特許第6071211号(P6071211)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6071211低磁歪高磁束密度複合軟磁性材とその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6071211
(24)【登録日】2017年1月13日
(45)【発行日】2017年2月1日
(54)【発明の名称】低磁歪高磁束密度複合軟磁性材とその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/26 20060101AFI20170123BHJP
   H01F 41/02 20060101ALI20170123BHJP
   B22F 1/02 20060101ALI20170123BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20170123BHJP
   B22F 3/02 20060101ALI20170123BHJP
   B22F 3/00 20060101ALI20170123BHJP
   C22C 33/02 20060101ALI20170123BHJP
   B22F 1/00 20060101ALI20170123BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20170123BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20170123BHJP
【FI】
   H01F1/26
   H01F41/02 D
   B22F1/02 E
   B22F3/24 B
   B22F3/02 M
   B22F3/00 B
   C22C33/02 M
   B22F1/00 Y
   C22C38/00 303S
   H01F1/147 166
【請求項の数】9
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2012-35434(P2012-35434)
(22)【出願日】2012年2月21日
(65)【公開番号】特開2012-191192(P2012-191192A)
(43)【公開日】2012年10月4日
【審査請求日】2014年10月23日
(31)【優先権主張番号】特願2011-35752(P2011-35752)
(32)【優先日】2011年2月22日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】306000315
【氏名又は名称】株式会社ダイヤメット
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100108578
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 詔男
(72)【発明者】
【氏名】池田 裕明
(72)【発明者】
【氏名】田中 寛
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 和則
【審査官】 池田 安希子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−192897(JP,A)
【文献】 特開平08−134605(JP,A)
【文献】 特開2006−135164(JP,A)
【文献】 特開2009−032880(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/26
B22F 1/00
B22F 1/02
B22F 3/00
B22F 3/02
B22F 3/24
C22C 33/02
C22C 38/00
H01F 1/147
H01F 41/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mg含有絶縁皮膜あるいはリン酸塩皮膜によって絶縁処理された純鉄系の複合軟磁性粉末粒子と、11〜16質量%のSiを含むFe−Si合金粉末粒子をこれらの合計全量に対するFe−Si合金粉末粒子の割合において10〜60質量%含有してなり、前記粒子間に境界層を有してなることを特徴とする低磁歪高磁束密度複合軟磁性材。
【請求項2】
前記純鉄系の複合軟磁性粉末粒子の正磁歪がFe−Si合金粉末粒子の負磁歪により緩和されて磁束密度0〜0.5Tの範囲で−2×10−6〜+2×10−6の範囲の低磁歪とされたことを特徴とする請求項1に記載の低磁歪高磁束密度複合軟磁性材。
【請求項3】
前記純鉄系の複合軟磁性粉末粒子とFe−Si合金粉末粒子の界面にシリコーン樹脂の焼成物からなる境界層が生成されたことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の低磁歪高磁束密度複合軟磁性材。
【請求項4】
前記Mg含有絶縁皮膜の膜厚が5〜200nmであることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の低磁歪高磁束密度複合軟磁性材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の低磁歪高磁束密度複合軟磁性材からなることを特徴とする電磁気回路部品。
【請求項6】
Mg含有絶縁皮膜によって絶縁処理された純鉄系の複合軟磁性粉末と、11〜16質量%のSiを含むFe−Si合金粉末とを配合後の全量に対するFe−Si合金粉末の割合において10〜60質量%となるように配合し、圧縮成形後、非酸化性雰囲気において500℃〜1000℃で焼成処理を行うことを特徴とする低磁歪高磁束密度複合軟磁性材の製造方法。
【請求項7】
リン酸塩皮膜によって絶縁処理された純鉄系の複合軟磁性粉末と、11〜16質量%のSiを含むFe−Si合金粉末とを配合後の全量に対するFe−Si合金粉末の割合において10〜60質量%となるように配合し、圧縮成形後、非酸化性雰囲気において350℃〜500℃で焼成処理を行うことを特徴とする低磁歪高磁束密度複合軟磁性材の製造方法。
【請求項8】
前記Mg含有絶縁皮膜として膜厚5〜200nmのMg含有絶縁皮膜を用いることを特徴とする請求項に記載の低磁歪高磁束密度複合軟磁性材の製造方法。
【請求項9】
前記純鉄系の複合軟磁性粉末とFe−Si合金粉末に加え、メチル系、メチルフェニル系またはフェニル系のシリコーン樹脂を添加配合して圧縮成形し、熱処理することにより、前記純鉄系の複合軟磁性粉末粒子とFe−Si合金粉末粒子の界面に前記メチル系、メチルフェニル系またはフェニル系のシリコーン樹脂の焼成物からなる境界層を生成することを特徴とする請求項6〜請求項8のいずれか一項に記載の低磁歪高磁束密度複合軟磁性材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ、アクチュエータ、リアクトル、トランス、チョークコア、磁気センサコア、ノイズフィルタ、スイッチング電源、DC/DCコンバータなどの各種電磁気回路部品の素材として使用される低磁歪高磁束密度複合軟磁性材とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、モータ、アクチュエータ、磁気センサなどの磁心用材料として、鉄粉末、Fe−Al系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Ni系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Cr系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Si系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Si−Al系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Co系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−Co−V系鉄基軟磁性合金粉末、Fe−P系鉄基軟磁性合金粉末(以下、これらを軟磁性粒子と総称する)を焼結して得られた軟磁性焼結材が知られている。
一方、鉄粉末や合金粉末をガス又は水アトマイズ法で粉末化して作製した場合、鉄粉末や合金粉末は単体では比抵抗が低いため、鉄粉末や合金粉末の表面に絶縁皮膜の被覆を行うか、有機化合物や絶縁材を混合するなどして焼結を防止し、比抵抗を上げるなどの対策を講じている。この種の軟磁性材において、渦電流損失を抑制するために、鉄を含む軟磁性粒子の表面を非鉄金属の下層皮膜と無機化合物を含む絶縁膜とで覆った複合軟磁性材が提案されている。
【0003】
前記複合軟磁性材の一例として、軟磁性粉末と絶縁性結着材とを混合した複合軟磁性材料を目的の形状に圧縮成形し、焼成してなる圧粉磁心が適用されている。この圧粉磁心は、軟磁性粉末粒子どうしが絶縁性結着材を介し接合された組織を有し、絶縁性結着材により軟磁性粉末粒子どうしの絶縁が確保されている。
また、この種の圧粉磁心の一例として、Fe−Si合金粉末(Si含有量0.5〜3.5質量%)に磁歪量を減少させる作用を有する樹脂としてシリコーン系樹脂を添加することで、低磁歪材料とする技術が開示されている。(特許文献1参照)
【0004】
また、この種の軟磁性材において、純鉄粉末とFe−6.5Si合金粉末を混合し、更に、カオリン、アモルファスシリカ、アクリルエマルジョン、潤滑剤を添加し、純鉄粉末の全体量に対する重量比率を10〜55%とすることで、高強度な低磁歪材を得る技術が開示されている。(特許文献2参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−332328号公報
【特許文献2】特開2008−192897号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、電子機器用電磁気部品は、電子機器の小型化、高性能化に伴い、より厳しい材料特性が求められ、更に実使用状態において問題を生じない電磁気部品であることが必要になってきている。このような部品に用いられる軟磁性材について検討すると、純鉄粉末とFe−6.5Si合金粉末を混合し上述の如くカオリンやアモルファスシリカなどを混合し圧縮成形してなる低磁歪材、Ni−Fe合金(Ni含有量78.5重量%のパーマロイ合金)あるいはFe−Si−Al(センダスト)合金以外の鉄系軟磁性材では、特に周波数10kHz以下の帯域において使用中に磁歪に起因する騒音が発生する問題があるため、実使用には適さないという問題があった。
従ってこの種の鉄系の軟磁性材にあっては、実使用状態において磁歪に起因する騒音の発生を生じることがないような低磁歪特性を有するとともに、高い磁束密度を有する軟磁性材の提供が望まれている。
【0007】
本発明は前記の問題に鑑み創案されたものであり、その目的は、純鉄系の複合軟磁性粉末に11〜16質量%のSiを含むFe−Si合金粉末を適量混合することにより、純鉄系の複合軟磁性粉末が有する正磁歪を緩和する適正量の負磁歪の材料として特別な組成のFe−Si合金粉末を混合し、熱処理を施すことにより低磁歪特性を有し、広範囲な周波数域で使用が可能な鉄系複合軟磁性材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)上記目的を達成するために本発明の低磁歪特性、高磁束密度複合軟磁性材は、Mg含有絶縁皮膜あるいはリン酸塩皮膜によって絶縁処理された純鉄系の複合軟磁性粉末粒子と、11〜16質量%のSiを含むFe−Si合金粉末粒子をこれらの合計全量に対するFe−Si合金粉末粒子の割合において10〜60質量%含有してなり、前記粒子間に境界層を有してなることを特徴とする。
(2)前記純鉄系の複合軟磁性粉末粒子の正磁歪がFe−Si合金粉末粒子の負磁歪により緩和されて磁束密度0〜0.5Tの範囲で−2×10−6〜+2×10−6の範囲の低磁歪とされたことが好ましい。
(3)前記純鉄系の複合軟磁性粉末粒子とFe−Si合金粉末粒子の界面にシリコーン樹脂の焼成物からなる境界層が生成されたことが好ましい。
(4)前記Mg含有絶縁皮膜の膜厚が5〜200nmであることが好ましい。
【0009】
(5)本発明の電磁気回路部品は、(1)〜()のいずれかに記載の低磁歪高磁束密度複合軟磁性材からなることを特徴とする。
【0010】
(6)本発明の低磁歪高磁束密度複合軟磁性材の製造方法は、Mg含有絶縁皮膜によって絶縁処理された純鉄系の複合軟磁性粉末と、11〜16質量%のSiを含むFe−Si合金粉末とを配合後の全量に対するFe−Si合金粉末の割合において10〜60質量%となるように配合し、圧縮成形後、非酸化性雰囲気において500℃〜1000℃で焼成処理を行うことを特徴とする。
(7)本発明の低磁歪高磁束密度複合軟磁性材の製造方法は、リン酸塩皮膜によって絶縁処理された純鉄系の複合軟磁性粉末と、11〜16質量%のSiを含むFe−Si合金粉末とを配合後の全量に対するFe−Si合金粉末の割合において10〜60質量%となるように配合し、圧縮成形後、非酸化性雰囲気において350℃〜500℃で焼成処理を行うことを特徴とする。
(8)前記Mg含有絶縁皮膜として膜厚5〜200nmのMg含有絶縁皮膜を用いることが好ましい。
(9)本発明の低磁歪高磁束密度複合軟磁性材の製造方法は、(6)〜(8)のいずれかにおいて前記複合軟磁性粉末とFe−Si合金粉末に加え、メチル系、メチルフェニル系またはフェニル系のシリコーン樹脂を添加配合して圧縮成形し、熱処理することにより、前記純鉄系の複合軟磁性粉末粒子とFe−Si合金粉末粒子の界面に前記メチル系、メチルフェニル系またはフェニル系のシリコーン樹脂の焼成物からなる境界層を生成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の低磁歪高磁束密度複合軟磁性材によれば、Mg含有絶縁皮膜あるいはリン酸塩皮膜によって絶縁処理された純鉄系の複合軟磁性粉末粒子と、11〜16質量%のSiを含むFe−Si合金粉末粒子をこれらの合計全量に対する前記Fe−Si合金粉末粒子の割合において10〜60質量%含有してなり、前記粒子間に境界層を有してなるので、純鉄系の複合軟磁性粉末粒子が有する正磁歪と11〜16質量%のSiを含むFe−Si系合金粉末粒子が有する負磁歪の掛け合わせにより全体として緩和し、低磁歪とした複合軟磁性材とすることができる。
また、軟質の純鉄系の複合軟磁性粉末と硬質のFe−Si合金粉末の混合により、圧縮成形による粉末同士の結合状態を良好にできるので、硬質粉末同士を圧縮成形する場合と比較し、圧縮成形時の圧縮力が小さくとも粉末同士の結合性の良好な低磁歪の複合軟磁性材とすることができる。よって成型機にかかる負担を少なくし、硬質粉末同士を圧縮成形する場合に比較し、圧縮力の小さい成型機であっても利用することができる。
メチル系、メチルフェニル系あるいはフェニル系のシリコーン樹脂を圧縮成形した後に焼成処理してなる境界層を介し純鉄系の複合軟磁性粉末粒子あるいはFe−Si合金粉末粒子を結合しているので、境界層部分での機械的結合力に優れ、純鉄系の複合軟磁性粉末粒子とFe−Si合金粉末粒子の粒界部分においても確実な絶縁を望むことができるため、高周波領域において低い鉄損の複合軟磁性材が得られる。
本発明の低磁歪高磁束密度複合軟磁性材は、低磁歪と高磁束密度の両立を実現できるものであり、これらの特徴を生かした各種電磁気回路部品の材料として使用できる。
【0012】
前記低磁歪高磁束密度複合軟磁性材を用いて構成される電磁気回路部品として、例えば、磁心、電動機コア、発電機コア、ソレノイドコア、イグニッションコア、リアクトルコア、トランスコア、チョークコイルコアまたは磁気センサコアなどとしての利用が可能であり、いずれにおいても優れた磁気特性を発揮し得る電磁気回路部品を提供できる。
そして、これら電磁気回路部品を組み込んだ電気機器には、電動機、発電機、ソレノイド、インジェクタ、電磁駆動弁、インバータ、コンバータ、変圧器、継電器、磁気センサシステム等があり、これら電気機器の高効率高性能化や小型軽量化に寄与するという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は本発明に係る低磁歪高磁束密度複合軟磁性材の部分構造を示す模式図。
図2図2は本発明に係る低磁歪高磁束密度複合軟磁性材を用いてなる電磁気回路部品の一例を示す斜視図。
図3図3は実施例において得られた負磁歪材料粉末を40質量%混合した試料の組織写真。
図4図4は実施例において得られた試料において隙間を有する部分の拡大組織写真。
図5図5図4に示す部位における炭素の分布状態を示すSEM−EDS面分析写真。
図6図6図4に示す部位における鉄の分布状態を示すSEM−EDS面分析写真。
図7図7図4に示す部位における酸素の分布状態を示すSEM−EDS面分析写真。
図8図8図4に示す部位におけるマグネシウムの分布状態を示すSEM−EDS面分析写真。
図9図9図4に示す部位における珪素の分布状態を示すSEM−EDS面分析写真。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明を詳細に説明するが、本発明は以下に説明する実施形態に限定されるものではない。
図1は本発明に係る第1実施形態の低磁歪高磁束密度複合軟磁性材の組織構造の一例を示す模式図であり、この実施形態の低磁歪高磁束密度複合軟磁性材Aは、膜厚5〜200nmのMg含有絶縁皮膜1によって絶縁処理された純鉄系の複数の複合軟磁性粉末粒子2と、11〜16質量%のSiを含む複数のFe−Si合金粉末粒子3と、それら複数の粒子間の界面に存在するように形成された境界層5を主体として構成されている。複合軟磁性粉末粒子2は純鉄粉末粒子4の外周をMg含有絶縁皮膜1により覆って構成される。
図1では本発明に係る低磁歪高磁束密度複合軟磁性材Aの組織の一部分のみを拡大して示しているので、純鉄系の複合軟磁性粉末粒子2とFe−Si合金粉末粒子3は1つずつしか描かれていないが、後述する如く複数の純鉄系の複合軟磁性粉末とFe−Si合金粉末を混合して圧縮成形し、熱処理することで低磁歪高磁束密度複合軟磁性材Aが形成されているので、実際の低磁歪高磁束密度複合軟磁性材Aは、複数の純鉄系の複合軟磁性粉末粒子2と複数のFe−Si合金粉末粒子3がそれらの間に存在する境界層5を介して接合された組織を呈する。なお、Mg含有絶縁皮膜によって絶縁処理された複合軟磁性粉末粒子2については、リン酸塩皮膜、例えば、リン酸亜鉛皮膜、リン酸鉄皮膜、リン酸マンガン皮膜、リン酸カルシウム皮膜によって絶縁処理された純鉄系の複合軟磁性粉末粒子で置換することができ、その説明については後述する。
【0015】
膜厚5〜200nmのMg含有絶縁皮膜1によって純鉄粉末粒子4を絶縁処理してなる純鉄系の複合軟磁性粒子2を形成するための純鉄系の複合軟磁性粉末について以下に説明する。
純鉄系の複合軟磁性粉末は平均粒径(D50):5〜500μmの範囲内にある純鉄粉末を主体とすることが好ましい。その理由は、平均粒径が5μmより小さすぎると、純鉄粉末の圧縮性が低下し、純鉄粉末の体積割合が低くなるために磁束密度の値が低下する傾向があり、一方、平均粒径が500μmより大きすぎると、純鉄粉末内部の渦電流が増大して高周波における透磁率が低下するなどの理由によるものである。
なお、純鉄系の複合軟磁性粉末の平均粒径はレーザー回折法による測定で得られる粒径である。
この純鉄粉末を原料粉末とし、酸化雰囲気中において室温〜500℃に保持する酸化処理を施した後、この原料粉末にMg粉末を添加し混合して得られた混合粉末を温度:150〜1100℃、圧力:1×10−12〜1×10−1MPa程度の不活性ガス雰囲気または真空雰囲気中で加熱し、さらに必要に応じて酸化雰囲気中、温度:50〜400℃で加熱すると、純鉄粉末表面をMg含有絶縁物で被覆した純鉄系の複合軟磁性粉末が得られる。
【0016】
前記Mg粉末の添加量は0.1〜0.3質量%の範囲内にあることが好ましい。
このMg含有絶縁皮膜1で被覆した純鉄系の複合軟磁性粉末は、従来のMgフェライト膜を形成したMg含有絶縁物被覆軟磁性粉末に比べて密着性が格段に優れたものとなり、このMg含有絶縁皮膜1で被覆した純鉄系の複合軟磁性粉末を圧縮成形して圧粉体を作製しても絶縁皮膜が破壊し剥離することが少なく、また、このMg含有絶縁皮膜1で被覆した純鉄系の複合軟磁性粉末の圧粉体を温度:400〜1300℃程度で熱処理して得られた複合軟磁性材は粒界にMg含有酸化膜が均一に分布した組織が得られる。
【0017】
前述の製造方法の場合、酸化処理した純鉄粉末を原料粉末とし、この原料粉末にMg粉末を添加し混合して得られた混合粉末を温度:150〜1100℃、圧力:1×10−12〜1×10−1MPaの不活性ガス雰囲気または真空雰囲気中で加熱するには、前記混合粉末を転動させながら加熱することが好ましい。
本発明において用いるMg含有絶縁皮膜1とは、純鉄粉末の酸化鉄(Fe−O)とMgが反応を伴って当該純鉄粉末表面に堆積したMg含有絶縁物の皮膜を示す。この純鉄粉末の表面に形成されているMg含有絶縁皮膜(Mg−Fe−O三元系酸化物堆積膜)の膜厚は、圧縮成形後に複合軟磁性材の高磁束密度と高比抵抗を得るために、5nm〜200nmの範囲内にあることが好ましい。
ここでの膜厚が5nmより薄いと、圧縮成形、熱処理後に得られる複合軟磁性材の比抵抗が充分ではなく、渦電流損失が増大するので好ましくなく、膜厚が200nmを越える厚さでは、圧縮成形した複合軟磁性材の磁束密度が低下する傾向となる。このような範囲においてより好ましい膜厚は、5nm〜100nmである。
【0018】
11〜16質量%のSiを含むFe−Si合金に対し、一般的に鉄に対して磁気特性が安定して得られるSiの固溶限界が21質量%程度とされており、この範囲の中でも、Fe−Si合金の単結晶においては、Fe−3Siが正磁歪、Fe−6.5Siが零磁歪であることが公知であるが、Fe−Si合金粉末として圧縮成形し、熱処理した後の圧粉材料において磁歪がどの程度のSi含有量において正磁歪、零磁歪、負磁歪となるかについては明確にされていない。
本発明者は、上述のMg含有絶縁皮膜1で被覆した純鉄系の複合軟磁性粉末が正磁歪であること、Fe−Si合金粉末より純鉄系の複合軟磁性粉末の方が軟質であること、を考慮し、負磁歪を示す硬質のFe−Si合金粉末と、正磁歪を示す軟質の純鉄系の複合軟磁性粉末とを混合して圧縮成形するならば、この種の合金粉末単体での圧縮成形と比較し、成形圧力を大きくすることなく高密度かつ密着性の良好な圧縮成形が可能であって、圧粉体全体として磁歪も小さくできることを想定し、研究した結果、本願発明に到達した。
【0019】
本発明者は、Fe−Si合金粉末とMg含有絶縁皮膜1で被覆した純鉄系の複合軟磁性粉末との混合物を圧縮成形し、熱処理して得られる複合軟磁性材について、磁歪に関する研究を行ったところ、Fe−3Si合金粉末、Fe−8Si合金粉末、Fe−10Si合金粉末を用いて複合軟磁性材を形成しても、磁束密度0〜0.5Tの範囲で全体として磁歪を−2×10−6〜+2×10−6の範囲の低磁歪とすることはできなかった。
そこで、通常のFe−Si合金単結晶で知られている磁歪が0ppmとなる組成であるFe−6.5Siを境界として負磁歪とするために更にSi含有量を増加したFe−Si合金粉末を用いて種々研究した結果、望ましいSi含有量の範囲を見出し本発明に適用した。
この背景から、本願発明においては、Mg含有絶縁皮膜1で被覆した純鉄系の複合軟磁性粉末に対し混合するFe−Si合金粉末として、11〜16質量%のSiを含むFe−Si合金粉末を用いる。
【0020】
Fe−Si合金粉末に含有させるSi量として、一般的に安定して磁性を得られる面でのFeに対するSiの固溶限界が21質量%であることを考慮し、14.5質量%を超えるSiを含有させると、磁性が不安定となる傾向があり、Mg含有絶縁皮膜1で被覆した純鉄系の複合軟磁性粉末に混合して圧縮成形後に高い磁束密度を得ることが難しくなる。これは、Fe−Si合金においてSi含有量14.5質量%まで強磁性のα相が主体であり、Si含有量14.5質量%を超える範囲ではSi含有量の増加とともに非磁性のε相が徐々に増加することが影響していると思われる。
このため、純鉄系の複合軟磁性粉末が示す正磁歪に対し、負磁歪のFe−Si合金粉末を混合し磁束密度0〜0.5Tの範囲で全体として−2×10−6〜+2×10−6の範囲の低磁歪とするためには、Fe−Si合金粉末に含有させるSi量を11〜16質量%とする必要がある。
【0021】
また、Fe−Si系合金粉末の粒径については、平均粒径(D50):50〜150μmの範囲内にある粉末を主体とすることが好ましい。なお、Fe−Si系合金粉末の平均粒径はレーザー回折法による測定で得られる粒径である。
【0022】
次に、Mg含有絶縁皮膜1で被覆した純鉄系の複合軟磁性粉末とFe−Si合金粉末の混合割合については、純鉄系の複合軟磁性粉末とFe−Si合金粉末の合計量に対する純鉄系の複合軟磁性粉末の割合として40〜90質量%の範囲とする必要がある。純鉄系の複合軟磁性粉末の含有量が少なすぎると、純鉄が本来有する高い磁束密度を発揮し難くなり、硬質のFe−Si合金粉末よりも軟質の純鉄系の複合軟磁性粉末の割合が少なくなるので、満足に圧縮成形するための成形圧力が高くなり、成型機に負担がかかる傾向となる。逆に、負磁歪を示すFe−Si合金粉末の割合が少なすぎると、純鉄系の複合軟磁性粉末が示す正磁歪を調整し難くなり、磁歪が大きくなる。
磁歪のバランスをとって低磁歪とした上、良好な磁気特性(飽和磁束密度)を得るためには、純鉄系の複合軟磁性粉末とFe−Si合金粉末の合計量に対する純鉄系の複合軟磁性粉末粒子2の割合として40〜90質量%の範囲が好ましい。また、この範囲内であっても40〜80質量%の範囲にすると、より磁歪が低くなり、好ましい。
【0023】
以下、図1に示す組織構造を示す低磁歪高磁束密度複合軟磁性材を製造する方法の一例について説明する。
前記低磁歪高磁束密度複合軟磁性材を製造する場合において、例えば第1の工程において用意した原料としての純鉄粉末を第2工程において前酸化して表面酸化し、第3工程においてMgを蒸着しMg含有絶縁皮膜で被覆した純鉄系の複合軟磁性粉末とする。次に、この粉末にシリコーン樹脂を添加して乾燥した粉末を用意し、第4工程において別途シリコーン樹脂添加後に乾燥したFe−Si合金粉末と先のシリコーン樹脂添加後に乾燥した純鉄系の複合軟磁性粉末を混合した後、第5工程において目的の形状に成形し、第6工程において焼成処理することにより、先に説明した如く本発明に係る低磁歪高磁束密度複合軟磁性材Aを得ることができる。
【0024】
前記成形の圧力は8〜12t/cm程度の成形圧力を選択することができる。ここで使用する成形圧力は、一般的な硬質合金として知られるFe−Si−Al系のセンダスト合金粉末の圧縮成形、あるいは、Fe−6.5Si合金粉末の圧縮成形において必要とされる20t/cmクラスの値よりも遙かに小さい値であり、一般的な粉末成形法において利用する圧力と同程度であるので、一般的な規模の粉末成型機を用いて本発明に係る優れた低磁歪高磁束密度複合軟磁性材Aを製造することができる。
圧縮成形の後、得られた成形体を500〜1000℃の温度で、望ましくは真空中あるいは窒素雰囲気中などの非酸化性雰囲気において数10分程度焼成して低磁歪高磁束密度複合軟磁性材Aとすることができる。
なお、このような高温で焼成できるのは、Mg含有絶縁皮膜1で被覆した複合軟磁性粉末を用いているためであり、例えば、リン酸亜鉛皮膜などにおいてはこのような高温域で焼成すると、リン酸亜鉛皮膜の絶縁が完全に破壊されてしまう。500℃以上の高温で焼成できることにより、焼成材の結晶粒を大きくできるので、磁気特性を向上させる上で好ましい。ただし本発明ではリン酸塩皮膜で被覆した純鉄系の複合軟磁性粉末を用いることもできるので、リン酸塩皮膜を用いる場合は、350〜500℃程度で焼成することが好ましい。なお、Mg含有絶縁皮膜によって絶縁処理された複合軟磁性粉末粒子2については、リン酸塩皮膜、例えば、リン酸亜鉛皮膜、リン酸鉄皮膜、リン酸マンガン皮膜、リン酸カルシウム皮膜によって絶縁処理された純鉄系の複合軟磁性粉末粒子で置換することができる。
【0025】
以上説明の如く製造された低磁歪高磁束密度複合軟磁性材Aは、磁束密度0〜0.5Tの範囲で磁歪が−2×10−6〜+2×10−6の範囲であって低磁歪であり、飽和磁束密度(10kA/mでの磁束密度)が0.8〜1.2Tである優れた磁気特性を示す。
また、磁性を担う主体として飽和磁束密度の高い純鉄系の複合軟磁性粉末粒子2がMg含有絶縁皮膜1により絶縁され、更に境界層5により絶縁され、焼成により密に接合された状態とされるので、高周波域(50kHzなどの高周波帯域)において鉄損を小さくすることができ、優れた軟磁気特性を有する。
また、本実施形態の低磁歪高磁束密度複合軟磁性材Aにあっては、高周波対応として見ても優れたFe−Si合金粉末粒子3を境界層5で強固に結合し、比抵抗も高いので、50kHzなどの高周波領域における鉄損が小さいという特徴を有する。
【0026】
図2は、本発明に係る低磁歪高磁束密度複合軟磁性材Aを適用した電磁気回路部品の一例であるリアクトルを示す。
図2に示すリアクトル10は、平面視レーストラック状のリアクトルコア11と、リアクトルコア11に巻装された2つのコイル12を有している。
図2に示すように、各コイル12は、それぞれ、多数回巻回された導線よりなり、リアクトルコア11の長手方向の直線区間に巻装されている。このリアクトル10では、リアクトルコア11が低磁歪高磁束密度複合軟磁性材Aにより構成されている。
【0027】
この例のリアクトル10では、リアクトルコア11の比抵抗が大きく、磁歪が小さく抑えられているため、リアクトル10として高い性能を得ることができる。特にこの例のリアクトル10は、低磁歪としているので、磁歪を原因とする騒音はほとんど生じない。
なお、前記リアクトル10は本発明に係る低磁歪高磁束密度複合軟磁性材Aを電磁気回路部品に適用した一例であって、本発明に係る低磁歪高磁束密度複合軟磁性材Aをその他種々の電磁気回路部品に適用できるのは勿論である。
【実施例】
【0028】
平均粒径100μm(D50)の純鉄粉末に対し大気中250℃にて加熱処理を30分間行った。ここでMgO膜は前段の250℃大気中加熱処理で生成される酸化膜厚に比例するので、Mgの添加量は必要最小限度で良く、鉄粉に対して0.3質量%のMg粉末を配合し、この配合粉末を0.1Paの真空雰囲気中、バッチ式回転キルンによって転動させながら650℃に加熱することによりMg−Fe−O三元系酸化物堆積膜被覆純鉄系の軟磁性粉末(Mg含有絶縁物被覆純鉄系の軟磁性粉末)を作製した。
このMg含有絶縁物被覆純鉄系の軟磁性粉末の表面に形成されている(Mg,Fe)Oを含むMg−Fe−O三元系酸化物堆積膜の膜厚は、前述の大気中加熱処理で生成される酸化膜厚に比例し、加熱処理の時間に応じ膜厚を制御できる。
【0029】
純鉄系の複数の複合軟磁性粉末の表面に膜厚5〜200nmのMg含有絶縁皮膜が存在することは、以下のSEM−EDS(電界放射型走査電子顕微鏡)分析にて確認した。「SEM−EDS:Carl Zeiss製 Ultra55、EDSソフトウェア:Noran System Six 」観察条件:加速電圧 1kV、EDS面分析条件:加速電圧4kV、電流量 1nA、WD3mm。
次に、Mg含有絶縁皮膜で被覆した純鉄系の複合軟磁性粉末に0.4質量%メチルフェニル系シリコーン樹脂を添加して乾燥し、シリコーン樹脂被覆純鉄系複合軟磁性粉末とした。
【0030】
Fe−14Si合金粉末(平均粒径80μm:D50:レーザー回折法による)を用意し、シランカップリング剤を0.3質量%、メチル系シリコーン樹脂を2質量%添加し乾燥して得られた粉末(以下、粉末N)と、前記メチルフェニル系シリコーン樹脂被覆純鉄系複合軟磁性粉末(以下、粉末P)を質量%において、粉末N:粉末P=60:40、50:50、40:60、30:70、20:80、10:90の割合で混合し、成型機を用いて12t/cmの圧力で常温成形し、窒素雰囲気中において650℃で30分焼成し、リング状(OD35×ID25×H5mm)およびバー状(60×10×H5mm)の低磁歪高磁束密度複合軟磁性材を得た。
なお、純鉄系の複合軟磁性粉末の表面に被覆したシリコーン樹脂は焼成により一部の成分が消失するがSiが主体として残留し、純鉄系の複合軟磁性粉末粒子とFe−Si合金粉末粒子の粒界に境界層を構成する。
【0031】
得られた低磁歪高磁束密度複合軟磁性材の磁束密度0.5Tでの磁歪、磁界10kA/mでの磁束密度(飽和磁束密度)を測定した。
また、用いたFe−Si合金粉末として、先のFe−14Si合金粉末に代えて、Fe−10.5Si合金粉末、Fe−11Si合金粉末、Fe−12Si合金粉末、Fe−16Si合金粉末、Fe−16.5Si合金粉末を用いて上述の例と同様に低磁歪高磁束密度複合軟磁性材を作製し、磁束密度0.5Tでの磁歪、磁界10kA/mでの磁束密度を測定した。
前記10kA/mでの磁束密度の測定は、リング状試料を用いてB−Hトレーサ(横河電機(株)製直流磁化測定装置B積分ユニット TYPE3257)で行った。また、磁歪の測定については以下の内容で行った。
磁歪の測定は、ストレインゲージ法により行った。ストレインゲージ法とは、ストレインゲージを貼り付けた試料に磁界を印加させ、それによってゲージの電気抵抗が変化することを利用して試料の歪量を測定する方法である。本実施例では、バー状試料を切断して10×10×H5mmの大きさにした試料にストレインゲージ((株)共和電業製)を接着剤で貼り付け、接着剤の貼り付けから少なくとも1時間以上経過させた後に試料の測定を行った。なお、本発明の磁歪測定では、B−Hトレーサ(理研電子(株)製直流磁化特性自動記録装置 BHH−50、東英工業(株)製電磁石 TEM−VW101C−252)を用いて磁界を印加し、記録は、(株)キーエンス製PCリンク型高機能レコーダ GR−3500により行った。
以上の結果を以下の表1、表2、表3に示す。
【0032】
【表1】
【0033】
【表2】
【0034】
【表3】
【0035】
表1〜表3に示す結果から、Fe−Si合金粉末において、Si量を11〜16質量%含有するFe−Si合金粉末を用いるならば、複合軟磁性材を作製した場合、低磁歪の複合軟磁性材を得ることができる。表2に示す如くFe−10.5Si合金粉末を用いた場合、Fe−16.5Si合金粉末を用いた場合のいずれにおいても磁歪が正磁歪となり大きくなった。
また、表3に示す結果から、Fe−Si合金粉末の割合が70質量%の試料では負の磁歪が大きく、62質量%の試料では負の磁歪が若干大きく、飽和磁束密度の低下が見られ、18質量%の試料では正の磁歪が若干大きくなったが、±2×10−6の範囲内には収まった。また、表1に示す各試料の強度は使用時に十分な強度を有することも分かった。
以上の結果から、Fe−Si合金粉末については、Si含有量11〜16質量%のFe−Si合金粉末を用いることで純鉄系の複合軟磁性粉末が本来有する正磁歪を調整して複合軟磁性材として低磁歪にできる。また、Fe−Si合金粉末の含有量については、純鉄系の複合軟磁性粉末との合計量に対し、10〜60質量%の範囲で含有させることで低磁歪かつ高い飽和磁束密度を両立でき、十分な強度も有することが判明した。更に、Fe−Si合金粉末の含有量を20〜60質量%の範囲で含有させることにより、より磁歪が低くなり、良好な特性を得られることが判明した。
【0036】
次に、表1に示した試料を作製する場合、粉末の種類に応じメチル系シリコーン樹脂とメチルフェニル系シリコーン樹脂を使い分けていたのに代えて、負磁歪材料粉末Nと正磁歪材料粉末Pのいずれの場合もメチルフェニル系シリコーン樹脂を添加して試料とした場合の試験結果を以下の表4に記載する。
次に、これら試料との対比のために、リン酸亜鉛被覆鉄粉60%とFe−14Si合金粉末40%を混合して低磁歪高磁束密度複合軟磁性材を作製した。Fe−Si合金粉末にはメチル系シリコーン樹脂を添加して被覆し、リン酸亜鉛被覆鉄粉にはメチルフェニル系シリコーンレジンを表1の試料と同等量添加した。なお、粉末を混合して成形後に窒素雰囲気中において30分焼成する場合の温度は450℃に設定した。これは、リン酸亜鉛皮膜の耐熱温度がMgO皮膜の耐熱温度よりも低いためである。
ここで得られた試料の試験結果を以下の表5に記載する。
【0037】
【表4】
【0038】
【表5】
【0039】
表4に示す結果から、正磁歪材料粉末と負磁歪材料粉末それぞれに同種のシリコーン樹脂を用いて低磁歪高磁束密度複合軟磁性材を作製した場合であっても表1で得られた結果と同様な結果を得ることができた。即ち、Fe−Si合金粉末の含有量について、純鉄系の複合軟磁性粉末との合計量に対し、10〜60質量%の範囲で含有させることで低磁歪かつ高い飽和磁束密度を両立でき、十分な強度も有することが判明した。また、表4に示す結果から、10〜60質量%の範囲内でも20〜60質量%の範囲とすることでより磁歪を低くできることが分かる。
表5に示す結果から、MgO被覆鉄粉に代えてリン酸亜鉛被覆鉄粉を用いることによっても表1、表4に示す試料と同等の磁歪、飽和磁束密度、強度を示す低磁歪高磁束密度複合軟磁性材を得ることができた。なお、リン酸亜鉛皮膜はMgO皮膜に比べて耐熱性では劣るので、耐熱性の面では表1〜4に示す試料の方が表5に示す試料よりも優れている。
なお、表3において、MgO被覆鉄粉82質量%、Fe−14Si粉末18質量%の試料は、本発明の範囲に入る試料であるため、表3に示す他の試料より低磁歪であり、かつ、表1に示す試料と同等の飽和磁束密度を示した。
【0040】
図3は表1に示す試料において、MgO被覆鉄粉を60質量%、Fe−Si合金粉末を40質量%混合して製造した試料の組織を示すSEM像(倍率3000倍)である。
図3に示す組織において、中央に配置されている断面円形の粒子がFe−Si合金粉末(粒子)であり、その周囲に配置されてFe−Si合金粉末に対し凹凸部を有し突き合わされている粒子がMgO被覆鉄粉である。Fe−Si合金粉末に対しMgO被覆鉄粉の方が柔らかいので図3の組織となる。図3の中央のFe−Si合金粉末の周囲に位置する粒界にシリコーン樹脂の焼成物が充填された粒界(境界層)が形成されている。
更に説明すると、図3の中心に位置する丸いFe−Si合金粉末(Fe−14Si粉)の周囲において、右側と下側にMgO被覆鉄粉が配置され、左上側と上側に丸形のFe−Si合金粉末が配置されている。図3の中心に位置する丸いFe−Si合金粉末(Fe−14Si粉)の周囲において、左下、左上、右上、右下のそれぞれの位置に4つの粒界が示されている。
図3の左下の粒界、右上の粒界、右下の粒界にそれぞれ存在する黒い空洞部分が空隙を示す。左上の粒界はシリコーン樹脂の焼成物からなる白く表示された境界層で埋められ、右上の粒界は黒い空隙部分の周囲に境界層が形成され、右下の粒界は白く表示されている部分が境界層とされている。また、特に右下側と右上側に位置する粒界には図3の矢印に示す位置に複数の亀裂が存在することを確認できた。
なお、図3に記載しているリデポとは、写真撮影用に試料の断面を作製した際、イオンビームでスパッタした試料の一部が断面に再付着して生成した再付着物である。
【0041】
図4に同試料の別視野における亀裂部分の拡大写真を示す。図4の左端に位置するFe−Si合金粉末とその右側に存在するシリコーン樹脂の焼成物とその右側に存在するMgO被覆鉄粉の3層組織を確認できる。図4の拡大写真では、左側に位置するFe−Si合金粉末の粒子と右側に位置するMg被覆鉄粉の粒子との間の領域が、シリコーン樹脂の焼成物で埋められている。
そして、左側のFe−Si合金粉末とその右側に存在するシリコーン樹脂の焼成物との境界部分に黒塗りのエッジ部分で表示される亀裂(隙間)の存在を確認できた。このような隙間を生じているのは、異質のシリコーン樹脂を用いたことが原因であると推定できる。このようにFe−Si合金粉末とその周囲に存在するシリコーン樹脂の焼成物からなる境界層との間に隙間が存在することで、表1に示す試料の方が表3に示す試料よりも若干ながら磁歪の吸収効果に優れ、これが原因となって、表1に示す0.5Tでの磁歪の値が表3に示す0.5Tでの磁歪の値よりも若干良好となった原因であると推定できる。
【0042】
図5図9は、図4に示す金属組織に対し、SEM−EDS面分析を行った結果を示す。図5は炭素(C)の分析結果、図6は鉄(Fe)の分析結果、図7は酸素(O)の分析結果、図8はマグネシウム(Mg)の分析結果、図9は珪素(Si)の分析結果を示す。
図5図9に示す結果から粒界にCとOとSiを構成元素とするシリコーン樹脂が存在しており、鉄粉の周囲にMgO皮膜が存在していることが分かる。
【符号の説明】
【0043】
A…低磁歪高磁束密度複合軟磁性材、1…Mg含有絶縁皮膜、2…複合軟磁性粉末粒子、3…Fe−Si合金粉末粒子、4…純鉄粉末粒子、5…境界層。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9