(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【実施例1】
【0014】
実施例1の電動コンプレッサの制御装置は、車両用空調装置のコンプレッサを駆動する内部永久磁石同期モータ(IPMSM: Interior Permanent Magnet Synchronous Motor)の制御をセンサレス制御で行う。
【0015】
ここで、上記制御にあっては、コンプレッサの回転により信号が周期的になることから、周期的な外乱の抑圧に有利な繰り返し制御を用いる。
ただし、本実施例の繰り返し制御では、回転速度差の外乱分を抑制するにあたって、繰り返し動作の周期を切り替えるためのリセット信号を、従来通常の方法とは異ならせてある。すなわち、本発明、したがって実施例1にあっては、コンプレッサの圧力信号を用いてリセット信号を生成するようにしている。
【0016】
以下に、実施例1の電動コンプレッサの制御装置の全体構成を説明する。
図1に示すように、実施例1の電動コンプレッサの制御装置は、コンプレッサ圧力検出部1と、目標回転数設定部2と、減算器3と、リセット信号生成部4と、繰り返し制御部5と、ローパス・フィルタ(LPF: Low-Pass Filter)6と、推定回転速度算出部7と、を備えている。
【0017】
コンプレッサ圧力検出部1は、図示しないコンプレッサの圧力の大きさを検出するもので、ここで検出した圧力波形の圧力値をリセット信号生成部4へ出力する。
【0018】
一方、目標回転速度設定部2は、制御目標としてのモータの目標回転速度ω
refを演算・設定する。
すなわち、車両の空調装置の図外のエバポレータを通過した後の空気温度が所望の値となるように、検出した実際の空気温度と目標空気温度とを比較して、比例積分(PI)制御にてモータの目標回転速度ω
refを設定する。この目標回転速度ω
refは、減算器3に入力する。
【0019】
減算器3は、目標回転速度設定部2から入力された目標回転速度ω
refから推定回転速度算出部7で算出した推定回転速度ω
_estを減算して制御偏差としての回転速度差を算出する。
【0020】
リセット信号生成部4は、コンプレッサ圧力検出部1から入力された圧力値に基づき、コンプレッサの圧力変動について、吸入圧あるいは吐出圧に応じた所定部分をカウントしてコンプレッサの1回転(繰り返し制御器5での繰り返し動作の1周期分に相当)のタイミングを決定し、このタイミングに応じてリセット信号を繰り返し制御器5へ出力する。
なお、このリセット信号の生成の詳細については、後で説明する。
【0021】
繰り返し制御器5は、むだ時間系の一種であって、設定された1周期前の制御偏差を利用して繰返し動作を行い、周期的な目標入力に追従させるものである。
すなわち、繰り返し制御を動作させる最低回転数をWref_min、またサンプリング周期をTsとすると、繰り返し制御器3は、
図2に示すように、2π/(Wref_min×Ts)で決まるN個の遅延器5a(同図中のzはz変換)と、加算器5bと、係数器5cとを有する。
【0022】
N個の遅延器5aは、直列接続し、最後尾にある遅延器からの信号V
0を加算器5bに出力する。なお、最前の遅延器5aの上流側から最後尾の遅延器5aの下流側までこれらの位置に対応させて、これらの順に、同図に示すように、信号V
N〜V
0を定義する。
加算器5bは、減算器3で算出した回転速度差と信号V
0の値を加算して最前にある遅延器5aへ出力する。
係数器5cは、信号V
αが入力されて係数βをかけた値を繰り返し制御部5の出力uとしてLPF6へ出力する。なお、信号V
αは
図2に示してあるように、最後尾の遅延器5aから上流側へ数えたα番目とα+1番目の遅延器5a間の位置の信号である。
【0023】
繰り返し制御器5では、
図3に示すフローチャートが実行される。
まず、ステップS1では、サンプリング周期Tsごとに偏差e(実施例1では回転数差)を観測する。
次いで、ステップS2へ進む。
【0024】
ステップS2では、前の1周期分(N個)に格納された値dのうちのi番目の値d
iにステップS1で観測した偏差eを加算して得た値を、新たな値d
iとして格納する。
次いで、ステップS3へ進む。
【0025】
ステップS3では、係数βにi+α番目のd
i+αを掛けた値を出力uとする。すなわち、u=βd
i+αである。
ただし、後で説明するように、i+α>Nの場合には、u=βd
i+α−Nとしてこの出力値を係数器3cへ出力する。ここで、d
i+α−Nとは、1周期前のデータの後の周期で得られた値d
i+αである。これについては、後で説明する。
次いで、ステップS4へ進む。
【0026】
ステップS4では、i+1をiとしてdの値を、1個分、位置を下流側へシフトする。
次いで、ステップS5へ進む。
【0027】
ステップS5では、リセット信号生成部4から新たなリセット信号入力されたか否かを判断する。YESであればステップS6へ進み、NOであればステップS1へ戻る。
【0028】
ステップS6では、iを0としてリセットしてステップS1に戻り、新たな次の周期の計算を行う。
これらのステップは、モータの制御が行われている間、繰り返し実行される。
【0029】
ここで、上記ステップS3での出力について、以下にさらに詳細に説明する。
ここではα=2、N=100の場合を例にとって説明する。
したがって、
図4に示すように、値dは順にd
1からd
100までの前回の1周期分の値が記憶されていることになる。
ここでi=1すなわちd
1のときには、i+α=i+2=3であるから、d3の位置の値を取り出し、この値に係数βを掛けた値が出力uになる。
【0030】
同様に、i=4すなわちd4のときには、i+2=4+2=6であるからd
6の位置から値を取り出して、出力uの算出に用いられることになる。
以下同様に、i=5、6、7、・・・では、d7、d8、d9、・・・の値を取り出すことになる。
しかしながら、i=99のとき(すなわち、i+α>Nの上記条件が満たされるとき)には、d
101は存在しない。この場合、実際の値dの格納動作にあっては、
図5に示すように、前の1周期の値d
100の後に順次、次の値dがd
1、d
2、・・・としてつながっていくため、d
101はこの次のd
1の値を取り出すことになる。
【0031】
上記の動作を
図2の各遅延器5aと対比させながら示すと、
図6、
図7、
図8で示すブロック線図のようになる。ただし、これらの図では、見やすくするため、N=3の場合での角度領域での流れとする。
i=0(すなわちd
0)のときは、
図6のようになる。すなわち、各信号V
0〜V
3はブロック線上では不変の信号としてそれらの位置が固定されており、これらの信号V
0〜V
3に各値dが対応する。すなわち、V
2=d
2、V
1=d
1、V
0=d
0であり、V3は、加算器3bでV
0のd
0と減算器3から入力された偏差e(回転数差)とが加算されて新たに得られた値d
0となる。
これらの値dは、サンプルの都度、順次、下流側(同図中、右側)へシフトしていく。これにより、各信号V
0〜V
3の値dも順次入れ替わっていくことになる。
【0032】
i=1(すなわち、d
1)のときは、
図7に示すように、V
2、V
1、V
0では、これらに対応する値dが、
図6の状態から右側にそれぞれ1個ずつシフトする。すなわち、V
2は上記新たなd
0、V
1はd
2、V
0はd
1となる。一方、V
3は、加算器3bでV
0の値d
1と偏差eとが加算されて新たに得られた値d
1となる。
【0033】
i=2(すなわち、d
2)のときは、
図8に示すように、各値dを
図7の状態から同図中の右側へ1個ずつシフトする。すなわち、V
2は先ほど新たに得たd
1、V
1はd
0、V
0はd
2となる。一方、V
3は、加算器3bでV
0のd
2と偏差eとが加算されて新たに得られた値d
2となる。
【0034】
以上から理解できるように、信号Vは固定位置の変数であるのに対し、iを1つ増やすごとに、それらの信号Vに対応してメモリに格納される値dは、順次
図4〜8中、右側へシフトしていく。そして、信号Vと値dとの間では、次式が成り立つ。
【数1】
なお、値d
iについては以下のように定義している。
【数2】
すなわち、たとえばN=3の場合は
図9に示すように、値dがd1、d2、d3、d4、d5、・・・と順次得られた場合、上段の前の周期の値dが下段の次の周期の値dに対応させられて書き換えられていく。この結果、d
0+N=d
0+3=d
3であり、d
3は同じメモリで見れば、d
0と同じ位置のメモリに格納することになる。
【0035】
このように、繰り返し制御器5は、1周期前の偏差eを利用して繰り返し動作を続けて行くことにより、偏差eが減少していく一種の学習制御系となっている。
この周期の切り替えは、上述したように、リセット信号生成部4から出力されるリセット信号が繰り返し制御器5に入力されたときに行う。
このリセット信号は、本発明、したがって実施例1では、コンプレッサの圧力波形を利用して生成する。
【0036】
リセット信号生成部4でのリセット信号の生成について、
図10に基づいて説明する。この例では、コンプレッサの1回転間にその吐出圧力が10回変動する場合の例を示す。
同図(a)は、コンプレッサ圧力検出部1で検出した圧力波形である。このように、コンプレッサの圧力は、吸い込み工程、圧縮工程、吐き出し工程と周期的に変動する圧力波形となる。
次いで、上記のようにして得た圧力信号のうちDC成分を、同図(b)で示すように、ハイパス・フィルタにて図中の点線部分より下の部分をカットする。
ハイパス・フィルタを通過した圧力信号は、同図(c)に示すように、その値が0を超えるタイミングでカウントアップしていく。カウントが9から10になったタイミングで、カウントアップをリセットする。
そのため、同図(d)に示すように、上記リセット時(図中、時刻ta、tbで示す)ごとにリセット信号生成部4がリセット信号を生成して繰り返し制御部4へ出力し、ここでの周期を切り替えるようにする。
【0037】
ローパス・フィルタ6は、高周波分の偏差まで目標回転数に追随制御する必要はないことから、繰り返し制御部5の出力信号uのうち高周波分をカットして加算器8へ出力する。
【0038】
本発明、したがって本実施例では、推定回転速度算出部7でモータの回転速度を推定するのに、モータの回転に関する誤差を一度演算した後に回転速度を推定するようにし、この誤差を利用することで、繰返し制御器5の適用を可能として、推定回転速度ω
_estの推定精度を向上させている。
この回転に関する誤差として、本実施例では角度誤差を用いる。
このような狙いのもとに、推定回転速度算出部7は、磁束オブザーバ7aと角度誤差演算部7bと、速度演算部7cと、で構成する。
【0039】
磁束オブザーバ7aでは、モータ・モデル13から出力されたd,q軸電流値i
dqと、電流比例積分制御器11から出力された指令d,q軸電圧値v
eを基に、モータの数学モデルを用いた同定を行い、γ軸、δ軸のモータ電流磁束推定誤差Δλ
γ、Δλ
δを算出して、角度誤差演算部7bに入力する。
角度誤差演算部7bは、磁束オブザーバ7aから入力されたモータ電流磁束推定誤差Δλ
γ、Δλ
δを基に、角度推定誤差演算を行って角度推定誤差θ
_estを算出する。
速度演算部7cは、角度誤差演算部7bから入力された角度推定誤差θ
_estを基にPI制御することで推定回転速度値ω
_estを得て、これを減算器3に入力する。
【0040】
加算器8は、LPF6からの出力値と減算器3からの回転速度差(偏差e)とを加算してこの値を速度比例積分制御器9へ出力する。
速度比例積分制御器9は、加算器8の出力値に比例ゲインと積分ゲイン定数とを用いてPI制御することで、駆動指令信号(トルク指令値信号と同じ)である指令モータ電流i
eを算出し、この値を減算器10へ出力する。
【0041】
減算器10は、指令モータ電流i
eからモータ・モデル13からの出力値i
dqを減算して電流比例積分制御器11へ出力する。
電流比例積分制御器11は、減算器10から出力された補正指令モータ電流に基づき、d軸の指令電流およびq軸の指令電流と分けて比例ゲインと積分ゲイン定数とを用いてPI制御し、軸電圧指令値v
eを推定回転速度算出部7と減算器12とインバータ20へ出力する。
なお、電流比例積分制御器11と速度比例積分制御器9は、本発明の駆動指令信号生成部に相当する。
【0042】
減算器12は、電流比例積分制御器11からの出力値から推定回転数にトルク定数Kを掛けた値を減算してモータ電圧V
e'を算出し、モータ・モデル13へ出力する。
モータ・モデル13は、モータのコイルのインダクタンスLと巻線抵抗Rからモータの特性を表すため用いられ、減算器12の出力V
e'とL、Rから実モータ電流i
e'(モータトルクと同じ)を算出し加算器14へ出力する。なお、Kはトルク定数である。
【0043】
加算器14は、モータ・モデル13の出力値とsin関数生成器19からの出力値とを加算して、負荷変動成分を含んだモータトルクTとして負荷モデル15へ出力する。
負荷モデル15は、モータ軸の全慣性モーメントJと粘性摩擦係数Dから電動コンプレッサの負荷特性を表すため用いられ、出力値TとJ、Dから、モータの運動方程式に基づき推定回転速度ω
outを得る。
この推定回転速度ω
outは、フィードバック・ゲイン部16と、積分器17とへそれぞれ出力される。
【0044】
フィードバック・ゲイン部16は、推定回転速度ω
outにトルク定数Kを掛けて補正電圧V
e"を算出し、減算器12へ出力する。
一方、積分器17は、推定回転速度ω
outを積分し、回転位置(回転角度)へ変換して係数倍器18へ出力する。
【0045】
係数倍器18は、積分器17で得られた回転位置にn(回転変動の次数)を掛けてsin関数生成器19へ出力する。
sin関数生成器19では、係数倍器18で得られた回転角度に応じたsin関数を生成し、電動コンプレッサの負荷変動成分として加算器14へ出力する。
【0046】
また、電流比例積分制御部11で得られたモータのd軸の指令電圧およびq軸の指令電圧は、周知のインバータ20へ出力されてモータを駆動制御する。
【0047】
次に、上記のように構成した電動コンプレッサの制御装置に外乱を与えて回転誤差が生じたシミュレーションを行った結果を説明する。
外乱信号n
dとして1rad/sのノイズ信号を、遅れ時間生成15で得た推定回転速度ω
outに付与して回転誤差を有する推定回転速度とした。
回転変動の次数nを10次、Wref、Wref_minを2π×10rad/s、サンプリング周期Tsを1.0×10
-4sとした。また、遅延器5aの段数Nは1,000とし、従来の繰り返す制御部では、このリセット信号は、iが1,000になったとき出力されるものとして比較した。
なお、抵抗係数Rは0.85Ω、インダクタンスLは1.2mH、粘性摩擦係数Dは8.34×10
-5、慣性モーメントJは0.7×10
-4、トルク係数Kは0.076Nm/Aとした。
【0048】
図11〜
図13にその結果を示す。なお、これらの図において横軸には経過時間、縦軸には推定回転速度ω
outを表した。
図11は、従来通常の繰り返し制御によるもので、20秒後から繰り返し制御を開始し、30秒でn
d=1rad/secの速度推定誤差を付与した結果である。30秒以降、600rpmを中心に約+65rpmから-65rpmの範囲で推測回転数ω
outが変動しているが分かる。
【0049】
一方、実施例1の繰り返し制御では、上記従来通常のものと同じ設定でシミュレーションを行うと、
図12に示すように、30秒で600rpmを中心に約+5rpmから-5rpmの範囲で推測回転数ω
outが変動するが、わずかな時間で約+1.7rpmから−1.7rpmの範囲に収まることが分かる。すなわち、実施例1のものにあっては、当初から従来のものの1/10以下の変動で済んでいる。
なお、比較を見やすくするため、
図13に従来通常のものと実施例1のものとのシミュレーション結果を重ね合わせて示す。薄い部分が従来通常のものの結果、濃い部分が実施例1の結果である。
【0050】
次に、実施例1においてリセットのタイミングが正確に1回転ごとにしなければならないのかについて
図14に基づき説明する。
同図において、横軸は経過時間、縦軸は回転速度、横細線は指令回転速度、実線は推定回転速度(実回転速度として扱う)、破線は補正後の指令回転速度である。
前回の1回転での指令回転底度と推測回転速度の偏差をもとに、次の1回転での指令速度を破線のように補正する。指令回転底度に対して推測回転速度が小さい場合には指令回転速度の値を増加側に、またこの逆の場合には減少側に指令回転速度を補正すれば、次第に推定回転速度の値が指令回転速度に一致してきて、補正量が変化しなくなる。
【0051】
このため、繰り返し制御は周期的な変動に対してしか適用できず、リセットのタイミングが1回転ごとではないようになると(すなわち、負荷変動周期に一致しなくなると)、上記補正が良好に作用しなくなるため、正確に1回転ごとにリセットしなければならない。
実施例1では、周期的な負荷変動が生じるコンプレッサにあって、この圧力波形から正確に1回転を決定することができるので、繰り返し制御の適用がうまく行くことになる。
【0052】
以上のように、実施例1の電動コンプレッサの制御装置は、以下の効果を得ることができる。
すなわち、実施例1の電動コンプレッサの制御装置にあっては、繰り返し制御部5で1周期前の目標回転速度ω
refと推定回転速度ω
outとの回転速度差を利用して回転速度差が減少するように繰り返し動作を行って外乱分を抑制するが、その場合、繰り返し制御部5での周期の切り替えのタイミングを、リセット信号生成部4でコンプレッサの圧力変動に応じて決定するようにしたので、センサレス方式のモータ制御であっても、複雑な周波数成分を有する負荷変動に対して、コンプレッサの駆動モータを良好に制御することが可能となる。
【0053】
また、リセット信号生成部4では、コンプレッサの吐出圧の部分を検出してコンプレッサの負荷変動の数をカウントするようにしたので、1周期のタイミングを容易かつ確実に検出することができるようになる。
【0054】
以上、本発明を上記各実施例に基づき説明してきたが、本発明はこれらの実施例に限られず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で設計変更等があった場合でも、本発明に含まれる。
【0055】
たとえば、リセット信号生成部4では、コンプレッサの吐出圧の部分を検出してコンプレッサの負荷変動の数をカウントするようにしたが、これに代えてコンプレッサの吸い込み圧の部分を検出してコンプレッサの負荷変動の数をカウントするようにして1周期のタイミングを決めるようにしてもよい。
【0056】
また、本発明の電動コンプレッサの制御装置は、車両用空調装置のコンプレッサの制御装置に限られず、他のコンプレッサの制御装置に適用するようにしてもよい。