(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6076579
(24)【登録日】2017年1月20日
(45)【発行日】2017年2月8日
(54)【発明の名称】蒸留塔の運転方法
(51)【国際特許分類】
B01D 3/14 20060101AFI20170130BHJP
B01D 3/42 20060101ALI20170130BHJP
【FI】
B01D3/14 Z
B01D3/42
【請求項の数】3
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2010-142224(P2010-142224)
(22)【出願日】2010年6月23日
(65)【公開番号】特開2012-5931(P2012-5931A)
(43)【公開日】2012年1月12日
【審査請求日】2013年3月12日
【審判番号】不服2015-18613(P2015-18613/J1)
【審判請求日】2015年10月14日
【早期審理対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(72)【発明者】
【氏名】竹田 和史
(72)【発明者】
【氏名】小川 裕由
(72)【発明者】
【氏名】島 幸治
【合議体】
【審判長】
大橋 賢一
【審判官】
新居田 知生
【審判官】
永田 史泰
(56)【参考文献】
【文献】
特開平5−76701(JP,A)
【文献】
特開2001−340701(JP,A)
【文献】
特開平8−131704(JP,A)
【文献】
特開昭51−122018(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D1/00-8/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
塔底に加熱器、塔頂に凝縮器を付属している棚段塔又は充填塔の連続式蒸留装置において、蒸留塔の仕込段または回収部に蒸留塔缶出液を導入することを特徴とする蒸留操作を行っている、蒸留装置の運転方法。
【請求項2】
重合防止剤を該蒸留塔の塔底液に供給されている場合を除く請求項1に記載の蒸留装置の運転方法。
【請求項3】
塔底に加熱器、塔頂に凝縮器を付属している棚段塔又は充填塔の連続式蒸留装置において、蒸留塔の仕込段または回収部に蒸留塔缶出液を導入することを特徴とする蒸留操作を行っている、蒸留装置の運転方法において蒸留塔の仕込段または回収部に導入される蒸留塔缶出液と蒸留品として得られる缶出液の比率が0.1から2.0であることを特徴とする蒸留装置の運転方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蒸留塔の運転方法に関し、詳しくは連続式蒸留装置の仕込量(処理量)が少ない場合でも効率的に蒸留塔を運転制御する方法に関連する。
【背景技術】
【0002】
蒸留塔とは、蒸留に使用される塔状の装置のことである。蒸留塔には本体である塔部分に加えて、塔底に加熱器、塔頂に凝縮器を付属している。工業的に行われる蒸留は大量の処理を行う場合には連続式蒸留が行われる。一般的に仕込液は蒸留塔の中間部(仕込段)に導入されるが、仕込液を蒸発器で蒸発させて気相の状態で蒸留塔に導入する場合もある。蒸留装置は仕込液(原料)に含まれる物質の沸点差を利用して分離操作を行うものであり、蒸留塔塔頂からは低沸点成分に富んだ留出液が得られ、塔底からは高沸点成分に富んだ缶出液が得られる。
【0003】
蒸留塔において、塔頂から留出させた蒸気は凝縮器で凝縮させて液として得られるが、その凝縮液の一部を蒸留塔に戻すことを還流といい、精留分離を行うには、蒸留塔内で上方から流下する還流液と下方から上昇する蒸気を向流させて、気液接触を十分に行わせる必要がある。この際、凝縮熱により液の蒸発と分縮が繰り返されることで成分の濃縮が行われる。
【0004】
蒸留塔は大きく分けて棚段塔と充填塔に分類される。棚段塔は蒸留塔内部に水平な棚板(トレイ)が多段に設置された蒸留塔である。充填塔は蒸留塔内部に充填材を充填した蒸留塔である。
【0005】
蒸留塔は安定運転を維持し精留操作を高めるために圧力損失の低減や気液接触効率の向上を図るべく設計製作がなされている。これらのことを考慮して、蒸留塔の仕込量(処理量)を増大するには蒸留塔の塔径を大きくする必要がある。その場合、機器製作上は蒸留塔の塔径が大きいほど初期設備投資金額は大きくなる。よって、一般的に蒸留塔の塔径は設備投資金額を低減するために最大処理量に基づいて決定される。
しかしながら、上記のような蒸留塔本数の複数化では初期設備投資額が膨らむことによる投資回収リスクの増大が避けられない。
【0006】
蒸留塔の塔径を大きくする場合には、蒸留塔内部の設備改造により処理量の変動に対応している。このような蒸留塔内部の設備改造では改修にかかる期間において運転を停止する必要があり、停止による減産を伴う。そして顧客の需要量に応じて生産量(蒸留塔の処理量)の増減を行うため、需要量の変動による生産量の変化に対して頻繁に蒸留塔内部の設備改造を行うことは容易ではない。
【0007】
このような問題点の解決するための技術として、例えば特公平6−63700号公報(特許文献1)のように蒸留塔内部品を初期製作時から改良しておき、蒸留分離効率の低下を防止する技術はある。しかしながら、この技術を用いた蒸留塔ではウィーピング現象の完全な防止ができず、条件によりウィーピング現象が生じやすい。このため、この技術による蒸留塔では高純度な蒸留品を得ることは困難である。
【0008】
上記の通り、蒸留塔の運転には安定した状態で運転でき必要な蒸留品純度が得られる範囲(安定操作範囲)が存在する。蒸留塔では原料仕込量や還流比を変化させると蒸留塔内各段における上昇蒸気量と降下液量が変化する。上昇蒸気量が大きく増加すると飛沫同伴現象が起き、また上昇蒸気量が大きく減少するとウィーピング現象が起こり、いずれも蒸留分離効率が低下すし、得られる蒸留品の純度が悪くなる。
【0009】
棚段塔を例に示し説明する。蒸留塔内の各段において、上昇蒸気量と降下液量のバランスが取れている場合、トレイの孔から流下する液はほとんど無くなり、降下液はトレイに設けられた堰を乗り越えて、ダウンカマーから流下する。そして、トレイの孔を上昇する蒸気とトレイ上を流れる降下液が接触することで、気液平衡が得られ、蒸留が行われる。飛沫同伴現象とはトレイ上の降下液を液滴として上部に同伴される現象である。また、ウィーピング現象とはトレイ上の降下液がトレイの孔から液漏れする現象である。一般に蒸留塔への仕込液量(処理量)が少ないと、蒸留塔内の各段における気液の向流量が減少してウィーピング現象が起きる。なお、蒸留塔の安定操作範囲下限(蒸留塔の処理量下限)は、このようなウィーピング現象による蒸留品の純度低下が回避できる蒸留負荷として決定される。
【0010】
蒸留塔への仕込液量(処理量)が少ないとウィーピング現象による蒸留分離効率の低下が起こるが、従来では、蒸留塔本数の複数化や蒸留塔内部の設備改造といったハード面での対応により、蒸留塔の安定運転領域を変更してウィーピングの防止が図られていた。蒸留塔本数の複数化とは、蒸留塔は最少仕込量(処理量)に合わせた塔径として設計し、最大処理量を増やすためには蒸留塔の本数を複数として、仕込量が少ない場合には1塔で運転し、仕込量が増える場合には、仕込量に応じて、運転する蒸留塔の本数を2塔以上で運転するという方法である。
【0011】
蒸留塔内部の設備改造とは、蒸留塔への仕込液量(処理量)に合わせて蒸留塔内部の気液接触エリアを最適化するような設備を配し、均衡のとれた気液バランスを維持し、ウィーピングを防止する方法である。
また、ウィーピング現象を防止するために、蒸留塔の運転方法による対応がある。一つは蒸留塔の還流液量を増やす方法、もう一つは不足する蒸留塔の仕込液を調製して補う方法である。これらの方法により、蒸留塔内各段の上昇蒸気量と降下液量は増加してウィーピング現象の防止には繋がるが問題点も残る。
【0012】
すなわち、蒸留塔の還流液量を増やす方法は、低沸点成分として濃縮された還流液の導入量を多くするため、蒸留塔回収部へ低沸点成分の領域が広がるため、蒸留塔回収部の必要段数が不足することで除去すべき低沸点成分が缶出液(高沸点成分)に混入してしまい、蒸留品の純度が得られない。
【0013】
また、蒸留塔の仕込液を調製して補う方法は、蒸留塔仕込液を蒸留分離して得られる蒸留塔缶出液と蒸留塔留出液を混合して仕込液を調製し、蒸留塔仕込液に添加して蒸留塔仕込液量を増やす方法であるため、ウィーピング状態を防止できる。しかし、蒸留塔で一度留出させた蒸留塔留出液を再び蒸留塔塔頂から留出させるため、蒸留塔の加熱器で消費するエネルギー量が増え、処理量当りのエネルギーコストが増大する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
特公 平6−63700号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明が解決しようとする問題点は、蒸留塔本数の複数化に拠らない生産量の増減を行う方法がなかったことである。また、蒸留塔本数の複数化以外の方法としては、蒸留塔内部の設備改造で対応するしかなかったことあり、簡便に生産量を増減できる方法がなかったことである。また簡便に生産量を増減しながら高純度な蒸留品を得ることできなかったことである。
【0016】
更に本発明の解決しようとする課題は、ウィーピング現象を防止するために、蒸留塔の還流液量を増やす方法の場合、蒸留品の純度が得られないことであった。そして、蒸留塔で一度留出させた蒸留塔留出液を再び蒸留塔塔頂から留出させる方法の場合、蒸留塔の加熱器で消費するエネルギー量が増え、処理量当りのエネルギーコストが増大することであった。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、塔底に加熱器、塔頂に凝縮器を付属している連続式蒸留装置において、蒸留塔の処理量(仕込量)が少ない場合に仕込段または回収部に蒸留塔缶出液を導入することで、蒸留塔の安定運転と蒸留品純度を両立させる技術である。
【0018】
すなわち、蒸留塔の仕込段または回収部に蒸留塔缶出液を導入することで、主に蒸留塔回収部各段の上昇蒸気量と降下液量を増加させて気液接触を十分に確保して、ウィーピング現象を防止することができる。更に、蒸留塔の缶出液は蒸留により高純度の高沸点成分として回収された液であり、その缶出液を蒸留塔の仕込段または回収部に導入しても、還流液量を増やした場合に起こる蒸留品(缶出液)の純度低下を引き起こすことはない。また、蒸留塔の缶出液は加熱器で沸点まで加熱された沸点液であるため、その缶出液を蒸留塔の仕込段または回収部に導入しても、蒸留塔の加熱器で消費するエネルギー量の増加は極めて小さい。
【0019】
なお、缶出液を蒸留塔濃縮部に導入すると、蒸留塔濃縮部へ高沸点成分の領域が広がり、蒸留塔留出液中に高沸点成分が混入してしまい、缶出液(蒸留品)のロスを生じる。このとき、還流液量を増加することで蒸留塔留出液中への高沸点成分の混入を防止することができるが、導入した還流液(低沸点成分)は蒸留塔塔頂から留出させる必要があるため、蒸留塔の加熱器で消費するエネルギー量を増加させてしまう。そのため、本発明の様態では蒸留塔の仕込段または回収部に缶出液を導入する。
【発明の効果】
【0020】
このように本発明により、蒸留塔の仕込液量(処理量)が少ない場合でも、蒸留塔の安定運転を確保するために缶出液の一部を蒸留塔仕込段または回収部に導入することで、蒸留塔負荷を増大して蒸留塔のウィーピング状態を回避することができるとともに、蒸気使用量の増加を少なくすることができる。すなわち、本発明の方法を実施することにより、蒸留塔の処理量(運転負荷)の下限を設計能力の70%から40%まで広げることができる上、少ないエネルギー量で蒸留塔を効率的に安定して運転することができ、工業的に価値がある。
【実施例1】
【0021】
本発明を
図1に基づいてさらに詳細に説明する。蒸留塔1の塔底に加熱器2、塔頂に凝縮器3を付属している連続式蒸留装置を示す。蒸留塔1への仕込液4(原料)は加熱器2でエネルギーを与えられ、低沸点成分と高沸点成分に蒸留分離される。仕込液中の低沸点成分は蒸留塔塔頂から蒸気として留出し凝縮器3で冷却され、その凝縮液の一部5を還流液として蒸留塔へ導入することで精留操作が行われる。仕込液中の高沸点成分は蒸留塔塔底から缶出液7として抜き取られる。本発明では、この缶出液7の一部8を蒸留塔1の仕込段または回収部へ導入することで、蒸留分離効率を調整する。このような機能を有する蒸留装置であれば、いずれの構造のものにも本発明は適用可能であり、蒸留塔の形状や蒸留塔内部品の構造または構成などは特に限定されない。
【0022】
蒸留塔の還流液量を増やす方法は、
図2において還流液5を増加することで実施される。しかし、この方法では蒸留塔缶出液7へ低沸点成分が混入してしまい缶出液の純度が低下する。また、留出すべき低沸点成分をさらに導入するため、増加させた還流液の加熱蒸発にかかるエネルギー量が蒸留塔加熱器2で増加し、処理量当りのエネルギーコストが増大する。
【0023】
蒸留塔の仕込液を調製して補う方法を
図3に示す。蒸留塔仕込量(処理量)が少ない場合に、蒸留塔缶出液7と蒸留塔留出液6を仕込液の組成と同等になるように混合した調製液10を蒸留塔仕込液4に添加して蒸留塔処理量を増やす。しかし、蒸留塔で一度分離し留出させた蒸留塔留出液6を調製液10を経由して再び蒸留塔へ導入し蒸留塔塔頂から留出させるため、調製に使用した留出液の加熱蒸発にかかるエネルギー量が蒸留塔加熱器2で増加し、処理量当りのエネルギーコストが増大する。
【0024】
図1の実施形態において、蒸留塔1への仕込液4(原料)に固形分を含み、蒸留品の品質低下や蒸留塔の汚れが懸念される場合、
図4の運転方法が行われる。仕込液4を事前に蒸発器11でほぼ全量蒸発させた蒸気の状態で蒸留塔1へ仕込むことで、仕込液4に含まれる固形分は濃縮された残渣液の状態で蒸発器11から排出される。この場合、
図3で説明したような蒸留塔の仕込液を調製して補う方法においては、調製液10を再び蒸発させるのに必要なエネルギー量がさらに増加することになる。
【0025】
以下に本発明の実施例を
図4を用いて説明する。この実施例は、有機溶剤中に含まれる酢酸の精製に関する。
【0026】
蒸留塔1への仕込液4(原料)は酢酸エチルを含む有機溶剤と酢酸の混合液であり、蒸留塔1において低沸点成分と高沸点成分に蒸留分離される。この仕込液4は固形物を含むため、蒸発器11でほぼ全量蒸発させて蒸留塔1へ導入する。仕込液4中の低沸点成分である有機溶剤は蒸留塔塔頂から凝縮器3で冷却され凝縮液6として得られ、高沸点成分である酢酸は蒸留塔塔底から缶出液7として抜き取られる。そして、缶出液7の酢酸純度は99.9wt%以上となるように蒸留操作を行っている。生産量の調整は仕込液(原料)の発生量によって調整が行われる。そのため、蒸留塔の運転負荷は処理能力のほぼ100%となる場合もあるが、仕込液の発生量が減少となると蒸留塔の運転負荷は処理能力の50%にまで低下することがある。このとき、蒸留塔の安定操作範囲の下限を下回り、ウィーピング現象が起こり蒸留品である缶出液の酢酸純度の低下を招く。
【0027】
この状況を回避する蒸留塔の運転方法として、缶出液の一部(導入液)8を蒸留塔1の仕込段へ導入する。実施例では蒸留塔1へ導入液8を導入する位置を蒸留塔仕込段としているが、蒸留塔回収部でもよい。ただし機器製作上、蒸留塔仕込段は仕込液4及び導入液8の配管を接続するには段間隔を広くとる必要があるため、仕込液4と導入液8の導入位置を異なる位置にすると、蒸留塔塔高が大きくなり機器製作コストアップとなる。
【0028】
蒸留塔への仕込量(処理量)の低下が処理能力の約70%の場合に蒸留塔の安定操作範囲の下限となる。そして、処理能力の約50%に低下した場合、導入液8の量と蒸留品として得られる缶出液7の量の比率を1.4とすることで、ウィーピング現象を防止し蒸留分離効率の低下を回避することができる。このとき還流液量を増加して、導入される高沸点成分の留出液6へのロスを防止している。また、導入液8と缶出液7の比率が2.0を超えると、必要な還流液量が大きく上昇するため、加熱器2で消費されるエネルギー量が増加してエネルギーコストが増大するので好ましくない。
【0029】
還流液量を増加する方法を適用した場合では、ウィーピング現象を防止するのに必要な還流液量は本発明の方法に比べて1.2倍となり、蒸発器11及び加熱器2で消費されるエネルギー量は本発明の方法に比べて約1.1倍となる。
【0030】
仕込液を調製して補充するする方法を適用した場合では、蒸留塔で蒸留分離した缶出液と留出液から調製した液10を再び蒸発器11で蒸発させて蒸留塔に導入するため、補充した調製液10の量に応じて、蒸発器11及び加熱器2で消費されるエネルギー量が増加する。蒸留塔の処理量をウィーピング現象を防止できるように処理能力の50%から70%となるように調製液を補充した場合、蒸発器11及び加熱器2で消費されるエネルギー量は本発明の方法に比べて約1.2倍となる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】
図1は本発明の実施の形態を一般的な蒸留装置に適用した概略図、
【
図3】
図3は従来の蒸留装置において蒸留分離液を仕込液に補充する運転方法を示した概略図、
【
図4】
図4は本発明の実施例における蒸留装置の概略図
【符号の説明】
【0032】
1…蒸留塔、2…加熱器、3…凝縮器、4…仕込液、5…還流液、6…留出液、7…缶出液、8…蒸留塔へ導入される缶出液(導入液)、9…仕込液調製用タンク、10…仕込液の補充液、11…蒸発器、12…蒸発残液