(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6066222
(24)【登録日】2017年1月6日
(45)【発行日】2017年1月25日
(54)【発明の名称】抗菌ペプチド及びその利用
(51)【国際特許分類】
A61K 38/00 20060101AFI20170116BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20170116BHJP
A61P 31/10 20060101ALI20170116BHJP
C12N 1/14 20060101ALN20170116BHJP
C12N 1/20 20060101ALN20170116BHJP
C07K 14/00 20060101ALN20170116BHJP
C07K 7/08 20060101ALN20170116BHJP
【FI】
A61K37/02ZNA
A61P31/04
A61P31/04 171
A61P31/10
!C12N1/14 Z
!C12N1/20 Z
!C07K14/00
!C07K7/08
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-518417(P2014-518417)
(86)(22)【出願日】2013年5月23日
(86)【国際出願番号】JP2013064393
(87)【国際公開番号】WO2013180011
(87)【国際公開日】20131205
【審査請求日】2016年2月22日
(31)【優先権主張番号】特願2012-121256(P2012-121256)
(32)【優先日】2012年5月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003034
【氏名又は名称】東亞合成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100117606
【弁理士】
【氏名又は名称】安部 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100136423
【弁理士】
【氏名又は名称】大井 道子
(72)【発明者】
【氏名】小林 菜穂子
(72)【発明者】
【氏名】吉田 徹彦
【審査官】
六笠 紀子
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2010/117079(WO,A1)
【文献】
国際公開第2011/152524(WO,A1)
【文献】
J. Pept. Sci.,2012年 1月,18(3),p.183-191
【文献】
Neuroscience & Medicine,2011年,2,p.239-267
【文献】
Trends Cell Biol.,1998年,8(10),p.410-415
【文献】
Journal of Cell Science,2000年,113,p.1857-1870
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00−38/58
A61P 31/00−31/22
C07K 7/08
C07K 14/00
WPI
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一種の細菌若しくは真菌に対して抗菌性を有する人為的に合成されたペプチドであって、配列番号1〜6のうちの何れかの配列番号に示すアミノ酸配列又は該アミノ酸配列について1個、2個又は3個のアミノ酸残基が置換、欠失及び/又は付加されて形成されたアミノ酸配列から成る抗菌ペプチドと、
薬学上許容され得る少なくとも一種の担体と、
を含む、組成物。
【請求項2】
前記抗菌ペプチドとして、配列番号3,4,5又は6に示すアミノ酸配列又は該アミノ酸配列について1個、2個又は3個のアミノ酸残基が置換、欠失及び/又は付加されて形成されたアミノ酸配列から成る抗菌ペプチドを含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記担体として、前記抗菌ペプチドを溶解若しくは分散可能な液状媒体を含む、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
少なくとも一種の細菌若しくは真菌の増殖を抑制する方法であって、
請求項1〜3の何れか一項に記載の組成物を、以下の何れかの対象:
(1)ヒトを除く生体;
(2)ヒトを含む生体から摘出され生体外で培養される組織培養物若しくは細胞培養物;
(3)非生物体;
に供給することを特徴とする、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗菌性を有するオリゴペプチド又はポリペプチド(以下「抗菌ペプチド」と総称する。)に関し、さらに該抗菌ペプチドを含む薬学上の組成物(抗菌のための組成物、抗菌剤)に関する。
なお、本出願は2012年5月28日に出願された日本国特許出願2012−121256号に基づく優先権を主張しており、当該日本国出願の全内容は本明細書中に参照として援用されている。
【背景技術】
【0002】
抗菌ペプチドは一般に幅広い抗菌スペクトルを有し、薬剤耐性菌が出現し難いと考えられていることから、ヒト及び動物の細菌感染性疾患の予防や治療、或いは、食材等の物品に抗菌性を付与する目的での利用が期待されている。これまでに多くの抗菌ペプチドが種々の動植物から単離されている(例えば特許文献1〜2)。また、抗菌性との関連性が全く論じられなかった既知のアミノ酸配列を利用して設計・合成された抗菌性の合成ペプチドが報告されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】日本国特許出願公開2000−63400号公報
【特許文献2】日本国特許出願公開2001−186887号公報
【特許文献3】WO03/091429A1
【特許文献4】WO2010/117079A1
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】プロス・ワン(PLoS ONE)、[online]、5巻、Issue3、2010年、e9505
【非特許文献2】トレンド・イン・セルバイオロジー(trends in CELLBIOLOGY)、8巻、1998年、pp.410−415
【発明の概要】
【0005】
本発明は、自然界において成熟型のペプチド(mature peptide)として存在し生理活性ペプチドとして機能している抗菌ペプチドとは異なる人為的に設計されたアミノ酸配列から成る新たな抗菌ペプチドを提供することを目的とし、さらにそのような抗菌ペプチドを主成分とする組成物の提供を目的とする。
本発明者は、上記の特許文献に記載されるような従来の抗菌ペプチドとは異なるアミノ酸配列を有し、且つ、細菌、真菌を包含する広い抗菌スペクトルを示す抗菌性のオリゴペプチド或いはポリペプチドの研究を鋭意推進し、アルツハイマー病の出発物質ともいうべきアミロイド前駆体タンパク質(Amyloid Precursor Protein:APP)のシグナルペプチドを構成するアミノ酸配列に着目した。そして、かかるシグナルペプチドを構成するアミノ酸配列から成る合成されたペプチド(オリゴペプチドである場合と、ポリペプチドである場合とを包含する。以下同じ。)が広い抗菌スペクトルを示すことを見出した。なお、かかるアミノ酸配列から成る合成ペプチドは、神経分化誘導ペプチドとして公知(特許文献4)ではあったが、神経分化誘導能とは全く関係のない抗菌性を示すことを見出して本発明を完成するに至った。
【0006】
APPは脳の神経細胞中でセクレターゼ(β−セクレターゼ、γ−セクレターゼ)によって切断されて典型的には40若しくは42アミノ酸残基から成るアミロイドβタンパク質(Aβ)が産生し、該Aβが脳内において凝集(蓄積)されることにより神経細胞が破壊され、その結果としてアルツハイマー病が発症すると考えられている(アミロイド仮説)。本発明者は、APPからセクレターゼによって切り出された産物であるAβではなく、アルツハイマー病発症に関するアミロイド仮説において従来は全く関心外であったAPPのシグナルペプチド部分に着目して本発明を完成した。
なお、上記非特許文献1に記載のとおり、Aβ自体が抗菌性を示すことは知られていたが、APPのシグナルペプチドを構成するアミノ酸配列から成る合成ペプチドが抗菌性を示すことは全く知られておらず、非特許文献1にはAPPのシグナルペプチドに関する記載は存在しない。また、シグナルペプチドの総説たる非特許文献2にも上記シグナルペプチドが抗菌性を示すことを示唆する記載はない。
【0007】
ここで開示される組成物は、その主成分たる抗菌ペプチド(合成ペプチド)として、
(1)アミロイド前駆体タンパク質(APP)、
(2)APPの類縁のタンパク質である以下の2種のアミロイド前駆体様タンパク質、
(2−1)Amyloid Precursor-Like Protein 1(APLP1)
(2−2)Amyloid Precursor-Like Protein 2(APLP2)
のうちの何れかのタンパク質(前駆体)のシグナルペプチドに対応するアミノ酸配列から成る合成ペプチドを含む。
即ち、本発明によって提供される組成物は、少なくとも一種の細菌若しくは真菌に対して抗菌性を有する人為的に合成されたペプチドであって、配列番号1〜6のうちの何れかの配列番号に示すアミノ酸配列又は該アミノ酸配列について1個、2個又は3個のアミノ酸残基が置換、欠失及び/又は付加されて形成されたアミノ酸配列から成る抗菌ペプチドと、薬学上許容され得る少なくとも一種の担体とを含む、薬学上の組成物である。
【0008】
配列番号1のアミノ酸配列:
MLPGLALLLLAAWTARA;
は、ヒト由来のAPPのシグナルペプチド(アミノ酸残基数:17)を構成するアミノ酸配列である。
また、配列番号2のアミノ酸配列:
MLPSLALLLLAAWTVRA;
は、マウス由来のAPPのシグナルペプチド(アミノ酸残基数:17)を構成するアミノ酸配列である。
また、配列番号3のアミノ酸配列:
MGPASPAARGLSRRPGQPPLPLLLPLLLLLLRAQPAIG;
は、ヒト由来のAPLP1のシグナルペプチド(アミノ酸残基数:38)を構成するアミノ酸配列である。
また、配列番号4のアミノ酸配列:
MGPTSPAARGQGRRWRPPLPLLLPLSLLLLRAQLAVG;
は、マウス由来のAPLP1のシグナルペプチド(アミノ酸残基数:37)を構成するアミノ酸配列である。
また、配列番号5のアミノ酸配列:
MAATGTAAAAATGRLLLLLLVGLTAPALA;
は、ヒト由来のAPLP2のシグナルペプチド(アミノ酸残基数:29)を構成するアミノ酸配列である。
また、配列番号6のアミノ酸配列:
MAATGTAAAAATGKLLVLLLLGLTAPAAA;
は、マウス由来のAPLP2のシグナルペプチド(アミノ酸残基数:29)を構成するアミノ酸配列である。
【0009】
ここで開示される組成物の好適な一態様では、上記抗菌ペプチドとして、配列番号3,4,5又は6に示すアミノ酸配列又は該アミノ酸配列について1個、2個又は3個のアミノ酸残基が置換、欠失及び/又は付加されて形成されたアミノ酸配列から成る抗菌ペプチドを含む。
また、組成物を調製するために使用される上記担体の好適例の1つとして、抗菌ペプチドを溶解若しくは分散可能な液状媒体が挙げられる。
【0010】
ここで開示される組成物は、主要構成要素として上記何れかのシグナルペプチドに対応(相当)するアミノ酸配列(以下「AP−シグナルペプチド関連配列」という。)から成る抗菌ペプチドを含むことによって、高い抗菌活性を有し得る。典型的には、AP−シグナルペプチド関連配列から成る人為的に合成されたペプチドは、広い抗菌スペクトルを示し、グラム陽性細菌、グラム陰性細菌、真菌の何れにも抗菌活性を有し得る。
組成物に抗菌成分として含まれる合成ペプチド(即ち、抗菌ペプチド)は、一般的には、AP−シグナルペプチド関連配列を1セット(1単位)有すればよいが、これに限られず、例えば2セット又は3セットのAP−シグナルペプチド関連配列を相互に近接して配置されたペプチドであってもよい。
【0011】
また、抗菌ペプチドは、少なくとも一つのアミノ酸残基がアミド化されていてもよい。アミノ酸残基(典型的にはペプチド鎖のC末端アミノ酸残基)のカルボキシル基のアミド化により、抗菌ペプチドの構造安定性(例えばプロテアーゼ耐性)を向上させ得る。
また、抗菌ペプチドは、ペプチド鎖を構成する全アミノ酸残基数が50以下であるものが好ましい。このような鎖長の短いペプチドは、化学合成が容易であり、容易に抗菌ペプチド(合成ペプチド)を提供することができる。ここで開示される抗菌ペプチドは、鎖長の短いペプチド(即ち比較的低分子量のペプチド)であるため、取扱いが容易であり、生体内(in vivo)及び/又は生体外(in vitro)での利用に好適な組成物を提供することができる。
【0012】
また、本発明は、ここで開示される何れかの組成物(より具体的には抗菌ペプチド)を使用することを特徴とする殺菌方法、抗菌方法又は消毒方法(表現は目的に応じて異なり得る。)を提供する。例えば、以下の何れかの対象:
(1)ヒトを除く生体;
(2)ヒトを含む生体から摘出され生体外(in vitro)で培養される組織培養物若しくは細胞培養物;
(3)非生物体;
に存在する少なくとも一種の細菌若しくは真菌の増殖を抑制する抗菌方法であって、ここで開示される何れかの組成物(即ちここで開示される抗菌ペプチド)を当該対象の表面または内部に供給することを特徴とする抗菌方法が本発明によって提供される。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項(例えば抗菌ペプチドの一次構造)以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄(例えばペプチド合成、ポリヌクレオチド合成、ペプチドを成分とする組成物の調製に関するような一般的事項)は、有機化学、生化学、遺伝子工学、タンパク質工学、分子生物学、薬学、医学、衛生学等の分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。なお、以下の説明では、場合に応じてアミノ酸をIUPAC-IUBガイドラインで示されたアミノ酸に関する命名法に準拠した1文字表記(但し配列表では3文字表記)で表す。
【0014】
本明細書において「人為的に合成された抗菌ペプチド」とは、そのペプチド鎖がそれのみで成熟型として自然界に存在するものではなく、人為的な化学合成或いは生合成(即ち遺伝子工学に基づく生産)によって製造されたペプチド断片をいう。
本明細書において「抗菌ペプチド」とは、少なくとも一種の細菌或いは真菌に対して抗菌活性を示す複数のペプチド結合を有するアミノ酸ポリマーを指す用語であり、ペプチド鎖に含まれるアミノ酸残基の数によって限定されない。アミノ酸残基数が20程度までのオリゴペプチド或いは20を上回るアミノ酸残基から成るポリペプチドも本明細書における抗菌ペプチドに包含される。
本明細書において「アミノ酸残基」とは、特に言及する場合を除いて、ペプチド鎖のN末端アミノ酸及びC末端アミノ酸を包含する用語である。
本明細書において「ポリヌクレオチド」とは、複数のヌクレオチドがリン酸ジエステル結合で結ばれたポリマー(核酸)を指す用語であり、ヌクレオチドの数によって限定されない。種々の長さのDNAフラグメント及びRNAフラグメントが本明細書におけるポリヌクレオチドに包含される。
【0015】
本明細書において所定のアミノ酸配列について「1個、2個又は3個のアミノ酸残基が置換、欠失及び/又は付加されて形成されたアミノ酸配列」とは、少なくとも一種の細菌若しくは真菌に対する抗菌性を失うことなく当該所定のアミノ酸配列に部分的な改変が施されて成る改変アミノ酸配列の典型例である。かかる改変アミノ酸配列には、例えば1個〜数個(典型的には1〜3個)のアミノ酸残基が保守的に置換したいわゆる同類アミノ酸置換(conservative amino acid replacement)によって生じた配列(例えば塩基性アミノ酸残基が別の塩基性アミノ酸残基に置換した配列や疎水性アミノ酸残基が別の疎水性アミノ酸残基に置換した配列)、所定のアミノ酸配列に1個又は数個(典型的には2個若しくは3個程度)のアミノ酸残基が付加(挿入)された配列、所定のアミノ酸配列から1個又は数個(典型的には2個若しくは3個程度)のアミノ酸残基が欠失(削除)された配列、等が包含される。
【0016】
AP−シグナルペプチド関連配列としては、配列番号1又は2に記載のAPPのシグナルペプチドを構成するアミノ酸配列若しくは該配列の改変アミノ酸配列(典型的な改変アミノ酸配列は上記のとおりである。以下同じ。)を使用することができる。また、配列番号3又は4に記載のAPLP1のシグナルペプチドを構成するアミノ酸配列若しくは該配列の改変アミノ酸配列を使用してもよく、配列番号5又は6に記載のAPLP2のシグナルペプチドを構成するアミノ酸配列若しくは該配列の改変アミノ酸配列を使用してもよい。全てのアミノ酸残基がL型アミノ酸であるものが好ましいが、抗菌活性を失わない限りにおいて、アミノ酸残基の一部又は全部がD型アミノ酸に置換されているものであってもよい。
【0017】
ここで開示される抗菌ペプチドの鎖長(アミノ酸残基数)は、含有するAP−シグナルペプチド関連配列の長さに応じて異なり得るので特に限定されないが、全アミノ酸残基数が100以下が適当であり、50以下が好ましく、40以下がより好ましい。ペプチドのコンホメーション(立体構造)については、使用する環境下で抗菌性を発揮する限りにおいて、特に限定されるものではないが、免疫原(抗原)になり難いという観点から直鎖状又はへリックス状のものが好ましい。このような形状のペプチドはエピトープを構成し難い。かかる観点から、AP−シグナルペプチド関連配列を1セット(1単位)のみ有する合成ペプチドが好適である。
【0018】
あるいは、同じAP−シグナルペプチド関連配列或いは相互に異なるAP−シグナルペプチド関連配列を複数(典型的には2セット若しくは3セット)有するペプチドであってもよい。例えば配列番号1〜6のうちの何れかの配列番号に示すアミノ酸配列がN末端側から2セット又は3セット繰り返されるように相互に近接して配置されたペプチド鎖からなる合成ペプチドであってもよい。この場合において1単位のAP−シグナルペプチド関連配列と他の1単位のAP−シグナルペプチド関連配列とを連結する短いリンカー配列(ヒンジ部)を有するように構築された合成ペプチドであってもよい。かかるリンカー配列の典型例として、1〜9個程度(例えば1個、2個又は3個)のグリシン残基及び/又はセリン残基で構成されたリンカー配列が挙げられる。
また、ここで開示される抗菌ペプチドは、抗菌性を失わない限りにおいて、AP−シグナルペプチド関連配列以外の部分配列を含み得る。即ち、本発明の組成物の主要成分たる「AP−シグナルペプチド関連配列から成る抗菌ペプチド」とは、AP−シグナルペプチド関連配列を主体として構成される(即ち実質的にAP−シグナルペプチド関連配列から成る)抗菌ペプチドを意味するのであって、抗菌性の発現に何ら影響しない少数のアミノ酸残基の存在を排除するものではない。
【0019】
ここで開示される抗菌ペプチドのうちペプチド鎖の比較的短いものは、一般的な化学合成法に準じて容易に製造することができる。例えば、従来公知の固相合成法又は液相合成法のいずれを採用してもよい。アミノ基の保護基としてBoc(t-butyloxycarbonyl)或いはFmoc(9-fluorenylmethoxycarbonyl)を適用した固相合成法が好適である。抗菌ペプチドは、市販のペプチド合成機(例えば、PerSeptive Biosystems社、Applied Biosystems社等から入手可能である。)を用いた固相合成法により、所望するアミノ酸配列、修飾(C末端アミド化等)部分を有するペプチド鎖を合成することができる。
【0020】
或いは、遺伝子工学的手法に基づいて抗菌ペプチドを生合成してもよい。このアプローチは、ペプチド鎖の比較的長いポリペプチドを製造する場合に好適である。すなわち、所望する抗菌ペプチドのアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列(ATG開始コドンを含む。)のDNAを合成する。そして、このDNAと該アミノ酸配列を宿主細胞内で発現させるための種々の調節エレメント(プロモーター、リボゾーム結合部位、ターミネーター、エンハンサー、発現レベルを制御する種々のシスエレメントを包含する。)とから成る発現用遺伝子構築物を有する組換えベクターを、宿主細胞に応じて構築する。
一般的な技法によって、この組換えベクターを所定の宿主細胞(例えばイースト、昆虫細胞、植物細胞、哺乳類細胞)に導入し、所定の条件で当該宿主細胞又は該細胞を含む組織や個体を培養する。このことにより、目的とするポリペプチドを細胞内で発現、生産させることができる。そして、宿主細胞(分泌された場合は培地中)からポリペプチドを単離し、精製することによって、目的の抗菌ペプチドを得ることができる。
なお、組換えベクターの構築方法及び構築した組換えベクターの宿主細胞への導入方法等は、当該分野で従来から行われている方法をそのまま採用すればよく、かかる方法自体は特に本発明を特徴付けるものではないため、詳細な説明は省略する。
【0021】
例えば、宿主細胞内で効率よく大量に生産させるために融合タンパク質発現システムを利用することができる。すなわち、目的の抗菌ペプチドのアミノ酸配列をコードする遺伝子(DNA)を化学合成し、該合成遺伝子を適当な融合タンパク質発現用ベクター(例えばノバジェン社から提供されているpETシリーズおよびアマシャムバイオサイエンス社から提供されているpGEXシリーズのようなGST(Glutathione S-transferase)融合タンパク質発現用ベクター)の好適なサイトに導入する。そして該ベクターにより宿主細胞(典型的には大腸菌)を形質転換する。得られた形質転換体を培養して目的の融合タンパク質を調製する。次いで、該タンパク質を抽出及び精製する。次いで、得られた精製融合タンパク質を所定の酵素(プロテアーゼ)で切断し、遊離した目的のペプチド断片(設計した抗菌ペプチド)をアフィニティクロマトグラフィー等の方法によって回収する。このような従来公知の融合タンパク質発現システム(例えばアマシャムバイオサイエンス社により提供されるGST/Hisシステムを利用し得る。)を用いることによって、本発明の抗菌ペプチドを製造することができる。
或いは、無細胞タンパク質合成システム用の鋳型DNA(即ち抗菌ペプチドのアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列を含む合成遺伝子断片)を構築し、ペプチド合成に必要な種々の化合物(ATP、RNAポリメラーゼ、アミノ酸類等)を使用し、いわゆる無細胞タンパク質合成システムを採用して目的のポリペプチドをインビトロ合成することができる。無細胞タンパク質合成システムについては、例えばShimizuらの論文(Shimizu et al., Nature Biotechnology, 19, 751-755(2001))、Madinらの論文(Madin et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 97(2), 559-564(2000))が参考になる。これら論文に記載された技術に基づいて、本願出願時点において既に多くの企業がポリペプチドの受託生産を行っており、また、無細胞タンパク質合成用のキットが市販されている。
【0022】
ここで開示される抗菌ペプチドは少なくとも一種の細菌若しくは真菌に対して高い抗菌活性を有し、好ましいものでは更に比較的広い抗菌スペクトルを有しているため、組成物の主成分として好適である。
かかる抗菌ペプチドを含む組成物は、例えば、細菌感染症の治療、創傷面の消毒、眼病予防、口腔内洗浄(うがい)、食品の防腐や鮮度保持、脱臭、家具や衛生機器表面の抗菌処理(殺菌又は静菌)等の目的に用いられ得る。
抗菌ペプチドの他、組成物に含まれる薬学上許容され得る担体としては、組成物の用途や形態に応じて適宜異なり得るが、水その他の水性溶媒、非水性溶媒(有機溶媒)、種々の充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、表面活性剤、賦形剤、色素、香料等が挙げられる。
抗菌ペプチドを溶解若しくは分散可能な液状媒体が好ましい。ここで開示される抗菌ペプチドは、疎水性アミノ酸残基の割合が比較的高いため、DMSO(ジメチルスルホキシド)、DMF(ジメチルホルムアミド)、イソプロパノール等の溶媒を含む液状媒体(例えば水にDMSOを加えた混合溶媒)を好適に使用することができる。
【0023】
組成物の形態に関して特に限定はない。例えば、抗菌対象が生体(ヒト若しくはヒト以外の動物)である場合(即ちin vivoにおいての利用)、或いは抗菌対象物がヒトを含む生体から摘出され生体外で培養される組織培養物(培養液)若しくは細胞培養物(培養液)である場合(即ちin vitroにおいての利用)には、内用剤若しくは外用剤の典型的な形態として、軟膏、液剤、懸濁剤、乳剤、エアロゾル、泡沫剤、顆粒剤、粉末剤、錠剤、カプセル等が挙げられる。また、注射等に用いるため、使用直前に適当な生理食塩水又は適当な緩衝液(例えばPBS)等の液状媒体に溶解若しくは分散させて薬液を調製するための凍結乾燥物、造粒物とすることもできる。
他方、抗菌対象物が非生物体(典型的には食器類、家具その他の什器類、衣類、靴、鞄その他の装身具、衛生機器)である場合には、液剤、懸濁剤、乳剤、エアロゾル、泡沫剤等が挙げられる。予め所定のペプチド濃度の液状抗菌剤を含ませたウェット状の布や紙の形態であってもよい。このような形態で組成物を用いて抗菌対象たる非生物体の表面の抗菌処理を行うことができる。
なお、抗菌ペプチド(主成分)及び種々の担体(副成分)を材料にして種々の形態の組成物を調製するプロセス自体は従来公知の方法に準じればよく、かかる製剤方法自体は本発明を特徴付けるものでもないため詳細な説明は省略する。処方に関する詳細な情報源として、例えばComprehensive Medicinal Chemistry, Corwin Hansch監修,Pergamon Press刊(1990)が挙げられる。
【0024】
ここで開示される組成物は、その形態及び目的に応じた方法や用量で使用することができる。例えば、液剤としては、静脈内、筋肉内、皮下、皮内若しくは腹腔内への注射或いは灌腸によって対象者(若しくは対象動物)に投与することができる。或いは、錠剤等の固体形態のものは経口投与することができる。例えば放射線治療を受けているガン患者やエイズ患者にとって細菌感染症の予防及び治療は重大な関心事である。ここで開示される抗菌ペプチドを含む組成物は、感染症の原因たる細菌(例えば黄色ブドウ球菌)に対して高い抗菌作用を示し得る。
また、非生物体である対象、例えば衛生陶器の表面の抗菌処理や食品の抗菌処理(防腐)に使用する場合は、比較的多量(例えば1〜100mg/ml)の抗菌ペプチドを含有する液剤を当該対象物の表面に直接スプレーするか、或いは、当該液剤で濡れたウェット状の布や紙で対象物の表面を拭くとよい。これらは例示にすぎず、従来のペプチド系抗生物質やペプチドを構成成分とする農薬、医薬部外品等と同じ形態、使用方法を適用することができる。
【0025】
また、本発明の抗菌ペプチドをコードするポリヌクレオチドは、いわゆる遺伝子治療に使用する素材として用い得る。例えば、抗菌ペプチドをコードする遺伝子(典型的にはDNAセグメント、或いはRNAセグメント)を適当なベクターに組み込み、目的とする部位に導入することにより、常時生体(細胞)内で本発明に係る抗菌ペプチドを発現させることが可能である。従って、本発明の抗菌ペプチドをコードするポリヌクレオチド(DNAセグメント、RNAセグメント等)は、上述した患者等に対し、細菌感染を予防し又は治療する薬剤として有用である。
【0026】
再生医療の分野において、皮膚、骨、各種の臓器の培養時の細菌感染を防止することは重要である。ここで開示される抗菌ペプチドは、哺乳動物細胞及び組織に対する毒性が極めて低く、細菌に選択的に抗菌作用を示し得る。このため、培養臓器等の細菌感染を防止する薬剤として極めて有用である。例えば、後述する実施例に示すように、適当な濃度でAP−シグナルペプチド関連配列から成る本発明の抗菌ペプチド単独又は当該ペプチドを主成分の一つとする組成物を培養液中に添加することにより、培養中の臓器等の細菌感染を防止することができる。
また、組織培養物若しくは細胞培養物に対して、ここで開示される抗菌ペプチドをコードするポリヌクレオチドを遺伝子治療に使用する素材として用いることができる。例えば、本発明の抗菌ペプチドをコードする遺伝子(典型的にはDNAセグメント又はRNAセグメント)を適当なベクターに組み込み、目的とする組織培養物(即ち細胞)に導入することにより、常時或いは所望する時期に培養組織(細胞)内で本発明に係る抗菌ペプチドを発現させることが可能である。従って、ここで開示される抗菌ペプチドをコードするポリヌクレオチド(DNAセグメント、RNAセグメント等)は、培養組織の細菌感染を防止する薬剤として有用である。
【0027】
以下、本発明に関するいくつかの実施例を説明するが、本発明をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0028】
<試験例1:ペプチド合成>
計8種類の合成ペプチド(サンプル1〜6、比較サンプルとしての7及び8)を後述するペプチド合成機を用いて製造した。表1には、これら合成ペプチドのアミノ酸配列を列挙している。
【0030】
表1に示すように、サンプル1〜6は、それぞれ配列番号1〜6に対応するAP−シグナルペプチド関連配列から成るペプチドである。他方、サンプル7及び8は、AP−シグナルペプチド関連配列とは何ら関係のないアミノ酸配列(それぞれ15アミノ酸残基及び36アミノ酸残基)から成る合成ペプチドである。
いずれのペプチドも、市販のペプチド合成機(Intavis AG社製品)を用いてマニュアルどおりに固相合成法(Fmoc法)を実施して合成し、高速液体クロマトグラフ(Waters 600:Waters社製品)を用いて精製を行った。なお、合成ペプチドの製造、精製プロセス自体は、単なる従来技術にすぎず本発明を特徴付けるものではないため詳細な説明は省略する。
合成した各サンプルは、10%DMSO含有蒸留水(滅菌済み)に溶かし、ペプチド濃度が1mMのストック液を調製した。
【0031】
<試験例2:合成ペプチドの抗菌活性>
上記試験例1で合成したペプチド(サンプル1〜8)について、グラム陽性細菌として黄色ブドウ球菌(S. aureus:209P)、グラム陰性細菌として大腸菌(E. coli:NIH-JC2)ならびに真菌(Fungi)としてカンジダ・アルビカンス(C. albicans:NBRC-1594)を使用し、これら微生物に対する抗菌活性(最小阻止濃度:MIC)を調べた。
【0032】
上記2種の細菌(S. aureus、E. coli)については、保存培地から寒天平板培地(DIFCO社製品「ミューラーヒントン寒天(Mueller Hinton Agar)」)において継代培養後、液体培地(ミューラーヒントンIIブロス:Mueller Hinton broth II(DIFCO社製品))に植菌し、30℃又は37℃で24時間培養した。次いで、かかる培養液に上記培地を添加して希釈し、菌濃度が2×10
5cells/mLである接種菌液を調製した。
他方、上記一種の真菌(C. albicans)は、スラント培養物の当該スラント表面を0.1%のTween(登録商標)80を添加した生理食塩水で洗浄して分生子浮遊液を作製した。かかる浮遊液をFalcon(商標)セルストレーナーで濾過した後、MOPS緩衝RPMI1640培地を添加して希釈し、菌濃度が2×10
4cells/mLである接種菌液を調製した。
【0033】
抗菌活性試験は具体的には次のようにして行った。先ず、各ペプチド(サンプル1〜8)を滅菌蒸留水で希釈し、約256μMの最高試験濃度の薬剤(合成ペプチド)溶液を調製し、更に滅菌蒸留水で希釈することによって2倍希釈系列の薬剤溶液(ペプチド濃度256μM、128μM、64μM、32μM、16μM、8μM、4μM、2μM、及び1μM)をサンプルペプチド毎にそれぞれ作製した。
そして、作製した上記各濃度のペプチド含有液を96穴マイクロプレートに20μLずつ注入した。そして、真菌を対象とする試験区では上記MOPS緩衝RPMI1640培地を各ウェルに80μL注入し、細菌を対象とする試験区では上記液体培地(ミューラーヒントンIIブロス)を各ウェルに80μL注入した。
次いで、上記いずれかの接種菌液を各ウェルに100μLずつ注入し、30℃又は37℃の恒温器内で培養を開始し、24時間後の濁度(OD
600)測定により菌の増殖(発育)の有無を調べた。その測定時における濁度増加が認められない最小薬剤濃度(ペプチド濃度)を本試験例におけるMIC(単位:μM)と定めた。結果を表2に示す。
【0035】
表2に示す結果から明らかなように、AP−シグナルペプチド関連配列から成る合成ペプチド(サンプル1〜6)は、いずれの菌種に対しても高い抗菌活性を示した。一方、AP−シグナルペプチド関連配列とは関連のないアミノ酸配列から成る比較対照の合成ペプチド(サンプル7、8)についてはどの菌種に対しても抗菌活性が認められなかった。
【0036】
<試験例3:顆粒剤の調製>
サンプル1の合成ペプチド50mgと結晶化セルロース50mg及び乳糖400mgとを混合した後、エタノールと水の混合液1mLを加え混練した。この混練物を常法に従って造粒し、抗菌ペプチドを主成分とする顆粒状の組成物(顆粒剤)を得た。
【産業上の利用可能性】
【0037】
上述のように本発明の抗菌ペプチドは高い抗菌活性を有しているため、例えば医薬や衛生材料として利用することができる。上述のように本発明の神経分化誘導ペプチドは高い神経分化誘導活性を有しているため、医薬用のペプチド成分として利用することができる。
【配列表フリーテキスト】
【0038】
配列番号1〜配列番号8 合成ペプチド
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]