特許第6072787号(P6072787)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6072787断熱用多孔質板状フィラー、コーティング組成物、断熱膜、および断熱膜構造
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6072787
(24)【登録日】2017年1月13日
(45)【発行日】2017年2月1日
(54)【発明の名称】断熱用多孔質板状フィラー、コーティング組成物、断熱膜、および断熱膜構造
(51)【国際特許分類】
   C09D 7/12 20060101AFI20170123BHJP
   C09D 1/00 20060101ALI20170123BHJP
   C09D 201/00 20060101ALI20170123BHJP
   C08K 7/24 20060101ALI20170123BHJP
【FI】
   C09D7/12
   C09D1/00
   C09D201/00
   C08K7/24
【請求項の数】19
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2014-521515(P2014-521515)
(86)(22)【出願日】2013年6月20日
(86)【国際出願番号】JP2013067006
(87)【国際公開番号】WO2013191263
(87)【国際公開日】20131227
【審査請求日】2016年2月19日
(31)【優先権主張番号】特願2012-138784(P2012-138784)
(32)【優先日】2012年6月20日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004064
【氏名又は名称】日本碍子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088616
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邉 一平
(74)【代理人】
【識別番号】100154829
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 成
(72)【発明者】
【氏名】冨田 崇弘
(72)【発明者】
【氏名】橋本 重治
(72)【発明者】
【氏名】西垣 拓
【審査官】 佐藤 貴浩
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−122074(JP,A)
【文献】 特開2004−067500(JP,A)
【文献】 特開2004−043291(JP,A)
【文献】 特表2006−521463(JP,A)
【文献】 特表2008−506802(JP,A)
【文献】 特表2005−517620(JP,A)
【文献】 特表2010−500468(JP,A)
【文献】 特開平09−295872(JP,A)
【文献】 特開2000−044843(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L1/00−101/16
C09C1/00− 3/12
C09D1/00−201/10
DWPI(Thomson Innovation)
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アスペクト比が3以上の板状で、その最小長が0.1〜50μmであり、気孔率が20〜99%であり、
金属酸化物を含み、前記金属酸化物がZr、Y、Al、Si、Ti、Nb、Sr、及びLaからなる群から選ばれる1の元素の酸化物あるいは2以上の元素の複合酸化物である断熱用多孔質板状フィラー。
【請求項2】
熱伝導率が1W/(m・K)以下である請求項1に記載の断熱用多孔質板状フィラー。
【請求項3】
熱容量が10〜3000kJ/(m・K)である請求項1または2に記載の断熱用多孔質板状フィラー。
【請求項4】
ナノオーダーの気孔、またはナノオーダーの粒子もしくは結晶粒を含んで構成される請求項1〜3のいずれか1項に記載の断熱用多孔質板状フィラー。
【請求項5】
気孔径が10〜500nmの気孔を有する請求項1〜4のいずれか1項に記載の断熱用多孔質板状フィラー。
【請求項6】
粒径が1nm〜10μmである粒子を含んで構成されている請求項1〜のいずれか1項に記載の断熱用多孔質板状フィラー。
【請求項7】
表面の少なくとも一部に、厚さ1nm〜1μmの被覆層を有する請求項1〜のいずれか1項に記載の断熱用多孔質板状フィラー。
【請求項8】
前記被覆層は、熱伝達を抑制する及び/または輻射熱を反射する、熱抵抗膜である請求項に記載の断熱用多孔質板状フィラー。
【請求項9】
請求項1〜のいずれか1項に記載の断熱用多孔質板状フィラーと、無機バインダー、無機高分子、有機無機ハイブリッド材料、酸化物ゾル、及び水ガラスからなる群より選択される一種以上と、を含むコーティング組成物。
【請求項10】
請求項1〜のいずれか1項に記載の断熱用多孔質板状フィラーが、前記断熱用多孔質板状フィラーを結合するためのマトリックスに分散して配置された断熱膜。
【請求項11】
前記断熱用多孔質板状フィラーが層状に配置されている請求項10に記載の断熱膜。
【請求項12】
前記マトリックスとして、セラミックス、ガラス、および樹脂の少なくとも一種を含む請求項10または11に記載の断熱膜。
【請求項13】
前記マトリックスは、粒径が500nm以下のセラミックスの微粒子の集合体である請求項12に記載の断熱膜。
【請求項14】
厚さが1μm〜5mmである請求項1013のいずれか1項に記載の断熱膜。
【請求項15】
熱容量が1500kJ/(m・K)以下である請求項1014のいずれか1項に記載の断熱膜。
【請求項16】
熱伝導率が1.5W/(m・K)以下である請求項1015のいずれか1項に記載の断熱膜。
【請求項17】
請求項1016のいずれか1項に記載の断熱膜が、基材上に形成された断熱膜構造。
【請求項18】
前記断熱膜の表面に、セラミックスおよび/またはガラスを含み、気孔率が5%以下である表面緻密層を有する請求項17に記載の断熱膜構造。
【請求項19】
前記基材と前記断熱膜との間、および/または前記断熱膜と表面緻密層との間に、厚さが前記断熱膜よりも薄い緩衝接合層を備える請求項18に記載の断熱膜構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、断熱効果を向上させるための断熱膜や、断熱膜構造に関する。また、断熱膜に含まれる多孔質板状フィラー、断熱膜を形成するためのコーティング組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
表面に形成することにより、断熱効率や難燃性を向上させるための断熱膜が望まれている。特許文献1には、表面硬度が高く傷付きを防止できるコーティング膜が開示されている。コーティング膜は、シリカ殻からなる中空粒子をバインダーに分散してなる。シリカ殻からなる中空粒子の耐摩耗性及び高硬度によって、コーティング膜が形成された基材の耐摩耗性を向上させることができる。また、シリカ殻からなる中空粒子の断熱性によって難燃性を向上させることができる。
【0003】
特許文献2には、断熱性能を向上させた構造部材を備える内燃機関が開示されている。特許文献2の内燃機関では、排気通路の内壁に隣接して断熱材が配置され、高温の作動ガス(排気ガス)が、断熱材が形成する流路に沿って流れるように構成されている。断熱材は、平均粒径が0.1〜3μmのMSS(球状メソポーラスシリカ)粒子の各粒子が接合材を介して粒子同士が密集した状態で積層されている。MSS粒子には、平均孔径1〜10nmのメソ孔が無数に形成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−200922号公報
【特許文献2】特開2011−52630号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1では、略30〜300nmの外径のシリカ殻からなる中空粒子を有機樹脂バインダーまたは無機高分子バインダーあるいは有機無機複合バインダー中に略均一に分散しているため、コーティング膜の断熱性が得られる。また、特許文献2では、平均粒径が0.1〜3μmで平均孔径1〜10nmのメソ孔を有するMSS(球状メソポーラスシリカ)粒子が密集した状態で積層されているため、断熱性能が高い。
【0006】
特許文献1や2で用いられる中空粒子や多孔質粒子は、低熱伝導率であるため、それ以外のマトリックス部分(粒子間を結合する相)が主な伝熱経路となることが推察される。これらの粒子は、立方体状又は球状であるため、熱の経路が図6に示すように比較的短くなり、熱伝導率が十分に低くならない。
【0007】
本発明の課題は、断熱効果を向上させた断熱膜や断熱膜構造を提供することにある。また、断熱膜に含まれる多孔質板状フィラー、断熱膜を形成するためのコーティング組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、アスペクト比が3以上の板状で、その最小長が0.1〜50μmであり、気孔率が20〜99%である多孔質板状フィラーを断熱膜に用いることにより、上記課題を解決しうることを見出した。すなわち、本発明によれば、以下の多孔質板状フィラー、コーティング組成物、断熱膜、及び断熱膜構造が提供される。
【0009】
[1] アスペクト比が3以上の板状で、その最小長が0.1〜50μmであり、気孔率が20〜99%であり、金属酸化物を含み、前記金属酸化物がZr、Y、Al、Si、Ti、Nb、Sr、及びLaからなる群から選ばれる1の元素の酸化物あるいは2以上の元素の複合酸化物である断熱用多孔質板状フィラー。
【0010】
[2] 熱伝導率が1W/(m・K)以下である前記[1]に記載の断熱用多孔質板状フィラー。
【0011】
[3] 熱容量が10〜3000kJ/(m・K)である前記[1]または[2]に記載の断熱用多孔質板状フィラー。
【0012】
[4] ナノオーダーの気孔、またはナノオーダーの粒子もしくは結晶粒を含んで構成される前記[1]〜[3]のいずれかに記載の断熱用多孔質板状フィラー。
【0013】
[5] 気孔径が10〜500nmの気孔を有する前記[1]〜[4]のいずれかに記載の断熱用多孔質板状フィラー。
【0016】
] 粒径が1nm〜10μmである粒子を含んで構成されている前記[1]〜[]のいずれかに記載の断熱用多孔質板状フィラー。
【0017】
] 表面の少なくとも一部に、厚さ1nm〜1μmの被覆層を有する前記[1]〜[]のいずれかに記載の断熱用多孔質板状フィラー。
【0018】
] 前記被覆層は、熱伝達を抑制する及び/または輻射熱を反射する、熱抵抗膜である前記[]に記載の断熱用多孔質板状フィラー。
【0019】
] 前記[1]〜[]のいずれかに記載の断熱用多孔質板状フィラーと、無機バインダー、無機高分子、有機無機ハイブリッド材料、酸化物ゾル、及び水ガラスからなる群より選択される一種以上と、を含むコーティング組成物。
【0020】
10] 前記[1]〜[]のいずれかに記載の断熱用多孔質板状フィラーが、前記断熱用多孔質板状フィラーを結合するためのマトリックスに分散して配置された断熱膜。
【0021】
11] 前記断熱用多孔質板状フィラーが層状に配置されている前記[10]に記載の断熱膜。
【0022】
12] 前記マトリックスとして、セラミックス、ガラス、および樹脂の少なくとも一種を含む前記[10]または[11]に記載の断熱膜。
【0023】
13] 前記マトリックスは、粒径が500nm以下のセラミックスの微粒子の集合体である前記[12]に記載の断熱膜。
【0024】
14] 厚さが1μm〜5mmである前記[10]〜[13]のいずれかに記載の断熱膜。
【0025】
15] 熱容量が1500kJ/(m・K)以下である前記[10]〜[14]のいずれかに記載の断熱膜。
【0026】
16] 熱伝導率が1.5W/(m・K)以下である前記[10]〜[15]のいずれかに記載の断熱膜。
【0027】
17] 前記[10]〜[16]のいずれかに記載の断熱膜が、基材上に形成された断熱膜構造。
【0028】
18] 前記断熱膜の表面に、セラミックスおよび/またはガラスを含み、気孔率が5%以下である表面緻密層を有する前記[17]に記載の断熱膜構造。
【0029】
19] 前記基材と前記断熱膜との間、および/または前記断熱膜と表面緻密層との間に、厚さが前記断熱膜よりも薄い緩衝接合層を備える前記[18]に記載の断熱膜構造。
【発明の効果】
【0030】
アスペクト比が3以上の板状で、その最小長が0.1〜50μmであり、気孔率が20〜99%である多孔質板状フィラーを用いた断熱膜は、球状や立方体状のフィラーを用いる場合と比べて、伝熱経路の長さが長くなり、熱伝導率を低くすることができる。このため、薄い断熱膜であっても、従来よりも断熱効果が高い。また、マトリックスを介した多孔質板状フィラー同士の結合面積が、球状フィラーなどを用いる場合と比べて広くなるため、強度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】本発明の多孔質板状フィラーの一実施形態を示す模式図である。
図2】多孔質板状フィラーの他の実施形態を示す模式図である。
図3】本発明の断熱膜、および断熱膜構造の一実施形態を示す模式図である。
図4】エンジンの一実施形態を示す模式図である。
図5A】本発明の断熱膜、および断熱膜構造の他の実施形態を示す模式図である。
図5B】本発明の断熱膜、および断熱膜構造のさらに他の実施形態を示す模式図である。
図6】比較例の断熱膜、および断熱膜構造を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、変更、修正、改良を加え得るものである。
【0033】
1.多孔質板状フィラー
図1に本発明の多孔質板状フィラー1の一実施形態を示す。本発明の多孔質板状フィラー1は、アスペクト比が3以上の板状で、その最小長が0.1〜50μmであり、気孔率が20〜99%である。本明細書において、気孔率は、次の式により求めたものである。
気孔率(%)=(1−(見かけ粒子密度÷真密度))×100
上記の式において、見かけ粒子密度は、水銀を用いた液浸法により測定する。また、真密度は、多孔質板状フィラーを十分に粉砕した後、ピクノメータ法で測定する。
【0034】
また、本明細書において、アスペクト比とは、多孔質板状フィラー1の最大長/最小長で定義される。ここで最大長とは、粒子(多孔質板状フィラー1)を一組の平行な面ではさんだときに最大となる長さである。また、最小長とは同様に粒子を一組の平行な面ではさんだときに最小となる長さのことであり、平板状である場合はいわゆる厚さに相当する。本発明の多孔質板状フィラー1の板状とは、アスペクト比が3以上でその最小長が0.1〜50μmであるものであれば、平板状(平らで湾曲していない板)のみならず、湾曲した板状のものや、厚み(最小長)が一定ではない板状ものも含まれる。また、繊維状、針状、塊状等の形状でもよい。このうち、本発明の多孔質板状フィラー1は、平板状であることが好ましい。また、板の面形状は、正方形、四角形、三角形、六角形、円形等のいずれの形状であってもよい。
【0035】
このような多孔質板状フィラー1が、後述するように断熱膜3に含まれることにより、断熱効果を向上させることができる。
【0036】
多孔質板状フィラー1は、ナノオーダーの気孔、またはナノオーダーの粒子もしくは結晶粒を含んで構成されることが好ましい。ここで、ナノオーダーとは、1nm以上1000nm未満のものを言う。この範囲の気孔、粒子、結晶粒とすることにより、断熱効果を向上させることができる。
【0037】
本発明の多孔質板状フィラー1は、気孔径が10〜500nmの気孔を有することが好ましい。気孔は、1つのフィラーに1個(中空粒子)であってもよいし、多数(多孔質粒子)を有していてもよい。中空粒子とは、粒子の内部に1つの閉気孔が存在する粒子である。多孔質粒子とは、粒子の内部が多孔質の粒子、すなわち、前記中空粒子以外の気孔を含む粒子である。本発明の多孔質板状フィラー1は、多孔質粒子のみならず、中空粒子を含むものとする。すなわち、多孔質板状フィラー1に含まれる気孔の個数は、1個でも多数でもよく、気孔は、閉気孔であっても、開気孔であってもよい。このような気孔を有する多孔質板状フィラー1が断熱膜3に含まれると、気孔によって断熱効果を向上させることができる。
【0038】
多孔質板状フィラー1の材料としては、例えば、中空ガラスビーズ、中空セラミックビーズ、フライアッシュバルーン、中空シリカなどが挙げられる。また、メソポーラスシリカ、メソポーラスチタニア、メソポーラスジルコニア、シラスバルーンなどが挙げられる。あるいは、後述する製造方法で得られる多孔質板状フィラーも挙げられる。
【0039】
多孔質板状フィラー1の最小長は、0.1〜50μmであり、10μm以下であることが好ましい。多孔質板状フィラー1の最小長が短いと、断熱膜3を薄くすることができる。すなわち、薄い断熱膜3であっても、断熱効果を向上させることができる。
【0040】
本発明の多孔質板状フィラー1は、熱伝導率が1W/(m・K)以下であることが好ましい。熱伝導率は、より好ましくは0.5W/(m・K)以下、さらに好ましくは0.3W/(m・K)以下である。このような熱伝導率の多孔質板状フィラー1が断熱膜3に含まれると、断熱効果を向上させることができる。
【0041】
多孔質板状フィラー1は、熱容量が10〜3000kJ/(m・K)であることが好ましい。熱容量は、より好ましくは10〜2500kJ/(m・K)、さらに好ましくは10〜2000kJ/(m・K)である。このような範囲の熱容量の多孔質板状フィラー1が断熱膜3に含まれると、断熱効果を向上させることができる。
【0042】
多孔質板状フィラー1は、粒径が1nm〜10μmである粒子を含んで構成されていることが好ましい。粒子とは、一つの結晶粒からなる粒子(単結晶粒子)であっても良いし、多数の結晶粒からなる粒子(多結晶粒子)であっても良い。つまり、多孔質板状フィラー1がこの範囲の粒径の粒子の集まりであることが好ましい。粒径は、多孔質板状フィラー1の骨格を構成する粒子群のうちの1つの粒子の大きさ(球状であれば直径、そうでなければ最大径)を、電子顕微鏡観察の画像から計測したものである。粒径は、より好ましくは1nm〜5μmであり、さらに好ましくは1nm〜1μmである。このような範囲の熱容量の多孔質板状フィラー1が断熱膜3に含まれると、断熱効果を向上させることができる。
【0043】
多孔質板状フィラー1は、金属酸化物を含むことが好ましく、金属酸化物のみからなることがさらに好ましい。金属酸化物を含むと、金属の非酸化物(例えば、炭化物や窒化物)に比べて金属と酸素の間のイオン結合性が強いために熱伝導率が低くなりやすいためである。
【0044】
多孔質板状フィラー1は、金属酸化物がZr、Y、Al、Si、Ti、Nb、Sr、及びLaからなる群から選ばれる1の元素の酸化物あるいは2以上の元素の複合酸化物であることが好ましい。金属酸化物がこれらの元素の酸化物、複合酸化物であると、熱伝導の主因である格子振動(フォノン)による熱伝導が起こりにくくなるためである。
【0045】
図2に示すように、本発明の多孔質板状フィラー1は、表面の少なくとも一部に、厚さ1nm〜1μmの被覆層7を有することが好ましい。さらに被覆層7は、熱伝達を抑制するおよび/又は輻射熱を反射するおよび/又は格子振動(フォノン)を散乱する、熱抵抗膜であることが好ましい。多孔質板状フィラー1の表面に数十nmの熱抵抗膜を形成させると、さらに断熱膜3の熱伝導率を下げることができるため好ましい。熱抵抗膜は、被覆される多孔質板状フィラーと同一の材料でなければよく、多孔質板状フィラー1を異種材料(例えば、アルミナ、酸化亜鉛)で被覆することが望ましい。熱抵抗膜は緻密であっても多孔質であっても問題ないが、緻密であることが好ましい。熱抵抗膜は、多孔質板状フィラーの表面の一部に形成されていることで、熱伝導率を下げる効果が得られるが、多孔質板状フィラー1の表面の全てが熱抵抗膜に覆われているとさらに熱伝導率を下げる効果が得られる。
【0046】
次に、本発明の多孔質板状フィラー1の製造方法について説明する。多孔質板状フィラー1の製造方法としては、プレス成形、鋳込み成形、押出成形、射出成形、テープ成形、ドクターブレード法等が挙げられ、いずれの方法であってもよいが、以下、ドクターブレード法を例として説明する。
【0047】
まず、セラミックス粉末に、造孔材、バインダー、可塑剤、溶剤等を加えてボールミル等により混合することにより、グリーンシート成形用スラリーを調製する。
【0048】
セラミックス粉末としては、ジルコニア粉末、部分安定化ジルコニア粉末(例えば、イットリア部分安定化ジルコニア粉末)、完全安定化ジルコニア粉末(例えば、イットリア完全安定化ジルコニア粉末)、アルミナ粉末、シリカ粉末、チタニア粉末、酸化ランタン粉末、イットリア粉末、希土類ジルコン酸塩粉末(例えば、ランタンジルコネート粉末)、希土類ケイ酸塩粉末(例えば、イットリウムシリケート粉末)、ニオブ酸塩粉末(例えば、ニオブ酸ストロンチウム粉末)、ムライト粉末、スピネル粉末、ジルコン粒子、マグネシア粉末、イットリア粉末、セリア粉末、炭化ケイ素粉末、窒化けい素粉末、窒化アルミニウム粉末等を用いることができる。これらは1種類だけでなく2種類以上を組み合わせて用いても良い。また、粉末は乾燥粉末に限らず、水や有機溶媒中に分散したコロイド状態(ゾル状態)のものを用いても良い。造孔材としては、ラテックス粒子、メラミン樹脂粒子、PMMA粒子、ポリエチレン粒子、ポリスチレン粒子、カーボンブラック粒子、発泡樹脂、吸水性樹脂等を用いることができる。バインダーとしては、ポリビニルブチラール樹脂(PVB)、ポリビニルアルコール樹脂・ポリ酢酸ビニル樹脂・ポリアクリル樹脂等を用いることができる。可塑剤としては、DBP(フタル酸ジブチル)、DOP(フタル酸ジオクチル)等を用いることができる。溶剤としては、キシレン、1−ブタノール等を用いることができる。
【0049】
上記グリーンシート成形用スラリーに真空脱泡処理を施すことにより、粘度を100〜10000cpsに調整する。その後、ドクターブレード装置によって、焼成後の厚さが0.1〜100μmとなるようにグリーンシートを形成し、(0.5〜200)mm×(0.5〜200)mmの寸法に外形切断を行う。切断した成形体を800〜2300℃、0.5〜20時間にて焼成し、焼成後に適宜粉砕することにより、多孔質な薄板状フィラー(多孔質板状フィラー1)を得ることができる。なお、焼成前のグリーンシートの状態で所定の面形状(正方形、四角形、六角形、円形)などに切断や打ち抜きなどの加工をし、それを焼成し、焼成後に粉砕することなく、多孔質な薄板状フィラーを得ることもできる。
【0050】
2.コーティング組成物
本発明のコーティング組成物は、上述の多孔質板状フィラー1と、無機バインダー、無機高分子、有機無機ハイブリッド材料、酸化物ゾル、及び水ガラスからなる群より選択される一種以上と、を含む。さらに、緻密質なフィラー、粘性調整剤、溶媒、分散剤等を含んでいてもよい。コーティング組成物を塗布、乾燥及び/又は熱処理することにより、断熱膜3を形成することができる。コーティング組成物に含まれる具体的な物質は、セメント、ベントナイト、リン酸アルミニウム、シリカゾル、アルミナゾル、ベーマイトゾル、ジルコニアゾル、チタニアゾル、オルトケイ酸テトラメチル、オルトケイ酸テトラエチル、ポリシラザン、ポリカルボシラン、ポリビニルシラン、ポリメチルシラン、ポリシロキサン、ポリシルセスキオキサン、シリコーン、ジオポリマー、ケイ酸ナトリウム等である。また、有機無機ハイブリッド材料の場合、アクリル−シリカ系ハイブリッド材料、エボキシ−シリカ系ハイブリッド材料、フェノール−シリカ系ハイブリッド材料、ポリカーボネート−シリカ系ハイブリッド材料、ナイロン−シリカ系ハイブリッド材料、ナイロン−クレイ系ハイブリッド材料、アクリル−アルミナ系ハイブリッド材料、アクリル−ケイ酸カルシウム水和物系ハイブリッド材料などが望ましい。
【0051】
コーティング組成物の粘度は0.1〜5000mPa・sが好ましく、0.5〜1000mPa・sがさらに好ましい。粘度が0.1mPa・sより小さい場合は、塗布後に流動し塗膜の厚さが不均質になることがある。5000mPa・sより大きい場合には流動性がなく均質に塗布しにくいことがある。
【0052】
3.断熱膜
図3を用いて、断熱膜3を説明する。本発明の断熱膜3は、上述の多孔質板状フィラー1が、多孔質板状フィラー1を結合するためのマトリックス3mに分散して配置されている。マトリックス3mとは、多孔質板状フィラー1の周囲やこれらの粒子間に存在する成分であり、これらの粒子間を結合する成分である。
【0053】
本発明の断熱膜3は、多孔質板状フィラー1が層状に配置(積層)されていることが好ましい。ここで言う層状に配置とは、多孔質板状フィラー1の最小長の方向が、断熱膜3の厚さ方向と平行になる方向に、多数の多孔質板状フィラー1が配向した状態でマトリックス3m中に存在することを言う。なお、このとき、多孔質板状フィラー1の位置(重心の位置)は、断熱膜3のX、Y、Z方向(ただし、Z方向を厚さ方向とする)に整然と周期的に配置される必要はなく、ランダムに存在していても問題ない。積層数は1以上であれば問題ないが、積層数が多い方が好ましく、5以上であることが望ましい。多孔質板状フィラー1が断熱膜3の中で、層状に積層されていることにより、伝熱経路が屈折して長くなり、断熱効果を向上させることができる。特に、多孔質板状フィラー1の位置は、図3に示すように、Z方向に整然と並んでいない方が(互い違いにずれている方が)、伝熱経路がより屈折して長くなるため、好ましい。
【0054】
本発明の断熱膜3は、マトリックス3mとして、セラミックス、ガラス、および樹脂の少なくとも一種を含むことが好ましい。耐熱性の観点から、セラミックスまたはガラスがより好ましい。より具体的には、マトリックス3mとなる材料としては、例えば、シリカ、アルミナ、ムライト、ジルコニア、チタニア、窒化けい素、酸窒化けい素、炭化けい素、酸炭化けい素、カルシウムシリケート、カルシウムアルミネート、カルシウムアルミノシリケート、リン酸アルミニウム、カリウムアルミノシリケート、ガラス等を挙げることができる。これらは熱伝導率の観点から非晶質であることが好ましい。あるいは、マトリックス3mの材料がセラミックスの場合は、粒径が500nm以下の微粒子の集合体であることが望ましい。粒径が500nm以下の微粒子の集合体をマトリックス3mとすることにより、熱伝導率をさらに低くすることができる。また、マトリックス3mとなる材料が樹脂の場合は、シリコーン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂等を挙げることができる。
【0055】
図3に示すように、熱伝導率が高いマトリックス3m部分が主な伝熱経路となるが、本発明の断熱膜3は、多孔質板状フィラー1を含み、伝熱経路は、熱を伝えたくない方向(膜の厚さ方向)に対して迂回が多くなる。すなわち、伝熱経路の長さが長くなるため、熱伝導率を低くすることができる。また、マトリックス3mを介した多孔質板状フィラー1間の結合面積は、球状フィラー31(図6参照)よりも広くなるため、断熱膜全体の強度が高められ、エロージョンや剥離などが起こりにくくなる。
【0056】
断熱膜3は、断熱膜3の全体の気孔率が10〜99%であるとともに、多孔質板状フィラー1の気孔率が20〜99%であり、マトリックス3mの気孔率が0〜70%であることが好ましい。
【0057】
本発明の断熱膜3は、厚さが1μm〜5mmであることが好ましい。このような厚さとすることにより、断熱膜3によって被覆される基材8の特性に悪影響を与えることなく、断熱効果を得ることができる。なお、断熱膜3の用途に応じてその厚さは上記範囲内で適宜選択することができる。
【0058】
本発明の断熱膜3は、熱容量が1500kJ/(m・K)以下であることが好ましく、1000kJ/(m・K)以下であることがさらに好ましく、500kJ/(m・K)以下であることが最も好ましい。低熱容量であると、例えば、エンジン燃焼室20に断熱膜3を形成した場合(図4参照)、燃料の排気後、エンジン燃焼室20内のガス温度を低下させやすい。これにより、エンジン10の異常燃焼などの問題を抑制することができる。
【0059】
本発明の断熱膜3は、熱伝導率が1.5W/(m・K)以下であることが好ましい。断熱膜3は、1W/(m・K)以下がさらに好ましく、0.5W/(m・K)以下が最も好ましい。低熱伝導率であることにより、伝熱を抑制することができる。
【0060】
断熱膜3は、上述のコーティング組成物を基材8上に塗布し、乾燥して形成させることができる。また、乾燥後に熱処理して形成させることもできる。このとき、塗布と乾燥あるいは熱処理を繰り返し行うことで厚い断熱膜3を形成することができる。あるいは、断熱膜3を仮の基材上に形成させた後、仮の基材を除去することで、単独で薄板状に形成させた断熱膜3を別途作製し、この断熱膜3を、基材8に接着あるいは接合させてもよい。基材8としては、金属、セラミックス、ガラス、プラスチック、木材、布、紙等を用いることができる。特に、基材8が金属の場合の例として、鉄、鉄合金、ステンレス、アルミニウム、アルミニウム合金、ニッケル合金、コバルト合金、タングステン合金、銅合金などが挙げられる。
【0061】
4.断熱膜構造
図3、及び図4を用いて本発明の断熱膜構造を説明する。本発明の断熱膜構造は、図3に示すように、上述の断熱膜3が、基材8上に形成された断熱膜構造である。さらに、図4は、断熱膜構造の一実施形態のエンジン燃焼室構造である。
【0062】
図4に示すように、本発明の断熱膜構造の一実施形態であるエンジン燃焼室構造は、エンジン構成部材21(基材8)のエンジン燃焼室20を構成する表面上に形成された断熱膜3を備える。本発明の断熱膜3を備えることにより、エンジン燃焼室20の断熱性能を向上させることができる。
【0063】
断熱膜3は、エンジン燃焼室20を構成するエンジン構成部材21の表面(内壁)に備えられる。具体的には、ピストン14の上面14s、吸気バルブ16、排気バルブ17のバルブヘッド16s,17s、シリンダヘッド13の底面13s等が挙げられる。
【0064】
エンジン10は、シリンダ12が形成されたシリンダブロック11と、シリンダブロック11の上面を覆って取り付けられたシリンダヘッド13とを有して構成されている。シリンダブロック11のシリンダ12内には、ピストン14が上下方向に摺動可能に備えられている。
【0065】
シリンダヘッド13には、点火プラグ15が取り付けられている。また、吸気バルブ16、排気バルブ17が取り付けられており、吸気バルブ16は、シリンダヘッド13に形成された吸気通路18を、排気バルブ17は、排気通路19を開閉するように構成されている。
【0066】
図4に示すように、ピストン14の上面14sに、断熱膜3が備えられている。また、吸気バルブ16、排気バルブ17のバルブヘッド16s,17s、シリンダヘッド13の底面13sにも同様に、断熱膜3が備えられている。これらの面は、エンジン燃焼室20を形成する面であり、これらの面に、断熱膜3を備えることにより、断熱性能を向上させることができる。
【0067】
シリンダ12、シリンダヘッド13、ピストン14によって囲まれたエンジン燃焼室20に、吸気バルブ16の開弁により燃料が供給され、点火プラグ15によって点火されることにより、燃焼される。この燃焼により、ピストン14が押し下げられる。燃焼により発生した排気ガスは、排気バルブ17が開弁されることにより排気される。
【0068】
エンジン10(図4参照)は、吸気→燃焼→膨張→排気のサイクルにおいて、燃焼時にエンジン燃焼室20の断熱性を確保する必要があり、そのため、エンジン燃焼室20に断熱膜3を設ける場合、断熱効果を得ることができる程度の厚さとする必要がある。しかし、吸気時に新たに吸入した空気が、断熱膜3にたまった熱を奪ってガス温度が高くなると、異常燃焼などの問題が生じることがある。そこで、断熱膜3は、断熱効果を得ることができる程度の厚さを有しつつ熱容量が小さいことが好ましい。そのため、断熱膜3の厚さは、1μm〜5mmの範囲がより好ましく、10μm〜1mmの範囲がさらに好ましい。断熱膜3の厚さをこの範囲とすることにより、断熱効果を十分なものとしつつ、異常燃焼などの問題の発生を抑制することができる。
【0069】
図5Aに断熱膜構造の他の実施形態を示す。図5Aの実施形態は、基材8上に緩衝接合層4(第一緩衝接合層4a)、断熱膜3、表面緻密層2が形成された断熱膜構造の実施形態である。
【0070】
図5Aに示すように、本発明の断熱膜構造は、断熱膜3の表面に、セラミックスおよび/またはガラスを含み、気孔率が5%以下である表面緻密層2を備えることが好ましい。自動車などのエンジンの燃焼室や配管の内表面に断熱膜3を形成する場合には、断熱膜3の最表面に表面緻密層2を形成すると、燃料の吸収や燃えカスの付着を防止することができる。
【0071】
さらに、断熱膜3の表面に表面緻密層2を有すると、エンジン燃焼室20に断熱膜3を備えた場合には、エンジン燃焼室20内における燃料の燃焼時には、表面緻密層2により輻射を反射し、排気時には、表面緻密層2から熱を放射することができる。また、断熱膜3は、表面緻密層2から、エンジン構成部材21への伝熱を抑制することができる。このため、燃料の燃焼時には、エンジン構成部材21の内壁(エンジン燃焼室20を構成する壁面)の温度が、エンジン燃焼室20のガス温度に追従して上昇しやすくなる。
【0072】
本発明の断熱膜構造は、基材8と断熱膜3との間(図5A)、および/または断熱膜3と表面緻密層2との間(図5B参照:第二緩衝接合層4b)に、厚さが断熱膜3よりも薄い緩衝接合層4を備えることが好ましい。基材8の上に断熱膜3を形成し、緩衝接合層4を設けると、高温で使用、あるいは熱サイクルを受ける環境下で使用する場合には、基材8と断熱膜3との反応や熱膨張のミスマッチによる剥離を抑制することができる。
【0073】
以下、表面緻密層2や緩衝接合層4について詳しく説明する。
【0074】
(表面緻密層)
表面緻密層2は、多孔質な構造の断熱膜3の表面に形成された断熱膜3よりも緻密なセラミックスを含む層である。表面緻密層2は、気孔率が5%以下であり、0.01〜4%であることが好ましく、0.01〜3%であることがより好ましい。このような緻密層により、燃料の燃焼時のガス(燃料)の対流による熱伝達を防止することができる。また緻密なため、燃料の吸収やスス、燃えカスが付着しにくい。
【0075】
表面緻密層2の材質は断熱膜3と類似のものが好ましく、同一組成で気孔率が5%以下であるものがさらに好ましい。表面緻密層2は、セラミックスで形成することができ、例えば、アルミナ、シリカ、ムライト、窒化けい素、酸窒化けい素、炭化けい素、酸炭化けい素、チタニア、ジルコニア、酸化亜鉛、ガラスなどが挙げられる。
【0076】
表面緻密層2は、燃料の燃焼時には、熱源である燃焼炎からの輻射伝熱を抑制する材料で構成される。また、表面緻密層2は、燃料の排気時には、自身の熱を放射しやすいものであることが好ましい。これには、ウイーンの変位則(λmT=2898[μm・K]:ここで、λmは最大放射強度を示す波長、Tは温度を示す。)から予想される波長領域での反射率、輻射率を制御することが望ましい。すなわち、反射率は2μmより小さい波長において大きいことが好ましく、輻射率は2μmより大きい波長において大きいことが好ましい。
【0077】
気孔率が5%以下の表面緻密層2により、燃焼開始直後〜燃焼前期にはエンジン燃焼室20を構成する内壁への輻射伝熱を抑制することができる。また、燃焼後期〜排気工程で、低温になると表面緻密層2から排気ガスへと熱を放射することで、次に導入される吸気ガスが高温になることを防止することができる。
【0078】
表面緻密層2は、波長2μmにおける反射率が、0.5より大きいことが好ましい。このような反射率を有することにより、断熱膜3への熱の伝導を抑制することができる。
【0079】
表面緻密層2は、波長2.5μmにおける輻射率が、0.5より大きいことが好ましい。また、このような輻射率を有することにより、熱せられた表面緻密層2を冷めやすくすることができる。
【0080】
表面緻密層2は、薄いほど好ましいが、厚さが10nm〜100μmの範囲が適当である。また、表面緻密層2の熱容量は3000kJ/(m・K)以下であることが好ましく、1000kJ/(m・K)以下であることがより好ましい。厚さが上記範囲であること、また、低熱容量(薄膜、小体積)であることにより、エンジン燃焼室20に断熱膜3、表面緻密層2を備えた場合には、エンジン構成部材21の内壁の温度がエンジン燃焼室20内のガス温度に追随しやすくなる。ガス温度と表面緻密層2との温度差が小さくなり、冷却損失を低減することができる。
【0081】
表面緻密層2は、熱伝導率が3W/(m・K)以下であることが好ましい。熱伝導率をこの範囲とすることにより、断熱膜3への熱の伝導を抑制することができる。
【0082】
(緩衝接合層)
緩衝接合層4は、基材8(エンジン構成部材21)と断熱膜3との間、および/または断熱膜3と表面緻密層2との間にある、厚さが断熱膜3よりも薄い層である。緩衝接合層4により、これに接する両層の熱膨張やヤング率のミスマッチを解消し、熱応力による剥離を抑制することができる。
【0083】
緩衝接合層4としては接着機能を有するもの、あるいは、薄膜として形成させることが可能な材料が好ましい。緩衝接合層4としては、例えば、無機バインダー、無機高分子、酸化物ゾル、水ガラス、ろう材、めっき膜からなる層などが挙げられる。あるいは、緩衝接合層4としては、これらの材料に断熱膜3と類似の物質を複合化させた層であってもよい。また、単独で薄板状に形成させた断熱膜3を上記の材料により基材8(エンジン構成部材21)等に接合して得ることもできる。
【0084】
緩衝接合層4は、隣接する他の2層のいずれか一方より熱膨張係数が大きく、他方より熱膨張係数が小さいことが好ましい。また、緩衝接合層4は、隣接する他の2層よりヤング率が小さいことが好ましい。このように構成すると、層間のミスマッチを解消し、熱応力による剥離を抑制することができる。
【0085】
緩衝接合層4は、熱抵抗が大きいことが好ましく、具体的には、熱抵抗が10−6K/W以上であることが好ましい。さらに、10−6〜10mK/Wであることが好ましく、10−5〜10mK/Wであることがより好ましく、10−4〜10mK/Wであることがさらに好ましい。このような緩衝接合層4を形成することにより、断熱効果をさらに十分なものとすることができる。また、緩衝接合層4を形成することにより、被接合体の熱膨張のミスマッチを緩衝し、耐熱衝撃性・耐熱応力性を向上させることができる。
【0086】
さらに、緩衝接合層4は、それぞれ接する層の相互の反応を抑制するような材料組成とすることが好ましく、これにより、耐酸化性や耐反応性が向上し、断熱膜3の耐久性が向上する。
【0087】
(製造方法)
次に、断熱膜構造(エンジン燃焼室構造)の製造方法について説明する。
【0088】
エンジン燃焼室20を構成する内壁(エンジン構成部材21)と断熱膜3との間に、第一緩衝接合層4aを有するように構成する場合は、エンジン構成部材21の上に、第一緩衝接合層4aとなる材料を塗布(例えば、無機バインダーあるいは無機高分子、酸化物ゾル、水ガラス、ろう材の場合)、あるいは、めっき製膜して形成し、その上に断熱膜3を形成する。
【0089】
断熱膜3は、多孔質板状フィラー1を無機バインダーあるいは無機高分子、酸化物ゾル、水ガラスなどに分散させたコーティング組成物を、所定の基材8の上に塗布し、乾燥、さらには、熱処理して形成させることができる。あるいは、多孔質な薄板を別途作製して、第一緩衝接合層4aを形成する材料を結合材として、エンジン構成部材21に貼り付けてもよい。
【0090】
断熱膜3と表面緻密層2との間に、第二緩衝接合層4bを有するように構成する場合は、断熱膜3上に、第二緩衝接合層4bを第一緩衝接合層4aと同様にして形成し、その上に表面緻密層2を形成する。
【0091】
表面緻密層2は、断熱膜3を形成した上に(または第二緩衝接合層4bを形成した上に)、スパッタ法、PVD法、EB−PVD法、CVD法、AD法、溶射、プラズマスプレー法、コールドスプレー法、めっき、湿式コーティング後の熱処理などで形成することができる。または、表面緻密層2として緻密な薄板を別途作製し、断熱膜3を形成する材料を結合材として下地材(第一緩衝接合層4a、あるいは、エンジン構成部材21)と結合して形成させてもよい。あるいは、表面緻密層2として緻密な薄板を別途作製し、第二緩衝接合層4bにより断熱膜3と結合して形成させてもよい。
【実施例】
【0092】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0093】
<実施例1>
まず、イットリア部分安定化ジルコニア粉末に、造孔材(ラテックス粒子あるいはメラミン樹脂粒子)、バインダーとしてのポリビニルブチラール樹脂(PVB)、可塑剤としてのDOP、溶剤としてのキシレンおよび1−ブタノールを加え、ボールミルにて30時間混合し、グリーンシート成形用スラリーを調製した。このスラリーに真空脱泡処理を施すことにより、粘度を4000cpsに調整した後、ドクターブレード装置によって焼成後の厚さが5μmとなるようにグリーンシートを形成し、50mm×50mmの寸法に外形切断を行った。この成形体を1100℃、1時間にて焼成し、焼成後に粉砕して多孔質な薄板状フィラー(多孔質板状フィラー1)を得た。
【0094】
この多孔質板状フィラー1は、気孔径が50nmの気孔を含み、厚さが5μm以下であった。また、任意の多孔質板状フィラー20個についてアスペクト比を計測したところ、その値は3〜5であった。また、熱伝導率は0.3W/(m・K)、気孔率は60%であった。
【0095】
次に、シリカゾル、水ガラス、多孔質板状フィラー1、水を含むコーティング組成物を調製し、基材8であるアルミニウム合金上に塗布し、乾燥後、500℃の熱処理により、断熱膜3とした。このときの断熱膜3は多孔質板状フィラー1が厚さ方向に10枚以上積層されており、その厚さはおよそ100μmであった。また、断熱膜3の熱伝導率は0.8W/(m・K)、熱容量は1460kJ/(m・K)であった。
【0096】
<実施例2>
実施例1と同様に多孔質板状フィラー1を作製した。
【0097】
次に、パーヒドロポリシラザン、アミン系触媒、多孔質板状フィラー1、キシレンを含むコーティング組成物を調製し、基材8であるアルミニウム合金上に塗布し、乾燥後、250℃の熱処理により、断熱膜3とした。
【0098】
このときの断熱膜3は多孔質板状フィラー1が厚さ方向に10枚以上積層されており、その厚さはおよそ100μmであった。また、断熱膜3の熱伝導率は0.2W/(m・K)、熱容量は1150kJ/(m・K)であった。
【0099】
<実施例3>
実施例1と同様な手順だが、粗粉砕をせず、多孔質な薄板状のテープを得た。このテープの表面にCVD法により酸化亜鉛膜を形成させた。さらに、粗粉砕して、表面に熱抵抗膜(被覆層7)を有する、多孔質板状フィラー1を得た。
【0100】
次に、パーヒドロポリシラザン、アミン系触媒、上記多孔質板状フィラー1、キシレンを含むコーティング組成物を調製し、基材8であるアルミニウム合金上に塗布し、乾燥後、250℃の熱処理により、断熱膜3とした。
【0101】
このときの断熱膜3は多孔質板状フィラー1が厚さ方向に10枚以上積層されており、その厚さはおよそ100μmであった。また、断熱膜3の熱伝導率は0.15W/(m・K)、熱容量は1180kJ/(m・K)であった。
【0102】
<実施例4>
実施例1と同様に、イットリア部分安定化ジルコニア粉末に、造孔材(ラテックス粒子あるいはメラミン樹脂粒子)、バインダーとしてのポリビニルブチラール樹脂(PVB)、可塑剤としてのDOP、溶剤としてのキシレンおよび1−ブタノールを加え、ボールミルにて30時間混合し、グリーンシート成形用スラリーを調製した。このスラリーに真空脱泡処理を施すことにより、粘度を4000cpsに調整した後、ドクターブレード装置によって焼成後の厚さが5μmとなるようにグリーンシートを形成し、50mm×50mmの寸法に外形切断を行った。この成形体を1100℃、1時間にて焼成した。得られた焼成体を粗粉砕して多孔質板状フィラー1を得た。
【0103】
この多孔質板状フィラー1は、50nmの気孔を含み、厚さが5μm以下であった。また、任意のフィラー20個についてアスペクト比を計測したところ、その値は5〜10であった。また、熱伝導率は0.3W/(m・K)であった。
【0104】
次に、パーヒドロポリシラザン、アミン系触媒、多孔質板状フィラー1、キシレンを含むコーティング組成物を調製し、基材8であるアルミニウム合金上に塗布し、乾燥後、250℃の熱処理により、断熱膜3とした。
【0105】
このときの断熱膜3は多孔質板状フィラー1が厚さ方向に10枚以上積層されており、その厚さはおよそ100μmであった。また、断熱膜3の熱伝導率は0.15W/(m・K)、熱容量は1160kJ/(m・K)であった。
【0106】
<実施例5>
実施例1と同様に多孔質板状フィラー1を作製した。
【0107】
次に、ベーマイトファイバーゾル、多孔質板状フィラー1、水を含むコーティング組成物を調製し、基材8であるアルミニウム合金上に塗布し、乾燥後、500℃の熱処理により、断熱膜3とした。
【0108】
このときの断熱膜3は多孔質板状フィラー1が厚さ方向に10枚以上積層されており、その厚さはおよそ100μmであった。また、断熱膜3の熱伝導率は0.25W/(m・K)、熱容量は1140kJ/(m・K)であった。
【0109】
<実施例6>
実施例1と同様に多孔質板状フィラー1を作製した。
【0110】
次に、ポリシロキサン、多孔質板状フィラー1、イソプロピルアルコールを含むコーティング組成物を調製し、基材8であるアルミニウム合金上に塗布し、乾燥後、500℃の熱処理により、断熱膜3とした。
【0111】
このときの断熱膜3は多孔質板状フィラー1が厚さ方向に10枚以上積層されており、その厚さはおよそ100μmであった。また、断熱膜3の熱伝導率は0.5W/(m・K)、熱容量は1490kJ/(m・K)であった。
【0112】
<実施例7>
実施例1と同様に多孔質板状フィラー1を作製した。ただし、イットリア部分安定化ジルコニア粉末の代わりに、イットリア完全安定化ジルコニア粉末を用いた。
【0113】
次に、ポリシロキサン、多孔質板状フィラー1、イソプロピルアルコールを含むコーティング組成物を調製し、基材8であるアルミニウム合金上に塗布し、乾燥後、200℃の熱処理により、断熱膜3とした。
【0114】
このときの断熱膜3は多孔質板状フィラー1が厚さ方向に10枚以上積層されており、その厚さはおよそ100μmであった。また、断熱膜3の熱伝導率は0.4W/(m・K)、熱容量は1230kJ/(m・K)であった。
【0115】
<実施例8>
実施例7と同様に多孔質板状フィラー1を作製した。
【0116】
次に、ポリシルセスキオキサン、多孔質板状フィラー1、イソプロピルアルコールを含むコーティング組成物を調製し、基材8であるアルミニウム合金上に塗布し、乾燥後、200℃の熱処理により、断熱膜3とした。
【0117】
このときの断熱膜3は多孔質板状フィラー1が厚さ方向に10枚以上積層されており、その厚さはおよそ100μmであった。また、断熱膜3の熱伝導率は0.3W/(m・K)、熱容量は1180kJ/(m・K)であった。
【0118】
<実施例9>
実施例7と同様に多孔質板状フィラー1を作製した。
【0119】
次に、アクリル−シリカ系ハイブリッド材料、多孔質板状フィラー1、イソプロピルアルコールを含むコーティング組成物を調製し、基材8であるアルミニウム合金上に塗布し、乾燥後、200℃の熱処理により、断熱膜3とした。
【0120】
このときの断熱膜3は多孔質板状フィラー1が厚さ方向に10枚以上積層されており、その厚さはおよそ100μmであった。また、断熱膜3の熱伝導率は0.3W/(m・K)、熱容量は1100kJ/(m・K)であった。
【0121】
<実施例10>
実施例1と同様に多孔質板状フィラー1を作製した。ただし、イットリア部分安定化ジルコニア粉末の代わりに、ランタンジルコネート粉末を用いた。
【0122】
次に、ポリシロキサン、多孔質板状フィラー1、イソプロピルアルコールを含むコーティング組成物を調製し、基材8であるアルミニウム合金上に塗布し、乾燥後、200℃の熱処理により、断熱膜3とした。
【0123】
このときの断熱膜3は多孔質板状フィラー1が厚さ方向に10枚以上積層されており、その厚さはおよそ100μmであった。また、断熱膜3の熱伝導率は0.25W/(m・K)、熱容量は1050kJ/(m・K)であった。
【0124】
<実施例11>
実施例1と同様に多孔質板状フィラー1を作製した。ただし、イットリア部分安定化ジルコニア粉末の代わりに、イットリウムシリケート粉末を用いた。
【0125】
次に、ポリシロキサン、多孔質板状フィラー1、イソプロピルアルコールを含むコーティング組成物を調製し、基材8であるアルミニウム合金上に塗布し、乾燥後、200℃の熱処理により、断熱膜3とした。
【0126】
このときの断熱膜3は多孔質板状フィラー1が厚さ方向に10枚以上積層されており、その厚さはおよそ100μmであった。また、断熱膜3の熱伝導率は0.3W/(m・K)、熱容量は1120kJ/(m・K)であった。
【0127】
<実施例12>
実施例1と同様に多孔質板状フィラー1を作製した。ただし、イットリア部分安定化ジルコニア粉末の代わりに、ニオブ酸ストロンチウム粉末を用いた。
【0128】
次に、ポリシロキサン、多孔質板状フィラー1、イソプロピルアルコールを含むコーティング組成物を調製し、基材8であるアルミニウム合金上に塗布し、乾燥後、200℃の熱処理により、断熱膜3とした。
【0129】
このときの断熱膜3は多孔質板状フィラー1が厚さ方向に10枚以上積層されており、その厚さはおよそ100μmであった。また、断熱膜3の熱伝導率は0.25W/(m・K)、熱容量は1240kJ/(m・K)であった。
【0130】
<比較例1>
イットリア部分安定化ジルコニア粉末に、造孔材(ラテックス粒子あるいはメラミン樹脂粒子)、バインダーとしてのポリビニルアルコール(PVA)、分散剤、水を加え、ボールミルにて30時間混合し、スラリーを調製した。このスラリーをスプレードライにより乾燥し、球状の顆粒を得た。この顆粒を1100℃、1時間にて焼成した。得られた焼成粉体を解砕し、微粉末を取り除いて球状フィラー31を得た。
【0131】
この球状フィラー31は、50nmの気孔を含み、平均粒径20μm、最小粒径5μm、気孔率は60%であった。また、任意のフィラー20個についてアスペクト比を計測したところ、その値は1〜1.5であった。また、顆粒を板状に成形し同条件で焼成して得られた焼成体の熱伝導率は0.3W/(m・K)であった。
【0132】
シリカゾル、水ガラス、球状フィラー31、水を含むコーティング組成物を調製し、基材8であるアルミニウム合金上に塗布し、乾燥後、500℃の熱処理により、断熱膜3とした。このときの断熱膜3は、球状フィラー31がランダムに含まれ、その厚さはおよそ100μmであった。比較例1の断熱膜構造を図6に示す。断熱膜3の熱伝導率は、1.7W/(m・K)、熱容量は1550kJ/(m・K)であった。
【0133】
以上の結果を、表1,2に示す。
【0134】
【表1】
【0135】
【表2】
【0136】
以上のように、比較例1は、アスペクト比が1〜1.5の球状フィラー31であるため、断熱膜3の熱伝導率や熱容量が、実施例に比べ大きくなった。つまり、多孔質板状フィラー1を含む断熱膜3は、球状フィラー31を含む断熱膜3に比べ、熱伝導率や熱容量を小さくすることができた。
【0137】
球状フィラー31の場合(特に粒径の揃った球状フィラーの場合)、低熱伝導なフィラーの体積割合を増やしたくても、粒子を充填した隙間が多く存在し、その部分はマトリックス3mが導入されるか、空隙として残ることになる。マトリックス3mが導入される場合には、断熱膜3中のマトリックス3m(高熱伝導成分)の割合が増えるため、断熱膜3の熱伝導率は高くなる傾向にある。空隙として残る場合は、空隙は伝熱経路にならないため断熱膜3の熱伝導率は低くなるが、フィラー間を結合するマトリックス3mが少なく、十分な強度が得られない。一方で、板状フィラーの場合は、配向してフィラーが積層されるように充填されるため、無駄な空隙を作ることなく、フィラーの体積割合を高めることができ、フィラー間に入るマトリックス3mが少なくても、マトリックス3mを介したフィラーどうしの接着面積が広いため、十分な強度が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0138】
本発明の断熱膜、断熱膜構造は、自動車等のエンジン、配管、建築物の壁等に適用することができる。
【符号の説明】
【0139】
1:多孔質板状フィラー、2:表面緻密層、3:断熱膜、3m:マトリックス、4:緩衝接合層、4a:第一緩衝接合層、4b:第二緩衝接合層、7:被覆層、8:基材、10:エンジン、11:シリンダブロック、12:シリンダ、13:シリンダヘッド、13s:(シリンダヘッドの)底面、14:ピストン、14s:(ピストンの)上面、15:点火プラグ、16:吸気バルブ、16s:バルブヘッド、17:排気バルブ、17s:バルブヘッド、18:吸気通路、19:排気通路、20:エンジン燃焼室、21:エンジン構成部材、31:球状フィラー。
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図6