特許第6069782号(P6069782)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6069782
(24)【登録日】2017年1月13日
(45)【発行日】2017年2月1日
(54)【発明の名称】基質応答性自律振動型マイクロカプセル
(51)【国際特許分類】
   A61K 47/42 20170101AFI20170123BHJP
   A61K 47/36 20060101ALI20170123BHJP
   A61K 9/50 20060101ALI20170123BHJP
【FI】
   A61K47/42
   A61K47/36
   A61K9/50
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-247839(P2012-247839)
(22)【出願日】2012年11月9日
(65)【公開番号】特開2014-94918(P2014-94918A)
(43)【公開日】2014年5月22日
【審査請求日】2015年10月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】504209655
【氏名又は名称】国立大学法人佐賀大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099634
【弁理士】
【氏名又は名称】平井 安雄
(72)【発明者】
【氏名】成田 貴行
(72)【発明者】
【氏名】大石 祐司
(72)【発明者】
【氏名】高倉 洋一
【審査官】 澤田 浩平
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−215220(JP,A)
【文献】 特開2003−119123(JP,A)
【文献】 特表平02−504145(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K9/00,A61K47/00
MEDLINE(STN),BIOSIS(STN),
CAPLUS(STN),EMBASE(STN),
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基質応答性のマイクロカプセルであって、該マイクロカプセルは、その外縁を画定するキトサンから成る膜、該膜によって囲まれた内部領域中に存在する水性溶媒、該水性溶媒中に存在するグルコースオキシダーゼから成る酵素、および該内部領域中に存在するキトサンから成る固体材料を含み、
該マイクロカプセルは、該酵素の基質であるグルコースを含有しかつ予め定められた環境を呈する水溶液中に分散されたときに、下記(1)〜(5):
(1)該膜は水および該基質を透過可能である、
(2)該酵素は該基質と該マイクロカプセル内において反応して、該マイクロカプセル内において環境変化としてのpH変化を惹起するものである、
(3)該固体材料を形成する成分は該環境変化により溶解性が向上するものであり、該溶解性の向上により該マイクロカプセル内において溶解している該固体材料を形成する成分の濃度は少なくとも一時的に上昇する、
(4)該膜は、該固体材料を形成する成分の濃度の上昇により該膜において生じた浸透圧に応答して該水溶液中の水を該マイクロカプセル内に向けて透過させ、その結果として膨張することが可能である、および
(5)該固体材料を形成する成分は、該膜の膨張に応答して、該膜を透過して該マイクロカプセル外に放出される速度が上昇するものである
となるように構成されており、
以上の構成によって、該マイクロカプセルは、該水溶液中に分散されたときに自律振動するものであることを特徴とする、マイクロカプセル。
【請求項2】
100nm〜1mmの粒径を有する、請求項1記載のマイクロカプセル。
【請求項3】
該マイクロカプセルが更に有効成分を含むか、または該固体材料を形成する成分が有効成分であり、かつ、該有効成分の放出速度が該マイクロカプセルの自律振動に同期するものである、請求項1または請求項2に記載のマイクロカプセル。
【請求項4】
該有効成分がインスリン、自律神経調整薬、および鎮痛薬からなる群から選択される、請求項3に記載のマイクロカプセル。
【請求項5】
請求項3または4に記載のマイクロカプセルを含んでなる医薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基質に応答して自律振動するマイクロカプセルとその用途に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特定の基質やpH等の周囲環境に応答するマイクロカプセルや、有効成分の制御放出のためにそのようなマイクロカプセルを利用することが知られている。そのようなマイクロカプセルは、意図する環境を呈する生体内の所望の部位において薬剤を選択的に放出できるため、患部への集中的または効果的な薬剤投与を可能とする。
【0003】
例えば、特許文献1には、有効成分の放出が、二重放出トリガー機構:「時間依存性トリガー」および「pH依存性トリガー」により制御された経口マルチマイクロカプセルが開示されている。
非特許文献1には、pH応答性を示すPoly L-lysine-alt-terephthalic acidマイクロカプセルにグルコースオキシダーゼを内包することにより調製したグルコース応答性マイクロカプセルが開示されている。該文献には、更にマイクロカプセル内にアンモニウム塩を内包し、グルコース存在下でのマイクロカプセルの放出挙動を検討したところ、グルコース存在下においてアンモニウム塩の放出が制限されたことが記載されている。薬剤放出挙動は、2段からなる非線形的放出であったことが記載されている。
非特許文献2には、キトサンとテレフタル酸を界面重合することにより調製したキトサン−フタル酸マイクロカプセルが開示されている。このマイクロカプセルをpHの異なる溶媒に浸漬すると、キトサン−フタル酸膜ゲルの体積相転移に起因して各pHにおける体積が異なっていたことが記載されている。
【0004】
一方、インスリンや自律神経調整薬等の一部の薬剤においては、基質に応答して放出が制御されるのみならず、周期的な薬剤投与を可能とする高度な薬剤投与システムが必要とされる。しかしながら、これまで、基質に応答して自律振動するマイクロカプセルや、そのようなマイクロカプセルを利用した周期的な薬剤投与システムは存在しなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2008−520633号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】緒方ら,日本化学会講演予稿集,Vol. 89,No. 2,Page 834 (2009)
【非特許文献2】緒方ら,日本化学会講演予稿集,Vol. 90,No. 3,Page 982 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、基質に応答して自律振動する新規のマイクロカプセルおよびその用途を提供することにある。該用途としては、基質応答性の自律振動型薬剤放出等が挙げられる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、次の特徴を有するものである。
[1]基質応答性のマイクロカプセルであって、該マイクロカプセルは、その外縁を画定する膜、該膜によって囲まれた内部領域中に存在する水性溶媒、該水性溶媒中に存在する酵素、および該内部領域中に存在する固体材料を含み、
該マイクロカプセルは、該酵素の基質を含有しかつ予め定められた環境を呈する水溶液中に分散されたときに、下記(1)〜(5):
(1)該膜は水および該基質を透過可能である、
(2)該酵素は該基質と該マイクロカプセル内において反応して、該マイクロカプセル内において予め定められた種類の環境変化を惹起するものである、
(3)該固体材料を形成する成分は該環境変化により溶解性が向上するものであり、該溶解性の向上により該マイクロカプセル内において溶解している該固体材料を形成する成分の濃度は少なくとも一時的に上昇する、
(4)該膜は、該固体材料を形成する成分の濃度の上昇により該膜において生じた浸透圧に応答して該水溶液中の水を該マイクロカプセル内に向けて透過させ、その結果として膨張することが可能である、および
(5)該固体材料を形成する成分は、該膜の膨張に応答して、該膜を透過して該マイクロカプセル外に放出される速度が上昇するものである
となるように構成されており、
以上の構成によって、該マイクロカプセルは、該水溶液中に分散されたときに自律振動するものであることを特徴とする、マイクロカプセル。
[2]該環境変化が、pH変化、イオン強度変化、および温度変化からなる群から選択される、上記[1]に記載のマイクロカプセル。
[3]該環境変化がpH変化である、上記[1]または[2]に記載のマイクロカプセル。
[4]該膜が高分子膜である、上記[1]〜[3]のいずれか1つに記載のマイクロカプセル。
[5]該高分子膜が、アミド系またはアミン系の高分子鎖間で水素結合を形成しているものである、上記[4]に記載のマイクロカプセル。
[6]該高分子膜が、ポリグルコサミン、ポリアミン、ポリペプチド、オリゴペプチド、核酸、およびタンパク質からなる群から選択される高分子を含むものである、上記[4]または[5]に記載のマイクロカプセル。
[7]該高分子膜がキトサンを含むものである、上記[4]〜[6]のいずれか1つに記載のマイクロカプセル。
[8]該基質が、糖、アミノ酸、ペプチド、タンパク質、ビタミン、脂質、イオン、および核酸からなる群から選択される、上記[1]〜[7]のいずれか1つに記載のマイクロカプセル。
[9]該基質がグルコースであり、該酵素がグルコースオキシダーゼである、上記[1]〜[8]のいずれか1つに記載のマイクロカプセル。
[10]該固体材料を形成する成分が、ポリグルコサミン、アルギン酸、ポリアクリル酸、ポリアミン、アゾポリマーおよびオリゴマー、タンパク質、ならびに核酸からなる群から選択される、上記[1]〜[9]のいずれか1つに記載のマイクロカプセル。
[11]100nm〜1mmの粒径を有する、上記[1]〜[10]のいずれか1つに記載のマイクロカプセル。
[12]該マイクロカプセルが更に有効成分を含むか、または該固体材料を形成する成分が有効成分であり、かつ、該有効成分の放出速度が該マイクロカプセルの自律振動に同期するものである、上記[1]〜[11]のいずれか1つに記載のマイクロカプセル。
[13]該有効成分がインスリン、自律神経調整薬、および鎮痛薬からなる群から選択される、上記[12]に記載のマイクロカプセル。
[14]上記[12]または[13]に記載のマイクロカプセルを含んでなる医薬。
【0009】
即ち、本発明に係るマイクロカプセルは、その外縁を画定する膜、該膜によって囲まれた内部領域中に存在する水性溶媒、該水性溶媒中に存在する酵素、および該内部領域中に存在する固体材料を含むものであって、自律振動の発生が意図される環境を呈する、自律振動の引き金となるべき基質を含有する水溶液中に該マイクロカプセルが分散されたときに、以下の機構に従って自律振動するものである。
自律振動が発生するべき環境にマイクロカプセルがあるときに、基質は膜を透過してマイクロカプセル内に流入する。
続いて、マイクロカプセル内において酵素と基質とが反応し、該反応の結果として、マイクロカプセル内において予め定められた種類の環境変化(例えば、pH変化、イオン強度変化、温度変化等)がもたらされる。
該環境変化により、固体材料を形成する成分の溶解が促進され、マイクロカプセル内において溶解している固体材料を形成する成分の濃度が上昇する。
それにより生じた膜における浸透圧により、周囲環境中の水が膜を透過してマイクロカプセル内に流入する。水の流入は、膜の膨張、従ってマイクロカプセルの体積増加をもたらす。膜の膨張前には、該成分は、膜を透過できない、または膜の透過が制限されている。
膜が膨張することで、膜に形成されている孔のサイズが大きくなる。それにより、該成分が、膜を透過することが可能になる、あるいは透過速度が有意に上昇する。該成分の放出は、膜において生じた浸透圧の減少を引き起こす。
浸透圧の減少および/または膜の膨張に伴う膜張力の増加等に起因して、マイクロカプセルは膨張状態から収縮(即ち、膨張の緩和)状態に転じる。
マイクロカプセルがある程度収縮すると該成分の放出速度は再び低下するため、マイクロカプセル内において溶解している該成分の濃度は再び上昇する。その結果、マイクロカプセルは再び膨張状態に転じる。このようにして膨張と収縮は繰り返され、基質応答性の自律振動が得られる。
【0010】
また、マイクロカプセルが更に有効成分を含むか、または固体材料を形成する成分自体が有効成分となるようにマイクロカプセルを構成して、有効成分の放出速度をマイクロカプセルの自律振動に同期させることが可能である。従って、係る構成により、基質応答性の自律振動型薬剤放出が得られる。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、基質に応答して自律振動するマイクロカプセルおよびその用途が提供される。本発明に係るマイクロカプセルでは、振動の周期、振幅および持続時間等のパラメータを制御することも可能である。また、本発明に係るマイクロカプセルを用いることで、基質応答性の自律振動型薬剤放出等を達成することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明のマイクロカプセルの顕微鏡像を示す図である。
図2】得られたマイクロカプセルをpH5.8のグルコース水溶液に浸漬した後のカプセルの直径の経時的変化を示すグラフである。
図3】グルコース応答型自律振動カプセルについて、グルコース溶液に浸漬後の直径および564nm(芯物質(固体材料)の最大吸収波長(Texas Red標識キトサン))における吸光度の経時的変化(左図)、ならびに左図中の(a)、(b)、(c)、(d)の時点におけるカプセル像(右図)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のマイクロカプセル(以下、単にマイクロカプセルともいう)は、意図する環境中で自律振動するものである。本明細書において、自律振動とは、特定の環境中に存在するときに外的な補助なしでマイクロカプセルが経時的に体積を膨張および収縮ないし粒径を増大および減少させることをいう。マイクロカプセルの自律振動は、大域的な振動の中に1段階以上の微小振動を含むものであり得る。以下、特に断らない限り、振動は大域的な振動を意味している。
【0014】
マイクロカプセルは、その外縁を画定する膜、膜によって囲まれた内部領域中に存在する水性溶媒、水性溶媒中に存在する酵素、および該内部領域中に存在する固体材料を含む。
マイクロカプセルは、酵素の基質を含有しかつ予め定められた環境を呈する水溶液中に分散されたときに、下記(1)〜(5):
(1)膜は水および基質を透過可能である、
(2)酵素は基質とマイクロカプセル内において反応して、マイクロカプセル内において予め定められた種類の環境変化を惹起するものである、
(3)固体材料を形成する成分は該環境変化により溶解性が向上するものであり、溶解性の向上によりマイクロカプセル内において溶解している固体材料を形成する成分の濃度は少なくとも一時的に上昇する、
(4)膜は、固体材料を形成する成分の濃度の上昇により膜において生じた浸透圧に応答して水溶液中の水をマイクロカプセル内に向けて透過させ、その結果として膨張することが可能である、および
(5)固体材料を形成する成分は、膜の膨張に応答して、膜を透過してマイクロカプセル外に放出される速度が上昇するものである
となるように構成されている。
【0015】
上記の「酵素の基質を含有しかつ予め定められた環境を呈する水溶液」は、マイクロカプセルの自律振動が生じることが所望される環境を呈する水溶液である。以下、該水溶液を周囲水溶液ともいう。周囲水溶液としては、例えば、純水中に基質を溶解し、更に適当なpH調整剤を添加して所望のpHに調整した溶液等が挙げられる。更に、組成、イオン強度、温度、光環境等を適宜設定してもよい。あるいは、マイクロカプセルを生体内の特定の部位において自律振動させることを所望する場合、周囲水溶液としては、該部位における体液や、そのような体液に近似した組成や性状を有するように調製された水溶液等が挙げられる。
【0016】
本明細書において、基質は、通常、当該技術分野で一般に用いられる用語としての酵素反応の基質である。但し、特定の酵素については、酵素反応のトリガーとなる因子も包含するものである(例えば、光センサー(例:バクテリオロドプシン、フィトクロム、ロドプシン、Photoactive Yellow Protein等)についての光)。基質としては、該基質と反応して溶液において予め定められた種類の環境変化を惹起できるような酵素が存在するものである限り、特に制限されない。該環境変化については後述する。基質は、例えば、糖、アミノ酸、ペプチド、タンパク質、ビタミン、脂質、イオン(有機イオン、無機イオン、金属イオンを含む)、核酸(DNA、RNAを含む)等であり得る。より具体的には、基質としては、例えば、グルコース、D−フルクトース、アスパラギン、D−アスパラギン酸、リン脂質等が挙げられる。
【0017】
周囲水溶液中の基質の濃度は、一般に、酵素と基質との反応により十分な環境変化が確保されるために十分に高いことが望ましい。具体的な濃度は、基質の種類やマイクロカプセルの設計目的等に応じて変動し得るが、例えば0.01〜1M、好ましくは0.05〜0.5Mである。
【0018】
周囲水溶液のpHは、マイクロカプセルの設計目的等に応じて適宜選択され得る。該pHは、酸性、中性、または塩基性のpHであってよい。該pHは、例えば1〜12の範囲に含まれる任意のpH値であり得る。
【0019】
マイクロカプセルを構成する膜は、通常、多孔性の膜である。膜は、マイクロカプセルの境界を画定するのみならず、物質の透過を適切に制御する。即ち、膜に形成されている孔は、水および基質を透過するが、固体材料を形成する成分を透過しないか、または透過を有意に制限する。更に、膜は、膨張により孔を拡げ、該成分の流出速度を上昇させる。
【0020】
膜の材料は、本発明のマイクロカプセルの機能を達成できる限り特に制限されない。マイクロカプセルを生体に投与することが意図される場合、膜は、生体適合性かつ生分解性の材料からなることが望ましい。
膜は、典型的には、高分子膜を使用できる。高分子膜は、天然高分子からなる膜、または合成高分子からなる膜であり得る。高分子材料の分子量としては、以下に限定されないが、例えば40〜10000、好ましくは40〜1000である。好ましい高分子膜として、柔軟性に優れているという点から、アミド系またはアミン系の高分子鎖間で水素結合を形成しているものが挙げられる。柔軟性と強さを併せ持つという点で、ゲル膜が特に好ましい。
好適に使用できる高分子としては、例えば、ポリグルコサミン(例:キトサン)、ポリアミン(例:スペルミン)、ポリペプチド、オリゴペプチド、核酸、およびタンパク質等が挙げられる。また、ポリ乳酸(PLA)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリカプロラクトン(PCL)、それらの共重合体等をベースとするポリエステル等の種々の合成高分子において、アミド結合またはアミンが誘導されたものも好適に使用できる。
【0021】
膜の固さは、自律振動の周期や振幅等に影響する一因子であり、マイクロカプセルの設計目的に応じて適切に設定され得る。膜の固さは、通常1Pa〜10000MPaである。例えば、上述した膜の材料のうち、ポリアミン(例えばスペルミン)を用いることで比較的柔らかい膜を形成することができ、核酸やポリグルコサミンを用いることで比較的固い膜を形成することができる。あるいは、膜に界面活性剤または脂質を付着させることにより膜の固さを調節することもできる。後述のマイクロカプセルの製造方法も参照されたい。
【0022】
膜に形成されている孔の適切なサイズは、特に固体材料の選択に依存する。また、孔のサイズは、自律振動の周期や振幅等に影響する一因子でもある。
孔のサイズは、周囲水溶液中にカプセルが分散された初期状態において、固体材料を形成する成分を実質的に透過しないが、カプセルの膨張時(例えば、カプセルの直径が1.1〜2.0倍程度に膨張したとき)に該成分を有意に透過させるものであり得る。あるいは、孔のサイズは、上記膨張時の該成分の放出速度が、上記初期状態の放出速度に対して1.5〜10倍程度になり得るものであり得る。具体的には、例えば、固体材料がキトサンポリマー(平均分子量:約1万)から構成されている場合、好適な孔のサイズは0.1μm程度であり得る。
マイクロカプセルの孔のサイズは、AFMや共焦点顕微鏡等により測定することができる。孔のサイズは、可能な限り均一であることが望ましい。
形成される孔のサイズは、調製温度、膜材料と水の親和性等により調節することができる。後述のマイクロカプセルの製造方法も参照されたい。
【0023】
膜の厚さは、マイクロカプセルの大きさに応じて異なるが、通常0.05〜20μm、好ましくは0.1〜1μmである。膜が薄いと振動周期が短くなり、厚いと振動周期が長くなる傾向がある。ここで、膜の厚さは、光散乱、AFM、共焦点顕微鏡等により測定することができる。
膜の厚さの調節は、重合時間、仕込みの膜材料濃度等により調節することができる。後述のマイクロカプセルの製造方法も参照されたい。
【0024】
マイクロカプセル中に含有される水性媒体は、酵素、固体材料を形成する成分、場合により有効成分等を溶解する、水をベースとする溶媒である。水は、例えば、精製水、蒸留水、滅菌水等であり、好ましくは精製水である。
【0025】
マイクロカプセル内の水性溶媒中に溶解している酵素の種類は、基質に応じて選択される。該酵素は、十分な量の基質との反応によりマイクロカプセル内において予め定められた種類の環境変化を惹起し得るものである。環境変化は、酵素と基質との反応の結果として直接的または間接的に惹起されるものであり得る。酵素は、水溶性タンパク質または膜タンパク質であり得る。
【0026】
該環境変化は、例えば、pH変化、イオン強度変化、温度変化等が挙げられ、好ましくはpH変化である。
該pH変化は、用いられる固体材料の種類等に応じて異なるが、例えば1単位以上、好ましくは2単位以上、より好ましくは3単位以上のpH変化である。pH変化を惹起し得る酵素の具体例としては以下の通りである(括弧内は基質を示す):グルコースオキシダーゼ(グルコース)、フルクトキナーゼ(D−フルクトース)、D−アスパラギン酸オキシダーゼ(D−アスパラギン酸)、ピルビン酸シンターゼ(ピルビン酸)、2−オキソ酪酸シンターゼ(2−オキソ酪酸)、2−オキソグルタル酸シンターゼ(2−オキソグルタル酸)、アルデヒドフェレドキシンオキシドレダクターゼ(アルデヒド)、グリセルアルデヒド−3−リン酸デヒドロゲナーゼ(グリセルアルデヒド−3−リン酸)、3−メチル−2−オキソブタン酸デヒドロゲナーゼ(3−メチル−2−オキソブタン酸)、レチナールオキシダーゼ(レチナール)、アルデヒドオキシダーゼ(アルデヒド)、シュウ酸オキシダーゼ(シュウ酸)、ピリドキサールオキシダーゼ(ピリドキサール)、アリールアルデヒドオキシダーゼ(芳香族アルデヒド)等。
イオン強度変化を惹起し得る酵素の具体例としては以下の通りである(括弧内は基質を示す):ヌクレオチダーゼ(ヌクレオチド)、ホスホリパーゼC(リン脂質)、ホスホリパーゼA2(グリセロリン脂質)等。
温度変化を惹起し得る酵素の具体例としては以下の通りである(括弧内は基質を示す):ペルオキシダーゼ(グアヤコール)、乳酸脱水素酵素(ピルビン酸ナトリウム)、グルコース酸化酵素(β−D−グルコース)、コレステロール酸化酵素(コレステロール)、ウリカーゼ(尿酸)、カタラーゼ(過酸化水素)、ヘキソキナーゼ(D−グルコース)、トリプシン(ベンゾイル−L−アルギニンアミド)、ウレアーゼ(尿素)、ペニシリナーゼ(ペニシリンG)等。
【0027】
水性溶媒中の酵素の濃度としては、通常1mU/mL〜10000U/mL、好ましくは0.1U/mL〜100U/mLである。
【0028】
固体材料は、上記の環境変化に応じて溶解性が向上する物質から選択される。マイクロカプセルが生体への投与を目的とするものである場合、固体材料は生体適合性かつ生分解性のものであることが望ましい。固体材料を形成する成分は、例えば、ポリグルコサミン、アルギン酸、ポリアクリル酸、ポリアミン、アゾポリマーおよびオリゴマー、タンパク質、および核酸であり得る。該成分の具体例としては、キトサン、アルギン酸カルシウム等が挙げられる。該成分の分子量としては、通常500〜20000程度である。固体材料は、2種以上の異なる成分の混合物であってもよい。
例えば、基質がグルコース、酵素がグルコースオキシダーゼ、周囲水溶液のpHが約6である場合、酵素と基質との反応によりマイクロカプセル内のpHは約3まで低下し得る。pHが約6から約3に変化するときに、キトサンの溶解性は大きく上昇するため、上記のような系において、固体材料としてキトサンを好適に用いることができる。このように、当業者は、意図する周囲水溶液や、選択された基質や酵素の種類等に応じて適切な固体材料を選択することができる。
マイクロカプセル中に含有される固体材料の量としては、固体材料の種類、意図する自律振動の持続時間等に応じて異なるが、例えば0.1〜100μg、好ましくは1〜10μgである。
また、固体材料は、マイクロカプセル内に1または複数個であり得る。複数個の固体材料が存在するとき、それらは同一または異なる組成のものであり得る。
【0029】
マイクロカプセルに有効成分を含有させ、マイクロカプセルからの有効成分の放出をマイクロカプセルの自律振動に同期、即ち、マイクロカプセルの振動の状態(即ち、膨張期または収縮期)や体積と関連させることができる。有効成分の放出速度は、一般に、マイクロカプセルが収縮しておりかつ体積が大きいときに高く、マイクロカプセルの体積が小さいときや膨張期に低い。
【0030】
本発明において用いられ得る有効成分には、あらゆる活性物質が含まれる。有効成分は、好ましくは、周期的な投与が必要とされるものであり、一般に分子量が500〜10万程度のものである。有効成分としては、例えば、インスリン、自律神経調整薬、鎮痛剤等であり、より具体的には、例えば、インスリン、ドーパミン、ロキソプロフェン、ヒスタミンH2受容体拮抗薬、メトトレキサート、フルオロウラシル、トフィソパム、トリアゾラム、ゾピクロン、酒石酸ゾルピデム等が挙げられる。
マイクロカプセル中に含有される有効成分の含量としては、有効成分の種類、投与の目的、投与対象の状態等の様々な因子に応じて異なるが、例えば0.01〜100μg、好ましくは0.1〜10μgである。
【0031】
マイクロカプセル内における有効成分の存在様式としては、以下に限定されないが、例えば、固体材料を形成する成分自体が有効成分である、有効成分が水性溶媒中に少なくとも部分的に溶解している、有効成分が固体材料に担持されている、有効成分が膜に吸着している、等が挙げられ、好ましくは、固体材料を形成する成分自体が有効成分である。
【0032】
マイクロカプセルは、上述の構成成分に加えて、当該技術分野において一般に用いられる種々の添加物を適宜含有することができる。また、pH調整剤、溶解度調整剤、酵素反応調整剤(例えば、補酵素)等の種々の調整剤の使用により、マイクロカプセルの自律振動を制御することも可能である。
【0033】
マイクロカプセルの粒径は、通常0.05〜5000μmであり、好ましくは100nm〜1mm、より好ましくは10〜500μmである。マイクロカプセルの粒径を適切な大きさとすることで、マイクロカプセルの膨張および収縮と、固体材料を形成する成分または有効成分の放出とを効果的に関連させることが可能となる。また、同様の理由から、複数のマイクロカプセルを含有する形態で提供されるとき、粒径は可能な限り単分散であることが好ましい。マイクロカプセルの粒径は、市販の動的光散乱(DLS)測定装置を用いて測定することができる。
【0034】
本発明のマイクロカプセルは、溶媒中に1以上のマイクロカプセルが分散された形態(例えば、W/Oエマルション)、複数のマイクロカプセルが凝集された形態、乾燥または凍結乾燥等により調製された粉末形態、ゼラチンカプセル等のカプセル形態等、種々の形態で提供され得る。各種形態への調製は、当該分野で通常用いられる通常の方法を用いて行うことができる。
【0035】
本発明のマイクロカプセルは、例えば、水相と油相との境界面において皮膜を有する油中水型エマルションを製造するための自体公知の方法を用いて製造することができる。該方法としては、界面重合法、in situ重合法、液中硬化皮膜法(オリフィス法)等が挙げられ、好ましくは界面重合法である。特には膜を構成する材料の選択に応じて、当業者はマイクロカプセルを製造するための適切な方法を決定することができる。
【0036】
例えば、界面重合法を利用した製造は以下のようにして行うことができる。
酵素、固体材料を形成する成分、皮膜を構成する親水性高分子(例、キトサン、スペルミン等)を含有する水溶液を調製する。任意には、該水溶液中に有効成分を含有させてもよい。水溶液中の親水性高分子の濃度は0.01〜1重量%程度とする。親水性高分子の濃度が0.01重量%より小さいと、皮膜の形成が不能となり、1重量%より大きいと、作製後のマイクロカプセルの浸透圧のバランスが崩れ、破壊されるか、振動できないためである。
上述の水溶液は、界面活性剤を添加した油性溶媒に添加される。水溶液と油性溶媒との混合比としては通常1:10〜1:100である。混合液を通常0.1〜15分間、0〜1000rpm程度の速度で撹拌して、油中水型(W/O)エマルションを調製する。界面活性剤としては、非イオン性で親油性の高いものが通常用いられる。用いられる界面活性剤のHLBとしては、通常1.5〜8である。具体的には、例えば、ソルビタントリステアレート、ソルビタンセスキオレート、ソルビタンモノステアレート、ソルビタンモノパルミテート、ソルビタンモノオレエート、モノステアリン酸グリセリン、モノオレイン酸グリセリン、グリセロースモノステアレート、グリセロースモノオレエート等が用いられる。界面活性剤は、この中でも、ソルビタントリオレート(SPAN85)が親油性の高く安定したW/Oエマルションを調製できるため、特に好適である。界面活性剤は、W/Oエマルション中に通常0.01〜3重量%、好ましくは0.1〜1重量%となるように添加される。有機溶媒としては、シクロヘキサン、クロロホルム、四塩化炭素、ジクロロメタン、キシレン、ニトロベンゼン等が用いられ、中でも、安価かつ無毒性という点でシクロヘキサンおよびクロロホルムの混合有機溶媒が好ましく用いられる。
上述のW/Oエマルションは、反応試薬有機溶媒溶液を添加される。有機溶媒としては、上記と同様のものを用いることができ、その分量についても例えば上記の有機溶媒と同程度の量とすることができる。混合液を通常10〜120分間、0〜1000rpm程度の速度で撹拌して、W/Oエマルション内部でマイクロカプセル皮膜を形成させる。その後、反応試薬の濃度を減少させて重合反応を停止させる。ここで用いる反応試薬は、上述の親水性高分子の末端のアミノ基またはカルボキシル基と界面重合反応させる目的で添加されるものであり、酸無水物(無水マレイン酸、無水σ−フタル酸、無水コハク酸等)、酸ハロゲン化物(二塩化テレフタロイル、二塩化アジポイル、二塩化γ−ベンゾイルピメリン酸、二塩化γ−アセチルピメリン酸等)等が用いられる。この中でも、二塩化テレフタロイルは、有機溶媒となるシクロヘキサンとの溶解性が良いことから特に好適である。反応試薬の分量としては、通常0.01mM〜100mM、好ましくは1mM〜10mMである。
マイクロカプセルの形成後、当該分野における慣用技術を用いて適当な形態に調製してもよい。
【0037】
上記の製造方法において、温度、膜材濃度、界面活性剤濃度、反応試薬、撹拌速度、反応時間等の因子を考慮することにより、得られるマイクロカプセルの粒径や膜の特性を調節することができる。例えば、重合時間を長くすることでカプセル膜が厚くなるため、膜透過の拡散速度が遅くなり振動開始時間に影響する。この膜厚の変化はカプセル直径が大きいほど、顕著に変化する。従って、早く振動を発現させるには短い重合時間(例えば、20分)で比較的直径の小さいカプセルを作製する。振動発現を遅くするためには、重合時間を長くして(例えば、60分)比較的直径の大きいカプセルを作製する。
【0038】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【実施例】
【0039】
実施例1:糖応答性自律振動型マイクロカプセルの作製
本実施例では、糖の存在下で振動が開始されるマイクロカプセルの作製を目的とした。つまり、基質として糖を認識するとこれが引き金となり自律振動を開始する粒子の調製方法の確立を目指した。
グルコースオキシダーゼ(GOx)は酵素の一種であり、糖と反応するとpH3まで溶液pHを低下させる。粒子を自律振動させるには、環境変化によってカプセルの内包物質が溶解し、溶解した分子が周期的に放出される必要がある。ここでは、キトサンが低pHで水に溶解し易くなる性質を利用し、GOxと低分子キトサンを内包したキトサン-GOx内包マイクロカプセルの調製を試みた。また、調製したキトサン-GOx内包マイクロカプセルのグルコース水溶液中での体積変化挙動を確認した。
【0040】
[調製方法]
マイクロカプセルの調製は以下の通りにして行った。
1) キトサン(Mw=5000)0.015 gをpH6.5に調製した蒸留水に溶かし、1.5 wt%のキトサン水溶液(W相)を調製した。その水溶液(10 ml)にキトサン10(Mw=22000)、Glucose Oxidase(GOx)をそれぞれ0.3 gずつ加えた。
2) 1%のSpan85を含むシクロヘキサンとクロロホルムの混合有機溶媒(O相)(シクロヘキサン:クロロホルム=2:1)を1)で調製した水相とほぼ同じ比重にして調製した。
3) 二塩化テレフタロイル1.01 gを混合有機溶媒100 mlに溶解させ、2つ目のO相を調製した。
4) 2)のO相30 mlを室温で攪拌しながら1)で調製したW相を5 ml加え、25分間10 rpmで攪拌してW/Oエマルションを作った。このエマルションに2つ目のO相3 mlを加え、さらに10 rpmで攪拌した。
5) 90分間の重合後、界面重合反応を止めるため、カプセルをシクロヘキサン中に移し攪拌した後上澄み液を取り除き再びシクロヘキサンを加えた。これを繰り返すことで反応剤濃度を減らし、重合反応を止めた。
6) 作製したカプセルをシクロヘキサン中で沈殿させ、上澄みを排除した後、マイクロカプセルをガラスシャーレに入れ、デシケーター内で1日間乾燥させた。
7) このカプセルを蒸留水(pH12.8)で洗浄した後、pH5.8のグルコース水溶液に浸漬し、これらのカプセルの顕微鏡像を経時的にCCDカメラで撮影した。取り込むことで、得られたマイクロカプセルの顕微鏡像から任意雰囲気下でのカプセルの体積変化挙動を評価した。
【0041】
[結果]
調製したキトサン-GOx内包マイクロカプセル内には、白い芯物質が詰まっていた(図1)。pH5.8のグルコース水溶液に浸漬後、約20分後にカプセルの自律振動が確認された(図2)。周期約200分、振幅約100μmと非常にゆっくりとした振動が確認された。またこの振動の際には微細な振動(周期約1分、振幅約1μm)も確認された。カプセル内の芯物質は浸漬の約20分後から溶解し始め、1000分後にもカプセル内で視的に確認できた。メカニズムの考察から、1000分以上でも振動が持続すると考えられる。
【0042】
試験例:グルコース応答型自律振動マイクロカプセルの挙動解析
本発明のグルコース応答型自律振動マイクロカプセルについて、グルコース溶液に浸漬後の直径および564nm(芯物質(固体材料)の最大吸収波長(Texas Red標識キトサン))における吸光度の経時的変化を測定した。その結果、マイクロカプセルの体積振動に同期してキトサンの放出が生じることが確かめられた(図3の左図;右図は左図の(a)−(d)の各時点におけるカプセル像を示す。)。この結果は、本発明のグルコース応答型自律振動マイクロカプセルでは、グルコースオキシダーゼがグルコースと反応することでpH変化を惹起し、それによりマイクロカプセルの体積膨張がもたらされ、また体積膨張によりキトサンの放出速度が上昇するという機構を示唆している。
図1
図2
図3