特許第6066216号(P6066216)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6066216低温靱性に優れた構造体およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6066216
(24)【登録日】2017年1月6日
(45)【発行日】2017年1月25日
(54)【発明の名称】低温靱性に優れた構造体およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 20/12 20060101AFI20170116BHJP
   B21C 37/06 20060101ALI20170116BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20170116BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20170116BHJP
【FI】
   B23K20/12 368
   B21C37/06 P
   C22C38/00 301Z
   C22C38/14
【請求項の数】3
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-177315(P2014-177315)
(22)【出願日】2014年9月1日
(65)【公開番号】特開2016-49555(P2016-49555A)
(43)【公開日】2016年4月11日
【審査請求日】2015年6月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004215
【氏名又は名称】株式会社日本製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100091926
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 幸喜
(72)【発明者】
【氏名】本間 祐太
(72)【発明者】
【氏名】相澤 大器
(72)【発明者】
【氏名】茅野 林造
【審査官】 篠原 将之
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−264806(JP,A)
【文献】 特表2012−509178(JP,A)
【文献】 特表2011−527638(JP,A)
【文献】 特開2006−239734(JP,A)
【文献】 特許第5619023(JP,B2)
【文献】 国際公開第2008/023760(WO,A1)
【文献】 国際公開第2005/105360(WO,A1)
【文献】 特開2012−050997(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 20/12
B21C 37/06
C22C 38/00
C22C 38/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
API(米国石油協会)5Lパイプグレードで、質量%で、C≦0.26%、Mn≦1.65%、P≦0.03%、S≦0.03%、(V+Nb+Ti)1種以上≦0.15%、残部Feと不可避不純物からなる組成を有するラインパイプ用鋼の継手部に摩擦撹拌接合を用い、前記摩擦撹拌接合では、接合条件を、下記式(1)で表される入熱指数を20×10〜120×10r・kg/mm、摩擦工具の回転速度を80〜200rpm、前記摩擦工具の回転ピッチ(工具が1回転する間に移動する距離)を0.3〜0.8mm/rとして、接合部が母材よりも高強度で、かつ熱影響部においてサブサイズVノッチシャルピー衝撃試験にて測定された延性脆性破面遷移温度(FATT)が−70℃以下で、かつ−70℃での吸収エネルギーが40J以上である接合部を形成することを特徴とする低温靱性に優れた構造体の製造方法。
q(入熱指数)=押込み荷重(kg)×回転速度(rpm)×摩擦工具ショルダー径(mm)/(接合速度(mm/分)×板厚(mm)) …(1)
【請求項2】
前記摩擦撹拌接合を、前記ラインパイプ用鋼の両面での接合パスにより行うことを特徴とする請求項1に記載の低温靱性に優れた構造体の製造方法。
【請求項3】
API(米国石油協会)5Lパイプグレードで、質量%で、C≦0.26%、Mn≦1.65%、P≦0.03%、S≦0.03%、(V+Nb+Ti)1種以上≦0.15%、残部Feと不可避不純物からなる組成を有するラインパイプ用鋼の継手に摩擦撹拌接合部が形成されており、前記接合部において、境界角度15°以上とした際の最大EBSD粒径が12.0μm以下であり、前記接合部が母材よりも高強度で、かつ熱影響部においてサブサイズVノッチシャルピー衝撃試験にて測定された延性脆性破面遷移温度(FATT)が−70℃以下で、かつ−70℃での吸収エネルギーが40J以上であることを特徴とする低温靱性に優れた構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、API(米国石油協会)5Lパイプグレードであるラインパイプ用鋼を用い、その継手部に摩擦撹拌接合によって低温靱性に優れた接合部を有する構造体およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ラインパイプ用鋼は、C、Si、Mnを主成分としてV、Ca、Al、Moの添加、またはTi、B等の合金成分を微量添加して構成されているAPI(米国石油協会規定)パイプ仕様5Lグレードが用いられることが多い。該鋼は所定の焼入れ焼戻し(調質)、または転炉による制御圧延(TMCP)などにより製造されている。近年はユーザーの低温靱性の仕様が厳しく要求されている。この理由としてパイプラインの緊急停止時にはパイプの各部位が低温(約−40℃)に曝されるため、脆性破壊の危険性が指摘されているためである。一方で、パイプや構造物の組立にはサブマージアーク溶接(SAW)などの溶融溶接技術が用いられており、これらの溶融溶接により高温(1250〜1400℃)に曝された熱影響部(以下HAZという)において靱性が低下することが言われている。従って、低温靱性に優れた母材を製造したとしても、HAZの低温靱性を満足することが困難となっている。
【0003】
これらの改良技術として、特許文献1では、Ti、N、Nb、V、Bを添加し、微細なTiNを鋼中に析出させることによってHAZのオーステナイト粒径を細粒とし、HAZの靱性を向上させるものが提案されている。しかし、TiNは最高到達温度が1400℃を超える領域では、ほとんど固溶してしまうため、溶接金属との境界近傍では結晶粒径が粗粒化してしまう。その結果、境界近傍では靱性の向上が図れない。
【0004】
また、特許文献2では、高温に長時間さらされたときのオーステナイト粒粗大化を、介在物粒子数などのコントロールにより抑制し、HAZの靱性改善を図ったものが提案されている。しかし、これらの微小介在物制御は、一般の製鋼工程ではコントロールが難しく、特に電気炉での溶解ではコスト増加に繋がる。
【0005】
一方で、摩擦撹拌接合(以下FSWという)技術を利用した改良技術の検討も行われている。FSWは回転ツールと接合部材の摩擦熱による金属の塑性流動を利用した固相接合であるため、溶融を伴わない。これにより、接合時の加熱温度が低いだけでなく、塑性流動の強加工によって細かいオーステナイト粒径が得られることが知られている。
【0006】
特許文献3では、該FSW技術を用いた高強度および高靱性構造体の作製技術を図ったものが提案されている。この提案では、接合する際に欠陥の入らない十分な条件において接合することで、高強度で、かつ高靱性な接合部が得られることを示している。しかし、FSW適用は表面1パスのみであり、接合深さの比較的浅いFSWでは、厚肉材料の接合の場合、両面からの接合が必要となるケースがある。この場合、次パスの熱影響を受けた撹拌部では材料特性、特に靱性が劣化する可能性がある。
【0007】
特許文献4では、裏面の溶接ルート部を溶融溶接で施工した後に、表面をFSWで接合する技術が提案されている。この方法であれば、厚肉材料の接合も可能であり、HAZの領域も少なくなるものの、溶融溶接を使用するために、靱性の低下する部位が形成されてしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公昭55−26164号公報
【特許文献2】特開2001−226739号公報
【特許文献3】特表2012−509178号公報
【特許文献4】特表2012−513306号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来の課題として、通常のラインパイプ用鋼の調質材において、母材と溶接部の境界、熱影響部での低温靱性の確保というユーザー要求を満足するような接合を含んだ構造体の製造が必要である。さらに、母材よりも接合部の方が、強度が高い必要(オーバーマッチ要求)もあるため、高強度および高靱性な接合部の形成が必要となっている。
【0010】
そこで、本発明はFSW技術を利用し、高強度および高靱性な接合部を有する構造体を提供することを基本的な目的とし、第1に従来の溶融溶接よりも高靱性で、かつ母材よりも強度の高い接合部が製作可能なFSW接合条件の明確化を図り、第2として母材と接合部の境界およびHAZの低温靱性改善を図ることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この発明に関し、API−X65鋼をベースとして、多くのFSW接合条件において、接合部の引張特性および接合部ならびにHAZにノッチを入れたシャルピー衝撃特性について検討した。また、厚肉材料に適用するために、材料の両面から接合を実施し、次パスの熱影響に曝された部位での特性の評価を行った。さらに、従来実施されている溶融溶接とも比較を行い、FSW接合部の優位性を検討した。その結果、FSW接合条件を適正化することにより、厚肉材料であっても接合欠陥が無く、高強度かつ高靱性の接合部およびHAZを得ることのできる接合方法を見出し、本発明に至った。
【0012】
すなわち、本発明の低温靱性に優れた構造体の製造方法のうち、第1の本発明は、API(米国石油協会)5Lパイプグレードで、質量%で、C≦0.26%、Mn≦1.65%、P≦0.03%、S≦0.03%、(V+Nb+Ti)1種以上≦0.15%、残部Feと不可避不純物からなる組成を有するラインパイプ用鋼の継手部に摩擦撹拌接合を用い、前記摩擦撹拌接合では、接合条件を、下記式(1)で表される入熱指数を20×10〜120×10r・kg/mm、摩擦工具の回転速度を80〜200rpm、前記摩擦工具の回転ピッチ(工具が1回転する間に移動する距離)を0.3〜0.8mm/rとして、接合部が母材よりも高強度で、かつ熱影響部においてサブサイズVノッチシャルピー衝撃試験にて測定された延性脆性破面遷移温度(FATT)が−70℃以下で、かつ−70℃での吸収エネルギーが40J以上である接合部を形成することを特徴とする。
q(入熱指数)=押込み荷重(kg)×回転速度(rpm)×摩擦工具ショルダー径(mm)/(接合速度(mm/分)×板厚(mm)) …(1)
【0016】
の本発明の低温靱性に優れた構造体の製造方法は、前記第1の本発明において、前記摩擦撹拌接合を、前記ラインパイプ用鋼の両面での接合パスにより行うことを特徴とする。
【0017】
の本発明の低温靱性に優れた構造体は、API(米国石油協会)5Lパイプグレードで、質量%で、C≦0.26%、Mn≦1.65%、P≦0.03%、S≦0.03%、(V+Nb+Ti)1種以上≦0.15%、残部Feと不可避不純物からなる組成を有するラインパイプ用鋼の継手に摩擦撹拌接合部が形成されており、前記接合部において、境界角度15°以上とした際の最大EBSD粒径が12.0μm以下であり、前記接合部が母材よりも高強度で、かつ熱影響部においてサブサイズVノッチシャルピー衝撃試験にて測定された延性脆性破面遷移温度(FATT)が−70℃以下で、かつ−70℃での吸収エネルギーが40J以上であることを特徴とする。
【0019】
上記本発明によれば、接合部において母材よりも高い強度を有し、さらに高い靱性が得ることができる。
また、API(米国石油協会)5Lパイプグレードとして、品番X42〜X60、X65、X70が示されており(2012年版)、以下の組成(質量%)を例示することができる。
C≦0.26%、Mn≦1.65%、P≦0.03%、S≦0.03%、(V+Nb+Ti)1種以上≦0.15%、残部Feと不可避不純物
【0020】
サブサイズVノッチシャルピー衝撃試験は、例えばJIS Z2242:2005により実施することができる。
【0021】
以下、本発明における条件の限定範囲について詳細に説明する。
入熱指数:20×10〜120×10r・kg/mm
入熱指数は以下の式で与えられ、接合時の入熱に起因する値である。
q(入熱指数)=押込み荷重(kg)×回転数(rpm)×工具ショルダー径(mm)/(接合速度(mm/分)×板厚(mm)) …(1)
入熱指数は適切な接合条件を検討するために必要な指数であり、20×10r・kg/mm未満であると、接合欠陥の発生、ツールの破損が発生し、120×10を超えると、バリの発生および接合入熱過剰による接合部およびHAZの特性低下が起こるので、上記範囲が望ましい。なお、同様の理由で、下限を35×10r・kg/mm、上限を80×10r・kg/mmとするのが一層望ましい。
【0022】
摩擦工具回転速度:80〜200rpm
摩擦工具の回転速度は、接合時の塑性流動の程度に影響を与える因子である。すなわち、回転速度が低い場合には、塑性流動不足により接合部に欠陥が発生するため、下限を80rpmとするのが望ましい。回転速度が高い場合には、塑性流動が過剰となり、バリの発生およびそれに伴う欠陥および靱性の低下が発生する。また、回転速度の増加は接合部ならびにHAZの靱性の低下にも影響する。このため、摩擦工具の回転速度の上限を200rpmとするのが望ましい。また、同様の理由で、下限を100rpm、上限を150rpmとするのが一層望ましい。
【0023】
摩擦工具の回転ピッチ:0.3〜0.8mm/r
摩擦工具が1回転する間に移動する距離が回転ピッチである。回転ピッチは、以下の式(2)で与えられ、本発明のような移動接合の場合に適用される値である。
回転ピッチ=接合速度/ツール回転速度 (mm/r) …(2)
回転ピッチの増加は、塑性流動不足による接合部の欠陥発生に加え、ツール材に付与される荷重が増加し、ツールが破損する原因となるため、上限を0.8mm/rとするのが望ましい。回転ピッチが低い場合は、塑性流動が過剰となり、バリの発生およびそれに伴う欠陥が発生するため0.3mm/rを下限とするのが望ましい。なお、同様の理由で下限を0.4mm/r、上限を0.6mm/rとするのが一層望ましい。
【0024】
EBSD粒径:最大12.0μm以下
EBSD(電子線後方散乱回折法)は、各結晶の方位を測定する方法である。一般的に鋼の場合は15°以上の大角境界で囲まれた結晶粒径(EBSD粒径)が靱性と相関を持つことが報告されている。このEBSD粒径が細かいほど鋼の低温靱性が良好な結果となる。本発明のFSW接合条件によれば最大EBSD粒径が12.0μm以下の接合部が得られ、良好な低温靱性が得られる。一方で、最大EBSD粒径が12.0μmを超える場合は良好な低温靱性を得ることができないため、これを上限値とするのが望ましい。
【0025】
厚肉材の接合方法
通常、FSWの接合深さは、摩擦工具のピン形状によって決定される。ピンが長ければ長いほど厚肉材料の施工が可能である。しかし、接合深さが深くなるにつれ、接合の際に必要な荷重は大きくなり、大規模な装置が必要となる。さらに摩擦工具への負荷も大きくなり、接合中に摩擦工具の破損が発生する可能性がある。それらの問題を解決するために、開先に対して、両面から施工を実施し、従来の回転工具による接合深さであっても、厚肉材料の接合を可能とする。さらに、適切な接合条件を選択することにより、次パスの熱影響を受けた接合部であっても特性を低下させることなく接合が可能となる。
【発明の効果】
【0026】
以上説明したように、本発明によれば、摩擦撹拌接合によって、母材よりも高強度で、さらに従来の溶融溶接に比べて接合部およびHAZにおいて低温靱性を改善できる。つまり、接合部が母材よりも高強度で、かつ熱影響部であってもサブサイズVノッチシャルピー衝撃試験にて測定された延性脆性破面遷移温度(FATT)が−70℃以下で、かつ−50℃での吸収エネルギーが40J以上となる低温靱性に優れた接合部を得ることができる。また、このため、両面施工の実施により、厚肉材の接合を可能することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本発明の一実施形態における接合状態の過程を示す概略図である。
図2】同じく、実施形態に用いられる摩擦工具を示す図である。
図3】本発明の実施例におけるEBSD測定用サンプルの採取要領を示す図である。
図4】同じく、サブサイズシャルピー衝撃試験片の採取要領を示す図である。
図5】同じく、入熱指数と最大EBSD粒径の相関を示すグラフである。
図6】同じく、入熱指数と試験温度‐70℃での吸収エネルギーの相関を示す図である。
図7】同じく、継手引張試験片の採取要領を示す図である。
図8】同じく、継手引張試験後の試験片断面観察結果(回転速度:200rpm)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に本発明の実施形態を添付図面に基づき説明する。
本発明に用いられるラインパイプ用鋼は、API(米国石油協会)5Lパイプグレードで規定されており(2012年度)、以下の成分を示すことができる。
C≦0.26%、Mn≦1.65%、P≦0.03%、S≦0.03%、(V+Nb+Ti)1種以上≦0.15%、残部Feと不可避不純物
【0029】
上記ラインパイプ用鋼は、熱間圧延、焼き入れ、焼き戻し処理を経て提供することができる。例えば約1000℃に加熱した後、熱間圧延を実施し、その後、950℃で焼き入れし、560℃で焼き戻しを行うことができる。
なお、ラインパイプ用鋼の上記製造方法は例示であり、本願発明に用いるラインパイプ用鋼の製造方法が上記に限定されるものではない。
【0030】
摩擦工具は、PCBN(立方晶窒化ホウ素焼結体)とW−Re合金の複合材料などを用いることができる。ただし、本発明としては、該ツール材の形状および材質は特定のものに限定されるものではなく、鉄鋼材料に使用可能な工具であればよい。例えば、セラミック、金属、複合材料、およびその他の派生材料を含む、鉄鋼材料を接合可能な任意の工具材料の適用が可能である。
図2に、摩擦工具10の例を示す。摩擦工具10は、円柱状の本体部11と、本体部11の先端側に設けられ、本体部11よりも大径とした円柱状のショルダー12とを有しており、ショルダー12の先端側に、先端側を小径として円錐台形状のピン13を有している。例えば、本体部の径を25mm、本体部の長さを約60mmとし、ショルダー12の径を約37mm、ピン13の軸方向に対する外周傾きを30度とし、ピン13の深さは4mmとする。
【0031】
上記摩擦工具10は、ラインパイプ用鋼1の継手部2に対し、ピン13を接した状態で立てた状態で配置し、ラインパイプ用鋼1側に所定の荷重を加えつつ、所定の回転速度、所定の回転ピッチによって接合方向に、相対的に摩擦工具10を移動させる。摩擦工具の回転速度は80〜200rpmが望ましく、回転ピッチは、0.3〜0.8mm/rとするのが望ましい。なお、ラインパイプ用鋼1側を摩擦工具10に対し移動させるようにしてもよい。
さらに、摩擦撹拌接合では、下記式(1)で表される入熱指数が20×10〜120×10r・kg/mmとなる接合条件で実行する。
q(入熱指数)=押込み荷重(kg)×回転速度(rpm)×摩擦工具ショルダー径(mm)/(接合速度(mm/分)×板厚(mm)) …(1)
上記動作に基づく摩擦撹拌接合によって継手部2には、接合部3が形成される。
【0032】
上記接合部3は、母材であるラインパイプ用鋼1よりも高い強度を有し、サブサイズVノッチシャルピー衝撃試験にて測定された延性脆性破面遷移温度(FATT)が−70℃以下で、かつ−70℃での吸収エネルギーが40J以上となっている。
サブサイズVノッチシャルピー衝撃試験は、JIS Z2242:2005に規定する条件により実施することができる。
具体的には、試験片幅:5mm、高さ:10mm、長さ:55mmの試験片を用意し、ノッチ形状はノッチ角度45°、ノッチ深さ2mm及びノッチ底半径0.25mmとした。試験にはアルコールおよび液体窒素などの冷媒を使用し、所定の試験温度に対して±2℃に保たれた液槽中に、少なくとも10分間一定に保った後、試験を実施した。
【0033】
また、接合部3において、境界角度15°以上とした際の最大EBSD(Electron Back Scatter Diffraction;電子線後方散乱回折法)粒径が12.0μm以下となっている。
EBSD粒径は、走査電子顕微鏡(SEM)による結晶解析により行うことができる。
【実施例1】
【0034】
摩擦撹拌接合の検討において、API−X65グレードのラインパイプ用鋼を使用した。
ラインパイプ用鋼には、質量%で、C:0.05%、Mn:1.43%、P:0.009%、S:0.004%、V+Nb+Ti:0.07%、残部Feおよび不可避不純物の材料を用いた。該鋼は、溶製後、約1000℃に加熱した後、熱間圧延を実施し、その後、950℃で焼き入れし、560℃で焼き戻しを行った。
図1に示す摩擦撹拌接合を行った構造材について、図3に示すように片面1パス接合を実施した接合部3の中央から、供試材としてサンプル4を採取し、EBSD(TSL社製OIM)測定を実施した。
EBSD測定では、測定ピッチは0.05μmとし、100μm×100μm範囲2視野の測定結果を元に粒径測定を実施した。表1に摩擦撹拌接合の接合条件とEBSD粒径測定結果を示す。回転速度50rpmでは接合部に欠陥が発生したため、本条件では良好な接合部が得られなかった。回転速度が200rpm以下であれば最大EBSD粒径であっても12.0μm以下となることを示している。
【0035】
【表1】
【実施例2】
【0036】
接合部およびHAZの衝撃特性を評価するために、実施例1に示す条件で摩擦撹拌接合を行い、図4に示した要領でサブサイズシャルピー衝撃試験片を採取した。また、本実施例では次パスの熱影響を考慮するために両面パス施工により接合部3を作製した。なお、両面パスにおける接合条件は同一とした。
なお、供試材採取では、接合部側試験片20では、ノッチ位置を接合部幅方向の中央位置で採取した。また、HAZ側試験片22では、ノッチ位置を接合部幅方向近接位置で採取した。
さらに、比較のため、溶融溶接をAPI−X65鋼の接合で使用される溶接材料によるSAWとした比較例をさらに容易にした。
なお、サブサイズシャルピー衝撃試験は、実施例1と同様にJIS Z2242:2005に規定する条件により実施した。
表2にサブサイズシャルピー衝撃試験結果を示す。
【0037】
【表2】
【0038】
試験の結果、発明例では接合部、HAZともに溶融溶接(SAW)よりもFATTが低温側にシフトしており、優れた低温靱性を示した。発明例では‐70℃での吸収エネルギー(vE−70)が40J以上となった。さらに接合部においては回転速度100rpm条件で母材とほぼ同等の衝撃特性を示した。一方で、比較例2では良好な低温靱性が得られなかった。
各供試材において、入熱指数とEBSD粒径および靱性の相関を図5、6に示す。入熱指数の増加に伴い、EBSD粒径が増加し、入熱指数が120×10r・kg/mm以上では、12.0μm以上となり、接合部の良好な低温靱性が得られなかった。
【実施例3】
【0039】
接合部の強度を評価するために、実施例1に示す条件で摩擦撹拌接合を行い、図6に示すように試験材から、接合部3とラインパイプ鋼1を含めた継手引張試験片5を供試材として採取した。継手引張試験片5は微小試験片(G.L.5mm、厚さ0.34mm)とし、試験温度を室温、引張速度を0.5mm/minとした条件での継手引張試験を行った。試験結果を表3に示す。
【0040】
【表3】
【0041】
また、図8には継手引張試験後の破断位置の組織観察結果を示す。破断位置は母材であった。このことより、本発明例で得られた接合部は母材よりも高強度であることが示され、高強度かつ低温靱性が良好な接合部が本発明によって得られた。
【0042】
本発明は、天然ガスのパイプラインなどに使用される鋼材の摩擦撹拌接合(以下FSW)として適用することができ、特に低温靱性が要求される環境においての接合部および熱影響部の優れた低温靱性に特化した接合方法として利用することができる。但し、本発明としては適用範囲がこれらに限定されるものではない。
【0043】
以上、本発明について上記実施形態に基づいて説明したが、本発明の範囲を逸脱しない限りは上記説明の内容に限定されるものではなく、適宜の変更を行うことが可能である。
【符号の説明】
【0044】
1 ラインパイプ用鋼
2 継手部
3 接合部
10 摩擦工具
12 ショルダー
13 ピン
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8