【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明によると、この目的は、以下の一般式(1)を有する1つ又は複数の分子を含む作用剤を提供することによって解決される:
A−F (1)
ここでAは、シラン基、ヒドロキシル基、カテコール基、リン酸基、ホスホン酸エステル基、カルボン酸基、アミン基、チオール基、上述の基のうち2つ以上のいずれかの組み合わせからなる群から選択される部分を含むアンカー基であり、
Fは官能基であり、この官能基は、バックボーン及び少なくとも2つの側鎖基を有する分岐ポリマーを含み、前記側鎖基のうちの少なくとも1つは、C1−20炭化水素基又は過ハロゲン化C1−20炭化水素基である。
【0006】
この解決法は、このような作用剤が、そのアンカー基及び分岐ポリマー基によって、物品の表面と高い分子密度で強固かつ均一に結合できるという驚くべき発見に基づくものである。従って、前記作用剤は、高い機械的引っ掻きに対する耐性及び高い洗浄耐性を有する。
【0007】
更に、本発明による作用剤は、表面材料に対する接着性といったその特性に関して容易に最適化できる。これは、アンカー基を官能基の性質とは独立してこの目的のために選択できるためである。
【0008】
その他に、物品の表面に対する作用剤の強固な結合により、改質された物品の表面は、洗浄に対する優れた耐性を提供する。更に、表面上のこのような作用剤の層は、優れた審美的特性を呈する。
【0009】
いずれの理論に束縛されることを望むものではないが、上述の優れた表面特性は、物品の表面における本発明による作用剤の分子のパッキングの改善、及び分岐ポリマーを含む官能基を有する作用剤を使用することによって達成される炭素原子の密度の上昇によるものである。実際、分子のパッキングは正確に制御でき、これに付随して、分岐ポリマーの厚さを確実に生成できる。更に分岐ポリマーにより、多数のモノマーを局所的に官能化して使用できるようになり、即ち選択的なUV曝露により、所定の位置のみにおいて重合化を発生させることができる。最後に、分岐ポリマーにより、別の分子との架橋を高度に調整する。
【0010】
アンカー基は広範な官能基から選択できるため、A−F分子のアンカー基は、特定の表面材料上へのアンカー基の接着を最適化するように選択できる。
【0011】
従って、アンカー基を適切に選択することにより、本発明による作用剤を様々な異なる表面材料に塗布できる。特定の基材に対する作用剤の上述の適合化に加えて、この作用剤は、改質対象の表面上に直接的又は間接的に、容易かつ効率的に調製できる。この目的には、選択した材料に対して適切なアンカー基Aを使用した重合方法が適している。
【0012】
よって、アンカー基Aを表面に結合させることができ、その後、アンカー基上へのモノマーのグラフト重合を介して官能基を合成して、作用剤の前記A−Fを形成するか、又はアンカー基A上へのモノマーのグラフト重合を介して官能基を合成し、その後アンカー基を表面に結合させて、本発明の代替実施形態による作用剤の前記A−Fを形成する。
【0013】
特に、官能基Fの分岐ポリマーを部分的にフルオロ化又は更にパーフルオロ化する場合、本発明による作用剤は、基材上の撥油層を提供するエピラムとして使用するのに極めて適したものとなる。この利点は、作用剤の制御された密度によるものである。実際、分岐ポリマーは、所定の体積における高い密度及び不均質な分布(側鎖基が様々な方向を有する)を伴う。
【0014】
本発明で使用される炭化水素基の種類には具体的な制限はないが、非置換炭化水素基及びいずれの種類の置換炭化水素基を含む。従って用語「炭化水素基」は、炭素原子及び水素原子のみからなる基に限定されず、例えばハロゲン置換基又はエステル基といったその他の成分も含む基に拡張される。
【0015】
本発明によるカテコール基は、1,2−ジヒドロキシベンゼン基、及びドーパミン基又はニトロドーパミン基等のいずれかの置換1,2−ジヒドロキシベンゼン基を含む。
【0016】
本発明によると、用語「アミン基を含むアンカー基」は、ポリアミド由来アンカー基も含む。従って本発明では、このようなアンカー基は、ポリアミンに由来する、即ち2つ以上の末端アミノ基及び任意に1つ又は複数の第2級及び/若しくは第3級アミノ基を含有する化合物に由来する構造単位を含有してもよい。
【0017】
上述のように、官能基Fは分岐ポリマーを含む。好ましくは、官能基Fは分岐ポリマーからなり、即ち分岐ポリマー以外のいずれかの更なる基を含有しない。
【0018】
特に、側鎖基のうちの少なくとも1つがC2−18炭化水素基、好ましくはC4−17炭化水素基、より好ましくはC6−16炭化水素基、最も好ましくはC8−14炭化水素基である場合、エピラム化に関する2つの特に良好な結果が得られる。
【0019】
本発明の更なる実施形態によると、側鎖基のうちの少なくとも50%、好ましくは少なくとも80%、より好ましくは少なくとも90%、最も好ましくは全てが炭化水素基であることが好ましく、この炭化水素基は好ましくはC1−20炭化水素基、より好ましくはC2−18炭化水素基、更に好ましくはC4−17炭化水素基、また更に好ましくはC6−16炭化水素基、最も好ましくはC8−14炭化水素基である。
【0020】
作用剤の所望の特性に応じて、前記少なくとも1つの側鎖基は非置換炭化水素基、即ちC−H結合のみを含む炭化水素基であっても、又は置換炭化水素基であってもよい。原理的には、全ての置換炭化水素基を使用でき、この置換炭化水素基が、アルキルエステル基、好ましくは非置換アルキルエステル基である場合に特に良好な結果が得られる。作用剤はエピラム官能基として、部分フルオロ化炭化水素基、好ましくはパーフルオロ化炭化水素基である少なくとも1つの側鎖基を含む。
【0021】
本発明の更に好ましい実施形態によると、炭化水素基は、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、アルキルアリール基、アリールアルキル基、アルケニルアリール基、アリールアルケニル基、アルキニルアリール基、アリールアルキニル基、アルキルエステル基、アルケニルエステル基、アルキニルエステル基、アリールエステル基、アルキルアリールエステル基、アリールアルキルエステル基、アルケニルアリールエステル基、アリールアルケニルエステル基、アルキニルアリールエステル基、アリールエステル基、及び上述の基のうち2つ以上のいずれかの組み合わせからなる群から選択される。全てのアルキル基、アルケニル基、アルキニル基は、直鎖、分岐、環状であってもよい。
【0022】
好ましくは、炭化水素基はアルキルエステル基であり、より好ましくは直鎖アルキルエステル基である。
【0023】
アルキルエステル基の非限定的な例は炭化水素基であり、この炭化水素基は、アクリレートエステル、メタクリレートエステル、芳香族環に結合した少なくとも1つのアルキル基を有するスチレン誘導体、上述の基のうち2つ以上のいずれかの組み合わせからなる群から選択される。
【0024】
上述のアルキルエステル基の代わりに、特定の用途においては、炭化水素基がアリールアルキル又はアルキルアリール基、更に好ましくは直鎖アリールアルキル又は直鎖アルキルアリール基であることが好まれる。
【0025】
本特許出願による作用剤は、好ましくは2〜50、より好ましくは3〜30、更に好ましくは4〜20、また更に好ましくは5〜15、最も好ましくは7〜13の側鎖基を含む分岐ポリマーを含む。
【0026】
この実施形態では、全ての側鎖基は同一でも異なっていてもよく、好ましくはC1−12炭化水素基、より好ましくはC2−10炭化水素基、更に好ましくはC3−9炭化水素基、最も好ましくはC4−8炭化水素基である。
【0027】
更に、特に上述の実施形態では、側鎖基が全て部分フルオロ化炭化水素基、より好ましくはパーフルオロ化炭化水素基であることが好ましい。
【0028】
改質された表面に所望の特性をもたらすために十分な厚さの層を提供するために、本発明による作用剤は好ましくは特定の長さを有する。従って作用剤のバックボーンの長さは、10〜300nm、より好ましくは50〜250nm、更に好ましくは100〜200nm、最も好ましくは120〜180nmの範囲であることが好ましい。
【0029】
本発明の更なる特に好ましい実施形態によると、官能基Fの分岐ポリマーの側鎖基のうち少なくとも1つは、一般式(1)を有する作用剤の別の分子と架橋できる少なくとも1つの官能基を有する。このような架橋により、分岐ポリマーの耐摩耗性が改善され、従ってこれは特に好ましい。分岐ポリマー中に複数の架橋基が存在する場合、これらの架橋基は分子全体に亘って統計的に分布させることができるか、又はブロック状に分布し得る。
【0030】
十分な架橋密度を達成するために、分岐ポリマーは、少なくとも5、好ましくは少なくとも10の側鎖基を含む少なくとも1つのブロックを含み、これら側鎖基のうちの少なくとも2つはそれぞれ、一般式(1)を有する作用剤の別の分子と架橋できる少なくとも1つの官能基を含む。
【0031】
代替として、そして更に好ましくは、分岐ポリマーは、少なくとも5、好ましくは少なくとも10の側鎖基を含む少なくとも1つの更なるブロックを含有し、この少なくとも1つの更なるブロックの全ての側鎖基は、分岐ポリマーの別の分子と架橋できる官能基を含有しない。
【0032】
代替として、そして更に好ましくは、分岐ポリマーは、少なくとも5、好ましくは少なくとも10の側鎖基をそれぞれ含む2つの更なるブロックを含有し、これら更なるブロックの全ての側鎖基は、分岐ポリマーの別の分子と架橋できる官能基を含有しない。また、少なくとも5、好ましくは少なくとも10の側鎖基を含み、かつこれら側鎖基のうちの少なくとも2つが、それぞれ一般式(1)を有する作用剤の別の分子と架橋できる少なくとも1つの官能基を含む、前記ブロックは、これら2つの更なるブロックの間に配置される。
【0033】
本発明の更なる主題は、少なくとも1つの表面を有する基材を含み、この少なくとも1つの表面のうちの少なくとも1つが前述の作用剤でコーティングされている物品である。
【0034】
表面上への強固な接着を得るために、一般式(1)を有する作用剤の分子のアンカー基のうちの少なくとも1つは、基材の表面に結合する。物理的結合又はイオン基を介した結合が可能であるものの、一般式(1)を有する作用剤の分子のアンカー基のうちの1つは、基材の表面に共有結合することが好ましい。
【0035】
原理的には、本発明による作用剤はあらゆる基材に結合できる。適切な基材材料の比限定的な例としては、ケイ素、ダイヤモンド様炭素、炭化ケイ素、サファイア、鋼鉄、金属被覆鋼鉄、ニッケルメッキ鋼鉄、ルビー、酸化アルミニウム、酸化鉄、マグネシウム合金、酸化ケイ素、酸化ニオブ、酸化チタン、ポリマー、上述の材料のうち2つ以上のいずれかの組み合わせからなる群から選択される材料である。
【0036】
当然のことながら、アンカー基の種類は、特定の基材に対する本発明による作用剤の接着性を決定するため、アンカー基は、基材材料に応じて選択する必要がある。ケイ素、炭化ケイ素、サファイア、ダイヤモンド様炭素製の基材に関しては、例えばシラン基含有アンカー基によって良好な結果が得られ、その一方で鋼鉄、金属、ルビー、酸化アルミニウム、酸化鉄製の基材のためのアンカー基として適切な例は、ニトロドーパミン基である。更に、リン酸基及びホスホン酸エステル基は、特にマグネシウム合金製基材に適切なアンカー基であり、カルボン酸基は、特に鋼鉄及び酸化鉄製基材に適切なアンカー基であり、ポリアミン基は、特に酸化ケイ素、酸化ニオブ、酸化チタン及び/又は酸化アルミニウム製基材に適切なアンカー基であり、チオール基は特に金製基材に適切なアンカー基である。
【0037】
本発明の更なる主題は、以下のステップを含む、上述の物品の製造方法である:
(a)少なくとも1つの表面を有する基材を準備するステップ;
(b)シラン基、ヒドロキシル基、カテコール基、リン酸基、ホスホン酸エステル基、カルボン酸基、アミン基、チオール基、上述の基のうち2つ以上のいずれかの組み合わせからなる群から選択される少なくとも1つのアンカー基を、前記基材の少なくとも1つの表面のうち少なくとも1つに結合させるステップ;
(c)少なくとも1種類のモノマーを準備するステップ;及び
(d)前記少なくとも1種類のモノマーを、前記少なくとも1つのアンカー基にグラフト重合させて、前記少なくとも1つのアンカー基と共有結合した分岐ポリマーを形成するステップ。
【0038】
第1の代替例によると、上述の物品を製造するための本発明による方法は、以下のステップを含む:
(c’)少なくとも1種類のモノマーを準備するステップ;
(d’)前記少なくとも1種類のモノマーを、シラン基、ヒドロキシル基、カテコール基、リン酸基、ホスホン酸エステル基、カルボン酸基、アミン基、チオール基、上述の基のうち2つ以上のいずれかの組み合わせからなる群から選択される少なくとも1つのアンカー基にグラフト重合させて、前記少なくとも1つのアンカー基と共有結合した分岐ポリマーを形成するステップ;
(a’)少なくとも1つの表面を有する基材を準備するステップ;及び
(b’)前記少なくとも1つのアンカー基を、前記基材の少なくとも1つの表面のうち少なくとも1つに結合させるステップ。
【0039】
第2の代替例によると、上述の物品を製造するための本発明による方法は、以下のステップを含む:
(d’)少なくとも1種類のモノマーをグラフト重合させて、少なくとも1つの分岐ポリマーを形成するステップ;
(a)少なくとも1つの表面を有する基材を準備するステップ;
(b)シラン基、ヒドロキシル基、カテコール基、リン酸基、ホスホン酸エステル基、カルボン酸基、アミン基、チオール基、上述の基のうち2つ以上のいずれかの組み合わせからなる群から選択される少なくとも1つのアンカー基を、前記基材の少なくとも1つの表面のうち少なくとも1つに結合させるステップ;及び
(e)前記少なくとも1つの分岐ポリマーを前記少なくとも1つのアンカー基に結合させるステップ。
【0040】
分岐ポリマーは、また表面開始型酸素耐性ARGET ATRP合成によっても製造できる。
【0041】
ARGET ATRP重合化反応を、基材の種類に関わらずCuBr2のみを使用し、Fe系塩を使用せずに実施した。溶液と接触する厳密に定義された(限定された)量の空気を得るために、いずれかの液体反応物を添加する以前に、反応開始剤−官能化ウェハを反応フラスコ(20mLシュレンク管、小型5ml丸底フラスコ又は20ml平底ガラス瓶)内に配置し、続いてゴム隔壁を用いて反応フラスコを密閉する。
【0042】
固体反応物、即ちCuBr2(5mg、0.022mmol)及び4,4’−ジノニル−2,2’−ビピリジン(44mg、0.11mmol)を、シュレンク管に接続された100mLフラスコに添加する。その後、真空及び窒素充填を3サイクル行うことによって空気を除去した。これは系に存在する酸素と還元剤との比の制御を達成するために行われた。各サイクルにおいて少なくとも2分間に亘って真空引きを行う。更に、19mLの阻害剤非含有モノマー(ドデシルメタクリレート)を、(単にシリンジによって、モノマーの瓶から)密閉フラスコに添加し、混合物が淡紫色を呈しかつリガンドが完全に溶解するまで、110℃で少なくとも5分間激しく撹拌した。密閉反応フラスコへの粘性還元剤(1.4mL、4.34mmolのSn(エチルヘキサノエート)2)の注入を容易にするために、粘性還元剤を別個のガラス容器(非密閉)中で、2.3mLの超乾燥アニソール(99.7%の無水物、Sigma−Aldrich製)で希釈する。
【0043】
続いて還元剤−溶媒溶液を、モノマー、CuBr2及びリガンドの高温混合物に注入し、この瞬間完全な反応混合物が得られる。最長5分間の110℃における激しい撹拌の後、所望の体積の淡黄褐色液体溶液を、反応開始剤−官能化ウェハを含む閉鎖された反応フラスコ内に移す。
【0044】
反応を実施する方法には2つの変形例、即ち:空気を充填した基材含有フラスコを用いる(比較的単純な)例;又は窒素を充填した基材含有フラスコを用いる(真空−窒素サイクルによる大気交換が必要な)例が存在する。反応フラスコがシュレンク管に接続されていない場合、空のバルーンをフラスコに接続し、このバルーンは膨張して、フラスコ内に追加の空気を導入することなく、追加の気体容積を収容できる。
【0045】
液体の移動は、(包装から取り出したばかりの)酸素処理したシリンジを用いて実施することが好ましい。更に、好ましい様式では、シュレンクラインに接続された反応フラスコ内で反応を実施する場合、ウェハを真空−窒素サイクルに供して、更なる反応中に不活性雰囲気を提供する。この場合、過剰な圧力を収容するための空のバルーンは不要である。
【0046】
平底反応ガラスを用いて作業を行う場合、ウェハを上下逆に配置する(即ち官能化領域が反応ガラスの底面を向くようにする)と、より良好なコーティング均一性が得られる。
【0047】
原理的には、グラフト重合は当業者に公知のいずれかの技術に従って実施してもよい。しかしながら、グラフト重合を原子移動ラジカル重合として実施すると、特に良好な結果が得られる。
【0048】
本発明による作用剤は、上述したような有利な特性により、機械工学、好ましくは精密工学、最も好ましくは時計及び/又は腕時計分野で使用できる。
【0049】
同様の理由により、本発明による物品もまた、機械工学、好ましくは精密工学、最も好ましくは時計及び/又は腕時計分野で使用できる。
【0050】
これより、本発明を例示するが限定するものではない実施例を用いて、本発明をより詳細に説明する。