【実施例】
【0125】
以下に、本発明の実施例を説明する。本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されない。
【0126】
(A)方法と材料
〔(1)MAGE−D1(Melanoma antigen gene−D1)遺伝子欠損マウスの作製〕
MAGE−D1遺伝子(Gene bank:NM_019791.2)エキソンを薬物(G418)耐性遺伝子(GenBank:U00004.1)に相同組換えするターゲティングベクター(Stratagene:pBlueScript)を129Svjマウス由来の胚性幹(ES)細胞(独立行政法人 国立長寿医療研究センター研究所より入手)にエレクトロポレーションし,薬物耐性コロニーを選択した。当該選択した耐性コロニーからサザンブロッティングにより相同組換え体の同定を行った。当該同定した目的の相同組換えES細胞クローンをC57BL/6Jマウスの胚盤胞期胚に注入し,キメラマウスを作製した。当該キメラマウスを野生型C57BL/6Jマウスと交配し、F1世代のヘテロ型MAGE−D1遺伝子欠損マウスを作製した。野生型C57BL/6Jとヘテロ型MAGE−D1遺伝子欠損マウスをF10世代まで交配させ、99.9パーセント(一度のC57BL/6Jマウスとの交配により、生まれてくるマウスの約半分の遺伝子が交配に使用したC57BL/6Jマウス由来となる。つまり、C57BL/6Jマウスとn回交配することで、約[1−(1/2)
n+1]x100%がC57BL/6Jマウス由来の遺伝子になると考えられる。)のC57BL/6Jの遺伝的背景をもつマウスを用いた。当該遺伝的背景をもつマウスをMAGE−D1遺伝子欠損マウス(以下、モデルマウスとも称する。)として以下の試験に用いた。
【0127】
〔(2)リコンビナントMAGE−D1ベクターおよびセロトニントランスポーター恒常発現細胞株の作製〕
マウスcDNAライブラリーからクローニングしたMAGE−D1遺伝子(Gene bank:NM_019791.2)の全長はA型インフルエンザウイルスのヘマグルチニン(HA)配列(当該配列を下記配列番号8に示す。)タグ遺伝子(当該遺伝子の配列を下記配列番号1に示す。)と結合し、pcDNA3ベクター(Invitrogen,Carlsbad,CA)に組込んだ。
配列番号1:5’‐TACCCCTACGACGTGCCCGACTACGCC‐3’
配列番号8:チロシン‐プロリン‐チロシン‐アスパラギン酸‐バリン‐プロリン‐アスパラギン酸‐チロシン‐アラニン
【0128】
ラットcDNAライブラリーからクローニングしたセロトニントランスポーター(以下SERTとも称する。)遺伝子(ラット:Gene bank:NM_013034.3。参考として、マウス:同データベース:NM_010484.2)はpcDNA3ベクターに組込んだ。
【0129】
チャイニーズハムスター卵巣細胞にセロトニントランスポーター遺伝子を上記したセロトニントランスポーター遺伝子を組込んだpcDNA3ベクターをFugen6(Rosche)により遺伝子導入し、セロトニントランスポーター遺伝子恒常発現細胞株を作製した。
【0130】
また、セロトニントランスポーター遺伝子恒常発現細胞株へのMAGE−D1遺伝子導入には、上記したMAGE−D1遺伝子及びHAタグ遺伝子を組込んだpcDNA3ベクターを使用し、FuGENE6(Roche Diagnostics,Mannheim,Germany)を用いて行った。
【0131】
〔(3)強制水泳試験によるうつ病様行動の評価〕
実験装置・手順:水槽(直径15cm x 高さ20cm)に水(水温約22℃x深さ13cm)を入れたものを実験装置とした。水槽に対照である野生型C57BL/6Jマウス又はモデルマウスを入れ、その直後から1分間隔で10分間、無動時間をScanet MV−10 AQ (Brainscience・idea,Osaka,Japan)によって測定した。
【0132】
0.3%カルボキシメチルセルロースナトリウムで懸濁した5又は10mg/kgセルトラリン(Pfizer,Groton,CT)および生理食塩水で溶解した10又は20mg/kgイミプラミン(Sigma,St.Louis,MO)は本試験30分前に腹腔内投与した。また、コントロールとして溶媒を腹腔内投与した。
【0133】
〔(4)In vivo マイクロダイアリシス法によるセロトニン遊離能の評価〕
ペントバルビタールナトリウム(50mg/kg, i.p.)麻酔下のマウスを脳固定器に固定し、脳地図(Franklin and Paxinos,1997)を参考に、ガイドカニューレ(AG−6,EICOM Corp., Kyoto, Japan)を前頭皮質(頭蓋の十字縫合から吻側:1.7mm 右側:+1.0mm 深さ:−1.5mm)に15°の角度をつけて挿入した。ガイドカニューレを歯科用セメント(SHOFU Inc., Kyoto, Japan)により頭蓋骨に固定した。
【0134】
手術翌日にガイドカニューレからダイアリシスプローブ (A−I−6−1,1mm membrane length,EICOM Corp.)を前頭皮質に挿入したマウスをアクリルケース(30cm x 30cm x 35cm)の中に入れ、自由に行動できるようにした。リンゲル液(NaCl:147mM,KCl:4mM,CaCl
2:2.3mM)を1.0μl/minの流速にてプローブ内に灌流した。灌流液は10分ごとに回収し、回収した液中のセロトニン含量を高速液体クロマトグラフィー(HTEC−500,EICOM Corp.)により定量した。移動相は1%(v/v)メタノール、デカンスルホン酸ナトリウム(SDS,500mg/L)およびEDTA・2Na(50mg/L)を含む99%(v/v)0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液(pH6.0)を使用し、流速500μl/minで通液した。分離カラム(EICOMPAK PP−ODS,30x4.6mm phi,EICOM Corp.)、プレカラム(EICOM PREPAKSET CA−ODS,EICOM Corp.)を用いて分析し、検出には作用電極にグラファイト電極(WE−3G)を備えた電気化学検出器を用い、設定加電圧を+400mV vs Ag/AgClに設定した。
【0135】
タイムスケジュールは、細胞外セロトニン遊離量が安定した(−60分〜0分)後、高カリウムリンゲル液(NaCl:101mM,KCl:50mM,CaCl
2:2.3mM)をプローブ内に20分間灌流し(0〜20分)、その後灌流液を上記リンゲル液に戻して1時間まで細胞外セロトニン遊離量を測定した。
【0136】
〔(5)ウエスタンブロッティング法によるセロトニントランスポーター蛋白質発現量の評価〕
マウス脳サンプル、細胞および株化リンパ球は溶解バッファー[lysis buffer;20mM Tris−HCl,150mM NaCl,50mM NaF,1mM EDTA,1mM EGTA,1%(w/v)TritonX−100,1mM sodium orthovanadate,0.1%(w/v)SDS,1%(w/v)sodium deoxycholate,0.5mM dithiothreitol,10mM sodium pyrophosphate decahydrate,1mM phenylmethylsulfonyl fluoride,10μg/mL aprotinin,10μg/mL leupeptin,and 10μg/mL pepstatin(pH7.4)]中4℃でソニケーターにより超音波破砕し,これらの操作によりホモジネートを得た。ホモジネートを4℃、13000 x gで20分間遠心分離し,得られた上清を使用した。蛋白質量を調整した各上清サンプルにサンプルバッファー[sample buffer;0.125M Tris−HCl(pH6.8),2%(w/v)SDS,5%(w/v)glycerol,0.002%(w/v)bromphenol blue,and 5%(w/v)2−mercaptoethanol]を加えた後,95℃で5分間煮沸した。その後蛋白質(20μg)は10%ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動を行い,ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)膜(Millipore Corporation,Billerica,MA,USA)へ蛋白質を転写し,Detector Block Kit(Kirkegaard and Perry Laboratories,Gaithersburg,MD,USA)を加えてブロッキングした。PVDF膜にセロトニントランスポーター蛋白質に対する1次抗体(anti−SERT)(Millipore,Billerica,MA)を加え,冷蔵庫内(4℃)にて一晩静置した後,2次抗体(HRP−conjugated anti−rabbit IgG)(Kirkegaard and Perry Laboratories)を加え,室温にて3時間静置した。ウエスタンブロッティング検出試薬のECL(GE Healthcare Biosciences,Piscataway,NJ,USA)を用いて免疫複合体による発光を検出し,その発現量を発光による強度の画像解析により算出した。
【0137】
次いで,内因性標準物質のβアクチン蛋白質の発現量を調べるため,ストリッピングを行い,1次抗体(anti−β−actin)(Santa Cruz Biotechnology,Santa Cruz,CA)を加え,インキュベーションした。結果は,得られたセロトニントランスポーター蛋白質のバンドをβアクチン蛋白質のバンドで補正し,コントロール群に対する発現量を百分率(%)として示した。
【0138】
〔(6)ユビキチン化セロトニントランスポーター蛋白質発現量の評価〕
上記A(5)に記載の手法に従い、溶解バッファー[lysis buffer]でホモジナイズしたホモジネートからUbiQapture−Q kit(Enzo Life Sciences International,Inc,Plymouth Meeting,PA)を用いてユビキチン化蛋白質を単離し、上記A(5)と同様の条件のウエスタンブロット法によりユビキチン化セロトニントランスポーター蛋白質を検出した。
【0139】
〔(7)免疫沈降によるMAGE−D1蛋白質とセロトニントランスポーター蛋白質の結合の評価〕
上記A(5)と同様の条件で調製した脳もしくは培養細胞のホモジネートにHAタグ蛋白質に対する抗体anti−HA−tag(Medical & Biological Laboratories,Nagoya,Japan)もしくはセロトニントランスポーター蛋白質に対する抗体anti−SERTとともにdynabeads protein A(Invitrogen)を加えて、回転下でインキュベートすることでdynabeadsと抗体、さらに抗体が認識するサンプル中の抗原(HAタグのついたMAGE−D1蛋白質もしくはセロトニントランスポーター蛋白質)による複合体であるdynabeads−抗原抗体複合体を形成させた。当該Dynabeads−抗原抗体複合体を上記A(5)と同様の条件でサンプルバッファー中で加熱し、複合体をdynabeadsから溶出させた。当該溶出サンプルに対して上記A(5)と同様の条件で抗体anti−SERTもしくは抗体anti−MAGE−D1(Millipore)を用いた上記のウエスタンブロット法を行った。
【0140】
〔(8)セロトニントランスポーターmRNAの定量的評価〕
対照である野生型C57BL/6Jマウス及びモデルマウスの前頭皮質からtotalRNAを抽出し、逆転写酵素により合成したcDNAをリアルタイムRT−PCRのテンプレートとして用いた。mRNA発現量はTaqmanプローブ法により定量した。SERT遺伝子については以下の配列番号2及び3に示すプライマー、並びに以下の配列番号4に示すTaqmanプローブを用いた。
配列番号2:5’−GGATTTCCTCCTGTCTGTCATTGG−3’
配列番号3:5’−CCACCATTCTGGTAGCATATGTAGG−3’
配列番号4:5’−CCGTGGACCTGGGCAACATCTGGC−3’
【0141】
また、内部標準として使用したベータアクチンについては以下の配列番号5及び6に示すプライマー、並びに以下の配列番号7に示すTaqmanプローブを用いた。
配列番号5:5’−GGGCTATGCTCTCCCTCACG−3’
配列番号6:5’−GTCACGCACGATTTCCCTCTC−3’
配列番号7:5’−CCTGCGTCTGGACCTGGCTGGC−3’
なお、万が一本実施例に記載の配列と配列表に記載の配列に齟齬がある場合、本実施例に記載の配列が優先する。
【0142】
〔(9)セロトニン再取り込み活性測定によるセロトニントランスポーター機能の評価〕
24ウエルプレートにセロトニントランスポーター遺伝子恒常発現細胞株を播種し、MAGE−D1遺伝子を遺伝子導入した。遺伝子導入処理後48時間後に放射標識した[
3H]セロトニンを終濃度20nMになるようにKrebs−Ringer HEPESバッファー〔130mM NaCl,1.3mM KCl,2.2mM CaCl
2,1.2mM MgSO
4,1.2mM KH
2PO
4,1.8g/L glucose,10mM HEPES(pH7.4)〕中の細胞に添加し、37℃で10分間インキュベートした。バッファー中の余剰[
3H]セロトニンを除去し、細胞を1N NaOHにて溶解した。液体シンチレーションカウンターにより、細胞内に取り込まれた[
3H]セロトニンをカウントすることで取り込み活性を評価した。[
3H]セロトニンと共に様々な濃度の未標識セロトニンを加え、反応速度分析により結合親和性(Km)・最大結合量(Vmax)値を求めた。
【0143】
〔(10)健常者およびうつ病患者血液からの株化リンパ球の作製〕
健常者、並びに、選択的セロトニン再取込阻害薬である抗うつ薬フルボキサミンの効果があったうつ病患者及びその効果が無かったうつ病患者を対象とした。ハミルトンうつ病評価尺度(Hamilton Depression Scale:HAM−D)を判断基準として、当該うつ病患者は医師によりうつ病であると診断された者である。当該健常者は、医師により健常者であると判断された者である。
【0144】
無菌的に上記各対象者から採血した血液を滅菌した生理食塩水で2倍希釈した。次いで、希釈した当該血液をFicoll−Paque液(GEヘルスケア,Uppsala,Sweden)を3.5ml入れたチューブに静かに重層し、600xgで30分間遠心分離した。次いで、当該遠心分離したサンプルに認められる中間部の白い単核球層及びそのすぐ下層のFicoll−Paque液層を回収した。次いで、当該回収したサンプルを生理食塩水で懸濁し、400xgで30分間遠心分離した。次いで、当該遠心分離により得られた沈渣に生理食塩水を加えて240xgで5分間遠心分離した。次いで、当該遠心分離により得られた沈渣に液体培地(RPMI1640)を加えて再度240xgで5分間遠心分離した。次いで、当該遠心分離で得られた沈渣をリンパ球画分とし、20%胎児ウシ血清、20%Epstein−Barr virusウイルス放出細胞株(B95−8)の培養上清、と2μg/mlシクロスポリンAを加えたRPMI1640を加えて培養した。1週間以上培養し、増殖が認められたものを株化リンパ球とし、10%胎児ウシ血清を加えたRPMI1640を用いて継代培養した。各対象者の血液から調製した株化リンパ球に含まれるセロトニントランスポーター蛋白質発現量の評価、ユビキチン化セロトニントランスポーター蛋白質発現量の評価は上記A(5)、A(6)と同様の手順で行った。
【0145】
(B)結果
〔MAGE−D1遺伝子欠損マウス〕
本実施例においては、モデル動物としてMAGE−D1遺伝子欠損マウスを使用した。うつ病様の行動評価として強制水泳試験を用いた。水を入れた狭いシリンダーに入れたマウスが逃避不可能であることを認知し、水に浮き無動状態になっている時間を意欲の低下として評価するものである。当該モデルマウスは強制水泳試験においては無動時間の延長から意欲の低下が認められ、その無動時間の延長は選択的セロトニン再取り込み阻害薬であるサートラリンおよび三環系抗うつ薬であるイミプラミンによって、ともに有意に用量依存的に緩解された(
図1)。各試験は3連行い、
図1は平均値にて作成した。無働時間割合の平均は、セルトラリン投与試験では、対照マウスは0mg/kgで45.7%、5mg/kgで37.4%、10mg/kgで37.7%であった。モデルマウスは0mg/kgで64.5%、5mg/kgで56.3%、10mg/kgで45.7%であった。イミプラミン投与試験では、対照マウスは0mg/kgで41.7%、10mg/kgで47.7%、20mg/kgで39.0%であった。モデルマウスは0mg/kgで67.0%、10mg/kgで60.2%、20mg/kgで40.6%であった。
【0146】
モデルマウスはヒト抗うつ薬に強い応答性を示すうつ様行動を示すことが示唆された。モデルマウスはヒト抗うつ薬によってうつ病様の行動が緩解されるので、モデルマウスで確認される効果はヒトにおいても有効であると合理的に推測される。さらに、うつ病のメカニズムについても、モデルマウスとヒトで共通点があると合理的に推測される。
【0147】
うつ病の病態にモノアミン仮説があり、特にセロトニン作働性神経系は抗うつ薬の標的として注目されている。モデルマウスのセロトニン作動性神経系の機能についてマイクロダイアリシス法を用いて評価した。モデルマウスの前頭皮質において、高カリウム刺激による細胞外セロトニン遊離量の増加は対照マウスと比較して有意に低下していた(
図2)。
【0148】
モデルマウス及び対照マウスについて各5連試験を行い、
図2は平均値にて作成した。基礎遊離量とは、−60分〜−20分まで、3回に分けて、マウス脳からの流速1μl/minの灌流液を10分間回収した液中のセロトニン濃度の平均であり、モデルマウスは0.46 ± 0.21 pmol/10μl/10min、対照マウスは0.55 ± 0.13 pmol/10μl/10minであり、
図2は基礎遊離量に対する割合で示した。
【0149】
細胞外セロトニン量の平均は、対照マウスは0分(高カリウム刺激付与直後)で275.9%、20分で165.2%、40分で152.0%、60分で169.9%であった。モデルマウスは0分で146.5%、20分で128.1%、40分で101.2%、60分で97.5%であった。モデルマウスにおいてセロトニン作働性神経系の機能低下が示唆された。
【0150】
〔MAGE−D1遺伝子過剰発現系〕
上記A(2)に記載の手順でセロトニントランスポーター遺伝子恒常発現細胞株にHAタグ付きのMAGE−D1遺伝子を遺伝子導入により強制発現させ、MAGE−D1遺伝子過剰発現系として使用した。コントロールとしてHAタグ遺伝子のみ(MAGE−D1遺伝子を持たない。)を強制発現するpcDNA3ベクターを遺伝子導入した。anti−MAGE−D1抗体を使用したウエスタンブロット法(上記A(5)と同様の条件)によりMAGE−D1遺伝子過剰発現系ではMAGE−D1蛋白質(96kD)の過剰発現が認められ、MAGE−D1遺伝子過剰発現の影響を検討するのに十分な系であることを確認できた(
図3)。MAGE−D1遺伝子過剰発現による細胞生存への顕著な影響は認められなかった。
【0151】
〔実施例1:MAGE−D1遺伝子欠損マウスにおけるセロトニントランスポーターの発現〕
モデルマウス及び対照である野生型C57BL/6Jを用い、モデルマウスにおけるセロトニン作動性神経系の機能低下が何によるかについて、前頭皮質のセロトニントランスポーター蛋白質の発現変化について上記A(5)に記載のウエスタンブロッティングおよび上記A(7)に記載の免疫染色で検討したところ、モデルマウスの前頭皮質においてセロトニントランスポーター蛋白質(76kD)量の増加が認められた(
図4a:対照マウスに対して127.4%)。このようなセロトニントランスポーター蛋白質量の増加における転写調節の関与について検討するため、上記A(8)に記載のリアルタイムPCR法にてセロトニントランスポーターmRNAを定量した。セロトニントランスポーターmRNA量はモデルマウスと対照マウスとで差が認められなかった(
図4b:対照マウスに対して77.5%)。一方、上記A(6)に記載の手法にて、セロトニントランスポーター蛋白質のタンパク分解の関与についてそのユビキチン化を検討したところ、モデルマウスにおいて有意なユビキチン化セロトニントランスポーター蛋白質の低下が認められた(
図4c:対照マウスに対して57.6%)。MAGE−D1遺伝子欠損によりユビキチン化を介したセロトニントランスポーター蛋白質の代謝が低下し、モデルマウスにおいてセロトニントランスポーター蛋白質量が増加することが示唆された。
【0152】
図4a〜cに結果を記載した上記試験はモデルマウス及び対照マウスについて各3連試験を行い、試験結果は平均値にて記載した。
【0153】
〔実施例2:MAGE−D1蛋白質とセロトニントランスポーター蛋白質の相互作用〕
MAGE−D1蛋白質とセロトニントランスポーター蛋白質の相互作用として、それらの結合について、免疫沈降法により解析を行った。モデルマウス脳のホモジネートを上記A(5)に記載の手法に従って調製し、dynabeads protein Aとanti−SERT抗体を使用して免疫沈降を行った。セロトニントランスポーター蛋白質と共沈したMAGE−D1蛋白質をanti−MAGE−D1抗体を使用したウエスタンブロット法により検出した(
図5中央レーン)。
【0154】
HAタグ付きMAGE−D1遺伝子を遺伝子導入したセロトニントランスポーター遺伝子恒常発現細胞株のホモジネートを上記モデルマウスの脳のホモジネートと同様の手法で調製し、dynabeads protein Aとanti−SERT抗体もしくはanti−HA抗体を使用して免疫沈降を行った。セロトニントランスポーター蛋白質と共沈したMAGE−D1蛋白質をanti−HA抗体を使用し上記A(5)と同様の条件のウエスタンブロット法により検出した(
図6a)。同様に、MAGE−D1蛋白質と共沈したセロトニントランスポーター蛋白質をanti−SERT抗体を使用した上記A(5)と同様の条件のウエスタンブロット法により検出した(
図6b)。
【0155】
MAGE−D1蛋白質とセロトニントランスポーター蛋白質が結合し、相互作用していることが示唆された。
【0156】
〔実施例3:MAGE−D1蛋白質とセロトニントランスポーター蛋白質の相互作用2〕
MAGE−D1蛋白質は特有のN末端ドメイン、トリプトファン−グルタミン−x−プロリン−x−x(WQxPxx)反復ドメイン、C末端側にネクジンホモロジー(NHD)ドメインを含む(
図7a「MAGE−D1」に概念図を示す。)。そこで、セロトニントランスポーター蛋白質との結合に重要なMAGE−D1蛋白質のドメインの特定を行った。上記A(2)と同様の手法により、それぞれのHAタグ付きのMAGE−D1部分コンストラクト遺伝子を発現するベクター(MAGE−D1−N、MAGE−D1−NHD、MAGE−D1−W:以上の部分コンストラクト遺伝子の概念図を
図7aに示す。)を遺伝子導入したセロトニントランスポーター遺伝子恒常発現細胞株のホモジネートを上記A(5)と同様の手法により調製し、dynabeads protein Aとanti−HA抗体を使用して免疫沈降を行った。MAGE−D1−NHD蛋白質と共沈したセロトニントランスポーター蛋白質をanti−SERT抗体を使用したウエスタンブロット法により検出した(
図7b)。MAGE−D1蛋白質はNHDドメインを介して、セロトニントランスポーター蛋白質と結合・相互作用していることが示唆された。
【0157】
〔実施例4:MAGE−D1遺伝子強制発現によるセロトニントランスポーター蛋白質への影響〕
上記A(2)に記載の手順でセロトニントランスポーター遺伝子恒常発現細胞株にMAGE−D1遺伝子を遺伝子導入により強制発現させ、MAGE−D1蛋白質によるセロトニントランスポーター蛋白質発現量およびセロトニン再取り込み活性への影響について検討を行った。コントロール(MAGE−D1
−)は、セロトニントランスポーター遺伝子恒常発現細胞株とした。
【0158】
MAGE−D1遺伝子導入処理後48時間後のセロトニントランスポーター遺伝子恒常発現細胞株において、anti−SERT抗体を使用した上記A(5)と同様の条件のウエスタンブロット法により、MAGE-D1蛋白質の強制発現によりセロトニントランスポーター蛋白質の発現の減少が認められ(
図8a、コントロールに対して85.1%であった。)、セロトニン再取り込み活性測定における反応速度分析によりVmax値の低下が認められた(
図8b)。
各試験は3連行い、結果は平均値にて記載した。
【0159】
〔実施例5:セロトニントランスポーターの分解におけるMAGE−D1蛋白質によるユビキチン化の関与〕
SERT蛋白質の代謝におけるプロテアソームの関与を検討するために、SERT遺伝子恒常発現細胞株に対するプロテアソーム阻害剤(MG132)の影響を検討した。
【0160】
SERT遺伝子恒常発現細胞株(
図9では「コントロール」と表示する。)のメディウムにMG132(10、50又は100μM)を添加(
図9中「0」は添加無し)してから48時間後において、anti−SERT抗体を使用した上記A(5)と同様の条件のウエスタンブロット法により高分子量(100kD以上)のSERT蛋白質シグナルが認められた(
図9上段「コントロール 100」のレーン)。また、その様な高分子量のSERT蛋白質シグナルはMAGE−D1遺伝子の強制発現(
図9では「MAGE−D1」と表示する。)によりさらに増加が認められた(
図9上段「MAGE−D1 100」のレーン)。この高分子量のSERT蛋白質シグナルの同定を目的として、UbiQapture‐Q kitを用いて上記A(6)の手順にてユビキチン化タンパク質を単離し、anti−SERT抗体を使用したウエスタンブロット法による解析を行った。その結果、高分子量のSERT蛋白質シグナルはユビキチン化されたSERT蛋白質であることが同定された(
図9a中段「コントロール 100」のレーンおよび「MAGE−D1 100」のレーン)。SERT蛋白質はユビキチン化により高分子量化されることにより、プロテアソームにおいて分解され、その工程をMAGE−D1が促進することが示唆された。
【0161】
〔実施例6:うつ病患者由来の株化リンパ球におけるユビキチン化セロトニントランスポーター発現量およびプロテアソーム阻害剤によるセロトニントランスポーター発現量変化〕
ユビキチン化セロトニントランスポーター蛋白質はUbiQapture−Q kitを用いた免疫沈降によりユビキチン化蛋白質を単離した中から、セロトニントランスポーター蛋白質に対する抗体を用いたウエスタンブロットにより検出したバンド(76kD)として判断した。健常者由来の株化リンパ球におけるユビキチン化セロトニントランスポーター発現量(当該発現量をユビキチン化セロトニントランスポーター蛋白質量のコントロールとする。)と比較し、抗うつ薬フルボキサミンの効果があったうつ病患者由来のそれは84.7%であり有意差が認められなかったが、抗うつ薬の効果がなかったうつ病患者由来のそれは58.7%であり有意に低かった(
図10a)。
【0162】
継代培養に用いた細胞培養メディウムにMG132を終濃度20μMになる様に添加し、その4時間後に株化リンパ球を回収する手順で各株化リンパ球の継代培地にMG132を添加する試験を行った。MG132を添加した試験における、健常者由来の株化リンパ球におけるユビキチン化セロトニントランスポーター発現量は130.6%であった。当該試験において、健常者由来の株化リンパ球におけるユビキチン化セロトニントランスポーターの発現量と比較して、抗うつ薬フルボキサミンの効果があったうつ病患者由来のそれは103.4%であり有意差が認められなかったが、抗うつ薬の効果がなかったうつ病患者由来のそれは88.5%であり有意に低かった(
図10a)。
【0163】
健常者由来の株化リンパ球におけるセロトニントランスポーターの発現量(当該発現量をセロトニントランスポーター蛋白質量のコントロールとする。)と比較して、同株化リンパ球にMG132を添加したもののそれは173.8%に有意に増加した(
図10b)。抗うつ薬の効果のあったうつ病患者由来の株化リンパ球のセロトニントランスポーター発現量は109.5%であり、同株化リンパ球にMG132を添加したそれでは141.9%であった(
図10b)。また、抗うつ薬の効果のなかったうつ病患者由来の株化リンパ球のセロトニントランスポーター発現量は136.9%であり、同株化リンパ球にMG132を添加したそれでは143.6%であった(
図10b)。これら抗うつ薬の効果の有無にかかわらずうつ病患者の株化リンパ球においてMG132添加によるセロトニントランスポーター発現量の有意な増加が認められなかった。上記各試験は6連行い、結果は平均値にて記載した。
【0164】
これらの結果から、抗うつ薬非応答性のうつ病患者由来の株化リンパ球においてユビキチン化セロトニントランスポーター発現量の低下が認められ、ユビキチン化を介したプロテアーゼによるセロトニントランスポーターの分解が低下した結果、プロテアーゼ阻害剤に応答したセロトニントランスポーター発現量の増加がうつ病患者由来の株化リンパ球において認められなかったと考えられる。
【0165】
上記MG132を添加しない試験の測定結果に基づいて算出したSERT蛋白質全量に対するユビキチン化SERT蛋白質量の比率(ユビキチン化SERT蛋白質量/SERT蛋白質全量)は、健常者由来の株化リンパ球と比較(当該健常者由来の株化リンパ球から算出したSERT蛋白質全量に対するユビキチン化SERT蛋白質量の比率をコントロールとする。)し、抗うつ薬応答性のうつ病患者由来の株化リンパ球で72.1%、抗うつ薬非応答性のうつ病患者由来の株化リンパ球で39.2%であった。うつ病患者由来の株化リンパ球におけるユビキチン化されたセロトニントランスポーター蛋白質の比率は、健常者における当該比率に比べて低レベルであった。
これら実験における有意差検定には一元配置分散分析及びポストホック解析であるFisher‘s PLSD法を用いた。
【0166】
なお、本実施例6において「SERT蛋白質全量」とは、抗体を用いた検出で検出されたSERT蛋白質の全量を意味し、ユビキチン化SERT蛋白質量も含む。
【0167】
セロトニントランスポーターはユビキチンが付加されることにより高分子量化しプロテアソームにより分解されると考えられる。
プロテアソーム阻害剤であるMG−132を添加することにより、セロトニントランスポーターの分解を抑制した場合の影響を検討した。健常者におけるセロトニントランスポーターの発現はMG−132の添加により増加した(
図10b)。一方、抗うつ薬に応答性ならびに非応答性のうつ病患者におけるセロトニントランスポーターの発現はMG−132の添加による変化は認められなかった(
図10b)。
【0168】
抗うつ薬に非応答性のうつ病患者におけるユビキチン化されたセロトニントランスポーターの発現は健常者におけるそれと比較して、有意に低かった(
図10a)。そのような変化はMG−132の添加時においても認められた(
図10a)。
【0169】
セロトニントランスポーターがユビキチン化されないと、体内に過剰のセロトニントランスポーターが存在しシナプス間隙におけるセロトニン量が不十分になり、うつ病が引き起こされると考えられる。よって、MG−132添加によるセロトニントランスポーターの発現の増加が認められなくなるほど、もしくはユビキチン化されたセロトニントランスポーターの割合が低くなるほど、うつ病を患っている可能性が高くなると考えられる。
【0170】
以上のことから、リンパ球、血小板ならびにそれを含む血液に含まれるユビキチン化セロトニントラスポーターの定量ならびにプロテアーゼ阻害剤によるセロトニントランスポーター量の変化はうつ病の決定法として有用である。