(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
被験者の頭部表面の3つの異なる場所に取り付けられるセンサを用いて脳からの信号を取得する信号取得手段であって、当該センサの少なくとも1つは後頭部に取り付けられる、信号取得手段と、
それぞれのセンサにおいて取得された信号から脳深部の活動に起因する特定の周波数帯の信号を抽出し、抽出された信号からサンプリング周期でデータを抽出するデータ抽出手段と、
それぞれのセンサごとに前記データ抽出手段により抽出された3つの時系列データの位相関係に基づいて、それぞれのセンサにおいて取得された信号の相関関係を示す相関値を算出する相関値算出手段と、
算出された相関値に基づいて、脳深部からの信号を解析して脳機能を判断するための指標値を算出する指標値算出手段と、
を備える脳活動測定装置。
被験者の頭部表面の3つの異なる場所に取り付けられるセンサを用いて脳深部からの信号を解析するためのプログラムであって、当該センサの少なくとも1つは後頭部に取り付けられるものであり、当該プログラムは、コンピュータに、
それぞれのセンサにおいて取得された信号からサンプリング周期でデータを抽出するステップと、
それぞれのセンサごとに抽出された3つの時系列データの位相関係に基づいて、それぞれのセンサにおいて取得された信号の相関関係を示す相関値を算出するステップと、
算出された相関値に基づいて、脳深部からの信号を解析して脳機能を判断するための指標値を算出するステップと、
を実行させるプログラム。
被験者の頭部表面の3つの異なる場所に取り付けられるセンサを用いて脳深部からの信号を解析するための方法であって、当該センサの少なくとも1つは後頭部に取り付けられるものであり、当該方法は、
それぞれのセンサにおいて取得された信号から脳深部の活動に起因する特定の周波数帯の信号を抽出し、抽出された信号からサンプリング周期でデータを抽出するステップと、
それぞれのセンサごとに抽出された3つの時系列データの位相関係に基づいて、それぞれのセンサにおいて取得された信号の相関関係を示す相関値を算出するステップと、
算出された相関値に基づいて、脳深部からの信号を解析して脳機能を判断するための指標値を算出するステップと、
を含む方法。
【背景技術】
【0002】
社会の高齢化の進行に伴い、我が国では400万人を超える認知症患者は、社会全体の大きな経済的、心理的負担となってきている。現段階では、認知症を完治させる治療法はないものの、早期の段階で認知症を発見できれば、薬理学的方法および適切なケアによってその進行を遅らせることは可能であり、医療費の大幅な削減に寄与するものである。
【0003】
従来、深部脳内活動を推定する方法としては、PET法、fMRI法、MEG法などが用いられてきたが、実用上の問題点があることや大がかりな装置が必要であるという問題があった。このような中、頭皮上から観測される脳電位(頭皮上電位)を観測する脳波(EEG)は大がかりな装置を必要としないため、広く臨床現場で使用されてきた。臨床現場では頭皮上の電位分布を多数の電極によって観測するという立場から、標準的な臨床検査で用いられる国際10-20法では、19個の電極を用いて観測される電位を、ペンレコーダあるいはコンピュータ内のメモリに記録することが行われてきた。
【0004】
具体的な方法としては、頭皮上で観測される脳電位を、脳内部に仮定した等価ダイポール電源によって生成されるものと仮定し、頭皮上の脳電位分布から、等価ダイポール電源の位置、方向、電流値を逆推定する「ダイポール推定法」によって等価表現する方式が開発された(非特許文献1)。ここではα波の成因の一端を担う視床や情動発現の中枢である視床下部はいずれも脳の中心に近い脳幹部にあり、これらの活動を評価する場合には脳深部に等価ダイポール電源を仮定する方法が有効とされてきた。なお脳深部とは、脳幹部及びその周辺の大脳辺緑系を示す部位を示す。
【0005】
さらには、この頭皮上電位が、逆推定されたダイポール電源によってどれほど良い精度で表現可能かということをダイポラリティ(Dα;dipolarity)という指標で表現する方式(DIMENSION方式)が開発された。この指標は、ダイポール電位活動を定量的に解析し脳深部の活動を推定するためのものであり、認知症の程度によって大きく変化することから、認知症の検出手段として用いられてきた(非特許文献2、3)。
【0006】
なお上記とは別のアプローチとして、ニューロン活動異常部位の3次元識別化を目的とした脳活動測定装置も開発されてきた(特許文献1)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、以上のアプローチはいずれも頭皮上に多数の電極(通常19電極あるいはそれ以上)を必要とするものであり、被験者への大きい負担となっていた。またダイポール電位活動を定量的に解析し脳深部の活動を推定するためには、頭皮上の多数の電極に表れる電位からα成分を選り分け、そのα波成分から得られる等価ダイポール電位の観測されたα波電位に対する近似度と、その近似度の時間的な変動を表す標準偏差値とを計算する必要があるため多大な計算量を必要とするという問題があった。このような計算にあたっては5分程度の脳波データが必要であることから比較的長い測定時間を要するため、このことも被験者への大きい負担となっていた。さらにα波成分が微弱な被験者に対しては計算信頼度が著しく低下するという問題があった。
【0010】
したがって本発明は、脳深部の活動を評価するにあたって計算量を低減した演算方法を確立することで、頭皮上に配置された少数のセンサ(電極)から取得される信号を用いた被験者への負担を軽減する簡便な方法を実現しつつ、認知症などの疾病に伴う脳の機能低下を高精度で定量的に評価することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題は以下の特徴を有する本発明によって解決される。すなわち、本発明の一態様としての脳活動測定装置は、被験者の頭部表面の3つの異なる場所に取り付けられるセンサを用いて脳からの信号を取得する信号取得手段であって、当該センサの少なくとも1つは後頭部に取り付けられる、信号取得手段と、それぞれのセンサにおいて取得された信号から脳深部の活動に起因する特定の周波数帯の信号を抽出し、抽出された信号からサンプリング周期でデータを抽出するデータ抽出手段と、それぞれのセンサごとに上記データ抽出手段により抽出された3つの時系列データの位相関係に基づいて、それぞれのセンサにおいて取得された信号の相関関係を示す相関値を算出する相関値算出手段と、算出された相関値に基づいて、脳深部からの信号を解析して脳機能を判断するための指標値を算出する指標値算出手段と、を備える脳活動測定装置である。
【0012】
本発明の一態様としての脳活動測定装置の相関値算出手段は、それぞれのセンサA、B及びCごとに抽出された時系列データをVA(t)、VB(t)及びVC(t)とした場合、所定時間内に抽出されたデータVA(t)それぞれに対して、上記サンプリング周期の所定値以下の整数倍に等しい時間である任意の時間τ1及びτ2だけ異なる時間に抽出されたデータVB(t−τ1)及びVC(t−τ2)を掛け合わせて得られたそれぞれの値を加算した値に基づいて相関値を算出するものであって、上記時間τ1及びτ2の取りうる組み合わせのそれぞれについて相関値を算出する。
【0013】
本発明の一態様としての脳活動測定装置の相関値算出手段は、上記所定時間内に抽出されたデータVA(t)それぞれと、前記時間τ1及びτ2だけ異なる時間に抽出されたデータVB(t−τ1)及びVC(t−τ2)とが同符号である場合にのみこれらを掛け合わせて、得られたそれぞれの値を加算した値に基づいて相関値を算出し、及び、上記所定時間内の時刻Tにおける、VA(T)、VB(T−τ1)及びVC(T−τ2)が同符号になる場合のτ1及びτ2の組み合わせのみ相関値を算出する。
【0014】
本発明の一態様としての脳活動測定装置は、上記時間τ1、τ2及び上記相関値を軸とする3次元座標において、上記時間τ1及びτ2の組み合わせに対応する相関値を表示した3次元マップの表示手段を備える。
【0015】
本発明の一態様としての脳活動測定装置の指標値算出手段は、上記時間τ1及びτ2を軸とする座標における相関値が算出された領域の間の距離の前記τ1軸方向及び前記τ2軸方向それぞれの標準偏差に基づいて指標値を算出する。
【0016】
本発明の一態様としての脳活動測定装置の指標値算出手段は、同じ時間幅を有する複数の上記所定時間内に抽出されたデータVA(t)に対して算出されたすべての相関値を上記所定時間ごとに加算し、前記所定時間ごとの加算された相関値の標準偏差に基づいて指標値を算出する。
【0017】
本発明の一態様としての脳活動測定装置の指標値算出手段は、上記時間τ1及びτ2を軸とする座標における相関値が算出された領域の間の距離の前記τ1軸方向及び前記τ2軸方向それぞれの標準偏差に基づいて算出された指標値、及び同じ時間幅を有する複数の上記所定時間内に抽出されたデータVA(t)に対して算出されたすべての相関値を上記所定時間ごとに加算し、前記所定時間ごとの加算された相関値の標準偏差に基づいて算出された指標値に、それぞれ所定の係数で重み付け加算することにより指標値を算出する。
【0018】
本発明の一態様としての脳活動測定装置のセンサは、すべて後頭部に取り付けられる。
【0019】
本発明の一態様としての脳活動測定装置は、2つ以上の上記信号取得手段を備える。
【0020】
本発明の一態様としてのプログラムは、被験者の頭部表面の3つの異なる場所に取り付けられるセンサを用いて脳深部からの信号を解析するためのプログラムであって、当該センサの少なくとも1つは後頭部に取り付けられるものであり、当該プログラムは、コンピュータに、それぞれのセンサにおいて取得された信号からサンプリング周期でデータを抽出するステップと、それぞれのセンサごとに抽出された3つの時系列データの位相関係に基づいて、それぞれのセンサにおいて取得された信号の相関関係を示す相関値を算出するステップと、算出された相関値に基づいて、脳深部からの信号を解析して脳機能を判断するための指標値を算出するステップと、を実行させるプログラムである。
【0021】
本発明の一態様としての方法は、被験者の頭部表面の3つの異なる場所に取り付けられるセンサを用いて脳深部からの信号を解析するための方法であって、当該センサの少なくとも1つは後頭部に取り付けられるものであり、当該方法は、それぞれのセンサにおいて取得された信号から脳深部の活動に起因する特定の周波数帯の信号を抽出し、抽出された信号からサンプリング周期でデータを抽出するステップと、それぞれのセンサごとに抽出された3つの時系列データの位相関係に基づいて、それぞれのセンサにおいて取得された信号の相関関係を示す相関値を算出するステップと、算出された相関値に基づいて、脳深部からの信号を解析して脳機能を判断するための指標値を算出するステップと、を含む方法である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、相関値や指標値を導入することにより計算量を低減した演算方法を確立することで、少数(3つ)のセンサ(電極)から取得される信号から、脳深部に仮定したダイポール電位活動が単純なものか又は複雑なものかを定量化し、認知症などの疾病に伴う脳の機能低下をより高い精度で評価することができる。また計算量を低減した演算方法を確立することにより、脳活動を解析するにあたって必要な脳波データは1分程度となるため、測定時間を短縮することができる。このように、少数の電極を用いてより短い測定時間で脳活動を評価することができるため、被験者への負担を軽減することができる。さらにはセンサ数を3つにすることで、三脚の設置と同様に頭皮上への機械的な固定が極めて容易かつ安定に保つことができ、測定時の装着時間を大幅に短縮できるのみならず、安定な接触抵抗を維持でき、取得されるデータの信頼性を高めることができる。このようなデータの信頼性向上や指標値を導入した演算方法により、α波成分が微弱な被験者に対する計算信頼度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1a】本発明の実施形態に係る脳活動測定装置の概要図を示す図である。
【
図1b】本発明の実施形態に係る脳活動測定装置の取り付け位置を示す図である。
【
図1c】本発明の実施形態に係る帽子装着型電極の外観概要図を示す図である。
【
図1d】本発明の実施形態に係る基準電位測定用の導電性ゴム電極概要図を示す図である。
【
図2】本発明の処理の流れを示すフローチャートである。
【
図3a】中心部にダイポール電流源を持つ均一球モデル表面の電位を示す図である。
【
図3b】中心部にダイポール電流源を持つ均一球モデル表面の電位を示す図である。
【
図3c】中心部にダイポール電流源を持つ均一球モデル表面の電位を示す図である。
【
図3d】中心部にダイポール電流源を持つ均一球モデル表面の電位を示す図である。
【
図3e】中心部にダイポール電流源を持つ均一球モデル表面における各電極A、B、Cの電位の時間発展を示す図である。
【
図4】遅延パラメータ空間上のプロットを示す図である。
【
図5】実施例1における測定用電極の配置例を示す図である。
【
図6】実施例1における脳電位の3重相関評価装置の処理ブロックを示す図である。
【
図7】実施例1における3重相関値算出部の3重相関値Siを算出する処理の流れを示すフローチャートである。
【
図8】実施例1における3重相関表示部を示す図である。
【
図9】実施例1における、2つの遅延パラメータ(τ1、τ2)が形成する特徴空間上にプロットされた、健常者脳電位波形の3重相関値分布の疑似3次元表示を示す図である。
【
図10】実施例1における、2つの遅延パラメータ(τ1、τ2)が形成する特徴空間上にプロットされた、アルツハイマー病患者脳電位波形の3重相関値分布の疑似3次元表示を示す図である。
【
図11a】実施例2における、
図9の健常者の3次元表示の図を上から見た図であって、3つの信号が同符号をとる領域を白で表し、3つの信号のいずれか1つの符号が異なる領域を黒で表した図である。
【
図11b】実施例2における、
図10のアルツハイマー病患者の3次元表示の図を上から見た図であって、3つの信号が同符号をとる領域を白で表し、3つの信号のいずれか1つの符号が異なる領域を黒で表した図である。
【
図11c】実施例2における、指標SDを算出するときの白の四角形の領域間の縦横方向の各距離dxi(i=1、2、…、m)、dyj(j=1、2、…、n)を説明する図である。
【
図12】実施例2における評価指標SDを用いて得られた感度特異度曲線を示す図である。
【
図13】
図12の感度特異度曲線から作成されたROC曲線を示す図である。
【
図14】実施例3における評価指標Ssを用いて得られた感度特異度曲線を示す図である。
【
図15】実施例2及び3で得られた指標の線形結合によって得られた指標d(d=0.375×Ss+SD)をもとに、アルツハイマー病の判別を行った際の感度特異度曲線を示す図である。
【
図16】実施例2及び3で得られた指標をもとに、診断結果がNL領域かAD領域かを判断するための座標表示を示す。
【
図17】実施例2及び3で得られた指標の線形結合によって得られた指標d(d=0.375×Ss+SD)をもとに、脳血管性認知障害の判別を行った際の感度特異度曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
[概要]
これより図面を参照して、本発明に係る脳活動測定装置について説明する。装置構成、測定原理について説明した後、各実施例の説明を行う。
【0025】
[装置構成]
本発明の好ましい装置構成の実施形態を
図1a、
図1bに示す。脳活動測定装置100は、3つの電極を有する頭部装着部101と、当該3つの電極104と信号ケーブルで接続された3ch増幅器・帯域フィルタ102と、当該3ch増幅器・帯域フィルタと信号ケーブルで接続された解析用PC103と、を有する。さらに脳活動測定装置100は、基準電位測定用の基準電極105をさらに有する。基準電極105は不感電極として使用され、好ましくは耳朶接続用クリップ電極である。基準電極105は、3ch増幅器・帯域フィルタに接続される。頭部装着部101は、固定具111によって3つの電極104が固定される。固定具111は、例えばヘルメットから切り出したブーメラン状プラスティック製の固定具である。また頭部装着部101は、
図1bに示すような国際10-20法の電極配置にFpz(Fp1、Fp2の中間点として定義)、Oz(O1、O2の中間点として定義)の2電極を追加した電極のうちの3つの電極位置に各電極が配置されるように、被験者へ装着する。この場合、後頭部のP3、P4、Ozの位置に3つの電極が配置されるように被験者へ装着するのが好ましい。頭部装着部101は、国際10-20法に基づくヘルメット型電極を用いて、選択的に3つの電極を使用することもできる。この場合も、P3、P4、Ozの位置の3つの電極を使用するのが好ましい。電極104は、好ましくは生理食塩水を含んだ多孔質ファイバー電極であり、電極上部は導線接続用金属円筒で構成されうる。
【0026】
他の実施例として、頭部装着部101は帽子装着型であり、
図1cにその帽子装着型電極の外観概要図を、
図1dに基準電極105としての導電性ゴム電極の概要図を示す。頭部装着部101は、メッシュ状帽子に測定用の電極104が3つ取り付けられたものである。電極104はプリアンプ112と接続されたシールドケーブル113と接続され、好ましくは食塩水を含んだ多孔質導電性ゴムが使用される。なおプリアンプ112は、3ch増幅器・帯域フィルタ102の増幅器の機能を有するものであり、帯域フィルタ102を経由して解析用PC103に接続される。基準電極105は、プリアンプ112と電気的に接続された導電性ゴム電極114であり、これによって耳朶接続用クリップ電極は不要となる。ここで、導電性ゴム状の電位均一化と、プリアンプ112からのケーブル接続の際の接触抵抗の低減を図るため、円周状の導電性ゴム電極と帽子の間には金属フィルム115を設置する。
【0027】
あるいは他の実施例として、測定用の3つの電極104及び基準電極105は無線通信機能を有し、同様に無線通信機能を有する解析用PC103へ、測定用の電極104(3つ)と基準電極105から得られる脳電位信号の差分を3つの脳電位信号として、無線で送信する。基準電極105は、測定用の3つの電極104の中央に配置されるのが好適である。また、測定用の3つの電極104及び基準電極105の電位信号の合計4つを解析用PC103へ送信し、解析用PC103において測定用の電極104と基準電極105の差分を計算し、3つの脳電位信号の入力としてもよい。
【0028】
さらなる他の実施例として、電極104の代わりに電気、磁気又は血流量などの変化を検出するセンサであることもできる。また頭部装着部101は3つの電極を2つ(2セット)以上有することもできる。この場合、脳深部の活動をさらに多面的に評価しうる。
【0029】
解析用PC103は、各種演算処理や算出を行い、CPUを含む処理部と、算出結果などを表示する表示部(ディスプレイ、プリンターなど)と、各種データやプログラムを格納する記憶部と、有線・無線通信を行う通信部とを有する。なお脳活動測定装置100は3ch増幅器・帯域フィルタ102を含まなくてもよい。この場合、解析用PC103が帯域フィルタの機能を有する。このような帯域フィルタの機能や、請求項に記載されたデータ抽出手段、相関値算出手段、指標値算出手段、表示手段などは、好ましくは、解析用PCにおいて処理部のCPUが所定のプログラムを実行することによって実現される。
【0030】
[測定原理]
前述のとおり本発明では、脳深部に等価ダイポール電源を仮定しており、このダイポール電位活動を解析するための電位分布測定を、頭皮上に配置した3つの異なる場所に配置された電極に限定して行う場合を考える。脳深部に電源がある場合には、これら3つの電極で観測される電位波形には強い位相関係が存在するという事実に基づいて、この位相関係を評価する。このようにして、脳深部に仮定した等価ダイポール電源の時間的な挙動を近似的に推定する。これは、地震波に例えれば、表層に震源を持つ地震波が観測地点ごとに大きく異なるのに比し、深部に震源を持つ地震波では、近い距離をおいて配置された地震計ではほぼ同じ振幅・位相のP波が観測されることと同等な現象である。
【0031】
本発明では、脳深部の活動に基づいて表面に現れる電位波形は近い距離離れた表面においてはほぼ同位相であることから、3つの電位の符号が同一であるデータのみを加算する方式を定義する。すなわち同一符号のデータのみを演算の対象とすることで、相関を有するデータを抽出することができる。ただし、すべてのデータを演算の対象とすることもできる。
【0032】
本発明は、
図2の処理のフローチャートに示すように、3つの電位信号が入力されると(S201)、3つの電位が同符号の信号を選択する(S202)。電位の符号を判定する際の基準電位は、例えば皮質活動を直接反映しない耳朶が用いられうるが、増幅器の帯域フィルタで直流分は遮断されるので、実質的には、各々の電極ごとの時間平均から見た正負の符号を判定することになる。なお当然のことながら、基準電位の取り方はこれらに限定されず、導電性ゴム電極も使用されうる。さらには、無線通信機能を有する測定用の3つの電極から得られる脳電位信号と、当該3つの電極の中央に配置される基準電極から得られる脳電位信号の差分を、3つの脳電位信号として無線で送信する構成とすることもできる。この場合は、前述のとおり、解析用PCが帯域フィルタの機能を有する。
【0033】
続いて3重相関値を算出する(S203)。3重相関値は、3つの電極からの低周波帯域の電位信号をそれぞれEVA(t)、EVB(t)、EVC(t)としたとき、1つの電極の電位信号に対し、τ1、τ2の時間ずれのある信号との積を使用する。以下に示す式1は3重相関値Stの1つの例示である。Tは3重相関値の演算対象時間であり、Δtは各電位信号のデータサンプリング周期であり、Nは規格化するための定数であって、例えば3つの信号の積の計算回数である。
(式1)
算出された3重相関値を用いて、解析用PCで所定の演算を行うことにより指標を算出し、当該指標により、認知症患者などの識別判定を行う(S204)。
【0034】
さらに、上述の演算で得られる遅延パラメータ空間上の3重相関プロットが脳深部の等価ダイポール電源の挙動とどのような関係にあるかを、均一媒質からなる球状モデルを用いて説明する。以下では、説明の都合上、球モデル各部の呼称を地球になぞらえ、北極(NP)南極(SP)、赤道等と記載する。
【0035】
脳深部の活動は、等価的に、深部に微小電流源があるように脳の表面上で観測されることから、球の中心部に、南極から北極に向かう方向に微小電流源を仮定する。この電流源が球表面上につくる電位分布は、
図3aに示すように、北半球では+、南半球では−、赤道上ではゼロ電位となる。また、この電流源は、赤道上180度経度の異なる点P1、P2と、NP、SPを含む面内で、周期T秒で時計方向に回転する。回転角度90度ごとに各時点での球表面電位分布は、
図3b、
図3c、
図3dのように逐次変化する。この電位変化を球の表面上に、面P1、NP、P2、SPに平行な三角形の頂点に、三つの電極A、B、Cを配置する。各電極から測定された電位波形は、式1により相関値が計算され、計算結果が
図4の遅延パラメータ空間上にプロットされる。
【0036】
A、B、Cの各電極の電位の時間発展は
図3eのグラフのようになり、各電極は位相差1/3Tの関係で周期Tの正弦波で変化をする。電極Aを基準にみるとこれらの電極の符号が最も一致するτ
1、τ
2の値はそれぞれ1/3+kと2/3+k(kは整数)であり、結果として
図4における縦横方向に黒丸のプロットで示されるような、周期Tでピークを持つ特性が得られる。またこれらのピークからいずれかの電極が半周期ずれるような位置は、1つの電極が必ず他の2つの電極と逆位相になるため電極の符号が一致することはない。そのため白丸のプロットで示されるような位置は値がプロットされない。
【0037】
このように、本発明によれば、脳深部の等価ダイポール電源の回転を2次元の遅延パラメータ空間上のプロットとして観測することができ、後述の
図9のように規則正しい凹凸の分布を観測することができる。
【0038】
以上では、単一の等価ダイポール電源が球状の脳深部で滑らかに回転した場合について記載しているが、ダイポールが複数ある場合や、回転が滑らかでない場合には、
図4上のプロットは、同符号条件を満たす個々のケースが複雑に分布し、後述の
図10のように遅延パラメータ空間上に細かい凹凸となって現れる。
【0039】
[実施例1]
実施例1では、認知症による脳機能の低下についての定量的な評価をするための3重相関値の算出について説明する。
【0040】
図5に示すように、3つの電極EA501、EB502、EC503が三角形の各頂点部分に配置され、別途設置される基準電極と、各電極との差として、電位信号VA(t)、VB(t)、VC(t)が計測される。なお前述の通り、P3、P4、Ozの位置の3つの電極が使用されるのが好ましい。各電位信号は、脳電位信号の3重相関評価装置によって処理される。
図6は3重相関評価装置600の処理ブロックを示す図であり、例えば3ch増幅器・帯域フィルタと解析用PCによって実現される。
図6に示すように、脳電位増幅器601によって増幅された信号はバンドパスフィルタ602によって、α波帯を主とする特定の周波数帯、例えば6〜13Hzの脳電位波形が抽出される。これは、脳深部に仮定したダイポール電位活動を定量的に解析し、脳深部の活動を評価するために行われる。ただし、帯域フィルタはα波を主とする特定の周波数を検出できるものであり、
図6における周波数の値に限定されない。
【0041】
次に、これら3つの信号による3重相関値Sの算出方法について示す。抽出された信号は3重相関値算出部603によって、
図7のフローチャートに示すように処理される。
図7は、i秒からi+1秒における3重相関値Si(i=1、2、…、T)を算出する処理のフローチャートを示す。なお、ここで実施される処理は、趣旨を逸脱しない範囲において変更することができる。
【0042】
前述の通り3つの信号が入力されるとサンプリング周期でデータが抽出され(S701)、それぞれの電極の電位ごとに標準偏差(σ
A、σ
B、σ
C)で割って規格化される(S702)。この規格化処理は1秒ごとに行うのが好ましいが、これに限定されない。
EVA(t) =VA(t)/σ
A (式2)
EVB(t) =VB(t)/σ
B (式3)
EVC(t) =VC(t)/σ
C (式4)
なおバンドパスフィルタによる周波数抽出処理は、規格化処理の前後いずれかに行われる。また規格化処理の前には、ノイズ処理を行うのが好ましい。ノイズ処理は、例えば、1)±100μV以上のセグメントを除く、2)フラットな電位(25msec以上一定の電位だった場合)を除く、3)±1μV以内の電位が1秒以上続く場合は除く、という処理から構成される。
【0043】
ここで、上記、3つの信号は、電極EAに対し、電極EBはτ1、電極ECはτ2の時間のずれがあるものとする。続いて、3つの信号の符号がすべて正(EVA(t)>0、EVB(t)>0、EVC(t)>0)または、すべて負(EVA(t)<0、EVB(t)<0、EVC(t)<0)の信号のみを計算対象とする処理をする(S703)。式5に示すように3重相関値は、時間ずれのある3つの電位信号の積を加算することで求められる(S704)。この処理は、tがt=i+1秒となるまでΔt秒ずつずらして行われる(S706、S707)。なお
図7ではt=i秒からi+1秒における3重相関値Siを算出していることからも分かる通り、全データ(T秒)について一度に計算するのではなく、所定時間ごとに、本実施例においては1秒ごとに3重相関値Siを求めT個の3重相関値の平均値を最終的には3重相関値とし、時間ずれτ1、τ2も1秒の中でΔt秒ずつずらして3重相関値を算出する。例えば、電位データサンプリング周波数をfs(Hz)とすると、fs=200Hzの場合はΔt=1/fs=0.005秒ずつずらして、3つの電位信号の積を算出する。また、1秒ごとに3つの信号が正または負になった時の回数Nを求め(S705)、最後に割る(S708)。式5に1秒ごとの、3重相関値Siの計算式を示す。
(i=1、2、…、T、τ1=Δt、2Δt、…、1(秒)、τ2=Δt、2Δt、…、1(秒)) (式5)
【0044】
このようにして、1秒ごとにSiを全データT秒まで計算する(S
1、S
2、・・・、S
T)。T(秒)は好ましくは10(秒)である。ただしSiは1秒ごとに算出されることに限定されない。τ1及びτ2の取りうる値はサンプリング周期の整数倍に等しい1秒以下の時間であるが、これらの値の大きさの最大値は1秒に限定されない。またサンプリング周期は0.005秒に限定されない。なお3重相関値は、3つの信号の符号判定を行わずに、式5によって算出することもできる。
【0045】
この結果は、
図8に示すように3重相関表示部604によって2つの遅延パラメータ(τ1、τ2)が形成する特徴空間上にプロットすることで、2つの遅延パラメータ(τ1、τ2)が形成する特徴空間上にプロットされた3重相関値分布の疑似3次元表示をすることができる。
図9は、健常者脳電位波形の3重相関値分布の疑似3次元表示を示すものであるが、相関を有しないデータの影響を排除するため、予め定められたtの値、例えばt=i+1、においてEVA(t)、EVB(t−τ1)及びEVC(t−τ2)のすべてが同符号であったSi(τ1,τ2)のみをプロットしたものである。プロットするSiをこのように限定することにより、ノイズを除去し、より良い精度で3重相関値分布の疑似3次元表示を示すことができる。
【0046】
図9に示すように、健常者後頭部から観測される脳電位波形については、特徴空間内の3重相関分布は滑らかで、この分布は観測時刻の推移とともに移動する。これに対して、アルツハイマー病患者から観測される脳電位波形を
図10に示す。3重相関値の分布は、細かいピークが複雑に分布する場合が多いが、この場合も観測時刻の推移とともに分布が移動する。両図を比較して、健常者とアルツハイマー病患者の3重相関値分布の大きな違いは、分布の滑らかさにあることがわかる。
【0047】
[実施例2]
実施例2では、実施例1で算出された3重相関値を用いて、認知症による脳機能の低下について定量的な評価をするための指標を算出する。
【0048】
実施例1に示したように、2つの遅延時間パラメータ空間内で、健常者のデータでは、樹木状の分布が規則的に並ぶのに対し、アルツハイマー病患者のデータでは、樹木状の分布の不規則性が大である。この差を定量的に表現するために、
図11aに示すように、樹木の列がτ1、τ2軸に平行となるように、座標軸を回転する。
図11aは健常者の例であるが、
図10に示すような3次元表示の図を上から見た図で、3つの波形が同符号をとる領域を白で表示し、3信号のどれか1つ符号が異なる領域を黒で表す。このような表示をすると、健常者の場合には規則的な格子縞となるのに対して、アルツハイマー病患者のデータでは、
図11bに示すように、格子縞が乱れることが分かった。そこで、この乱れを定量化するために、以下の指標を定義する。
【0049】
図11a、
図11bに示すように白い四角形の領域は、隣接する白い四角形の領域と、縦横方向にそれぞれ間隔を有する。その間隔を
図11cに示すように、dxi(i=1,2、…、m)、dyj(j=1,2、…、n)とする。このdxiとdyjがτ1方向とτ2方向において、それぞれ白い四角形の縦横が均等に並んでいるか、あるいは白い四角形が乱れて並んでいるかを判断することで健常者(NL)とアルツハイマー(AD)患者を分離することができる。ADにおいては、τ1、τ2のどちらかのばらつきが偏って大きい傾向がある。なお、NLであってもADであっても、縦横の四角形は規則的に並んでいる為、τ1、τ2ともに任意の時間における、隣接する白い四角形間の距離で評価を行うことができる。具体的には式6、式7に示すように、m個のdxiの標準偏差Std_dxとn個のdyjの標準偏差Std_dyを算出し、2つの標準偏差の平均値を指標値SDとする。
(式6)
(式7)
(式8)
【0050】
上記の指標SDを用いて、健常者(NL)52例とアルツハイマー(AD)患者20例を分離した場合の判別結果から得られた感度特異度曲線を
図12に示す。
図12のように、本指標は、NLとADの交点において、68%の識別率を示しており、交点付近の閾値を変化させることで、有効な判別指標となりうることがわかる。この感度特異度曲線から作成されたROC曲線を
図13に示す。
【0051】
ここでROC曲線は、アルツハイマー病検出をおこなった時の検出率と誤診率の関係を示すものである。ROC曲線は感度特異度曲線から作成されるものであり、感度特異度曲線とともに、正常と異常のカットオフ値をどこにするかを検討する際に使用されるものである。本実施形態においては、感度がアルツハイマー病、特異度が健常者を示し、偽陽性率は「1−特異度」で表される。以下に1つの実施例として、感度特異度曲線とROC曲線の作成について簡潔に説明する。
【0052】
アルツハイマー病患者がN人、健常者がM人いるとすると、まず(i)アルツハイマー病患者、健常者の指標値をそれぞれ算出(N+M個算出)する。(ii)アルツハイマー病患者の指標値を大きい順にソートし、健常者の指標値を小さい順にソートする。(iii)アルツハイマー病患者の指標値の最大値が0、最小値が1になるように、感度特異度曲線の縦軸の比率(=i/(N−1)(i=0、1、…、N−1))を決定し、(iv)健常者の指標値の最小値が0、最大値が1になるように、感度特異度曲線の縦軸の比率(=i/(M−1)(i=0、1、…、M−1))を決定する。このようにして、指標値と比率の値をアルツハイマー病患者と健常者、それぞれプロットして曲線で結ぶと感度特異度曲線が完成し、この曲線の交点がカットオフ値となる。なお指標値と比率は患者数分であるため、間の値はスプライン補間を行って曲線にしてつなぐ。ROC曲線は、縦軸を感度(=アルツハイマー病患者の比率)、横軸を偽陽性率(=1−特異度(健常者の比率))として作成する。
【0053】
図13に示すように、指標SDを用いた場合に約90%の感度を与える偽陽性率は、約50%となり、良好なROC特性が得られる。
【0054】
[実施例3]
実施例3では、実施例1で算出された3重相関値を用いて、認知症による脳機能の低下について定量的な評価をするための指標を算出する。
【0055】
3重相関値の値は、アルツハイマー病患者は健常者に比べ、τ1、τ2に対し、変動が激しい。また、実施例1の式5で算出された1秒ごとの3重相関値の変動も、アルツハイマー病患者の方が健常者よりも変動が激しい。そこで、式5の標準偏差をstd_Siとし、i=1、2、…、10までの10個の標準偏差を算出した。さらに、この10個の標準偏差の標準偏差std_Sと10個の標準偏差の平均値ave_Sを算出し、標準偏差と平均値の比を指標Ssとした。
(式9)
(式10)
(式11)
(式12)
【0056】
上記の指標Ssを用いて、健常者52例とアルツハイマー病患者20例を分離した場合の判別結果から得られた感度特異度曲線を
図14に示す。
図14のように、本指標は、NLとADの交点において65%の識別率を示しており、交点付近の閾値を変化させることで、有効な判別指標となりうることがわかる。
【0057】
[実施例4]
実施例4では、実施例2や実施例3で算出された指標値を組み合わせることにより、より優れた判別を行うための指標を算出する。
【0058】
図15は、2つの指標の線形結合によって得られた指標d(d=0.375×Ss+SD)をもとに、判別を行った際の感度特異度曲線の例である。
図15は、NLとADの交点において70%の識別を示している。このように複数の指標値Ss、SDを用いることでより優れた判別性能を得ることができる。さらに短時間での測定に対応することができるという点で有用である。なお線形結合に使用する指標や係数は一例であり、これらに限定されない。
【0059】
さらに以下のとおり規格化処理を行うことで、診断結果がAD領域かNL領域に属すかを判断するための表示を行うことができる。上記の指標dをもとに、標準データ(AD20名、NL52名)により算出されたSs値とSDの平均値(Ss_ave,SD_ave)及び標準偏差(Ss_std,SD_std)により、Ss値とSD値の平均が(2,2)になるように、規格化処理を行う。具体的な計算式は以下のとおりである。
(式13)
(式14)
【0060】
例えば前述した指標dは、上記の式のSs_valueとSD_valueを用いて、以下の式で表すことができる。
(式15)
【0061】
このような規格化処理を行い、算出したSs_valueとSD_valueを
図16にプロットすることで、診断結果がAD領域かNL領域に属すかを判断することができる。
【0062】
さらなる実施例として、
図17は、指標dをもとに、脳血管性認知障害の判別を行った際の感度特異度曲線を示す図である。クロスポイントで80%前後の判別率を示していることから、脳血管性認知障害(VCI)の判別にも本発明は有効であることが理解される。
【0063】
以上に説明した処理又は動作において、あるステップにおいて、そのステップではまだ利用することができないはずのデータを利用しているなどの処理又は動作上の矛盾が生じない限りにおいて、処理又は動作を自由に変更することができる。また以上に説明してきた各実施例は、本発明を説明するための例示であり、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、種々の形態で実施することができる。