特許第6067729号(P6067729)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6067729
(24)【登録日】2017年1月6日
(45)【発行日】2017年1月25日
(54)【発明の名称】核酸検出方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20060101AFI20170116BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20170116BHJP
【FI】
   C12Q1/68 AZNA
   !C12N15/00 A
【請求項の数】4
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2014-539499(P2014-539499)
(86)(22)【出願日】2012年10月1日
(86)【国際出願番号】JP2012075420
(87)【国際公開番号】WO2014054103
(87)【国際公開日】20140410
【審査請求日】2015年3月13日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】500076789
【氏名又は名称】豊岡 照彦
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】特許業務法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】豊岡 照彦
【審査官】 北村 悠美子
(56)【参考文献】
【文献】 Nature,2011年10月 6日,Vol.478, No.7367,p.103-109
【文献】 Maturitas,2011年 5月,Vol.69, No.1,p.41-49
【文献】 Nature Genetics,2010年11月,Vol.42, No.11,p.937-948
【文献】 Nature,2010年 8月 5日,Vol.466, No.7307,p.707-713
【文献】 日本臨床,2002年,第60巻,増刊号4,p.535-539
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/68
C12N 15/00−15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アジア人心筋症のリスクを診断するためのデータを提供する方法であって、以下の工程:
a)配列番号1の位置1171の塩基か、またはそれに相当する位置の塩基がAであることを同定すること
を含む、方法。
【請求項2】
以下の工程:
b)配列番号2の位置40の塩基か、またはそれに相当する位置の塩基がAであることを同定すること
をさらに含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
アジア人のミトコンドリアのハプログループがBである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
心筋症が、肥大型心筋症、拡張型心筋症、肥大型から拡張型へ移行する心筋症、またはミトコンドリア心筋症である、請求項1〜のいずれか一項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸検出方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
心不全を含む循環器疾患は、先進国の最大死因の一つであり、患者のQOLを脅かす病因の一つとなっている。日本では、脳梗塞や心筋梗塞による死亡は減少しているが、それに対し、心不全による死亡は年々増加している。潜在的な心不全から発症した心不全の治療には多額の医療費を長期間要する結果、莫大な医療費がかかり、医療経済と保険医療を圧迫する一つともなっている。心不全の一部は薬物治療の進歩により発症や重症化の予防が可能となりつつあり、正確な予後予測および適切な治療の開発は急務である。
【0003】
心不全には、各種弁膜症、先天性心疾患〜代謝性症候群、拡張型心筋症など、多種の疾患が含まれ、その原因や病態も多彩である。近年のヒトゲノム研究の成果と解析技術の向上で、心不全と直接関連する責任遺伝子および16種以上の憎悪遺伝子群がすでに報告されている(非特許文献1)。しかしながら、本発明者も発表した心不全関連遺伝子(非特許文献2)を用いて、世界でも最多数の遺伝子変異を搭載したマイクロアレイチップを用いても、日本人の心不全リスクの同定率は極めて低かった。
【0004】
今回申請するSLC39A8遺伝子中の、National Center for Biotechnology Information提供の一塩基多型データベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/SNP)において登録番号rs13107325で登録されている一塩基多型C1171T(即ちG1171A)は、高血圧(非特許文献3)、単純肥満(非特許文献4)、内臓脂肪型肥満を示すBMI(非特許文献5)、および血中脂質(非特許文献6)との関連が報告されている。しかし、200万以上のSNPと、23000人以上の白人と黒人の症例について米国とオランダで検討がなされたが、一塩基多型C1171Tと心不全との関連は今まで知られていなかった(非特許文献1)。
【0005】
更に疾患リスクと、ミトコンドリアDNAの一塩基多型も相関することが知られており、ミトコンドリアtRNAThr遺伝子中の、上記一塩基多型データベースにおいて登録番号rs3094282で登録されている一塩基多型G15927Aは、家族性難聴の1症例との関連が中国から報告されている(非特許文献7)。しかし、心不全との関連は今まで知られていなかった。なお、この一塩基多型は、PhyloTree(http://PhyloTree.org)によって参照することができるミトコンドリアのハプログループの中でB5bに属する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2010−515467号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Smith, N.L. et al., Association of Genome-Wide Variation with the risk of incidental heart failure in Adults of European and African Ancestry. Circulation (Cardiovascular Genetics), 2010; 3: 256-266
【非特許文献2】Kato M et al., Altered actin binding with myosin mutation in hypertrophic cardiomyopathy and sudden death. Lancet, 1995; 345:1247
【非特許文献3】Ehret GB, et al., Genetic variants in novel pathways influence blood pressure and cardiovascular disease risk. Nature 2011; 478:103-9
【非特許文献4】Herrera et al., Genetics and epigenetics of obesity. Materials 2011;69:41-9
【非特許文献5】Speliotes EK, et al., Association analyses of 249,796 individuals reveal 18 new loci associated with body mass index. Nature Genetics 2010;42:937-50
【非特許文献6】Teslovich TM, et al., Biological, clinical and population relevance of 95 loci for blood lipids. Nature 2010;466:707-13
【非特許文献7】Wang X, et al., Mitochondrial tRNAThr G15927A mutation may modulate the phenotypic manifestation of ototoxic 12S rRNA A1555G mutation in four Chinese families. Pharmacogenet Genomic. 2008;18:1059-70
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ヒトの心不全を含む循環器疾患のリスクを診断するための方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究をおこなった結果、亜鉛/カドミウムトランスポーター遺伝子と報告されて来たSLC39A8遺伝子の一塩基多型C1171T、およびミトコンドリアtRNAThr遺伝子の一塩基多型G15927Aが、ヒトの心不全を含む循環器疾患のリスクと相関することを初めて見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] ヒトの循環器疾患のリスクを診断するためのデータを提供する方法であって、以下の工程:
a)配列番号1の位置1171の塩基か、またはそれに相当する位置の塩基がAであることを同定すること
を含む、方法。
[2] ヒトの循環器疾患のリスクを診断するためのデータを提供する方法であって、以下の工程:
b)配列番号2の位置40の塩基か、またはそれに相当する位置の塩基がAであることを同定すること
を含む、方法。
[3] 以下の工程:
b)配列番号2の位置40の塩基か、またはそれに相当する位置の塩基がAであることを同定すること
をさらに含む、[1]記載の方法。
[4] ヒトのミトコンドリアのハプログループがBである、[1]〜[3]のいずれか一項記載の方法。
[5] 循環器疾患が、心不全、高血圧、脂質異常症、内臓脂肪型肥満、代謝性症候群から選択される、[1]〜[4]のいずれか一項記載の方法。
[6] 循環器疾患が、心不全である、[5]記載の方法。
[7] 心不全が、肥大型心筋症、拡張型心筋症、肥大型から拡張型へ移行する心筋症、またはミトコンドリア心筋症である、[6]記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、ヒトの心不全を含む循環器疾患のリスクを診断するためのより有用な方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書において使用する「SLC39A8遺伝子」は、GenBankデータベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/genbank/)にアクセッションナンバーNM_001135146で登録されている遺伝子を指す。この遺伝子は、亜鉛やカドミウム等の微量元素の細胞内輸送に関わると考えられて来た遺伝子である。
【0013】
本発明の方法において、SLC39A8遺伝子の位置1171の塩基か、またはそれに相当する位置の塩基がAであることを同定することは、SLC39A8遺伝子が一塩基多型C1171Tを有することを意味する。一塩基多型C1171Tは、一塩基多型G1171Aと同義である。SLC39A8遺伝子の位置1171の塩基がAである塩基配列を、配列番号1に示す。
【0014】
本明細書において使用する「ミトコンドリアtRNAThr遺伝子」とは、GenBankデータベースにアクセッションナンバーNC_012920で登録されているミトコンドリア完全ゲノムのうち、位置15888〜位置15953にコードされている遺伝子を指す。ミトコンドリアtRNAThr遺伝子の転写産物は、スレオニンと結合するトランスファーRNAとなる。
【0015】
本発明の方法において、ミトコンドリアtRNAThr遺伝子のミトコンドリア全体の位置15927の塩基またはそれに相当する位置の塩基がAであることを同定することは、ミトコンドリアtRNAThr遺伝子の一塩基多型G15927Aであることを同定することと同義である。ミトコンドリア全体の位置15927の塩基がAであるミトコンドリアtRNAThr遺伝子の塩基配列を配列番号2に示す。配列番号2の位置40の塩基がAであることが、一塩基多型G15927Aであることに対応する。
【0016】
本明細書において、「またはそれに相当する位置の塩基」という語句は、直前に記載された遺伝子の塩基配列中の位置を意味するものであって、該塩基配列について、配列番号に記載されている配列に対するアライメントを行ったときに、該配列番号で注目する位置の塩基にフィットまたはアラインする位置を意味する。そのようなアライメントは、例えばFASTA(例えば、version 3.3t09 May 18, 2001;スコア行列(scoring matrix):blosum62;Henikoff & Henikoff (1992) Proc Natl Acad Sci USA 89:10915-10919;Pearson WR & Lipman DJ (1988) Proc Natl Acad Sci USA 85:2444-2448)、GAP、またはGAP -ENDWeight(「-ENDWeight」は、終末ギャップに対して他のギャップと同様にペナルティーを課す;スコア行列:blosum62 Henikoff & Henikoff (1992) Proc Natl Acad Sci USA 89:10915-10919;Needleman & Wunsch (1970) J Mol Biol 48:443-453)のようなコンピュータソフトウェアツールを用いて行うことができる。
【0017】
一実施態様において、上記の方法の工程を組み合わせて使用することもできる。すなわち、循環器疾患のリスクを診断するためのデータを提供するための方法は、同定する工程をそれぞれ
a)配列番号1の位置1171の塩基か、またはそれに相当する位置の塩基がAであることを同定すること
b)配列番号2の位置40の塩基か、またはそれに相当する位置の塩基がAであることを同定すること
とした場合に、
・a)
・b)
・a)およびb)
のいずれかの組み合わせを含む。
【0018】
本発明において塩基を同定する方法は、当業者に周知の任意の方法を用いることができる。該方法は、例えば、限定はされないが、PCR増幅法、一塩基多型アレイチップ法、全ゲノムシーケンシング法などを挙げることができる。
【0019】
本発明において同定のために用いることのできる遺伝子の供給源は、上記遺伝子またはその転写産物が含まれているものであれば限定されるものではなく、例えば、血液細胞、口腔内粘膜細胞、皮膚組織、体毛、体液などを挙げることができる。
【0020】
本発明において、被験体には、注目する疾患を発症した者及び発症していない者の双方が含まれる。被検体は、好ましくはミトコンドリアのハプログループBに属し、より好ましくはB5bに属する。
【0021】
ミトコンドリアのハプログループは、ミトコンドリアゲノムDNAのバリエーションによって分類される。最も一般的な分類は、PhyloTreeによって参照することができる(http://PhyloTree.org)。本発明のG15927A多型は、ハプログループB5bに属する。
【0022】
本発明における循環器疾患は、これに限定されないが、心不全、高血圧、脂質異常症、内臓脂肪型肥満、2型糖尿病、代謝性症候群を含む。好ましくは、心不全は、心筋症である。心筋症には、肥大型心筋症、拡張型心筋症、肥大型から拡張型へ移行する心筋症、ミトコンドリア心筋症などが含まれる。
【0023】
上記疾患は、家族性または多因子性疾患でありうる。
【0024】
本明細書において使用する「リスク」とは、注目する因子が、心不全を含む循環器疾患と関連付けられるか、または循環器疾患の前兆となることが発見されていることを意味する。
【0025】
本発明はまた、本発明の方法を実施するための一塩基多型アレイチップを提供する。一態様においては、チップには、SLC39A8遺伝子の一塩基多型C1171Tを検出するためのプローブおよび/またはミトコンドリアtRNAThr遺伝子の一塩基多型G15927Aを検出するためのプローブが少なくとも固定化されている。
【0026】
本発明はまた、本発明の方法を実施するためのPCRキットを提供する。一態様においては、キットには、SLC39A8遺伝子の一塩基多型C1171Tを検出するためのプライマー対、ミトコンドリアtRNAThr遺伝子の一塩基多型G15927Aを検出するためのプライマー対、ポリメラーゼ、ヌクレオシド三リン酸、標識、緩衝液等が含まれる。
【0027】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0028】
材料および方法
(1)対象
被検体として、日本人集団の心筋症または重症心不全患者75例を選択し、その血液サンプルを用いた。また、人種間差を見るために、白人の心筋症患者30例の冷凍保存サンプルも用いた。
(2)遺伝子型解析
各血液サンプルを、QIAamp DNA Mini Kit(Qiagen社、日本)を用い、製造業者のプロトコルに従って処理し、ゲノムDNAを抽出した。一塩基多型の遺伝子型の検出は、Genome−Wide Human SNP Array 6.0(Affymetrix社、米国)を用いて行った。このアレイセットは、約900000個の一塩基多型を有するチップからなる。各ゲノムDNA約250ngを、製造業者のプロトコルに従って処理した。遺伝子型判定は、GCOS1.4及びGTYPE4.1ソフトウェアパッケージを用いて解析した。遺伝子型を、DNAサンプルをサンガ―法でシーケンスすることにより確認した。
(3)ミトコンドリアDNAハプログループ解析
各血液サンプルを、mtDNAエキストラクター WBキット(Wako社、日本)を用い、製造業者のプロトコルに従って処理し、ミトコンドリアDNAを抽出した。ミトコンドリアDNAを、シーケンスして配列情報を得た。ハプロタイプは、独自に開発したアルゴリズム(Toyo-oka et al., A novel algorithm from personal genome to the pathogenic mutant causing mitochondrial cardiomyopathy, in “Genes and cardiovascular function”, eds. Ostadal et al., pp85-92, Springer, 2011)を用いて解析した。
【0029】
結果
(1)一塩基多型解析
一塩基多型解析により、日本人集団75例のうち4例が、SLC39A8の1171番目の塩基がA(C1171T)であることが見出された。一方で、白人集団30例からは、この遺伝子型は検出されなかった。このC1171Tの遺伝子型は、アジア人を対象としたこれまでの一塩基多型解析(HapMap−JPT、HapMap−HCB)では見つかっていなかった(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/projects/SNP/SNP_ref.cgi?rs=13107325を参照)。
(2)ミトコンドリアDNAハプロタイプ解析
ミトコンドリアDNAハプロタイプ解析により、C1171T遺伝子型を持つ上記4名は全て、ミトコンドリアtRNAThr遺伝子のミトコンドリア全体の15927番目の塩基がA(G15927A)であることが明らかになった。一方で、日本人集団の残りの71例からはこの遺伝子型は見られなかった。また、白人患者集団の30例からも、この遺伝子型は見られなかった。
(3)臨床データとの関連
C1171T遺伝子型を有する患者の臨床所見は、3例が心筋症であり、カテーテル検査を行っており、1人がエコー検査により心筋症の疑いが強いと診断されていた。これらの患者には、従来の白人でのゲノム相関解析でC1171T遺伝子型に関連すると報告された高血圧、内臓脂肪型肥満、脂質異常症や2型糖尿病等の代謝性症候群が全く認められず、血圧も正常、肥満も無く、コレステロールも正常であった。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、循環器疾患のリスクの診断のために有用である。
【配列表フリーテキスト】
【0031】
配列番号1:一塩基多型C1171Tを有するSLC39A8遺伝子塩基配列
配列番号2:一塩基多型G15927Aを有するミトコンドリアtRNAThr遺伝子塩基配列
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]