尿異常の発見は、CKD早期検出の唯一の手がかりといえる。中でも蛋白尿(微量アルブミン尿を含む)は、CKDの進展と密接に関わっており、最も重要な所見と言える。
最近、糖尿病患者において、“GFR decliner”(糸球体濾過量:GFR:Glomerular Filtration Rate) あるいは“early renal function decline”と呼ばれる進行性の早期腎機能低下が報告されている。これについての明確な定義はないが、持続的蛋白尿を合併しない糖尿病患者で、腎機能が正常範囲内(60mL/min/1.73m2以上)にもかかわらず進行性に腎機能が低下し、アルブミン尿の増減に関係なく腎不全期へ至る症例が確認されるようになった。アルブミン尿の増加を認めないGFR declinerの症例では治療の開始が遅れてしまい、腎不全期への進行を十分に阻止することができていない可能性が考えられる。そのため、定期的な腎機能の評価により、早期にGFR declinerを同定することができれば、アルブミン尿の程度に関係なく、腎機能がまだ正常な時期において腎保護のための治療を開始することが可能となり、その後の腎機能の低下を抑制あるいは改善させることができるのではないかと期待される。これらのことから、微量アルブミン尿のみで糖尿病性腎症の早期診断を行うには限界があり、GFR declinerの予測因子としてより鋭敏な糖尿病性腎症の早期臨床的指標の開発が求められている。
しかしながら、アルブミン尿の程度に関係なく、腎機能がまだ正常な時期において腎保護のための治療を開始することが可能となるマーカーや測定方法については、まだ充分な検討がなされていない状況である。なお、血中の特定のタンパク質に着目し、糖尿病性疾患の進行度を検査することが行なわれている。例えば、血中のアディポネクチンを測定することにより、早期に糖尿病の進展度を判定する方法が報告されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】橋田誠一ら、「高感度アディポネクチン測定法の開発とその運動・栄養指導への応用」徳島文理大学研究紀要第78号7〜20頁(2009年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、腎障害を早期に検出し、適切な生活指導を行い、腎障害を寛解・退縮させるための、腎障害リスクのマーカーとその測定評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、非特許文献1の免疫複合体転移測定方法(ICT−EIA法)による高分子アディポネクチン測定方法を応用し、新たな腎変異の指標として尿中高分子アディポネクチンの可能性について検討して来た(PCT/JP2012/055736)。その中で、本発明者らは更に検討を進め、具体的な患者のデータを評価検討した。その結果、患者の糸球体濾過能に違いにより、血中と尿中のアディポネクチン濃度に相違が見られた。即ち、糸球体濾過能が悪くなれば、尿中アディポネクチン濃度が高くなることから、血中のアディポネクチン濃度に対して尿中に濾出されるアディポネクチン比を求めたところ、糸球体濾過能が悪い患者では、健常人と比較して数十倍も高い値を示すことが明らかとなった。このことから、本発明者らは、尿中/血中アディポネクチン比が、アルブミン尿の傾向とは異なった、新たな腎障害の早期指標になり得ることを見出した。
更に、本発明者らは、健常者の尿中アディポネクチン値には、単分子アディポネクチンの占める割合が高いことから、単分子アディポネクチンを測定しないアディポネクチン測定方法により、尿中/血中アディポネクチン比の差が、より明白となることを見出した。即ち、HMWアディポネクチンをより特異的に測定し、尿中/血中アディポネクチン比を測定評価することにより、この尿中/血中アディポネクチン比をマーカーとして、腎障害の早期指標として使用できることを見出した。本発明者は、以上の知見に基づき、本発明を完成した。
即ち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1)免疫複合体転移測定方法(ICT−EIA法)で測定された尿中のアディポネクチン濃度の測定値を血中のアディポネクチン濃度で除した数値であることを特徴とする、腎機能の評価マーカー。
(2)上記アディポネクチン濃度が、高分子量(HMW)アディポネクチン濃度である、上記(1)に記載の腎機能の評価マーカー。
(3)上記(1)または(2)の数値に10を乗じた数値であることを特徴とする、上記(1)または(2)の腎機能の評価マーカー。
(4)上記(1)〜(3)に記載の評価マーカーを使用することを特徴とする、腎機能疾患の進行度評価方法。
(5)腎機能疾患が糖尿病性腎症であることを特徴とする、上記(4)に記載の腎機能疾患の進行度評価方法。
(6)上記(1)〜(3)の評価マーカーを用いて、腎機能疾患患者及び/又はその予備群に対して、介入療法を行うことを特徴とする、腎機能疾患の予防または治療方法。
(7)腎機能疾患が糖尿病性腎症であることを特徴とする、上記(6)に記載の腎機能疾患の予防または治療方法。
(8)介入療法が、食事療法、運動療法または薬物療法である、上記(6)または(7)に記載の糖尿病性疾患の予防または治療方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明のICT−EIA法で得られた尿中と血中のアディポネクチン濃度の比を取り、これを腎機能の評価マーカーとすることにより、アルブミン尿の程度に関係なく、腎機能がまだ正常な時期において腎保護のための治療を開始することが可能となった。その結果、本発明の腎機能の評価マーカーの評価方法を用いることにより、糖尿病性疾患の診断として、特に問題の多い糖尿病性腎症の早期発見や、糖尿病予備群の腎機能障害の判定や介入療法後の効果判定にも有用である。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1は、本発明で使用した免疫複合体転移酵素免疫測定法(ICT−EIA法)の概略を表した図である。
図2は、被験者A〜Dの腎機能に関して、CKDステージ分類を行なった図である。被験者AとBは健常人であり、被験者CとDでは腎機能の低下が予想されている。
図3は、被験者A〜Dの血清サンプルと尿サンプルを用いて、Superdexカラムにより分子量別に分画し、血中及び尿中アディポネクチン分子存在様式を検討した図である。●:血中のアディポネクチン濃度(左軸)、◇:透析尿中のアディポネクチン濃度(右軸)を表わしている。フラクションNo.46前後のピークは、HMWアディポネクチンであり、フラクションNo.51前後のピークは、MMWアディポネクチンであり、フラクションNo.58前後のピークは、LMWアディポネクチンである。また、低分子領域のフラクションNo.78前後のピークは、単分子アディポネクチンに該当する。
図4は、被験者50名の尿中アディポネクチン濃度(ng/mgCr)と腎機能指標のeGFR(mL/min/1.73m)を測定して、その相関関係の有無を評価した図である。尿中のアディポネクチン濃度は、eGFRと負の相関関係を示すことが明らかとなった。
図5は、図4で得られた評価データを集約し、eGFRの各ステージ(G1、G2、G3a)に整理して、各ステージの中での尿中アディポネクチン濃度の平均とバラツキを表わした図である。尿中アディポネクチン濃度は、ステージG2においてステージG1よりも有意に高くなった。
図6は、図5と同様に図4で得られた評価データを集約し、eGFRの各ステージ(G1、G2、G3a)に整理して、各ステージの中での尿中アルブミン濃度の平均とバラツキを表わした図である。尿中アルブミン濃度は、ステージG3aにおいてステージG2よりも有意に高くなった。
図7は、上記のeGFRのステージG1における、尿中アディポネクチン濃度と尿中アルブミン濃度の各平均を1として、ステージG2とG3aの各被験者の尿中アディポネクチン濃度と尿中アルブミン濃度の相対値を算定した。その数値をeGFRの各ステージ毎に表わした図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
−本発明の第一の態様−
本発明の第一の態様は、免疫複合体転移測定方法(ICT−EIA法)で評価された血中と尿中のアディポネクチン濃度の数値を用いて、その比(尿中のアディポネクチン濃度/血中のアディポネクチン濃度)を取ることを特徴とする、腎機能の評価マーカーに関する発明である。
本発明の「免疫複合体転移酵素免疫測定方法(ICT−EIA法)」とは、非競合法(サンドイッチ)エンザイムイムノアッセイ法(EIA)の高感度化した改良方法に関するものである(非特許文献1参照)。図1に示すように、ICT−EIA法では、使用する抗体の非特異吸着(バックグランド)を下げることができたので、多くの高分子生理活性物質のamolレベル以下(zmol)の測定が可能となっている(Hashida S,et al.,Biotechnology Annual Review Vol.1,(1995)pp403−451,Elsevier Science Publishers B.V.,Amsterdam参照)。
本発明の「アディポネクチン」とは、脂肪細胞から分泌されるアディポサイトカインの1つで、244個のアミノ酸からなる蛋白質であり、血中には3量体(LMW:Low molecular weight)を基本構造として、6量体(MMW:Middle molecular weight)、18量体(HMW:High molecular weight)など数種の多量体が存在することが報告されている。その血中濃度は、5〜10μg/mLという高濃度で存在しており、抗動脈硬化作用やインスリン抵抗性改善作用などの生理活性を有することが報告されている。さらに近年、これらの生理作用と多量体構造の役割が注目されており、高分子多量体レベルあるいは高分子多量体/総量比が、内臓脂肪型肥満や糖尿病、耐糖能、インスリン抵抗性、冠状動脈疾患、メタボリックシンドロームなどの様々な病態、さらに食事療法や手術による減量効果などにおいて、アディポネクチン総量よりもより相関が強いことも示され、アディポネクチンの分子別定量の重要性が示されている。さらに、肥満によるインスリン抵抗性においては、高分子量のアディポネクチンが特に関与することも見い出されている。また、アディポネクチンと腎障害について検討された報告によると、アディポネクチン欠損マウスでは、腎臓のポドサイトの足突起の融合が見られ、アルブミン尿が認められた。そこにアディポネクチンを補充すると、腎臓の病理組織の正常化及びアルブミン尿の改善が見られたという報告があることからも、アディポネクチンには腎障害に対して保護的な作用を有する可能性があることが示唆されている(Sharma K et al:Adiponectin regulates albuminuria and podocyte function in mice.J Clin Invest118(5):1645−1656,2008.)。
なお、ICT−EIA法では、主にHMWアディポネクチンを測定し、一部MMWアディポネクチンと単分子を測定していることが分かった。しかし、大変弱い反応であるが、LMWアディポネクチンも測定していることが分かった。
本発明の「腎機能」とは、腎臓の糸球体の濾過および再吸収機能のことを言う。
本発明の「評価マーカー」とは、尿中のアディポネクチン濃度を血中のアディポネクチン濃度で割った数値であり、例えば健常人の場合には、被験者AとBに見られるように、0.3×10−4以下である。一方、早期の腎機能障害(微量アルブミン尿)が示唆される被験者Dでは、4.0×10−4となっている。このように、本発明の評価マーカーは、10倍以上の数値の相違となっており、区別し易い指標である。更に、この数値に、10を乗じて、整数として、評価を行い易くすることもできる。
−本発明の第二の態様−
本発明の第二の態様は、上記の評価マーカーを使用し、腎機能疾患の進行度評価方法を行なう方法であり、更には、腎機能障害を有する患者に対して、介入療法を行うことを特徴とする、腎機能疾患の予防または治療方法に関する発明である。
本発明の「進行度評価方法」とは、尿中のアディポネクチン濃度/血中のアディポネクチンの比の変動を測定することにより、被験者の腎機能疾患の進行状況を的確に評価する方法である。この評価方法により、被験者の腎機能疾患の進行を抑制し改善するための治療剤の投与や生活指導等の介入療法が的確に行なえるようになる。
本発明の「介入療法」とは、プロトコールに基づく生活習慣(食事・身体活動中心)の改善または公知の高脂血症治療剤、糖尿病疾患治療剤の服用を言う。即ち、食事療法や運動療法を生活習慣の中に取り入れ、必要カロリーと消費カロリーのコントロールを行なうものであり、精神的なストレスを軽減するよう指導して、糖尿病性腎疾患の発症にかかわる要因を削除軽減することを行なう。更には、初期症状の腎機能疾患患者に対しては、本発明の評価マーカーの数値を下げるための薬物療法を行なうことを介入療法として含むものである。上記の腎機能疾患の進行度評価方法を用いて、早期の介入療法を開始することにより、例えば糖尿病性腎症などの重症度の腎機能障害への移行を抑制、回避し、症状を改善し、健康な状態に戻すことを言う。
なお、本発明の第二の態様で使用される用語で、第一の態様と共通する用語は同じ意味を表わすものである。そのため、特に言及することをしていない。
【実施例】
【0009】
次に実施例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
(実施例1)ICT−EIA法による血中と尿中のアディポネクチン濃度の測定
(1)試薬
a)抗原
標準リコンビナント・ヒト・アディポネクチンはBioVendor Lab Med Inc社(Palackecho,Czech Republic)より購入した。
b)抗体
モノクローナル抗ヒト・アディポネクチン抗体(BAF1065及びMAB10651)はR&D Systems Inc.(MN,USA)より購入した。
c)緩衝液:
緩衝液A:0.1M NaCl,0.01% BSA,1mM MgCl及び0.1% NaNを含む0.01Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)、
緩衝液B:5mM EDTAを含む0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.0)、
緩衝液C:0.1M NaCl,0.1% BSA,1mM MgCl及び0.1% NaNを含む0.01Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)、
緩衝液D:0.4M NaCl,0.1% BSA,1mM MgCl及び0.1% NaNを含む0.05Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)、
緩衝液E:0.1M NaClを含む0.01Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)
d)血液サンプル
被験者の血清サンプルを、12時間絶食後の早朝空腹時に採血し(NIPRO,22Gホルダー付,大阪)、室温30分静置後、遠心分離機(日立微量高速遠心機CF16RXII,日立工機,東京)で3000rpm、10分遠心し、血清を得た。血清は、マイナス30℃で凍結保存した。
e)尿サンプル
被験者の早朝第一尿(10mL)に1/50容量の5%BSAおよび5%NaNを加え、透析まで4℃で保存した。24時間以内に採取した尿を透析した。
透析は、透析用セルロースチューブ(透析膜UC8−32−25、三光純薬、東京)を用い、緩衝液(0.1MNaClを含む0.01Mリン酸ナトリウム緩衝液pH7.0)に対して1.5mlの上記尿サンプルの透析を行なった。透析後、透析尿の重量を秤量し、希釈倍率による補正を行なった。透析尿は直ちにマイクロチューブ(Safe−Lock Tubes1.5ml)に分注し、−20℃で凍結保存を行なった。尚、尿中クレアチニン濃度は市販キット(クレアチニン−テストワコー、和光純薬、大阪)により測定した。
(2)方法
測定方法は、非特許文献1に記載のICT−EIA法を準用した。即ち、市販ELISA Kitに添付されている標準高分子ヒト・アディポネクチン標準液を緩衝液Dで希釈したものを100μL、または尿および血清を緩衝液Dで40,000倍希釈したもの100μLを用意し、これに酵素標識抗体及び捕捉用標識抗体を緩衝液Dに溶解した混合液100μLを加え、4℃ 16時間インキュベーションし、酵素標識抗体・アディポネクチン・捕捉用標識抗体の3者からなる免疫複合体を形成させた。次いで、この反応液に抗DNP−IgG不溶化ポリスチレンビーズ1個を加え、0.5時間反応させビーズ上に免疫複合体を捕捉した。このビーズを緩衝液A(2mL)で2回洗浄後、緩衝液Cに溶解した2mM DNP−Lys(150μL)と0.5時間反応させ、ビーズから免疫複合体を溶出させた。抗DNP−IgG不溶化ポリスチレンビーズを除去した後、溶出液にストレプトアビジン不溶化ポリスチレンビーズ1個を加え、さらに0.5時間反応させ、第2のビーズ上に免疫複合体を転移させた。ビーズとの反応はすべて25℃で210回/分の振盪下に行った。再びビーズを緩衝液C(2mL)で3回洗浄後、ビーズ上に転移されたβ−D−galactopyranoside(蛍光基質;4MUG)(400μL)を用いて30℃インキュベーションし、0.1Mグリシンナトリウム緩衝液(pH 10.5)(2mL)を加え反応を停止後、蛍光分光光度計(F−2500,日立)を用い測定した。なお、励起波長360nm蛍光波長450nmを用い、蛍光強度は10−8M 4MUを100として換算した(Hashida S and Ishikawa E :Detection of one milliattomole of ferritin by novel and ultrasensitive enzyme immunoassay.J Biochem 108:960−964.1990.)。
(3)測定結果
a)被験者
腎機能指標としての尿中アディポネクチンを評価するために、異なる性、年齢、腎機能を有する対象者を選別し、血中及び尿中アディポネクチンの検討を行った。若い健常な腎機能を有する20代女性A、健常な腎機能を有する40代女性B、年齢と共に腎機能推定指標であるeGFR(mL/min/1.73m)が低下傾向を見せている50代男性C、eGFRは、Cと変わらないが、微量アルブミン尿傾向にあることから、腎糸球体の濾過能の低下が示唆される60代肥満男性Dを対象者とした。
b)評価結果
まず、一般生化学検査の結果、血中クレアチニン濃度及び年齢と性からeGFRを算出した。その結果を表1に示す。被験者Aは、97.4mL/min/1.73m、被験者Bは、107.2mL/min/1.73m、被験者Cは、48.2mL/min/1.73m、被験者Dは、50.0mL/min/1.73mであった。
【表1】
上記表1のeGFR値から、被験者CとDの腎機能は、図2に示されるように、CKDステージ分類によるとステージ3(GFR 30〜50mL/min/1.73m)のGFR中程度低下に該当する。また、ICT−EIA法による尿中アルブミン濃度では、被験者Aは、3.88μg/Cr、被験者Bは、1.29μg/Cr、被験者Cは、4.79μg/Cr、被験者Dは、33.6μg/Crであった。単回では診断できないが、被験者Dの値は微量アルブミン尿の範囲に該当する。
ICT−EIA法による血中アディポネクチン濃度は、被験者Aにおいて、21.3μg/mLと高く、被験者BもAと同様に20.7μg/mLと高い。しかし被験者Cでは、2.58μg/mLと4μg/mLを下回っていることから、低アディポネクチン血症を示した。被験者Dは、14.8μg/mLと性別や年齢、基礎疾患があり、運動習慣がないにも関わらず高値を示していた。
血液と同様に測定した尿中アディポネクチン濃度は、被験者Aにおいて、0.56ng/mgCrであり、被験者Bは、0.30ng/mgCrであった。また、被験者Cの尿中アディポネクチン濃度は、2.16ng/mgCrと被験者AやBよりも高く、被験者Dも同様に5.93ng/mgCrと高値を示した。
次に血中のアディポネクチン濃度に対して尿中に濾出されるアディポネクチン濃度の比を求めたところ、被験者Aは、0.3×10−4、Bで0.1×10−4に対し、被験者CとDは、8.4×10−4と4.0×10−4であり、数十倍高い値を示した。このように、図2で示される被験者の腎機能のステージが、本発明の評価マーカー(尿中/血中アディポネクチン比)で明確に区別でき、被験者Dのように微量アルブミン尿の範囲に該当する対象者であっても、この評価マーカーを使用することで早期診断ができ、早期介入療法が開始できることになった。
(実施例2)被験者A〜Dの血液及び尿におけるアディポネクチンの存在様式の検討
Superdex200を用いた分子ふるいカラムにより、希釈した被験者A〜Dの血清及び尿を分子量別に分画し、その分画をICT−EIA法により測定を行った。その結果、血清中の各対象者のアディポネクチン存在様式は、これまでの血中様式と同様にHMWアディポネクチンとMMWアディポネクチンがほとんどであることが分かった。
a)尿中のアディポネクチンの存在様式:
尿中のアディポネクチンは、以下の表2に示すように、腎機能が正常な被験者A、Bでは、絶対量としてはかなり少ないが、これまでと同様にHMW、MMW、LMW及び単分子アディポネクチンが検出された。
【表2】
上記表2に示すように、特に被験者A、Bにおいては、相対的に単分子アディポネクチンが多いことが分かった。一方、腎機能低下者である被験者C、Dでは共通してLMWアディポネクチンのピークが大半を占めていることが分かった。また、被験者Cにおいては、HMWアディポネクチンは検出されなかった。
b)血中のアディポネクチンの存在様式:
被験者A〜Dの血清中のアディポネクチン存在様式は、図3(●)に示されるように、HMWアディポネクチンとMMWアディポネクチンがほとんどであることが分かった。尿中のアディポネクチンの存在様式が顕著に異なることが示されている。従って、この尿中と血中のHMWアディポネクチンの濃度を測定し、比(尿中アディポネクチン濃度/血中アディポネクチン濃度)を取れば、より顕著な指標として、腎機能障害の初期症状を評価できることになる。
(実施例3)腎機能の指標eGFRに対する尿中のアディポネクチン値とアルブミン値の相関性の評価
a)eGFRに対する相関性:
健康診断において被験者70名から採取した尿中のアディポネクチン濃度(ng/mgCr)とアルブミン濃度(μg/mgCre)を実施例1に準じて測定した。また、同時に被験者の血中クレアチニン濃度及び年齢と性からeGFRを算出した。
その結果、尿中のアルブミン濃度とeGFRの間に有意な相関関係は認められなかったが、尿中のアディポネクチン濃度とeGFRの間には、図4に示されるように、有意な負の相関関係が認められた。なお、血中のアディポネクチン濃度(μg/mL)とeGFRの間には、有意な相関関係は見出せなかった。
b)eGFRの各ステージ(G1、G2、G3a)に対する相関性:
前項の被験者70名のeGFR値から、図2に示される各ステージに被験者を分類した。
ステージG1(90以上)、ステージG2(60〜89)、ステージG3a(45〜59)に分類される対象者の尿中アディポネクチン濃度(ng/mgCr)と尿中アルブミン濃度(μg/mgCre)をまとめた。
その結果を図5と6に示した。上記各ステージ間における尿中アディポネクチン濃度および尿中アルブミン濃度を比較すると、尿中アディポネクチン濃度はG2期においてG1期より有意に高値を示した。一方、尿中アルブミン濃度はG3a期においてG2期より有意に高値を示した。
以上の結果は、尿中アディポネクチン濃度は尿中アルブミン濃度より腎障害予知マーカーとしての有用であることを示している。
c)eGFRの各ステージにおける尿中アディポネクチン濃度と尿中アルブミン濃度の相対値:
eGFRのステージG1の被験者の尿中アディポネクチン濃度と尿中アルブミン濃度の中央値をそれぞれ1とする。次に、ステージG2とステージG3aの被験者の尿中アディポネクチン濃度と尿中アルブミン濃度がそれぞれ何倍になっているかを算定した。
その結果を図7に示した。即ち、ステージG2において、尿中アディポネクチン相対値が尿中アルブミン相対値に比べ、有意に高値を示した。
以上の結果は、腎障害予知マーカーとして、尿中アディポネクチン相対値の有用性を示している。
【産業上の利用可能性】
【0010】
本発明の腎機能障害の評価マーカーとその評価方法は、採取された尿中に存在するアディポネクチン濃度および同時に採取された血液の中に存在するアディポネクチン濃度との比を評価マーカーの数値とするものであり、得られた評価マーカーの数値から、腎臓の初期機能障害の状況を早期に把握することが可能になった。また、本発明の評価方法を用いて、健康診断への応用と介入療法と組み合わせての医療システムの構築が可能となる。
図1
図2
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図4
図5
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図7