特許第6069669号(P6069669)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6069669バイオマーカー、パーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法、パーキンソン病の発症のリスクを予測する方法およびパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6069669
(24)【登録日】2017年1月13日
(45)【発行日】2017年2月1日
(54)【発明の名称】バイオマーカー、パーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法、パーキンソン病の発症のリスクを予測する方法およびパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価する方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20170123BHJP
   G01N 30/88 20060101ALN20170123BHJP
【FI】
   G01N33/68
   !G01N30/88 F
【請求項の数】7
【全頁数】29
(21)【出願番号】特願2015-508816(P2015-508816)
(86)(22)【出願日】2014年3月28日
(86)【国際出願番号】JP2014059373
(87)【国際公開番号】WO2014157707
(87)【国際公開日】20141002
【審査請求日】2016年3月23日
(31)【優先権主張番号】特願2013-71336(P2013-71336)
(32)【優先日】2013年3月29日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】513079683
【氏名又は名称】医療法人社団研仁会 北海道脳神経外科記念病院
(73)【特許権者】
【識別番号】505116781
【氏名又は名称】学校法人東日本学園
(74)【代理人】
【識別番号】100145126
【弁理士】
【氏名又は名称】金丸 清隆
(72)【発明者】
【氏名】緒方 昭彦
(72)【発明者】
【氏名】浜上 尚也
(72)【発明者】
【氏名】青木 隆
【審査官】 三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】 浜上尚也等,イサチンのパーキンソン病病態マーカーとしての可能性,日本薬学会年会要旨集,2011年,Vol.131st, No.3, Page.121 30P-0087
【文献】 前田哲也等,パーキンソン病及び脳血管性パーキンソニズムにおける血中炎症マーカーの検討,日本神経学会総会プログラム・抄録集,2005年,Vol.46th, Page.222 PP-213
【文献】 Volicer L et al.,Serotonin and 5-hydroxyindoleacetic acid in CSF. Difference in Parkinson's disease and dementia of t,Archives of neurology,1985年,Vol.42, No.2, Page.127-129
【文献】 柳沢信夫,パーキンソン病の診断,治療の実際と今後の展望,Prog Med,2000年,Vol.20, No.2, Page.382-389
【文献】 浜上尚也等,ヒト尿および血清中イサチン関連物質濃度の測定,日本薬学会年会要旨集,2009年,Vol.129th, No.3, Page.114 26Q-pm091
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/68
G01N 30/88
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イサチンからなる、パーキンソン病とパーキンソン症候群との鑑別用、パーキンソン病発症リスク予測用および/またはパーキンソン病に対する薬剤の薬効評価用バイオマーカー。
【請求項2】
パーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別するための指標としてイサチンの濃度を使用する方法であって、パーキンソン病またはパーキンソン症候群を罹患している被験者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定することと、イサチンの濃度をリファレンス値と比較することとを含む方法。
【請求項3】
イサチンの濃度をリファレンス値と比較することが、前記測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値と、健常者、パーキンソン病を罹患している個体およびパーキンソン症候群を罹患している個体の少なくともいずれかより採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値とを比較することである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
パーキンソン病の発症のリスクを予測するための指標としてイサチンの濃度を使用する方法であって、パーキンソン病を罹患していない被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定することと、イサチンの濃度をリファレンス値と比較することとを含む方法。
【請求項5】
イサチンの濃度をリファレンス値と比較することが、前記測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値と、健常者および/またはパーキンン病を罹患している個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値とを比較することである、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
パーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価するための指標としてイサチンの濃度を使用する方法であって、パーキンソン病を罹患し、かつ薬物治療を受けている被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定することと、イサチンの濃度をリファレンス値と比較することとを含む方法。
【請求項7】
イサチンの濃度をリファレンス値と比較することが、前記測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値と、健常者および/またはパーキンソン病を罹患しているが前記薬物治療を受けていない個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値とを比較することと、前記測定/算出値と前記健常者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値とを比較して前記測定/算出値が高値ないし近似する値を示す場合に、または前記測定/算出値と前記パーキンソン病を罹患しているが前記薬物治療を受けていない個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値とを比較して前記測定/算出値が高値を示す場合に、前記被検者の治療に用いられている薬剤の薬効が示されるとすることである、請求項6に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオマーカー、パーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法、パーキンソン病の発症のリスクを予測する方法およびパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価する方法に関し、特に、イサチンからなる、パーキンソン病とパーキンソン症候群との鑑別用、パーキンソン病発症リスク予測用および/またはパーキンソン病に対する薬剤の薬効評価用バイオマーカー、ならびに血液試料中におけるイサチンの濃度を測定する工程を有する、パーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法、パーキンソン病の発症のリスクを予測する方法およびパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パーキンソン病は脳内のドパミンの不足とアセチルコリンの相対的増加とを病態とする進行性疾患、かつ錐体外路系徴候を示す神経変性疾患の一つである。神経内科領域において極めて患者数の多い疾患であり、厚生労働省の難病(特定疾患)に指定されている。いわゆる中年以降の発症が多く、高齢に従いその割合も増えるのが特徴である。パーキンソン病の主な症状は、安静時の振戦、無動、筋固縮、姿勢保持障害などの運動症状であるが、このうち最も重要な症状は無動であり、自発運動の減少や動作緩慢、巧緻運動の障害、すくみ足が含まれる。また、運動症状とともに様々な全身症状、精神症状も合併する。進行性の病気であるものの通常は症状の進行が遅いため、患者本人がいつ発症したのかを気付かないことが多く、経過が長いのも特徴である。また、パーキンソン病の主な病変として、黒質・線条体系のドパミン神経系の変性が挙げられ、その原因ないし発症要因としては、酸化ストレス、神経毒、ミトコンドリア障害説ないし感染説の他、加齢、性、環境因子、ライフスタイルなどが挙げられる。
【0003】
現在、臨床応用されているパーキンソン病の治療としては、薬物療法、外科療法、リハビリテーション、遺伝子治療、細胞移植治療などが挙げられ、薬物療法としては、ドパミン(dopamine;DA)の前駆物質であり、補充薬としてのL−DOPA(3,4−dihydroxy−L−phenylalanine、L−ドパ、レボドパ)とカルビドパやベンセラジドなどのDA脱炭酸酵素阻害薬の合剤の投与が主流となっている他、カベルゴリン、メシル酸ペルゴリド、メシル酸ブロモクリプチン、プラミペキソール、ロピニロール、塩酸タリペキソール、アポモルヒネなどのDAアゴニスト、塩酸セレギリンやラザジリンなどのモノアミン酸化酵素(monoamineoxidase;MAO)−B阻害薬、エンタカポンやトルカポンなどのカテコール−O−メチル基転移酵素(catechol−O−methyltransferase;COMT)阻害薬剤、塩酸アマンタジンなどのDA放出促進薬、塩酸トリヘキシフェニジル、ビペリデン、プロフェナミン、メチキセン、プロメタジンなどの抗コリン薬、ドロキシドパなどのノルアドレナリンプロドラッグ、DA合成促進作用などを有するゾニサミド、イストラデフィリン、プレラデナントなどのアデノシン受容体拮抗薬の投与が挙げられる。
【0004】
昨今、薬効の持続という観点でMAO−B阻害薬が有効であることが明らかとなってきている。MAOにはMAO−AとMAO−Bのアイソザイムが存在し、MAO−Aの基質がノルアドレナリンやセロトニン(5−hydroxytryptamine)などであるのに対してMAO−Bの基質がDAやチラミンであること、MAO−Bが線条体などの中枢内に多く存在してDAの代謝経路として働いていることから、MAO−B阻害薬はパーキンソン病に用いられ、新たなMAO−B阻害薬の研究・開発がなされている。
【0005】
MAO−B活性阻害物質であるイサチンは、生体内に存在する物質であることから、従来のMAO−B阻害薬と比較して安全なMAO−B阻害薬となり得るため、期待がされている。本願発明者らは、イサチンがパーキンソン病治療薬として有用であるのではないかと考え、日本脳炎ウィルス(JEV)を用いてパーキンソン病モデルラット(JEVラット)を作製し、イサチン(100mg/kg)を1週間投与することで運動機能や脳内カテコールアミン濃度、免疫組織化学的変化についての検討を行い、イサチンがJEVラットの線条体DA濃度を上昇させ、運動機能を回復させたことを明らかにすることでパーキンソン病の治療薬としての有用性を示している(非特許文献1)。
【0006】
この新たなMAO−B阻害薬のように、パーキンソン病の治療薬の研究・開発が日々なされているが、その候補薬の薬効を評価する手法やパーキンソン病の発症リスクを予測する手法についての研究・開発も並行して進められている。例えば、薬効評価に関しては、パーキンソン病の症状を確実かつ早期に示すパーキンソン病モデルマウスを作製してパーキンソン病治療薬を評価する方法が開示されており(特許文献1)、また、パーキンソン病の発症リスクを予測する手法については、ヒト染色体1q32において所定の一塩基多型を含む8塩基以上の連続する塩基配列からなるポリヌクレオチドをパーキンソン病の発症リスクマーカーとして検出する方法が開示されている(特許文献2)。
【0007】
一方、パーキンソン病の症状を呈する疾患が複数知られており、総じてパーキンソン症候群(パーキンソニズム;パーキンソン病を除く)と称されている。パーキンソン病とパーキンソン症候群とは、原因や治療法、予後が異なっているため、鑑別する必要があるが、パーキンソン症候群もまた、安静時の振戦、無動、筋固縮、姿勢保持障害などの運動症状を主徴とするため、パーキンソン病とパーキンソン症候群との鑑別が困難な場合がある。パーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する手法としては、例えば、αアドレナリン受容体作動薬を有効成分とする点眼剤と、ノルアドレナリン再取り込み阻害薬やノルアドレナリン放出薬を有効成分とする点眼剤とを被検者に点眼し、両者の散瞳量を比較することによって、パーキンソン病を特異的に診断する方法(特許文献3)や、個体から採取された脳脊髄液サンプル中の可溶性α−シヌクレインオリゴマー量を測定することによって、パーキンソン病を特異的に診断する方法(特許文献4)が挙げられる。
【0008】
しかしながら、特許文献1に開示されているパーキンソン病治療薬を評価する方法は、不活化したパーキン遺伝子をホモ接合体で持ち、かつ導入されたIRP2遺伝子を有する、早期に(壮年期から)パーキンソン病の症状を示すマウスを用いての方法であり、当該方法で評価された治療薬がヒトに対してもそのまま当て嵌まるか否かは不明である。また、特許文献2に開示されているパーキンソン病の発症リスクマーカーとして検出する方法は、パーキンソン病の疾患感受性遺伝子であるPARK16およびBST1における各種SNPをタイピングする方法であるが、マイクロアレイによる検出が可能であることから簡便な方法といえるものの、実際の臨床データは開示されておらず、検出能については不明である。また、特許文献3に開示されているパーキンソン病を特異的に診断する方法は、点眼剤を用いるという点で簡便な方法といえるが、パーキンソン病患者と本態性振戦患者について診断されているのにとどまっており、当該方法によりパーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別できるか否かについては不明である。さらに、特許文献4に開示されているパーキンソン病を特異的に診断する方法は、脳脊髄液の採取のための腰椎穿刺を伴うことから、侵襲性のある方法であるとともに簡便な方法とは言い難い。
【0009】
なお、非特許文献1では、イサチンがパーキンソン病の治療薬として有用たり得ることが開示されているのにとどまっており、イサチンがパーキンソン病とパーキンソン症候群との鑑別用、パーキンソン病発症リスク予測用ないしパーキンソン病に対する薬剤の薬効評価用バイオマーカーとなり得ることが開示されているのではない。また、本願発明者らによって、健常人およびパーキンソン病患者の血清中に存在するイサチンの濃度を測定できたことが報告されているが(非特許文献2および非特許文献3)、同様に、イサチンがパーキンソン病とパーキンソン症候群との鑑別用、パーキンソン病発症リスク予測用ないしパーキンソン病に対する薬剤の薬効評価用バイオマーカーとなり得ることについて報告されているのではない。さらに本願発明者らによって、イサチンのパーキンソン病病態マーカーとしての可能性について検討され、パーキンソン病患者の診断に有用であることが報告されているが(非特許文献4)、同様に、イサチンがパーキンソン病とパーキンソン症候群との鑑別用、パーキンソン病発症リスク予測用ないしパーキンソン病に対する薬剤の薬効評価用バイオマーカーとなり得ることについて報告されているのではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2010−220503
【特許文献2】特開2011−239697
【特許文献3】特開2005−162693
【特許文献4】特表2013−504766
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Ogata et al.,J.Neurol.Sci.,206(1),pp.79−83,2003
【非特許文献2】日本薬学会第129年会 一般学術発表「ヒト尿および血清中イサチン関連物質濃度の測定」要旨
【非特許文献3】日本薬学会第130年会 一般学術発表「パーキンソン病患者の血清中イサチン濃度」要旨
【非特許文献4】日本薬学会第131年会 一般学術発表「イサチンのパーキンソン病病態マーカーとしての可能性」要旨
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
安静時の振戦、無動、筋固縮、姿勢保持障害などの運動症状はパーキンソン病とパーキンソン症候群のいずれの疾患にも現れる徴候であり、生存中、パーキンソン病やパーキンソン症候群を正確に臨床診断することは困難となっている。特に、パーキンソン病やパーキンソン症候群についての詳細な知識を有さない一般内科医師では、神経内科医師とは異なり、発症初期において被検者がパーキンソン病であるか否か、あるいはパーキンソン症候群患者であるか否かを判定するのは極めて困難である。また、パーキンソン病を罹患していない被検者におけるパーキンソン病の発症のリスクについての予測やパーキンソン病を罹患している個体における候補薬の薬効についての評価を、被検者や個体への負担が少なく、迅速、安全、非侵襲的かつ簡便に行うということも同様である。従って、被検者や個体への負担が少なく、迅速、安全、非侵襲的かつ簡便に、生体に対して用いることができる、パーキンソン病とパーキンソン症候群との鑑別、パーキンソン病の発症のリスクについての予測、およびパーキンソン病に対する薬剤の薬効についての評価を確実に行うことができる方法などの開発についてはニーズが存在する。
【0013】
本発明は、このような問題点を解決するためになされたものであって、被検者や個体への負担が少なく、迅速、安全、非侵襲的、簡便かつ確実にパーキンソン病とパーキンソン症候群との鑑別、パーキンソン病発症リスク予測、あるいはパーキンソン病に対する薬剤の薬効評価を行うために用いることができるバイオマーカー、ならびに被検者や個体への負担が少なく、迅速、安全、非侵襲的、簡便かつ確実にパーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法、パーキンソン病の発症のリスクを予測する方法およびパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、鋭意研究の結果、MAO−B活性阻害物質として生体内に存在するイサチンが、パーキンソン病とパーキンソン症候群との鑑別、パーキンソン病発症リスク予測、あるいはパーキンソン病に対する薬剤の薬効評価のためのバイオマーカーとなること、および被検者や個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定することでパーキンソン病とパーキンソン症候群との鑑別、パーキンソン病発症リスク予測、あるいはパーキンソン病に対する薬剤の薬効評価が可能であることを見出し、下記の各発明を完成した。
【0015】
(1)イサチンからなる、パーキンソン病とパーキンソン症候群との鑑別用、パーキンソン病発症リスク予測用および/またはパーキンソン病に対する薬剤の薬効評価用バイオマーカー。
【0016】
(2)パーキンソン病またはパーキンソン症候群を罹患している被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定する工程を有する、パーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法。
【0017】
(3)パーキンソン病またはパーキンソン症候群を罹患している被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定する工程と、前記測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値と、健常者、パーキンソン病を罹患している個体およびパーキンソン症候群を罹患している個体の少なくともいずれかより採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値とを比較する工程とを有する、(2)に記載の方法。
【0018】
(4)パーキンソン病を罹患していない被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定する工程を有する、パーキンソン病の発症のリスクを予測する方法。
【0019】
(5)パーキンソン病を罹患していない被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定する工程と、前記測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値と、健常者および/またはパーキンソン病を罹患している個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値とを比較する工程とを有する、(4)に記載の方法。
【0020】
(6)パーキンソン病を罹患し、かつ薬物治療を受けている被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定する工程を有する、パーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価する方法。
【0021】
(7)パーキンソン病を罹患し、かつ薬物治療を受けている被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定する工程と、前記測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値と、健常者および/またはパーキンソン病を罹患しているが前記薬物治療を受けていない個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値とを比較する工程とを有する、(6)に記載の方法。
【0022】
(8)パーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別するための、パーキンソン病発症リスクを予測するための、および/またはパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価するための、それぞれのバイオマーカーとしてのイサチン。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係るバイオマーカー、パーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法、パーキンソン病の発症のリスクを予測する方法およびパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価する方法によれば、MAO−B活性阻害物質として生体内に存在するイサチンについて、バイオマーカーとして検出する、あるいは採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定することにより、被検者や個体への負担が少なく、迅速、安全、非侵襲的、簡便かつ確実にパーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別、パーキンソン病の発症のリスクを予測、あるいはパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】トリプトファンからイサチンが代謝されるとされている経路を示す図である。
図2】健常者(Control)、早期パーキンソン病患者(PD−E)および晩期パーキンソン病患者(PD−D)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の、それぞれの平均値と標準偏差の比較を示す図である。図中、「***」印はControlに対してP<0.001で有意差があることを示す。
図3】健常者(Control)およびHoehn−Yahrの重症度分類のStage I〜IV(重症度1〜4)に該当するパーキンソン病患者(PD−I〜IV)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の、それぞれの平均値と標準偏差の比較を示す図である。図中、「***」印はControlに対してP<0.001で有意差があることを示す。
図4】健常者(Control)、早期パーキンソン病患者と晩期パーキンソン病患者とを合わせたパーキンソン病患者(PD−all)およびレビー小体型認知症患者(DLB)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の、それぞれの平均値と標準偏差の比較を示す図である。図中、「***」印はControlに対してP<0.001で有意差があることを示し、「###」印はPD−allに対してP<0.001で有意差があることを示す。
図5】健常者(Control)、パーキンソン病患者(PD−all)および大脳皮質基底核変性症患者/進行性核上性麻痺患者(CBD/PSP)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の、それぞれの平均値と標準偏差の比較を示す図である。図中、「***」印はControlに対してP<0.001で有意差があることを示し、「###」印はPD−allに対してP<0.001で有意差があることを示す。
図6】健常者(Control)、パーキンソン病患者(PD−all)および多系統萎縮症患者(MSA)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の、それぞれの平均値と標準偏差の比較を示す図である。図中、「**」印はControlに対してP<0.01で有意差があることを示し、「***」印はControlに対してP<0.001で有意差があることを示し、「###」印はPD−allに対してP<0.001で有意差があることを示す。
図7】健常者(Control)、パーキンソン病患者(PD−all)および本態性振戦患者(Essential Tremor)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の、それぞれの平均値と標準偏差の比較を示す図である。図中、「***」印はControlに対してP<0.001で有意差があることを示し、「###」印はPD−allに対してP<0.001で有意差があることを示す。
図8】健常者(Control)、パーキンソン病患者(PD−all)および脳血管障害性パーキンソニズム患者(Vascular Parkinsonism)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の、それぞれの平均値と標準偏差の比較を示す図である。図中、「***」印はControlに対してP<0.001で有意差があることを示し、「###」印はPD−allに対してP<0.001で有意差があることを示す。
図9】健常者(Control)、パーキンソン病患者(PD−all)およびアルツハイマー病患者(AD)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の、それぞれの平均値と標準偏差の比較を示す図である。図中、「***」印はControlに対してP<0.001で有意差があることを示し、「###」印はPD−allに対してP<0.001で有意差があることを示す。
図10】(A)パーキンソン病患者23名における、薬物治療を受けていない段階(Non−treated)で採取された血液試料中におけるイサチンの濃度とMAO−B阻害薬である塩酸セレギリンの投与を受けた段階(FP−treated)で採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を示して対比させた図である。(B)パーキンソン病患者23名において、薬物治療を受けていない段階(Non−treated)で採取された血液試料中におけるイサチンの濃度とMAO−B阻害薬である塩酸セレギリンの投与を受けた段階(FP−treated)で採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の、それぞれの平均値と標準偏差の比較を示す図である。図中、「P<0.001」との記載はFP−treatedがNon−treatedに対してP<0.001で有意差があることを示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係るバイオマーカー、パーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法、パーキンソン病の発症のリスクを予測する方法およびパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価する方法について詳細に説明する。
【0026】
本発明に係るバイオマーカーは、イサチンからなる、パーキンソン病とパーキンソン症候群との鑑別用、パーキンソン病発症リスク予測用および/またはパーキンソン病に対する薬剤の薬効評価用バイオマーカーである。なお、本発明において、「鑑別」は「判別」、「判定」、「識別」と交換して用いられ得る。
【0027】
バイオマーカーとは、疾患の進行や治療の効果などの特定の生物学的特性を測定するために用いることができる生化学的特徴あるいは面をもつ分子指標をいう(米国立衛生研究所)。すなわち本発明に係る「バイオマーカー」は、パーキンソン病とパーキンソン症候群との鑑別、パーキンソン病発症リスクの予測、あるいはパーキンソン病に対する薬剤の薬効評価が可能であるという3つの面をもつ、イサチンからなる分子指標といえる。なお、パーキンソン病とパーキンソン症候群との鑑別、パーキンソン病発症リスクの予測、あるいはパーキンソン病に対する薬剤の薬効評価が可能であるという各側面は、各々、独立であってもよく、関連してもよい。
【0028】
イサチン(isatin)とは、2,3−インドリンジオン(2,3−Indolinedione)、1H−インドール−2,3−ジオン(1H−indole−2,3−dione)、インドリン−2,3−ジオン(Indoline−2,3−dione)、イサチン酸ラクタム(Isatic acid lactam)、2,3−ジケトインドリン(2,3−Diketoindoline)、イサチン酸無水物(Isatinic acid anhydride)あるいは2,3−ジヒドロ−1H−インドール−2,3−ジオン(2,3−Dihydro−1H−indole−2,3−dione)とも称され、下記の化学式(1)で表される物質である。
【0029】
【化1】
【0030】
イサチンは、多くの植物で見られるインドール誘導体の一つであるが、トリプトファンから腸内細菌によりインドールに変換され吸収後代謝されると考えられている。Deallerらは、Purple urine bag syndrome(紫色蓄尿バッグ症候群)に係る報告において、必須アミノ酸の一つであるトリプトファン(Tryptophan)は腸管内において腸内細菌によりインドール(indole)に分解され、分解されたインドール(indole)は腸管から吸収され、さらにインジカン(indican)に代謝されて尿中に排泄されるところ、尿中の細菌によりインジカン(indican)が加水分解を経てインドキシル(indoxyl)に変換され、インドキシル(indoxyl)が酸化されてイサチンに変換されると報告している(Dealler S.et al.,J.Clin.Microbiol.26,pp.2152−2156,1988)。 また、インドキシル(indoxyl)が酸化されてイサチンに変換される反応には、シトクロムP450(CYP;シップ)が関与しているとの説がある。トリプトファンからイサチンが代謝されるとされている経路を図1に示す。
【0031】
なお、イサチンについて、定量する方法やその濃度を測定する方法によっては、イサチンの還元体である3−ジヒドロイサチン(3−Dihydroisatin;図1中、[2H]−isatinとして示し、その他慣用名として、ジオキシンドール(Dioxindole)、o−アミノマンデロラクタム(o−Aminomandelic lactam)、1,3−ジヒドロ−3−ヒドロキシ−2H−インドール−2−オン(1,3−Dihydro−3−hydroxy−2H−indol−2−one)、3−ヒドロキシインドリン−2−オン(3−Hydroxyindoline−2−one)、3−ヒドロキシ−1H−インドール−2(3H)−オン(3−Hydroxy−1H−indole−2(3H)−one)、2,3−ジヒドロ−3−ヒドロキシ−1H−インドール−2−オン(2,3−Dihydro−3−hydroxy−1H−indole−2−one))について、定量、あるいは濃度を測定することが便宜である場合があり、本明細書において、「イサチン」という場合、3−ジヒドロイサチンを包含する場合がある。3−ジヒドロイサチンは、下記の化学式(2)で表される物質である。
【0032】
【化2】
【0033】
本発明において、イサチンを定量する方法やその濃度を測定する方法は、当業者にとって適宜選択可能な方法であれば特に限定されず、本明細書実施例に好適な方法として開示されている、酢酸エチルにより精製した後にHPLC−UVを用いる方法の他、例えば、ELISAを用いた方法などが挙げられる。
【0034】
上述の通り、パーキンソン病は、安静時の振戦、無動、筋固縮、姿勢保持障害などの運動症状を主な症状とするが、これら症状のうちのいくつかの症状を示している状態、一般には2つ以上の症状を示している状態を「パーキンソニズム」と呼んでいる。パーキンソン病の重症度分類としてよく用いられているHoehn−Yahrの重症度分類は、このパーキンソニズムに基づいている。Hoehn−Yahrの重症度分類の内容と、Hoehn−Yahrの重症度分類と生活機能障害との関係を下記の表1に示す。
【0035】
[表1]
【0036】
表1に示すように、Hoehn−Yahrの重症度分類のStage IおよびStage II(重症度1および重症度2)は生活機能障害のI度に相当し、Hoehn−Yahrの重症度分類のStage IIIおよびStage IV(重症度3および重症度4)は生活機能障害のII度に相当し、Hoehn−Yahrの重症度分類のStage V(重症度5)は生活機能障害のIII度に相当する。なお、本明細書中、生活機能障害のI度を「早期パーキンソン病(PD−E)」といい、生活機能障害のII度を「晩期パーキンソン病(PD−D)」という場合がある。
【0037】
本発明における「パーキンソン症候群」とは、上述したパーキンソニズムすなわち安静時の振戦、無動、筋固縮、姿勢保持障害などの運動症状を有するものの、パーキンソン病とは異なる疾患をいうが、本発明では、中脳黒質のドパミン神経細胞の変性を主体とする孤発性の神経変性疾患をパーキンソン病としてパーキンソン症候群と区別する。そのようなパーキンソン症候群に包含される疾患としては、例えば、レビー小体型認知症(Dementia with Lewy Bodies;DLB)、家族性パーキンソン病である常染色体優性遺伝性疾患や常染色体劣性遺伝性疾患、神経変性疾患である進行性核上性麻痺(Progressive Supranuclear Palsy;PSP)や大脳皮質基底核変性症(Corticobasal Degeneration;CBD)、多系統萎縮症(Multiple System Atrophy;MSA)、本態性振戦(Essential Tremor)、筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis;ALS)/パーキンソン認知症複合(Parkinsonism−Dementia Complex;PDC)、ハンチントン病(Huntington’s disease)、前頭側頭型認知症パーキンソニズム (Frontotemporal Dementia with parkinsonism−17;FTDP−17)、アルツハイマー病(Alzheimer’s Disease;AD)、症候性パーキンソニズムである脳血管障害性パーキンソニズム(Vascular Parkinsonism)、正常圧水頭症、脳炎後パーキンソニズム、薬剤性パーキンソニズム、中毒性パーキンソニズム、脳腫瘍、頭部外傷、傍腫瘍性パーキンソニズム、代謝性疾患などが挙げられる。また、多系統萎縮症としては、線条体黒質変性症(Striatonigral Degeneration;SND)やオリーブ橋小脳萎縮症(Olivopontocerebellar Atrophy;OPCA) およびシャイ・ドレーガー症候群(Shy−Drager Syndrome;SDS)が挙げられる。また、代謝性疾患としては、ウィルソン病、肝硬変、セルロプラスミン欠乏症、ゴーシェ病などが挙げられる。
【0038】
なお、本明細書実施例においては、パーキンソン症候群のうち、パーキンソン病とパーキンソン症候群との重要な鑑別疾患として、レビー小体型認知症(Dementia with Lewy Bodies;DLB)、大脳皮質基底核変性症(Corticobasal Degeneration;CBD)/進行性核上性麻痺(Progressive Supranuclear Palsy;PSP)、多系統萎縮症(Multiple System Atrophy;MSA)、本態性振戦(Essential Tremor)、脳血管障害性パーキンソニズム(Vascular Parkinsonism)、およびアルツハイマー病(Alzheimer’s Disease;AD)について検討がなされている。
【0039】
また、本発明に係るパーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法、パーキンソン病の発症のリスクを予測する方法およびパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価する方法は、パーキンソン病またはパーキンソン症候群を罹患している被検者、パーキンソン病を罹患していない被検者、あるいはパーキンソン病を罹患し、かつ薬物治療を受けている被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定する工程を有している。
【0040】
本発明における「被検者」、「健常者」および「個体」は、パーキンソン病やパーキンソン症候群を罹患し得る哺乳動物、あるいはその健常なものをいい、哺乳動物としては、例えば、ヒトやヒト以外の霊長類が挙げられ、好ましくはヒトである。一般に本発明はヒトへの使用に向けられている。
【0041】
本発明における「血液試料」とは、全血の他、全血から分離された血清や血漿を含む概念である。なお、本明細書実施例では、酢酸エチルにより精製した後にHPLC−UVを用いて、被検者から採取された全血から血清を分離し、イチサン濃度が測定されている。
【0042】
また、本発明に係るパーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法のより具体的な態様は、さらに、パーキンソン病またはパーキンソン症候群を罹患している被検者より採取された血液試料中における測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値と、健常者、パーキンソン病を罹患している個体およびパーキンソン症候群を罹患している個体の少なくともいずれかより採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値とを比較する工程を有している。
【0043】
本発明における「血液試料中におけるイサチンの濃度から得られる測定/算出値」とは、血液試料中において測定した(測定された)イサチンの濃度に基づく値をいい、例えば、測定値そのものの他、母集団の平均値や標準偏差、変動係数(相対標準偏差)、標準誤差などの算出された値を含む概念である。また、本発明における「リファレンス値」とは、母集団の平均値や標準偏差、変動係数(相対標準偏差)、標準誤差などの他、カットオフ値や閾値などを含む概念である。なお、「測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値と、健常者、パーキンソン病患者およびパーキンソン症候群患者の少なくともいずれかより採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値とを比較」する方法は特に限定されないが、例えば、リファレンスレベルを70%以下、60%以下、50%以下、40%以下、30%以下、20%以下、あるいは50〜150%、60〜140%、70〜130%、80〜120%などと設定して比較する方法や、統計学的仮説検定を用いる方法が挙げられる。
【0044】
なお、本明細書実施例1より、パーキンソン症候群を罹患している被検者より(パーキンソン症候群を罹患している被検者から)採取された血液試料中における測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値はパーキンソン病を罹患している個体より(パーキンソン病を罹患している個体から)採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値と比較して高値を示すこと、パーキンソン症候群を罹患している被検者より(パーキンソン症候群を罹患している被検者から)採取された血液試料中における測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値は健常者より(健常者から)採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値と比較して高値ないし近似する(同じまたは概ね同等の)値を示すこと、パーキンソン病を罹患している被検者より(パーキンソン病を罹患している被検者から)採取された血液試料中における測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値は健常者より(健常者から)採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値と比較して低値を示すことが明らかとなっている。
【0045】
すなわち、本発明に係るパーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法は、より詳細には、
パーキンソン病またはパーキンソン症候群を罹患しているとの疑いのある被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定し、前記測定したイサチンの濃度から測定/算出値を得る工程と、
健常者、パーキンソン病を罹患している個体およびパーキンソン症候群を罹患している個体の少なくともいずれかより採取された血液試料中におけるイサチンの濃度からリファレンス値を得る工程と、
前記測定/算出値と前記リファレンス値とを比較する工程と
を有している。
【0046】
また、本発明に係るパーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法の異なる態様としては、
パーキンソン病またはパーキンソン症候群を罹患しているとの疑いのある被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定し、前記測定したイサチンの濃度から測定/算出値を得る工程と、
健常者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度からリファレンス値を得る工程と、
前記測定/算出値と前記リファレンス値とを比較して前記測定/算出値が低値を示す場合に前記被検者がパーキンソン病を罹患していると認定する工程と
を有している。
【0047】
また、本発明に係るパーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法の、より異なる態様としては、
パーキンソン病またはパーキンソン症候群を罹患しているとの疑いのある被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定し、前記測定したイサチンの濃度から測定/算出値を得る工程と、
パーキンソン病を罹患している個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度からリファレンス値を得る工程と、
前記測定/算出値と前記リファレンス値とを比較して前記測定/算出値が高値を示す場合に前記被検者がパーキンソン症候群を罹患していると認定する工程と
を有している。
【0048】
また、本発明に係るパーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法の、さらに異なる態様としては、
パーキンソン病またはパーキンソン症候群を罹患しているとの疑いのある被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定し、前記測定したイサチンの濃度から測定/算出値を得る工程と、
パーキンソン症候群を罹患している個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度からリファレンス値を得る工程と、
前記測定/算出値と前記リファレンス値とを比較して前記測定/算出値が低値を示す場合に前記被検者がパーキンソン病を罹患していると認定する工程と
を有している。
【0049】
ここで、「パーキンソン病またはパーキンソン症候群を罹患しているとの疑いのある被検者」とは、安静時の振戦、無動、筋固縮、姿勢保持障害などの運動症状の少なくともいずれかが認められる被検者をいうものとする。
【0050】
また、例えば、「パーキンソン症候群を罹患している被検者より(パーキンソン症候群を罹患している被検者から)採取された血液試料中における測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値と、パーキンソン病を罹患している個体より(パーキンソン病を罹患している個体から)採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値とを比較する」ことと「パーキンソン病を罹患している被検者より(パーキンソン病を罹患している被検者から)採取された血液試料中における測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値と、パーキンソン症候群を罹患している個体より(パーキンソン症候群を罹患している個体から)採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値とを比較する」こととは同義である。
【0051】
また、本発明に係るパーキンソン病の発症のリスクを予測する方法のより具体的な態様は、さらに、パーキンソン病を罹患していない被検者より採取された血液試料中における測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値と、健常者および/またはパーキンソン病を罹患している個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値とを比較する工程を有している。なお、前記工程において、上述した本発明に係るパーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法における工程の構成と同等または相当する構成については再度の説明を省略する。
【0052】
本発明に係るパーキンソン病の発症のリスクを予測する方法における「パーキンソン病を罹患していない被検者」は、血液試料が採取された時点においてパーキンソン病を罹患していないのであって、その後にパーキンソン病を罹患してもよく、罹患しなくてもよいことはいうまでもない。
【0053】
なお、本明細書実施例2より、血液試料の採取時にはパーキンソン病を罹患していなかったがその後パーキンソン病を罹患した被検者について、当該被検者より(当該被検者から)採取された血液試料中における測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値は健常者より(健常者から)採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値と比較して低値を示すこと、血液試料の採取時にはパーキンソン病を罹患していなかったがその後パーキンソン病を罹患した被検者について、当該被検者より(当該被検者から)採取された血液試料中における測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値はパーキンソン病を罹患している個体より(パーキンソン病を罹患している個体から)採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値と比較して近似する(同じまたは概ね同等の)値を示すことが明らかとなっている。
【0054】
すなわち、本発明に係るパーキンソン病の発症のリスクを予測する方法は、より詳細には、
パーキンソン病を罹患していない被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定し、前記測定したイサチンの濃度から測定/算出値を得る工程と、
健常者および/またはパーキンソン病を罹患している個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度からリファレンス値を得る工程と、
前記測定/算出値と前記リファレンス値とを比較する工程と
を有している。
【0055】
また、本発明に係るパーキンソン病の発症のリスクを予測する方法の異なる態様としては、
パーキンソン病を罹患していない被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定し、前記測定したイサチンの濃度から測定/算出値を得る工程と、
健常者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度からリファレンス値を得る工程と、
前記測定/算出値と前記リファレンス値とを比較して前記測定/算出値が低値を示す場合に前記被検者が将来においてパーキンソン病の発症のリスクを有していると認定する工程と
を有している。
【0056】
また、本発明に係るパーキンソン病の発症のリスクを予測する方法の、より異なる態様としては、
パーキンソン病を罹患していない被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定し、前記測定したイサチンの濃度から測定/算出値を得る工程と、
パーキンソン病を罹患している個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度からリファレンス値を得る工程と、
前記測定/算出値と前記リファレンス値とを比較して前記測定/算出値が近似する(同じまたは概ね同等の)値を示す場合に前記被検者が将来においてパーキンソン病の発症のリスクを有していると認定する工程と
を有している。
【0057】
なお、本明細書において「近似する(同じまたは概ね同等の)値」とは、t検定に基づく有意水準を設定することにより適宜定めることができ、例えば、有意水準p>0.1、p>0.09、p>0.08、p>0.07、p>0.06、p>0.05となる値を「近似する(同じまたは概ね同等の)値」とすることができる。
【0058】
また、本発明に係るパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価する方法のより具体的な態様は、さらに、パーキンソン病を罹患し、かつ薬物治療を受けている被検者より採取された血液試料中における測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値と、健常者および/またはパーキンソン病を罹患しているが前記薬物治療を受けていない個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値とを比較する工程を有している。なお、前記工程において、上述した本発明に係るパーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法における工程の構成と同等または相当する構成については再度の説明を省略する。
【0059】
本発明に係るパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価する方法における「薬剤」としては、例えば、L−DOPA、DA脱炭酸酵素阻害薬、DAアゴニスト、MAO阻害薬(MAO−A阻害薬、MAO−B阻害薬)、カテコール−O−メチル基転移酵素阻害薬剤、DA放出促進薬、抗コリン薬、ノルアドレナリンプロドラッグ、DA合成促進剤、アデノシン受容体拮抗薬など、パーキンソン病の治療に有効とされる薬剤が挙げられ、「薬物治療」としては、前記薬剤の投与による治療が挙げられる。なお、本明細書実施例では、MAO−B阻害薬を薬剤として用い、MAO−B阻害薬の投与による治療を薬剤治療としている。
【0060】
本発明に係るパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価する方法のより具体的な態様において、「パーキンソン病を罹患し、かつ薬物治療を受けている被検者」と「パーキンソン病を罹患しているが前記薬物治療を受けていない個体」とは同一人物(同一個体)であってもよく、なくてもよい。「パーキンソン病を罹患し、かつ薬物治療を受けている被検者」と「パーキンソン病を罹患しているが前記薬物治療を受けていない個体」とが同一人物(同一個体)の場合は、前記薬物治療を受けていない個体から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定してリファレンス値を得る工程、その後に薬物治療を受けた被検者(当該個体)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定して測定/算出値を得る工程、これら測定/算出値とリファレンス値とを比較する工程、という各工程を有する。
【0061】
なお、本明細書実施例3より、パーキンソン病を罹患し、かつ薬物治療を受けている被検者より(パーキンソン病を罹患し、かつ薬物治療を受けている被検者から)採取された血液試料中における測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値はパーキンソン病を罹患しているが前記薬物治療を受けていない個体より(パーキンソン病を罹患しているが前記薬物治療を受けていない個体から)採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値と比較して高値を示すこと、パーキンソン病を罹患し、かつ薬物治療を受けている被検者より(パーキンソン病を罹患し、かつ薬物治療を受けている被検者から)採取された血液試料中における測定したイサチンの濃度から得られる測定/算出値は健常者より(健常者から)採取された血液試料中におけるイサチンの濃度から得られるリファレンス値と比較して高値ないし近似する(同じまたは概ね同等の)値を示すことが明らかとなっている。
【0062】
すなわち、本発明に係るパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価する方法は、より詳細には、
パーキンソン病を罹患し、かつ薬物治療を受けている被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定し、前記測定したイサチンの濃度から測定/算出値を得る工程と、
健常者および/またはパーキンソン病を罹患しているが前記薬物治療を受けていない個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度からリファレンス値を得る工程と、
前記測定/算出値と前記リファレンス値とを比較する工程と
を有している。
【0063】
また、本発明に係るパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価する方法の異なる態様としては、
パーキンソン病を罹患し、かつ薬物治療を受けている被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定し、前記測定したイサチンの濃度から測定/算出値を得る工程と、
健常者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度からリファレンス値を得る工程と、
前記測定/算出値と前記リファレンス値とを比較して前記測定/算出値が高値ないし近似する(同じまたは概ね同等の)値を示す場合に前記被検者の治療に用いられている薬剤の薬効があると認定する工程と
を有している。
【0064】
また、本発明に係るパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価する方法の異なる態様としては、
パーキンソン病を罹患し、かつ薬物治療を受けている被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定し、前記測定したイサチンの濃度から測定/算出値を得る工程と、
パーキンソン病を罹患しているが前記薬物治療を受けていない個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度からリファレンス値を得る工程と、
前記測定/算出値と前記リファレンス値とを比較して前記測定/算出値が高値を示す場合に前記被検者の治療に用いられている薬剤の薬効があると認定する工程と
を有している。
【0065】
なお、本発明に係るパーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法、パーキンソン病の発症のリスクを予測する方法およびパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価する方法は、本発明の特徴を損なわない範囲において、例えば、イサチンの濃度を測定するために血液試料から測定のための試料を調製する工程や、検査項目や検査所見などを検討する工程を含んでもよい。
【0066】
以下、本発明に係るバイオマーカー、パーキンソン病とパーキンソン症候群とを鑑別する方法、パーキンソン病の発症のリスクを予測する方法およびパーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価する方法について、実施例に基づいて説明する。なお、本発明の技術的範囲は、これらの実施例によって示される特徴に限定されない。
【実施例】
【0067】
<実施例1>パーキンソン病患者とパーキンソン症候群患者との鑑別可能性の検討
健常者、パーキンソン病患者およびパーキンソン症候群患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定して比較することにより、パーキンソン病患者とパーキンソン症候群患者との鑑別が可能であるか否かについて検討した。
【0068】
(1)健常者、パーキンソン病患者およびパーキンソン症候群患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の測定
[1−1]健常者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の測定
健常者の血液試料は、神経内科専門医が本研究の趣旨を説明して提供の同意を得られた、65歳から105歳の健常者58名(男性21名、女性37名)から採取されたものである。前記健常者から採取された血液試料から血清を分離し、分離した血清2.0mLに3.0mLの精製水、5.5Mの塩酸水溶液0.4mLおよび内標物質として5−メチルイサチンを加え、沸騰水浴中、10分間湯浴して加温した。加温後室温下で冷却し、酢酸エチル10mLを加えて3,000rpm、10分間遠心後、上清を回収し、窒素雰囲気下にて酢酸エチルを蒸発乾固した。得られた残渣をメタノールと精製水の混液(0.3:1)に溶解し、シリカ系固相抽出カートリッジ(Bond Elut Certify II:アジレント・テクノロジー社)を用いて濃縮精製した後、これに含まれるイサチンの濃度をHPLC−UVにて測定し、それらの平均値と標準偏差を算出して、これをコントロールとした。HPLC−UVによる測定条件は次のとおりである。
【0069】
HPLC−UVによるイサチン濃度の測定条件
装置:EICOM ENO−10(エイコム社)
EICOM NOD−10(エイコム社)
カラム:Eicompak SC5−ODS(3.0×150mm:エイコム社)
移動相:25%(v/v)
移動相流量:0.5mL/分
カラム温度:25℃
測定波長240nm
【0070】
[1−2]パーキンソン病患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の測定
パーキンソン病(Parkinson’s disease;PD)患者の血液試料は、神経内科を受診したパーキンソン病患者のうち、パーキンソン病治療薬として用いられているMAO−B阻害薬を使用しておらず、かつ神経内科専門医が本研究の趣旨を説明して提供の同意を得られた、52歳から89歳の早期パーキンソン病患者(Hoehn−Yahrの重症度分類のStage IおよびStage II、ならびに生活機能障害のI度に相当するパーキンソン病患者;PD−E)55名(男性22名、女性33名)および57歳から87歳の晩期パーキンソン病患者(Hoehn−Yahrの重症度分類のStageIIIおよびStageIV、ならびに生活機能障害のII度に相当するパーキンソン病患者;PD−D)30名(男性14名、女性16名)から採取されたものである。前記早期パーキンソン病患者と晩期パーキンソン病患者から採取された血液試料から血清をそれぞれ分離し、本実施例(1)[1−1]と同様の手法によりそれぞれのイサチンの濃度の平均値と標準偏差を算出した。
【0071】
[1−3]Hoehn−Yahrの重症度分類のStage I〜IVに該当するパーキンソン病患者からそれぞれ採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の測定
本実施例1[1−2]と同様の手法により、神経内科を受診したパーキンソン病患者のうち、パーキンソン病治療薬として用いられているMAO−B阻害薬を使用しておらず、かつ神経内科専門医が本研究の趣旨を説明して提供の同意を得られた、54歳から86歳のHoehn−Yahrの重症度分類のStage I(重症度1)に該当するパーキンソン病患者(PD−I)11名(男性4名、女性7名)、52歳から89歳の同重症度分類のStage II(重症度2)に該当するパーキンソン病患者(PD−II)44名(男性18名、女性26名)、52歳から87歳の同重症度分類のStage III(重症度3)に該当するパーキンソン病患者(PD−III)26名(男性12名、女性14名)および63歳から87歳の同重症度分類のStageIV(重症度4)に該当するパーキンソン病患者(PD−IV)4名(男性2名、女性2名)から採取された血液試料から血清をそれぞれ分離し、本実施例(1)[1−1]と同様の手法によりそれぞれのイサチンの濃度の平均値と標準偏差を算出した。
【0072】
[1−4]レビー小体型認知症患者、大脳皮質基底核変性症患者/進行性核上性麻痺患者、および多系統萎縮症患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の測定
レビー小体型認知症(Dementia with Lewy Bodies;DLB)患者、大脳皮質基底核変性症(Corticobasal Degeneration;CBD)患者/進行性核上性麻痺(Progressive Supranuclear Palsy;PSP)患者、および多系統萎縮症(Multiple System Atrophy;MSA)患者の血液試料は、パーキンソン病患者の血液試料と同様、神経内科を受診したレビー小体型認知症患者、大脳皮質基底核変性症患者/進行性核上性麻痺患者、および多系統萎縮症患者のうち、一部のパーキンソン症候群の治療薬として用いられているMAO−B阻害薬を使用しておらず、かつ神経内科専門医が本研究の趣旨を説明して提供の同意を得られた、70歳から85歳のレビー小体型認知症患者18名(男性7名、女性11名)、63歳から93歳の大脳皮質基底核変性症患者/進行性核上性麻痺患者7名(男性2名、女性5名)、および57歳から87歳の多系統萎縮症患者5名(男性2名、女性3名)から採取されたものである。前記レビー小体型認知症患者、大脳皮質基底核変性症患者/進行性核上性麻痺患者、および多系統萎縮症患者から採取された血液試料から血清をそれぞれ分離し、本実施例(1)[1−1]と同様の手法によりそれぞれのイサチンの濃度の平均値と標準偏差を算出した。また、本実施例(1)[1−2]のデータまたは[1−3]のデータに基づいて、早期パーキンソン病患者と晩期パーキンソン病患者とを合わせたパーキンソン病患者トータル(Hoehn−Yahrの重症度分類のStageI〜IVに相当するパーキンソン病患者、または生活機能障害のI度およびII度に相当するパーキンソン病患者;PD−all)におけるイサチンの濃度の平均値と標準偏差を算出した。
【0073】
ここで、血液試料が採取されたパーキンソン病患者、レビー小体型認知症患者、大脳皮質基底核変性症患者および進行性核上性麻痺患者、ならびに多系統萎縮症患者の、それぞれの症状、検査項目および検査所見を下記の表2に示す。
【0074】
[表2]
【0075】
[1−5]本態性振戦患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の測定
本態性振戦(Essential Tremor)患者の血液試料は、パーキンソン病患者の血液試料と同様、神経内科を受診した本態性振戦患者のうち、一部のパーキンソン症候群の治療薬として用いられているMAO−B阻害薬を使用しておらず、かつ神経内科専門医が本研究の趣旨を説明して提供の同意を得られた46歳から84歳の本態性振戦患者11名(男性3名、女性8名)から採取されたものである。前記本態性振戦患者から採取された血液試料から血清を分離し、本実施例(1)[1−1]と同様の手法によりイサチンの濃度の平均値と標準偏差を算出した。
【0076】
[1−6]脳血管障害性パーキンソニズム患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の測定
脳血管障害性パーキンソニズム(Vascular Parkinsonism)患者の血液試料は、パーキンソン病患者の血液試料と同様、神経内科を受診した脳血管障害性パーキンソニズム患者のうち、一部のパーキンソン症候群の治療薬として用いられているMAO−B阻害薬を使用しておらず、かつ神経内科専門医が本研究の趣旨を説明して提供の同意を得られた58歳から87歳の脳血管障害性パーキンソニズム患者8名(男性6名、女性2名)から採取されたものである。前記脳血管障害性パーキンソニズム患者から採取された血液試料から血清を分離し、本実施例(1)[1−1]と同様の手法によりイサチンの濃度の平均値と標準偏差を算出した。
【0077】
[1−7]アルツハイマー病患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の測定
アルツハイマー病(Alzheimer’s Disease;AD)患者の血液試料は、パーキンソン病患者の血液試料と同様、神経内科を受診したアルツハイマー病患者のうち、一部のパーキンソン症候群の治療薬として用いられているMAO−B阻害薬を使用しておらず、かつ神経内科専門医が本研究の趣旨を説明して提供の同意を得られた63歳から82歳のアルツハイマー病患者53名(男性11名、女性42名)から採取されたものである。前記アルツハイマー病患者から採取された血液試料から血清を分離し、本実施例(1)[1−1]と同様の手法によりイサチンの濃度の平均値と標準偏差を算出した。
【0078】
(2)試験結果
[2−1]健常者およびパーキンソン病患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の比較
健常者(Control)、早期パーキンソン病患者(PD−E)および晩期パーキンソン病患者(PD−D)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の、それぞれの平均値と標準偏差の比較を、下記の表3および図2に示す。図2中、「***」印はControlに対してP<0.001で有意差があることを示している。表3および図2に示すように、健常者(Control)、早期パーキンソン病患者(PD−E)および晩期パーキンソン病患者(PD−D)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の平均値と標準偏差は、それぞれ0.298±0.16(n=58)、0.116±0.08(n=55)および0.109±0.10(n=30)であり、早期パーキンソン病患者(PD−E)および晩期パーキンソン病患者(PD−D)の血液試料中におけるイサチンの濃度は、健常者(Control)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して有意に低値であることが明らかとなった。
【0079】
[表3]
【0080】
[2−2]健常者およびHoehn−Yahrの重症度分類のStage I〜IVに該当するパーキンソン病患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の比較
健常者(Control)、Hoehn−Yahrの重症度分類のStageI(重症度1)に該当するパーキンソン病患者(PD−I)、StageII(重症度2)に該当するパーキンソン病患者(PD−II)、StageIII(重症度3)に該当するパーキンソン病患者(PD−III)およびStageIV(重症度4)に該当するパーキンソン病患者(PD−IV)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の、それぞれの平均値と標準偏差の比較を、下記の表4および図3に示す。図3中、「***」印はControlに対してP<0.001で有意差があることを示している。表4および図3に示すように、健常者(Control)、Hoehn−Yahrの重症度分類のStageIに該当するパーキンソン病患者(PD−I)、StageIIに該当するパーキンソン病患者(PD−II)、StageIIIに該当するパーキンソン病患者(PD−III)およびStageIVに該当するパーキンソン病患者(PD−IV)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の平均値と標準偏差は、それぞれ0.298±0.16(n=58)、0.115±0.09(n=11)、0.117±0.08(n=44)、0.115±0.10(n=26)および0.075±0.02(n=4)であり、Hoehn−Yahrの重症度分類のStage I〜IVに該当するパーキンソン病患者(PD−I〜IV)の血液試料中におけるイサチンの濃度は健常者(Control)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して有意に低値であること、およびHoehn−Yahrの重症度分類のStage I〜IVに該当するパーキンソン病患者の、それぞれの血液試料中におけるイサチンの濃度を互いに比較した場合、それぞれのStage(重症度)の間には有意差がないということが明らかとなった。
【0081】
[表4]
【0082】
[2−3]健常者、パーキンソン病患者およびレビー小体型認知症患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の比較
健常者(Control)、早期パーキンソン病患者と晩期パーキンソン病患者とを合わせたパーキンソン病患者(PD−all)、ならびにレビー小体型認知症患者(DLB)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の、それぞれの平均値と標準偏差の比較を、下記の表5および図4に示す。図4中、「***」印はControlに対してP<0.001で有意差があることを示し、「###」印はPD−allに対してP<0.001で有意差があることを示している。表5および図4に示すように、健常者(Control)、パーキンソン病患者(PD−all)およびレビー小体型認知症患者(DLB)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の平均値と標準偏差は、それぞれ0.298±0.16(n=58)、0.114±0.08(n=85)および0.463±0.25(n=18)であり、パーキンソン病患者(PD−all)の血液試料中におけるイサチンの濃度は健常者(Control)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して有意に低値であること、およびレビー小体型認知症患者(DLB)の血液試料中におけるイサチンの濃度は、健常者(Control)の血液試料中におけるイサチンの濃度およびパーキンソン病患者(PD−all)の血液試料中におけるイサチンの濃度のいずれと比較しても有意に高値であることが明らかとなった。
【0083】
[表5]
【0084】
[2−4]健常者、パーキンソン病患者および大脳皮質基底核変性症患者/進行性核上性麻痺患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の比較
健常者(Control)、パーキンソン病患者(PD−all)および大脳皮質基底核変性症患者/進行性核上性麻痺患者(CBD/PSP)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の、それぞれの平均値と標準偏差の比較を、下記の表6および図5に示す。図5中、「***」印はControlに対してP<0.001で有意差があることを示し、「###」印はPD−allに対してP<0.001で有意差があることを示している。表6および図5に示すように、健常者(Control)、パーキンソン病患者(PD−all)および大脳皮質基底核変性症患者/進行性核上性麻痺患者(CBD/PSP)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の平均値と標準偏差は、それぞれ0.298±0.16(n=58)、0.114±0.08(n=85)および0.577±0.40(n=7)であり、パーキンソン病患者(PD−all)の血液試料中におけるイサチンの濃度は健常者(Control)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して有意に低値であること、および大脳皮質基底核変性症患者/進行性核上性麻痺患者(CBD/PSP)の血液試料中におけるイサチンの濃度は、健常者(Control)の血液試料中におけるイサチンの濃度およびパーキンソン病患者(PD−all)の血液試料中におけるイサチンの濃度のいずれと比較しても有意に高値であることが明らかとなった。
【0085】
[表6]
【0086】
[2−5]健常者、パーキンソン病患者および多系統萎縮症患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の比較
健常者(Control)、パーキンソン病患者(PD−all)および多系統萎縮症患者(MSA)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の、それぞれの平均値と標準偏差の比較を、下記の表7および図6に示す。図6中、「**」印はControlに対してP<0.01で有意差があることを示し、「***」印はControlに対してP<0.001で有意差があることを示し、「###」印はPD−allに対してP<0.001で有意差があることを示している。表7および図6に示すように、健常者(Control)、パーキンソン病患者(PD−all)および多系統萎縮症患者(MSA)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の平均値と標準偏差は、それぞれ0.298±0.16(n=58)、0.114±0.08(n=85)および0.753±1.04(n=5)であり、パーキンソン病患者(PD−all)の血液試料中におけるイサチンの濃度は健常者(Control)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して有意に低値であること、および多系統萎縮症患者(MSA)の血液試料中におけるイサチンの濃度は、健常者(Control)の血液試料中におけるイサチンの濃度およびパーキンソン病患者(PD−all)の血液試料中におけるイサチンの濃度のいずれと比較しても有意に高値であることが明らかとなった。
【0087】
[表7]
【0088】
[2−6]健常者、パーキンソン病患者および本態性振戦患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の比較
健常者(Control)、パーキンソン病患者(PD−all)および本態性振戦患者(Essential Tremor)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の、それぞれの平均値と標準偏差の比較を、下記の表8および図7に示す。図7中、「***」印はControlに対してP<0.001で有意差があることを示し、「###」印はPD−allに対してP<0.001で有意差があることを示している。表8および図7に示すように、健常者(Control)、パーキンソン病患者(PD−all)および本態性振戦患者(Essential Tremor)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の平均値と標準偏差は、それぞれ0.298±0.16(n=58)、0.114±0.08(n=85)および0.294±0.24(n=11)であり、パーキンソン病患者(PD−all)の血液試料中におけるイサチンの濃度は健常者(Control)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して有意に低値であること、および本態性振戦患者(Essential Tremor)の血液試料中におけるイサチンの濃度はパーキンソン病患者(PD−all)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して有意に高値であり、かつ健常者(Control)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して近似することが明らかとなった。
【0089】
[表8]
【0090】
[2−7]健常者、パーキンソン病患者および脳血管障害性パーキンソニズム患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の比較
健常者(Control)、パーキンソン病患者(PD−all)および脳血管障害性パーキンソニズム患者(Vascular Parkinsonism)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の、それぞれの平均値と標準偏差の比較を、下記の表9および図8に示す。図8中、「***」印はControlに対してP<0.001で有意差があることを示し、「###」印はPD−allに対してP<0.001で有意差があることを示している。表9および図8に示すように、健常者(Control)、パーキンソン病患者(PD−all)および脳血管障害性パーキンソニズム患者(Vascular Parkinsonism)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の平均値と標準偏差は、それぞれ0.298±0.16(n=58)、0.114±0.08(n=85)および0.518±0.32(n=8)であり、パーキンソン病患者(PD−all)の血液試料中におけるイサチンの濃度は健常者(Control)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して有意に低値であること、および脳血管障害性パーキンソニズム患者(Vascular Parkinsonism)の血液試料中におけるイサチンの濃度はパーキンソン病患者(PD−all)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して有意に高値であり、かつ健常者(Control)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して近似することが明らかとなった。
【0091】
[表9]
【0092】
[2−8]健常者、パーキンソン病患者およびアルツハイマー病患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の比較
健常者(Control)、パーキンソン病患者(PD−all)およびアルツハイマー病患者(AD)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の、それぞれの平均値と標準偏差の比較を、下記の表10および図9に示す。図9中、「***」印はControlに対してP<0.001で有意差があることを示し、「###」印はPD−allに対してP<0.001で有意差があることを示している。表10および図9に示すように、健常者(Control)、パーキンソン病患者(PD−all)およびアルツハイマー病患者(AD)から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の平均値と標準偏差は、それぞれ0.298±0.16(n=58)、0.114±0.08(n=85)および0.370±0.23(n=53)であり、パーキンソン病患者(PD−all)の血液試料中におけるイサチンの濃度は健常者(Control)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して有意に低値であること、およびアルツハイマー病患者(AD)の血液試料中におけるイサチンの濃度はパーキンソン病患者(PD−all)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して有意に高値であり、かつ健常者(Control)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して近似することが明らかとなった。
【0093】
[表10]
【0094】
以上、[2−1]〜[2−8]の結果から、健常者、パーキンソン病を罹患している個体、あるいはパーキンソン症候群を罹患している個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定して算出された平均値と標準偏差をリファレンス値として、パーキンソン病またはパーキンソン症候群を罹患している被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定して算出された平均値および標準偏差と、健常者、パーキンソン病を罹患している個体、あるいはパーキンソン症候群を罹患している個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定して算出された平均値と標準偏差とを比較した結果、パーキンソン病とパーキンソン症候群との鑑別が可能であることが示された。
【0095】
<実施例2>パーキンソン病の発症リスクの予測診断
被検者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定し、後日その被検者がパーキンソン病を罹患するかどうかの診断をすることにより、あらかじめ被検者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定することでパーキンソン病の発症リスクの予測が可能であるか否かについて検討した。
【0096】
(1)被験者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の測定
神経内科を受診した患者のうち、神経内科専門医が本研究の趣旨を説明して提供の同意を得られた、2008年11月12日の初診日に正常と診断された70歳の女性1名から、2009年5月29日の初診日に脳梗塞(ラクナ梗塞)患者と診断された78歳の女性1名から、および2009年10月23日の初診日に脳梗塞(ラクナ梗塞)患者と診断された68歳の男性1名からそれぞれ採取された血液試料を被験者の血液試料とした。前記被験者の血液試料から血清を分離し、本実施例(1)[1−1]と同様の手法によりイサチンの濃度をHPLC−UVにて測定した。その結果を下記の表11に示す。
【0097】
[表11]
【0098】
(2)診断結果
表11中、「PD−E」は早期パーキンソン病患者と診断されたことを示し、「Yahr−I」および「Yahr−II」はそれぞれHoehn−Yahrの重症度分類のStage I(重症度1)とStage II(重症度2)に該当することを示す。表11に示すように、2008年11月12日に70歳女性患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の値は0.113μg/mL、2009年5月29日に78歳女性脳梗塞(ラクナ梗塞)患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の値は0.098μg/mL、2009年10月23日に68歳男性脳梗塞(ラクナ梗塞)患者から採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の値は0.043μg/mLであった。
【0099】
以上の結果から、実施例1(1)[1−1]で算出された健常者(Control)における血液試料中におけるイサチンの濃度の平均値と標準偏差、および実施例1(1)[1−4]で算出されたパーキンソン病患者トータル(PD−all)における血液試料中におけるイサチンの濃度の平均値と標準偏差から、これら被験者3名の血液試料中におけるイサチンの濃度は、健常者(Control)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して有意に低値であり、かつパーキンソン病患者トータル(PD−all)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して概ね同等の値であることが明らかである。
【0100】
よって、パーキンソン病を罹患していない被検者、より詳細には血液試料の採取時にはパーキンソン病を罹患していない被検者について、当該被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定して算出された平均値および標準偏差と、健常者あるいはパーキンソン病を罹患している個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定して算出された平均値と標準偏差をリファレンス値として比較した結果、パーキンソン病の発症のリスクを予測できることが示された。
【0101】
<実施例3>パーキンソン病に対する薬剤の薬効評価
パーキンソン病患者において薬物治療前後に採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定して比較することにより、パーキンソン病に対する薬剤の薬効評価が可能であるか否かについて検討した。
【0102】
(1)パーキンソン病患者において薬物治療前後に採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の測定
神経内科を受診したパーキンソン病患者のうち、神経内科専門医が本研究の趣旨を説明して提供の同意を得られた薬物治療を受けていない52歳から83歳のパーキンソン病患者23名(男性4名、女性19名)から、薬物治療を受けていない段階(Non−treated)で採取された血液試料、および前記パーキンソン病患者に対してMAO−B阻害薬である塩酸セレギリン(エフピー:エフピー社)の投与を受けた段階(FP−treated)で採取された血液試料のそれぞれから血清を分離し、本実施例(1)[1−1]と同様の手法によりそれぞれのイサチンの濃度の平均値と標準偏差を算出した。その結果を図10に示す。
【0103】
(2)評価結果
図10(B)中、「P<0.001」との記載は、FP−treatedがNon−treatedに対してP<0.001で有意差があることを示している。図10(A)に示すように、パーキンソン病患者23名のいずれにおいても、MAO−B阻害薬である塩酸セレギリンの投与を受けた段階(FP−treated)で採取された血液試料中におけるイサチンの濃度は、薬物治療を受けていない段階(Non−treated)で採取された血液試料中におけるイサチンの濃度よりも高値であることが明らかとなり、パーキンソン病患者23名のいずれにおいても、MAO−B阻害薬である塩酸セレギリンの投与を受けた後において症状の改善が見られた。また、図10(B)に示すように、パーキンソン病患者23名において、薬物治療を受けていない段階(Non−treated)およびMAO−B阻害薬である塩酸セレギリンの投与を受けた段階(FP−treated)で採取された血液試料中におけるイサチンの濃度の平均値と標準偏差は、それぞれ0.092±0.07(n=23)および0.414±0.33(n=23)であり、パーキンソン病患者においてMAO−B阻害薬である塩酸セレギリン(エフピー:エフピー社)の投与を受けた段階(FP−treated)の血液試料中におけるイサチンの濃度は、薬物治療を受けていない段階(Non−treated)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して有意に高値であることが明らかとなった。さらに、実施例1(2)[2−1]〜[2−8]における健常者(Control)の血液試料中におけるイサチンの濃度(図2図9)との比較では、パーキンソン病患者においてMAO−B阻害薬である塩酸セレギリン(エフピー:エフピー社)の投与を受けた段階(FP−treated)の血液試料中におけるイサチンの濃度は、健常者(Control)の血液試料中におけるイサチンの濃度と比較して高値ないし近似する(同じまたは概ね同等の)値であることが明らかとなった。
【0104】
なお、イサチンの生成過程においては腸内細菌が重要な役割を持っていると考えられていること、パーキンソン病の腸管壁にα−シヌクレインが存在して病理学的に腸管内の病変を示唆する所見が得られていることなどから、本発明者らは、腸内病変をもつことが明らかであるパーキンソン病では腸内細菌叢の変化がおこり、イサチンの合成がうまくいかない可能性があるのではないかと考えている。そこで、本発明者らは、パーキンソン病の治療に有効な薬剤が腸内細菌叢の正常化をもたらすなどして、イサチンの生成を正常可するのではないかと考えている。
【0105】
以上の結果から、パーキンソン病を罹患し、かつ薬物治療を受けている被検者より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定して算出された平均値および標準偏差と、健常者あるいはパーキンソン病を罹患しているが前記薬物治療を受けていない個体より採取された血液試料中におけるイサチンの濃度を測定して算出された平均値と標準偏差をリファレンス値として比較した結果、パーキンソン病に対する薬剤の薬効を評価できることが示された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10