特許第6077424号(P6077424)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6077424水不溶性成形体の製造方法及び水不溶性成形体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6077424
(24)【登録日】2017年1月20日
(45)【発行日】2017年2月8日
(54)【発明の名称】水不溶性成形体の製造方法及び水不溶性成形体
(51)【国際特許分類】
   A61L 15/28 20060101AFI20170130BHJP
   A61L 31/04 20060101ALI20170130BHJP
   A23L 33/125 20160101ALI20170130BHJP
   A61K 8/73 20060101ALI20170130BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20170130BHJP
【FI】
   A61L15/28 100
   A61L31/04 120
   A23L33/125
   A61K8/73
   A61Q19/00
【請求項の数】9
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2013-187526(P2013-187526)
(22)【出願日】2013年9月10日
(65)【公開番号】特開2015-53977(P2015-53977A)
(43)【公開日】2015年3月23日
【審査請求日】2015年11月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002820
【氏名又は名称】大日精化工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100098213
【弁理士】
【氏名又は名称】樋口 武
(74)【代理人】
【識別番号】100175787
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 龍也
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(72)【発明者】
【氏名】礒野 康幸
(72)【発明者】
【氏名】野一色 泰晴
【審査官】 伊藤 基章
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許第03272640(US,A)
【文献】 国際公開第2013/018759(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 15/00
A61L 31/00
A23L 33/00
A61K 8/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアニオン性多糖類の水溶性塩を用いて形成した原料成形体を、有機酸及び有機酸無水物の少なくともいずれかの蒸気に接触させて、前記原料成形体を水不溶化させて水不溶性成形体を形成する工程を有する水不溶性成形体の製造方法。
【請求項2】
前記ポリアニオン性多糖類が、カルボキシアルキルセルロース、カルボキシメチルでんぷん、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸、ヘパリン、アルギン酸、ペクチン、及びカラギーナンからなる群より選択される少なくとも一種である請求項1に記載の水不溶性成形体の製造方法。
【請求項3】
前記有機酸が、酢酸及びプロピオン酸の少なくともいずれかであり、
前記有機酸無水物が、無水酢酸及び無水プロピオン酸の少なくともいずれかである請求項1又は2に記載の水不溶性成形体の製造方法。
【請求項4】
前記原料成形体の形状が、粉状、粒子状、膜状、塊状、繊維状、管状、又はスポンジ状である請求項1〜3のいずれか一項に記載の水不溶性成形体の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の製造方法によって製造された水不溶性成形体。
【請求項6】
粉状、粒子状、膜状、塊状、繊維状、管状、又はスポンジ状である請求項5に記載の水不溶性成形体。
【請求項7】
医療用材料、食品用材料、又は化粧品用材料である請求項5又は6に記載の水不溶性成形体。
【請求項8】
請求項5又は6に記載の水不溶性成形体に多価アルコール又は多価アルコール水溶液を保持させる工程を有する癒着防止材の製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載の製造方法によって製造された癒着防止材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水不溶性成形体及びその製造方法、並びに癒着防止材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒアルロン酸やアルギン酸等のポリアニオン性多糖類は、適度な粘性、粘着性、保湿性、及び生体適合性を示すことが知られている。このため、これらのポリアニオン性多糖類及びその塩は、医療用材料、食品用材料、及び化粧品用材料等の原材料として幅広く用いられている。
【0003】
なかでもヒアルロン酸は、分散性及び保水性に優れているとともに、安全性及び生体適合性が高いことから、食品、化粧品、及び医薬品等の様々な用途に利用されている。例えば医療分野では、ヒアルロン酸は関節潤滑剤や癒着防止材の原料などに利用されている。但し、原料となるヒアルロン酸ナトリウムは水溶性が高いため、上記の用途に使用する場合には何らかの不溶化処理を施す必要がある。
【0004】
これまで、カルボキシ基を利用した架橋反応によりヒアルロン酸ナトリウムを水不溶化させる方法について種々検討されている。例えば、特許文献1には、カルボジイミドを用いた架橋反応により、ヒアルロン酸やカルボキシメチルセルロース等のポリアニオン性多糖類の非水溶性誘導体を製造する方法が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、多価カチオンを用いてイオン結合させることにより、ヒアルロン酸やカルボキシアルキルセルロース等のポリアニオン性多糖類を水不溶化させる方法が記載されている。さらに、特許文献3及び4には、塩酸、硝酸、又は硫酸等の強酸を用いてカルボキシメチルセルロースを水難溶性化する方法が記載されている。
【0006】
そして、特許文献5には、カルボキシメチルセルロースと金属塩を接触させ、イオン交換することにより非水溶性のフィルムを製造する方法が記載されている。また、特許文献6には、ヒアルロン酸ナトリウム水溶液を酸性条件下で−20℃に冷却し、分子内架橋を形成させて水不溶化する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2003−518167号公報
【特許文献2】特開平5−124968号公報
【特許文献3】国際公開第01/034214号公報
【特許文献4】特開2004−051531号公報
【特許文献5】特開平6−128395号公報
【特許文献6】特開2003−252905号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では架橋剤を用いるため、医薬品等の人体に付与される用途等の安全性を考慮する場合には適用が困難な場合が多い。また、特許文献2及び5には、得られたフィルム等の水不溶性の程度については一切記載されていない。さらに、特許文献3及び4に記載の方法によって製造された水難溶性の材料は、その50%以上が10〜30時間で水に溶解するため、カルボキシメチルセルロースを水不溶化する方法としては必ずしも十分であるとは言えなかった。
【0009】
また、特許文献5には、得られたフィルム等の破断応力や破断伸度について記載されているが、水不溶性の程度については一切記載されていない。さらに、特許文献6に記載の方法では、ヒアルロン酸ナトリウム水溶液のpHを1.2程度に調整する必要があるとともに、粘度が著しく上昇するため、成形等の取扱いが困難である。また、冷却に要する電力コストの面においても課題があった。
【0010】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、原料であるポリアニオン性多糖類本来の特性が保持されているとともに、安全性が高く、医療用材料、食品用材料、及び化粧品用材料等として有用な水不溶性成形体を簡便に製造する方法を提供することにある。また、本発明の課題とするところは、上記の方法によって製造される水不溶性成形体、並びに癒着防止材及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、ポリアニオン性多糖類の水溶性塩を用いて形成した原料成形体を、有機酸及び有機酸無水物の少なくともいずれかの蒸気に接触させることによって、上記課題を達成することが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明によれば、以下に示す水不溶性成形体の製造方法が提供される。
[1]ポリアニオン性多糖類の水溶性塩を用いて形成した原料成形体を、有機酸及び有機酸無水物の少なくともいずれかの蒸気に接触させて、前記原料成形体を水不溶化させて水不溶性成形体を形成する工程を有する水不溶性成形体の製造方法。
[2]前記ポリアニオン性多糖類が、カルボキシアルキルセルロース、カルボキシメチルでんぷん、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸、ヘパリン、アルギン酸、ペクチン、及びカラギーナンからなる群より選択される少なくとも一種である前記[1]に記載の水不溶性成形体の製造方法。
[3]前記有機酸が、酢酸及びプロピオン酸の少なくともいずれかであり、前記有機酸無水物が、無水酢酸及び無水プロピオン酸の少なくともいずれかである前記[1]又は[2]に記載の水不溶性成形体の製造方法。
[4]前記原料成形体の形状が、粉状、粒子状、膜状、塊状、繊維状、管状、又はスポンジ状である前記[1]〜[3]のいずれかに記載の水不溶性成形体の製造方法。
【0013】
また、本発明によれば、以下に示す水不溶性成形体が提供される。
[5]前記[1]〜[4]のいずれかに記載の製造方法によって製造された水不溶性成形体。
[6]粉状、粒子状、膜状、塊状、繊維状、管状、又はスポンジ状である前記[5]に記載の水不溶性成形体。
[7]医療用材料、食品用材料、又は化粧品用材料である前記[5]又は[6]に記載の水不溶性成形体。
【0014】
さらに、本発明によれば、以下に示す癒着防止材の製造方法が提供される。
[8]前記[5]又は[6]に記載の水不溶性成形体に多価アルコール又は多価アルコール水溶液を保持させる工程を有する癒着防止材の製造方法。
【0015】
また、本発明によれば、以下に示す癒着防止材が提供される。
[9]前記[8]に記載の製造方法によって製造された癒着防止材。
【発明の効果】
【0016】
本発明の水不溶性成形体の製造方法によれば、原料であるポリアニオン性多糖類本来の特性が保持されているとともに、安全性が高く、医療用材料、食品用材料、及び化粧品用材料等として有用な水不溶性成形体を簡便に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。
【0018】
(水不溶性成形体及びその製造方法)
本発明の水不溶性成形体の製造方法は、ポリアニオン性多糖類の水溶性塩を用いて形成した原料成形体を、有機酸及び有機酸無水物の少なくともいずれかの蒸気に接触させて、原料成形体を水不溶化させて水不溶性成形体を形成する工程(水不溶化工程)を有する。以下、その詳細について説明する。
【0019】
水不溶化工程で用いる原料成形体は、ポリアニオン性多糖類の水溶性塩を用いて形成される。ポリアニオン性多糖類は、カルボキシ基やスルホン酸基等の負電荷を帯びた1以上のアニオン性基をその分子構造中に有する多糖類である。また、ポリアニオン性多糖類の水溶性塩は、ポリアニオン性多糖類中のアニオン性基の少なくとも一部が塩を形成したものである。なお、ポリアニオン性多糖類中のアニオン性基は、多糖類の分子中に導入されたものであってもよい。
【0020】
ポリアニオン性多糖類の具体例としては、カルボキシメチルセルロースやカルボキシエチルセルロース等のカルボキシアルキルセルロース、カルボキシメチルでんぷん、カルボキシメチルアミロース、コンドロイチン硫酸(コンドロイチン−4−硫酸及びコンドロイチン−6−硫酸を含む)、ヒアルロン酸、ヘパリン、ヘパリン硫酸、ヘパラン硫酸、アルギン酸、ペクチン、カラギーナン、デルマタン硫酸、及びデルマタン−6−硫酸等を挙げることができる。なかでも、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルでんぷん、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸、ヘパリン、アルギン酸、ペクチン、及びカラギーナンが好ましく、カルボキシメチルセルロース、ヒアルロン酸、及びアルギン酸がさらに好ましい。これらのポリアニオン性多糖類は、一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。
【0021】
ポリアニオン性多糖類の水溶性塩としては、無機塩、アンモニウム塩、及び有機アミン塩等を挙げることができる。無機塩の具体例としては、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属塩;カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩;亜鉛、鉄等の金属塩等を挙げることができる。
【0022】
ポリアニオン性多糖類の水溶性塩は、所望とする形状を有する原料成形体を成形することが可能である等の物性を有すればよく、その分子量については特に制限はない。具体的には、ポリアニオン性多糖類の水溶性塩(例えば、カルボキシメチルセルロースナトリウム及びヒアルロン酸ナトリウム)の分子量が、好ましくは5〜200万、さらに好ましくは20〜150万であると、より強度の高い原料成形体及び水不溶性成形体を製造することができる。
【0023】
原料成形体は、例えば、ポリアニオン性多糖類の水溶性塩を水に溶解させて得た水溶液を所望の形状に成形した後、乾燥等させることによって得ることができる。原料成形体の形状としては、例えば、粉状、粒子状、膜状、塊状、繊維状、管状、及びスポンジ状等を挙げることができる。これらの形状の原料成形体を水不溶化させることによって、粉状、粒子状、膜状、塊状、繊維状、管状、及びスポンジ状等の用途に応じた形状の水不溶性成形体を得ることができる。なお、必要に応じて、得られた水不溶性成形体をさらに成形して所望の形状に加工してもよい。
【0024】
原料成形体に接触させる蒸気には、有機酸及び有機酸無水物の少なくともいずれかが含まれる。有機酸の具体例としては、酢酸及びプロピオン酸等のカルボン酸を挙げることができる。また、有機酸無水物の具体例としては、無水酢酸及び無水プロピオン酸等のカルボン酸無水物を挙げることができる。これらの有機酸や有機酸無水物は、一種単独で又は二種以上を組み合わせて用いることができる。なお、有機酸無水物を蒸気源として用いた場合には、通常、有機酸無水物とともに、有機酸無水物の加水分解等によって生成した有機酸が蒸気に含まれる。有機酸や有機酸無水物はそのまま用いてもよいが、溶媒に溶解又は分散させて用いてもよい。また、適度な温度範囲で加熱して蒸気の発生(気化)を促すことも可能である。
【0025】
水不溶化工程においては、有機酸及び有機酸無水物の少なくともいずれかの蒸気(以下、単に「蒸気」とも記す)に原料成形体を接触させる。原料成形体を上記に接触させることによって原料成形体が水不溶化され、水不溶性成形体が形成される。蒸気に原料成形体を接触させる方法は特に限定されないが、原料成形体の全体に蒸気が適当な時間接触させることが好ましい。具体的には、密閉容器中で両者を接触させる方法が好ましい。また、用いる有機酸等の量についても特に限定はないが、水不溶化処理が完了するまで気液平衡状態を保持するのに十分な量の有機酸等を処理系に供給することが好ましい。
【0026】
処理の際の温度は、通常、0〜100℃とすればよい。但し、ポリアニオン性多糖類の分解変性を抑制する観点、及び蒸気発生量や蒸気の揮散等を適切に制御する観点からは、処理の際の温度は15〜40℃とすることが好ましい。水不溶化工程の後、必要に応じて水や水溶性有機溶媒等を用いて洗浄すること等によって、本発明の水不溶性成形体を得ることができる。
【0027】
ポリアニオン性多糖類のナトリウム塩を用いて形成した原料成形体を、酢酸の蒸気と接触させて水不溶化処理した場合に想定される反応機構(反応式)を以下に示す。但し、本発明は、想定される以下の反応機構によって何ら限定されるものではない。
【0028】
【0029】
反応式(1)中、R1はポリアニオン性多糖類の主鎖を示す。酢酸(蒸気)は、接触したポリアニオン性多糖類のナトリウムを奪う。このため、カルボキシ基がナトリウム塩型から酸型となり、水不溶性(水難溶性)のポリアニオン性多糖類が生成するとともに、酢酸ナトリウムが副生すると推測される。なお、水不溶化処理の反応機構については、上記反応式(1)により示される場合以外にも、例えば、雰囲気中又は原料成形体中の水分を介して進行している場合も想定される。
【0030】
なお、ポリアニオン性多糖類の分子中のすべてのアニオン性基が酸型となる必要はない。すなわち、得られる水不溶性成形体が十分な水不溶性を示す量のアニオン性基が酸型となっていればよい。
【0031】
例えば、ポリアニオン性多糖類の水溶性塩を用いて形成した原料成形体を塩酸等の無機酸や酢酸等の有機酸に浸漬した場合であっても、十分に水不溶化した成形体を得ることは極めて困難である。これは、無機酸や有機酸が原料成形体の内部にまで浸透しにくく、原料成形体の表層を構成するポリアニオン性多糖類のアニオン性基のみが酸型に変化するに留まるためであると考えられる。また、原料成形体を塩酸等の無機酸(強酸)の蒸気と接触させた場合であっても、十分に水不溶化した成形体を得ることは極めて困難である。これは、強酸の蒸気により原料成形体を形成するポリアニオン性多糖類が分解され、成形体の形状が保持できずに崩壊してしまうためであると考えられる。
【0032】
これに対して、本発明の水不溶性成形体の製造方法では、有機酸及び有機酸無水物の少なくともいずれかの蒸気を使用する。このため、原料成形体の内部にまで蒸気が浸透し、表層だけでなく、内部に位置するポリアニオン性多糖類のアニオン性基を酸型に変化させ、十分に水不溶化した成形体を得ることができると考えられる。
【0033】
上記の手順によって製造される本発明の水不溶性成形体は、十分な水不溶性を示すものである。また、本発明の水不溶性成形体の製造方法においては架橋剤を用いる必要がないため、得られる水不溶性成形体を構成する分子中に架橋剤に由来する官能基等の構造が取り込まれることがない。このため、上記の製造方法によって製造される本発明の水不溶性成形体は、原料であるポリアニオン性多糖類本来の特性が保持されているとともに、取扱いが容易であり、かつ、生体に対する安全性も高い。さらに、生体内での分解性も有することから、本発明の水不溶性成形体は、食品用材料や化粧品用材料の他、癒着防止材、創傷被覆材、薬剤徐放用基材、及び褥瘡予防材等の医療用材料として好適である。
【0034】
なお、本明細書における「水不溶性」とは、水に容易に溶解しない性質を意味する。より具体的には、室温(25℃)条件下で水又は生理食塩水に浸漬した場合に、好ましくは24時間経過後、さらに好ましくは72時間経過後、特に好ましくは2週間経過後であっても、当初の形状を維持していると目視的に認識できるものを「水不溶性である」という。
【0035】
(癒着防止材及びその製造方法)
次に、本発明の癒着防止材の製造方法について説明する。本発明の癒着防止材の製造方法は、前述の水不溶性成形体に多価アルコール又は多価アルコール水溶液を保持させる工程を有する。多価アルコールの具体例としては、エチレングルコール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、メチルグリセロール、ポリオキシエレングリコシド、マルチトール、マンニトール、キシリトール、ソルビトール、還元水飴、ジプロピレングリコール、ブチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン(グリセロール)、ポリグリセリン、グリセリン脂肪酸エステル等を挙げることができる。なかでも、グリセリン、キシリトール、ソルビトール、低分子ポリエチレングリコール等、医療分野や食品分野で使用されている多価アルコールが好適に用いられる。これらの好適に用いられる多価アルコールは、市場から入手してそのまま使用できる。グリセリン、ソルビトール等については、日本薬局方に適合したものを用いることが望ましい。グリセリンは、静脈への注射剤としても使用されるほど安全性の高い素材であるために特に好ましい。
【0036】
水不溶性成形体に多価アルコール又は多価アルコール水溶液を保持させる方法としては、例えば、水不溶性成形体を多価アルコール又は所定濃度の多価アルコール水溶液に浸漬する方法等がある。すなわち、所定形状の水不溶性成形体を多価アルコール水溶液に浸漬し、水不溶性成形体の内部を多価アルコール水溶液で置換することで、所望とする濃度の多価アルコール水溶液を保持させて、所望とする本発明の癒着防止材を得ることができる。
【実施例】
【0037】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0038】
(実施例1)
ヒアルロン酸ナトリウム(分子量(公称値):80万、キッコーマンバイオケミファ社製)1.0gと水99.0gを混合し、ビーカー中で撹拌して均一な水溶液を得た。得られた水溶液をステンレス製バットに流し入れ、30℃で乾燥してヒアルロン酸ナトリウム膜を得た。得られたヒアルロン酸ナトリウム膜と、蒸気源としての酢酸10mLを入れたシャーレをガラス製のデシケータ内に置き、室温(25℃)で5日間放置して水不溶化処理した。なお、放置してから1日後には部分的に水不溶化しており、水不溶性の断片が形成されていることが観察された。水不溶化処理した膜をメタノール、80%メタノール水溶液、及び水の順で洗浄して水不溶性膜を得た。得られた水不溶性膜を用いて以下に示す「溶解度試験」を実施したところ、膜の原形が72時間以上保持されていた。
【0039】
(評価1:溶解度試験)
2cm角に切断した水不溶性膜を直径3.5cm、深さ1.5cmの容器に入れ、PBS緩衝液(pH6.8)5mLを加えた。この容器を37℃に調整した振盪機に入れ、10〜20rpmで振盪した。水不溶性膜の継時的な状態変化を目視観察した。
【0040】
(比較例1)
前述の実施例1と同様の手順で製造したヒアルロン酸ナトリウム膜(水不溶化していないもの)を比較例1とした。このヒアルロン酸ナトリウム膜を用いて前述の「溶解度試験」を実施したところ、膜は速やかに溶解した。
【0041】
(比較例2)
蒸気源として塩酸を用いたこと及び放置(接触)時間を3日としたこと以外は、前述の実施例1と同様にして水不溶化処理しようとしたところ、膜はぼろぼろとなって取り出すことができなかった。
【0042】
(実施例2)
蒸気源として無水酢酸を用いたこと及び放置(接触)時間を13日としたこと以外は、前述の実施例1と同様にして水不溶性膜を得た。得られた水不溶性膜を用いて前述の「溶解度試験」を実施したところ、膜の原形が72時間以上保持されていた。
【0043】
(実施例3)
蒸気源として無水プロピオン酸を用いたこと及び放置(接触)時間を10日としたこと以外は、前述の実施例1と同様にして水不溶性膜を得た。得られた水不溶性膜を用いて前述の「溶解度試験」を実施したところ、膜の原形が72時間以上保持されていた。
【0044】
(実施例4)
ヒアルロン酸ナトリウムに代えてカルボキシメチルセルロースナトリウム(商品名「セロゲンPR−S」、第一工業製薬社製、2%粘度:25〜35mPa・s)を用いたこと、及び放置(接触)時間を1日としたこと以外は、前述の実施例1と同様にして水不溶性膜を得た。得られた水不溶性膜を用いて前述の「溶解度試験」を実施したところ、膜の原形が72時間以上保持されていた。
【0045】
(実施例5)
蒸気源として無水酢酸を用いたこと及び放置(接触)時間を10日としたこと以外は、前述の実施例4と同様にして水不溶性膜を得た。得られた水不溶性膜を用いて前述の「溶解度試験」を実施したところ、膜の原形が72時間以上保持されていた。
【0046】
(実施例6)
蒸気源としてプロピオン酸を用いたこと及び放置(接触)時間を10日としたこと以外は、前述の実施例4と同様にして水不溶性膜を得た。得られた水不溶性膜を用いて前述の「溶解度試験」を実施したところ、膜の原形が72時間以上保持されていた。
【0047】
(実施例7)
ヒアルロン酸ナトリウムに代えてアルギン酸ナトリウム(和光純薬社製、1%粘度:500〜600mPa・s)を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして水不溶性膜を得た。得られた水不溶性膜を用いて前述の「溶解度試験」を実施したところ、膜の原形が72時間以上保持されていた。
【0048】
(実施例8)
ヒアルロン酸ナトリウム(分子量(公称値):80万、キッコーマンバイオケミファ社製)1.0gと水99.0gを混合し、ビーカー中で撹拌して均一な水溶液を得た。得られた水溶液をステンレス製バットに流し入れ、−30℃で凍結させた後、棚加熱温度120℃で凍結乾燥することにより、ヒアルロン酸ナトリウムからなるスポンジ状の成形体を得た。得られたスポンジ状の成形体と、蒸気源としての酢酸10mLを入れたシャーレをガラス製のデシケータ内に置き、室温(25℃)で5日間放置して水不溶化処理した。水不溶化処理した成形体をメタノール、80%メタノール水溶液、及び水の順で洗浄して水不溶性のスポンジ状成形体を得た。得られた水不溶性のスポンジ状成形体について、前述の「溶解度試験」を実施したところ、スポンジ状の原形が72時間以上保持されていた。
【0049】
(実施例9)
ヒアルロン酸ナトリウム(分子量(公称値):80万、キッコーマンバイオケミファ社製)10gを水90gに溶解させて、均一で粘稠なヒアルロン酸ナトリウム水溶液を得た。得られたヒアルロン酸ナトリウム水溶液を18ゲージ針を装着したシリンジに入れて押し出すことにより、繊維状の成形体を得た。得られた繊維状の成形体は粘度が高いため、繊維状に保持されていた。得られた繊維状の成形体と、蒸気源としての酢酸10mLを入れたシャーレをガラス製のデシケータ内に置き、室温(25℃)で5日間放置して水不溶化処理した。水不溶化処理した成形体をメタノール、80%メタノール水溶液、及び水の順で洗浄して水不溶性の繊維状成形体を得た。得られた水不溶性の繊維状成形体について、前述の「溶解度試験」を実施したところ、繊維状の原形が72時間以上保持されていた。
【0050】
(実施例10)
実施例8で製造した水不溶性のスポンジ状成形体を繭型に切り出した後、市販の化粧水を含浸させた。繭型のスポンジ状成形体は、化粧水に溶解することはなかった。また、肌への貼り付き性が高いため、目元貼付用の化粧材として使用することができた。
【0051】
(実施例11)
12cm×9cmのサイズに切り出した実施例1で製造した水不溶性膜を、10%グリセリン水溶液に浸漬した後、風乾して滅菌用袋に封入した。25kGyの放射線を照射して滅菌用袋ごと滅菌して癒着防止膜を得た。成犬(ビーグル犬、雌、1.5歳、体重約10kg)を全身麻酔処置後に開腹し、腹側壁表皮を3cm角に剥離した。剥離部分を覆うように癒着防止膜を配置して閉腹した。2週間後、同犬を全身麻酔処置後に開腹したところ、癒着は発生していなかった。また、犬の体内に配置(埋植)した癒着防止膜は、埋植後2週間で消失していた。これは、生体内のナトリウムイオン等によって癒着防止膜を構成するヒアルロン酸のカルボキシ基が徐々に中和され、可溶性のヒアルロン酸塩と変化して溶解し、生体内に吸収されたものと推測される。これに対して、癒着防止膜を配置することなく閉腹した犬については、剥離部分と腸に癒着が生じていることが観察された。
【0052】
(評価2:溶解性)
実施例1で製造した水不溶性膜1gを10%炭酸ナトリウム水溶液に浸漬したところ、30分後に溶解した。一方、実施例1で製造した水不溶性膜1gを水に浸漬したところ、30分経過しても溶解せず、原形を留めていた。以上より、本実施形態の水不溶性膜は、ナトリウム塩(ナトリウムイオン)存在下においてヒアルロン酸のカルボキシ基が中和され、可溶性のヒアルロン酸塩と変化して徐々に溶解することが確認された。
【0053】
(評価3:分解性)
実施例1で製造した水不溶性膜1gを5000ユニット/mLのヒアルロニダーゼ水溶液に浸漬し、37℃に調整した振盪機に入れて10〜20rpmで振盪した。一方、実施例1で製造した水不溶性膜1gをPBS緩衝液(pH6.8)に浸漬し、37℃に調整した振盪機に入れて10〜20rpmで振盪する対照試験も行った。5日後、PBS緩衝液に浸漬した水不溶性膜は原形を留めていたが、ヒアルロニダーゼ水溶液に浸漬した水不溶性膜は完全に溶解していた。本実施形態の水不溶性膜はヒアルロン酸骨格を保持しているため、ヒアルロニダーゼによって分解されたといえる。以上より、本実施形態の水不溶性膜は、生体内に配置された場合においても、水溶性ヒアルロン酸と同様の代謝経路によって代謝されると推測される。
【0054】
(評価4:長期溶解度試験)
実施例1で製造した水不溶性膜を2cm角に切断し、直径3.5cm、深さ1.5cmの容器に入れ、PBS緩衝液(pH6.8)5mLを加えた。この容器を37℃に調整した振盪機に入れ、10〜20rpmで振盪した。その結果、3ヶ月以上経過しても膜の原形が保持されていることが判明した。
【0055】
以上より、本発明の水不溶性成形体は、PBS緩衝液中では長期にわたって水不溶性が維持されることが分かる。一方、本発明の水不溶性成形体は、生体内のpH、塩濃度、或いは分解酵素等の影響により溶解することが分かる。このため、本発明の水不溶性成形体は、生体内分解性或いは生体内吸収性の医療用材料として好適である。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明の水不溶性成形体は、医療用材料、食品用材料、及び化粧品用材料等として有用である。