特許第6066436号(P6066436)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6066436-鋼鉄部材表面への複合硬化層の形成方法 図000005
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6066436
(24)【登録日】2017年1月6日
(45)【発行日】2017年1月25日
(54)【発明の名称】鋼鉄部材表面への複合硬化層の形成方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/44 20060101AFI20170116BHJP
   C23C 8/66 20060101ALI20170116BHJP
   C23C 10/24 20060101ALI20170116BHJP
   C22C 21/00 20060101ALI20170116BHJP
   C22C 23/02 20060101ALI20170116BHJP
【FI】
   C23C8/44
   C23C8/66
   C23C10/24
   C22C21/00 N
   C22C23/02
【請求項の数】3
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2015-127647(P2015-127647)
(22)【出願日】2015年6月25日
(65)【公開番号】特開2017-8399(P2017-8399A)
(43)【公開日】2017年1月12日
【審査請求日】2015年6月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001542
【氏名又は名称】特許業務法人銀座マロニエ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】原田 良夫
(72)【発明者】
【氏名】熊川 雅也
(72)【発明者】
【氏名】寺谷 武馬
【審査官】 祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭54−002943(JP,A)
【文献】 特開昭48−070636(JP,A)
【文献】 特開2006−176866(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00−12/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硼砂を主成分とする塩浴中にAl−Mg合金を添加してなる700℃〜1500℃の温度に維持された溶融状態の硼砂塩浴中に、予め表面に浸炭層を設けてなる鋼鉄部材を浸漬することによって、該鋼鉄部材表浸炭層の上に上層として硼化物層が形成されると同時に該浸炭層および硼化物層を互いにその境界において融合して複合化した層からなる硼化浸炭複合化層を形成し、その後、該硼化浸炭複合化層を有する鉄鋼部材をその変態点AC1+30〜50℃で0.5〜2時間の熱処理を施すことを特徴とする鋼鉄部材表面への複合硬化層の形成方法。
【請求項2】
鋼鉄部材表面に形成される浸炭層は、粉末法溶融塩法、ガス法および真空法のうちから選ばれるいずれか1種以上の浸炭法によって部材表面に直に形成されていることを特徴とする請求項1に記載の鋼鉄部材表面への複合硬化層の形成方法。
【請求項3】
前記Al−Mg合金は、Mgを1.2〜93mass%含み、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、直径2〜10mm、長さ5〜20mmの小片または小塊であることを特徴とする請求項1または2に記載の鋼鉄部材表面への複合硬化層の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼鉄部材の表面に浸炭層と硼化物層とからなる複合硬化層を形成する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼鉄部材の表面に硬質層を形成する方法は、硼素供給源の形態によって、粉末法と溶融塩法に大別され、さらにその溶融塩法は溶融塩浸漬法と溶融塩電解法とに分類され、それぞれが実用化されている処理法である。
【0003】
これらのうち、粉末法に属する技術としては、特許文献1、2に開示されているようなフェロボロン、アルカリ金属の炭酸塩などの混合粉末中に鋼鉄部材を埋没させ、不活性ガス中で700℃〜900℃に加熱する方法がある。その他、特許文献3には、硼素供給源として、BC、KBFを用い、粉末の増量剤としてSiCからなる混合粉末中で950℃に加熱する方法が開示されており、さらに特許文献4には、鋼鉄部材の表面をSiC粉末で覆い、その外周部に硼素供給源であるBCとKBFの混合粉末を用いて完全に被覆し、その後、非酸化性ガス中で900℃〜1050℃に加熱する方法が開示されている。
【0004】
一方、溶融塩法に属する方法としては、特許文献5〜7に、アルカリ金属化合物と酸化硼素などの溶融塩中に鋼鉄部材やTi−Al合金部材を浸漬して硼化物皮膜を形成する技術が開示されている。さらに、特許文献8には、硼素供給源として硼砂(Na)を用い、これにAl粉末を添加することによって、硼砂成分から活性硼素(B)を析出させ、この遊離した活性硼素(B)を、鋼鉄部材の表面に拡散浸透させて硼化鉄皮膜を形成する方法が開示されている。
【0005】
また、特許文献8には、活性硼素(B)を含む溶融塩にSi、Ca−Si、Ca−Si−Alなどの金属や合金などを添加した塩浴中に、鉄または鉄合金を浸漬して硼化物層を形成する方法が開示されている。
【0006】
さらに、特許文献9には、硼素供給源として硼砂(Na)を用い、これにAl粉末を添加して活性硼素(B)を析出、遊離させ、この遊離した活性硼素(B)を鋼鉄部材の表面に拡散浸透させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特公昭46−13807号公報
【特許文献2】特公昭48−28261号公報
【特許文献3】特公昭52−4501号公報
【特許文献4】特公平6−76655号公報
【特許文献5】特開平8−20806号公報
【特許文献6】特開平9−3620号公報
【特許文献7】特開2007−105779号公報
【特許文献8】特公昭49−18529号公報
【特許文献9】特開2011−202260号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述したように、硼砂塩浴を用いて鋼鉄部材の表面に硼化物層を形成するという既知の方法については、下記のような解決を必要とする課題が残されている。
(1)一般に硼化物層は硬く、耐摩耗性に優れているものの、脆弱層でもあるので、基材全体が大きな面圧を受けて座屈したり、変形応力が負荷されると硼化物層に割れが発生し、局部的に剥離するなど、その機能を十分に発揮できない場合がある。
【0009】
(2)特許文献8に記載のCa、Si、Alなどを添加した硼砂塩浴や特許文献9に開示のAl粉末を添加する硼砂塩浴による方法では、添加金属自体が取り扱い上危険な物質であるうえ、塩浴内での化学活性力も低く、良質な硼化物層を形成することができない。
【0010】
(3)さらに、還元材として前記金属を添加する硼砂塩浴方法では、硼化処理を繰り返し行なう度に塩浴中に添加金属の酸化物(例えば、CaO、SiO、Al)が蓄積され、その結果、塩浴の粘度上昇に伴う硼化物層生成機能の低下、作業性の悪化などを招き、塩浴の有効期間(寿命)が著しく短かくなるなど、硼化処理作業が困難となって生産性が著しく低下する。
【0011】
そこで、本発明の目的は、硼化塩浴中のAlやSiO、CaOなどの濃度が高くなることで皮膜品質の低下や処理効率の低下を招くようなことがなく、かつ作業の安全性の高い、鋼鉄部材表面に複合硬化層を形成する方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、従来技術が抱えている前述した課題し上掲の目的を実現するため、下記のような着想を基本とする解決手段を採用する。
(1)鋼鉄部材表面の硼化処理に先駆けて、該鋼鉄部材に予め浸炭処理を施して浸炭層を形成し、該鋼鉄部材の硬さや強度などの機械的性質を予め向上させておく。
(2)浸炭層を形成してなる前記鋼鉄部材を、化学的活性力に優れたAl−Mg合金を還元材とする硼砂塩浴中に浸漬することによって、該浸炭層の上に硼化物層を重ねて形成し両者を融合させる。
(3)浸炭層と硼化物層とは、単なる積層(二重層)にとどまるものではなく、少なくともミクロ的には浸炭層中に硼化物が拡散し浸透し、浸炭層の一部が硼化して冶金的に完全に融合化した中間層のある複合硬化層と化したものを形成する。
【0013】
前記のような着想の下に開発した本発明は、硼砂を主成分とする塩浴中にAl−Mg合金を添加してなる700℃〜1500℃の温度に維持された溶融状態の硼砂塩浴中に、予め表面に浸炭層を設けてなる鋼鉄部材を浸漬することによって、該鋼鉄部材表浸炭層の上に上層として硼化物層が形成されると同時に該浸炭層および硼化物層を互いにその境界において融合して複合化した層からなる硼化浸炭複合化層を形成し、その後、該硼化浸炭複合化層を有する鉄鋼部材をその変態点AC1+30〜50℃で0.5〜2時間の熱処理を施すことを特徴とする鋼鉄部材表面への複合硬化層の形成方法に係るものである。
【0015】
なお、本発明においては、上述した基本的な構成を前提としたうえで、さらに下記のように構成することがより好ましい解決手段になり得るものと考えられる。
)鋼鉄部材表面に形成される浸炭層は、粉末法溶融塩法、ガス法および真空法のうちから選ばれるいずれか1種以上の浸炭法によって部材表面に直に形成されていること、
)前記Al−Mg合金は、Mgを1.2〜93mass%含み、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、直径2〜10mm、長さ5〜20mmの小片または小塊であること、
)前記硼化浸炭複合化層の硼化物層は、上記硼砂塩浴中のAl−Mg合金の還元反応によって硼砂成分から析出し遊離した活性硼素(B)によって形成された硬化層であること、
)前記硼化浸炭複合化層の下層に位置する該浸炭層は、鋼鉄部材の高強度化層であること、
【発明の効果】
【0016】
本発明による浸炭層と硼化物層とを積層し、少なくとも境界部分において融合化してなる硼化浸炭複合化層を形成する方法およびこの方法によって形成された表面に複合硬化層を有する鋼鉄部材には、下記のような効果が期待できる。
(1)鋼鉄部材表面の浸炭層の上に硼化物層を形成するための硼砂塩浴として、還元材として従来のようなAl粉末に代えてAl−Mg合金を用いるため、浴中のAlからAlを生成させることができるので塩浴の化学活性力が向上し、浸炭層と硼化物とが融合化した硼化浸炭複合化層を形成することができる。
【0017】
(2)硼砂塩浴の化学活性力の向上目的で添加するAl−Mg合金は、小片または小塊として使用するため、粉末状のAl還元材のような、空気中の湿度の吸着による水素ガスの発生や、高温の硼砂塩浴中に添加する際の急激な酸化反応熱による粒子の飛散がなく、環境汚染や危険な作業となることもなく、安全で安心な作業環境を保持することができる。
【0018】
(3)前記Al−Mg合金は、融点660℃のAlと融点650℃のMgの合金であるため、硼砂塩浴の処理温度700℃〜1150℃では完全に溶融して、硼砂成分(Na)から活性硼素(B)を効率よく析出して遊離するので、浸炭層との拡散融合に伴う複合化に適した硼化物層の形成に寄与する。
【0019】
(4)Al−Mg合金を還元材として使用する硼砂塩浴では、塩浴中に残留するAl微粒子の量が少なく、長期間にわたって好適な塩浴環境を維持できるので、生産性の向上、生産コストの低減効果が大きい。
【0020】
(5)前記Al−Mg合金は、Mg含有量1.2〜93mass%の範囲の合金が好適であるが、これらの合金は溶射皮膜材料および一般構造材料として市販されており、入手が容易である。
【0021】
(6)浸炭層と硼化物層とがこれらの境界部分において融合して一体化してなる複合化層(硼化浸炭複合化層)は、それぞれの層が有する硬さ、耐摩耗性に加え、耐用期間が著しく延び、昨今の科学技術が要求する一段と厳しい性能に十分に応え得るものになる
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】浸炭層と硼化物層からなる硼化浸炭複合化層を形成するための本発明に係る処理工程の流れを示す図である。
図2】浸炭層を有する鋼鉄部材の表面に硼化物層を形成した部材の断面ミクロ組織を示した図である。
図3】浸炭層のない鋼鉄部材の表面に硼化物層を形成した部材の断面ミクロ組織を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
図1は、本発明を実施するための処理工程の流れ示すものである。以下、本発明の実施形態の一例をこの工程順に従って具体的に説明する。
(1)浸炭層を有する鋼鉄部材と浸炭層の化学特性
本発明において、鋼鉄部材表面に浸炭層を形成する方法としては、次のような方法を採用することができる。例えば、炭素にNaCO、CaCOなどの浸炭促進剤を添加した粉末中に鋼鉄部材を埋没させて加熱する粉末法、NaCN、NaCNO、NaCOなどの塩浴中に、鋼鉄部材を浸漬して部材表面に浸炭層や浸炭・窒化層を形成する方法などが知られている。その他、高温のCOガスや炭化水素ガス中で処理するガス浸炭法、メタン、プロパンなどを浸炭源として10〜数十kPaの減圧中で処理する真空浸炭法により鋼鉄部材表面に浸炭層または浸炭・窒化層を形成する方法などでもよい。
【0024】
このような方法によって形成された鋼鉄部材表面の浸炭層は、硬くかつ機械的強度が高い。一方、この浸炭層の表面は、炭化物層特有の化学変化を受け難い不働態化面に変化しているため、化学活性力の低い従来の硼砂塩浴に浸漬しても、その浸炭層の上に高品質の硼化物層を形成することはできない。
【0025】
そこで、本発明では、従来のAl粉末などを還元材として添加してなる硼砂塩浴に比べ、より高い化学活性力を発揮する還元材、即ちAl−Mg合金を添加するという新規な方法を採用することによって、前述した課題を解決するようにしたのである。
【0026】
なお、前記浸炭層を形成するための鋼鉄部材としては、日本工業規格(JIS)規定の機械構造用炭素鋼、合金鋼、各種ステンレス鋼、耐熱鋼、工具鋼、鋳鍛造鋼など、好ましくは易浸炭性の鋼種を用いることが好ましい。
【0027】
(2)塩浴の主成分となる硼砂の性状とその役割
本発明で用いる塩浴は、主成分が硼砂(Na)であり、この塩浴中には、さらに還元材としてAl−Mg合金、とくに後述するように小片または小塊にしたものを添加してなる、いわゆる活性硼素を含有する硼砂塩浴である。そして、この硼砂塩浴中の前記活性硼素こそが鋼鉄基材表面の、特に浸炭層の上に硼化物層を形成するために重要な役割を担う成分である。
【0028】
本発明で使用可能な硼砂は市販品のものでよいが、その多くは結晶水を含むNa・10HOの化学式で示されるものである。一般に、硼砂はこれを加熱すると、350℃〜400℃で結晶水を放出してガラス状の粘性を有する融態となる。そして、ガラス状になった硼砂は、大気を遮断して空気の内部侵入を防止して無酸化環境を構成する。従って、もし浸炭層以外に被処理鋼鉄部材の表面に薄い酸化膜が残留しているような場合、これを除去するフラックスとしての作用も発揮し、前記硼化浸炭複合化層の形成を円滑に進行させるものである。
【0029】
なお、前記硼砂塩浴中には、LiやNa、Kなどのアルカリ金属、およびCaやMg、Ba、Srなどのアルカリ土類金属の水酸化物、炭酸塩、塩化物、酸化物、フッ化物をはじめ、B、BC、KBF、NaBFなどの含硼素化合物などを添加しても、本発明に係る硼化鉄皮膜を形成することができるので、これらの化合物の添加を制限されるものではない。
【0030】
本発明の実施に適した該硼砂塩浴の温度は、700℃〜1150℃の範囲が好適である。その理由は、700℃よりも低い温度では塩浴の粘度が高くなりすぎて取り扱いが困難となるだけでなく、Al−Mg合金による活性硼素(B)の生成反応および被処理鋼鉄部材の浸炭層表面に形成される硼化物層の形成速度が遅くなるからである。また、その温度が1150℃よりも高いと、硼砂塩浴自体の酸化熱分解反応が速くなりすぎるとともに、塩浴槽の溶解による溶損現象が顕著となり、生産コストの上昇、作業時間の短縮による処理コストの上昇を招く。
【0031】
(3)硼砂塩浴中におけるAl−Mg合金の作用機構
以下に、700℃〜1150℃に加熱された溶融状態の硼砂塩浴中におけるAl−Mg合金の作用機構について、従来技術に属するAl粉末添加の場合と比較して説明する。Al−Mg合金とAl粉末は、それぞれ硼砂塩浴中において、下記の反応によって活性硼素(B)を発生するものと考えられる。
Na+Al→xB+yAl (1)
Na+Mg→xB+yMgO (2)
【0032】
前記(1)式は、従来技術に属するAl粉末のみを添加した場合の還元反応式であり、硼素(B)の生成に伴って、Al粉末が微粒子状のAlに変化して塩浴中に残留することになる。一方、Al−Mg合金添加の場合には、前記(1)式と前記(2)式の還元反応によって化学的活性力の強い硼素(B)、即ち活性硼素(B)が生成するが、Alに比べてMgの方が酸化物生成自由エネルギーが小さいため、Mgによる還元反応の方が熱力学的に強く、短時間かつ低温の領域でもより速やかに活性硼素(B)の析出を果すことができる。
【0033】
本発明において特徴的な硼化浸炭複合化層、とくに浸炭層の上に形成される硼化物層は、通常、同一の硼砂塩浴を用いてその処理を繰り返すことによって行なわれるが、従来は、その都度、Al粉末を添加することによってが行なわれている。しかし、このようなAl添加作業を繰り返すと、前記(1)式の反応によってAl微粒子が多く生成するようになり、しかもその全量が当該塩浴中に残留することになる。
【0034】
一般に、Alは、2050℃の高融点酸化物であり、塩浴中では常に微細な固体粒子の形態で存在するため、その残留量が増加すると、次のような現象が顕在化する。
(1)硼砂塩浴の化学的活性が低下して、前記(1)式による活性硼素(B)の生成量が少なくなる。
(2)硼砂塩浴の粘度が高くなるため、Al粉末を添加しても塩浴中に均等に分散することがなくなり、被処理鋼鉄部材の表面に形成される硼化物層の品質に大きなバラツキが見られるようになる。
(3)上記(2)の現象が顕著となると、やがて硼砂塩浴としての機能を消失することになるため、産業廃棄物として処理されることになり、硼砂塩浴としての有効な使用期間の短縮に伴う、生産コストの上昇原因となる。
(4)Al微粒子自体は、化学的に非常に安定な酸化物であるうえ、ガラス状の硼砂塩浴中に含まれていることもあって、その物理的な除去方法は、極めて困難な状況にある。
【0035】
この点に関し、本発明のように硼砂塩浴中に、従来の金属Alの添加に代え、還元材としてAl−Mg合金を、前記Al微粒子を含む硼砂塩浴中に添加すると、合金中のMgが下記(3)式の反応によって、AlをAlに還元する作用を発揮する。
Al+3Mg→3MgO+2Al (3)
【0036】
即ち、本発明のように、硼砂塩浴中へのAl−Mg合金の添加する方法というのは、硼砂塩浴が新しい環境条件(建浴当初)では、前記(1)式と(2)式の反応によって活性硼素(B)の生成を行い、(1)式の反応によって生成するAlが多くなってくると、(3)式の反応によってAlをAl微粒子へ還元し、再度(1)式の反応に寄与させることが可能になる。
【0037】
本発明においては、上記の反応を効果的に行なうため、Al−Mg合金に含まれるMg量を1.2mass%〜93mass%の範囲とし、かつ適用する硼砂塩浴中のAl残留量に応じて、最適なMg成分量の合金を使用することとした。具体的にはAl残留量が少ない場合には、低Mg含有Al−Mg合金を用い、Al残留量が多い場合は高Mg含有Al−Mg合金を使用することによって対応する。
【0038】
(3)還元材としてのAl−Mg合金材料の化学成分とその形状および寸法
前述したように、本発明において特徴的なことの1つとして、前記硼化物層形成用金属化合物である還元材として、Al−Mg合金を用いることにある。この合金の化学成分は、Mg:1.2〜93mass%、残部がAlおよび不可避的不純物であるものが好ましく、さらにMg5〜50mass%のものを用いることがより好ましい。その理由は、Mgの含有量が1.2mass%(ただし、好ましい例では5mass%)よりも少ないと、Mgによる酸化アルミニウム(Al)の還元作用に長時間を要するうえ還元できる量が少なく、一方、93mass%(ただし、好ましい例では50mass%)よりも多いと、前記Alの還元作用によるAl粒子の生成量が増加して塩浴の化学活性度が、必要以上に高くなって鋼製の塩浴槽と反応して、その溶解成分による塩浴の汚染および塩浴槽の寿命を短くするからである。
なお、市販のAl−Mg合金は、微量のZn、Mn、Fe、Si、Cu、CrあるいはTiなど、またその他の不可避的不純物が含まれているが、これらは本発明の作用、効果を得る上であまり障害とならないため、特には規制されない。
【0039】
具体的な市販のAl−Mg合金として、日本工業規格JIS H4040規定の「アルミニウムおよびアルミニウム合金の棒及び線」の合金番号2024(Mg:1.2〜1.8%)を最低のMg含有量とし、最大Mg含有量として、JIS H4202規定の「マグネシウム合金継目無管」MT2(Al:5.5〜6.5%、残余:Mg他)を使用することができる。
【0040】
これらのAl−Mg合金材料は、いずれも市販品であるため入手および取り扱いが容易である。従って、Mg含有量の多い合金であっても、安全性が高く、本発明の目的に叶う好適な還元材である。
【0041】
さらに、Al−Mg合金を塩浴中に添加する場合には、取り扱い上の安全性を考慮して、直径2〜10mm、長さ5〜20mmの小片または小塊のものを用いることが好ましい。その理由は、この程度の大きさのものは、塩浴の操業条件である700℃〜1150℃の温度環境では、容易に溶融状態となって硼砂塩浴と反応し、硼化物層の形成源となる活性硼素(B)を遊離状態(析出)とすることができる。因みにAlの融点は660℃、Mgの融点は650℃である。
【0042】
(5)浸炭層と硼化物層の融合化反応の機構とその代表例
本発明において特徴的なことは、鋼鉄部材の表面に対して第一次処理として浸炭層を形成し、その浸炭層の上に第二次処理として硼化物層を形成し、さらにこれらの層を融合させて複合化させてなる硼化浸炭複合化層を形成することにある。このような構成にする理由は、鋼鉄部材中に含まれているFe、V、W、Cr、Nb、Ta、Ti、Moなどの炭化物形成金属と炭素とを結合させることで、硬くかつ高融点で高温強度に優れた金属炭化物層、即ち浸炭層を生成させて該鋼鉄部材自体を強化することにある。これらの金属炭化物は、Fe2−3C、VC、WC、Cr、NbC、TiC、TaC、MoCなどの集合体として浸炭層を形成し、鋼鉄部材に大きな外圧が負荷された場合にも、基材が座屈や塑性変形することなく、原型を長期間にわたって維持する上で有利である。
【0043】
この点、鋼鉄部材の表面に硼化物層を単独に形成した場合には、硼化物層自体は硬くかつ耐摩耗性には優れているものの、大きな外圧が負荷されると、基材の鋼鉄部材が僅かに変形したり、歪みを発生すると容易に割れを発生して、その機能を消失することとなる。即ち、該硼化物層は、セラミック質特有の高硬度、高融点、高強度を有する一方、変形や衝撃によって割れ易い脆性層であり、本発明は正にそうした弱点を、浸炭層の形成によって克服することにしたのである。
【0044】
本発明において、鋼鉄部材の表面に浸炭層と共にその上部にさらに硼化物層をも形成するもうーつの理由は、両層の境界部分を相互に融合させて複合化させることにより高い密着性を発揮させることにある。例えば、ステンレス鋼や合金鋼のようにNiを含有する鋼鉄部材は、浸炭処理を施してもNiは炭化物を形成することなく、他の炭化物中に金属Niとして混在しているため、浸炭層の高硬度、高強度化には寄与していない。
【0045】
しかし、このような材料であっても、さらに硼化処理を施すと、NiはNiBに変化して高硬度、高強度を有するセラミック質として浸炭層中に含まれるようになる。さらに、浸炭層中の炭化クロム(Cr)などは、炭化クロム生成自由エネルギーより低い硼化クロム(CrB)へ変化するなど、浸炭層と硼化物層を形成する金属、金属化合物が、相互に化学変化を起こして融合化するので、両層は極めて密着性に優れた複合化層を形成することとなる。
【0046】
図2は、浸炭層を有する鋼鉄部材(SM400鋼)の表面に、さらに硼化物層を重ねて形成した場合の断面ミクロ組織を示したものである。黒色の浸炭層部の上に白色の硼化物層が形成され、しかも両層が相互に融合化した状態にあることが認められる。
【0047】
一方、図3は、鋼鉄部材(SUS410鋼)上に直に硼化物層を形成した場合の断面ミクロ組織を示したものである。この場合、硼化物層は形成されているものの、基材のSUS410鋼の許容耐圧力や許容変形応力が負荷されると、硼化物層に割れが発生して本来の特性が消失しやすい状態となる。
【0048】
(6)硼化浸炭複合化層の熱処理と表面仕上げ
前記硼化浸炭複合化層を形成するまでには、鋼鉄部材自体が熱履歴を受けて金属組織が変化して機械的強度を低下させたり、熱変形させたりすることが多い。そこで、硼化浸炭複合化層を、後で処即ち、鋼鉄部材の変態点Ac+30℃〜50℃で0.5〜2時間程の焼ならし)を行なって金属組織を正常化したり、変形を是正するなどの処理を行なう
【0049】
また、前記硼化浸炭複合化層の表面は、平滑ではないので、プレス金型などに利用する場合には、研削、研磨し、ときにはパフ研磨して鏡面に仕上げることも可能であるので、その用途に応じて適宜な仕上げ程度を決定すればよい。
【実施例】
【0050】
<実施例1>
この実施例では、650℃〜1200℃の温度範囲に変化させた硼砂塩浴中にMg含有量の異なるAl−Mg合金を添加した試験塩浴を調整し、その後、この塩浴中にSM400鋼試験片を浸漬して、その表面に形成される硼化物層の形成状況を調査した。
(1)供試塩浴
SUS310鋼の容器中に硼砂20kgを投入した後、加熱溶融させ、塩浴温度650℃〜1200℃の温度範囲に維持しつつ、それぞれ所定の温度に供試鋼試験片を6時間浸漬した。
【0051】
(2)Al−Mg合金材の種類と添加量
前記硼砂塩浴中に添加するAl−Mg合金として、Mg含有量1.2mass%〜93mass%、残部が主としてAlからなる合金を直径5〜10mm×長さ20mmの小片に加工し、硼砂量の約10mass%の割合で添加した。
また、比較例として、市販のAl粉末も約10mass%となるように硼砂塩浴中に添加した。
【0052】
(3)供試鋼種
SM400鋼(寸法:直径10mm×長さ30mm)を用い、その表面に浸炭層を700mm厚に形成した鋼鉄部材を供試した。
(4)評価方法
浸漬試験後の供試鋼試験片に形成されている硼化物層の形成状況を金属顕微鏡を用いて観察するとともに、その皮膜のミクロ硬さを測定した。
【0053】
(5)試験結果
試験結果を表1に示した。この表1に示す結果から明らかなように、塩浴温度650℃では、硼化物層の形成は認められなかった。この原因の大部分は、塩浴温度650℃では、Al粉末の融点660℃より低く、Mgの融点650℃とほぼ同じ温度であるため、両金属とも硼砂から活性硼素(B)を還元する作用が弱かったためと考えられる。
【0054】
これに対し、温度の高い700℃〜1200℃の硼砂塩浴中では、Al粉末、Al−Mg合金とも完全な溶融状態となって塩浴中に分散するとともに、硼砂を還元して硼化物層の形成に寄与するとともに、その皮膜のミクロ硬さもHV:1600以上を有するなど、良好な作業温度条件であることが判明した。
また、この温度範囲で形成される硼化物層の性状、ミクロ硬さなどは、Al粉末、Al−Mg合金ともほぼ同等であり、有意差は認められていない。
なお、硼砂塩浴を1200℃に加熱すると、硼砂自体の熱分解反応が発生する兆候が見られることから、長期間にわたって使用する塩浴の安定的性能発揮限界温度は1150℃にあるものと考えられる。
【0055】
さらに、この実施例において、Al粉末とAl−Mg合金の作用機構は、ほぼ同等であることが判明したが、その取り扱い上、特に作業の安全上において、両者に大きな相違があることが判明した。即ち、本発明に従うAl−Mg合金の添加は、それぞれの温度に加熱された硼砂塩浴に直接添加することが可能であり、その取り扱い上極めて安全であった。
【0056】
一方、Al粉末は塩浴上に堆積して沈降することがなく、空気中で高温加熱された際、具体的には800℃〜1000℃に加熱された塩浴表面に添加すると、急激な酸化反応に伴う昇温現象が加わり、Al粉末またはその酸化物のAl粉末が周囲に飛散するなどの問題が発生した。
【0057】
【表1】
【0058】
<実施例2>
この実施例では、硼砂塩浴にAl粉末を継続的に添加しつつ、硼化処理を実施する場合を想定し、塩浴中に増加し続けるAl微粒子の硼化物層の品質および作業性に与える影響について、本発明に適合するAl−Mg合金の場合と比較した。
【0059】
(1)供試塩浴
比較例の塩浴組成:硼砂20kg、Al粉末400g、Al2kg
発明例の塩浴組成:硼砂20kg、Al−30mass% Mg400g、Al2kg
(2)供試鋼種
供試鋼種として、Sm400鋼を用い、直径10mm×長さ15mmの試験片に加工した後、浸炭処理によって浸炭層を800mm厚に形成した。
(3)塩浴温度・浸漬時間
960℃×5hとした。
(4)評価方法
供試鋼試験片の表面に形成された硼化物層の硬さおよびその断面ミクロ組織観察によって評価した。
【0060】
(5)試験結果
試験結果を表2に示した。この表に示す結果から明らかなように、Al粉末を添加する従来型の塩浴中には、添加したAl粉末のすべてがAlとなって塩浴中に残留するため、その残留量が多くなると、Al粉末を添加してもその作用効果は著しく低下していることが認められる。即ち、Al粉末の添加による硼砂(Na)の還元作用による活性硼素(B)の析出、遊離作用が低下する結果、試験片表面に形成される硼化物層の厚さが薄くなるとともに、表層部では割れが多数発生し、その割れ部には多量のAl微粒子が残存しているのが認められた。ただ、硼化物層の硬さについては、HV:1600以上を示し、両者に相違は認められなかった。
【0061】
これに対して、Al−Mg合金を添加した塩浴中では、多量のAl微粒子が存在していても、Mg成分による還元反応によってAl微粒子となって、再び硼化物層の形成作用に寄与するため浴が活性化し、その結果として、割れの少ない硼化物層の形成速度を大きくする傾向が認められた。
【0062】
なお、Al微粒子が多量に残留している塩浴は、粘度が高く、試験片を引き上げた際にも多量の塩浴が付着する現象が認められた。この現象から、塩浴中に浸漬した試験片の表面では、活性硼素(B)を含む塩浴との流動接触の機会が少なくなるとともに、多量のAl微粒子の付着による硼化物層形成反応の妨げ作用が誘発されている可能性が大きい。
【0063】
【表2】
【0064】
<実施例3>
この実施例では、硼砂塩浴中にAl−Mg合金を添加した塩浴を用い、鋼鉄部材に対する浸炭の有無と、その表面に形成される複合化層の関係について調査した。
(1)供試塩浴
硼砂 30kg、Al−20mass%Mg合金400g
(2)供試鋼種
JISに規定されている鋼種記号SK60、Sk140、S35C、SC360、FC100を用いて直径10mm×長さ15mm寸法の試験片を作製した後、ガス浸炭法によって、試験片の表面に浸炭層を形成させた。また比較例として、浸炭層を形成しない試験片も準備した。
(3)硼化処理条件
前記供試塩浴の温度を900℃に維持し、5時間浸漬した。
(4)評価方法
塩浴から引き上げた試験片表面に形成されている硼化物層の断面ミクロ組織を観察し、浸炭層および硼化物層の形成状況から硼化浸炭複合化層の有無を判定した。
【0065】
(5)試験結果
試験結果を表3に示した。この表に示す結果から明らかなように、炭素含有量の高い供試鋼種、例えば試験片No.4のSK140のように、炭素含有量約1.5mass%の試験片でも複合化層は形成されず、硼化物層のみの存在が確認されているだけである。また、試験片No.10のようにミクロ組織観察によって、遊離状のグラファイトが存在するFC材であっても、複合化層の形成は認められない。
これに対して、供試鋼種の炭素含有量の多少に関係なく、浸炭処理を施した後に硼化処理を行なうと、すべての鋼種試験片の表面に品質の安定した複合化層の形成が認められた。
【0066】
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明は、浸炭層を有する鋼鉄部材を硼化処理することによって得られる浸炭層と硼化物層からなる複合化層を形成する技術であり、形成されたその複合化層は高硬度で優れた耐摩耗性や耐食性に加え、高温強度も保有しているため、石油精製・石油化学プラントなどの硬質の触媒粒子を含む高温ガスを取り扱いう機器・装置部材、石炭ポイラの各種金具類の耐エロージョン対策として好適に用いることができる。
その他、本発明は、前記複合化層の表面を精密仕上加工することによって、各種プレス金型、線材圧延機の穴型、草刈機用の刃物類など耐摩耗性とその耐久性が要求される部材への表面処理技術としても利用できる。
図1
図2
図3