(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6071608
(24)【登録日】2017年1月13日
(45)【発行日】2017年2月1日
(54)【発明の名称】耐酸化性に優れたフェライト系ステンレス鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20170123BHJP
C22C 38/32 20060101ALI20170123BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20170123BHJP
C21D 1/76 20060101ALI20170123BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20170123BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/32
C22C38/54
C21D1/76 G
!C21D9/46 R
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-23416(P2013-23416)
(22)【出願日】2013年2月8日
(65)【公開番号】特開2013-213279(P2013-213279A)
(43)【公開日】2013年10月17日
【審査請求日】2015年10月9日
(31)【優先権主張番号】特願2012-53262(P2012-53262)
(32)【優先日】2012年3月9日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】新日鐵住金ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100107892
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 俊太
(74)【代理人】
【識別番号】100105441
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 久喬
(72)【発明者】
【氏名】神野 憲博
(72)【発明者】
【氏名】濱田 純一
(72)【発明者】
【氏名】井上 宜治
【審査官】
本多 仁
(56)【参考文献】
【文献】
特開2011−068948(JP,A)
【文献】
国際公開第2011/111871(WO,A1)
【文献】
特開2009−120894(JP,A)
【文献】
特開2005−298854(JP,A)
【文献】
特開2009−197307(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%にて、C:0.020%以下、N:0.020%以下、Si:0.10〜0.40%、Mn:0.20〜1.00%、Cr:16.0〜20.0%、Nb:0.30〜0.80%、Mo:1.80〜2.40%、W:0.05〜1.40%、Cu:1.00〜2.50%、B:0.0003〜0.0030%を含有し、さらに下記(1)式:
3≦(5×Mo)/(3×Mn)≦20・・・(1)
を満たして含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とするMn含有酸化膜形成能およびスケール剥離性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
ここで(1)式のMo、Mnはそれぞれの含有量(質量%)を意味する。
【請求項2】
さらに下記(2)式:
2.0≦(5×Mo+2.5×W)/(4×Mn)≦8.0・・・(2)
を満たして含有することを特徴とする請求項1に記載のMn含有酸化膜形成能およびスケール剥離性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
ここで(2)式のMo、Mn、Wはそれぞれの含有量(質量%)を意味する。
【請求項3】
質量%にて、Ni:1.0%以下、Al:1.0%以下、V:0.50%以下の1種以上を含有する第1群、Mg:0.0100%以下を含有する第2群、Sn:0.50%以下、Co:1.50%以下の1種以上を含有する第3群、およびZr:1.0%以下、Hf:1.0%以下、Ta:2.0%以下の1種以上を含有する第4群の少なくとも1群から選ばれた成分を含有することを特徴とする請求項1または2記載のMn含有酸化膜形成能およびスケール剥離性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
900〜1000℃×100時間以上の条件で熱処理を施したときに、酸化膜の最外層に(Mn,Cr)3O4が生成することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のMn含有酸化膜形成能およびスケール剥離性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼板に、1000℃で200時間の大気中連続酸化試験を行った場合のスケール剥離量が、1.0mg/cm2以下であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のMn含有酸化膜形成能およびスケール剥離性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に耐酸化性が必要な排気系部材などの使用に最適な耐酸化性に優れたフェライト系ステンレス鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車のエキゾーストマニホールドなどの排気系部材は、エンジンから排出される高温の排気ガスを通すため、排気部材を構成する材料には高温強度、耐酸化性、熱疲労特性など多様な特性が要求され、耐熱性に優れたフェライト系ステンレス鋼が用いられている。
【0003】
排ガス温度は、車種によって異なるが、近年では800〜900℃程度が多く、エンジンから排出される高温の排気ガスを通すエキゾーストマニホールドの温度は750〜850℃と高温となる。しかし、近年の環境問題の高まりから、さらなる排ガス規制の強化、燃費向上が進められており、その結果、排ガス温度は1000℃付近まで高温化するものと考えられている。
【0004】
近年使用されているフェライト系ステンレス鋼には、SUS429(Nb−Si添加鋼)、SUS444(Nb−Mo添加鋼)があり、Nb添加を基本に、Si、Moの添加によって高温強度および耐酸化性を向上させるものである。しかし、排ガス温度の850℃超の高温化にSUS444でも対応不可であり、SUS444以上の高温強度および耐酸化性を有するフェライト系ステンレス鋼が要望されている。ここで耐酸化性とは、大気中連続酸化試験の酸化増量およびスケール剥離量で評価し、ともに少ない方が優れているとする。自動車は長期使用するため、1000℃で200時間保持した場合の耐酸化性が必要となる。
【0005】
このような要望に対して、様々な排気系部材の材料が開発されている。例えば、特許文献1〜4には、Cu−Mo−Nb−Mn−Si複合添加を行う技術が開示されている。特許文献1には、高温強度向上および靭性向上のためにCu−Mo添加、耐スケール剥離性向上のためにMn添加をしているが、酸化増量に関して明記がなく、連続酸化試験の条件も1000℃×100時間であり、100時間を超えた場合のスケール剥離性は検討されていない。特許文献2では、Cu添加鋼の耐酸化性向上のために各添加元素を相互調整しているが、連続酸化試験の温度は950℃までであり、実際に1000℃の試験を行っていない。特許文献3には、SiおよびMnの含有量を最適化することによって繰り返し酸化特性を飛躍的に向上させる方法が開示されているが、繰り返し酸化試験の最高温度の総熱処理時間は約133時間程度であり、さらに長時間の耐酸化性の検討は行われていない。特許文献4には、MoおよびW量を調整することで高温強度および耐酸化性を向上させる技術が開示されているが、評価しているのは酸化増量のみであり、スケール剥離量は評価していない。
【0006】
発明者らは、直近、特許文献5において、Nb−Mo−Cu−Ti−Bの複合添加により、Laves相およびε−Cu相を微細分散させ、850℃で優れた高温強度を得る技術を開示している。また、特許文献6において、Nb−Mo−Cu−Ti−B鋼でNbを主相とした炭窒化物を微細化することにより、Laves相の析出および粗大化を抑制させ、950℃で優れた耐熱性を得る技術を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第2696584号公報
【特許文献2】特開2009−235555号公報
【特許文献3】特開2010−156039号公報
【特許文献4】特開2009−1834号公報
【特許文献5】特開2009−215648号公報
【特許文献6】特開2011−190468号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献5,6の技術を用いても1000℃程度の温度領域での長時間使用時には、耐酸化性およびスケール剥離性が安定して発現しない場合があることが判明した。
【0009】
本発明は、特に排気ガスの最高温度が1000℃程度になる環境化において、従来技術より高い耐酸化性を有するフェライト系ステンレス鋼を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明者らは鋭意検討を重ねた。その結果、Si−Mn−Nb−Mo−W−Cu添加鋼において、添加Mo量が1.80%以上になる場合、添加Mn量を増加させ、さらにMoおよびMnのバランスを下記(1)式:
3≦(5×Mo)/(3×Mn)≦20・・・(1)
を満たすように制御すると、1000℃長時間使用時の酸化増量およびスケール剥離量は少なく、酸化膜の長期安定性に優れることを見出した。また、Tiを含有した場合、スケール剥離性が劣化することが判明した。
【0011】
図1に0.005〜0.008%C−0.009〜0.013%N−16.9〜17.5%Cr−0.13〜0.19%Si−0.03〜1.18%Mn−0.49〜0.55%Nb−2.14〜2.94%Mo−0.67〜0.80%W−1.40〜1.55%Cu−0.0003〜0.0006B鋼を用いて、1000℃で200時間の大気中連続酸化試験を行った場合のスケール剥離量を示す。Mnの添加量が0.20%以上となった鋼種では、スケール剥離量が減少し、0.30%以上になるとスケール剥離量がほぼ0になっていることがわかる。また、
図2に上記の結果を(1)式の中辺にあてはめた場合の関係を示す。(1)式の中辺が20以下を満たす場合に、スケール剥離量が1.0mg/cm
2以下であり、優れたスケール剥離性を得られることが判明した。Mnを添加すると酸化膜の長期安定性に優れる理由は、本発明鋼の成分組成においてはMn含有酸化膜の形成能に優れることに起因すると考えられる。長時間高温にさらされることにより、酸化膜として最外層に生成される(Mn,Cr)
3O
4が生成し、厚みのあるスケールを生成する。その結果、昇華しやすいMoO
3の生成および昇華が抑制され、スケールに欠陥ができにくくなり、スケール剥離しにくくなるものと推察される。このMn含有酸化膜の存在を確認するには、熱処理後の断面をEPMAで元素マッピングを行い、Mnが最外層で濃化しているかで判断することが可能である。
【0012】
なお、本発明においては、900〜1000℃×100〜200時間の条件で熱処理を施した時に、酸化膜の最外層に(Mn,Cr)
3O
4が生成することを確認することができる。酸化の進行が顕著でかつ、異常酸化の影響を排除した熱処理条件を評価基準の熱処理とした。
【0013】
また、さらに添加W量を(2)式:
2.0≦(5×Mo+2.5W)/(4×Mn)≦8.0・・・(2)
を満たすように制御すると、より1000℃長時間使用時の酸化増量およびスケール剥離量は少なく、酸化膜の長期安定性に優れる、すなわちWの耐スケール剥離性に及ぼす影響は、Moの添加量の1/2であることを見出した。
【0014】
図3に0.005〜0.007%C−0.0010〜0.012%N−17.4〜17.8%Cr−0.13〜0.15%Si−0.03〜1.18%Mn−0.49〜0.56%Nb−1.81〜2.15%Mo−0.35〜0.70%W−1.40〜1.53%Cu−0.0004〜0.0005B鋼を用いて、1000℃で200時間の大気中連続酸化試験を行った場合のスケール剥離量を(2)式の中辺((5×Mo+2.5W)/(4×Mn))にあてはめた場合の関係を示す。
図3において、●は(1)式合格、○は(1)式から外れていることを意味する。(1)式合格の●データにおいて、さらに(2)式の中辺が8.0以下になると、スケール剥離量がほぼないことがわかる。この理由はMoと同様に、昇華しやすいWO
3の生成および昇華が(Mn,Cr)
3O
4のあるスケールにより抑制され、スケールに欠陥ができにくくなり、スケール剥離しにくくなるものと推察される。
【0015】
本発明の要旨は以下のとおりである。
(1)質量%にて、C:0.020%以下、N:0.020%以下、Si:0.10〜0.40%、Mn:0.20〜1.00%、Cr:16.0〜20.0%、Nb:0.30〜0.80%、Mo:1.80〜2.40%、W:0.05〜1.40%、Cu:1.00〜2.50%、B:0.0003〜0.0030%を含有し、さらに上記成分が下記(1)式:
3≦(5×Mo)/(3×Mn)≦20・・・(1)
を満たして含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とするMn含有酸化膜形成能およびスケール剥離性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。ここで(1)式のMo、Mnはそれぞれの含有量(質量%)を意味する。
(2)さらに下記(2)式:
2.0≦(5×Mo+2.5×W)/(4×Mn)≦8.0・・・(2)
を満たして含有することを特徴とする(1)記載のMn含有酸化膜形成能およびスケール剥離性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。ここで(2)式のMo、Mn、Wはそれぞれの含有量(質量%)を意味する。
(3)質量%にて、Ni:1.0%以下、Al:1.0%以下、V:0.50%以下の1種以上を含有する第1群、Mg:0.0100%以下を含有する第2群、Sn:0.50%以下、Co:1.50%以下の1種以上を含有する第3群、およびZr:1.0%以下、Hf:1.0%以下、Ta:2.0%以下の1種以上を含有する第4群の少なくとも1群から選ばれた成分を含有することを特徴とする上記(1)又は(2)記載のMn含有酸化膜形成能およびスケール剥離性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(4)900〜1000℃×100時間以上の条件で熱処理を施した時に、酸化膜の最外層に(Mn,Cr)
3O
4が生成することを特徴とする(1)〜(3)に記載のMn含有酸化膜形成能およびスケール剥離性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(5)(1)〜(
4)に記載のフェライト系ステンレス鋼板に、1000℃で200時間の大気中連続酸化試験を行った場合のスケール剥離量が、1.0mg/cm
2以下であることを特徴とする(1)〜(4)に記載のMn含有酸化膜形成能およびスケール剥離性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【0016】
ここで、下限の規定が無いものについては、不可避的不純物レベルまで含むことを示す。
【発明の効果】
【0017】
本発明によればSUS444以上の高温特性が得られ、即ち1000℃における耐酸化性がSUS444と同等以上のフェライト系ステンレス鋼を提供できる。特に自動車などの排気系部材に適用することにより、1000℃付近までの高温化に対応することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図2】スケール剥離量に及ぼす(1)式中辺の影響を示した結果
【
図3】スケール剥離量に及ぼす(2)式中辺の影響を示した結果
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明について詳細に説明する。まず、本発明の成分限定理由について説明する。以下限定のない限り、%は質量%を意味する。
【0020】
Cは、成形性と耐食性を劣化させ、Nb炭窒化物の析出を促進させて高温強度の低下をもたらす。その含有量は少ないほど良いため、0.020%以下とした。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、0.003%〜0.015%を好ましい範囲とする。
【0021】
NはCと同様、成形性と耐食性を劣化させ、Nb炭窒化物の析出を促進させて高温強度の低下をもたらす。その含有量は少ないほど良いため、0.020%以下とした。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、0.005〜0.020%を好ましい範囲とする。
【0022】
Siは、耐酸化性を改善するために非常に重要な元素である。また、脱酸剤としても有用な元素である。Si添加量が0.10%未満の場合、異常酸化が起こりやすい傾向となり、0.40%超ではスケール剥離が起こりやすい傾向となるので、0.10〜0.40%とした。しかし、高温強度に関して、Siは高温でLaves相と呼ばれるFeとNb,MoおよびWを主体とする金属間化合物の析出を促進させ、固溶Nb,Mo,W量を低下させて高温強度を低減させることを想定すると、0.10〜0.25%が望ましい。
【0023】
Mnは、長時間使用中に(Mn,Cr)
3O
4を表層部に形成し、スケール密着性や異常酸化抑制に寄与する非常に重要な元素である。その効果は0.20%以上で発現する。一方、1.00%超の過度な添加は、常温の加工性を低下させるため、0.20〜1.00%とした。さらにMnSを形成して耐食性を低下させることも考慮すると、0.20〜0.60%が望ましい。
【0024】
Crは、本発明において、耐酸化性確保のために必須な元素である。本発明では、16.0%以上であれば、1000℃で十分な耐酸化性を有するため、下限を16.0%とした。一方、20.0%超では加工性を低下させたり、靭性の劣化をもたらすため、16.0〜20.0%とした。更に、高温延性、製造コストを考慮すると16.5〜18.0%が望ましい。
【0025】
Nbは、固溶強化およびLaves相の微細析出による析出強化による高温強度向上のために必要な元素である。また、CやNを炭窒化物として固定し、製品板の耐食性やr値に影響する再結晶集合組織の発達に寄与する役割もある。本発明のSi−Mn−Nb−Mo−W−Cu添加鋼においては、固溶Nb増および析出強化が0.30%以上のNb添加で得られることから、下限を0.30%とした。また、0.80%超の過度な添加はLaves相の粗大化を促進して高温強度には寄与せず、かつコスト増になることから、上限を0.80%とした。更に、製造性およびコストを考慮すると、0.40〜0.70%が望ましい。
【0026】
Moは、耐食性を向上させるとともに、高温酸化を抑制、Laves相の微細析出による析出強化および固溶強化による高温強度向上に対して有効である。しかし、過度な添加は長時間使用中のスケール剥離を促進させ、Laves相の粗大析出を促進し、析出強化能を低下させ、また加工性を劣化させる。本発明では先述したSi−Mn−Nb−Mo−W−Cu添加鋼で、1000℃の高温酸化抑制、固溶Mo増および析出強化が1.80%以上のMo添加で得られることから、下限を1.80%とした。しかし、2.40%超の過度な添加はスケールの剥離を促進して耐酸化性には寄与せず、かつコスト増になることから、上限を2.40%とした。更に、Laves相の粗大化を促進して高温強度には寄与せず、かつコスト増になることを考慮すると、1.90〜2.30%が望ましい。
【0027】
Wは、Moと同様な効果を有し、高温強度を向上させる元素であり、本発明のSi−Mn−Nb−Mo−W−Cu添加鋼においては、0.05%以上の添加で効果が得られる。ただし、過度に添加するとLaves相中に固溶し、析出物を粗大化させてしまうとともに製造性および加工性を劣化させるため、上限を1.40%とした。更に、WもMoと同様に昇華性の高い酸化物を生成してスケール剥離しやすくなることを考慮すると、0.10〜1.00%が望ましい。
【0028】
Cuは、高温強度向上に有効な元素である。これは、ε−Cuが析出することによる析出硬化作用であり、1.00%以上の添加により著しく発揮する。一方、過度な添加は、均一伸びの低下や常温耐力が高くなりすぎてプレス成型性に支障が生じる。また、2.50%以上添加すると高温域でオーステナイト相が形成されて表面に異常酸化が生じるため上限を2.50%とした。製造性やスケール密着性を考慮すると、1.20〜1.80%が望ましい。
【0029】
Bは、製品のプレス加工時の2次加工性を向上させる元素であり、その効果は0.0003%以上の添加で発揮する。ただし、過度な添加は硬質化や粒界腐食性を劣化させるため、上限を0.0030%とした。更に、成型性や製造コストを考慮すると、0.0003〜0.0020%が望ましい。
【0030】
Moを過剰に添加すると、昇華性の高いMoO
3を生成しスケール剥離の要因となる。したがって、Moによる悪影響を除くためには、MoO
3を抑える効果があるMnとのバランスを3≦(5×Mo)/(3×Mn)≦20・・・(1)と適正範囲にする必要がある。
図2に示したように、本発明の成分系では、耐酸化性を向上させるには、上述した(1)式中辺を20以下にする必要があり、この条件を満たすことでスケール剥離性を本発明の目標値、すなわち1000℃×200時間の大気中連続酸化試験におけるスケール剥離量を1.0g/cm
2以下にすることができる。そうなると、自動車の排気系材料として使用した場合、肉厚減が少なくなり、対応することが可能となる。そのため、上述した(1)式を20以下にする必要がある。またこれにより、上記試験のスケール剥離量を1.0g/cm
2以下とすることができる。なお、高温強度および加工性を確保する観点から、(1)式の下限は3である。また、スケール剥離をほぼないようにするには、(1)式を3〜10の範囲にすればよい。
【0031】
さらに、Wの悪影響を防ぐためには、各元素のバランスを2.0≦(5×Mo+2.5W)/(4×Mn)≦8.0・・・(2)と適正範囲にすることで、スケール剥離をほぼないようにすることができる。
【0032】
また、高温強度等諸特性を更に向上させるため、以下の元素を添加してもよい。
【0033】
Niは、耐食性を向上させる元素であるが、過度の添加は高温域でオーステナイト相が形成されて表面に異常酸化およびスケール剥離が生じるため、上限を1.0%とした。また、その作用は0.1%から安定して発現するが、製造コストを考慮すると、Ni含有量は0.1〜0.6%が望ましい。
【0034】
Alは、脱酸元素として添加される他、耐酸化性を向上させる元素である。また、固溶強化元素としての強度向上に有用である。その作用は0.10%から安定して発現するが、過度の添加は硬質化して均一伸びを著しく低下させる他、靭性が著しく低下するため、上限を1.0%とした。更に、表面疵の発生や溶接性、製造性を考慮すると、0.10〜0.30%が望ましい。なお、脱酸の目的でAlを添加する場合、鋼中に0.10%未満のAlが不可避的不純物として残存する。
【0035】
Vは、Nbと共に微細な炭窒化物を形成し、析出強化作用が生じて高温強度向上に寄与する。しかしながら、0.50%超添加するとNbおよびV炭窒化物が粗大化して高温強度が低下加工性が低下してしまうため、上限を0.50%とした。更に、製造コストや耐酸化性を考慮すると、0.05〜0.20%が望ましい。
【0036】
Mgは、2次加工性を改善させる元素である。しかしながら、0.0100%超の添加をすると加工性が著しく劣化するため、上限を0.0100%とした。更に、コストや表面品位を考慮すると、0.0002〜0.0010%が望ましい。
【0037】
Snは、原子半径が大きいため、固溶強化により高温強度にも寄与する有効な元素である。また、常温の機械的特性を大きく劣化させない。しかしながら、0.50%超添加すると製造性および加工性が著しく劣化するため、0.50%以下とした。更に、耐酸化性等を考慮すると、0.05〜0.20%が望ましい。
【0038】
Coは高温強度を向上する元素である。しかしながら、1.50%超添加すると製造性および加工性が著しく劣化するため、1.50%以下とした。更に、コストを考慮すると、0.05〜0.50%が望ましい。
【0039】
Zrは耐酸化性を改善する元素である。しかしながら、1.0%超の添加により粗大なLaves相が析出し、製造性および加工性の劣化が著しくなるため、1.0%以下とした。更に、コストや表面品位を考慮すると、0.05〜0.50%が望ましい。
【0040】
HfはZrと同様、耐酸化性を改善する元素である。しかしながら、1.0%超の添加により粗大なLaves相が析出し、製造性および加工性の劣化が著しくなるため、1.0%以下とした。更に、コストや表面品位を考慮すると、0.05〜0.50%が望ましい。
【0041】
TaはZrおよびHfと同様、耐酸化性を改善する元素である。しかしながら、2.0%超の添加により粗大なLaves相が析出し、製造性および加工性の劣化が著しくなるため、2.0%以下とした。更に、コストや表面品位を考慮すると、0.05〜1.00%が望ましい。
【0042】
本発明のフェライト系ステンレス鋼板は、900〜1000℃のいずれかの温度で100時間以上の条件で熱処理を施したときに、酸化膜の最外層に(Mn,Cr)
3O
4が生成することを特徴とする。即ちこれにより、Mn含有酸化膜形成能を有することを確認できる。また、1000℃で200時間の大気中連続酸化試験を行った場合のスケール剥離量が、1.0mg/cm
2以下であることを特徴とする。即ちこれにより、スケール剥離性に優れていることを確認できる。
【0043】
鋼板の製造方法については、一般的なフェライト系ステンレス鋼の製造方法で製造することができる。例えば、本発明範囲の組成を有するフェライト系ステンレス鋼を溶解してスラブを製造し、1000〜1200℃に加熱後、1100〜700℃の範囲で熱延し、4〜6mmの熱延板を製造する。その後、800〜1100℃で焼鈍の後に酸洗を行い、その焼鈍酸洗板を冷延し、1.5〜2.5mmの冷延板を作製した後に、900〜1100℃で仕上焼鈍後、酸洗を行う工程によって鋼板を製造することが可能である。ただし、仕上焼鈍後の冷却速度においては、冷却速度が遅い場合、Laves相などの析出物が多く析出するため、高温強度が低下し、常温延性等の加工性が劣化する可能性がある。そのため、最終焼鈍温度から600℃までの平均冷却速度を5℃/sec以上に制御した方が望ましい。また、熱延板熱延条件、熱延板厚、熱延板焼鈍の有無、冷延条件、熱延板および冷延板焼鈍温度、雰囲気などは適宜選択すれば良い。また、冷延・焼鈍を複数回繰り返したり、冷延・焼鈍後に調質圧延やテンションレベラーを付与しても構わない。更に、製品板厚についても、要求部材厚に応じて選択すれば良い。
【実施例】
【0044】
<サンプル作成方法>
表1、表2に示す成分組成の鋼を溶製して50kgのスラブに鋳造し、スラブを1100〜700℃で熱間圧延して5mm厚の熱延板とした。その後、熱延板を900〜1000℃で焼鈍した後に酸洗を施し、2mm厚まで冷間圧延し、焼鈍・酸洗を施して製品板とした。冷延板の焼鈍温度は、1000〜1200℃、焼鈍温度から600℃までの冷却速度は5℃/sec以上に制御した。表1のNo.1〜21は本発明例、表2のNo.22〜47は比較例である。表2において、本発明範囲から外れる数値にアンダーラインを付している。表1、2において、「−」は積極的に添加せず不可避的不純物レベルであることを意味する。また(2)式の中辺が好ましい範囲外である数値を太字で示している。
【0045】
<耐酸化性試験方法>
このようにして得られた製品板から20mm×20mm、板厚ままの酸化試験片を作製し、大気中1000℃で200時間の連続酸化試験を行い、異常酸化とスケール剥離の発生有無を評価した(JIS Z 2281に準拠)。酸化増量が4.0mg/cm
2以下であれば、異常酸化なしとして○、それ以外を異常酸化ありとして×とした。また、スケール剥離量が1.0mg/cm
2以下であれば○、スケール剥離がなければ◎、それ以外をスケール剥離ありとして×とした。
【0046】
<Mn含有酸化膜の確認方法>
耐酸化性試験方法で連続酸化試験を行った試験片の断面を、樹脂で埋め込んだ後に鏡面研磨した試験片を、EPMAで元素マッピングを行い、Mnが最外層で濃化しているか確認した。2000倍でスケール最表層部をFe,Cr,Mn,Si,Oの元素マッピングを行い、最外層にMnが8質量%以上濃化していれば、Mn含有酸化膜有として○、それ以外をなしとして×とした。
【0047】
<高温引張試験方法>
製品板から圧延方向を長手方向とする長さ100mmの高温引張試験片を作製し、1000℃引張試験を行い、0.2%耐力を測定した(JIS G 0567に準拠)。ここで、1000℃の0.2%耐力が11MPa以上の場合は○、11MPa未満の場合は×とした。
【0048】
<常温の加工性評価方法>
JIS Z 2201に準拠して圧延方向と平行方向を長手方向とするJIS13B号試験片を作製した。これらの試験片を用いて引張試験を行い、破断伸びを測定した(JIS Z 2241に準拠)。ここで、常温での破断伸びは30%以上あれば、一般的な排気部品への加工が可能なため、30%以上の破断伸びを有した場合は○、30%未満の場合は×とした。
【0049】
【表1】
【0050】
【表2】
【0051】
<評価結果>
表1、表2から明らかなように、本発明で規定する成分組成を有する鋼は、比較例に比べて1000℃における酸化増量やスケール剥離量が少なく、高温耐力も優れていることがわかる。また、式(2)を満たす本発明例のNo.1,5,6,8,9,12,17,18,19は、スケール剥離量評価結果がすべて◎であり、式(1)のみを満たす他の本発明例(スケール剥離量評価結果が○)と比較して、スケール剥離量がほぼないことがわかる。Mn、Mo、W以外の成分が同等である本発明例のNo.20とNo.21を比較すると、式(1)および(2)を満たすNo.20のほうが、式(1)のみを満たすNo.21よりも耐スケール剥離量が優れていることがわかる。さらに本発明例は、常温での機械的性質において破断延性が良好となり、比較例と同等以上の加工性を有することがわかる。
【0052】
No.22,23鋼では、それぞれC,Nが上限を外れているため、1000℃の耐力および常温延性が本発明例に比べて低い。No.24鋼はSiが下限を外れており、酸化増量が本発明例に比べて多い。No.25鋼は、Siが上限を外れており、スケール剥離量が本発明例に比べて多く、高温耐力も劣っている。No.26および28鋼は、それぞれMnおよびCrが下限を外れており、酸化増量およびスケール剥離量が本発明例に比べて多い。No.27鋼はMnが過剰に添加されており、常温における延性が低い。No.29鋼は、Crが上限を外れており、酸化増量およびスケール剥離量が少ないものの、常温延性が低い。No.30、32、34および36鋼は、それぞれNb、Mo、WおよびCuが下限を外れており、1000℃の耐力が低い。No.31および35鋼は、それぞれNbおよびWが上限を外れており、酸化増量およびスケール剥離量が少ないものの常温延性が低い。No.33鋼はMoが上限を外れ、さらに式(1)を満たさないため、スケール剥離量が多く、常温延性が低い。No.37鋼は、Cuが上限を外れており、酸化増量が多く、常温延性も劣っている。No.38鋼はBが上限を外れており、酸化増量およびスケール剥離量が少ないものの、常温延性が低い。No.39鋼はNiが上限を外れており、酸化増量およびスケール剥離量が多い。No.40〜47は、それぞれAl,V,Mg,Sn,Co,Zr,Hf,Taが上限を外れており、酸化増量およびスケール剥離量が少ないものの常温延性が低い。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明のフェライト系ステンレス鋼は耐熱性に優れるため、自動車排気系部材の加工品以外にも発電プラントの排気ガス経路部材としても用いることができる。さらに、耐食性の向上に有効であるMoを添加しているので、耐食性が必要である用途にも用いることができる。