(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
全体がフッ素樹脂によって一体に形成され、被摺動部材との摺動面を備えた摺動部材であって、前記摺動面には凹部が設けられているとともに、前記凹部内には多数の針状突起が設けられていることを特徴とする摺動部材。
前記請求項1ないし3のいずれか1項に記載の摺動部材の製造方法であって、前記摺動面のうち、前記凹部を形成する領域に選択的にイオンビームを照射することにより、前記領域のフッ素樹脂を選択的に除去して、内部に前記多数の針状突起を備えた前記凹部を形成する工程を含むことを特徴とする摺動部材の製造方法。
【背景技術】
【0002】
環境への負荷を低減するため、例えば被摺動部材と摺動される摺動部材について、潤滑油の使用量を減らしたり、前記潤滑油から水系潤滑剤へ転換したりすることが求められるようになってきている。
ところが、特に摺動面がポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等のフッ素樹脂からなる摺動部材は、前記のように潤滑油の使用量を減らしたり、水系潤滑剤に転換したりした環境下において摩擦トルクが高くなったり、焼き付きを生じやすくなったりするという問題がある。
【0003】
この原因としては、例えば少量の潤滑油の場合、当該潤滑油が、摺動部材と被摺動部材との摺動によって摺動面から除外されて、前記両部材間が無潤滑で直接に接触する状態となりやすいことが考えられる。
また水系潤滑剤の場合は、そもそもフッ素樹脂が疎水性であって水をはじきやすいことから、やはり摺動部材と被摺動部材との摺動によって摺動面から除外されて、前記両部材間が無潤滑で直接に接触する状態となりやすく、結果的に摩擦トルクが高くなったり、焼き付きを生じやすくなったりするものと考えられる。
【0004】
特許文献1には、フッ素樹脂の表面を、イオンビームを照射することによって、多数の針状突起を有する形状(剣山状)に形成することが記載されている。
フッ素樹脂の表面に、前記のように多数の針状突起を形成すると、その比表面積が増加するため、前記表面の、潤滑油や水系潤滑剤に対する親和性を向上できる。
しかし特許文献1では、前記フッ素樹脂の表面の全面を、前記イオンビームの照射によって多数の針状突起を有する形状に形成しており、かかる表面は、摺動面としては十分に機能し得ない。
【0005】
すなわち多数の針状突起を有する表面は、前記針状突起を有しない平坦な摺動面よりも摩擦係数が高い上、前記針状突起が、被摺動部材との摺動によって短期間で摩耗しやすく、摩耗すると比表面積が減少し、前記親和性に基づいて潤滑油や水系潤滑剤を保持する機能が失われる。そして前記機能が失われると、被摺動部材との摺動によって、前記潤滑油や水系潤滑剤が摺動面から除外されて、前記両部材間が無潤滑で直接に接触する状態となり、摩擦トルクが高くなったり、焼き付きを生じやすくなったりする。
【0006】
しかも特許文献1には、前記表面を摺動面として利用することについては一切検討されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、摺動面がフッ素樹脂からなり、しかも潤滑油の使用量を減らしたり、水系潤滑剤に転換したりしても摩擦トルクが高くなりにくく、また焼き付きを生じにくい摺動部材と、その製造方法とを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明は、全体がフッ素樹脂によって一体に形成され、被摺動部材との摺動面(2)を備えた摺動部材(1)であって、前記摺動面(2)には凹部(3)が設けられているとともに、前記凹部(3)内には多数の針状突起(4)が設けられていることを特徴とするものである(請求項1)。なお、カッコ内の英数字は、後述の実施の形態における対向構成要素等を示す。以下、この項において同じ。
【0010】
本発明によれば、摺動面から凹入させた凹部内に多数の針状突起を設けることによってその比表面積を増加させて、潤滑油や水系潤滑剤に対する親和性を高めることができる。そのため、前記凹部内が前記摺動面から凹入していて、摺動時に被摺動部材と直接に接触しないことと相まって、前記少量の潤滑油や水系潤滑剤を、前記摺動によって摺動面から除外されないように、前記凹部内に良好に保持できるとともに、かかる機能を長期間に亘って維持しつづけることができる。そして、例えば潤滑油の使用量を減らしたり、水系潤滑剤に転換したりしても、前記凹部内に保持した潤滑油や水系潤滑剤によって良好な潤滑を確保して、摩擦トルクを高くなりにくくし、また焼き付きを生じにくくすることができる。
【0011】
前記摺動面(2)の単位面積中に占める、前記凹部(3)の開口面積の割合で表される開口率は、10%以上、90%以下であるのが好ましい(請求項2)。
開口率が前記範囲未満では、凹部の数、および/または大きさが不足して、前記凹部内に保持できる潤滑油や水系潤滑剤の量が少なくなるため、当該凹部を設けることによる前述した効果が十分に得られなくなって、特に潤滑油の使用量を減らしたり、水系潤滑剤に転換したりした環境下において摩擦トルクが高くなったり、焼き付きを生じやすくなったりするおそれがある。
【0012】
逆に前記範囲を超える場合には、摺動時に被摺動部材の荷重を受ける摺動面の面積率が少なくなり、前記荷重が面積の小さい摺動面に集中することになるため、前記摺動面が、比較的短期間の摺動で大きく摩耗したり、場合によっては圧潰したりするおそれがある。
これに対し、開口率を前記範囲とすることで、摺動面への荷重の過剰な集中等を抑制しながら、凹部内に適度の量の潤滑油や水系潤滑剤を良好に保持して、摩擦トルクを高くなりにくくしたり、焼き付きを生じにくくしたりすることができる。
【0013】
特に水系潤滑剤を使用する場合、前記摺動面(2)、および前記針状突起(4)の表面を含む前記凹部(3)の内面は、親水化処理されているのが好ましい(請求項3)。
先に説明したように凹部内は、多数の針状突起が設けられることで比表面積が増加して、潤滑油や水系潤滑剤に対する親和性が向上する。しかしフッ素樹脂は、前述したように本来的に疎水性であって、前記多数の針状突起が設けられた領域は、前記疎水性に基づいて超撥水性を示すため、特に水系潤滑剤に対する親和性の向上効果が不十分になる場合がある。
【0014】
これに対し、前記のように摺動面、および針状突起の表面を含む凹部の内面を親水化処理すると、これらの面における、水系潤滑剤に対する親和性を向上できる。特に前記多数の針状突起を設けて比表面積を増加させた領域の、水系潤滑剤に対する親和性を大幅に向上できる。
しかも、摺動面の親水化処理は、被摺動部材との摺動を繰り返すことによって、比較的短期間で摩滅して失われるおそれがあるが、前記のように摺動時に被摺動部材と直接に接触しない、針状突起の表面を含む凹部の内面の親水化処理は、短期間で摩滅することがないため、水系潤滑剤を、前記凹部内に良好に保持する機能を、より長期間に亘って維持しつづけることが可能となる。
【0015】
本発明は、前記本発明の摺動部材を製造するための製造方法であって、前記摺動面のうち、前記凹部(3)を形成する領域に選択的にイオンビーム(11)を照射することにより、前記領域のフッ素樹脂を選択的に除去して、内部に前記多数の針状突起(4)を備えた前記凹部(3)を形成する工程を含むことを特徴とするものである(請求項4)。
本発明によれば、例えば摺動面のうち、凹部を形成する領域を露出させ、それ以外の領域をマスク等で覆った状態で、前記摺動面にイオンビームを照射して、前記照射領域のフッ素樹脂を選択的に除去するだけで、前記摺動面に、前記凹部とその内部の多数の針状突起とを同時に形成することができる。そのため本発明の摺動部材の、製造の効率を向上できる。
【0016】
前記本発明の製造方法は、さらに前記摺動面(2)、および前記針状突起(4)の表面を含む前記凹部(3)の内面を、水のプラズマ(17)に暴露して親水化処理する工程を含んでいるのが好ましい(請求項5)。
前記工程を経ることにより、前記摺動面、および針状突起の表面を含む凹部の内面を、効率よく親水化できる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、摺動面がフッ素樹脂からなり、しかも潤滑油の使用量を減らしたり、水系潤滑剤に転換したりしても摩擦トルクが高くなりにくく、また焼き付きを生じにくい摺動部材と、その製造方法とを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1は、本発明の摺動部材の、実施の形態の一例の、摺動面に形成した凹部を拡大して示す断面図である。また
図2は、前記例の摺動部材の摺動面における、凹部の配置の一例を示す平面図である。
図1、
図2を参照して、この例の摺動部材1は、全体がフッ素樹脂からなり、平坦な摺動面2を備えている。摺動面2には、当該摺動面2の面方向の平面形状が円形となるように前記摺動面2において開口された複数個の凹部3が設けられており、それぞれの凹部3内には多数の針状突起4が設けられている。
【0020】
前記摺動部材1を形成するフッ素樹脂としては、例えばポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、エチレン−フルオロエチレン交互共重合体(ETFE)等が挙げられる。
図2を参照して、この例では複数の凹部3を、図中のx方向に所定の形成間隔aでもって複数個、等間隔に配列した列L1と、前記列L1に対して前記形成間隔aの半分だけx方向にずらして配列した列L2とを、前記x方向と直交するy方向に複数列、交互に配列させている。
また、例えば列L1の隣り合う2つの凹部3と、隣の列L2の、前記2つの凹部3の間に位置する1つの凹部3との形成間隔が前記aとなり、前記3つの凹部3の中心が、それぞれ図中に一点鎖線で示す正三角形の3つの頂点に位置するように、前記列L1、L2間の形成間隔が設定されている。
【0021】
前記摺動面2の単位面積中に占める、前記凹部3の開口面積の割合で表される開口率は、10%以上、90%以下であるのが好ましい。その理由は先に説明したとおりである。
すなわち、前記開口率を前記範囲とすることにより、摺動面2への荷重の過剰な集中等を抑制しながら、凹部3内に適度の量の潤滑油や水系潤滑剤を良好に保持して、摩擦トルクを高くなりにくくしたり、焼き付きを生じにくくしたりすることができる。
【0022】
また、前記開口率の範囲で凹部3を設けることにより、前記摺動面2の、被摺動部材への接触面積を小さくすることもできる。そのため、後述する実施例、比較例の結果からも明らかなように、従来の平坦な摺動面に比べて摩擦トルクを小さくすることもできる。
なお、かかる効果をより一層向上することを考慮すると、凹部3の開口率は、前記範囲でも15%以上、特に20%以上であるのが好ましく、60%以下、特に50%以下であるのが好ましい。
【0023】
開口率を前記範囲に調整するには、例えば凹部3の開口径φと形成間隔aを違えたり、凹部3の配列そのものを違えたりすればよい。また凹部3の開口の平面形状は円形には限定されず、任意に設定することができる。
ただし被摺動部材との摺動時に、当該被摺動部材が凹部3に落ち込むなどしてその摺動が妨げられないように、前記凹部3の開口径φや形成間隔a、開口の平面形状等を設定するのが好ましい。
【0024】
前記開口径φや形成間隔aの具体的な範囲については特に限定されないが、例えば開口径φは0.5mm以上であるのが好ましく、3.5mm以下であるのが好ましい。
また形成間隔aは、凹部3の配列、開口率、および開口径φにもよって任意に設定できるが、
図1の配列で、かつ開口径φが前記範囲である場合、開口率を前記範囲とするためには、形成間隔aは1.5mm以上であるのが好ましく、4.5mm以下であるのが好ましい。
【0025】
図5は、前記凹部3内に形成した針状突起4の電子顕微鏡写真である。
図1、
図5を参照して、各凹部3内に形成される針状突起4は、図の例の場合、それぞれ軸線を摺動面2と略直交方向に向けるとともに、先端を凹部3の開口から外方へ向けて設けられている。
針状突起4の寸法は、前記凹部3の深さや開口径φ等に応じて任意に設定できる。
【0026】
ただし、前記凹部3内に多数の針状突起4を設けて比表面積を増加させて、潤滑油や水系潤滑剤に対する親和性を高める効果をできるだけ有効に発現させることを考慮すると、前記針状突起4の、軸方向の長さ(高さ)は5μm以上、特に15μm以上であるのが好ましく、50μm以下、特に35μm以下であるのが好ましい。また最大径は2μm以上であるのが好ましく、5μm以下であるのが好ましい。
【0027】
針状突起4の大きさや、あるいは凹部3の深さを前記範囲に調整するには、例えば後述するようにイオンビームの照射によって前記凹部3、および針状突起4を形成する際の条件、具体的にはイオン化ガスの種類や流量、イオンビームの照射密度や加速電圧、あるいは処理時間等を適宜変更すればよい。
水系潤滑剤を使用する場合、前記摺動面2、および前記針状突起4の表面を含む前記凹部3の内面は、親水化処理されているのが好ましい。
【0028】
先に説明したように凹部3内は、多数の針状突起4が設けられることで比表面積が増加して、潤滑油や水系潤滑剤に対する親和性が向上する。しかしフッ素樹脂は、前述したように本来的に疎水性であって、前記多数の針状突起4が設けられた領域は、前記疎水性に基づいて超撥水性を示すため、特に水系潤滑剤に対する親和性の向上効果が不十分になる場合がある。
【0029】
これに対し、前記のように摺動面2、および針状突起4の表面を含む凹部3の内面を親水化処理すると、これらの面における、水系潤滑剤に対する親和性を向上できる。特に前記多数の針状突起4を設けて比表面積を増加させた領域の、水系潤滑剤に対する親和性を大幅に向上できる。
しかも、摺動面2の親水化処理は、被摺動部材との摺動を繰り返すことによって、比較的短期間で摩滅して失われるおそれがあるが、前記のように摺動時に被摺動部材と直接に接触しない、前記針状突起4の表面を含む凹部3の内面の親水化処理は短期間で摩滅することがないため、水系潤滑剤を、前記凹部3内に良好に保持する機能を、より長期間に亘って維持しつづけることが可能となる。
【0030】
前記凹部3、および針状突起4は、前記のように本発明の製造方法により、摺動面2に選択的にイオンビームを照射して、前記摺動面2を構成するフッ素樹脂を選択的に除去することにより、同時に形成することができる。
図3は、本発明の摺動部材の製造方法のうち、イオンビームの照射によって、内部に多数の針状突起を備えた凹部を形成する工程を説明する説明図である。
【0031】
図1〜
図3を参照して、かかる工程では、真空チャンバ5内に、摺動部材1のもとになるフッ素樹脂板6を保持するためのホルダ7と、図の場合は3組の加速電極8とを互いに対向させて配設したイオンビーム処理装置9を用いる。
前記加速電極8は、図示しない電源から直流電圧が投入されることで、前記真空チャンバ5内にプラズマ10を発生させるとともに、発生させたプラズマ10をホルダ7の方向に加速してイオンビーム11を生成させて、前記ホルダ7に保持したフッ素樹脂板6の表面に照射するためのものである。
【0032】
前記工程では、まず前記フッ素樹脂板6の、前記凹部3を形成する側の表面を、前記凹部3の平面形状、および配列に対応した通孔(図示せず)を設けた、例えば金属製のマスク12によって被覆する。
次いで前記フッ素樹脂板6を、真空チャンバ5内に設けたホルダ7に、マスク12によって被覆した側の表面が加速電極8に対向するように保持させた状態で、前記真空チャンバ5内を、図示しない真空系によって真空引きしながら、イオン化ガスとして、例えばN
2ガスを所定の流量となるように導入する。
【0033】
次いでこの状態で、加速電極8に直流電圧を投入して、真空チャンバ5内にプラズマ10を発生させるとともに、加速させてイオンビーム11を生成させ、生成させたイオンビーム11を、前記ホルダ7に保持したフッ素樹脂板6の表面に、前記マスク12を通して選択的に照射する。
そうするとフッ素樹脂板6の表面の、選択的にイオンビーム11が照射された領域のフッ素樹脂が除去されて、内部に多数の針状突起4を備えた凹部3が形成される。
【0034】
この際、イオンビーム11の照射方向を、フッ素樹脂板6の表面(摺動面2となる)と直交させるようにすることで、
図1に示すように、軸線を摺動面2と略直交方向に向けるとともに、先端を凹部3の開口から外方へ向けた針状突起4が形成される。
このあと、処理したフッ素樹脂板6を真空チャンバ5内から取り出してマスク12を除去すると、
図1、
図2に示すように摺動面2に凹部3が設けられているとともに、前記凹部3内に多数の針状突起4が設けられた本発明の摺動部材1が製造される。
【0035】
前記工程における処理の条件は任意に設定できるが、例えばPTFEからなるフッ素樹脂板6の表面に、先に説明した高さ、および最大径を有する針状突起4を形成するためには、イオン化ガスがN
2ガスの場合、その流量は0.5sccm以上であるの好ましく、2.0sccm以下であるのが好ましい。また加速電圧は2kV以上であるのが好ましく、4kV以下であるのが好ましい。また照射密度は5×10
15ions/cm
2以上であるのが好ましく、5×10
16ions/cm
2以下であるのが好ましい。さらに照射時間は20分間以上であるのが好ましく、40分間以下であるのが好ましい。
【0036】
なおイオン化ガスとしては、N
2ガス、Arガス、Neガス、Heガス、F
2ガス等の1種または2種以上が挙げられる。
また本発明では、前記工程後、さらに摺動面2、および針状突起4の表面を含む凹部3の内面を、水のプラズマに暴露して親水化処理して摺動部材1を完成させてもよい。これにより、先に説明したように前記各面の、特に水系潤滑剤に対する親和性を向上することができる。
【0037】
図4は、前記親水化処理の工程を説明する説明図である。
図4を参照して、かかる工程では、真空チャンバ13内に、先の工程で凹部3を形成したフッ素樹脂板6を保持するためのホルダ14を配設するとともに、前記ホルダ14を高周波電源15に接続したプラズマ処理装置16を用いる。
そして、まず前記フッ素樹脂板6を、前記凹部3を形成した表面(摺動面2)を上側にして、真空チャンバ13内に設けたホルダ14上に載置した状態で、前記真空チャンバ13内を、図示しない真空系によって真空引きしながら、Arガスと、気化させた水とを、それぞれ所定の流量となるように導入する。
【0038】
次いでこの状態で、高周波電源15を駆動させて、真空チャンバ13内に水のプラズマ17を発生させる。
そうすると摺動部材1のうち摺動面2、および針状突起4の表面を含む凹部3の内面が、前記水のプラズマ17に暴露されて親水化処理される。
前記親水化処理の工程における処理の条件は任意に設定できるが、例えばPTFEからなる摺動部材の摺動面2、および針状突起4の表面を含む凹部3の内面を親水化処理するためには、Arの流量が10sccm、真空チャンバ13内の真空度が10〜100Pa、好ましくは20〜50Paの条件で、高周波出力が15W以上であるのが好ましく、25W以下であるのが好ましい。また処理時間は10分間以上であるのが好ましく、20分間以下であるのが好ましい。
【0039】
なお本発明は、以上で説明した各図の例には限定されない。
例えば本発明の摺動部材1において、凹部3の平面形状は、円形以外の任意の形状としてもよいし、その配列も
図2の例には限定されない。凹部3の平面形状、および配列を違えるには、前記本発明の製造方法において用いるマスク12の通孔の形状、および配列を違えればよい。
【0040】
また針状突起4は、軸線を摺動面2と略直交方向から任意の角度分傾斜させた状態で設けられていてもよい。かかる針状突起4は、照射方向をフッ素樹脂板6の表面(摺動面2となる)に対して直交方向から前記角度分傾斜させた状態でイオンビーム11を照射して形成することができる。
ただし針状突起4は、凹部3内の全面で同じ特性を付与することを考慮すると、前記凹部3内の全面で、
図1の例のように、軸線を摺動面2と略直交方向に向けるとともに、先端を凹部3の開口から外方へ向けて設けられているのが好ましい。
【0041】
その他、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を施すことができる。
【実施例】
【0042】
〈実施例1〉
(凹部3の形成)
フッ素樹脂板6としては、縦30mm×横30mm×厚み5mmの平板状のPTFE板を用いた。
前記フッ素樹脂板6の片側の表面を摺動面2とし、前記摺動面2に、内部に多数の針状突起4を有し、平面形状が円形で、かつ開口径φ=3mmの複数の凹部3を、
図2に示す配列で、かつ隣り合う凹部3間の形成間隔a=4mm、開口率が51%となるように形成することとし、前記凹部3の平面形状および配列に対応する通孔を備えた金属製のマスク12を用意した。
【0043】
前記マスク12を、前記フッ素樹脂板6の片側の表面に重ねた状態で、
図3に示すイオンビーム処理装置9のホルダ7にセットし、先に説明した手順で、前記フッ素樹脂板6の表面の、凹部3を形成する領域に、前記マスク12を通して選択的にイオンビームを照射することで、前記領域のフッ素樹脂を選択的に除去して、内部に多数の針状突起4を備えた、前記平面形状、および配列の凹部3を形成した。
【0044】
処理の条件は、イオン化ガス:N
2、流量:1.0sccm、加速電圧:3kV、照射密度:1.0×10
16ions/cm
2、照射時間:30分間とした。イオンビーム11の照射方向は、フッ素樹脂板6の表面と直交させた。
前記凹部3内の針状突起4の、走査型顕微鏡写真を
図5に示す。
図5は、フッ素樹脂板6の摺動面2を、撮影方向と直交方向から20°傾けた状態で撮影したもので、この
図5から、前記針状突起4の寸法を求めたところ、軸方向の長さ(高さ)はおよそ20μm、最大径はおよそ4μmであった。
【0045】
また図示していないが、前記摺動面2を撮影方向と直交方向に向けた走査型電子顕微鏡写真との比較から、前記針状突起4は、軸線を摺動面2と略直交方向に向けるとともに、先端を凹部3の開口から外方へ向けて設けられていることが確認された。
(親水化処理)
先の工程で凹部3を形成したフッ素樹脂板6を、
図4に示すプラズマ処理装置16のホルダ14上に、前記凹部3を形成した表面(摺動面2)を上側にして載置したのち、先に説明した手順で、前記摺動面2、および多数の針状突起4を含む凹部3の内面を、水のプラズマに暴露して親水化処理して、摺動部材1を製造した。
【0046】
処理の条件は、Arの流量:10sccm、チャンバ内の真空度:20Pa、高周波出力:20W、処理時間:15分間とした。
〈水接触角測定〉
前記プラズマ処理前後の摺動面2、および凹部3内の、多数の針状突起4を形成した領域の、前記親水化処理の前後における、水に対する接触角を測定した。すなわち、前記摺動面2、および多数の針状突起4を形成した領域の上に蒸留水の液滴を滴下し、その直後に実体顕微鏡写真を撮影して、かかる実体顕微鏡写真から、前記液滴の接触角を求めた。なお多数の針状突起4を形成した領域は、各針状突起4の先端を結ぶ仮想の面を設定して、当該仮想の面に対する接触角を求めた。結果を表1に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
表1より、摺動面2、および多数の針状突起4を形成した領域のいずれにおいても、親水化処理をすることで接触角が小さくなっており、親水性が向上していることが確認された。また実体顕微鏡写真から、多数の針状突起4を形成した領域では、処理前は、液滴が多数の針状突起4の上に載っている状態であったのが、処理後は前記多数の針状突起4間にしみ込んで保持されているのが確認された。
【0049】
〈摩擦係数測定〉
前記実施例1で製造した摺動部材1の、前記凹部3を形成した摺動面2の、蒸留水中での摩擦係数を、鈴木式摩擦係数試験機を用いた面接触による底面圧の摩擦試験によって測定した。
すなわち
図6を参照して、前記摺動面2を上にして蒸留水中に水平に配置した摺動部材1の前記摺動面2上に、ポリアセタール製で外径11.4mmの相手円筒体(被摺動部材)18を載置し、前記相手円筒体18を、図中に実線の矢印で示す摺動面2と直交方向に0.25MPaの荷重をかけて前記摺動面2に接触させながら、前記筒の中心軸を中心として、図中に破線の矢印で示す一方向に回転数50rpm、滑り速度60mm/sで5分間、回転させて摩擦させた際の摩擦係数を測定した。
【0050】
また比較のため、片側の表面(摺動面)に前記凹部を形成せずに親水化処理のみをしたフッ素樹脂板を比較例1、前記フッ素樹脂板6の片側の表面(摺動面)の全面に、照射方向をフッ素樹脂板の表面と直交させてイオンビームを照射して多数の針状突起を形成したのち親水化処理をしたものを、比較例2として、同様に摩擦係数を測定した。結果を表2に示す。
【0051】
【表2】
【0052】
表2の比較例1、2の結果より、摺動面の全面に多数の針状突起を形成した場合には、未処理の摺動面よりも摩擦係数が増加することが判った。また前記針状突起は、相手円筒体18と直接に接触していることから、さらに摩擦を続けると摩滅して失われてしまうことが推測された。
これに対し表2の実施例1、比較例1、2の結果より、摺動面2に凹部3を形成し、当該凹部3内に多数の針状突起4を形成することで、摩擦係数を大幅に小さくできることが判った。また前記針状突起4は、相手円筒体18と直接に接触しない凹部3内に形成されていることから、さらに摩擦を続けても摩滅して失われてしまうおそれがないことが判った。