【実施例】
【0053】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。実施例に示す配合量の部とは重量部を、%とは重量%を示す。
【0054】
(実施例1)黒茶抽出物の製造
(1) 製造例1:黒茶の熱水抽出物
黒茶(バタバタ茶)20gに精製水400gを加え、95〜100℃で2時間抽出した後、濾過し、そのろ液を濃縮し、凍結乾燥して黒茶の熱水抽出物を2.9g得た。
【0055】
(2) 製造例2:黒茶の50%エタノール抽出物
黒茶(バタバタ茶)20gに50%エタノール200gを加え、常温で3日間抽出した後、濾過し、そのろ液を濃縮乾固して、黒茶のエタノール抽出物を2.5g得た。
【0056】
(3) 製造例3:黒茶の50%1,3−ブチレングリコール抽出物
黒茶(バタバタ茶)20gに精製水200g及び1,3−ブチレングリコール200gを加え、常温で7日間抽出した後、濾過し、黒茶の50%1,3−ブチレングリコール抽出物を360g得た。
【0057】
(実施例2)黒茶抽出物による幹細胞(マウスES細胞)の外胚葉系細胞への分化誘導
(1) ES細胞の調製
ゼラチンコート処理した35mmシャーレにMMC処理済みのMEFをコンフルエントの状態で培養し、その上にマウスES細胞を10〜20×10
4個播種し、37℃、5%CO
2インキュベーターで前培養した。培地はDMEMにchemicon社製のES細胞用添加因子(L-グルタミン液、2メルカプトエタノール液、ヌクレオシド液、非必須アミノ酸液)を推奨濃度で添加した後、LIFを1000units/mL、Fetal Bovine Serum(FBS)を15%添加したES細胞未分化維持用培地(以下、「ES細胞用培地」という)を用いた。
【0058】
上記の方法で培養したES細胞及びMEFをトリプシン処理によりシャーレから剥がし、それらを再びゼラチンコート処理した35mmシャーレに播種した。播種後30分間静置し、その後培地を別のチューブに回収した。このとき接着性の強いMEFはシャーレに残り、ES細胞のみが回収される。このようにして回収した未分化なES細胞を用いて以下の実験を行った。
【0059】
(2) フィーダー細胞を用いた培養系における黒茶抽出物による幹細胞の外胚葉系細胞への分化誘導
MEFから分離したES細胞を、24wellプレートで培養したMMC処理済のMEF上に再び播種し(5×10
4 cells/well)、ES細胞用培地からLIFを除いた培地を用いて培養した。その際、前記製造例1で調製した黒茶抽出物を25.0、50.0、100.0μg/mLの濃度で添加した。
【0060】
培養4日後にES細胞のみを回収し、細胞をPBS(-)にて2回洗浄し、Trizol Reagent(Invitrogen)によって細胞からRNAを抽出した。2-STEPリアルタイムPCRキット(Applied Biosystems)を用いて、RNAをcDNAに逆転写後、ABI7300(Applied Biosystems)により、下記の各プライマーセットを用いてリアルタイムPCR(95℃:15秒間、60℃:30秒間、40cycles)を実施し、Nanog(未分化マーカー: Cell Res. 2007 Jan; 17(1):42-9. Review. Nanog and transcriptional networks in embryonic stem cell pluripotency. Pan G, Thomson JA.)、Otx2(外胚葉・神経細胞マーカー)、Sox1(神経細胞マーカー)、Six3(前脳領域、眼の分化マーカー)の各マーカー遺伝子の発現を確認した。その他の操作は定められた方法に従って実施した。
【0061】
Nanog (未分化マーカー)用プライマーセット:
ATGCCTGCAGTTTTTCATCC(配列番号1)
GAGGCAGGTCTTCAGAGGAA(配列番号2)
Otx2(外胚葉、神経細胞マーカー)用プライマーセット:
GAAAATCAACTTGCCAGAATCCA(配列番号3)
GCGGCACTTAGCTCTTCGAT(配列番号4)
Sox1(神経細胞マーカー)用プライマーセット:
GCCGAGTGGAAGGTCATGT(配列番号5)
TGTAATCCGGGTGTTCCTTCAT(配列番号6)
Six3(前脳領域)用プライマーセット:
CCCTAGATCTCTATTCCTCCCACTTC(配列番号7)
GAAGTAGGGAGCAGTGGTGAGAA(配列番号8)
Gapdh(内部標準)用プライマーセット:
CCGTGTTCCTACCCCCAAT(配列番号9)
TGCCTGCTTCACCACCTTCT(配列番号10)
【0062】
各細胞のマーカー遺伝子の発現については、黒茶抽出物を添加せずに培養した細胞における各遺伝子mRNAの発現量を内部標準であるGapdh mRNAの発現量に対する割合として算出した相対発現量(各遺伝子の発現量/Gapdh発現量)の値を1.0とし、これに対し、黒茶抽出物を添加して分化誘導した各細胞における各遺伝子相対発現量の値を算出し、評価した。その結果を表1に示す。
【0063】
【表1】
【0064】
表1に示されるように、未分化マーカーであるNanogは黒茶抽出物の濃度依存的に発現が抑制された。一方で、外胚葉や神経細胞マーカーであるOtx2やSox1に関してはその発現が促進されることが明らかとなった。また、外胚葉の中でも初期胚の発生過程で、前脳領域で発現が促進される遺伝子であるSix3の発現も促進された。
【0065】
(3) フィーダー細胞を用いない培養系における黒茶抽出物による幹細胞の外胚葉系細胞への分化誘導
MEFから分離した未分化なES細胞をゼラチンコート処理した24wellプレートに直接(MEFなしの状態で)播種し(5×10
4 cells/well)、上記方法と同様にES細胞用培地からLIFを除いた培地を用いて培養し、各濃度の黒茶抽出物を添加した。培養4日後にRNAを回収し、各マーカー遺伝子の発現をリアルタイムPCRにより解析した。その結果を表2に示す。
【0066】
【表2】
【0067】
表2に示されるように、(2)の場合と同様、Nanogの発現抑制、Otx2、Sox1、Six3の発現促進が確認された。
【0068】
(4) EBを形成する培養系における黒茶抽出物による幹細胞の外胚葉系細胞への分化誘導
MEFから分離した未分化なマウスES細胞を、LIFを除いたES細胞用培地に懸濁し、2000cells/20μLの細胞濃度でhanging dropを形成し、EB(embryoid body)を作製した。その際、各濃度の黒茶抽出物を添加し、培養4日後にRNAを回収し、Nanog(未分化マーカー)、Otx2(外胚葉・神経細胞マーカー)、Sox1(神経細胞マーカー)、Six3(前脳領域マーカー)の各マーカー遺伝子の発現をリアルタイムPCRにより解析した。その結果を表3に示す。
【0069】
【表3】
【0070】
表3に示されるように、(2)の場合と同様、Nanogの発現抑制、Otx2、Sox1、Six3の発現促進が確認された。
【0071】
上記表1〜3の結果から、いずれの培養系(フィーダー細胞を用いた培養系、フィーダー細胞を用いない培養系、EBを形成する培養系)においても黒茶抽出物はマウスES細胞の未分化維持を抑制し、一方で外胚葉系細胞への分化を促進することが明らかとなった。
【0072】
(実施例3)黒茶抽出物による幹細胞(マウスES細胞)の神経細胞への分化誘導
無血清培養下、ES細胞を各種のストローマ細胞と共培養することにより、成熟した神経系細胞を分化誘導する技術が確立されている(特許4294482号; Kawasaki H, Mizuseki K, Nishikawa S, Kaneko S, Kuwana Y, Nakanishi S, Nishikawa SI, Sasai Y., Neuron. 2000 Oct;28(1):31-40. Induction of midbrain dopaminergic neurons from ES cells by stromal cell-derived inducing activity)。そこで、本神経分化誘導系に黒茶抽出物を添加し、成熟した神経細胞への誘導が促進されるか検討した。
【0073】
MEFから分離したマウス未分化ES細胞を、24wellプレートでコンフルエントまで培養したST2細胞(マウス骨髄由来ストローマ細胞)上に500cells/wellの濃度で播種し、G-MEMに10% KnockOut. Serum Replacement(KSR)、2mM L-グルタミン、1mM pyruvate、0.1mM 2メルカプトエタノール液、0.1mM 非必須アミノ酸液を添加した神経細胞分化誘導培地で培養した。その際、黒茶抽出物を100μg/mLの濃度で添加した。
【0074】
分化誘導12日後にST2細胞及びES細胞を回収し、神経細胞分化マーカー遺伝子であるPax6(神経前駆細胞マーカー)、Tuj-1(神経細胞マーカー)、Map2(成熟神経細胞マーカー)の発現を下記の各プライマーセットを用いてリアルタイムPCRにより解析した。
【0075】
Pax6(神経前駆細胞マーカー):
GCACCAAAGGGTCATCGC(配列番号11)
TGGGGGGTGGATGGAAG(配列番号12)
Tuj-1(神経細胞マーカー):
CTCAAAATGTCATCCACCTT(配列番号13)
GTGAACTCCATCTCATCCAT(配列番号14)
Map2(成熟神経細胞マーカー):
ACTCAGCAACGTCTCATCTT(配列番号15)
GTATTCACAAGCCCTGCTTA(配列番号16)
【0076】
リアルタイムPCRによる各マーカー遺伝子の発現の解析結果を表4に示す。
【表4】
【0077】
表4に示されるように、黒茶抽出物により、各神経細胞分化マーカーの発現が顕著に促進されることが確認された。以上の結果から黒茶抽出物はES細胞から神経細胞への分化を顕著に促進することが明らかとなった。
【0078】
(実施例4)黒茶抽出物による幹細胞(マウスES細胞)の眼様構造体への分化誘導
ES細胞をストローマ細胞であるST2細胞と共培養することにより、メラノサイトを分化誘導する系が確立されている(Yamane T, Hayashi S, Mizoguchi M, Yamazaki H, Kunisada T., Dev Dyn. 1999 Dec;216 (4-5):450-8. Derivation of melanocytes from embryonic stem cells in culture.)。本分化誘導系では、メラノサイト以外にも、心筋細胞、血球系細胞等様々な細胞が分化してくることが知られている。このような様々な細胞が分化してくる系に、黒茶抽出物を添加することにより、いずれの細胞への誘導が促進されるか検討した。
【0079】
MEFから分離したマウス未分化ES細胞を、24wellプレートでコンフルエントまで培養したST2細胞上に500cells/wellの濃度で播種し、α-MEMに10% FBS、100nM DEX、20pM bFGF、10pM CT、100ng/mL EDN3を含む分化誘導培地で分化を促した。その際、黒茶抽出物を100μg/mLの濃度で添加した。
【0080】
図1に上記分化誘導試験結果を示す。黒茶抽出物未添加群では、誘導後数日でES細胞のコロニーができ、誘導12日目には様々な形態をした細胞が現れ始めた。一方、黒茶抽出物添加群では、誘導後数日でコロニーができたがその形態は未添加群とは顕著に異なっており、誘導12日目の時点でコロニーの周りに色素を有した構造体が多数出現し始めた。
【0081】
ES細胞から網膜色素上皮細胞や水晶体(レンズ)を含む眼様構造体を誘導する系が確立されている(Hirano M, Yamamoto A, Yoshimura N, Tokunaga T, Motohashi T, Ishizaki K, Yoshida H, Okazaki K, Yamazaki H, Hayashi S, Kunisada T., Dev Dyn. 2003 Dec;228(4):664-71. Generation of structures formed by lens and retinal cells differentiating from embryonic stem cells.)。上記コロニーの形態を顕微鏡観察すると、黒茶抽出物添加により形成された構造体は、上記文献で報告される眼様構造体に酷似していた(
図1)。
【0082】
また、分化誘導12日目において、細胞を回収し、眼の分化マーカー遺伝子であるOtx2(前脳領域、眼の分化マーカー)、Six3(前脳領域、眼の分化マーカー)、Pax6(眼の分化マーカー)、Crystalin(水晶体マーカー)の発現を下記の各プライマーセットを用いてリアルタイムPCRにより解析した。
【0083】
Otx2(前脳領域、眼の分化マーカー):
GAAAATCAACTTGCCAGAATCCA(配列番号3)
GCGGCACTTAGCTCTTCGAT(配列番号4)
Six3(前脳領域、眼の分化マーカー):
CCCTAGATCTCTATTCCTCCCACTTC(配列番号7)
GAAGTAGGGAGCAGTGGTGAGAA(配列番号8)
Pax6 (眼の分化マーカー):
GCACCAAAGGGTCATCGC(配列番号11)
TGGGGGGTGGATGGAAG(配列番号12)
Crystalin(水晶体マーカー):
TGGCTGCTGGATGCTCTATG(配列番号17)
CCGCGACGCAGGAAGTA(配列番号18)
【0084】
リアルタイムPCRによる各マーカー遺伝子の発現の解析結果を表5に示す。
【表5】
【0085】
表5に示すように、黒茶抽出物添加により、眼の発生マーカー(Otx2,Six3,Pax6,Crystalin)の発現が促進されることが確認された。
【0086】
以上の結果から、黒茶抽出物はES細胞から網膜色素上皮や水晶体等を含む眼様構造体への誘導を促進することが明らかとなった。
【0087】
(実施例5)黒茶抽出物による幹細胞(ヒトiPS細胞)の外胚葉系細胞への分化誘導
(1) ヒトiPS細胞の調製
ゼラチンコート処理した60mmシャーレにMMC処理済みのMEFをコンフルエントの状態で培養し、その上に解凍したヒトiPS細胞の細胞塊を播種し、37℃、5%CO
2インキュベーターで前培養した。培地はカルディオ社製のiPSellonに5ng/mLの濃度でbFGFを添加したiPS細胞未分化維持用培地(以下、「iPS細胞用培地」という)を用いた。
【0088】
上記の方法で培養したiPS細胞をinvitrogen社製のEZPassageを用いてコロニーを切断し、回収した後、24wellプレートで培養したMMC処理済のMEF上に再び播種し、iPS細胞用培地からbFGFを除いた培地を用いて培養した。その際、黒茶抽出物を100μg/mLの濃度で添加した。
【0089】
培養4日後にRNAを回収し、Nanog(未分化マーカー)、Otx2(外胚葉・神経細胞マーカー)、Sox1(神経細胞マーカー)の各マーカー遺伝子の発現を下記の各プライマーセットを用いてリアルタイムPCRにより解析した。その結果を表6に示す。
【0090】
Nanog (未分化マーカー)用プライマーセット:
CCTTCCTCCATGGATCTGCTT(配列番号19)
AAGTGGGTTGTTTGCCTTTGG(配列番号20)
Otx2(外胚葉、神経細胞マーカー)用プライマーセット:
TTCACTCGGGCGCAGCTAG(配列番号21)
CCATACCTGCACCCTCGACTC(配列番号22)
Sox1(神経細胞マーカー)用プライマーセット:
GGTCAAACGGCCCATGAAC(配列番号23)
TGATCTCCGAGTTGTGCATCTT(配列番号24)
Six3(前脳領域)用プライマーセット:
GTATTCCGCTCCCCCCTAGA(配列番号25)
TGGTGAGAATCGGCGAAGTT(配列番号26)
Gapdh(内部標準)用プライマーセット:
TGCACCACCAACTGCTTAGC(配列番号27)
TCTTCTGGGTGGCAGTGATG(配列番号28)
【0091】
【表6】
【0092】
表6に示されるように、マウスES細胞を用いた場合と同様、Nanogの発現抑制、Otx2、Sox1、Six3の発現促進が確認された。
【0093】
以上より、黒茶抽出物はヒトiPS細胞に対しても外胚葉分化誘導促進効果を示すことが明らかとなった。
【0094】
(実施例6)黒茶抽出物による体性幹細胞の外胚葉系細胞への分化誘導
ヒトやマウスの体性幹細胞から神経細胞を分化誘導する系が確立されている(Stem Cells Dev. 2008 Oct;17(5):909-16.Neuronal differentiation potential of human adipose-derived mesenchymal stem cells. Anghileri E, Marconi S, Pignatelli A, Cifelli P, Galie M, Sbarbati A, Krampera M, Belluzzi O, Bonetti B.SourceDepartment of Neurological Sciences and Vision, University of Verona, Verona, Italy.)。この分化誘導系に黒茶抽出物を添加したところ、実施例3と同様に、神経細胞への分化が有意に促進されることが確認された。よって、黒茶抽出物はES細胞やiPS細胞を用いた場合と同様に、体性幹細胞に対しても外胚葉への分化を顕著に促進することが明らかとなった。