【文献】
CARMELLA, S.G. et al.,"Quantitation of Acrolein-Derived 3-Hydroxypropylmercapturic Acid in Human Urine by Liquid Chromatography-Atmospheric Pressure Chemical lonization-Tandem Mass Spectrometry : Effects of Cigarette Smoking",Chemical Research in Toxicology,2007年 6月 9日,Vol. 20, No. 7,p. 986−990,URL,http://pubs.acs.org/doi/pdf/10.1021/tx700075y
【文献】
MINET, E. et al.,"3-Hydroxypropyl Mercapturic Acid Interlaboratory Method Standardization to Measure Acrolein Exposure in Human Urine",Epidemiology,2011年 1月,Vol. 22, No. 1,p. S230,URL,http://journals.lww.com/epidem/Fulltext/2011/01001/3_Hydroxypropyl_Mercapturic_Acid_Interlaboratory.701.aspx
【文献】
RAMU, K. et al.,"Acrolein Mercapturates: Synthesis, Characterization, and Assessment of Their Role in the Bladder Toxicity of Cyclophosphamide",Chemical Research in Toxicology,1995年,Vol. 8,p. 515−524,URL,http://pubs.acs.org/doi/pdf/10.1021/tx00046a005
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
被験者より得られた尿検体中の3-ヒドロキシプロピルメルカプツール酸(3-HPMA)の含有量が健常者と比較して低いことを指標とする脳卒中及び/又は脳梗塞の判定のための方法。
【背景技術】
【0002】
(脳血管疾患)
日本における脳血管疾患による死亡者数は悪性新生物、心疾患に次いで第3位である。罹患後の後遺症は麻痺・運動不能を伴うなど、患者自身の日常生活に極めて多大な支障を来たすだけでなく、介護者の心的ストレスも助長する。
脳血管疾患の大半を占める脳卒中は早期発見・早期治療が困難な疾患である。半身不随、半身麻痺、しびれ、感覚の低下、手足の運動障害、意識障害、及び、言語障害等の脳梗塞の自覚症状を伴わない脳梗塞(無症候性脳梗塞)の段階での治療開始が効果的であるが、無症候性脳梗塞は画像診断により偶然に発見されるケースが大半である。
【0003】
(脳梗塞のバイオマーカー)
脳梗塞と相関があるバイオマーカーとして、アクロレイン及びそれをポリアミンから生成するポリアミンオキシダーゼが知られている。アクロレインは細胞内ではアルデヒドデヒドロゲナーゼにより無毒化されるが、細胞外に漏出すると強い毒性を示す。このことから、アクロレインは細胞傷害度と強い相関があると考えられ、腎障害、脳卒中・無症候性脳梗塞といった症状との相関について研究がされている(参照:非特許文献1〜3及び特許文献1及び2)。
【0004】
(インターロイキン−6)
インターロイキン-6はB細胞の分化誘導因子として発見され、多発性骨髄腫の悪性細胞増殖因子で、さまざまな炎症性疾患や自己免疫疾患に関与することが知られている。このことから、脳卒中のバイオマーカーとしての研究がされている(参照:非特許文4〜5及び特許文献3)。
【0005】
[C反応性タンパク質(CRP)]
CRPは肺炎双球菌(Streptococcus pneumoniae)の細胞壁から抽出されたC多糖体と沈降反応を起こす血清タンパク(βグロブリン)として発見され、感染症(特に細菌感染)・心筋梗塞・自己免疫疾患などの多くの疾患で血中濃度が上昇することが知られている。
近年、測定機器の技術向上により高感度CRP(high sensitivity CRP: hs-CRP)の測定法が開発され、感染症や悪性腫瘍などの明らかな炎症性疾患がない状態での極めて軽度の炎症反応を感知できる(最小検出感度0.01 mg/L)。
Ridkerらの大規模臨床研究により、CRPが虚血性心疾患の独立した予知マーカーとなることが報告された。このことから、脳卒中のバイオマーカーとしての研究がされている(参照:非特許文献6、7、8及び特許文献3)。
【0006】
(先行特許文献)
先行特許文献では、以下が開示されている。
特許文献1では、「ポリアミン、アクロレインの含有量又はポリアミンオキシダーゼ活性又はそのタンパク質量を指標とした脳卒中・無症候性脳梗塞の診断方法」を開示している。
しかし、該文献は、「3-HPMAを指標とした脳卒中・脳梗塞の判定方法」の開示又は示唆がない。
特許文献2では、「被験者の生体サンプル中における、ポリアミンから生成されるアルデヒド体、インターロイキン−6、及びC反応性タンパク質の含有量、並びに、ポリアミンオキシダーゼ活性又はポリアミンオキシダーゼのタンパク質量を測定し、得られた測定値と被験者の年齢を指標として脳卒中又は無症候性脳梗塞を検出する方法」を開示している。
しかし、該文献は、「3-HPMAを指標とした脳卒中・脳梗塞の判定方法」の開示又は示唆がない。
特許文献3では、「脳損傷の1またはそれ以上の特異的マーカーおよび脳損傷の1またはそれ以上の非特異的マーカーを含むパネルのマーカーの存在または量について分析する方法」を開示している。
しかし、該文献は、「3-HPMAを指標とした脳卒中・脳梗塞の判定方法」の開示又は示唆がない。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(本発明の脳卒中及び/又は脳梗塞の判定方法)
本発明は、尿検体中の3-HPMAを指標とする脳卒中及び/又は脳梗塞の判定方法に関する。
本発明では、被験者の尿検体中の3-HPMAの含有量が健常者と比較して低いことを指標とすることを特徴とする。
【0015】
(本発明の脳卒中及び/又は脳梗塞の医薬組成物)
本発明のアクロレイン代謝に係るグルタチオンの関係を
図1に示した。本発明者らは、後述する実施例の結果より、脳卒中患者の尿検体中のアクロレインの代謝物である3-HPMAの含有量が減少していることは、3-HPMAに続き、アルデヒド体の代謝がSH基によって促進されることで、SH基の代表的化合物であるグルタチオンの組織内欠乏をもたらすと推定している。さらに、グルタチオンの組織内濃度の年齢差等にも起因してアクロレイン代謝に係るグルタチオンの組織濃度減少によるものとの推定をしている。
上記推定から、組織内SH基(その代表的化合物のグルタチオン)の供給により、脳卒中・脳梗塞患者のアクロレイン濃度はより減少することになる。よって、脳卒中及び/又は脳梗塞の予防・治療、さらには該脳卒中及び/又は脳梗塞の症状の改善にはSH基(その代表的化合物のグルタチオン)の供給が有効な手段となる。
グルタチオン製剤の投与及び/又はグルタチオンをコードする遺伝子を患者に供給することにより、アクロレインの代謝を介し、血中アクロレイン並びに組織内アクロレイン濃度を正常まで減少させることができ、引いては上記疾病・症状の予防・治療さらには改善が図れることとなる。
【0016】
(3-HPMA)
3-HPMA(3-hydroxypropyl mercapturic acid)は、アクロレイン尿中代謝物である(参照:
図1)。先行技術文献1、2では、「脳卒中患者では、脳卒中既往歴のない被験者と比較して、血中(特に、血しょう)アクロレインの含有量が増加すること」を開示している。
しかし、本発明では、驚くべきことに、脳卒中患者では、喫煙習慣及び性別に関係なく、脳卒中既往歴のない被験者と比較して、尿中のアクロレインの代謝物である3-HPMAの含有量が減少することを新規に見出した。
【0017】
(指標)
本発明の「指標」とは、脳卒中及び/又は脳梗塞患者(特に、無症候性脳梗塞患者)と健常者を区別するための尿検体中の3-HPMA含有量値を意味する。例えば、被験者が予め設定した尿検体中の3-HPMA含有量値以下の場合には、無症候性脳梗塞の発症、今後の脳梗塞の発症及び/又は今後の脳卒中が起こる可能性があることを判定できる。よって、該被験者は、MRIにより頭部断層画像を撮影すること及び/又はNIHSS(National Institute of Health Stroke Scale)判定を行う必要がある。
Cut off(カットオフ)値の設定方法としては、脳卒中既往歴のない被験者の尿検体中の3-HPMA含有量の平均値から算出する。通常、予め決定したcut off値の標準偏差の90%以下、好ましくは80%以下、より好ましくは70%以下、さらに好ましくは60%以下、最も好ましくは50%以下の場合には、脳卒中又は無症候性脳梗塞である可能性があると判定できる。
また、別のcut off値の設定方法としては、脳梗塞患者(特に、無症候性脳梗塞患者)及び脳卒中既往歴のない被験者において、尿検体中の3-HPMA含有量を測定して得られた値に基づき、市販の統計解析ソフトを使用してROC(Receiver Operating Characteristic)曲線を作成し、最適な感度及び特異度を求める。例えば、一次スクリーニング等の目的では感度が高い方を優先し、精査目的では特異度が高くなるようなカットオフ値を設定することが可能である。
加えて、下記実施例2〜4の結果により、以下のようにcut off値を設定することができる。
(1)男性で非喫煙者のcut off値は、1.25mM〜3.25mM、好ましくは、1.25mM〜2.75mM、より好ましくは1.25mM〜2.25mMである。
(2)男性で喫煙者のcut off値は、7.76mM〜9.76mM、好ましくは7.76mM〜9.26mM、より好ましくは7.76mM〜8.76mMである。
(3)女性のcut off値は0.76mM〜1.76mM、好ましくは0.76mM〜1.51mM、より好ましくは0.76mM〜1.26mMである。
【0018】
(被験者)
本発明の被験者とは、ヒトを含む哺乳動物を含む。哺乳動物では、ヒト、家畜、非ヒト霊長類、運動競技用動物(競馬ウマ)、又はペット用動物、例えばイヌ、ウマ、ネコ、ウシ等を含む、哺乳類として類別されるいかなる動物も対象とする。
【0019】
(尿検体中の3-HPMAの測定方法)
尿検体中の3-HPMAの測定方法は、自体公知の方法を利用することができる[参照:Eckert, E. et al. J. Chromatogr. B878, 2506-2514(2010)]。
例えば、尿検体中の3-HPMAの含有量は、自体公知の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、LC-MS/MSを使用して測定することができる。なお、尿検体とは、尿由来の試料を意味し、未処理尿、薬品添加済尿、及び精製済尿を含む。
好ましくは、3-HPMAに特異的な抗体を用いた酵素免疫測定法(ELISA)、ウエスタングブロッティング解析や免疫沈降法などによって測定することができる。測定を行う際に使用される3-HPMAに対する抗体は、モノクローナル抗体でもポリクローナル抗体でも良い。
加えて、尿検体中の3-HPMA濃度を尿検体中のクレアチン濃度で補正することが好ましい。
【0020】
3-HPMAに対するポリクローナル抗体は、例えば通常のペプチド抗体作製の手法を用いてウサギを3-HPMAで免疫することにより得ることができる。
抗体が作製された事は、ペプチドを投与されたウサギから採血をしてその抗体価を測定することにより、抗体が十分な力価に達しているか検定を行うことによって確認する事ができる。
【0021】
(ポリアミン)
本発明の「指標」とは、第一級アミノ基を二つ以上もつ直鎖の脂肪族炭化水素を意味するものである。知られている生体ポリアミンには、プトレッシン、カダベリン、スペルミジン、スペルミン、1. 3ジアミノプロパン、カルジン、ホモスペルミジン、3-アミノプロピルカダベリン、ノルスペルミン、テルモスペルミン、カルドペンタミンなどがあるが、それらに限定されるものではない。なお本発明において好適なポリアミンはプトレッシン、スペルミジン、スペルミンである。
上記のポリアミンは酸化、アセチル化、アミノ基転移、カルバモイル化による代謝を受けるが、ポリアミンオキシダーゼ[アセチルポリアミンオキシダーゼ(AcPAO)及びスペルミンオキシダーゼ(SMO)]はポリアミンの酸化に関与する酵素である。なお本願明細書においてポリアミンオキシダーゼとは、ジアミンまたはポリアミンを良い基質として酸化し、過酸化水素を発生する酵素を意味するものである。ポリアミンは、ポリアミンオキシダーゼによる酸化的脱アミノ化を受け、その結果アクロレインなどのアルデヒド体が生成する。なお本発明において好適なアルデヒド体はアクロレインであるが、それに限定されるものではない。
【0022】
(アクロレインの測定方法)
血液検体、特に血漿中のアクロレイン含有量は、当業者に公知の任意の方法、例えば、アクロレイン付加アミノ酸であるFDP-リジン(N-ホルミルピペリジノ・リジン)の含有量を測定することにより同定することができる。FDP-リジンの含有量は、例えばACR-LYSINE ADDUCT ELISA SYSTEM(日本油脂株式会社)を使用し、添付のマニュアルに従って測定することができる。なおアクロレイン含量はFDP-リジン以外の誘導体の形で測定することも可能である。またアクロレイン含量を直接測定することも可能であり、かかる方法は例えばAlarconらの報告(Alarcon, R.A. (1968) Anal. Chem. 40, 1704-1708)に記載されている。
具体的には、被験者由来の血漿及び標準液を抗原固定化プレートに50μL/wellずつ分注し、さらに一次反応抗体液を同量加える。室温で30分間静置した後、液を取り除き、洗浄液で洗浄後、二次反応抗体液を100μL/well分注する。室温で1時間静置後、洗浄液で洗浄し、発色液100μL/wellを加え室温で15分間静置することで発色させ、反応停止液を50μL/wellずつ分注した後、プレートリーダーで450nmの吸光度を測定する。血漿中アクロレイン量は、血漿1mL当たりのFDP-リジン含有量(nmol/mL plasma)として表示される。
【0023】
(インターロイキン-6の測定方法)
血漿中のインターロイキン-6含有量は、当業者に公知の任意の方法、例えばHuman IL-6 ELISA(エンドジェン社)を使用し、添付のマニュアルに従って測定することができる。
具体的には、一次反応抗体液を50μL/wellずつ98穴プレートに分注し、さらに被験者血漿及び標準液を同量加える。室温で2時間静置した後、液を取り除き、洗浄液で洗浄後、二次反応抗体液を100μL/well分注する。室温で30分間静置後、洗浄液で洗浄し、発色液100μL/wellを加え室温で30分間静置することで発色させ、反応停止液を100μL/wellずつ分注した後、プレートリーダーで450nmの吸光度を測定する。血漿中のインターロイキン-6量は、血漿1ml当たりの含有量(pg/mL plasma)として表示される。
【0024】
(CRPの測定方法)
血漿中のCRP含有量は、当業者に公知の任意の方法、例えばHuman CRP ELISA KIT(Alpha Diagnostics社)を使用し、添付のマニュアルに従って測定することができる。
具体的には、洗浄液で各ウェルを洗浄後、被験者血漿及び標準液を98穴プレートに10μL/wellずつ分注し、さらに抗体酵素標識液を100μL/well加える。室温で30分間静置後、液を取り除き、洗浄液で洗浄する。発色液を加え室温で10分間振とうしながら発色させ、反応停止液を50μL/wellずつ分注した後、プレートリーダーで450nmの吸光度を測定する。血漿中CRP量は、患者血漿1ml当たりのCRP(mg/dL plasma)として表示される。
【0025】
(ポリアミンオキシダーゼの測定方法)
ポリアミンオキシダーゼ(AcPAO及びSMO)の活性測定は、当業者に公知の任意の方法、例えば10mM-Tris塩酸塩(pH7.5)、0.2mMの基質(アセチルスペルミン又はスペルミン)及び0.05mlの患者血漿の反応混合液0.06mlを37°Cにて48時間インキュベーションすることにより行なうことができる。0.02mlの反応混合液に最終濃度5%のトリクロロ酢酸(TCA)を加え、遠心分離する。得られた上清の一部をポリアミンのアッセイに使用する。ポリアミンオキシダーゼ活性は患者血漿1ml当たりのアセチルスペルミン又はスペルミンスペルミン分解により生成したスペルミジン量(nmol/ml plasma)で表示することができる。
ポリアミンオキシダーゼの酵素活性測定方法は種々の報告において記載されており、そのような文献として、Sharminらの報告(Sharmin et al., (2001) Biochem. Biophys. Res. Commun. 282, 228-235)、Sakataらの報告(Sakata et al., (2003) Biochem. Biophys. Res. Commun. 305, 143-149)、Igarashiらの報告(Igarashi et al., (1986) J.Bacteriol. 166, 128-134)などを挙げることができる。かかる報告の記載を基にして当業者は適宜改変を行うことにより、ポリアミンオキシダーゼの酵素活性を測定することができる。
【0026】
また、ポリアミンオキシダーゼのタンパク質量は、当業者に公知の任意の方法、例えばポリアミンオキシダーゼに対して特異的な抗体を用いた酵素免疫測定法(ELISA)、ウエスタンブロッティング解析や免疫沈降法などによって測定することができる。かかる手法は本技術分野において公知の一般的な手法であり、当業者は適切な条件を適宜設定して上記の手法により酵素のタンパク質量を測定する事ができる。なおこれらの測定を行う際に使用されるポリアミンオキシダーゼに対する抗体は、モノクローナル抗体でもポリクローナル抗体でも良い。
【0027】
(各測定値を用いた解析方法)
本発明においては、尿検体中の3-HPMA含有量、さらには、生体サンプル中におけるポリアミンから生成されるアルデヒド体、インターロイキン-6、及びC反応性タンパク質の含有量並びに、ポリアミンオキシダーゼ活性又はポリアミンオキシダーゼのタンパク質量を測定し、得られた測定値と被験者の年齢から数学的な統計解析を行う。該解析結果、統計学的に有意な変化を与える値を得て、該値に基づき脳卒中及び/又は脳梗塞を判定することができる。
【0028】
数学的な統計解析は、当業者に公知の方法、好ましくは、ニューラルネットワーク手法を用いて行うことが出来る。ニューラルネットワーク手法は、例えば、NEUROSIM/L(富士通株式会社)を使用し、添付のマニュアルに従って行うことができる。
また、上記で得られた統計学的に有意な変化を与える値を「カットオフ値」として、脳卒中又は脳梗塞を判定することができる。例えば、無症候性脳梗塞患者及び健常者において、前記バイオマーカーの含有量を測定した結果得られた値に基づき、市販の統計解析ソフトを使用してROC(Receiver Operating Characteristic)曲線を作成し、最適な感度及び特異度を求め、判定の目的に応じて、例えば、一次スクリーニング等の目的では感度が高い方を優先し、精査目的では特異度が高くなるようなカットオフ値を設定することが可能である。
【0029】
(脳卒中及び/又は脳梗塞の治療剤又は予防剤のスクリーニング方法)
脳卒中及び/又は脳梗塞の治療に有効である可能性がある候補化合物を実験動物に投与し、該化合物が該実験動物において、3-HPMA生成を促進するかを測定することにより、脳卒中及び/又は脳梗塞の治療・予防に有効である新たな薬剤をスクリーニング(探索)する方法を提供するものである。
【0030】
(脳卒中・無症候性脳梗塞の判定キット)
本発明は、脳卒中又は無症候性脳梗塞を判定するためのキットを提供する。該キットは、尿検体中の3-HPMAの含有量を測定するための試薬を含む。さらに、必要に応じて、血液検体中のアクロレインの含有量を測定するための試薬、ポリアミンから生成されるアルデヒド体、インターロイキン-6、及びC反応性タンパク質の含有量、並びに、ポリアミンオキシダーゼ活性又はポリアミンオキシダーゼのタンパク質量を測定するための試薬を含む。更に、必要に応じて、当業者に公知の任意の、測定器具・装置、標準液、緩衝液等を含有させることができる。
【0031】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
なお、以下の実施例は、ヘルシンキ宣言に沿って行った。
【実施例1】
【0032】
(方法)
3-HPMAの測定方法、クレアチンの測定方法、統計解析方法、頭部断層画像解析、及びNIHSS評価方法の詳細は以下の通りである。
【0033】
(3-HPMAの測定方法)
3-HPMAの測定は、文献Eckert, E. et al. J. Chromatogr. B878, 2506-2514(2010)に記載の方法に従って行った。詳細は、以下の通りである。なお、尿検体の採取は、千葉大学及び千葉中央メディカルセンターの倫理員会の承認を得た手順に従って行われた。
【0034】
被験者から採取した2ml尿をギ酸アンモニウムバッファー(50mM, pH2.5)2ml及び0.04mlギ酸と混合した。次に、遠心分離後(2,000xg, 5分間)、上澄液をあらかじめメタノール6mlとギ酸(pH2.5)6mlにより平衡化したSPEカラム(ISOLUTE ENV+、100mg, 3ml)に通過させた。該通過後のカートリッジを洗浄し、さらに2.5mlの2%ギ酸(メタノールで溶解)で溶出し、乾燥し、最後に、1ml溶媒A[5mM酢酸アンモニウム, pH6.5 in アセトニトリル/水(88/12, v/v)]で溶解した。該溶解した溶液の遠心分離後(2,000xg, 10分間)の0.01mlの上澄液をLC-MS/MS分析で使用した。
なお、LC分離は、親水性相互液体クロマトグラフィー(X Bridge HILIC, 3.5μm particle size, 2.1mm×150mm, Waters, MA, USA)及び対応するプレカラム(HILIC, 2.1mm×10mm)で行った。3-HPMAの分離は、均一濃度のpH6.5の5mM酢酸アンモニウム(88%アセトニトリル及び12%水の混合液、流量条件:0.3ml/min)を使用して行った。3〜9分間に溶出した3-HPMAを含むフラクションを、MS(model Sciex API 2000, Applied Biosystems, Langen, Germany)の検出器に注入した。エレクトロスプレーニードルボルテージは、ネガティブイオンモードで-4000Vに設定した。ターボーヒータは475℃に維持した。窒素は、霧化ガス、ヒータガス及びカーテンガスとして使用した。霧化ガス、ヒータガス及びカーテンガスは、それぞれ、45psi、60psi及び25psiの圧力に設定した。MS/MSモード用の衝突ガス(窒素)は、スリーインストルメントユニットのフローに設定した。MSは、マルチプルリアクションモニタリングモード(MRM)を使用した。3-HPMAのリテンションタイムは4.8分であり、前駆イオン(Q1)及びプロダクトイオン(Q3)は、それぞれ、220.2m/z及び91.0m/zであった。
【0035】
(被験者)
コントロール群は、健常ボランティアであり、脳卒中又は認知症の明らかな既往歴がなく、自立して生活している。
脳卒中患者群は、MRI又はCIにより検出した局所梗塞を持つことにより決定した。なお、該群には、慢性腎不全患者は含まれていない。
【0036】
(クレアチンの測定方法)
クレアチンの測定は、市販のクレアチンアッセイキット(Cayman Chemical Co., USA)を使用して測定した。
【0037】
(統計的解析方法)
統計的計算は、GraphPad Prism
(登録商標)Software(GraphPad Software)により実行した。値は、中央値±四分位偏差で示した。各郡は、ウイルコクソンの順位和検定を用いて比較した。スピアマン順位相関係数は、年齢及び3-HPMA若しくはクレアチン間の統計的相関関係を調べるために使用した。
【0038】
(頭部断層画像解析)
すべての患者は、T1及びT2強調MRIを受け、そして何人かの患者はFLAIR(fluid-attenuated inversion recovery)及びCT(computed tomography)を受けた。すべてのMRIは、1.5T-MRIユニット(Signa HiSpeed Infinity, GE Medical Systems)の1〜2mmスライスギャップで5〜8mm厚さで実行した。レシーブ-トランスミットバードケージデザインのスタンダードヘッドコイルを使用した。病巣梗塞の最大サイズは、各イメージに付属している5又は10mm長目盛で測定した。
【0039】
(NIHSS評価方法)
本実施例のNIHSSは、文献Lyden, P.D. et al.Stroke 32,1310-1317(2001)の記載を基にして評価した。
【実施例2】
【0040】
(喫煙の有無における年齢と尿検体中の3-HPMA濃度の相関性の確認)
喫煙の有無における年齢と尿検体中の3-HPMA濃度に相関があるかを確認した。詳細は、以下の通りである。
【0041】
脳卒中既往歴のないコントロール106名(非喫煙者群: 87名、喫煙者群: 19名)の尿検体中3-HPMA濃度と尿検体中クレアチニン濃度を測定した。
該測定結果により、非喫煙者群において年齢と尿検体中3-HPMA濃度は、統計学的有意差をもって相関性が認められなかった[参照:
図2A(a)rs=-0.0880, P=0.4177]。
喫煙者群において年齢と尿検体中3-HPMA濃度は、統計学的有意差をもって相関性が認められなかった[参照:
図2B(a)rs=0.3580, P=0.1323]。
非喫煙者群において年齢と尿検体中クレアチニン濃度で補正した尿検体中3-HPMA濃度は、統計学的有意差をもって正の相関性が認められた[参照:
図2A(b)rs=0.2673, P=0.0123]。
喫煙者群において年齢と尿検体中3-HPMA濃度は、統計学的有意差をもって正の相関性が認められた[参照:
図2B(b) rs=0.7355, P=0.0003]。
また、非喫煙者群及び喫煙者群ともに年齢と尿検体中クレアチニン濃度は、統計学的有意差をもって負の相関性が認められた[
図2A(c):rs= -0.3288, P=0.0019、
図2B(c):rs= -0.6295, P=0.0039]。
以上により、尿検体中3-HPMA濃度は加齢と共に増加すること及び尿検体中クレアチニン濃度は加齢と共に減少することを確認した。
【実施例3】
【0042】
(脳卒中既往歴の有無と尿検体中の3-HPMA濃度の相関性の確認)
脳卒中既往歴の有無と尿検体中の3-HPMA濃度に相関があるかを確認した。詳細は、以下の通りである。
【0043】
脳卒中既往歴のないコントロール群90名と脳卒中患者群81名の尿検体中3-HPMA濃度と尿検体中クレアチニン濃度を測定した。
該測定結果により、尿検体中3-HPMA濃度はコントロール群(中央値: 1.74 mM)と比べて脳卒中患者群(中央値: 0.82 mM )では、統計学的有意差をもって減少が認められた(参照:
図3A、P<0.0001)。
また、尿検体中クレアチニン濃度はコントロール群(中央値: 81.9 mg/dL)と比べて脳卒中患者群(中央値: 44.6 mg/dL)では、統計学的有意差をもって減少が認められた(参照:
図3C、P<0.0001)。
さらに、尿検体中クレアチニン濃度で補正した尿検体中3-HPMA濃度はコントロール群(中央値: 2.83 mmol/g Cre )と比べて脳卒中患者群(中央値: 1.57 mmol/g Cre ) では、統計学的有意差をもって減少が認められた(参照:
図3B、P<0.0001)。
以上により、脳卒中患者では、脳卒中既往歴のないコントロール群と比較して尿検体中3-HPMA濃度が減少することを確認した。
【実施例4】
【0044】
(性別と3-HPMA濃度の相関性の確認)
性別と3-HPMA濃度の相関があるかを確認した。詳細は、以下の通りである。
【0045】
1.男性非喫煙者と尿検体中の3-HPMA濃度の相関の確認
男性非喫煙者において脳卒中既往歴のないコントロール群31名と脳卒中患者群34名の尿検体中3-HPMA濃度と尿検体中クレアチニン濃度を測定した。
該測定結果により、尿検体中3-HPMA濃度はコントロール群(中央値: 2.25 mM)と比べて脳卒中患者群(中央値: 0.95 mM )では、統計学的有意差をもって減少が認められた(参照:
図4A(a)、P<0.0001)。
また、尿検体中クレアチニン濃度はコントロール群(中央値: 114.9 mg/dL)と比べて脳卒中患者群(中央値: 58.3 mg/dL)では、統計学的有意差をもって減少が認められた(参照:
図4A(c)、P=0.0038)。
さらに、尿検体中クレアチニン濃度で補正した尿検体中3-HPMA濃度はコントロール群(中央値: 2.31 mmol/g Cre )と比べて脳卒中患者群(中央値: 1.56 mmol/g Cre ) では、統計学的有意差をもって減少が認められた(参照:
図4A(b)、P=0.0033)。
【0046】
2.男性喫煙者と尿検体中の3-HPMA濃度の相関の確認
男性喫煙者において脳卒中既往歴のないコントロール群16名と脳卒中患者群17名の尿検体中3-HPMA濃度と尿検体中クレアチニン濃度を測定した。
該測定結果により、尿検体中3-HPMA濃度はコントロール群(中央値: 8.76 mM)と比べて脳卒中患者群(中央値: 1.13 mM )では、統計学的有意差をもって減少が認められた(参照:
図4B(a)、P<0.0001)。
また、尿検体中クレアチニン濃度はコントロール群(中央値: 126.3 mg/dL)と比べて脳卒中患者群(中央値: 53.1 mg/dL)では、統計学的有意差をもって減少が認められた(参照:
図4B(c)、P=0.0081)。
さらに、尿検体中クレアチニン濃度で補正した尿検体中3-HPMA濃度はコントロール群(中央値: 7.40 mmol/g Cre )と比べて脳卒中患者群(中央値: 2.96 mmol/g Cre ) では、統計学的有意差をもって減少が認められた(参照:
図4B(b)、P<0.0001)。
【0047】
3.女性と尿検体中の3-HPMA濃度の相関の確認
女性において脳卒中既往歴のないコントロール群43名と脳卒中患者群30名の尿検体中3-HPMA濃度と尿検体中クレアチニン濃度を測定した。
該測定結果により、尿検体中3-HPMA濃度はコントロール群(中央値: 1.26 mM)と比べて脳卒中患者群(中央値: 0.57 mM )では、統計学的有意差をもって減少が認められた(参照:
図4C(a)、P=0.0001)。
また、尿検体中クレアチニン濃度はコントロール群(中央値: 63.2 mg/dL)と比べて脳卒中患者群(中央値: 36.2 mg/dL)では、統計学的有意差をもって減少が認められた(参照:
図4C(c)、P=0.0104)。
さらに、尿検体中クレアチニン濃度で補正した尿検体中3-HPMA濃度はコントロール群(中央値: 2.20 mmol/g Cre )と比べて脳卒中患者群(中央値: 1.47 mmol/g Cre ) では、統計学的有意差をもって減少が認められた(参照:
図4C(b)、P<0.0001)。
【0048】
以上の結果により、脳卒中患者では、喫煙習慣及び性別に関係なく脳卒中既往歴のないコントロール群と比較して尿検体中3-HPMA濃度が減少することを新規に見出した。
【実施例5】
【0049】
(同年齢層と尿検体中の3-HPMA濃度の相関性の確認)
同年齢層(60-79歳)と3-HPMA濃度の相関があるかを確認した。詳細は、以下の通りである。
【0050】
同年齢層(60-79歳)において脳卒中既往歴のないコントロール群32名と脳卒中患者群47名の尿検体中3-HPMA濃度と尿検体中クレアチニン濃度を測定した。加えて、UUN(Urine Urea Nitrogen:尿中尿素窒素)濃度(mg/dL)も測定した。
【0051】
該測定結果により、尿検体中3-HPMA濃度はコントロール群と比べて脳卒中患者群では、統計学的有意差をもって減少が認められた(図なし)。一方、UUN濃度はコントロール群と比べて脳卒中患者群では、統計学的有意差が認められなかった(図なし)。
【実施例6】
【0052】
(病巣部位の大きさと尿検体中の3-HPMA濃度の相関性の確認)
病巣部位の大きさと尿検体中の3-HPMA濃度に相関があるかを確認した。詳細は、以下の通りである。
【0053】
脳卒中の病巣部位の大きさ1cm未満群20名と1cm以上群56名の尿検体中3-HPMA濃度を測定した。
該測定結果により、尿検体中3-HPMA濃度は病巣部位の大きさ1cm未満群(中央値: 1.03 mM)と比べて病巣部位の大きさ1cm以上群(中央値: 0.72 mM )では、統計学的有意差は認めらなかった(参照:
図5A、P=0.3795)。
尿検体中クレアチニン濃度は病巣部位の大きさ1cm未満群(中央値: 38.8 mg/dL)と比べて病巣部位の大きさ1cm以上群(中央値: 55.9 mg/dL)では、統計学的有意差は認めらなかった(参照:
図5C、P=0.4468)。
また、尿検体中クレアチニン濃度で補正した尿検体中3-HPMA濃度は病巣部位の大きさ1cm未満群(中央値: 2.16 mmol/g Cr )と比べて病巣部位の大きさ1cm以上群(中央値: 1.39 mmol/g Cr ) では、統計学的有意差をもって減少が認められた(参照:
図5B、P=0.0469)。
さらに、脳卒中重症度評価スケールであるNIHSSは病巣部位の大きさ1cm未満群(中央値: 3.5 points)と比べて病巣部位の大きさ1cm以上群(中央値: 9.0 points)では、統計学的有意差は認めらなかった(参照:
図5D、P=0.0004)。
以上により、脳卒中の病巣部位が大きいほど尿検体中3-HPMA濃度は減少すること並びに、NIHSSは高値であることを確認した。
【0054】
(総論)
上記実施例2〜6の結果により、脳卒中患者では、喫煙習慣及び性別に関係なく、脳卒中既往歴のない被験者と比較して、尿検体中のアクロレインの代謝物である3-HPMAの含有量が減少することを見出した。
加えて、実施例3において、尿検体中クレアチニン濃度で補正したコントロール群の尿検体中3-HPMA濃度の中央値は2.83 mmol/g Cre であり、尿検体中クレアチニン濃度で補正した脳卒中患者群の尿検体中3-HPMA濃度の中央値は 1.57 mmol/g Creであった。すなわち、コントロール群の中央値は、脳卒中患者群の中央値と比較して、1.80倍であった。
一方、非特許文献2において、脳卒中患者群のアクロレイン濃度の中央値は、コントロール群の血液検体中のアクロレイン濃度の中央値と比較して、1.48倍であった。
以上により、本発明の判定方法は、従来の血液検体中のアクロレインの含有量を測定する方法と比較して、精度の高い判定方法であることを確認した。
【0055】
(尿検体中の3-HPMA濃度の減少の機作について)
本発明者らは、上記の実施例にて明らかとなった、脳卒中患者の尿検体中の3-HPMA濃度が減少するという知見につき、その機作を以下のように考えている。
組織内アクロレインはタンパク質と結合して存在していると考えられる。アクロレインの代謝は
図1に示したように、その代謝にはグルタチオンを必要とする。脳卒中患者での血中アクロレイン濃度が高く、尿中でのアクロレイン代謝物である3-HPMA濃度が低いということは、血中にあるアクロレインに対し、何らかの理由で、グルタチオンが関与する代謝が進んでいないと考えられる。アクロレインは大量にあるとすると、一義的にはグルタチオンの組織内濃度が低く、代謝に少量しか関与できず、引いては代謝回転が進まず代謝物である3-HPMAの生成が低く、これが尿中の3-HPMA濃度が低いという結果となって顕れているものであると考えられる。
グルタチオンが関与するアクロレイン代謝の動的状態を推測するに、当初は大量のアクロレインを代謝物へと代謝するため大量のグルタチオンが使われ、かつ3-HPMAをさらにアルデヒド体に分解させるため、SH基の分解促進作用が働き、その代表的化合物であるグルタチオンがさらに消費されることとになる。ここで、組織内グルタチオンの欠乏状態が出現し、グルタチオンが関与するアクロレイン代謝が進まなくなり代謝物である3-HPMAが生成されなくなる。この状態が脳卒中患者においては続いており、尿中の3-HPMA濃度の減少となって顕れていると考えられる。
また、グルタチオンの組織内濃度は、年齢等の要因でその濃度が変わるとも予想される。
この考えでは、より血中のアクロレインを減少させるためには、組織内グルタチオン濃度の上昇を図り、グルタチオンが関与するアクロレイン代謝を促進させること、並びにSH基を供給し3-HPMAのアルデヒド体分解を促進させ、より効率よくアクロレイン代謝を行わせることが必要となる。
グルタチオンの供給手段として、具体的には、グルタチオン製剤の投与及び/又はグルタチオンをコードする遺伝子を患者に供給することにより、達成することができる。これらにより、アクロレインの代謝を介し、血中アクロレイン並びに組織内アクロレイン濃度を正常まで減少させることができると考えられ、引いては上記疾病・症状の予防・治療さらには改善を図れることができる。