(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
(第1実施形態)
図1〜
図5を参照して、
図1に示す第1実施形態の前駆体1(Nb
3Sn超電導線材製造用前駆体)について説明する。
【0016】
前駆体1(高Sn濃度ブロンズNb
3Sn超電導線材の前駆体)は、ブロンズ法により製造されるNb
3Sn超電導線材(以下「超電導線材」)の製造に用いられる。前駆体1に対してNb
3Sn生成熱処理を施し、Nb
3Sn系超電導相(Nb
3Sn相)を形成させることで、超電導線材が製造される。この超電導線材は、超電導マグネットのコイルの巻線などとして用いられる。この超電導マグネットは、核磁気共鳴(NMR)分析装置、物性評価装置、電力貯蔵や核融合炉等に用いられる。詳細は後述するが、前駆体1は、二次多芯材を加工(伸線加工、縮径加工)した後の段階の前駆体である。
【0017】
この前駆体1は、前駆体1を用いて製造した超電導線材を巻線としてコイルを形成したときに、巻線どうしの隙間(デッドスペース)を減らせるように形成される。具体的には、前駆体1は、矩形状断面を有する。前駆体1は、例えば平角線材である。さらに詳しくは、前駆体1の軸方向から見たときの前駆体1の断面は、矩形状(略矩形状を含む)である。以下の「断面」についても、前駆体1の軸方向(後述する一次集合体10の軸方向)から見た断面である。上記「矩形状」には、矩形の4つの角が丸いものが含まれる。矩形の4つの角が直角に近いほど、上記デッドスペースが少なくなる。ただし、矩形の2つの隣り合う角(対角を除く2つの角)の間に直線部分があることが、上記「矩形状」であることの必要条件とする。さらに詳しくは、前駆体1の断面の外周が、平行な2本の直線と、この2本の直線に直交する平行な2本の直線と、を備えることが、上記「矩形状」であることの必要条件とする。上記「平行」および「直交」は、「略平行」および「略直交」でもよい。前駆体1の断面の幅(長辺側長さ)をW、前駆体1の厚さ(短辺側長さ)をTとしたとき、アスペクト比W/Tは、2.30以下である(詳細は後述)。なお、前駆体1から製造された超電導線材の断面構造は、前駆体1の断面構造と同一(略同一を含む)である。前駆体1は、安定化銅層2と、拡散障壁層3と、超電導マトリックス部4と、を備える。
【0018】
安定化銅層2は、Nb
3Sn相が焼損すること抑制するための層である。さらに詳しくは、超電導線材が超電導状態から常電導状態になったときに、Nb
3Sn相に過電流が流れ、Nb
3Sn相が焼損するおそれがあるところ、安定化銅層2はこの焼損を抑制する。安定化銅層2は、前駆体1の最も外周側部分に配置される。なお、安定化銅層2の断面の外周側端部に囲まれた形状が、前駆体1の断面形状である。
【0019】
拡散障壁層3は、Nb
3Sn生成熱処理の際に超電導マトリックス部4内のSnが外部(安定化銅層2)に拡散することを抑制する層である。拡散障壁層3は、安定化銅層2よりも内周側、かつ、超電導マトリックス部4よりも外周側に配置される。
【0020】
超電導マトリックス部4は、Nb
3Sn生成熱処理によりNb
3Sn相が形成される部分である。超電導マトリックス部4は、複数(多数)の一次集合体10を備える。なお、
図1では複数の一次集合体10のうち一部のみを図示し、図示した一次集合体10のうち一部のみに符号を付した。
【0021】
一次集合体10は、ブロンズ部11(後述)と、複数(多数)のNb芯12(後述)と、が集合したものである。超電導マトリックス部4を構成する一次集合体10の数は、例えば、数十本、百数十本、数百本、千数百本、または数千本などである。複数の一次集合体10は、密集して配置される(互いに接触し、束ねられる)。1個の一次集合体10の断面は、例えば六角形状である(円形などでもよい)。一次集合体10の断面の図心(図形の中心)を中心Oとする。なお、一次集合体10どうしの境界は、加工後(後述する二次多芯材加工工程の後)には見えない。
図1ではこの境界を図示した。
図2ではこの境界を想像線(二点鎖線)で図示した。
図1に示すように、一次集合体10は、ブロンズ部11と、Nb芯12と、を備える。
【0022】
ブロンズ部11は、Cu−Sn基合金を含む。ブロンズ部11の材料の全部または大部分はCu−Sn基合金である。ブロンズ部11の大部分は、Cuの中にSnが溶け込んだ固溶体(α相)である。ブロンズ部11におけるSnの濃度(Sn濃度)は、15[wt%]以上である。ブロンズ部11には、添加元素(TiまたはZr)が、例えば0.3〜0.5[wt%]程度含まれる。ブロンズ部11には、微量(例えば0.5[wt%]未満)の不純物が含まれてもよい。
【0023】
Nb芯12(Nbフィラメント)は、純NbまたはNb基合金を含む。Nb芯12の材料の全部または大部分は、純NbまたはNb基合金である。Nb芯12には、微量(例えば0.5[wt%]未満)の不純物が含まれてもよい。Nb芯12には、添加元素(例えばTa、Hf、Zr、Tiなど)が0.5[wt%]〜10[wt%]程度含まれてもよい。Nb芯12は、ブロンズ部11に複数本埋め込まれる。Nb芯12は、1個の一次集合体10中に例えば19本設けられる(18本以下や20本以上設けられてもよい)。なお、
図1および
図2では、複数のNb芯12のうち、一部のNb芯12にのみ符号を付した。複数のNb芯12それぞれの断面は、例えば円形状(詳細は後述)である。
【0024】
このNb芯12は、次のように配置される。
図2に示すように、一次集合体10の断面において、1個の一次集合体10中のNb芯12全体は、円形状(略円形状でもよい)に配置される。1個の一次集合体10中のNb芯12全体が形成する形状の図心の位置は、一次集合体10の断面の中心Oと一致する(略一致してもよい)。複数のNb芯12は、一次集合体10の断面の中央部分に寄せられるように(集められるように)配置される。一次集合体10の断面におけるNb芯12の配置の具体例は次の通りである。1個のNb芯12は、一次集合体10の断面の中心O上に配置される。他のNb芯12は、円周(円周C1、円周C2)上に並ぶように配置される。円周C1および円周C2それぞれの円の中心の位置は、中心Oと一致する(略一致してもよい)。上記「円周」(円周C1、円周C2)は、1個の一次集合体10あたり2つ設けられる(1つや3つ以上設けられてもよい)。内側の円周C1上のNb芯12は、60°ごとに等間隔に6個配置される。外側の円周C2上のNb芯12は、30°ごとに等間隔に12個配置される。一次集合体10の軸方向から見た断面における、Nb芯12などに関する寸法には、直径dfと、間隔dsと、間隔Lと、中心間距離Lcと、がある。
【0025】
直径dfは、Nb芯12の直径である。直径dfは、平均値である。さらに詳しくは、直径dfは、複数(10以上が好ましい)のNb芯12の直径を加算平均した値である。前駆体1が矩形状断面を有する場合は、前駆体1の断面の外周側部分(最も外周側部分、またはその近傍)のNb芯12の直径を、
図2に示す直径dfとする。その理由は次の通りである。
図1に示すように前駆体1が矩形状断面を有する場合、前駆体1の断面の外周側部分の一次集合体10は、
図2に示すような断面構造となる。しかし、前駆体1の断面の中央部分の一次集合体10は、
図2に示す断面構造を扁平に変形させたような断面構造となる。具体的には、前駆体1(
図1参照)の断面の中央部分では、Nb芯12の断面が略楕円形状などになる。そこで、前駆体1(
図1参照)の断面の外周側部分のNb芯12の直径を、直径dfとする。
【0026】
間隔dsは、1個の一次集合体10内で隣り合うNb芯12の間隔であって、一次集合体10の断面の中央部分に向かう方向に隣り合うNb芯12の間隔である。間隔dsは、平均値である。さらに詳しくは、間隔dsは、隣り合うNb芯12間の間隔を複数箇所(10以上が好ましい)で測り、測った値を加算平均した値である。上記「一次集合体10の断面の中央部分に向かう方向」(「方向α」とする)は、一次集合体10の断面の外周から、一次集合体10の断面の中心O(または中心Oの近傍)に向かう方向である。一次集合体10の断面が円形状の場合(
図3参照)、上記「方向α」は、一次集合体10の断面の径方向である。なお、上記「方向α」以外の方向におけるNb芯12の間隔は、間隔ds以上である。例えば、円周C1や円周C2に沿う方向(周方向)におけるNb芯12の間隔は、間隔ds以上であり、例えば間隔dsと同一(略同一でもよい)である。また、間隔dsは、「円周C1の半径−直径df」と等しい。また、間隔dsは、「円周C2の半径−円周C1の半径−直径df」と等しい。
【0027】
間隔Lは、隣り合う一次集合体10それぞれから1個ずつ選択した2個のNb芯12であって最短距離(最短ギャップ)で隣り合う2個のNb芯12の間隔である。間隔Lは、直径dfなどと同様に、平均値である。前駆体1(
図1参照)が矩形状断面を有する場合は、直径dfと同様に、前駆体1の断面の外周側部分でのNb芯12の間隔を間隔Lとする。
【0028】
中心間距離Lcは、隣り合う一次集合体10それぞれの中心O間の距離である。中心間距離Lcは、直径dfなどと同様に、平均値である。前駆体1(
図1参照)が矩形状断面を有する場合は、直径dfなどと同様に、前駆体1の断面の外周側部分での中心O間の距離を中心間距離Lcとする。
【0029】
(製造方法)
図1に示す前駆体1の製法は、一次多芯材作製工程と、一次多芯材加工工程と、二次多芯材作製工程と、二次多芯材加工工程と、を備える。
【0030】
一次多芯材作製工程は、
図3に示す一次多芯材110(一次多芯ビレット)が作製される(組み立てられる)工程である。一次多芯材110は、
図1に示す前駆体1の段階での一次集合体10に対応する。以下、前駆体1の段階での構成要素名を単に括弧を付して記載する場合がある(前駆体1の段階での構成要素については
図1を参照)。
図3に示す一次多芯材110(一次集合体10)は、次の[工程1A」〜[工程1D]のように作製される。なお、下記の寸法などの数値は一例であり、適宜変更してもよい。[工程1A]インゴットであるブロンズ部111(ブロンズ部11)が用意される。ブロンズ部111は、Cu−15[wt%]Sn−0.3[wt%]Tiの組成を有する。このブロンズ部111の寸法は、外径φ100[mm]、長さ350[mm]である。[工程1B]このブロンズ部111の径方向の中心Oとその周囲に、穴があけられる。穴の数は19である。ブロンズ部111の径方向に隣り合う穴どうしの間隔Ds(
図2の間隔dsに対応)は2.45[mm]である。穴の寸法は、φ12+0.02[mm]である。[工程1C]この穴に、Nb棒112(Nb芯12)が挿入される。Nb棒112の直径Df(
図2の直径dfに対応)は、φ12[mm]である。その結果、間隔Dsと直径Dfとの比Ds/Df(
図2のds/dfに対応)は、Ds/Df=0.20となる。[工程1D]上記[工程1C]を経たブロンズ部111およびNb棒112(一次集合体10)の軸方向両端が、溶接によって真空封止される。上記[工程1A]〜[工程1D]により、一次多芯材110(一次集合体10)が作製される。
図3に示す一次多芯材110の断面構造は、[工程1A]〜[工程1D]を経た段階のものである。一次多芯材110のブロンズ比は、2.5である。ブロンズ比とは、ブロンズ部111(ブロンズ部11)の断面積を、Nb棒112(Nb芯12)の断面積で割った値である。この一次多芯材110が複数本作製される。
【0031】
一次多芯材加工工程は、一次多芯材110(一次集合体10)が加工される工程である。一次多芯材110の加工は次の[工程2A]〜[工程2B]のように行われる。[工程2A]一次多芯材110が、熱間静水圧押出しされる。その後、一次多芯材110に対し、抽伸加工と中間焼鈍とが繰り返し行われる。[工程2B]上記[工程2A]を経た一次多芯材110が、六角ダイスにより六角形状の断面に加工される(
図3の二点鎖線を参照)。この段階での一次多芯材110の六角形断面の対角の長さは、約2〜3[mm]である。
【0032】
二次多芯材作製工程は、二次多芯材(二次多芯ビレット)(前駆体1)が作製される工程である。二次多芯材(前駆体1)は次の[工程3A]〜[工程3C]のように作製される。[工程3A]
図1に示すように、上記[工程2B]を経た一次多芯材110(
図3参照)(一次集合体10)が1470本束ねられる。束ねられた一次多芯材110(一次集合体10)の外側(外周)にNbシート(拡散障壁層3)が巻き付けられる。[工程3B]上記[工程3A]を経た一次多芯材110(一次集合体10)およびNbシート(拡散障壁層3)が、無酸素銅パイプ(安定化銅層2)の中に挿入される。[工程3C]上記[工程3B]を経た無酸素銅パイプ(安定化銅層2)の軸方向両端部が溶接によって真空封止される。上記[工程3A]〜[工程3C]により二次多芯材(下記の[工程4B]を経た後の前駆体1に対応)が作製される。
【0033】
二次多芯材加工工程は、二次多芯材(前駆体1)が加工される工程である。二次多芯材の加工は次の[工程4A]〜[工程4B]のように行われる。[工程4A]上記[工程3C]を経た二次多芯材(前駆体1)が熱間静水圧押出しされる。その後、二次多芯材(前駆体1)に対し、抽伸加工と中間焼鈍とが繰り返し行われる。[工程4B]上記[工程4A]を経た二次多芯材(前駆体1)の断面が、厚さT=1.40[mm]、幅W=2.30[mm]、アスペクト比W/T=1.64、断面積=1.40×2.30[mm
2]の矩形状になるように加工される。この[工程4B]を経ることにより、前駆体1が製造される。[工程5]前駆体1に対して、真空中で720℃×100時間のNb
3Sn生成熱処理が施されることにより、ブロンズ部11とNb芯12との界面にNb
3Sn化合物(Nb
3Sn相)が生成される。これにより、Nb
3Sn超電導線材が製造される。このように、前駆体1は、上記[工程4B]を経たものであり、かつ、上記[工程5]が行われる前のものである。
【0034】
(寸法などの例)
上記[工程1A]〜[工程4B]により製造された前駆体1に関する寸法は次のようになる。
図2に示す一次集合体10では、間隔ds(=1.2[μm])と直径df(=6.0[μm])との比は、ds/df=0.20である。ここで、
図3に示す一次多芯材110では、直径Df(=φ12[mm])と間隔Ds(=4.9[mm])との比は、Ds/Df=0.20である。このように、
図2に示す一次集合体10でのds/dfは、
図3に示す一次多芯材110でのDs/Dfと等しい(ほぼ等しくてもよい)。そのため、一次多芯材110でのDs/Dfを調整することにより、
図2に示す一次集合体10でのds/dfを調整できる。また、一次集合体10では、間隔L(=16.2[μm])と直径df(=6.0[μm])との比は、L/df=2.7である。
図3に示す一次多芯材110での、ブロンズ部111の直径と、直径Dfと、間隔Dsと、を調整することにより、
図2に示す一次集合体10でのL/dfを調整できる。また、隣り合う一次集合体10どうしの中心間距離Lcは、51[μm]である。
【0035】
(Nb芯12の加工性)
上記のように一次多芯材110(一次集合体10)のNb棒112(Nb芯12)が伸線加工(熱間静水圧押出しや抽伸加工)される。以下では、前駆体1(
図1参照)の段階での一次集合体10だけでなく、一次多芯材110から一次集合体10への加工途中の集合体も一次集合体10という。また、前駆体1(
図1参照)の段階でのNb芯12だけでなく、Nb棒112からNb芯12への加工途中のNbも、Nb芯12という。Nb芯12は、健全な形状で加工(健全加工)されることが好ましい。Nb芯12が健全加工されない場合、Nb芯12が健全加工された場合に比べ、超電導線材の臨界電流密度が低くなる。「健全な形状」のNb芯12は、このNb芯12の断面が円形状(略円形状を含む)であり、かつ、このNb芯12の直径dfが一定(略一定を含む)である。
【0036】
Nb芯12の健全加工は、Nb芯12よりも固い物質により阻害される。Nb芯12の加工性の詳細は次の通りである。上記(背景技術)のように、
図1に示すブロンズ部11でのSn濃度を高くするほど、前駆体1を用いて製造された超電導線材の臨界電流密度を高くできる。しかし、Sn濃度を約15.8[wt%]よりも大きくしようとすると、Cu−Sn化合物(金属間化合物)(代表的なものとしてδ相)が生成する。このCu−Sn化合物は、Nbよりも固く、Nb芯12の直径dfに比べて大きい。このCu−Sn化合物は、上記[工程2B]が行われた段階で、粒径が例えば50〜100[μm]などである。このCu−Sn化合物により、Nb芯12の健全加工が阻害される(例えば不可能になる)。
【0037】
そこで、ブロンズ部11に、TiおよびZrの少なくともいずれかである添加物を0.3〜0.5[wt%]程度添加すると、Cu−Sn化合物が生成されなくなる(または生成が抑制される)。よって、Sn濃度を15.8[wt%]よりも大きくできる。一方、ブロンズ部11への添加物の添加により、Cu−Sn−Ti化合物およびCu−Sn−Zr化合物の少なくともいずれか(以下Cu−Sn−Ti化合物とする)が生成する。このCu−Sn−Ti化合物は、Nbよりも固いが、Cu−Sn化合物に比べて小さく、Nb芯12の直径dfに比べて小さい場合がある。このCu−Sn−Ti化合物は、上記[工程4B]が行われた段階で、粒径が例えば5[μm]以下である。そのため、Cu−Sn−Ti化合物が形成されても、Nb芯12を健全加工できる場合がある。
【0038】
しかし、Sn濃度が15[wt%]以上の場合(特に15.8[wt%]を超える場合)には、Nb芯12の健全加工が、Cu−Sn−Ti化合物により阻害されるおそれがある。その理由は次の通りである。上記のように、一次集合体10に対し、抽伸加工と中間焼鈍とが繰り返される(上記[工程2A]参照)。すると、Cu−Sn−Ti化合物は小さくなる。さらに、一次集合体10の断面の中央部分に比べ外周側部分でSn濃度が高くなり、この外周側部分でCu−Sn−Ti化合物が多く形成される(Cu−Sn−Ti化合物の数密度が高くなる)。そのため、この外周側部分のCu−Sn−Ti化合物が、Nb芯12の健全加工を阻害するおそれがある。また、Cu−Sn−Ti化合物は、一次集合体10の断面の中央部分にも存在する。そのため、この中央部分のCu−Sn−Ti化合物が、Nb芯12(
図1参照)の健全加工を阻害するおそれもある(後述)。
【0039】
(実験)
様々なds/dfおよびL/df(
図2参照)を有する前駆体(実施形態の前駆体1および比較例の前駆体)を作製した。各前駆体に対して上記[工程5]のNb
3Sn生成熱処理を施すことで、超電導線材を製造した。そして、各超電導線材について、外部磁場20T(テスラ)中で臨界電流密度(nonCu−Jc)を測定した。臨界電流密度(nonCu−Jc)は、臨界電流を、前駆体1から安定化銅層2を除いた部分の断面積で割った値である。作製した前駆体には、例えば次の「比較例1」と、「実施例1」と、がある。
[実施例1]実施例1は、上記[工程1A]〜[工程4B]により作製した前駆体1である。「実施例1」では、ds/df=0.20である。
[比較例1]比較例1では、ds/df=0.40である。比較例1の前駆体は次のように作製される。上記[工程1B]において、
図3に示す間隔DsをDs=2.45[mm]としたことに代えて、Ds=4.9[mm]とすることにより、Ds/Df=0.40とした。その他の工程は、上記[工程1A]〜[工程4B]と同様に行われる。なお、各前駆体について、Nb芯12の直径df(=6.0[μm])、および、中心間距離Lc(=51[μm])を統一した。
【0040】
図4および
図5に測定結果を示す。
図4は、ds/df(
図2参照)と、臨界電流密度(nonCu−Jc)と、の関係を示すグラフである。
図5は、L(
図2参照)と、臨界電流密度(nonCu−Jc)と、の関係を示すグラフである。
[比較例1の結果]比較例1(ds/df=0.40)の結果は次のようになった。
図4に示すように、比較例1では、臨界電流密度が125[A/mm
2]となった。比較例1の臨界電流密度は、高磁場NMR用線材として使用可能と考えられる基準(以下「合格基準」)の130[A/mm
2]未満となった。比較例1では、n値が18となり、後述する実施例1などと比べてn値が低い値に留まった。n値とは、超電導状態から常電導状態への転位の鋭さを示す量であり、n値が高いほど好ましい。
[実施例1]実施例1(ds/df=0.20)の結果は次のようになった。実施例1では、臨界電流密度が148[A/mm
2]となり、合格基準の130[A/mm
2]以上となった。実施例1では、n値が34となり、比較例1に比べて高い値が得られた。
【0041】
(ds/df、dsについて)
図4に示すように、0.10≦ds/df≦0.35(0.60[μm]≦ds≦2.10[μm])の範囲では、臨界電流密度が合格基準の130[A/mm
2]以上となり、n値が30〜34の高い値(比較例1に比べて高い値)となった。さらに、0.15≦ds/df≦0.25(0.90[μm]≦ds≦1.50[μm])の範囲では、臨界電流密度が140[A/mm
2](「好ましい合格基準」)以上となった。
【0042】
(L、L/dfについて)
図5に示すように、12.6[μm]≦L≦18.6[μm](2.1≦L/df≦3.1)の範囲では、臨界電流密度が合格基準の130[A/mm
2]以上となり、n値が30〜34の高い値(比較例1に比べて高い値)となった。さらに、15.0[μm]≦L≦17.4[μm](2.5≦L/df≦2.9)の範囲では、臨界電流密度が好ましい合格基準の140[A/mm
2]以上となった。
【0043】
(間隔dsの最大値、間隔Lの最小値)
図2に示す間隔dsが大きいほど、または、間隔Lが小さいほど、一次集合体10の断面の外周側にNb芯12が近づく(
図9に示す一次集合体310を参照)。すると、一次集合体310(
図9参照)の断面の外周側部分のCu−Sn−Ti化合物により、この外周側部分のNb芯12の健全加工が阻害され、臨界電流密度が低くなる。具体的には、
図4および
図5に示すように、ds/df>0.35、または、L/df<2.1の場合は、合格基準である130[A/mm
2]以上の臨界電流密度が得られない。一方、
図2に示すように、Nb芯12の間隔dsや間隔Lが適切な場合、一次集合体10の断面の外周側部分よりも中央部分に寄るようにNb芯12が配置される。よって、一次集合体10の断面の外周側部分のCu−Sn−Ti化合物の影響を受けにくい位置で、Nb芯12が健全加工され、臨界電流密度が高くなる。具体的には、
図4および
図5に示すように、ds/df≦0.35、および、L/df≧2.1、それぞれの場合に、合格基準である130[A/mm
2]以上の臨界電流密度が得られた。
【0044】
また、
図2に示す隣り合うNb芯12の間隔dsを小さくするほど、n値が向上する。この理由は次の通りである。Nb芯12(Nb
3Sn相)の臨界電流密度を超えて電流が流れようとする時、このNb芯12に隣接するとともにこのNb芯12よりも臨界電流密度が高いNb芯12に電流が移る。この際、間隔dsが小さいほど、隣り合うNb芯12間のブロンズ部11(Nb
3Sn生成熱処理後は銅になる)の距離が短くなり、微小抵抗が低下する。その結果、n値が向上する。具体的には、ds/df≦0.35、および、L/df≧2.1、それぞれの場合に30〜34のn値が得られた。
【0045】
(間隔dsの最小値、間隔Lの最大値)
図2に示す一次集合体10の断面の中央部分にも、Cu−Sn−Ti化合物は存在する。そのため、直径dfに比べて間隔dsが小さすぎると、または、直径dfに比べて間隔Lが大きすぎると、
図10に示すように、隣り合うNb芯312にまたがるようにCu−Sn−Ti化合物(化合物313)が配置される場合がある。その結果、Cu−Sn−Ti化合物(化合物313)によりNb芯312の健全加工が阻害され、臨界電流密度が低くなる。具体的には、
図4および
図5に示すように、ds/df<0.10、または、L/df>3.1の場合、合格基準である130[A/mm
2]以上の臨界電流密度が得られない。一方、
図2に示すように、Nb芯12の間隔dsや間隔Lが適切な場合、一次集合体10の断面の中央部分のCu−Sn−Ti化合物が、隣り合うNb芯12にまたがるように配置されにくい。よって、Nb芯12が健全加工されやすく、臨界電流密度が高くなる。具体的には、
図4および
図5に示すように、ds/df≦0.35、および、L/df≧2.1、それぞれの場合に、合格基準である130[A/mm
2]以上の臨界電流密度が得られた。
【0046】
(アスペクト比について)
図1に示すアスペクト比W/Tが2.30以下の場合、上記の実験結果と同様の結果が得られる。しかし、アスペクト比W/Tが2.30よりも大きくなると、上記と同様の結果が得られない場合がある。さらに詳しくは、W/T>2.30の場合、合格基準である130[A/mm
2]以上の臨界電流密度が得られるようなds/dfおよびL/dfそれぞれの範囲が狭くなる、または、合格基準の臨界電流密度が得られない。これは、矩形状断面を有する前駆体1では、前駆体1の断面の中央部分で、Nb芯12の断面形状が扁平(楕円状など)だからである。アスペクト比W/Tは、2.0以下であることが好ましい。アスペクト比W/Tが2.0以下の場合、前駆体1の断面中央部分のNb芯12の断面が円形状に近い(W/T>2.0の場合に比べて)。なお、アスペクト比W/Tは、1以上である。
【0047】
(効果1)
図1に示す前駆体1による効果を説明する。前駆体1は、アスペクト比W/Tが2.30以下の矩形状断面を有する。前駆体1は、複数の一次集合体10を備える。一次集合体10は、Sn濃度が15[wt%]以上であるブロンズ部11と、ブロンズ部11に複数本埋め込まれるNb芯12と、を備える。
[構成1]
図2に示すように、一次集合体10の軸方向から見た断面において、1個の一次集合体10内で隣り合うとともに一次集合体10の中央部分に向かう方向に隣り合うNb芯12の間隔をdsとし、Nb芯12の直径をdfとしたとき、
0.10≦ds/df≦0.35である(
図4参照)。
【0048】
(効果1−1)上記[構成1]では、ds/df≦0.35である。ds/df≦0.35の場合は、ds/df>0.35の場合に比べ、一次集合体10の断面の中央部分に寄るようにNb芯12が配置される。よって、一次集合体10の断面の外周側部分に多く形成されるCu−Sn−Ti化合物(またはCu−Sn−Zr化合物、以下同様)の影響を受けにくい位置に、Nb芯12が配置されやすい。よって、Nb芯12を健全な形状で加工できる。その結果、前駆体1により製造されるNb
3Sn超電導線材の臨界電流密度を向上させることができる。
【0049】
(効果1−2)上記[構成1]では、0.10≦ds/dfである。0.10≦ds/dfの場合は、ds/df<0.1の場合に比べ、隣り合うNb芯12どうしの間隔dsが大きい。よって、隣り合うNb芯12どうしの間にCu−Sn−Ti化合物が配置されても、Nb芯12を健全な形状で加工できる。その結果、前駆体1により製造されるNb
3Sn超電導線材の臨界電流密度を向上させることができる。
【0050】
(効果1−3)上記[構成1]では、ds/df≦0.35であるので、ds/df>0.35の場合に比べ、隣り合うNb芯12どうしの間隔が小さい。よって、ds/df>0.35の場合に比べ、n値を確保できる。さらに詳しくは、上記「(効果1−2)」を得るために、単に隣り合うNb芯12どうしの間隔dsを大きくすれば、n値が小さくなるおそれがある。しかし、ds/df≦0.35とすることにより、n値を確保できる。
【0051】
(効果2)
[構成2]一次集合体10の軸方向から見た断面において、隣り合う一次集合体10それぞれから1個ずつ選択した2個のNb芯12であって最短距離で隣り合うNb芯12の間隔をLとし、Nb芯12の直径をdfとしたとき、
2.1≦L/df≦3.1である(
図5参照)。
【0052】
(効果2−1)上記[構成2]では、2.1≦L/dfである。2.1≦L/dfの場合は、L/df<2.1の場合に比べ、一次集合体10の断面の外周側部分から離れるようにNb芯12が配置される。よって、一次集合体10の断面の外周側部分に多く形成されるCu−Sn−Ti化合物の影響を受けにくい位置に、Nb芯12が配置される。よって、Nb芯12を健全な形状で加工できる。その結果、前駆体1により製造されるNb
3Sn超電導線材の臨界電流密度を向上させることができる。
【0053】
(効果2−2)上記[構成2]では、L/df≦3.1である。L/df≦3.1の場合は、3.1<L/dfの場合に比べ、隣り合うNb芯12どうしの間隔dsが大きくなりやすい。よって、隣り合うNb芯12どうしの間にCu−Sn−Ti化合物が配置されても、Nb芯12を健全な形状で加工できる。その結果、前駆体1により製造されるNb
3Sn超電導線材の臨界電流密度を向上させることができる。
【0054】
(効果2−3)上記[構成2]では、2.1≦L/dfであるので、L/df<2.1の場合に比べ、隣り合うNb芯12どうしの間隔が小さくなりやすい。隣り合うNb芯12どうしの間隔が小さくなることにより、n値を確保できる。さらに詳しくは、上記「(効果2−2)」を得るために、単に間隔Lを小さくして直径dfを大きくすれば、n値が小さくなるおそれがある。しかし、2.1≦L/dfとすることにより、n値を確保できる。
【0055】
(第2実施形態)
図6を参照して、第2実施形態の前駆体201(Nb
3Sn超電導線材製造用前駆体)について、第1実施形態との相違点を説明する。なお、前駆体201のうち、第1実施形態との共通点については、第1実施形態と同一の符号を付し、説明を省略した。
図1に示す第1実施形態の前駆体1の断面は矩形状であったが、
図6に示す第2実施形態の前駆体201の断面は円形状である。
【0056】
前駆体201は、円形状断面を有する。前駆体201は、丸線材である。上記「円形状断面」の「円形状」には、略円形状(例えばほぼ円形状の楕円形状など)を含む。第1実施形態では、上記[工程4B]で、二次多芯材(前駆体1)の断面が矩形状になるように加工された。一方、第2実施形態では、[工程4B]に代えて、二次多芯材(前駆体201)の断面が、φ=1.62[mm]の円形状になるように加工される(この工程を[工程4B’]とする)。
【0057】
(実験)
様々なds/dfおよびL/dfを有する前駆体(前駆体201、および、円形状断面を有する比較例の前駆体)を作製した。そして、各前駆体に対して上記[工程5]のNb
3Sn生成熱処理を施すことで、超電導線材を製造した。そして、各超電導線材について、外部磁場20T中で臨界電流密度(nonCu−Jc)を測定した。
図7および
図8に測定結果を示す。
図7は、ds/dfと臨界電流密度(nonCu−Jc)との関係を示すグラフである。
図8は、L/dfと臨界電流密度(nonCu−Jc)との関係を示すグラフである。
【0058】
(ds/df、dsについて)
図7に示すように、0.08≦ds/df≦0.40(0.48[μm]≦ds≦2.4[μm])の範囲では、臨界電流密度が合格基準の130[A/mm
2]以上となり、n値が30〜35(上記の比較例1よりも高い値)となった。さらに、0.11≦ds/df≦0.35(0.66[μm]≦ds≦2.1[μm])の範囲では、臨界電流密度が好ましい合格基準の140[A/mm
2]」以上となった。
【0059】
(L、L/dfについて)
図8に示すように、11.4[μm]≦L≦19.1[μm](1.9≦L/df≦3.2)の範囲では、臨界電流密度が合格基準の130[A/mm
2]以上となり、n値が30〜34となった。さらに、12.6[μm]≦L≦18.4[μm](2.1≦L/df≦3.1)の範囲では、臨界電流密度がより好ましい合格基準の140[A/mm
2]以上となった。
【0060】
これらのように、第2実施形態では、合格基準を満たすds/dfの範囲、好ましい合格基準を満たすds/dfの範囲、合格基準を満たすL/dfの範囲、および、好ましい合格基準を満たすL/dfの範囲それぞれが、第1実施形態よりも広くなった。この理由は次の通りである。上記のように、
図1に示す矩形状断面を有する前駆体1では、前駆体1の断面の中央部分でNb芯12が扁平である(図示なし)。一方、
図6に示す円形状断面を有する前駆体201では、前駆体201の断面の中央部分でNb芯12が円形状である。よって、矩形状断面を有する前駆体1よりも円形状断面を有する前駆体201のほうが、高い臨界電流密度を得られる。例えば、上記[工程4B]および[工程4B’]が行われるよりも前の段階まで、前駆体1と前駆体201とで製造工程が同一であっても、前駆体201の方が高い臨界電流密度を得られる。
【0061】
(効果3)
図6に示す前駆体201による効果を説明する。前駆体201は、円形状断面を有する。
[構成3]
図2に示すように、一次集合体10の軸方向から見た断面において、1個の一次集合体10内で隣り合うとともに一次集合体10の中央部分に向かう方向に隣り合うNb芯12の間隔をdsとし、Nb芯12の直径をdfとしたとき、
0.08≦ds/df≦0.40である(
図7参照)。
【0062】
上記[構成3]により、上記「(効果1−1)」および「(効果1−2)」と同様に、Nb芯12を健全な形状で加工できる。その結果、
図6に示す円形状断面を有する前駆体201により製造されるNb
3Sn超電導線材の臨界電流密度を向上させることができる。また、上記「(効果1−3)」と同様に、n値を確保できる。
【0063】
(効果4)
[構成4]
図2に示すように、一次集合体10の軸方向から見た断面において、隣り合う一次集合体10それぞれから1個ずつ選択した2個のNb芯12であって最短距離で隣り合うNb芯12の間隔をLとし、Nb芯12の直径をdfとしたとき、
1.9≦L/df≦3.2である(
図8参照)。
【0064】
上記[構成4]により、上記「(効果2−1)」および「(効果2−2)」と同様に、Nb芯12を健全な形状で加工できる。その結果、
図6に示す円形状断面を有する前駆体201により製造されるNb
3Sn超電導線材の臨界電流密度を向上させることができる。また、上記「(効果2−3)」と同様に、n値を確保できる。
【0065】
(変形例1)
上記実施形態は様々に変形できる。上記実施形態では、前駆体1(
図1参照)は矩形状断面を有し、前駆体201(
図6参照)は円形状断面を有した。しかし、前駆体1の断面は、矩形状以外かつ円形状以外の形状(例えば楕円形状など)でもよい。
【0066】
(変形例2)
前駆体1および前駆体201(以下「前駆体1」)は、上記実施形態にはない部材や層などを備えてもよい。例えば、前駆体1は、補強材を備えてもよい。この補強材は、例えばTaやTiなどを含む高強度材により構成される。例えば、この補強材は、前駆体1の断面の中央に配置される。また例えば、この補強材は、超電導マトリックス部4内に分散して配置されてもよい。
【0067】
(変形例3)
前駆体1では、ブロンズ部11のブロンズ比は2.5であった。しかし、このブロンズ比が、2.0以上、3.0以下でも、上記と同様の結果が得られる。好ましいブロンズ比の範囲は、2.2以上2.7以下である。より好ましいブロンズ比の範囲は、2.4以上2.6以下である。
【0068】
(変形例4)
上記実施形態の数値範囲は適宜変換できる。例えば、上記実施形態では、ds/dfやL/dfの数値範囲が規定された。この数値範囲は、
図2に示す中心間距離Lcを用いて、ds/LcやL/Lcの数値範囲に変換されてもよい。この変換の詳細は次の通りである。上記実施形態では、df=6.0[μm]、Lc=51[μm]とした。そこで、ds/dfやL/dfの数値範囲の上限値および下限値を6/51倍することで、ds/LcやL/Lcの数値範囲に変換してもよい。具体的には例えば、前駆体1での「2.1≦L/df≦3.1」を、「0.25≦L/Lc≦0.37」としてもよい。また例えば、前駆体201での「1.9≦L/df≦3.2」を、「0.22≦L/Lc≦0.38」としてもよい。
【0069】
(変形例5)
上記の数値範囲(上記「(変形例4)」を含む)の上限値および下限値を適宜組み合わせて、数値範囲を規定してもよい。例えば、前駆体1での「0.10≦ds/df≦0.35」および「2.1≦L/df≦3.1」の一部どうしを組み合わせて、「0.10≦ds/df、かつ、2.1≦L/df」としてもよい。また例えば、前駆体201での「0.08≦ds/df≦0.40」および「1.9≦L/df≦3.2」の一部どうしを組み合わせて、「0.08≦ds/df、かつ、1.9≦L/df」としてもよい。