特許第6071365号(P6071365)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6071365
(24)【登録日】2017年1月13日
(45)【発行日】2017年2月1日
(54)【発明の名称】機械部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/26 20060101AFI20170123BHJP
   C23C 8/02 20060101ALI20170123BHJP
   C23C 8/14 20060101ALI20170123BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20170123BHJP
   C22C 38/12 20060101ALI20170123BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20170123BHJP
   C21D 9/40 20060101ALI20170123BHJP
   C23C 8/34 20060101ALI20170123BHJP
   C22C 38/24 20060101ALN20170123BHJP
【FI】
   C23C8/26
   C23C8/02
   C23C8/14
   C22C38/00 301N
   C22C38/12
   C21D1/06 A
   C21D9/40 A
   C23C8/34
   !C22C38/24
【請求項の数】10
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-205627(P2012-205627)
(22)【出願日】2012年9月19日
(65)【公開番号】特開2014-58729(P2014-58729A)
(43)【公開日】2014年4月3日
【審査請求日】2015年5月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤田 工
(72)【発明者】
【氏名】八木田 和寛
【審査官】 宮本 靖史
(56)【参考文献】
【文献】 特許第3128803(JP,B2)
【文献】 特開2008−231563(JP,A)
【文献】 特開平09−324255(JP,A)
【文献】 特開2010−222678(JP,A)
【文献】 特開昭61−060875(JP,A)
【文献】 特開平09−078223(JP,A)
【文献】 特開昭60−165370(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00 − 12/02
C21D 1/02 − 1/84
C21D 9/00 − 9/44
C21D 9/50
C22C 5/00 − 25/00
C22C 27/00 − 28/00
C22C 30/00 − 30/06
C22C 35/00 − 45/10
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼からなる部材を準備する工程と、
前記部材の表面にバナジウムを含む膜を形成する工程と、
前記膜が形成された前記部材を、窒素ガスを含みアンモニアガスを含まない熱処理ガス雰囲気中において加熱することにより窒素富化層を形成する工程とを備え、
前記部材を準備する工程では、0.1質量%以上のバナジウムを含有する鋼からなる部材が準備され、
前記膜を形成する工程では、前記部材が500℃以上であって前記鋼のA変態点未満の温度域に加熱されて酸化される、機械部品の製造方法。
【請求項2】
前記熱処理ガスは吸熱型変成ガスを含んでいる、請求項1に記載の機械部品の製造方法。
【請求項3】
前記熱処理ガスは、窒素ガスと還元性ガスとの混合ガスである、請求項1に記載の機械部品の製造方法。
【請求項4】
前記熱処理ガスは、窒素ガスを含み、酸素分圧が10−16Pa以下となっている、請求項1に記載の機械部品の製造方法。
【請求項5】
前記熱処理ガスは、還元性ガスを含むことにより酸素分圧が10−16Pa以下となっている、請求項4に記載の機械部品の製造方法。
【請求項6】
前記還元性ガスは水素ガスである、請求項5に記載の機械部品の製造方法。
【請求項7】
前記窒素富化層を形成する工程は、前記膜を形成する工程において前記温度域に加熱された前記部材が室温まで冷却されることなく実施される、請求項1〜6のいずれか1項に記載の機械部品の製造方法。
【請求項8】
前記膜を形成する工程では、前記部材が酸化性雰囲気の熱処理室内において加熱され、
前記窒素富化層を形成する工程では、前記熱処理室内の雰囲気が前記熱処理ガスに置換されたうえで、前記部材が前記熱処理室内で加熱されて窒素富化層が形成される、請求項1〜7のいずれか1項に記載の機械部品の製造方法。
【請求項9】
窒素富化層が形成された前記部材を、A変態点以上の温度からM点以下の温度に冷却することにより前記部材を焼入硬化する工程をさらに備え、
前記膜を形成する工程では、前記部材が酸化装置内において酸化されることにより前記膜が形成され、
前記窒素富化層が形成される工程では、前記膜が形成された前記部材が、搬送装置を介して前記酸化装置に接続された窒素富化層形成装置内に前記搬送装置によって搬送されたうえで、前記窒素富化層形成装置内において前記窒素富化層が形成され、
前記部材を焼入硬化する工程では、前記窒素富化層形成装置に接続された焼入装置内において前記部材が焼入硬化される、請求項1〜7のいずれか1項に記載の機械部品の製造方法。
【請求項10】
前記機械部品は転がり軸受を構成する部品である、請求項1〜9のいずれか1項に記載の機械部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は機械部品の製造方法に関し、より特定的には、表層部に窒素富化層を有する機械部品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
機械部品の疲労強度の向上や耐摩耗性の向上を目的として、浸炭窒化などの方法により機械部品の表層部に内部に比べて窒素濃度の高い窒素富化層が形成される場合がある。一般に、浸炭窒化処理においては、プロパン、ブタンあるいは都市ガスと空気とを1000℃以上の高温で混合して搬送ガス(吸熱型変成ガス;以下、RXガスという)を作製し、これに少量のプロパン、ブタン、アンモニアを加えた雰囲気ガスが用いられる場合が多い。そして、この雰囲気ガス中において被処理物を加熱することにより、被処理物の表層部に窒素富化層が形成される。RXガスを搬送ガスとして用いた浸炭窒化処理では、窒化反応は未分解のアンモニアによって生じる(たとえば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】毛利信之ら、「熱処理による浸炭鋼の耐摩耗性向上」、NTN TECHNICAL REVIEW、2008年、No.76、p17−22
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般に、アンモニアガスの分解は、高温になるほど進行する。そのため、未分解のアンモニアによる窒化処理は、900℃以上の温度域において実施されることは少ない。その結果、厚みの大きい窒化層が必要な製品を処理する場合でも、処理温度を高くして浸炭窒化時間を短縮することは困難で、処理時間が長くなるという問題があった。また、アンモニアガスを用いた浸炭窒化処理では、熱処理炉にアンモニアガスを導入するための設備を設置する必要があること、熱処理炉内において使用される部品(例えば、製品搬送用バスケット)の消耗が早いことなどに起因して、設備の維持管理コストが高くなるという問題もあった。
【0005】
本発明は上述のような問題を解決するためになされたものであり、その目的は、アンモニアガスを使用しない迅速な熱処理により表層部に窒素富化層を有する機械部品を製造することが可能な機械部品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に従った機械部品の製造方法は、鋼からなる部材を準備する工程と、当該部材の表面にバナジウムを含む膜を形成する工程と、当該膜が形成された上記部材を、窒素ガスを含みアンモニアガスを含まない熱処理ガス雰囲気中において加熱することにより窒素富化層を形成する工程とを備えている。上記部材を準備する工程では、0.1質量%以上のバナジウムを含有する鋼からなる部材が準備される。そして、上記膜を形成する工程では、上記部材が500℃以上であって上記鋼のA変態点未満の温度域に加熱されて酸化される。
【0007】
本発明者は、鋼の熱処理に関する種々の検討を進める中で、鋼からなる部材の表面にバナジウムを含む膜を形成し、窒素ガスを含む雰囲気中で加熱することにより、当該雰囲気がアンモニアガスを含まない場合でも部材の表層部に窒素富化層が形成されることを見出し、本発明に想到した。すなわち、本発明の機械部品の製造方法では、表面にバナジウムを含む膜が形成された鋼からなる部材が窒素ガスを含みアンモニアガスを含まない雰囲気中において加熱されることにより、機械部品の表層部に窒素富化層が形成される。この製造方法では、窒素富化層の形成が未分解のアンモニアによって進行するものではないため、より高温での熱処理が可能となる。そのため、熱処理時間を短縮することが可能となる。また、この製造方法ではアンモニアを用いないため、熱処理炉内において使用される部品の消耗を抑制し、設備の維持管理コストを低減することができる。このように、本発明の機械部品の製造方法によれば、アンモニアガスを使用しない迅速な熱処理により表層部に窒素富化層を有する機械部品を製造することができる。
【0008】
また、機械部品を構成する鋼として0.1質量%以上のバナジウムを含有する鋼を採用し、これを酸化処理することにより、容易にバナジウムを含む膜を形成することができる。このとき、酸化処理を上記鋼のA変態点未満の温度域にて実施することにより、酸化処理中に相変態が起こらず、寸法変化や熱処理変形を抑制することができる。また、酸化処理を上記鋼のA変態点未満の温度域にて実施することにより、鋼の母相が炭素固溶限の小さいフェライトの状態に維持され、脱炭の発生を抑制することができる。
【0009】
なお、上記アンモニアガスを含まない熱処理ガスとは、アンモニアガスを実質的に含まないことを意味し、不純物レベルでのアンモニアガスの混入を排除するものではない。
【0010】
上記機械部品の製造方法においては、上記膜を形成する工程では、上記部材が鍛造されてもよい。
【0011】
機械部品の製造プロセスに鍛造工程を含む場合、当該鍛造工程において機械部品を酸化することにより、効率よくバナジウムを含む膜を形成することができる。
【0012】
上記機械部品の製造方法においては、上記熱処理ガスは吸熱型変成ガスを含んでいてもよい。これにより、容易に雰囲気のカーボンポテンシャルを調整しつつ窒素富化層の形成を達成することができる。
【0013】
上記機械部品の製造方法においては、上記熱処理ガスは、窒素ガスと還元性ガスとの混合ガスであってもよい。
【0014】
これにより、窒素供給源として安価かつ入手が容易な窒素を含む還元性の熱処理ガスを用いた窒素富化層の形成が可能となる。その結果、熱処理コストを低減することができる。なお、還元性ガスとしては、たとえば水素ガス、メタンガス、プロパンガス、ブタンガス、一酸化炭素ガスなどを採用することができる。
【0015】
上記機械部品の製造方法においては、上記熱処理ガスは、窒素ガスを含み、酸素分圧が10−16Pa以下となっていてもよい。
【0016】
これにより、窒素供給源として安価かつ入手が容易な窒素を含み、かつ酸化性を低いレベルに抑制した熱処理ガスを用いることができる。その結果、熱処理コストを低減することができる。
【0017】
上記機械部品の製造方法においては、熱処理ガスは、還元性ガスを含むことにより酸素分圧が10−16Pa以下となっていてもよい。還元性ガスを含む熱処理ガスを採用することにより、酸素分圧を10−16Pa以下にまで低減することが容易となる。
【0018】
上記機械部品の製造方法においては、上記還元性ガスは水素ガスであってもよい。入手が容易な水素ガスは、上記還元性ガスとして好適である。
【0019】
上記機械部品の製造方法においては、窒素富化層が形成された上記部材を、A変態点以上の温度からM点以下の温度に冷却することにより上記部材を焼入硬化する工程をさらに備えていてもよい。このようにすることにより、窒素富化層が形成されるとともに焼入硬化された耐久性の高い機械部品を容易に製造することができる。
【0020】
上記機械部品の製造方法においては、窒素富化層を形成する工程は、上記膜を形成する工程において上記温度域に加熱された上記部材が室温まで冷却されることなく実施されてもよい。このようにすることにより、熱処理に要するエネルギーを低減するとともに、熱処理時間を短縮することができる。
【0021】
上記機械部品の製造方法においては、上記膜を形成する工程では、上記部材が酸化性雰囲気の熱処理室内において加熱され、窒素富化層を形成する工程では、当該熱処理室内の雰囲気が上記熱処理ガスに置換されたうえで、上記部材が当該熱処理室内で加熱されて窒素富化層が形成されてもよい。このようにすることにより、バッチ炉を用いて効率よく機械部品に窒素富化層を形成することができる。
【0022】
上記機械部品の製造方法においては、窒素富化層が形成された上記部材を、A変態点以上の温度からM点以下の温度に冷却することにより上記部材を焼入硬化する工程をさらに備え、上記膜を形成する工程では、上記部材が酸化装置内において酸化されることにより上記膜が形成され、上記窒素富化層が形成される工程では、上記膜が形成された上記部材が、搬送装置を介して上記酸化装置に接続された窒素富化層形成装置内に上記搬送装置によって搬送されたうえで、上記窒素富化層形成装置内において上記窒素富化層が形成され、上記部材を焼入硬化する工程では、上記窒素富化層形成装置に接続された焼入装置内において上記部材が焼入硬化されてもよい。このようにすることにより、連続炉を用いて効率よく機械部品に窒素富化層を形成するとともに、機械部品を焼入硬化することができる。
【0023】
上記機械部品の製造方法においては、上記機械部品は転がり軸受を構成する部品であってもよい。
【0024】
転がり軸受を構成する軌道輪、転動体などの部品は、高い疲労強度や耐摩耗性を要求される場合が多い。そのため、窒素富化層を形成する本発明の機械部品の製造方法は、転がり軸受を構成する部品の製造方法として好適である。
【発明の効果】
【0025】
以上の説明から明らかなように、本発明の機械部品の製造方法によれば、アンモニアガスを使用しない迅速な熱処理により表層部に窒素富化層を有する機械部品を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】実施の形態1における機械部品の製造方法の概略を示すフローチャートである。
図2】機械部品の製造方法の一例を説明するための概略図である。
図3】機械部品の製造方法の他の一例を説明するための概略図である。
図4】実施の形態2における機械部品の製造方法の概略を示すフローチャートである。
図5】異なる酸化処理温度にてバナジウム含有膜を形成した場合の窒素富化層の窒素濃度分布を示す図である。
図6】酸化処理後に室温まで冷却することなく形成した窒素富化層の窒素濃度分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付し、その説明は繰り返さない。
【0028】
(実施の形態1)
まず、本発明の一実施の形態である実施の形態1について説明する。図1を参照して、実施の形態1における機械部品の製造方法では、工程(S10)として鋼部材準備工程が実施される。この工程(S10)では、鋼からなり、機械部品の概略形状に成形された部材である鋼部材が準備される。具体的には、たとえば0.1質量%以上のバナジウムを含有する鋼であるAMS2315の鋼材、あるいはJIS規格SUJ2に0.1質量%以上のバナジウムを添加した成分組成を有する鋼材などが準備され、鍛造、旋削などの加工が実施されることにより鋼部材が作製される。
【0029】
次に、工程(S20)として酸化工程が実施される。この工程(S20)では、工程(S10)において準備された鋼部材が酸化処理される。具体的には、上記鋼部材が酸化性雰囲気、たとえば大気中において500℃以上であって鋼部材を構成する鋼のA変態点未満の温度域に加熱されることにより、当該鋼部材の表層部が酸化される。このとき、鋼中に含まれるバナジウムと、鋼中の炭素および雰囲気中の窒素とが反応することにより、鋼部材の表面にバナジウムを含む膜が形成される。この膜は、具体的にはV(バナジウム)−N(窒素)膜、V−C(炭素)膜、V−C−N膜などである。
【0030】
次に、工程(S30)として浸炭窒化工程が実施される。この工程(S30)では、工程(S20)において酸化処理された鋼部材が浸炭窒化処理される。具体的には、たとえば変成炉においてプロパンガスと空気とを混合し、触媒の存在下において1000℃以上の温度に加熱することにより得られた吸熱型変成ガスであるRXガスに、エンリッチガスとしてプロパンガスなどを添加して所望のカーボンポテンシャルに調整された雰囲気中において、上記鋼部材がA変態点以上の温度域に加熱される。このとき、上記雰囲気中にはアンモニアガスは添加されない。これにより、鋼部材の表層部の炭素量は、雰囲気のカーボンポテンシャルに応じた値となる。また、上記鋼部材の表面には工程(S20)においてバナジウムを含む膜が形成されており、かつRXガスには空気中の窒素ガスが含まれることから、鋼部材の表層部には窒素が侵入する。その結果、鋼部材は浸炭窒化処理され、鋼部材の表層部に窒素富化層が形成される。
【0031】
次に、工程(S40)として焼入硬化工程が実施される。この工程(S40)では、工程(S30)において浸炭窒化処理された鋼部材が焼入硬化される。具体的には、工程(S30)においてA変態点以上の温度域にて浸炭窒化された鋼部材が、A変態点以上の温度域からM点以下の温度域にまで冷却されることにより、焼入硬化される。これにより、窒素富化層を含む鋼部材全体が焼入硬化され、鋼部材に高い疲労強度および耐摩耗性が付与される。
【0032】
次に、工程(S50)として焼戻工程が実施される。この工程(S50)では、工程(S40)において焼入硬化処理された鋼部材が焼戻処理される。具体的には、工程(S50)では、工程(S40)において焼入硬化処理された鋼部材が、A変態点以下の温度に加熱され、その後冷却されることにより焼戻処理が実施される。
【0033】
次に、工程(S60)として仕上げ加工工程が実施される。この工程(S60)では、工程(S10)〜(S50)までが実施されて得られた鋼部材に対して仕上げ加工が実施されることにより、軸受部品などの機械部品が完成する。具体的には、工程(S60)では、焼戻処理された鋼部材に対して研磨処理などが実施されて機械部品が完成する。以上のプロセスにより、本実施の形態における機械部品の製造方法は完了し、機械部品が完成する。
【0034】
本実施の形態における機械部品の製造方法では、表面にバナジウムを含む膜が形成された鋼部材が、窒素ガスを含みアンモニアガスを含まない雰囲気中において加熱され、窒素富化層を有する機械部品が製造される。本実施の形態における機械部品の製造方法においては、窒素富化層の形成が未分解のアンモニアによって進行するものではない。そのため、アンモニアの分解を考慮することなく、高温での熱処理が可能となっている。その結果、本実施の形態における機械部品の製造方法においては、窒素富化層を形成する処理を高温で実施し、熱処理時間を短縮することができる。また、上記製造方法ではアンモニアを用いないため、熱処理炉内において使用される部品の消耗を抑制し、設備の維持管理コストを低減することができる。以上のように、本実施の形態における機械部品の製造方法によれば、アンモニアガスを使用しない迅速な熱処理により表層部に窒素富化層を有する機械部品を製造することができる。
【0035】
また、工程(S10)において0.1質量%以上のバナジウムを含有する鋼からなる鋼部材を準備し、これを工程(S20)において酸化処理することにより、容易にバナジウムを含む膜を形成することができる。このとき、酸化処理をA変態点未満の温度域にて実施することにより、酸化処理中に相変態が起こらず、寸法変化や熱処理変形を抑制することができる。また、酸化処理を上記鋼のA変態点未満の温度域にて実施することにより、鋼の母相が炭素固溶限の小さいフェライトの状態に維持され、脱炭の発生を抑制することができる。一方、酸化処理を500℃以上にて実施することにより、効率よくバナジウムを含む膜を形成することができる。バナジウムを含む膜を一層効率よく形成するためには、工程(S20)における酸化処理温度は600℃以上としてもよく、650℃以上としてもよい。
【0036】
ここで、工程(S30)において採用される熱処理ガスは、窒素ガスと還元性ガスとの混合ガスであってもよい。これにより、窒素供給源として安価かつ入手が容易な窒素を含む還元性の熱処理ガスを用いた窒素富化層の形成が可能となる。その結果、熱処理コストを低減することができる。
【0037】
また、工程(S30)において採用される熱処理ガスは、窒素ガスを含み、酸素分圧が10−16Pa以下となっていてもよい。この熱処理ガスは、還元性ガスを含むことにより酸素分圧が10−16Pa以下となっていてもよい。還元性ガスとしては、たとえば水素ガスを採用することができる。これにより、窒素供給源として安価かつ入手が容易な窒素を含み、かつ酸化性を低いレベルに抑制した熱処理ガスを用いることができる。その結果、熱処理コストを低減することができる。
【0038】
次に、上記工程(S20)〜(S40)の具体的な実施手順について、その一例を、図2を参照して説明する。図2を参照して、バッチ炉1は、熱処理室11と、熱処理室11の底壁上に設置された保持部12と、熱処理室の壁面に設置された給気口13および排気口14とを備えている。給気口13は、ガス供給源(図示しない)と接続可能となっており、所望のガス供給源と接続することにより、給気口13を介して熱処理室11内に雰囲気ガスを供給することができる。一方、排気口14は、排気装置(図示しない)と接続可能となっており、排気口14を介して熱処理炉内の雰囲気ガスを排気することができる。このバッチ炉1を用いて、上記工程(S20)〜(S40)を以下のように実施することができる。
【0039】
まず、工程(S20)では、工程(S10)において準備された鋼部材90が、熱処理室11内の保持部12上に配置される。次に、熱処理室11内が酸化性雰囲気に調整される。ここでは、排気口14から熱処理室11内のガスが廃棄されたうえで、給気口13から酸化性ガスが供給されることにより熱処理室11内が酸化性雰囲気に調整されてもよいし、給気口13および排気口14が大気に対して解放されることにより熱処理室11内が酸化性雰囲気に調整されてもよい。そして、酸化性雰囲気に調整された熱処理室11内において、鋼部材90が500℃以上であって鋼部材90を構成する鋼のA変態点未満の温度域に加熱されて酸化される。これにより、鋼部材90の表面を含む領域にバナジウムを含む膜が形成される。
【0040】
工程(S20)が完了すると、続いて工程(S30)が実施される。工程(S30)では、まず熱処理室11内の雰囲気が上記熱処理ガスに置換される。具体的には、排気口14を介して熱処理室11内の雰囲気ガスが排気され、給気口13から上記熱処理ガス(たとえば窒素ガスと還元性ガスとの混合ガス)が供給されることにより、熱処理室11内が上記熱処理ガスに置換される。そして、鋼部材90が熱処理室11内にて、たとえばA変態点以上の温度域である750℃以上1000℃以下の温度域、好ましくは850℃以上950℃以下の温度域に加熱されることにより、鋼部材90の表層部に窒素富化層が形成される。このとき、工程(S20)が完了後、工程(S30)の実施前に、鋼部材90は室温まで冷却されてもよい。しかし、工程(S20)の完了後、鋼部材90を室温まで冷却することなく、連続的に工程(S30)を実施することにより、熱処理に要するエネルギーを低減するとともに、熱処理時間を短縮することができる。
【0041】
工程(S30)が完了すると、続いて工程(S40)が実施される。工程(S40)では、窒素富化層が形成された鋼部材90がバッチ炉1から取り出され、たとえば油漕内に浸漬され、焼入硬化される。以上の手順により、バッチ炉1を用いて効率よく工程(S20)〜(S40)を実施することができる。
【0042】
また、上記工程(S20)〜(S40)は、以下のように連続炉を用いて実施されてもよい。図3を参照して、連続炉2は、酸化装置としての酸化処理炉21と、搬送装置としてのコンベア24,25を介して酸化処理炉21に接続された窒素富化層形成装置としての窒化処理炉22と、窒化処理炉22に接続され、焼入油を保持する焼入装置としての焼入油漕23とを備えている。焼入油漕23には、焼入油漕23内の被処理物を搬出するコンベア26が設置されている。この連続炉2を用いて、上記工程(S20)〜(S40)を以下のように実施することができる。
【0043】
まず、工程(S20)では、工程(S10)において準備された鋼部材90が、コンベア24上に載置される。これにより、鋼部材90はコンベア24により搬送され、酸化処理炉21内に進入する。酸化処理炉21内は、たとえば大気に対して解放されていることにより、大気雰囲気となっている。そして、酸化処理炉21内において、鋼部材90が500℃以上であって鋼部材90を構成する鋼のA変態点未満の温度域に加熱されて酸化される。これにより、鋼部材90の表面を含む領域にバナジウムを含む膜が形成される。
【0044】
次に、工程(S30)では、鋼部材90が、コンベア24,25により矢印αに沿って搬送されて、窒化処理炉22内に進入する。このとき、鋼部材90は、室温まで冷却されることなく、窒化処理炉22内に進入してもよい。窒化処理炉22内は、窒素ガスと還元性ガスとの混合ガス雰囲気、たとえば窒素ガスと水素ガスとの混合雰囲気に調整されている。そして、当該窒化処理炉22内において鋼部材90がA変態点以上の温度域に加熱される。これにより、鋼部材90の表層部に窒素富化層が形成される。
【0045】
次に、窒素富化層が形成された鋼部材90は、コンベア25により搬送されることにより、矢印βに沿って焼入油漕23内に落下する。これにより、鋼部材90は急冷されて、焼入硬化される。そして、焼入硬化された鋼部材90は、コンベア26により、焼入油漕23から搬出される。以上の手順により、連続炉2を用いた工程(S20)〜(S40)が完了する。このように、連続炉2を用いることにより、工程(S20)〜(S40)を効率よく実施し、機械部品の生産効率を向上させることができる。
【0046】
(実施の形態2)
次に、図4を参照して、本発明の他の実施の形態である実施の形態2について説明する。実施の形態2における機械部品の製造方法は、基本的には実施の形態1の場合と同様に実施される。しかし、実施の形態2における機械部品の製造方法は、熱間鍛造工程を含む点において実施の形態1の場合とは異なっている。
【0047】
実施の形態2における機械部品の製造方法では、まず、工程(S10)において実施の形態1の場合と同様に0.1質量%以上のバナジウムを含有する鋼が準備され、後述する工程(S21)における熱間鍛造が可能な形状に成形されることにより鋼部材が作製される。
【0048】
次に、工程(S21)として熱間鍛造工程が実施される。この工程(S21)では、上記鋼部材が熱間鍛造される。具体的には、上記鋼部材が、たとえば大気中において熱間鍛造されることにより成形される。このとき、大気中の酸素により鋼部材の表層部が酸化される。その結果、鋼中に含まれるバナジウムと、鋼中の炭素および雰囲気中の窒素とが反応することにより、鋼部材の表面にバナジウムを含む膜、具体的にはV−N膜、V−C膜、V−C−N膜などが形成される。
【0049】
その後、工程(S20)を省略し、工程(S30)〜(S60)が実施の形態1の場合と同様に実施され、機械部品が完成する。
【0050】
本実施の形態における機械部品の製造方法では、製造プロセスに含まれる熱間鍛造工程を利用して鋼部材の酸化処理が実施される。そのため、工程数の増加を抑制しつつ本発明の機械部品の製造方法を実施することができる。
【実施例1】
【0051】
変態点未満の温度域で酸化されてバナジウムを含む膜が形成された場合でも、その後、窒素ガスを含みアンモニアガスを含まない熱処理ガス雰囲気中において加熱すれば、窒素富化層が形成されることを確認する実験を行った。実験の手順は以下のとおりである。
【0052】
炭素1.00質量%、珪素0.31質量%、マンガン0.46質量%、クロム1.51質量%、バナジウム1.02質量%を含み、残部鉄および不純物からなる鋼(JIS規格SUJ2にバナジウム1.02質量%を添加した鋼)を準備し、これを所定の形状に加工した。そして、得られた試験片を大気中においてA変態点未満の温度である700℃に加熱して10時間酸化処理した。一方、比較のため、同様の試験片を大気中においてA変態点以上の温度である950℃に加熱して1.5時間酸化処理した。そして、これらの試験片を窒素ガス50体積%、水素ガス50体積%の混合ガス中で950℃に加熱し、12時間保持した。そして、得られた試験片の表層部の窒素濃度分布をEPMA(Electron Probe Micro Analyser)により分析した。分析結果を図5に示す。図5において、横軸は表面からの深さ(距離)を示しており、縦軸は窒素濃度を示している。また、図5において細線は酸化処理を950℃で実施したサンプル、太線は酸化処理を700℃で実施したサンプルに対応する。
【0053】
図5を参照して、酸化処理をA変態点未満の温度である700℃で実施した場合でも、酸化処理をA変態点以上の温度である950℃で実施した場合と同等の十分な窒素濃度分布が得られている。このように、酸化処理をA変態点未満で実施することで、適切な窒素濃度分布の窒素富化層を形成しつつ、機械部品の寸法変化、熱処理変形および脱炭の発生を抑制することができる。
【実施例2】
【0054】
酸化処理によってバナジウムを含む膜を形成した後、窒化処理実施前に、室温までの冷却が必要か否かを確認する実験を行った。
【0055】
まず、上記実施例1の場合と同様の鋼材(JIS規格SUJ2にバナジウム1.02質量%を添加した鋼材)から試験片を作製した。この試験片を大気中においてA変態点未満の温度である700℃に加熱して酸化処理した後、冷却することなく連続して窒素ガス50体積%、水素ガス50体積%の混合ガス雰囲気中で950℃に加熱し、6時間保持した。その後、実施例1の場合と同様に試験片の表層部における窒素濃度分布をEPMAにより調査した。調査結果を図6に示す。図6において、横軸は表面からの深さ(距離)を示しており、縦軸は窒素濃度を示している。
【0056】
図6を参照して、酸化処理後に意図的に鋼を冷却する冷却工程を実施することなく、連続的に窒化処理を実施した場合でも、十分な窒素濃度分布を有する窒素富化層が得られている。このように、酸化処理後に冷却工程を実施することなく窒化処理工程を実施することにより、熱処理に要するエネルギーを低減するとともに、熱処理時間を短縮することができる。このような熱処理プロセスは、たとえば上記実施の形態において説明したバッチ炉や連続炉を用いて実施することができる。
【0057】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明の機械部品の製造方法は、表層部に窒素富化層を有する機械部品の製造方法に、特に有利に適用され得る。
【符号の説明】
【0059】
1 バッチ炉、2 連続炉、11 熱処理室、12 保持部、13 給気口、14 排気口、21 酸化処理炉、22 窒化処理炉、23 焼入油漕、24,25,26 コンベア、90 鋼部材。
図1
図2
図3
図4
図5
図6