【実施例1】
【0020】
本実施形態で使用するPPSの溶融粘度は、製品規格値340〜670Pa・s(310℃、1000/sec:ISO11443)であるが、400Pa・s以上の溶融粘度のグレードのものを用いることが望ましい。
【0021】
前記樹脂ロール5の製造方法は、以下のとおりである。先ず、タンブラーにてPPSと充填材の2材料を攪拌し、一軸混練押出機にて溶融混合し、押し出してペレット化する。次に、このペレットを用いて射出成形にてボイドの発生を抑制する成形条件で円筒形状に成形する。その結果、成形サイクル約5~6分と長くなる。それから、円筒成形品のディスクゲートの除去とテーパー加工を後加工にて実施する。本実施形態の樹脂ロール5の形状は、外径φ85mm×内径φ47mm×幅50mmである。テーパー6の径方向の領域は8mm、軸方向の領域は12mmとした。
【0022】
本発明に係る樹脂ロール5の使用環境は、以下のように苛酷な環境である。前記樹脂ロール5を用いた搬送用ロール1は、製鉄所の酸洗ラインにおける90℃の10%塩酸酸洗槽内で使用する。酸洗ラインには連続式とバッチ式がある。連続式酸洗ラインは洗浄する各鋼板コイルの端面を溶接で接合してから通板するため、エッジの衝突による摩耗は少ない。そのため、一般にゴム製やPTFE製の搬送用ロールが用いられる。しかし、本発明を用いるバッチ式酸洗ラインでは、鋼板を接合することなく通板し、鋭利なエッジがついた鋼板の端面がこの搬送用ロール1に衝突してロール表面が激しく摩耗する。そのため、搬送用ロール1には耐摩耗性や強度が必要とされるのである。尚、本発明に係る搬送用ロール1は、酸性環境だけではなく、アルカリ性環境下でも物性の低下が見られないため、使用することができる。
【0023】
<耐摩耗性試験>
本発明に係る搬送用ロールの耐摩耗性を評価するために、PPS単体、PPSに充填材としてPAN系カーボン繊維、ピッチ系カーボン繊維、ガラス繊維、アラミド繊維を各5体積%充填した成形体を作製した。
図4に示したスピンデル(ブロックオンリング)摩擦摩耗試験機を使用して耐摩耗性を比較した。このスピンデル摩擦摩耗試験機は、回転体からなる相手材10に、加圧レバー11に取付けた試験片12を摺動させるものである。試験片12の面圧は、加圧レバー11に荷重13を印加して調節した。前記相手材10の外周面には、エッジ摩耗を模擬するために螺旋状に溝を付けた。試験片12の摩耗量は、加圧レバー11の変位を検出して摩耗記録機14で取得する。潤滑剤は相手材10の上方とり滴下する。
【0024】
(耐摩耗性試験条件)
試験速度は1mm/s、面圧は1MPa、試験温度はR.T.、潤滑条件は水潤滑と50℃温水潤滑である。試験片の形状は、10×10×10mm、相手材の材質は、S45C(溝付け)である。n数は2である。
【0025】
水潤滑の場合の耐摩耗性の試験結果を
図5、50℃温水潤滑の場合の耐摩耗性の試験結果を
図6にそれぞれ示す。これらの結果より、充填材を添加することで、エッジ摩耗に対する耐摩耗性が向上した。その中でも特にPPSにPAN系カーボン繊維を添加すると、エッジ摩耗に対する耐摩耗性が大幅に向上することが分かった。その次に好ましい充填材はガラス繊維であった。また、材料別に耐摩耗性と耐衝撃性をまとめると以下の表1ようになると考えられる。実使用時の激しい衝撃を考慮するとPPSは耐衝撃性が高いリニアタイプで、かつ高粘度タイプのものを用いることが好ましい。
【0026】
【表1】
【0027】
次に、カーボン繊維充填率の効果を調べるために、充填率が3体積%、5体積%、10体積%と異なる試験片を作製し、機械的物性を測定した。その結果を次の表2に示す。
【0028】
【表2】
【0029】
当然ではあるが、カーボン繊維の充填率が増すにつれて、曲げ強さ、曲げ弾性率は増加するが、引張強さはほぼ変わらず、引張破壊ひずみは値が低下する。シャルピー衝撃強さは、カーボン繊維の充填率が3体積%、5体積%では有意な差が見られないが、10体積%になると約2倍になる。
【0030】
コスト、耐摩耗性、相手(金属)攻撃性、成形性について調べた結果を、次の表3に示す。
【0031】
【表3】
【0032】
耐摩耗性は、カーボン繊維の充填率が増えるほど向上するが、コストや相手攻撃性が上がるという問題がある。相手攻撃性が上がると製品となる鋼板に傷をつけてしまう恐れがある。また、充填率が増えると、成形中に未充填となる可能性が高まる、クラックが入るなどの不良の可能性が高くなる。PPS/PAN系カーボン繊維3体積%においても、ある程度の耐摩耗性を有しているが、5体積%を添加することで更に摩耗量が減少し、高い耐久性が期待できる(
図6参照)。
【0033】
<耐薬品性試験>
次に、耐薬品性を従来材との比較において調べた。塩酸浸漬前後で物性の低下が見られないことを確認するために以下の条件で塩酸浸漬を行なった。評価材は、PPS/カーボン繊維5体積%と、不飽和ポリエステル系積層材(従来材)である。
【0034】
耐薬品性試験装置は
図7に示している。オイルバス20に漬けたフラスコ21に10%塩酸22と試験片23を入れ、
図8に示す温度プログラムで80℃に加熱、自然冷却を繰り返した。温度プログラムは、高温時浸漬時間は40hr(8hr×5日間)、総浸漬時間は168hr(7日間)である。試験片の形状は
図9に示している。前述の曲げ試験、引張試験を行った試験片も同形である。
【0035】
耐薬品性試験において、塩酸浸漬を行なうことで、試料片の寸法、重量、外観に影響が見られるか確認を行なった。80℃、10%塩酸に40hr浸漬後の寸法・重量の変化率を次の表4に示す。
【0036】
【表4】
【0037】
この結果、塩酸浸漬後も寸法及び重量はほとんど変化しないことが分かった。不飽和ポリエステル系積層材は水分の吸収により膨潤している可能性があると考えられる。また、試験片の外観について観察すると、不飽和ポリエステル系積層材は、塩酸浸漬することで試料表面の色が変色(脱色)するのに対して、PPS/PAN系カーボン繊維5体積%には変化は見られなかった。
【0038】
次に、塩酸浸漬前後における機械的物性の試験結果を次の表5に示す。
【0039】
【表5】
【0040】
塩酸浸漬前後での材料物性の評価結果は以下の通りである。この浸漬時間では両材料とも塩酸浸漬前後で物性の低下は見られていない。また、PPS/PAN系カーボン繊維5体積%の材料は、不飽和ポリエステル系積層材よりもそれぞれ高い強度・弾性率の値を示しているため、より過酷な環境でも使用することができると考えられる。
【0041】
最後に、耐アルカリ性の評価を
図7の試験装置を用いて行った。試験条件は、室温、24%水酸化ナトリウム水溶液中にてPPS/PAN系カーボン繊維5体積%の試験片を100時間浸漬した。水酸化ナトリウム浸漬前後の重量、寸法(X,Y,Z方向)、曲げ強度の変化を測定した。n数は5である。形状はISO316に準拠(X方向:10mm、Y方向:80mm、Z方向:4mm)、曲げ試験はISO178に準拠した。その結果を次の表6に示す。
【0042】
【表6】
【0043】
その結果、重量・寸法はいずれの値も0.1%以下、曲げ強度は1%以下の変化となり、水酸化ナトリウムには侵されていないことが確認できた。つまり、本発明の搬送用ロールは、アルカリ性環境においても使用に耐えることが分かった。
【実施例2】
【0044】
<実機評価結果>
軸方向の長さが8mmのPPS/PAN系カーボン繊維5体積%の材料で作製した樹脂ロールを用いて搬送用ロールを作製し、実際の酸洗ラインに設置して使用したところ、多数のサンプルに欠けが発生した。この樹脂ロールには、テーパーを設けていない単純な円筒状のものである。この欠けは、ロール側面への鋼板の衝突が原因と考えられるが、軸方向の長さ8mmでは鋼板の衝撃を受け流すためのテーパーをつけるためのスペースがなく、鋼板の衝撃を緩和することができない。また、摩耗によりテーパー部が消失することを避けるために十分な深さのテーパーを設ける必要があるため、このテーパーの角度を緩やかにするには十分な軸方向の長さが必要である。
【0045】
例えば、軸方向の長さ8mmでは軸方向に対して両側3mmずつテーパーを設けると実際に鋼板が接する箇所が2mmのみとなり、応力が集中して速やかに摩耗してしまう。そこで、軸方向の長さを8mmから50mmに変更することで、外周縁に十分大きなテーパーを設けることができるようになった。テーパー有りのロール(テーパー寸法:両側各12mm×8mm、
図3参照)とテーパー無しのロールをそれぞれ実際の装置に設置して使用したところ、テーパー無しのロールでは側面から欠けが発生した。一方、テーパー有りのロールでは欠けは全く見られなかった。
【0046】
実際の酸洗ラインに本発明品(PPS/PAN系カーボン繊維5体積%)と従来品(不飽和ポリエステル系積層品)の搬送用ロールを設置して評価を行った。従来の不飽和ポリエステル系積層品は摩耗により、最低1ヶ月、最大4ヶ月に1度は交換しなければならないが、本発明品は最低でも3ヶ月、最大12ヶ月以上の使用が可能であることが確認でき、約3倍の耐久性の向上が確認できた。交換の目安は、翌月も使用できる摩耗シロを残しているかどうかである。