特許第6073585号(P6073585)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許60735851,5−D−アンヒドログルシトールの製造法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6073585
(24)【登録日】2017年1月13日
(45)【発行日】2017年2月1日
(54)【発明の名称】1,5−D−アンヒドログルシトールの製造法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/18 20060101AFI20170123BHJP
   C12R 1/645 20060101ALN20170123BHJP
【FI】
   C12P7/18
   C12P7/18
   C12R1:645
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2012-152403(P2012-152403)
(22)【出願日】2012年7月6日
(65)【公開番号】特開2014-14289(P2014-14289A)
(43)【公開日】2014年1月30日
【審査請求日】2015年6月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】390015004
【氏名又は名称】日本澱粉工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080609
【弁理士】
【氏名又は名称】大島 正孝
(74)【代理人】
【識別番号】100109287
【弁理士】
【氏名又は名称】白石 泰三
(74)【代理人】
【識別番号】100122404
【弁理士】
【氏名又は名称】勝又 秀夫
(72)【発明者】
【氏名】和田 千代子
(72)【発明者】
【氏名】泉 秀作
【審査官】 平林 由利子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−234088(JP,A)
【文献】 特開2010−104239(JP,A)
【文献】 国際公開第98/017788(WO,A1)
【文献】 J. Org. Chem., 1998, 63, pp.8957-64
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00−41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲオトリクム・キャンディダム種の菌株を1,5−D−アンヒドロフルクトースとグルコース以外の炭水化物を含む培地中で接触させて1,5−D−アンヒドログルシトールを生成させ、そして生成した1,5−D−アンヒドログルシトールを採取することを特徴とする1,5−D−アンヒドログルシトールの製造法。
【請求項2】
ゲオトリクム・キャンディダム種の菌株がNBRC 5767、NBRC 4601、NBRC 5959またはNBRC 9542
である請求項1に記載の1,5−D−アンヒドログルシトール製造法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1,5−D−アンヒドログルシトールの微生物による製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
1,5−D−アンヒドログルシトール(以下1,5−AG)は、グルコースの1位の水酸基が還元された構造をもつポリオールであり、多くの動植物が生合成することから、食品中にも広く分布している物質である。1,5−AGは動物体内で代謝的に安定であり、ラットやマウスでは1,5−AGとして与えた放射性のうち、その後の48時間の呼気に排出される量は全体の1%以下である(非特許文献1参照)との報告があり、低カロリーあるいはノンカロリー甘味料として利用できる。更に 産業上、研究試薬や臨床検査試薬として利用されている。
1,5−AGの調製法としてはβ−D−グルコピラノースペンタアセテートからの化学合成法(非特許文献2参照)が報告されている。その合成法はβ−D−グルコピラノースペンタアセテートをエーテルに溶解後、臭化水素によるBr化、水素化アルミニウムリチウムによる脱アセチル化することにより行われる。
【0003】
その他の調製法としてプロテア種の葉から1,5−AGをエタノール、ヘキサン等の有機溶媒で1.5−AGの抽出、単離、晶析して1,5−AGを調製する方法も報告されている(非特許文献3参照)。
これらの化学合成や植物からの抽出は、プロセスが多段的で煩雑であり、エーテルやヘキサン等の有機溶媒を用いている為、1,5−AGを食品とするには、それらの分離、処理の必要性が生じる。更には安全性の点からも疑問が残る。
これらの問題点を解決する手段として、製造プロセスが簡略で、かつエーテル等の有機溶媒を用いない製造法が求められる。
【0004】
1,5−AGは大腸菌( Escherichia.coli )により生合成されること(非特許文献1参照)が報告されている。しかし、大腸菌( Escherichia.coli )による生合成は工業生産を目的としておらず、1,5−AG生成量は1Lあたり数マイクログラム程度であり、工業生産的に満足できるものではない。
更に、パラディウム触媒存在下での1,5−D−アンヒドロフルクトース(以下1,5−AF)への水素添加による1,5−AGの調製法が報告されているが(非特許文献4参照)1,5−AGの他に1,5−AMが生じ、反応生成物の1/5程度であり効率的に獲得することが困難である。
【0005】
1,5−AGの原料となり得る1,5−AFは澱粉などのα−1,4−グルカンをα−1,4−グルカンリアーゼで分解することによって調整できる糖質であり、その生産技術が提案されている(特許文献1参照)。1,5−AFを1,5−AGに効率よく変換する方法の開発が望まれているが、近年、1,5−AGの工業的な生産方法として1,5−AFを微生物に接触させて製造する方法が提案されている(特許文献2参照)。この製法では外因性の1,5−AFが微生物によって1,5−AGに変換される。しかしながら、上記方法は1,5−AGの生産量が低く工業的に必ずしも満足のいくものではなかった。また、培養終了後の培養液には1,5−AG以外の生成物あるいは未反応の原料が含まれるため、高い純度の1,5−AGを生産するには分離工程が必要であり(特許文献2参照)、その工程で1,5−AGの回収率が低下する。また、1,5−AGを高純度、高回収率で分離回収できる方法(特許文献3参照)が提案されているが、分離工程で1,5−AG液が希釈されるため、分離工程前後に濃縮作業が必要であり、工業レベルで生産するためには1,5−AG製造プロセスの簡便化が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−168454号公報
【特許文献2】特開2008−54531号公報
【特許文献3】特開2012−7907号公報
【特許文献4】特開2009−215231号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】生化学 第69巻 第12号,pp.1361−1372,(1997)
【非特許文献2】J.Am.Chem.Soc.72,4547−4553(1954)
【非特許文献3】Phytochemistry Vol.22,No9,1959−1960 (1983)
【非特許文献4】Carbohydrate Research 337(2002)873−890
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明はこのような従来の問題点を解決して、1,5−AFを出発物質とし1,5−AGへの高い変換能を有する微生物を用いて1,5−AGを製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
鋭意検討した結果、本発明者らは1,5−AFを1,5−AGに変換する高い能力を持つゲオトリクム・キャンディダム種の菌株を見出し、この菌株にかつグルコース以外の炭水化物を使用することにより、菌株によっては1,5−AFを高い生産性でほぼ全量1,5−AGへ変換することができることを究明し本発明に到達した。
すなわち、本発明は1,5−AFを1,5−AGに変換する高い能力を持つゲオトリクム・キャンディダム種の菌株をグルコース以外の炭水化物を含む培地中で接触させ、1,5−AFを1,5−AGに変換せしめ、生じた1,5−AGを採取することを特徴とする1,5−AGの製造法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ゲオトリクム・キャンディダム種の菌株を用いることにより1,5−AG生産性が向上し、更にグルコース以外の炭水化物を用いることにより1,5−AFをほぼ1,5−AGに変換することができるため、発酵終了後の培養液中には1,5−AG以外の物質が殆ど存在しないようにすることができる。これにより、1,5−AGの生産性が向上しただけではなく、製造プロセスの分離工程が必要なくなるため、簡便な方法で1,5−AGを製造することができ、コスト低減にもつながることから、1,5−AGを工業的に有利に製造することができる。更に、1,5−AGの収率が高いため、1,5−AG生産量あたりに排出される排水量を減らすことができエコロジー効果も期待できる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1,5−AFを1,5−AGに変換する高い能力を持つゲオトリクム・キャンディダム種の菌株としては、具体的にはNBRC5767、NBRC4601、NBRC5959およびNBRC9542などが挙げられる。これら菌株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部(Incorporated Administrative Agency Department of Biotechnology National Institute of Technology and Evaluation)千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8 から入手可能である。但し、本発明に用いられるゲオトリクム・キャンディダム種の菌株は、1,5−AFを1,5−AGに変換する能力を有するゲオトリクム・キャンディダム種の菌株であれば全てが使用可能であり、上記菌株に限定されるものではない。
【0012】
本発明のゲオトリクム・キャンディダム種の菌株は、前記の菌株より紫外線照射、N−メチル−N−ニトロソグアニジン(NTG)処理、エチルメタンスルホネート(EMS)処理、亜硝酸処理、アクリジン処理等による変異株、あるいは細胞融合もしくは遺伝子組み換え法などの遺伝学的手法により誘導される遺伝子組み換え株などいずれの株であっても良い。
微生物培養のための1,5−AFを含む培養液は、グルコース以外の炭水化物、窒素源、無機イオン、更に必要に応じて有機栄養源を含む培地を用いることができる。グルコース以外の炭水化物としては、例えばフルクトース、マルトース、スクロース、グリセロール、マンノースなどが挙げられる。フルクトースが特に好ましい。有機栄養源としては、例えばビタミン、アミノ酸等を含有する酵母エキス、麦芽エキス、ペプトン、肉エキス、コーンスティープリカー、カゼイン分解物などが適宜使用される。無機イオンとしては、例えばマグネシウムイオン、リン酸イオン、カルシウムイオンなどが適宜使用される。その培地に、別にフィルター滅菌した1,5−AF水溶液を添加して1,5−AG採取用の培地とした。
【0013】
培養条件は特別な制限もなく、例えば好気条件下でpH3〜7及び温度20〜40℃の範囲で行い、適当なpHと温度を保ちながら2〜7日程度培養を行うことができる。
このようにして培養液中に生成した1,5−AGを通常実施される周知の手段で培養物より精製する。具体的には、遠心分離、珪藻土ろ過で菌体及び固形物を除去した後、活性炭で脱色、イオン交換樹脂で脱塩し、濃縮後、結晶化させた。結晶化の方法としては、例えば、1,5−AGの水溶液から結晶1,5−AGを析出させる方法(特許文献4(特開2009−2152315号公報))等が挙げられるが、特に限定されるものではない。
このようにして培養液中に生成した1,5−AGを分離工程を介さずに通常実施される周知の手段で精製し、採取する。具体的には、遠心分離、珪藻土ろ過で菌体及び固形物を除去した後、活性炭で脱色、イオン交換樹脂で脱塩し、濃縮する。濃縮後、結晶化させた。
【0014】
なお、培養液中の1,5−AG生成量はHPLCで速やかに測定することができ、1,5−AG生成量が最高に達した時点で培養を終了した。HPLC測定の詳細条件は以下に示す。
分離カラム:ShodexSP810−MCIGELCK08S連結(昭和電工(株)製、三菱化学(株)製)、移動相:蒸留水、流速:1.0 mL/分、カラム温度:40℃、検出:示差屈折率検出器、サンプル供与量:20 μLの条件で測定した。
【実施例】
【0015】
以下、実施例にて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。以後の説明中に用いる%は、特に断りがない限り容量(w/v)%である。1,5−AGの生産量は上記のHPLC測定により検出された1,5−AGのピーク面積を、あらかじめ作成した標準試料の検量線から求めた。また、1,5−AGへの変換率は培地中に添加した1,5−AFが1,5−AGに変換された割合を示す。なお、実施例1〜3は参考例である。

【0016】
実施例1(各酵母の1,5−AG生産性の比較)
グルコース2.0%、ペプトン2.0%および酵母エキス1.0%からなる培地(pH 6.0)、50mlを容量300mlの振盪フラスコに分注し、それに斜面培地(グルコース2.0%、ペプトン2.0%、酵母エキス1.0%、寒天粉末1.5%、pH 6.0)で培養した特許文献1(特開2005−168454号公報)に記載されている酵母の中で最も1,5−AG生産性の高いシゾサッカロマイセス・ポンベ(NBRC 1608)とゲオトリクム・キャンディダム(NBRC5767)をそれぞれ1白金耳接触し、30℃、130rpmで一晩振盪培養した。これを種培養液とした。前記と同組成培地50mlを振盪フラスコに分注し、孔径0.45μmフィルターで除菌処理した1,5−AF溶液を1%となるように添加した。この培地に前記種培養液をそれぞれ1mlずつ添加し、30℃で3日間、130rpmで振盪培養した。遠心分離で菌体を除去した後、HPLCにて培養液中に生成した1,5−AGを定量した。その結果は表1に示した。1,5−AGの生産量はNBRC 5767がNBRC 1608より約1.6倍高かった。
【0017】
【表1】
【0018】
実施例2(各ゲオトリクム属の1,5−AG生産性の比較)
グルコース2.0%、ペプトン2.0%、酵母エキス1.0%からなる培地(pH 6.0)50mlを容量300mlの振盪フラスコに分注し、斜面培地(グルコース2.0%、ペプトン2.0%、酵母エキス1.0%、寒天粉末1.5%、pH 6.0)で培養した表2に示す菌株をそれぞれ1白金耳接種し、30℃、130rpmで一晩振盪培養した。これを種培養液とした。前記と同組成培地50mlを振盪フラスコに分注し、孔径0.45μmフィルターで除菌処理した1,5−AF溶液を1%となるように添加した。この培地に前記種培養液を1ml添加し、30℃で2日間、130rpmで振盪培養した。遠心分離で菌体を除去した後、HPLCにて培養液中に生成した1,5−AGを定量した。その結果を表2に示した。これよりゲオトリクム属の中で1,5−AG生産性が高い種はキャンディダム種であった。
【0019】
【表2】
【0020】
実施例3(各ゲオトリクム・キャンディダムの1,5−AG生産性の比較)
グルコース2.0%、ペプトン2.0%、酵母エキス1.0%からなる培地(pH 6.0)50mlを容量300mlの振盪フラスコに分注し、斜面培地(グルコース2.0%、ペプトン2.0%、酵母エキス1.0%、寒天粉末1.5%、pH 6.0)で培養した表3に示す菌株をそれぞれ1白金耳接種し、30℃、130rpmで一晩振盪培養した。これを種培養液とした。前記と同組成培地50mlを振盪フラスコに分注し、孔径0.45μmフィルターで除菌処理した1,5−AF溶液を6%となるように添加した。この培地に前記種培養液を1ml添加し、30℃で3日間、130rpmで振盪培養した。遠心分離で菌体を除去した後、HPLCにて培養液中に生成した1,5−AGを定量した。その結果を表3に示した。用いたゲオトリクム・キャンディダムの中で1,5−AG生産性が最も高い株はNBRC 5767であった。
【0021】
【表3】
【0022】
実施例4(炭水化物の種類による1,5−AG生産性比較)
グルコース2.0%、ペプトン2.0%、酵母エキス1.0%からなる培地(pH 6.0)50mlを容量300mlの振盪フラスコに分注し、斜面培地(グルコース2.0%、ペプトン2.0%、酵母エキス1.0%、寒天粉末1.5%、pH 6.0)で培養したゲオトリクム・キャンディダム(NBRC 5767)を1白金耳接種し、30℃、130rpmで一晩振盪培養した。これを種培養液とした。前記と同組成培地5mlを試験管に分注し、孔径0.45μmフィルターで除菌処理した1,5−AF溶液を4%となるように、同様に除菌処理した表4に示す炭水化物を1%になるように添加した。この培地に前記種培養液を0.1ml添加し、30℃で3日間、130rpmで振盪培養した。遠心分離で菌体を除去した後、HPLCにて培養液中に生成した1,5−AGを定量した。その結果を表4に示した。用いたグルコース以外の炭水化物で1,5−AGの生産性が向上し、その中で最も生産性の高い炭水化物はフルクトースであった。
【0023】
【表4】
【0024】
実施例5(炭水化物の濃度と1,5−AG生産性の関係)
グルコース2.0%、ペプトン2.0%、酵母エキス1.0%からなる培地(pH 6.0)50mlを容量300mlの振盪フラスコに分注し、斜面培地(グルコース2.0%、ペプトン2.0%、酵母エキス1.0%、寒天粉末1.5%、pH 6.0)で培養したゲオトリクム・キャンディダム(NBRC 5767)を1白金耳接種し、30℃、130rpmで一晩振盪培養した。これを種培養液とした。前記と同組成培地50mlを振盪フラスコに分注し、孔径0.45μmフィルターで除菌処理した1,5−AF溶液を6%となるように、同様に除菌処理した表5に示す炭水化物を各濃度になるように添加した。この培地に前記種培養液を1ml添加し、30℃で3日間、130rpmで振盪培養した。遠心分離で菌体を除去した後、HPLCにて培養液中に生成した1,5−AGを定量した。その結果を表5に示した。これよりフルクトースを2%添加した場合が1,5−AG生産性が最も高く、1,5−AGの生産量が49g/L、1,5−AGへの変換率が81.2%であり、この時の培養液中にはほぼ1,5−AG以外の物質がふくまれていなかった。
【0025】
【表5】