(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
60nm以上、90nm以下の平均結晶粒径を有するニオブ酸カリウムナトリウム系の圧電体薄膜と、前記圧電体薄膜を挟んで保持するように構成された一対の電極膜とを備え、
前記電極膜と垂直な方向の前記圧電体薄膜の断面構造が、前記圧電体薄膜の膜厚方向に複数の粒子が存在する部分を含み、前記複数の粒子が存在する部分を構成する粒子の総断面積の割合が前記圧電体薄膜の総断面積の50%以上90%以下である薄膜圧電素子。
前記圧電体薄膜が、Li(リチウム)、Sr(ストロンチウム)、Ba(バリウム)、Zr(ジルコニウム)、およびTa(タンタル)から選択される少なくとも3種の元素を含む、請求項1または2に記載の薄膜圧電素子。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照しながら、本発明の好適な一実施形態について詳細に説明する。
【0021】
図1は、本発明の一実施形態に係る薄膜圧電素子10の構成を示す。
【0022】
基板1は、単結晶シリコン、サファイア、酸化マグネシウム、または同様のもので構成され、特にコストおよびプロセスでの取り扱いのしやすさの観点から単結晶シリコンが好ましい。基板1の厚さは通常10〜1000μmである。
【0023】
基板1上に下部電極膜2を形成する。材料として、Pt(白金)およびRh(ロジウム)が好ましい。形成方法は蒸着法またはスパッタリング法である。膜厚は50〜1000nmであることが好ましい。
【0024】
下部電極膜2上に圧電体薄膜3を形成する。圧電体薄膜3は、60nm以上、90nm以下の平均結晶粒径を有するニオブ酸カリウムナトリウム系の圧電体薄膜である。
【0025】
60nm未満の平均結晶粒径の場合は、圧電特性−d31が低下して薄膜圧電素子の実用上十分な値よりも低くなり、その一方、90nmを超える平均結晶粒径の場合は、電極膜間でのリーク電流が増加して薄膜圧電素子の実用上の上限値よりも高くなる。平均結晶粒径が小さくなると、圧電体薄膜3の膜厚における複数の結晶粒子の堆積が可能になる。
図3Aおよび3Bにこれを模式的に示した。同図では、電極膜間において粒子の粒界は複雑に入り組み、電極膜間での粒界のトータル距離を増大させる。
【0026】
電極膜と垂直な方向の圧電体薄膜3の断面は、圧電体薄膜3の膜厚方向に複数の粒子が存在する部分を含み、複数の粒子が存在する部分を構成する粒子の総断面積の割合が圧電体薄膜3の総断面積の50%以上であることが好ましく、70%以上であることがより好ましい。圧電体薄膜3の膜厚方向に複数の粒子が存在する部分の総断面積の、膜の総断面積に対する割合が上述の範囲内にあると、電極膜間における粒界は複雑に入り組み、粒界の長さが長くなり、それにより、電極膜間のリーク電流は低減する。
【0027】
圧電体薄膜3は、Mn(マンガン)を含有することが好ましい。この場合には、薄膜圧電素子10のリーク電流を低減することができるとともに、より高い圧電特性−d31を得ることが可能となる。
KNN薄膜へのMn(マンガン)の添加を通じて孔密度および酸素空孔を低減することによってリーク電流特性を向上させる技術が知られている。
【0028】
圧電体薄膜3は、Li(リチウム)、Sr(ストロンチウム)、Ba(バリウム)、Zr(ジルコニウム)、Ta(タンタル)のうち、少なくとも3種の元素を含むことが好ましい。薄膜3がこれらの元素を含むと、リーク電流を低減することができるとともに、より高い圧電特性−d31を得ることが可能となる。
圧電体薄膜3は、主成分として成膜プロセスにおいて蒸着させやすいK(カリウム)およびNa(ナトリウム)を含み、上記の元素の添加は圧電体薄膜内のアルカリ金属の組成を安定させる。そのため、我々は狙い通りの圧電体薄膜の組成を得ることができる。
さらに、上記の元素の添加は高温下のプロセスにおける圧電体薄膜内の脱分極を生じさせない傾向にあり、薄膜圧電素子の信頼性を向上させることができる。
【0029】
圧電体薄膜3の膜厚は特に限定されず、例えば、0.5μm〜10μm程度とすることができる。
【0030】
次に、圧電体薄膜3上に上部電極膜4を形成する。材料は、下部電極膜2と同じであるPtまたはRhが好ましい。膜厚は50nm〜1000nmであることが好ましい。
【0031】
次に、フォトリソグラフィおよびドライエッチングもしくはウェットエッチングにより圧電体薄膜3を含む積層体をパターニングし、最後に基板1を切断して薄膜圧電素子10を得る。薄膜圧電素子10から基板1を除去し、積層体のみを含む薄膜圧電体薄膜を作製してもよい。また、積層体をパターニングした後に、ポリイミドまたは同様のものを用いて保護膜を形成してもよい。
【0032】
本発明の実施形態に係る圧電体薄膜3の評価方法は、以下のとおりである。
(1)平均結晶粒径の算出:
形成後の圧電体薄膜3の表面を走査型電子顕微鏡(以下「SEM」という)により画像倍率5000倍の視野において観察し、続いて、その結果得られる像の画像解析を行う。各結晶粒子の直径を、形状を円形状と近似して求める。近似の結晶粒径の平均値を平均結晶粒径と見なす(
図4参照)。
(2)圧電体薄膜3の膜厚方向に複数の粒子が存在する面積の割合の算出:
圧電体薄膜3上に上部電極膜4を形成した後、圧電体薄膜3を圧電体薄膜3の厚み方向に、機械または集束イオンビーム(以下「FIB」という)により切断し、切断面をSEMまたは透過型電子顕微鏡(以下「TEM」という)で画像倍率10000倍において観察する。圧電体薄膜3の膜厚方向に複数の粒子が存在する部分内の結晶粒子の総断面積を求め、総断面積を観察範囲内の断面の総面積で割る(
図3Aおよび3B参照)。
(3)電極膜間のリーク電流密度の測定:
基板1を5mm×20mmのサイズに切断して薄膜圧電素子10を作製し、その後、それを、その上部および下部電極膜2および4間にDC±20Vを印加して測定する。評価装置として強誘電体評価システムTF−1000(aixACCT社製)を用いる。電圧印加時間は2秒である。
(4)圧電定数−d31の測定:
薄膜圧電素子10の上部および下部電極膜2および4の間に700Hzにおける3V
p−pおよび20V
p−pの電圧を印加し、レーザードップラー振動計とオシロスコープを用いて薄膜圧電素子10の先端部における変位を測定する。
圧電定数−d31は以下の式(1)に基づく計算によって求めることができる。
【数1】
h
s:Si基板の厚さ[400μm]、S
11,p:KNN薄膜の弾性コンプライアンス[1/104GPa]、S
11,s:Si基板の弾性コンプライアンス[1/168GPa]、L:駆動部の長さ[13.5mm]、δ:変位量、V:印加電圧
【0033】
(実施形態1)
圧電体薄膜3(KNN薄膜)の下地膜を形成するために、単結晶シリコンで構成される基板1上に下部電極膜2を結晶成長によって形成する。下部電極膜2はPt膜であり、50〜1000nmの膜厚を有する。形成方法はスパッタリング法であり、基板1を500℃に加熱しながら膜を形成する。
【0034】
続いて、(K、Na)NbO
3スパッタリングターゲットを用い、圧電体薄膜3(KNN薄膜)を形成する。形成方法はスパッタリング法であり、下部電極膜2と同様に、基板1を高温にした条件下で圧電体薄膜3を形成する。
【0035】
基板温度を520℃〜460℃に設定する。520℃以下の基板温度において、結晶成長は阻害され、結果として圧電体薄膜3の平均結晶粒径は小さくなる。460℃以上の設定温度において、圧電体薄膜3の平均結晶粒径が小さくなりすぎることを防ぐことができ、圧電定数−d31の劣化を防ぐことができる。
【0036】
上述したように、平均結晶粒径が小さくなると、圧電体薄膜3の膜厚における複数の結晶粒子の堆積が可能になる。
図3Aおよび3Bにこれを模式的に示した。同図では、電極膜間において粒子の粒界は複雑に入り組み、電極膜間での粒界のトータル距離を増大させる。
【0037】
本発明の発明者らは以下のリークパスの形成メカニズムを推定する。リークパスの主要因は粒界における酸素欠陥にある。酸索欠陥は粒界すべてに均一分布するのではなく、熱履歴、成膜時の酸素分圧、膜厚、添加物の量など等の要因により、部分的に生じる。粒界のトータル距離が増大するほど、粒界のトータル距離に対する酸素欠陥が存在している箇所の割合が減り、その結果リークパスが減る。仮にひとつの粒界によるリークパスの発生率をA%、膜厚方向に堆積した結晶粒子の数をNとしたとき、結晶粒子によって連続したリークパスを生じさせるリスクはA
N%となる。これに対し、
図2Aに示したように、結晶性が高くなると、電極膜間に堆積している結晶粒子の数は1であり、それゆえ、粒界のためにリークパスを生じさせるリスクはA%となる。A>A
Nとなることは必須であるから、膜厚方向における複数の結晶粒子の堆積は電極膜間のリーク電流を低減する効果を有する。
【0038】
しかし、前記のとおり、平均結晶粒径を小さくしすぎることにより、圧電特性−d31が低下する。したがって、平均結晶粒径を適正な範囲に制御することで、薄膜圧電素子10として求められる圧電特性を維持しつつ、リーク電流の低減を実現する必要がある。
【0039】
次に、圧電体薄膜3(KNN薄膜)の表面内の平均結晶粒径を前述の方法によって計測する。
【0040】
続いて、圧電体薄膜3上に上部電極膜4をスパッタリング法により形成する。下部電極膜2と同様に、材料はPt膜であることが好ましい。膜厚は50〜1000nmである。
【0041】
次に、フォトリソグラフィおよびドライエッチングもしくはウェットエッチングにより圧電体薄膜3を含む積層体をパターニングし、最後に基板1を5mm×20mmのサイズに切断し、複数の薄膜圧電素子10を得る。
【0042】
得られた薄膜圧電素子10のうちの1つを切断し、前述の方法によって断面における複数の粒子が存在する面積の割合を求める。また、薄膜圧電素子10のうちの別のものを用いて電極膜間のリーク電流密度と圧電定数−d31を測定する。実用上の見地から、薄膜圧電素子10は、1×10
−6A/cm
2以下のリーク電流密度、および70pm/V以上の−d31を有する必要がある。
【0043】
(実施形態2)
実施形態1で用いた(K、Na)NbO
3スパッタリングターゲットに代えて、(K、Na)NbO
3、および添加剤として0.1〜3.0原子%の範囲で加えたMnを含有するスパッタリングターゲットを用いる。3.0原子%以下のMn添加量により圧電体薄膜3(KNN薄膜)の−d31の減少を抑えられる傾向にあり、0.1原子%以上のMn添加量により電極膜間でのリーク電流低減の効果を得やすい傾向にある。
【0044】
基板温度を520℃〜480℃に設定する。520℃以下の基板温度において、結晶成長は阻害され、結果として圧電体薄膜3の平均結晶粒径は小さくなる。480℃以上の設定温度において、圧電体薄膜3の平均結晶粒径が小さくなりすぎることを防ぐことができ、圧電定数−d31の劣化を防ぐことができる。スパッタリングターゲットと基板設定温度以外の条件は実施形態1におけるのと同様である。
【0045】
(実施形態3)
実施形態1で用いたスパッタリングターゲット(K、Na)NbO
3に代えて、Li、Sr、Ba、Zr、Taから選ばれ、添加剤として加える少なくとも3つの添加剤をさらに含有するスパッタリングターゲットを用いた。添加する元素の量の範囲は、Li:0.1〜3.0原子%、Sr:0.5〜6.0原子%、Ba:0.05〜0.3原子%、Zr:0.5〜6.0原子%、およびTa:0.01〜15原子%である。添加する各元素の量の上限を上記の値に設定することで、圧電定数−d31の劣化を防ぐ傾向にある。添加する各元素の量の下限を上記の値に設定することで、圧電定数−d31を向上させる傾向にある。加えて、Mnを実施形態2におけるのと同様の範囲で加えてもよい。
【0046】
基板温度を520℃〜470℃に設定する。520℃以下の基板温度において、結晶成長は阻害され、結果として圧電体薄膜3(KNN薄膜)の平均結晶粒径は小さくなる。470℃以上の設定温度において、圧電体薄膜3の平均結晶粒径が小さくなりすぎることを防ぐことができ、圧電定数−d31の劣化を防ぐことができる。スパッタリングターゲットと基板設定温度以外の条件は実施形態1におけるのと同様である。
【0047】
(圧電アクチュエータ)
図5Aは、これらの圧電要素を含む圧電アクチュエータの一例としてのハードディスクドライブ上に装着されたヘッドアセンブリの構造図である。この図に示すように、ヘッドアセンブリ200は、その主なる構成要素として、ベースプレート9、ロードビーム11、フレクシャ17、駆動要素の役割を果たす第1および第2の圧電要素13、ならびにヘッド素子19aを備えたスライダ19を含む。
【0048】
この点において、ロードビーム11は、ビーム溶接または同様のものによりベースプレート9に固着されている基端部11bと、この基端部11bから先細り状に延在する第1および第2の板バネ部11cおよび11dと、第1および第2の板バネ部11cおよび11dの間に配置された開口部11eと、第1および第2の板バネ部11cおよび11dに連続して直線的かつ先細り状に延在するビーム主部11fと、を含む。
【0049】
第1および第2の圧電要素13は、互いからの所定の距離を保ちつつ、フレクシャ17の一部である配線用フレキシブル基板15上に配置されている。スライダ19はフレクシャ17の先端部に固定されており、第1および第2の圧電要素13の伸縮に応じて回転される。
【0050】
第1および第2の圧電要素13は、第一電極層、第二電極層、および第一電極層と第二電極層との間に挟まれた圧電層から形成される。この圧電層として、本発明に係る、小さなリーク電流および大きな変位量を呈する圧電層を用いることによって、高い耐電圧および十分な変位量を得ることができる。
【0051】
図5Bは、上記の圧電要素を含む圧電アクチュエータの他の例としてのインクジェットプリンタヘッドの圧電アクチュエータの構成図である。
【0052】
圧電アクチュエータ300は、基板20上に、絶縁層23、下部電極層24、圧電層25、および上部電極層26を積層することによって形成されている。
【0053】
所定の吐出信号が供給されず下部電極層24と上部電極層26との間に電圧が印加されていない場合、圧電層25には変形は生じない。吐出信号が供給されていない圧電要素が設けられている圧力室21には、圧力変化が生じず、そのノズル27からインク滴は吐出されない。
【0054】
一方、所定の吐出信号が供給され、下部電極層24と上部電極層26との間に一定電圧が印加された場合、圧電層25に変形が生じる。吐出信号が供給された圧電要素が設けられている圧力室21では絶縁膜23が大きくたわむ。このため、圧力室21内の圧力が瞬間的に高まり、ノズル27からインク滴が吐出される。
【0055】
ここで、圧電層として、本発明に係る、小さなリーク電流および大きな変位量を呈する圧電層を用いることによって、高い耐電圧および十分な変位量を得ることができる。
【0056】
(圧電センサ)
図6Aは、上記の圧電要素を含む圧電センサの一例としてのジャイロセンサの構造図(平面図)である。
図6Bは、
図6Aに示した線A−Aに沿って見た断面の断面図である。
【0057】
ジャイロセンサ400は、基部110と、基部110の一面に接続される2つのアーム120および130を設けたチューニングフォーク振動子型の角速度検出素子である。このジャイロセンサ400は、上述の圧電要素を構成する圧電層30、上部電極層31、および下部電極層32をチューニングフォーク振動子の形状と一致するように微細加工することによって得られる。個々の部分(基部110ならびにアーム120および130)は圧電要素によって一体的に形成される。
【0058】
一方のアーム120の第一の主面には、駆動電極層31aおよび31b、ならびに検出電極層31dがそれぞれ配置されている。同様に、他方のアーム130の第一の主面には、駆動電極層31aおよび31b、ならびに検出電極層31cがそれぞれ配置されている。これらの電極層31a、31b、31c、および31dはそれぞれ、上部電極層31を所定の電極形状にエッチングすることにより得られる。
【0059】
その一方で、基部110ならびにアーム120および130の第二の主面(第一の主面の裏側の主面)にべた状に配置されている下部電極層32は、ジャイロセンサ400のグランド電極として機能する。
【0060】
ここで、それぞれのアーム120および130の長手方向をZ方向と指定し、2つのアーム120および130の主面を含む平面をXZ平面と指定し、それにより、XYZ直交座標系を定義する。
【0061】
駆動電極層31aおよび31bに駆動信号が供給されると、2つのアーム120および130は、面内振動モードで励振される。面内振動モードとは、2つのアーム120および130の主面に平行な向きに2つのアーム120および130が励振される振動モードのことを称する。例えば、一方のアーム120が−X方向に速度V1で励振されているとき、他方のアーム130は+X方向に速度V2で励振される。
【0062】
回転軸をZ軸と指定してこの状態でジャイロセンサ400に角速度ωの回転が加わる場合には、2つのアーム120および130のそれぞれに速度の方向に直交する向きにコリオリ力が作用し、面外振動モードで励振が起きる。面外振動モードとは、2つのアーム120および130の主面に直交する向きに2つのアーム120および130が励振される振動モードのことを称する。例えば、一方のアーム120に作用するコリオリ力F1が−Y方向であるとき、他方のアーム130に作用するコリオリ力F2は+Y方向である。
【0063】
コリオリ力F1およびF2の大きさは角速度ωに比例し、したがって、コリオリ力F1およびF2によるアーム120および130の機械的な歪みを圧電層30によって電気信号(検出信号)に変換し、それらを検出電極層31cおよび31dから取り出すことにより角速度ωを求めることができる。
【0064】
この圧電層として、本発明に係る、小さなリーク電流および大きな変位量を呈する圧電層を用いることによって、高い耐電圧および十分な検出感度を得ることができる。
【0065】
図6Cは、上記の圧電要素を含む圧電センサの第2の例としての圧力センサの構成図である。
【0066】
圧力センサ500は、圧力の印加に応答するための空洞45を有し、加えて、圧電要素40を支える支持部材44と、電流増幅器46と、電圧測定器47とから形成されている。圧電要素40は、共通電極層41、圧電層42、および個別の電極層43を含み、これらは支持部材44上にその順序で積層されている。ここで、外力がかかると圧電要素40がたわみ、電圧測定器47で電圧が検出される。
【0067】
この圧電層として、本発明に係る、小さなリーク電流および大きな変位量を呈する圧電層を用いることによって、高い耐電圧および十分な検出感度を得ることができる。
【0068】
図6Dは、上記の圧電要素を含む圧電センサの第3の例としての脈波センサの構成図である。
【0069】
脈波センサ600は、基材51上に送信用圧電要素、および受信用圧電要素を搭載した構成となっている。ここで、送信用圧電要素においては、膜厚方向の送信用圧電層52の2つの表面上に電極層54aおよび55aが配置され、受信用圧電要素においては、膜厚方向の受信用圧電層53の2つの表面上に電極層54bおよび55bが同様に配置されている。加えて、基材51上には電極56および上面用電極57が配置されており、電極層54bおよび55bはそれぞれ配線で上面用電極57に電気的に接続されている。
【0070】
生体の脈を検出するには、先ず、脈波センサ600の基板裏面(圧電要素が搭載されていない面)を生体に当接させる。そして、脈の検出時に、送信用圧電要素の両電極層54aおよび55aに特定の駆動用電圧信号を出力させる。送信用圧電要素は、両電極層54aおよび55aに入力された駆動用電圧信号に応じて励振し、それにより、超音波を発生し、該超音波を生体内に送信する。生体内に送信された超音波は血流により反射され、受信用圧電要素により受信される。受信用圧電要素は、受信した超音波を電圧信号に変換して、両電極層54bおよび55bから出力する。
【0071】
両圧電層として、本発明に係る、小さなリーク電流および大きな変位量を呈する圧電層を用いることによって、高い耐電圧および十分な検出感度を得ることができる。
【0072】
(ハードディスクドライブ)
図7は、
図5Aに示したヘッドアセンブリを搭載したハードディスクドライブの構成図である。
【0073】
ハードディスクドライブ700は、筐体60内に、記録媒体としての役割を果たすハードディスク61と、これに磁気情報を記録および再生するヘッドスタックアセンブリ62とが設けられている。図には示されていないが、ハードディスク61はモータによって回転させられる。
【0074】
ヘッドスタックアセンブリ62においては、ボイスコイルモータ63により支軸周りに回転自在に支持されたアクチュエータアーム64と、このアクチュエータアーム64に接続されたヘッドアセンブリ65とから形成される組立て体を、図の奥行き方向に複数個積層している。ヘッドアセンブリ65の先端部には、ハードディスク61に対向するようにヘッドスライダ19が取り付けられている(
図5A参照)。
【0075】
ヘッドアセンブリ65に関しては、ヘッド素子19a(
図5A参照)を2段階で変動させる形式を採用している。ヘッド素子19aの比較的大きな移動はボイスコイルモータ63に基づくヘッドアセンブリ65およびアクチュエータアーム64の全体の駆動で制御し、微小な移動はヘッドアセンブリ65の先端部によるヘッドスライダ19の駆動により制御する。
【0076】
このヘッドアセンブリ65のために用いられるこの圧電要素内の圧電層として、本発明に係る、小さなリーク電流および大きな変位量を呈する圧電層を用いることによって、高い耐電圧および十分なアクセス性を得ることができる。
【0077】
(インクジェットプリンタ装置)
図8は、
図5Bに示したインクジェットプリンタヘッドを搭載したインクジェットプリンタ装置の構成図である。
【0078】
インクジェットプリンタ装置800は、主にインクジェットプリンタヘッド70、本体71、トレイ72、およびヘッド駆動機構73を含んで構成されている。
【0079】
インクジェットプリンタ装置800は、イエロー、マゼンダ、シアン、およびブラックの計4色のインクカートリッジを備えており、フルカラー印刷を遂行することができるように構成されている。また、このインクジェットプリンタ装置800は、内部に専用のコントローラボードおよび同様のものを備えており、インクジェットプリンタヘッド70のインク吐出タイミングおよびヘッド駆動機構73の走査を制御する。その一方で、本体71は背面にトレイ72を備えるとともに、内部にオートシートフィーダ(自動連続給紙機構)76を備え、それにより、記録用紙75を自動的に送り出し、正面に取り付けた排出口74から記録用紙75を排紙する。
【0080】
このインクジェットプリンタヘッド70の圧電アクチュエータのために用いられる圧電要素内のこの圧電層として、本発明に係る、小さなリーク電流および大きな変位量を呈する圧電層を用いることによって、高い耐電圧および高い安全性を有するインクジェットプリンタ装置を提供することができる。
【実施例】
【0081】
以下、実施例および比較例に基づいて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0082】
(実施例1)
圧電体薄膜3の役割を果たすKNN薄膜の下地膜を形成するために、単結晶Siの基板1上に下部電極膜2を結晶成長によって形成した。下部電極膜2はPt膜を含み、200nmの膜厚を有するものであった。スパッタリング法によって、基板を500℃にした条件下で下部電極膜2を形成した。
【0083】
続いて、(K、Na)NbO
3スパッタリングターゲットを用い、KNN薄膜を成膜した。スパッタリング法によって、基板を520℃にした条件下でKNN膜を形成した。KNN膜の膜厚は2.0μmであった。
【0084】
圧電体薄膜3の平均結晶粒径を評価するため、SEMを用いて圧電体薄膜3の表面を観察した。5000倍の観察倍率において膜表面のSEM像を撮影し、続いて画像解析を行った。各結晶粒子の直径を、形状を円形状と近似して求めた。結晶粒子の近似の直径の平均値を平均結晶粒径と見なした。本実施例では、平均結晶粒径は90nmであった。
【0085】
次に、Ptを成膜して上部電極膜4を形成した。形成方法として下部電極膜2のためのものと同じスパッタリング法を用いたが、基板温度は200℃であった。膜の厚さは200nmであった。
【0086】
次に、フォトリソグラフィおよびドライエッチングもしくはウェットエッチングにより圧電体薄膜3を含む積層体をパターニングし、さらに基板を5mm×20mmのサイズに切断し、複数の薄膜圧電素子10を得た。
【0087】
圧電体薄膜3の膜厚方向に複数の粒子が存在する面積の割合を求めた。圧電体薄膜3の断面を観察するため、FIBを用いて薄膜圧電素子10の一部を膜厚方向に切断し、切断面を形成した。切断面をTEMにより10000倍の観察倍率にて観察し、断面画像を形成した。そして、圧電体薄膜3の膜厚方向に複数の粒子が存在する部分内の結晶粒子の面積の総和を求め、それを観察範囲内の断面の総面積で割り、膜厚方向に複数の粒子が存在する面積の割合を算出した。得られた割合は42%であった。
【0088】
また、別の薄膜圧電素子10の圧電特性−d31を評価した。薄膜圧電素子10の上部および下部電極膜の間に700Hzにおける3V
p−pおよび20V
p−pの電圧を印加し、レーザードップラー振動計とオシロスコープを用いて薄膜圧電素子10の先端部における変位を測定した。
圧電定数−d31は以下の式(1)に基づく計算によって求めた。
【数2】
h
s:Si基板の厚さ[400μm]、S
11,p:KNN薄膜の弾性コンプライアンス[1/104GPa]、S
11,s:Si基板の弾性コンプライアンス[1/168GPa]、L:駆動部の長さ[13.5mm]、δ:変位量、V:印加電圧
圧電定数−d31は3V
p−pの時は89(pm/V)、20V
p−pの時は89(pm/V)であった。
【0089】
表1は、実施例1における圧電体薄膜3の成膜時の基板温度、膜厚、平均結晶粒径、断面での体積粒子の、総断面積に対する面積割合、リーク電流密度、および圧電定数−d31を示す。
【0090】
(実施例2〜7および比較例1〜3)
表1に示した基板温度にて圧電体薄膜3を形成したこと以外は実施例1におけるのと同様にして薄膜圧電素子10を作製し、その特性に関して評価した。作製条件および評価結果を表1に示す。
【0091】
(実施例8〜12ならびに比較例4および5)
圧電体薄膜3を形成するために、0.4原子%のMnを含有する(K、Na)NbO
3スパッタリングターゲットを用い、表1に示した基板温度にて圧電体薄膜3を形成した。実施例1におけるのと同様の他の条件下で、薄膜圧電素子10を作製し、その特性を評価した。作製条件および評価結果を表1に示す。
【0092】
(実施例13〜16ならびに比較例6および7)
圧電体薄膜3を形成するために、1.5原子%のLi、0.1原子%のBa、および4原子%のTaを含有する(K、Na)NbO
3スパッタリングターゲットを用い、表1に示した基板温度にて圧電体薄膜3を形成した。実施例1におけるのと同様の他の条件下で、薄膜圧電素子10を作製し、その特性を評価した。作製条件および評価結果を表1に示す。
【0093】
(実施例17〜20ならびに比較例8および9)
圧電体薄膜3を形成するために、0.4原子%のMn、1.5原子%のLi、0.1原子%のBa、および4原子%のTaを含有する(K、Na)NbO
3スパッタリングターゲットを用い、表1に示した基板温度にて圧電体薄膜3を形成した。実施例1におけるのと同様の他の条件下で、薄膜圧電素子10を作製し、その特性を評価した。作製条件および評価結果を表1に示す。
【0094】
(実施例21〜24ならびに比較例10および11)
圧電体薄膜3を形成するために、0.4原子%のMn、1.5原子%のLi、3.0原子%のSr、0.1原子%のBa、3.0原子%のZr、および4原子%のTaを含有する(K、Na)NbO
3スパッタリングターゲットを用い、表1に示した基板温度にて圧電体薄膜3を形成した。実施例1におけるのと同様の他の条件下で、薄膜圧電素子10を作製し、その特性を評価した。作製条件および評価結果を表1に示す。
【0095】
60nm以上、90nm以下の平均結晶粒径を有するKNN薄膜と、このKNN薄膜を挟んで保持するように形成された一対の電極膜とを各々含む実施例1〜24の薄膜圧電素子10は、範囲外の平均結晶粒径を有する比較例1〜11におけるよりも、20V
p−pの時に大きい圧電定数−d31を有することが確認された。これは、実用上必要とされる最低限である、1.0×10
−6A/cm
2以下のリーク電流密度の特性、および平均結晶粒径を60nm以上、90nm以下に制御することで確保できる圧電特性の双方を実施例1〜24の薄膜圧電素子10に提供することにより実現される。3V
p−pの時により大きな圧電定数−d31を有する比較例1では、高いリーク電流密度のために20V
p−pにおいて圧電定数−d31が正常に計測できないので、20V
p−pの時の圧電定数−d31が低い。
【0096】
60nm以上、90nm以下の平均結晶粒径を有し、かつ断面での50%以上の堆積粒子面積比を有するKNN薄膜を各々含む実施例2〜24の薄膜圧電素子10は、60nm以上、90nm以下の平均結晶粒径を有するものの、断面での50%以下の堆積粒子面積比を有するKNN薄膜を含む実施例1の薄膜圧電素子10のものよりも低いリーク電流密度を呈することも確認された。
【0097】
60nm以上、90nm以下の平均結晶粒径を有し、Mnを含むKNN薄膜を各々含む実施例8〜12の薄膜圧電素子10のリーク電流密度を、実施例8〜12におけるのとだいたい同じ(±5%)平均結晶粒径を有するものの、Mnを含まないKNN薄膜を各々含む実施例1〜7の薄膜圧電素子10のリーク電流密度と比較すると、実施例8〜12の薄膜圧電素子10の方がより低いリーク電流密度を有することが確認された。
【0098】
60nm以上、90nm以下の平均結晶粒径を有し、Li、Ba、Ta、Sr、およびZrから選ばれる3つの元素を含むKNN薄膜を各々含む実施例13〜16の薄膜圧電素子10は、これらの元素を含まない実施例1〜12の薄膜圧電素子10のものよりも高い圧電定数−d31を呈することがさらに確認された。他の3つの元素を選択した場合には、ほとんど同じ結果が得られた。
【0099】
60nm以上、90nm以下の平均結晶粒径を有し、Mn、Li、Ba、およびTaを含むKNN薄膜を各々含む実施例17〜20の薄膜圧電素子10は、Li、Ba、およびTaのみを含み、Mnを含まないKNN薄膜を各々含む実施例13〜16の薄膜圧電素子10のものよりも低いリーク電流密度を呈することがさらに確認された(だいたい同じ(±5%)平均結晶粒径を有するKNN薄膜同士の比較)。また、実施例17〜20の方がより高い圧電定数−d31を有することが確認された。
【0100】
60nm以上、90nm以下の平均結晶粒径を有し、Mn、Li、Ba、Ta、Sr、およびZrを含むKNN薄膜を各々含む実施例21〜24の薄膜圧電素子10は、60nm以上、90nm以下の平均結晶粒径を有し、Mn、Li、Ba、およびTaを含むKNN薄膜を各々含む実施例17〜20の薄膜圧電素子10のものよりも高い圧電定数−d31を呈することがさらに確認された。
本発明に係る圧電アクチュエータは、増大した抗電界を有する薄膜圧電素子を含み、変形特性を向上させることができ、本発明に係る圧電センサは、増大した抗電界を有する薄膜圧電素子を含み、検出感度を向上させることができる。したがって、高性能のハードディスクドライブおよびインクジェットプリンタ装置を提供することができる。
【表1】