【実施例】
【0057】
以下に、本発明の実施例を説明する。
【0058】
〔実施例1〕
木削片として、大きさ数センチの針葉樹チップ(スギ)を100℃の煮沸槽で2〜3時間煮沸した。次に、常圧で、リファイナーで湿式繊維(煮沸解繊繊維)に解繊した。得られた湿式繊維の平均繊維長さを顕微鏡で測定した(サンプル数100の平均値)。この結果を表1に示す。得られた湿式繊維を顕微鏡観察した。結果を
図1(a)に示す。
【0059】
次に、解繊された湿式繊維の表面に、湿式繊維(乾燥質量)に対して、多価カルボン酸として表2に示す割合のクエン酸が添加されるように、クエン酸水溶液を湿式繊維に塗布(噴霧)した。次に、ドライヤー(乾燥機)で含水率6%前後まで湿式繊維を乾燥し、カルボン酸を均一に木質原料の表面に固着(付着)させた。
【0060】
次に、このクエン酸が付着した湿式繊維を、マット成形機を用いて、厚さ70mmの木質マットに成形した。この木質マットを、プレス機に投入して、加熱条件、すなわち熱圧温度220℃、熱圧時間5分間、厚さ3mm(ボード密度0.8g/cm
3)となるように加圧することにより、木質ボード(木質繊維板)を得た。得られた木質ボードの表面を顕微鏡観察した。この結果を
図1(b)に示す。
【0061】
〔実施例2〕
実施例1と同じようにして、木質ボードを製造した。実施例1と相違する点は、スギを含む木削片の蒸気処理と解繊処理を同一の圧力容器内で行った点である。具体的には、上述した大きさ数センチの針葉樹チップを0.5〜1.0MPa(具体的には、0.8MPa)の蒸気圧下で1〜10分間(具体的には、5分間)蒸気処理し、蒸気処理した木削片を同一の蒸気圧下(0.5〜1.0MPa(具体的には、0.8MPa))でリファイナーにより湿式繊維(高圧解繊繊維)に、解繊処理した点が相違している。得られた湿式繊維を顕微鏡観察した。結果を
図1(c)に示す。
【0062】
そして、実施例1と同様に表2に示す割合のクエン酸が添加されるように、同様の方法で湿式繊維にクエン酸を付着させ、湿式繊維を乾燥し、これを木質マットに成形し、成形したマットを加圧および加熱することにより、木質ボードを成形した。なお、実施例1と同様に、得られた湿式繊維の平均繊維長さを顕微鏡で測定した(サンプル数100の平均値)。この結果を表1に示す。得られた木質ボードの表面を顕微鏡観察した。結果を
図1(d)に示す。
【0063】
〔比較例1〕
実施例1と同じようにして、木質ボードを製造した。実施例1と相違する点は、木質原料として、針葉樹角材(スギ)をベルトサンダー(研磨紙♯80)で研削して得たサンダー粉(木粉)を用いた点である。そして、実施例1と同様に表2に示す割合のクエン酸が添加されるように、同様の方法で木粉にクエン酸を付着させ、その後加圧および加熱することにより、木質ボードを成形した。なお、実施例1と同様に、得られた木粉の平均長さを顕微鏡で測定した(サンプル数100の平均値)。この結果を表1に示す。得られた木粉および成形した木質ボードの表面を顕微鏡観察した。結果を
図1(e)および(f)に示す。
【0064】
【表1】
【0065】
<木質ボードの曲げ強度の測定>
実施例1、2および比較例1にかかる木質ボードとして、熱圧成形後の自然状態(気乾状態:含水率5〜9%)の試験体(大きさ50mm×200mm×厚さ3mm)を準備した。試験は、材料試験機を用いて中央集中荷重を、負荷速度は10mm/分で作用させたときの常態曲げ強度(N/mm
2)を測定した。この結果を、表2に示す。なお、実施例1、2および比較例1に係る木質ボードの気乾密度を測定した。具体的には、気乾状態の木質ボードについて重量と体積を算出し、この重量を体積で除すことにより求めた。この結果を、表2の括弧内に示す。
【0066】
【表2】
【0067】
<木質ボード内の密度分布の測定>
さらに、実施例1、2および比較例1にかかる木質ボードの試験体として、50mm×50mm×厚さ3mmを複数個に切り出して、これらの試験体の中から密度0.80±0.01g/cm
3の範囲に収まる試験体を抽出し、この試験体(木質ボード)内の密度分布を測定した。具体的には、0.02mmピッチで厚さ方向にX線を照射し、このX線の透過率から厚さ方向に沿った試験体(木質ボード)内の密度分布を測定した。得られた密度分布から、ボード表層の密度最大値とボード内層の密度最小値の差(表内層密度差)を算出した。この結果を、表3に示す。
【0068】
【表3】
【0069】
[結果1および考察]
表2に示すように、比較例1と比較して、実施例1および2の木質ボードの曲げ強度は高かった。強度が高い理由として二つの要因が挙げられる。一つは、表1と
図1に示すように、実施例1および2の繊維長が比較例1と比べて長く、さらにその繊維同士が熱圧によって新たな結合を生成することによって、その強度が発現したためである。二つ目は、表3に示すように、実施例2の木質ボードの表内層密度差が、比較例1および実施例1に比べて大きく、ボード表面が高密度化されたためである。
【0070】
<ボード長さ変化量>
実施例1、2および比較例1に係る木質ボード(気乾状態:含水率3〜5%)を、長さ250×幅50mm前後に切削して試験体とし、試験体を40℃、90%R.H.の恒温恒湿器内に入れて、重量変化がほぼ落ち着く期間である2週間後に取り出して、試験前後の長さ方向の木質ボードの長さ変化量(%)を測定した。なお、ここで、恒温恒湿器内での試験後の実施例1、2および比較例1に係る木質ボードを105℃で乾燥し、全乾状態の木材重量に対する水分重量から、含水率(%)を算出し、恒温恒湿器内での試験前後の含水率から含水率変化量を算出した。この結果を、表4の括弧内に示す。
【0071】
【表4】
【0072】
[結果2および考察]
表4に示すように、比較例1と比較して、実施例1および2の木質ボードの長さ変化量は小さかった。寸法安定性が高い理由として二つの要因が挙げられる。一つは、
図1に示したように、実施例1および2の木質ボード原料が長繊維状であるため、繊維同士の絡み合いが吸湿時の膨潤に伴う動きを拘束し易いと考えられる。二つ目は、表4に示すように、クエン酸を添加した木質ボードが、熱圧成形に伴い新たな結合を生成したことと、疎水化に伴う含水率変化量の低下である。
【0073】
[総合評価]
以上のことから、実施例1及び2の木質繊維は、比較例1に比べて、木質繊維が長繊維化されて、その繊維表面にリグニンを豊富に含む層を露出しているので、強度と寸法安定性に優れた木質ボードを得ることができたと考えられる。
【0074】
特に、実施例2の湿式繊維は、実施例1のものに比べて、長繊維であり、なおかつ湿式繊維表面のリグニンが解繊時に高温・高圧処理されているので、リグニンが低分子化されていると推定され、これにより、熱圧時に湿式繊維が流動しやすくなったと考えられる。この結果、表内層密度差も大きくなり(表層の密度が高くなり)、実施例2に係る木質ボードの曲げ強度が他のものに比べて高くなったと考えられる。
【0075】
また、木質原料の繊維化とクエン酸の添加によるエステル結合の生成により、湿式繊維が疎水化され、木質ボードの含水率変化を抑え、寸法安定性を向上させることができたと考えられる。実施例1および2の場合には、木質ボード内で湿式繊維同士が交錯し、合板のクロスバンド効果の如く作用し、吸湿時の木質原料の膨潤が拘束され易い。この結果、実施例1および2に係る木質ボードの長さ変化量が小さくなり、含水率変化に対する木質ボードの面方向の寸法の変化が抑制されたと考えられる。
【0076】
〔実施例3〜7〕
実施例2と同じ湿式繊維(高圧解繊繊維)を用いて、実施例1に記載の製造条件で、木質ボードを製造した。実施例3の木質ボードは、湿式繊維にクエン酸を15質量%添加した木質ボードであり、実施例4〜7は、湿式繊維に多価カルボン酸の添加量15質量%添加したときの木質ボードであり、それぞれ、多価カルボン酸として、マレイン酸、1,2,3,4−ブタンテトラカルボン酸、イタコン酸、リンゴ酸を用いたものである。
【0077】
これらの木質ボードに対して、実施例2と同じように、曲げ強度と、表内層密度差を測定した。この結果を表5に示す。なお、曲げ強度の測定において、実施例3〜7の木質ボードの含水率は、気乾状態で2〜4%であった。
【0078】
【表5】
【0079】
さらに、実施例2と同じように、実施例3〜7に係る吸湿時前後の木質ボードのボード長さ変化量と、含水率変化量を測定した。なお、吸湿前の木質ボードの含水率は、気乾状態で含水率2〜5%であった。この結果を、表6に示す。
【0080】
【表6】
【0081】
[結果3および考察]
表5および表6に示すように、クエン酸と同じように、マレイン酸、1,2,3,4−ブタンテトラカルボン酸、イタコン酸、リンゴ酸の如き多価カルボン酸を用いた場合であっても、木質ボードの曲げ強度を高め、吸湿時における木質ボードの寸法安定性を確保することができた。
【0082】
<熱圧温度と表内層密度差の関係を測定>
実施例1に記載のボード製造条件で、実施例3〜7に係る熱圧温度を変化させたときの、木質ボードの表内層密度差を測定した。この結果を、表7に示す。
【0083】
【表7】
【0084】
[結果4及び考察]
表7に示すように、クエン酸の場合には、熱圧温度が200℃以上、マレイン酸、1,2,3,4−ブタンテトラカルボン酸の場合には、熱圧温度が160℃以上、イタコン酸、リンゴ酸の場合には、熱圧温度180℃以上で、表内層密度差が0.15(g/cm
3)以上となり、この熱圧条件で、木質ボードの曲げ強度を高めることができる。
【0085】
〔実施例8〕
実施例2と同じ湿式繊維(高圧解繊繊維)を用いて、実施例1に記載の製造条件で、木質ボードを製造した。実施例8の木質ボードは、多価カルボン酸にマレイン酸を用い、マレイン酸の酸添加量を表8に示すように変化させたときの木質ボードの性能を実施例2と同じように評価した。この結果を表8(実施例8)に示す。なお、曲げ強度の測定において、実施例8の木質ボードの含水率は、気乾状態で2〜4%であった。
【0086】
【表8】
【0087】
[結果5及び考察]
表8に示すように、マレイン酸の場合では、湿式繊維に対して少なくとも2質量%添加すれば、木質ボードの曲げ強度を高めることができ、吸湿時における木質ボードの面方向における寸法安定性を確保することができると考えられる。
【0088】
〔実施例9−1,9−2〕
実施例2と同じ湿式繊維(高圧解繊繊維)を用いて、実施例1に記載の製造条件で、木質ボードを製造した。
【0089】
実施例9−1の木質ボードは、マレイン酸水溶液を用いて、湿式繊維に対してマレイン酸を10質量%添加した木質ボードである。実施例9−2の木質ボードは、マレイン酸アンモニウム塩を溶解した水溶液を用いて、湿式繊維に対してマレイン酸アンモニウム塩を10質量%添加した木質ボードである。これらの木質ボードは、熱圧温度を200℃で成形したものであり、実施例9−1は、第1の発明に相当し、実施例9−2は、第2の発明に相当する。なお、実施例2の場合の長さ変化量は、木質ボードを2週間吸湿させたときの木質ボードの長さ変化量(%)であったが、実施例9以降に示す、長さ変化量は、木質ボードを1週間吸湿させたときの木質ボードの長さ変化量(%)である。
【0090】
〔実施例10−1,10−2〕
実施例2と同じ湿式繊維(高圧解繊繊維)を用いて、実施例1に記載の製造条件で、木質ボードを製造した。
【0091】
実施例10−1の木質ボードは、クエン酸水溶液を用いて、湿式繊維に対してクエン酸を10質量%添加した木質ボードであり、実施例10−2の木質ボードは、クエン酸アンモニウム塩を溶解した水溶液を用いて、湿式繊維に対してクエン酸アンモニウム塩を10質量%添加した木質ボードである。これらの木質ボードは、熱圧温度を200℃で成形したものであり、実施例10−1は、第1の発明に相当し、実施例10−2は、第2の発明に相当する。
【0092】
各木質ボードの性能を実施例2と同じように評価した。また、水溶液および木質ボードのpHを測定した。この結果を、表9に示す。
【0093】
〔比較例2、3〕
実施例2と同じ湿式繊維(高圧解繊繊維)を用いて、実施例1に記載の製造条件で、木質ボードを製造した。
【0094】
比較例2の木質ボードは、マレイン酸ナトリウム水溶液を用いて、湿式繊維に対して、マレイン酸ナトリウムを10質量%添加した木質ボードである。比較例3の木質ボードは、クエン酸ナトリウム水溶液を用いて、湿式繊維に対してクエン酸ナトリウムを10質量%添加した木質ボードである。これらの木質ボードは、熱圧温度を200℃で成形したものである。各木質ボードの性能を実施例2と同じように評価した。また、水溶液および木質ボードのpHを測定した。この結果を、表9に示す。なお、表9には、参考例として、多価カルボン酸を添加していない木質ボードの結果も示した。
【0095】
【表9】
【0096】
[結果6及び考察]
表9に示すように、実施例9−1,9−2,10−1,10−2の木質ボード(マレイン酸、マレイン酸アンモニウム塩、クエン酸、クエン酸アンモニウム塩を用いた木質ボード)は、比較例2、3、参考例のものよりも、曲げ強度が高く、長さ変化量および含水率変化量が小さかった。また、実施例9−2の木質ボード(マレイン酸アンモニウム塩を用いた木質ボード)の曲げ強度が最も高かった。
【0097】
実施例9−2,10−2のように、マレイン酸アンモニウム塩またはクエン酸アンモニウム塩を用いた場合、湿式繊維に付着したこれらの塩は、木質ボード成形時の熱圧により、分解したアンモニアは揮発するので、表9に示すように、水溶液pH値に対してボードpH値は低下し、成形段階の木質ボード内部を酸性にすることができる。
【0098】
そのため、第1の発明の効果と同様に、木材とカルボン酸の反応(エステル化)が進行し、参考例の木質ボードと比較して、強度と寸法安定性に優れた木質ボードが得られる。また、マレイン酸アンモニウム塩またはクエン酸アンモニウム塩を溶解した水溶液は、略中性であるので、製造時のハンドリング性等に優れている。また、クエン酸アンモニウム塩に比べて、マレイン酸アンモニウム塩を用いた木質ボードの方が曲げ強度が高かったのは、マレイン酸に含まれるC=Cが起因していると考えられる。
【0099】
一方、比較例2および3に示すように、マレイン酸ナトリウムまたはクエン酸ナトリウムなどの多価カルボン酸ナトリウム塩を用いた場合、木質ボード成形時の熱圧によらずナトリウムが残存するので、表9に示すように、ボードpH値が低下し難い。この結果、木材とカルボン酸の反応(エステル化)が進行し難く、得られた木質ボードは、参考例の木質ボードと同程度またはそれ以下の強度と寸法安定性となったと考えられる。
【0100】
〔実施例11−1〜11−4〕
実施例2と同じ湿式繊維(高圧解繊繊維)を用いて、実施例1に記載の製造条件で、木質ボードを製造した。
【0101】
実施例11−1〜11−4の木質ボードは、マレイン酸水溶液、マレイン酸無水物を溶解した水溶液、マレイン酸粉末、無水マレイン酸粉末を用いたものであり、実施例11−1,11−2は、第1の発明に相当し、実施例11−3,11−4は、第3の発明に相当する。
【0102】
それぞれ、カルボン酸の添加量は、水溶液、粉末(粉体)のどちらの場合も、湿式繊維に対して10質量%添加している。なお、木質ボードの成形時の熱圧温度は、200℃、熱圧時間は5分である。各木質ボードの性能を実施例2と同じように評価した。この結果を、表10に示す。
【0103】
〔実施例12−1〜12−4〕
実施例2と同じ湿式繊維(高圧解繊繊維)を用いて、実施例1に記載の製造条件で、木質ボードを製造した。
【0104】
実施例12−1〜12−4の木質ボードは、クエン酸水溶液、クエン酸無水物を溶解した水溶液、クエン酸粉末、無水クエン酸粉末を用いたものであり、実施例12−1,12−2は、第1の発明に相当し、実施例12−3,12−4は、第3の発明に相当する。
【0105】
それぞれ、カルボン酸の添加量は、水溶液、粉末(粉体)のどちらの場合も、湿式繊維に対して10質量%添加している。なお、木質ボードの成形時の熱圧温度、熱圧時間は実施例11−1と同じである。各木質ボードの性能を実施例2と同じように評価した。この結果を、表10に示す。
【0106】
【表10】
【0107】
[結果7及び考察]
表10に示すように、実施例11−1〜11−4の木質ボードの曲げ強度、長さ変化量および含水率変化量は、略同じであり、実施例12−1〜12−4の木質ボードの曲げ強度、長さ変化量および含水率変化量は、略同じ結果となった。これにより、多価カルボン酸を溶解した水溶液の代わりに、多価カルボン酸無水物、多価カルボン酸の粉末、または多価カルボン酸無水物の粉末を用いても、略同様の効果が発現されると考えられる。
【0108】
以上、本発明の実施形態について詳述したが、本発明は、前記の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の精神を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を行うことができるものである。
【0109】
本実施形態では、中質繊維板(MDF)などの乾式の木質ボードを製造する方法を例としてあげたが、例えば、ハードボード、高密度繊維板(HDF)などの乾式の木質ボードを製造する方法であってもよく、例えば、インシュレーションボードなどの湿式の木質ボードを製造する方法により、木質ボードを製造してもよい。