特許第6071871号(P6071871)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6071871-ナフトピラン化合物の消色速度調節法 図000021
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6071871
(24)【登録日】2017年1月13日
(45)【発行日】2017年2月1日
(54)【発明の名称】ナフトピラン化合物の消色速度調節法
(51)【国際特許分類】
   C09K 9/02 20060101AFI20170123BHJP
【FI】
   C09K9/02 B
【請求項の数】3
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2013-273217(P2013-273217)
(22)【出願日】2013年12月27日
(65)【公開番号】特開2015-127371(P2015-127371A)
(43)【公開日】2015年7月9日
【審査請求日】2015年9月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】508353271
【氏名又は名称】阿部 二朗
(73)【特許権者】
【識別番号】391007507
【氏名又は名称】伊藤光学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076473
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100112900
【弁理士】
【氏名又は名称】江間 路子
(74)【代理人】
【識別番号】100136995
【弁理士】
【氏名又は名称】上田 千織
(74)【代理人】
【識別番号】100163164
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 敏之
(72)【発明者】
【氏名】阿部 二朗
(72)【発明者】
【氏名】加藤 裕久
(72)【発明者】
【氏名】清水 武洋
(72)【発明者】
【氏名】中川 由紀
【審査官】 磯貝 香苗
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−144289(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 9/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)又は(II)で示されるナフトピラン化合物(ナフトピラン骨格に1個若しくは複数個の複素環及び炭素環の一方又は双方が縮合したものも含む。)のナフタレン環に置換基を導入して消色速度を調節する方法であって、
密度汎関数計算(DFT計算)から求めた開環体から閉環体に戻る遷移状態の活性化自由エネルギーに基づいて前記消色速度を予測して、ナフタレン環における置換基および置換位置を選定することにより前記ナフトピラン化合物の分子設計をする、
ことを特徴とするナフトピラン化合物の消色速度調節法。
【化1】
【化2】
(式(I)および(II)中、R1〜R4はそれぞれ独立して置換基を表し、mは0〜2の自然数から、nは0〜4の自然数から、oは0〜5の自然数から、pは0〜5の自然数からそれぞれ選定する。R又はRは、それぞれ独立してハメット数σpが正の電子求引基であり、少なくとも一つ導入する。)
【請求項2】
前記ナフタレン環の6〜9位のいずれかの置換位置を選定して消色速度の調節を行うことを特徴とする請求項1に記載のナフトピラン化合物の消色速度調節法。
【請求項3】
前記一般式(I)又は(II)のフェニル基のパラ位に電子供与基が導入されたものとすることを特徴とする請求項1又は2に記載のナフトピラン化合物の消色速度調節法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば調光レンズや表示材料に使用される調光機能に優れたフォトクロミック材料であるナフトピラン(ベンゾクロメン)化合物の消色速度調節法に関する。
【0002】
本明細書では、ナフトピラン化合物として、ジフェニルナフトピラン化合物を例に採り説明する。本発明のナフトピラン化合物には、ナフトピラン骨格に1個若しくは複数個の複素環及び炭素環の一方又は双方が縮合したものも含む。
【背景技術】
【0003】
フォトクロミズムとは、ある化合物に特定の波長の光を照射すると、その光のエネルギーを使って化合物が構造変化することで吸収スペクトルが変化し(色が変化し)、別の波長の光照射、あるいは熱的に元の構造に戻ることで吸収スペクトルも元に戻る(元の色に戻る)可逆作用のことである。この性質を有する化合物はフォトクロミック化合物と呼ばれ、この現象を利用して調光材料や書き換え可能な光メモリー材料、ホログラム材料や光学素子、装飾物品など様々な分野への応用が現在盛んに研究されている。
【0004】
フォトクロミック化合物のひとつであるナフトピラン(ベンゾクロメン)化合物が、フォトクロミック調光レンズの着色材料として現在広く実用化されている。
【0005】
このような用途に使用されるフォトクロミック材料においては、
1)紫外線を照射したときの発色濃度が高い、
2)紫外線を照射し始めてから発色濃度が飽和に達するまでの速度が速い、
3)紫外線の照射を止めてから元の状態に戻るまでの速度(以下、消色速度という)が速い、
4)グレー、ブラウンなどの中間色の発色色調を有する、
5)繰り返し耐久性がよい、といった特性が求められている。
【0006】
これらの要求特性を満足し得るフォトクロミック材料としては、ナフトピラン(ベンゾクロメン)化合物が公知である。
【0007】
例えば、特許文献1には、ジフェニルナフトピラン化合物において、2位の炭素に結合した一方のフェニル基のパラ位にジメチルアミノ基を導入するとともにメタ位に塩素又は臭素を導入し、さらに、他方のフェニル基にアルコキシ基が導入されたものが開示されている(請求項1等)。
【0008】
特許文献2には、縮環したナフトピラン型化合物において、2位の炭素に結合したフェニル基にハロゲン原子やアルコキシ基が導入されたものが開示されている。
【0009】
特許文献3には、ベンゾピラン環の7,8位にシクロヘキサジエン環が縮合したクロメン化合物が記載されている。
【0010】
特許文献4には、ジフェニルナフトピラン化合物において、6位の置換基が、窒素原子で結合した複素環基であり、3位の炭素に結合した一方のフェニル基の炭素と窒素原子を有する置換基が窒素で結合した化合物が記載されている。
【0011】
特許文献5には、ジフェニルナフトピラン化合物において、ナフタレン環にトリメチルシリル基や1−クロロテトラメチルジシロキシル基を導入したものが記載されている。また、中間体として実施例にハロゲンを導入した化合物が明記されている。さらに、ベンゼン環やナフタレン環にハロゲン原子が導入される可能性があることが記載されている。
【0012】
特許文献6には、インデノ(2,1−f)ナフト(1,2−b)ピラン構造を基本骨格として有し、7位の炭素原子に、ホスフィノ基等の、燐原子を有する置換基を有するものが記載されている。また、ベンゼン環やナフタレン環にハロゲン原子が導入される可能性があることが記載されている。
【0013】
特許文献7には、例えば下記式(A) で示されるナフトピラン化合物のナフタレン環にトリフルオロメチル基のような電子求引基を導入することで退色の半減期が減少することが開示されている(Table2,3参照)。
【0014】
【化1】
【0015】
特許文献8には、例えば下記式(B) で示されるシアノ基のような電子求引基を有するインデノ縮合ナフトピランを含むフォトクロミック材料が電子求引基を有さないインデノ縮合ナフトピランを含むフォトクロミック材料と比較して速い退色速度を示すことが開示されている(Table1,2参照)。
【0016】
【化2】
【0017】
また、非特許文献1には、電子求引基である臭素又は塩素をジフェニルナフトピラン化合物のナフタレン環に導入し消色速度を測定した結果、フッ素、塩素、臭素の順に速度定数が大きくなり、フッ素を導入した場合、導入しないものと比べて速度定数が小さくなる結果が報告されている。
【0018】
しかし、上記いずれの特許文献および非特許文献にも、本発明の如く、密度汎関数計算(DFT計算)から求めた開環体から閉環体に戻る遷移状態の活性化自由エネルギーに基づいて前記消色速度を予測して、前記ナフタレン環における置換基および置換位置を選定することにより前記ナフトピラン化合物の分子設計をする、技術的思想については何ら開示若しくは示唆されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】国際公開2004/099172
【特許文献2】特開2011-144181公報
【特許文献3】特開2005-289812公報
【特許文献4】特開2000-347346公報
【特許文献5】特開2004-210657公報
【特許文献6】特開2011- 57581公報
【特許文献7】国際公開 2010/027418
【特許文献8】国際公開2007/073462
【非特許文献】
【0020】
【非特許文献1】「Journal of Photochemistry and Photobiology A: Chemistry 159 (2003)」 p7-16
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
本発明は、上記にかんがみて、ナフトピラン化合物におけるナフタレン環の置換基の導入に際して、消色速度の調節が、多数の実験を繰り返さなくても可能なナフトピラン化合物の消色速度調節法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明者らは、下記一般式(I)、(II)を有するナフトピラン(ベンゾクロメン)化合物において、ナフトピラン骨格のナフタレン環に置換基である電子求引基を導入することにより消色速度が増加する事実に基づき検討を行った。その結果、ナフトピラン骨格におけるナフタレン環に電子求引基を導入することで発色体が不安定化し、開環体から閉環体へ異性化する消色反応における活性化自由エネルギーが小さくなる(消色速度が増大する)ことを見出した。
【0023】
すなわち、本発明は、ベンゾクロメン化合物の消色速度を調節する際の、消色速度調節のための分子設計方法である。
【0024】
【化3】
【0025】
【化4】
【0026】
上記消色速度を速くするためには、下記の如く、発色体である開環体(O1)から消色体である閉環体に戻る遷移状態の活性化自由エネルギーΔG++を小さくすればよい(以下、図1参照)。
【0027】
すなわち、ベンゾクロメンの発色体である開環体(02)のエネルギーと、消色体である閉環体に戻る際の遷移状態(TS2)のエネルギー差が小さいほど、消色体へ戻る反応速度は大きくなると考えられる。
【0028】
そして、下記共鳴混成体の構造式群に示す如く、開環体下記Iの電子構造は、下記の共鳴構造IIを介して、カルボニル基を残存するIII〜VII又はカルボニル酸素が負に分極したVIII〜XIIの共鳴混成体として考えることができる。
【0029】
【化5】
【0030】
共鳴構造II〜XIIのような双性イオン構造の寄与が増大するほど、閉環反応速度が大きくなる。適切な分子設計により、これらの双性イオン構造の寄与を増大させることができる。
【0031】
開環体の分子構造を、市販のプログラムを用いて、汎関数(MO6-2X)と基底関数(6-31+G(d,p))により、DFT計算を行った。その計算結果から、C−O結合の距離は、二重結合性を示す1.224Åであった。このため、共鳴構造VIII〜XIIの寄与は排除できる。すなわち、開環体の電子構造は、共鳴構造III〜VIIの共鳴混成体として考えられる。
【0032】
これらの共鳴構造では、ナフタレン環が負の電荷(場)を帯びているために、ナフタレン環に電子求引基を導入することで安定化する。すなわち、ナフタレン環に電子求引基を導入することで、共鳴混成体の双性イオン構造の寄与が増大して、閉環反応の速度増大をもたらす。
【0033】
実際に発色体が遷移状態を経て消色体へと遷移する反応過程を、下記構造式(a)とニトロ基を電子求引基として用いた下記各構造式で示される (b),(c),(d)および(e)に関して、前記DFT計算によって予測した。なお、エネルギー差が明確となるように消色体(CF)のエネルギーを0として換算した(図1参照)。
【0034】
【化6-1】
【0035】
そのDFT計算結果を表1−1に示す。
【0036】
【表1-1】
【0037】
表1−1は、熱消色反応における発色体(O1)と消色体(CF)の標準自由エネルギー差(ΔG)が、それぞれ(a)12.48 kJ mol-1、(b)14.35 kJ mol-1 、(c)13.59 kJ mol-1 、(d)13.04 kJ mol-1 、(e)13.11 kJ mol-1 であり、電子求引基を導入することによりΔG0が増大していることを示している。
【0038】
また、開環体(O1)から閉環体(CF)に戻るまでに発色体(O2)を経由するため、図1に示す如く、第一遷移状態(TS1)と第二遷移状態(TS2)とが存在する。前記DFT計算から求めた第一・第二遷移状態における活性化自由エネルギーΔG++とΔG++の和は、表1−1に示す如く、(a)16.85 kJ mol-1、(b)16.17 kJ mol-1、(c)16.18 kJ mol-1、(d)16.16 kJ mol-1、(e)16.43 kJ mol-1 となる。すなわち、表1−1は、ナフタレン環に電子求引基であるニトロ基を導入することで、活性化自由エネルギーΔG++とΔG++の和が小さくなることを示している。
【0039】
3H-ジフェニルナフトピラン(a)について説明すると、第一開環体(O1)から第二開環体(O2)への第一遷移状態の活性化自由エネルギーΔG++は7.79 kJ mol-1であるのに対し、第二開環体(O2)から閉環体(CF)への活性化自由エネルギーΔG++は9.06 kJ mol-1であり、ΔG++<ΔG++となる。そして、ナフタレン環の6、7、8、9位にニトロ基を導入した (b)、(c)、(d)、(e)のΔG++をDFT計算からそれぞれ求ると、3H−ジフェニルナフトピラン(a)のΔG++よりいずれも小さくなる。
【0040】
そこで臭素を電子求引基として結合させた、後述の実施例群Iの実施例I−1〜6のナフトピラン化合物に対応する下記構造式で示される各分子(f)、(g)、(h)、(i)、(j)、(k)に関しても同様にDFT計算を行った。
【0041】
【化6-2】
【0042】
それらの結果を表1−2に示す。
【0043】
【表1-2】
【0044】
表1−2は、ΔG0について、(f)14.69 kJ mol-1、(g)13.12 kJ mol-1 、(h)13.47 kJ mol-1、(i) 12.51 kJ mol-1 、(j)12.70 kJ mol-1、(k)11.47 kJ mol-1となり、ジフェニルナフトピラン(a)の12.48 kJ mol-1と同程度もしくは増大していることを示している。同じく、ΔG++とΔG++の和について(f)15.66 kJ mol-1、(g)16.38 kJ mol-1、(h)16.13 kJ mol-1、(i)16.76 kJ mol-1、(j)16.92 kJ mol-1、(k)17.90 kJ mol-1となり、ジフェニルナフトピラン(a)の16.85 kJ mol-と同程度もしくは小さくなることを示している。
【0045】
この結果は上記に記載のニトロ基を用いた場合と同様の傾向を示したため後述の実施例群Iに示す如く、一般式(I)に示すフォトクロミック化合物を用いてハロゲンを導入した化合物を合成し、消色速度を調べた。その結果、ハロゲン原子を有することによりハロゲン原子を有さないものと比較して、消色速度が増大することが分かった(表4参照)。
【0046】
以上のことから、消色速度を増大させる方法として、ΔG++が小さくなるような分子を設計することが有効であると知見した。
【0047】
このように、本発明のナフトピラン化合物の消色速度調節法は、実用性の高いフォトクロミック材料の開発を、多数の実験を経ずに、容易にするものである。
【図面の簡単な説明】
【0048】
図1】自由エネルギーにかかる反応座標である。
【発明を実施するための形態】
【0049】
本発明では、ナフトピラン化合物において、ナフトピラン骨格のナフタレン環に置換基を導入して所要の消色速度のナフトピラン化合物の設計を行うものである。その際、ナフトピラン化合物として下記一般式(I)、(II)で表されるものとするとともに、置換基として電子求引基を選定して、DFT計算をすることにより、消色速度の増大したナフトピラン化合物の設計が容易となる。
【0050】
【化7】
【0051】
【化8】
【0052】
ここで、R1又はR2はそれぞれ独立してハメット数σpが正の電子求引基またはその他の置換基であり、電子求引基は必ずしもすべてに導入する設計とする必要はなく、少なくとも一つ導入する設計であればよい。
【0053】
ハメット数σpとはp-置換安息香酸の解離定数Kaを基準に用いて、π電子系に結合した置換基の電子供与/求引の程度を定量化したHammett則に基づいて定義されるものである。
【0054】
ハメット数σpが0となる置換基は水素原子であり、正の値は電子求引性の置換基(電子求引基)であり負の値は電子供与性の置換基を示す。
【0055】
ハメット数σpが正の電子求引基としては、アルキニル基(例えばプロパルギル基、σp =0.23)、ハロアルキル基(例えばトリフルオロメチル基、σp =0.53)、ハロアリール基(例えば4-フルオロフェニル基、σp =0.06)、シアノ基(σp =0.71)、ニトロ基(σp =0.81)、ホルミル基(σp =0.42)、ヒドロキシカルボニル基(σp =0.45)、アルキルカルボニル基(例えばメチルカルボニル基、σp =0.47)、アルコキシカルボニル基(例えばメトキシカルボニル基、σp =0.45)、ハロゲン原子(例えばブロモ基、σp=0.23)等が挙げられる。なお、これらの数値は、「Chemical Reviews, 1991, vol.91, No.2」のp165-195から引用したものである。
【0056】
また、R1 (R2〜R4についても同様)が2個の場合(m〜pが2以上の場合)、R1はそれぞれ同じであっても異なる設計としてもよい。
【0057】
その他の置換基としては、電子求引基ばかりでなく、電子供与基でもよく、直鎖または分岐鎖アルキル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アルコキシ基、アミノ基(イミノ基、飽和モノ窒素複素環を含む。)などが挙げられる。
【0058】
また、R1〜R4は、結合している炭素原子および他の置換基と結合して脂肪族環または芳香族環を形成してもよく、該環上にさらに脂肪族環、芳香族環または前記置換基を有してもよい。
【0059】
なお、前記化学式(I)、(II)において、mはR1の基の数を指し、0〜2の自然数から選定する。mが2である場合、R1は互いに同一であっても異なる基を選定してもよい。また、n〜pはそれぞれ独立して0〜4または5の自然数から選定し、好ましくはm〜pはそれぞれ独立して1〜2から選定する。このとき、消色速度を増大させる設計とする場合は、上述のようにナフタレン環の置換基である、R1またはR2の少なくとも一つをσが正である電子求引基から選定することが好ましい。
【0060】
また、電子求引基の置換位置は、ナフトピラン骨格におけるナフタレン環の6,7,8,9位のいずれかを選定することが望ましい。5位または10位に置換基が導入された場合、発色時の構造の立体障害等の影響により予測と異なる結果になりやすいためである。
【実施例】
【0061】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0062】
<実施例I群>
実施例I−1〜6は、ナフトールのナフタレン環の3〜8位の臭素置換体(ナフトール誘導体)と、1,1−ジフェニル−2-プロピン−1−オール(プロパギルアルコール誘導体)とを反応させて、生成物であるナフトピラン化合物を合成した例である(表2−1参照)。
【0063】
なお、各実施例のナフトピラン化合物の合成は、慣用の方法で行うことができる。実施例I−1を例にとると、具体的には下記の如く合成する。
【0064】
「3-ブロモ-2-ナフトール101.2mg(0.45 mmol)と1,1−ジフェニル−2-プロピン−1−オール99.7mg (0.48mmol)をトルエン3 mlに溶解し、p-トルエンスルホン酸10.8 mg (0.06mmol)を加え、室温で5時間撹拌した。反応後、溶媒を除去し、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製を行い、次いでジクロロメタンとヘキサンの混合溶媒で再結晶することで、123.4mg (0.3mmol)の固体(生成物)を収率65.8%で得た。」
【0065】
各実施例のナフトピラン化合物について、NMR分光法で分析をした結果、表2-1に示す各実施例(合成物)の構造式と同一の5〜10位臭素置換の構造を有することが確認できた。
【0066】
【表2-1】
【0067】
<実施例群II>
実施例II-1〜6は、表2-2に示す如く、ナフトール誘導体を実施例群I−1〜6に対応したものとするとともに、プロパギルアルコール誘導体を1,1−ビス(p−メトキシフェニル)-2-プロピン-1-オールとして、実施例群I-1と同様にして合成したものである。
【0068】
各生成物について、NMR分光法で分析をした結果、表2−2に示す合成物の構造式と同一のそれぞれ5〜10位臭素置換の構造を有することが確認できた。
【0069】
【表2-2】
【0070】
<実施例群III>
実施例群III-1,2は、表2−3に示す如く、ナフトール誘導体を4-クロロ-2-ナフトールとし、プロパギルアルコール誘導体を1,1‐ジフェニル-2-プロピン-1-オール又は1,1-ビス(p‐メトキシフェニル) -2-プロピン-1-オール として、実施例I-1と同様にして、合成したものである。
【0071】
各合成物について、NMR分光法で分析をした結果、表2−3に示す合成物の構造式と同一の、それぞれ6位塩素置換の構造を有することが確認できた。
【0072】
<実施例群IV>
実施例群IV-1,2は、表2−3に示す如く、ナフトール誘導体を4-ブロモ-1-ナフトールとし、プロパギルアルコール誘導体を1,1‐ジフェニル-2-プロピン-1-オール又は1,1-ビス(p‐メトキシフェニル) -2-プロピン-1-オールとして、実施例I-1と同様にして、合成したものである。
【0073】
【表2-3】
【0074】
<比較例群I>
比較例I-1は東京化成工業株式会社から販売されているものを使用した。比較例I-2は、2-ナフトールと、1,1−ビス(p-メトキシフェニル)-2-プロピン-1-オールとを用いて、実施例I-1と同様にして、合成したものである。
【0075】
また、比較例IV-1,2は、1-ナフトールと1,1−ジフェニル-2-プロピン-1-オール又は1,1−ビス(p-メトキシフェニル)-2-プロピン-1-オールとを用いて、実施例I-1と同様にして、合成したものである。
【0076】
各合成物について、NMR分光法で分析をした結果、表3に示す生成物の構造式と同一の構造を有することが確認できた。
【0077】
【表3】
【0078】
<試験結果及び評価>
上記実施例群I・II・III・IV及び比較例群I・IVで得られた各合成物をベンゼンに溶解し、5×10-5 Mの濃度に調製した。この溶液を、光路長10 mmの石英セルに入れて試料とした。これに25℃の環境条件で、UV-LED 365 nmを照射して発色させ、前記試料のフォトクロミック特性を下記各項目について、測定し評価をした。
【0079】
(a)極大吸収波長(λmax) :
Ocean Optics社製の分光光度計(ファイバマルチチャンネル分光器USB4000)により測定した、発色後の可視光領域(420〜700 nm)における極大吸収波長。
【0080】
(b)発色体の半減期(t1/2):
紫外光照射後、光の照射を止めたときに、試料の前記極大吸収波長における吸光度が半分の値になるまで低下するのに要する時間。この時間が短いほどフォトクロミック性が優れているといえる。
【0081】
試験結果を表4にまとめて示す。なお、表4の実施例1〜6の番号の後の括弧内は、表1−2におけるものに対応する。
【0082】
極大吸収波長(λmax)は、比較例・実施例ともに、500〜420nmの範囲にあり、赤〜黄色系の着色が可能であることが分かる。
【0083】
表4−1,2の結果から、ナフタレン環に臭素や塩素等のハロゲン基を導入した場合、格段に半減期が短縮されることが分かる(比較例I-1に対する実施例I-1〜6,III-1、比較例I-2に対する実施例II-1〜6,III-2、比較例IV-1に対する実施例IV-1、比較例IV−2に対する実施例IV-2)。また、ハロゲンの場合、置換基定数σpが大きい方が半減期がより短縮されることが確認できた(例えば、実施例III-1に対する実施例I-2)。さらに、フェニル基のパラ位にアルコキシ基(例えば、メトキシ基)のような電子供与基が導入されたナフトピラン化合物は、半減期が短縮されることは公知であるが、ナフタレン環にハロゲンを導入することでさらに半減期が短縮されることが確認できた(例えば、実施例I-1に対する実施例II-1)。また、色調に関しては大きな変化は見られないため、ハロゲンを導入することで色調を変えずに消色速度を変えることが可能である。
【0084】
また、2H−ナフトピランの場合、半減期は長いが、臭素等のハロゲンを導入した場合、半減期が短縮され(比較例IV−1に対する実施例IV−1)、また、フェニル基の双方にメトキシ基を導入して半減期が短縮されたものに、ナフタレン環には臭素等のハロゲンを導入した場合、さらに半減期が短縮されることが確認できた。
【0085】
【表4-1】
【0086】
【表4-2】
図1