特許第6077433号(P6077433)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 大日精化工業株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6077433
(24)【登録日】2017年1月20日
(45)【発行日】2017年2月8日
(54)【発明の名称】複合酸化物黒色顔料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09C 1/40 20060101AFI20170130BHJP
   C09C 3/00 20060101ALI20170130BHJP
   C01G 45/00 20060101ALI20170130BHJP
【FI】
   C09C1/40
   C09C3/00
   C01G45/00
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-237870(P2013-237870)
(22)【出願日】2013年11月18日
(65)【公開番号】特開2015-98509(P2015-98509A)
(43)【公開日】2015年5月28日
【審査請求日】2015年11月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002820
【氏名又は名称】大日精化工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100098213
【弁理士】
【氏名又は名称】樋口 武
(74)【代理人】
【識別番号】100175787
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 龍也
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(72)【発明者】
【氏名】川上 徹
(72)【発明者】
【氏名】西尾 章
(72)【発明者】
【氏名】山根 健一
【審査官】 仁科 努
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−155890(JP,A)
【文献】 特開2010−156235(JP,A)
【文献】 特開2010−083752(JP,A)
【文献】 特開2007−230848(JP,A)
【文献】 特開平03−008728(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2010/0168308(US,A1)
【文献】 特開2010−235114(JP,A)
【文献】 特開2013−166954(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09C 1/40
C01G 45/00
C09C 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅、マンガン、及びアルミニウムを含む主成分金属の複合酸化物であり、
銅、マンガン、及びアルミニウムの合計に対する各金属の含有割合が、銅 32〜45モル%、マンガン 25〜70モル%、及びアルミニウム 2〜40モル%であり、
クロム、コバルト、及びニッケルを含有しない複合酸化物黒色顔料。
【請求項2】
スピネル構造を有する異相のない単一化合物である請求項1に記載の複合酸化物黒色顔料。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の複合酸化物黒色顔料の製造方法であって、
銅、マンガン、及びアルミニウムを含む金属塩の混合塩水溶液及びアルカリ水溶液を混合して共沈物である顔料前駆体を析出させる工程と、
析出した前記顔料前駆体を水洗及び乾燥後、500〜1000℃で焼成する工程と、
を有する複合酸化物黒色顔料の製造方法。
【請求項4】
前記顔料前駆体を析出させる工程において、
酸化剤の存在下で前記混合塩水溶液及び前記アルカリ水溶液を混合する請求項に記載の複合酸化物黒色顔料の製造方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の複合酸化物黒色顔料を含有する着色用製剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、国内外において環境上の制約を受けやすい元素であるクロム、コバルト、及びニッケルを実質的に含まず、従来のクロム系の高耐久性黒色顔料に匹敵する耐久性を有する複合酸化物黒色顔料、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高耐久性黒色顔料としては、経済面、耐久性、耐フリット性、及び黒色度等の点で優位なCu−Cr−Mn系黒色顔料等の複合酸化物顔料が使用されている。複合酸化物顔料は耐候性等に特に優れた顔料であるため、耐久性を要求される分野において塗料、建材、及び樹脂等の着色剤として幅広く使用されている。
【0003】
複合酸化物顔料は異種金属の酸化物を複合化したものであるため、例えば、酸化チタンや酸化亜鉛のような単一金属の酸化物に比べて安定化しており、耐久性が向上していると考えられる。なお、複合酸化物顔料をより安定化させるためにクロムを固溶させることがある。クロムを固溶させた場合、他の金属元素を固溶させた場合に比べて、より耐久性が向上する傾向にある。関連する従来技術として、例えば、Fe23を必須成分とし、Cr23、Mn23又はNiOを含む焼成顔料からなる黒色顔料が知られている(特許文献1)。
【0004】
しかしながら、Cu−Cr−Mn系黒色顔料や特許文献1等に記載の黒色顔料は、構成成分中にクロム(Cr)を含むため、法律上の制約を受けることが多い。さらに、近年の環境問題に対する関心の高まりとともに、クロムを含有する顔料については使用制限を受けやすくなっている。六価クロムの毒性や発がん性に注目が集まり、健康面に配慮してクロム含有製品が使用されなくなる傾向にあるためである。
【0005】
これに対して、クロムを含有しないノンクロム系の複合酸化物顔料が提案されている。例えば、Ni−Fe系の複合酸化物顔料(特許文献2)、及びFe−Co−Al系の複合酸化物顔料(特許文献3)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−311049号公報
【特許文献2】特開2007−112694号公報
【特許文献3】特許第5170360号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2に記載のNi−Fe系の複合酸化物顔料は、構成元素としてニッケルを含有するものであり、耐酸性を有する。しかしながら、実際の色相が茶色に近いため、黒色が要求される用途には適用することが困難である。また、特許文献3に記載のFe−Co−Al系の複合酸化物顔料、ノンクロム系の複合酸化物顔料ではあるが、構成元素としてコバルトを含有する点に問題があるとともに、従来のクロム系の複合酸化物顔料と比較するとコスト面において不利である。
【0008】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、黒色度が高く、耐酸性、耐熱性、及び耐候性等の耐久性に優れているとともに、着色力が良好であり、かつ、安価であるとともに、環境面についても十分に配慮がなされた複合酸化物黒色顔料及びその製造方法を提供することにある。また、本発明の課題とするところは、この複合酸化物黒色顔料を含有する着色用製剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明によれば、以下に示す複合酸化物黒色顔料が提供される。
[1]銅、マンガン、及びアルミニウムを含む主成分金属の複合酸化物であり、銅、マンガン、及びアルミニウムの合計に対する各金属の含有割合が、銅 32〜45モル%、マンガン 25〜70モル%、及びアルミニウム 2〜40モル%であり、クロム、コバルト、及びニッケルを含有しない複合酸化物黒色顔料。
[2]スピネル構造を有する異相のない単一化合物である前記[1]に記載の複合酸化物黒色顔料。
【0010】
また、本発明によれば、以下に示す複合酸化物黒色顔料の製造方法が提供される。
]前記[1]又は[2]に記載の複合酸化物黒色顔料の製造方法であって、銅、マンガン、及びアルミニウムを含む金属塩の混合塩水溶液及びアルカリ水溶液を混合して共沈物である顔料前駆体を析出させる工程と、析出した前記顔料前駆体を水洗及び乾燥後、500〜1000℃で焼成する工程と、を有する複合酸化物黒色顔料の製造方法。
]前記顔料前駆体を析出させる工程において、酸化剤の存在下で前記混合塩水溶液及び前記アルカリ水溶液を混合する前記[]に記載の複合酸化物黒色顔料の製造方法。
【0011】
また、本発明によれば、以下に示す着色用製剤が提供される。
]前記[1]又は[2]に記載の複合酸化物黒色顔料を含有する着色用製剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、黒色度が高く、耐酸性、耐熱性、及び耐候性等の耐久性に優れているとともに、着色力が良好であり、かつ、安価であるとともに、環境面についても十分に配慮がなされた複合酸化物黒色顔料、及びその製造方法が提供される。また、本発明によれば、上記の複合酸化物黒色顔料を含有する着色用製剤が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<複合酸化物黒色顔料>
本発明の複合酸化物黒色顔料(以下、単に「黒色顔料」とも記す)は、銅、マンガン、及びアルミニウムを含む主成分金属の複合酸化物である。そして、金属元素の合計に対する各金属の含有割合が、銅 25〜45モル%、マンガン 25〜70モル%、及びアルミニウム 2〜40モル%であり、クロム、コバルト、及びニッケルを実質的に含有しないものである。本発明の複合酸化物黒色顔料を構成する金属元素には、銅、マンガン、及びアルミニウムが含まれているが、クロム、コバルト、及びニッケルが実質的に含まれていない。以下、好ましい実施の形態を例に挙げ、本発明の複合酸化物黒色顔料の詳細について説明する。
【0014】
環境問題への対策は、国内だけに留まらず、グローバル化する傾向にある。このような状況下、日本、米国、及び欧州における業界団体が作成したジョイント・インダストリー・ガイドライン(Joint Industry Guide for Material Composition Declaration for Electronic Products : JIG)には、使用制限を受ける化合物リストが掲載されている。この化学物質リストの「レベルA」にはカドミウム及び六価クロム等が含まれており、「レベルB」にはニッケル等が含まれている。また、労働安全衛生法が改正され(平成25年1月1日施行)、特化則第二類物質にコバルトが追加された。
【0015】
本発明の複合酸化物黒色顔料は、上述のジョイント・インダストリー・ガイドライン及び労働安全衛生法において使用制限等を受けるクロム、コバルト、及びニッケルを含有せず、環境への配慮が十分になされている。また、これらの金属元素を含有しなくとも、主成分金属である銅、マンガン、及びアルミニウムの含有割合をそれぞれ適切な範囲に設定したことで、黒色度が高く、着色力が良好であるとともに、クロムを含有する従来のクロム系高耐久黒色顔料と同等以上の優れた耐久性(耐酸性、耐熱性、及び耐候性)を有する。
【0016】
また、本発明の複合酸化物黒色顔料は、金属元素の合計に対する銅(Cu)の含有割合が25〜45モル%であり、好ましくは32〜35モル%である。金属元素の合計に対する銅の含有割合が25モル%未満であると、結晶性が低下する。一方、銅の含有割合が45モル%を超えると、過剰になった銅が固溶しにくくなる。
【0017】
さらに、本発明の複合酸化物黒色顔料は、金属元素の合計に対するマンガン(Mn)の含有割合が25〜70モル%であり、好ましくは40〜55モル%である。金属元素の合計に対するマンガンの含有割合を上記の数値範囲とすることで、十分な黒色度を得ることができる。ただし、マンガンの含有割合が25モル%未満であると、黒色度が不十分になる。一方、マンガンの含有割合が70モル%を超えると、黒色度は向上するが耐酸性が低下する。
【0018】
また、本発明の複合酸化物黒色顔料は、金属元素の合計に対するアルミニウム(Al)の含有割合が2〜40モル%であり、好ましくは10〜25モル%である。金属元素の合計に対するアルミニウムの含有割合が2モル%未満であると、耐酸性等の耐久性が低下する。一方、アルミニウムの含有割合が40モル%を超えると、着色力が低下してしまい、固く締まった顔料となる。
【0019】
このように、主成分金属の含有割合をそれぞれ上記の範囲とした本発明の複合酸化物黒色顔料は、銅(Cu)−クロム(Cr)−マンガン(Mn)系黒色顔料等の従来のクロム系高耐久黒色顔料と比較しても、何ら遜色のない耐酸性、耐熱性、及び耐候性等の耐久性を有している。さらに、本発明の複合酸化物黒色顔料の黒色度と着色力は、従来のクロム系高耐久黒色顔料よりも優れている。
【0020】
色調を表す方法として、国際照明委員会(CIE)が策定した、目で見える色を色空間として表現するCIE L***表色系(色空間)がある。このCIE L***表色系においては色を3つの座標で表現し、明度が「L*」、赤(マゼンタ)〜緑が「a*」(正がマゼンタ、負が緑味)、黄〜青を「b*」(正が黄味、負が青味)にそれぞれ対応する。そして、黒(ブラック)の色調は、a*値とb*値がいずれも0に近いほど好ましい。
【0021】
本発明の複合酸化物黒色顔料を用いれば、例えば、明度L*値が13以下、好ましくは6以下、さらに好ましくは3以下の着色部分を少なくとも有する物品を製造することができる。明度L*値は、黒色度の傾向を示す一指標である。明度L*値が13超であると、黒色度が不十分となる傾向にある。
【0022】
また、本発明の複合酸化物黒色顔料を用いれば、例えば、a*値が1〜3であるとともに、b*値が−5〜0である着色部分を少なくとも有する物品を製造することができる。b*値にかかわらずa*値が1未満であると、赤味が強くなる傾向にある。一方、b*値にかかわらずa*値が3超であると、緑味が強くなる傾向にある。いずれにしても目的とする黒色を得ることが困難になる場合がある。また、a*値にかかわらずb*値が−5未満であると、青味が強くなる傾向にある。一方、a*値にかかわらずb*値が0超であると、黄味が強くなる傾向にある。いずれにしても目的とする黒色を得ることが困難になる場合がある。
【0023】
また、明度L*値と同様に黒色度の指標となる、下記式(1)より算出される無彩色度C*は、0〜5であることが好ましく、0〜4であることがさらに好ましい。
無彩色度C*が5超であると、黒色度が不十分となる傾向にある。
無彩色度C*=(a*2+b*21/2 ・・・(1)
【0024】
<複合酸化物黒色顔料の製造方法>
次に、本発明の複合酸化物黒色顔料の製造方法について説明する。本発明の複合酸化物黒色顔料の製造方法は、銅、マンガン、及びアルミニウムを含む金属塩の混合塩水溶液及びアルカリ水溶液を混合して共沈物である顔料前駆体を析出させる工程(1)と、析出した顔料前駆体を水洗及び乾燥後、500〜1000℃で焼成する工程(2)とを有する、いわゆる湿式合成法である。
【0025】
工程(1)では、主成分金属を含む金属塩を用いて混合塩水溶液を調製する。金属塩としては、例えば、各金属の硫酸塩、硝酸塩、塩化物、又は酢酸塩等、従来の複合酸化物顔料の製造に用いられる塩類を挙げることができる。より具体的な金属塩の例としては、塩化アルミニウム6水塩、及び硫酸マンガン1水塩等を挙げることができる。また、上記以外の金属塩を用いることもできる。また、工程(1)ではアルカリ剤を用いる。アルカリ剤としては、例えば、ソーダ灰(無水炭酸ナトリウム)や苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)等を用いることができる。また、上記以外のアルカリ剤を用いることもできる。なお、アルカリ剤は、その所定量を水に溶解させて得られるアルカリ水溶液の状態で用いることができる。予め用意した所定の沈殿槽中に混合塩水溶液とアルカリ水溶液を同時滴下して、金属塩の炭酸塩及び/又は水酸化物を共沈物である顔料前駆体として析出(沈殿)させればよい。
【0026】
混合塩水溶液中の金属塩の濃度は、約5〜50質量%とすることが適当である。混合塩水溶液は、例えば、沈殿剤として用いられるアルカリ水溶液とともに、予め用意した沈殿槽中に滴下すればよい。金属塩換算の反応濃度は、沈殿物(共沈物)に対して特に悪い影響を及ぼす程度ではなければよい。作業性及びその後の工程を考慮すると、金属塩換算の反応濃度は0.05〜0.2モル/Lとすることが好ましい。金属塩換算の反応濃度が0.05モル/L未満であると、得られる乾燥物が非常に硬くなるとともに、収量も少なくなる傾向にある。一方、金属塩換算の反応濃度が0.2モル/L超であると、合成物が不均一になる場合がある。
【0027】
共沈物である顔料前駆体を析出させる際の溶液(反応液)のpHは10〜13であることが好ましい。反応液のpHを上記の範囲とすることで、各成分がより均一に混合した顔料前駆体が形成される。反応液のpHが上記の範囲外であると、得られる顔料前駆体の均一性が低下する場合があり、安定したスピネル組成の化合物を得ることが困難になる傾向にある。また、焼成時の熱処理温度が高くなる等の障害が発生しやすくなり、粗大粒子などの、不揃いの粒子が生成する場合がある。
【0028】
共沈物である顔料前駆体を析出させる際の反応液の温度(合成温度)は、20〜30℃とすることが好ましい。合成温度が低すぎると、生成粒子が小さくなり、焼き上がりが硬くなる場合がある。一方、合成温度が高すぎると、生成粒子は大きくなる傾向にあり、着色濃度の低下につながる。次いで、得られた顔料前駆体スラリーは、50℃以上、好ましくは60℃以上に加熱し熟成を行う。この際にマンガンの酸化が促進され、安定したスピネル組成を得やすくなる。
【0029】
また、顔料前駆体を析出させる工程(1)においては、酸化剤の存在下で混合塩水溶液及びアルカリ水溶液を混合することが好ましい。酸化剤の存在下で混合塩水溶液とアルカリ水溶液を混合すると、酸化が促進され、得られる顔料前駆体の性状が変化しうる。具体的には、より微細な粒子状の顔料前駆体が生成されるため、黒色度及び着色力がより向上した複合酸化物黒色顔料を得ることができる。なお、酸化剤の具体例としては、次亜塩素酸ソーダ、過酸化水素、過マンガン酸カリウムなどの公知の酸化剤を挙げることができる。
【0030】
この酸化剤の使用は、湿式合成法である本発明の複合酸化物黒色顔料の製造方法において有用である。所定の金属酸化物や金属炭酸塩等の混合物を焼成する、いわゆる乾式合成法においては、酸化剤を混合しても均一性が保証されるわけではない。このため、酸化剤を用いて安定性の高いスピネル結晶を形成するには、湿式合成法がより適している。ただし、乾式合成法であっても湿式合成法と同様に、耐酸性、耐熱性、及び耐候性等の耐久性に優れているとともに、着色力が良好な複合酸化物黒色顔料を安価に製造することが可能である。このため、湿式合成法と乾式合成法のいずれの方法であっても本発明の複合酸化物黒色顔料を製造することができる。
【0031】
工程(2)では、析出した顔料前駆体を水洗及び乾燥する。水洗することで、合成中に副生した水溶性のアルカリ金属塩を除去することができる。なお、ろ液の電気伝導率が500μs/cm以下となるまで水洗することが好ましく、300μs/cm以下となるまで水洗することがさらに好ましい。ろ液の電気伝導率が上記の範囲以下となるまで水洗すると、後の焼成工程に悪影響が出にくくなる。一方、水洗が不足すると粗大粒子が生成してしまう場合がある。
【0032】
工程(2)では、水洗及び乾燥した顔料前駆体を500〜1000℃で焼成する。焼成することで顔料前駆体を結晶化させることができる。焼成温度が上記の温度範囲よりも低いと、発色しにくくなる。一方、焼成温度が上記の温度範囲よりも高いと、焼結してしまう。焼成後は、焼成により副生したアルカリ金属塩を除去するために水洗することが好ましい。なお、ろ液の電気伝導率が300μs/cm以下となるまで水洗することが好ましい。その後、約120℃で約12時間程度乾燥することが好ましい。これにより、本発明の複合酸化物黒色顔料を得ることができる。このようにして得られる複合酸化物黒色顔料を、例えば粉末X線回折により分析すれば、スピネル構造を有する異相のない単一化合物であることを確認することができる。
【0033】
<着色用製剤>
次に、本発明の着色用製剤について説明する。本発明の着色用製剤は、前述の複合酸化物黒色顔料を含有するものである。着色用製剤の具体例としては、塗料等の塗工液を着色するために用いる、複合酸化物黒色顔料を高濃度に含有する顔料分散液等の塗工液着色用製剤;樹脂成形品等を構成する樹脂材料を着色するために用いる、複合酸化物黒色顔料を高濃度に含有するマスターバッチ等の樹脂着色用製剤を挙げることができる。
【0034】
塗工液着色用製剤として用いられる顔料分散液は、通常、前述の複合酸化物黒色顔料と、この複合酸化物黒色顔料を分散させる分散媒と、各種の樹脂とを含有する。分散媒としては、従来公知の有機溶媒等を用いることができる。顔料分散液中の複合酸化物黒色顔料の含有割合は、樹脂100質量部に対して、通常、0.1〜40質量部、好ましくは0.5〜20質量部である。
【0035】
樹脂着色用製剤として用いられるマスターバッチは、通常、前述の複合酸化物黒色顔料と、この複合酸化物黒色顔料を分散させるコンパウンド用樹脂とを含有する。コンパウンド用樹脂としては、ポリアミド樹脂やポリオレフィン樹脂等の従来公知の樹脂等を用いることができる。マスターバッチ中の複合酸化物黒色顔料の含有割合は、コンパウンド用樹脂100質量部に対して、通常、0.05〜100質量部、好ましくは0.4〜40質量部である。
【0036】
顔料分散液及びマスターバッチ等の着色用製剤には、必要に応じて、各種の添加剤や分散助剤等をさらに含有させてもよい。添加剤としては、例えば、酸化防止剤、紫外線防止剤、帯電防止剤、抗菌剤、安定剤、架橋剤、可塑剤、潤滑剤、離型剤、難燃剤、無機充填剤等を挙げることができる。分散助剤としては、例えば、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸カルシウム、パルミチン酸マグネシウム、オレイン酸カルシウム、オレイン酸コバルト等の金属石けん類;一般重合型、分解型、変成型等のポリエチレンワックス等を挙げることができる。
【0037】
また、着色用製剤には、必要に応じて、本発明の複合酸化物黒色顔料以外の各種有機顔料や無機顔料をさらに含有させてもよい。有機顔料としては、例えば、フタロシアニン系顔料、アゾ系顔料、アゾメチン系顔料、イソインドリノン系顔料、キナクリドン系顔料、アンスラキノン系顔料、ジオキサジン系顔料、ペリノン・ペリレン系顔料等を挙げることができる。また、無機顔料としては、黒色以外の複合酸化物系顔料、カーボンブラック、群青、ベンガラ等の他、酸化チタン系白色顔料、酸化チタン系黄色顔料、酸化チタン系黒色顔料等の酸化チタン系顔料等を挙げることができる。
【0038】
樹脂着色用製剤として用いられるマスターバッチは、例えば、コンパウンド用樹脂に複合酸化物黒色顔料を配合するとともに、必要に応じて、その他の顔料、各種の添加剤、及び分散助剤等をさらに配合して得たマスターバッチ用混合物をヘンシェルミキサー等の混合機を使用して混合することによって製造することができる。また、上記のようにして得られたマスターバッチをニーダーや加熱二本ロールミルを使用してさらに混練した後、冷却後粉砕機を使用して粉砕して粗粉状のマスターバッチとしてもよい。さらに、上記のようにして得られたマスターバッチを押出成形機を使用して押出成形し、ビーズ状又は柱形状に成形してもよい。
【実施例】
【0039】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、下記の実施例によって何ら限定されるものではない。なお、以下の文中、「部」及び「%」は特に断らない限り質量基準である。
【0040】
<複合酸化物黒色顔料>
[実施例1]
硫酸銅5水塩195部、硫酸マンガン1水塩131.9部、及び塩化アルミニウム6水塩188.5部を水1000部に溶解させて混合塩水溶液を調製した。また、苛性ソーダ250部を水1300部に溶解させてアルカリ水溶液を調製した。得られた混合塩水溶液とアルカリ水溶液を水1300部中に同時に滴下して顔料前駆体を析出させた。なお、析出pHは12に制御するとともに、温度が30℃以上とならないように注意し、必要に応じて冷却材を使用した。顔料前駆体の析出が完了した後、70℃に加熱して1時間熟成して顔料前駆体スラリーを得た。得られた顔料前駆体スラリーをデカンテーションして、ろ液の電気伝導度が300μS/cm以下になるまで沈殿物を水洗した後、120℃で約12時間乾燥して顔料前駆体を得た。得られた顔料前駆体を700℃で1時間熱処理(焼成)した後、デカンテーションして、ろ液の電気伝導度が300μS/cm以下になるまで水洗した。次いで、120℃で10時間乾燥して黒色の顔料約160部を得た。得られた顔料を粉末X線回折により分析したところ、スピネル構造を有する異相のない単一化合物であることが分かった。なお、得られた顔料はやや硬めであったが、分散性には問題がなかった。また、耐酸性等の耐久性は良好であるとともに、黒色度及び着色力については後述する参考例2の顔料よりも優れていた。
【0041】
[実施例2]
硫酸銅5水塩195部、硫酸マンガン1水塩250.7部、及び塩化アルミニウム6水塩18.8部を水1000部に溶解させて混合塩水溶液を調製した。また、苛性ソーダ228部を水1300部に溶解させてアルカリ水溶液を調製した。このようにして得られた混合塩水溶液とアルカリ水溶液を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして黒色の顔料180部を得た。得られた顔料を粉末X線回折により分析したところ、スピネル構造を有する異相のない単一化合物であることが分かった。なお、得られた顔料は、耐酸性等の耐久性が良好であるとともに、黒色度及び着色力については後述する参考例2の顔料よりも優れていた。また、黒色度及び着色力については、後述する参考例1の顔料と同等であった。
【0042】
[実施例3]
硫酸銅5水塩195部、硫酸マンガン1水塩210部、及び塩化アルミニウム6水塩68.2部を水1000部に溶解させて混合塩水溶液を調製した。また、苛性ソーダ230部を水1300部に溶解させてアルカリ水溶液を調製した。このようにして得られた混合塩水溶液とアルカリ水溶液を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして黒色の顔料175部を得た。得られた顔料を粉末X線回折により分析したところ、スピネル構造を有する異相のない単一化合物であることが分かった。なお、得られた顔料は、耐酸性等の耐久性が良好であるとともに、黒色度及び着色力については後述する参考例2の顔料よりも優れていた。また、黒色度及び着色力については、後述する参考例1の顔料と同等であった。
【0043】
[実施例4]
顔料前駆体を析出させる際に、30%過酸化水素水100部をさらに添加したこと以外は、前述の実施例3と同様にして黒色の顔料173部を得た。得られた顔料を粉末X線回折により分析したところ、スピネル構造を有する異相のない単一化合物であることが分かった。なお、得られた顔料は、耐酸性等の耐久性が良好であるとともに、黒色度及び着色力については後述する参考例2の顔料よりも優れていた。また、黒色度及び着色力については、後述する参考例1の顔料と同等であった。
【0044】
[実施例5]
塩基性炭酸銅1水塩62.7部、二酸化マンガン83.8部、及び酸化アルミニウム26.1部を、乾式アトライターを使用して十分に粉砕及び混合した後、1000℃で4時間焼成して黒色の顔料98部を得た。得られた顔料を粉末X線回折により分析したところ、スピネル構造を有するものではあったが、一部に異相が存在していることが分かった。なお、得られた顔料はやや黒味が薄かった。そして、やや硬く、粉砕するのに若干の時間を要した。また、他の実施例の顔料と比べて黒色度及び着色力が若干低かった。
【0045】
[比較例1]
硫酸銅5水塩149.7部、硫酸マンガン1水塩380.0部、及び塩化アルミニウム6水塩36.2部を水1000部に溶解させて混合塩水溶液を調製した。また、苛性ソーダ336部を水1300部に溶解させてアルカリ水溶液を調製した。このようにして得られた混合塩水溶液とアルカリ水溶液を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして黒色の顔料230部を得た。得られた顔料を粉末X線回折により分析したところ、スピネル構造を有するものではあったが、一部に異相が存在していることが分かった。なお、得られた顔料の黒色度及び着色力については、後述する参考例2の顔料よりも優れており、参考例1の顔料と同等であった。しかし、耐酸性等の耐久性については参考例1の顔料よりも劣っていた。
【0046】
[比較例2]
硫酸銅5水塩374.2部、硫酸マンガン1水塩101.0部、及び塩化アルミニウム6水塩217.3部を水1000部に溶解させて混合塩水溶液を調製した。また、苛性ソーダ300部を水1300部に溶解させてアルカリ水溶液を調製した。このようにして得られた混合塩水溶液とアルカリ水溶液を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして黒色の顔料211部を得た。得られた顔料を粉末X線回折により分析したところ、スピネル構造を有するものではあったが、一部に異相が存在していることが分かった。なお、得られた顔料の黒色度及び着色力については、後述する参考例2の顔料よりも優れており、参考例1の顔料と同等であった。しかし、耐酸性等の耐久性については参考例1の顔料よりも劣っていた。
【0047】
[比較例3]
硫酸銅5水塩149.7部、硫酸マンガン1水塩101.3部、及び塩化アルミニウム6水塩434.7部を水1000部に溶解させて混合塩水溶液を調製した。また、苛性ソーダ336部を水1300部に溶解させてアルカリ水溶液を調製した。このようにして得られた混合塩水溶液とアルカリ水溶液を用いたこと以外は、前述の実施例1と同様にして黒色の顔料182部を得た。得られた顔料を粉末X線回折により分析したところ、スピネル構造を有するものではあったが、一部に異相が存在していることが分かった。なお、得られた顔料の黒色度及び着色力については、後述する参考例2の顔料よりも優れていたが、参考例1の顔料よりも劣っていた。そして、耐酸性等の耐久性については、参考例2の顔料と同等であった。
【0048】
[参考例1及び2]
市販のCu−Fe−Mn系黒色顔料を参考例1とした。このCu−Fe−Mn系黒色顔料はノンCr系の顔料であるが、耐久性にやや劣るものである。また、市販のCu−Cr−Mn系黒色顔料を参考例2とした。
【0049】
実施例、比較例、及び参考例の顔料のそれぞれの組成を表1に示す。
【0050】
【0051】
<評価>
[L*値、a*値、b*値及びC*値]
アクリルラッカー樹脂30PHR(樹脂100部に対して顔料30部を含有する)となるように顔料と樹脂を配合し、ペイントコンディショナーで1時間分散させて塗料を調製した。調製した塗料を黒帯つきアート紙に6ミルアプリケーターで展色して、評価用試料(乾燥膜厚:20μm)を作製した。カラコム測色機(大日精化工業社製)を使用して、作製した評価用試料のCIE LAB(L***)表色系におけるL*値、a*値、及びb*値を測定するとともに、下記式(1)にしたがって無彩色度C*を算出した。結果を表2に示す。なお、明度L*値は明るさの尺度となる値であり、数値が小さいほど黒く見える。また、無彩色度C*の値が0(ゼロ)に近いほど黒く見える。そして、C*とL*の両方の値が小さいほど黒色度が高く、より黒く見える。
無彩色度C*=(a*2+b*21/2 ・・・(1)
【0052】
[色相及び着色力]
アクリルラッカー樹脂と黒色の顔料を混合し、30PHR(樹脂100部に対して顔料30部を含有する)の原色塗料を調製した。また、アクリルラッカー樹脂と顔料(酸化チタン:黒色の顔料(質量比)=9:1)を混合し、30PHR(樹脂100部に対して顔料30部を含有する)の淡色塗料を調製した。調製した原色塗料及び淡色塗料を、6ミルアプリケーターを使用して白色アート紙にそれぞれ展色して、原色試料及び淡色試料(乾燥膜厚:20μm)を作製した。作製した原色試料を目視観察し、色相を評価した。結果を表2に示す。また、カラコム測色機(大日精化工業社製)を使用して淡色試料の分光反射率を測定し、参考例1の分光反射率を「100%」として算出した分光反射率の相対値を「着色力(%)」とした。結果を表2に示す。
【0053】
[耐酸性]
5%硫酸水溶液20mL中に顔料1gを投入し、室温で2日間放置して上澄み液が着色するか否か観察し、以下に示す基準にしたがって顔料の耐酸性を評価した。結果を表2に示す。
◎:上澄み液が着色しない。
○:上澄み液がほんの僅かに着色した。
△:上澄み液が僅かに着色した。
×:明らかに差がある。
【0054】
[耐熱性]
顔料を700℃に設定した炉内に5時間放置した。冷却後に顔料粉末の色相を目視観察し、以下に示す基準にしたがって顔料の耐熱性を評価した。結果を表2に示す。
◎:加熱の前後で差が認められない。
〇:加熱の前後でわずかに差が認められる(加熱後に白っぽくなる)。
△:加熱の前後で差がはっきり認められる。
【0055】
[耐候性]
顔料とフッ素樹脂を配合し、ペイントコンディショナーを使用して1時間分散させて、フッ素樹脂30PHR(樹脂100部に対して顔料30部を含有する)分散液である塗料(塗工液)を調製した。次いで、SWOM促進試験を2,000時間行って顔料の耐候性を評価した。具体的には、先ず、調製した塗料をアルミ板に展色して塗板(乾燥膜厚:20〜30μm)を作製した。次いで、サンシャインウェザオメーターを使用し、作製した塗板にカーボンアーク光を2,000時間照射した。照射前後の塗板の色差及びグロスを目視観察し、以下に示す基準に従って顔料の耐候性を評価した。結果を表2に示す。
◎:色差もグロスも差がない。
○:色差もグロスもほとんど差がない。
△:色差及びグロス低下が確認できる(マットになる)。
【0056】
【0057】
<応用例>
[応用例1:塗工液]
実施例1の顔料6部、市販のメラミン樹脂(固形分:60%)3.5部、及びシンナー2部を混合し、ペイントシェイカーを使用して120分間分散させて分散スラリーを得た。得られた分散スラリーに、樹脂固形分100部に対して顔料40部となるようにアクリルポリオール樹脂(固形分:55%)を添加して塗工液を調製した。6ミルアプリケーターを使用して、調製した塗工液をアート紙、ポリエチレンシート、及びガラス板にそれぞれに塗工して評価用試料を作製した。作製した各評価用試料について、色相を評価した。その結果、いずれの評価用試料についても、無彩色度C*が5以下であるとともに、着色力、及び耐候性に優れていることを確認した。
【0058】
[応用例2:樹脂成形品]
高密度ポリエチレン(密度:0.949g/cm3、MFR:0.10g/10min.)100部、実施例2の顔料0.4部、及びポリエチレンワックス(商品名「サンワックス151P」、三洋化成工業社製)0.1部を、二本ロールを使用して180℃で4分間混練して着色樹脂を得た。得られた着色樹脂を加熱プレスして、厚さ2mmのプレスシートを作製した。なお、プレスシートの作製条件は、230℃で予熱2分間(20kg/cm2)、加圧2分間(200kg/cm2)、20℃で冷却5分間とした。また、作製したプレスシートから20mm×120mmの試験片を作製した。作製した試験片について、塩素水を用いる退色評価及びブリスター発生試験を行った。試験条件を以下に示す。その結果、試験片はほとんど退色せず、優れた色調堅牢性及びブリスター発生に対する耐久性を有することが判明した。
・塩素水濃度:2000±100ppm
・塩素水温度:60±1℃
・pH:6.5±0.5
・試験時間:336時間
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の複合酸化物黒色顔料は、塗料、建材、道路、インキ、及びガラスの他;複写機のトナー;インクジェット用インキ;液晶(LCD)、フィールドエミッションディスプレー(FED、SED)、有機及び無機EL(エレクトロルミネッセンス)ディスプレー等フラットパネルディスプレー用のニュートラルグレー及びブラックマトリクス等;に好適に用いることができる。