特許第6080845号(P6080845)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6080845
(24)【登録日】2017年1月27日
(45)【発行日】2017年2月15日
(54)【発明の名称】摺動部品
(51)【国際特許分類】
   F16J 15/34 20060101AFI20170206BHJP
【FI】
   F16J15/34 G
【請求項の数】8
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-516766(P2014-516766)
(86)(22)【出願日】2013年5月15日
(86)【国際出願番号】JP2013063500
(87)【国際公開番号】WO2013176011
(87)【国際公開日】20131128
【審査請求日】2015年11月25日
(31)【優先権主張番号】特願2012-116041(P2012-116041)
(32)【優先日】2012年5月21日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000101879
【氏名又は名称】イーグル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098729
【弁理士】
【氏名又は名称】重信 和男
(74)【代理人】
【識別番号】100116506
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻井 義宏
(74)【代理人】
【識別番号】100163212
【弁理士】
【氏名又は名称】溝渕 良一
(74)【代理人】
【識別番号】100148161
【弁理士】
【氏名又は名称】秋庭 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100156535
【弁理士】
【氏名又は名称】堅田 多恵子
(74)【代理人】
【識別番号】100195833
【弁理士】
【氏名又は名称】林 道広
(74)【代理人】
【識別番号】100116757
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 英雄
(74)【代理人】
【識別番号】100123216
【弁理士】
【氏名又は名称】高木 祐一
(72)【発明者】
【氏名】井上 秀行
(72)【発明者】
【氏名】細江 猛
(72)【発明者】
【氏名】根岸 雄大
【審査官】 竹村 秀康
(56)【参考文献】
【文献】 特開平07−260009(JP,A)
【文献】 特開2004−003578(JP,A)
【文献】 米国特許第06446976(US,B1)
【文献】 国際公開第2005/040580(WO,A1)
【文献】 実開平04−048468(JP,U)
【文献】 特開2009−014183(JP,A)
【文献】 特表平03−504628(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の摺動部品の互いに相対摺動する一方側の摺動面には、前記摺動面とほぼ平行にサブミクロンの段差を有する極浅平行溝からなる正圧発生機構が周方向に独立して複数設けられ、前記極浅平行溝より低圧流体側の前記摺動面には、前記極浅平行溝よりも幅が細い極浅細溝が形成され、前記極浅平行溝は、高圧流体側とは連通し、前記極浅細溝は前記極浅平行溝と連通し、低圧流体側とはシール面により隔離されていることを特徴とする摺動部品。
【請求項2】
前記極浅細溝は、前記摺動面の摺動方向に対して所定の角度を成して傾斜するように形成されていることを特徴とする請求項記載の摺動部品。
【請求項3】
前記極浅細溝は、相手側摺動材の回転方向と同方向に傾斜して形成されていることを特徴とする請求項記載の摺動部品。
【請求項4】
前記極浅細溝は、相手側摺動材の回転方向と反対方向に傾斜して形成されていることを特徴とする請求項記載の摺動部品。
【請求項5】
前記極浅細溝は、隣り合う極浅細溝の方向が前記摺動面の摺動方向に対して対称となるように形成されていることを特徴とする請求項記載の摺動部品。
【請求項6】
前記極浅細溝は、径方向に沿って形成されていることを特徴とする請求項記載の摺動部品。
【請求項7】
前記極浅平行溝は、摺動面の面積に対し、5〜70%の範囲で設けられることを特徴とする請求項1乃至のいずれか1項に記載の摺動部品。
【請求項8】
一対の摺動部品が互いに相対回転するメカニカルシールの静止側摺動部材又は回転側摺動部材として使用される環状体からなることを特徴とする請求項1乃至のいずれか1項に記載の摺動部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、たとえば、メカニカルシール、軸受、その他、摺動部に適した摺動部品に関する。特に、摺動面に流体を介在させて摩擦を低減させるとともに、摺動面から流体が漏洩するのを防止する必要のある密封環または軸受などの摺動部品に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部品の一例である、メカニカルシールにおいて、密封性を長期的に維持させるためには、「密封」と「潤滑」という相反する条件を両立させなければならない。特に、近年においては、環境対策などのために、被密封流体の漏れ防止を図りつつ、機械的損失を低減させるべく、より一層、低摩擦化の要求が高まっている。低摩擦化の手法としては、回転により摺動面間に動圧を発生させ、液膜を介在させた状態で摺動する、いわゆる流体潤滑状態とすることにより達成できる。しかしながら、この場合、摺動面間に正圧が発生するため、流体が正圧部分から摺動面外へ流出する。軸受でいう側方漏れであり、シールの場合の漏れに該当する。シール面外周側に密封流体、内周側に大気があり、外周側の流体を密封している場合(「インサイド形」といわれている。)の内周側漏れ量は、次の式により表される。
【数1】
Q:摺動面内径r1における内周側漏れ量(マイナスで漏れ方向)
h:隙間高さ
η:流体粘度
p:圧力
上記式より、流体潤滑を促進し、動圧を発生させ、液膜を形成させるほど、内周端側の圧力勾配∂p/∂rが大きくなり、hが大きくなった結果、漏れ量Qが増大することがわかる。
したがって、シールの場合、漏れ量Qを減少させるには、隙間hおよび圧力勾配∂p/∂rを小さくする必要がある。
【0003】
また、メカニカルシールの摩擦特性と類似の技術であるすべり軸受の摩擦特性については、図4に示す「ストライベック曲線」というものが知られている(参考文献:講談社、「トライボロジー」H.チコス著)。
図4の横軸は、粘度η×速度v/荷重Fであって、粘度及び荷重が一定の場合、速度になる。今、粘度及び荷重を一定とした場合、中速域である混合潤滑領域「第2:h(隙間)≒R(表面粗さ)」及び高速域である流体潤滑領域「第1:h(隙間)>>R(表面粗さ)」では、摩擦係数は小さいが、起動時である境界潤滑領域「第3:h(隙間)→0」では摩擦係数はきわめて大きくなる。
【0004】
一方、本願の発明者らの数値解析によれば、メカニカルシールにおいて、摺動面に施された溝深さと摺動面の摩擦係数の関係は、図5に示すとおりであり、摺動面の摺動速度によって溝深さと摺動面の摩擦係数の関係は異なっている。
そして、一般に、メカニカルシールに施される動圧発生溝は、常用回転数域で効果が出るように、また十分に流体を摺動面へ導入するという観点で設計されており、動圧発生溝の加工は、機械加工、ブラスト、及びレーザで行われ、数μm以上の溝深さであった。そのため、中速域及び高速域では低摩擦になるが、低速域では負荷容量を得ることはできず、低摩擦を実現することは困難であった。特に、起動または停止時に十分な動圧が発生できないために十分な潤滑特性を発揮できず、起動または停止時に鳴きの発生や摺動面の過度な接触が生起されるという問題があった。
【0005】
また、近年、摺動面間への被封止流体の導入及びその保持を良好に行えるようにすることで、過大な漏洩を発生させることなく、摩擦係数を低減させるようにしたメカニカルシール摺動材として、摺動面に相手摺動材との相対回転によって摺動面間に動圧を生成する動圧生成溝が周方向に複数設けられたものにおいて、動圧生成溝が摺動方向に対して傾斜角を有する直線状の溝あるいは曲線状のスパイラル溝から形成され、動圧生成溝の加工がフェムト秒レーザによって行われ、溝深さが1μm以下のものも提案されている(例えば、特許文献1及び2参照。)。
【0006】
しかし、特許文献1及び2に記載の発明は、摺動面に相手摺動材との相対回転によって摺動面間に動圧を生成することを目的とするものであって、高圧で中・高速域では低摩擦になるが、低圧で中・高速域、または起動・停止時に十分な動圧が発生できないために十分な潤滑特性を発揮できないという問題があった。また、動圧生成溝により摺動面間への被封止流体の導入を図るものであるため、漏洩量を少なくするためには摺動面の低圧側に漏洩防止用の環状溝などを設ける必要があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2009/087995号
【特許文献2】特開2011−196429号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、被密封流体の漏洩量をより少なくしつつ、起動または停止時の潤滑特性を著しく向上させ、回転時には流体潤滑で作動させ、密封と潤滑を両立させることのできる摺動部品を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため本発明の摺動部品は、第1に、一対の摺動部品の互いに相対摺動する一方側の摺動面には、前記摺動面とほぼ平行にサブミクロンの段差を有する極浅平行溝からなる正圧発生機構が周方向に独立して複数設けられ、前記極浅平行溝より低圧流体側の前記摺動面には極浅細溝が形成され、前記極浅平行溝は、高圧流体側とは連通し、前記極浅細溝は前記極浅平行溝と連通し、低圧流体側とはシール面により隔離されていることを特徴としている。
第1の特徴により、極浅平行溝内に浸入する被密封流体が極薄の流体膜を形成し、表面張力の作用により、漏れを増大することなく流体をシールできる圧力域を高くすることができると共に、回転時には、相手側摺動面との相対的な摺動により動圧が発生され、動圧効果で摺動面を必要最低限浮上させることができる。また、極浅平行溝より低圧流体側の摺動面に極浅細溝が形成されているため、極浅平行溝より低圧流体側の摺動面における流体の流れを制御することができ、極浅細溝の方向を所望の方向に設定することにより、摺動面における流体の流れの方向を摺動面全体に流れるようにしたり、あるいは、摺動面に取り込んだ流体を高圧流体側に排出したりすることができ、摺動面潤滑特性の向上と漏れ低減を両立することができる。
【0010】
また、本発明の摺動部品は、第2に、第1の特徴において、前記極浅平行溝は、溝深さhが10nm〜1μmであり、溝底部の表面粗さaが1〜100nmであって、h>aの関係にあり、前記極浅細溝は、溝深さhが極浅平行溝2と同等の深さであり、ピッチpが1〜500μmであることを特徴としている。
また、本発明の摺動部品は、第3に、第2の特徴において、前記極浅平行溝は、好ましくは、溝深さhが50〜500nmであり、溝底部の表面粗さaが1〜30nmであって、h>aの関係にあることを特徴としている。
第2及び第3の特徴により、より一層、摺動面潤滑特性の向上と漏れ低減を両立することができる。
【0011】
また、本発明の摺動部品は、第4に、第1乃至第3のいずれか特徴において、前記極浅細溝は、前記摺動面の摺動方向に対して所定の角度を成して傾斜するように形成されていることを特徴としている。
第4の特徴により、摺動面の流体を所望の方向に向かうように整流することができ、漏れを増大することなく、起動または停止時の潤滑特性を著しく向上することができる。
【0012】
また、本発明の摺動部品は、第5に、第4の特徴において、前記極浅細溝は、相手側摺動材の回転方向と同方向に傾斜して形成されていることを特徴としている。
第5の特徴により、摺動面の流体は低圧流体側に向かうように整流され、摺動面を十分に潤滑することができる。
【0013】
また、本発明の摺動部品は、第6に、第4の特徴において、前記極浅細溝は、相手側摺動材の回転方向と反対方向に傾斜して形成されていることを特徴としている。
第6の特徴により、摺動面の流体は高圧流体側に向かうように整流され、低圧流体側への漏れをより一層防止することができる。
【0014】
また、本発明の摺動部品は、第7に、第4の特徴において、前記極浅細溝は、隣り合う極浅細溝の方向が前記摺動面の摺動方向に対して対称となるように形成されていることを特徴としている。
第7の特徴により、摺動面の流体は高圧流体側から低圧流体側に取り込まれ、高圧流体側へ排出されるように整流され、摺動面の潤滑を十分に行うとともに、低圧流体側への漏れを一層防止することができる。また、摺動部品が両方向に回転する場合に好都合である。
【0015】
また、本発明の摺動部品は、第8に、第1乃至第3のいずれか特徴において、前記極浅細溝は、径方向に沿って形成されていることを特徴としている。
第8の特徴により、摺動面の流体は極浅平行溝から低圧流体側に向かうように整流され、摺動部品の起動または停止時においても、摺動面全体に流体が流れ込みやすく、摺動部品の起動または停止時の潤滑特性を向上することができる。漏れ防止の観点からは、極浅細溝とシール面内周との間に形成されるシール面の幅が広い場合に適している。
【0016】
また、本発明の摺動部品は、第9に、第1乃至第8のいずれかの特徴において、前記極浅平行溝は、摺動面の面積に対し、好ましくは、40〜70%の範囲で設けられることを特徴としている。
第9の特徴により、摺動面の面圧を良好な状態に保つとともに、漏れを少なくし、起動または停止時の潤滑特性を著しく向上することができる。
【0017】
また、本発明の摺動部品は、第10に、第1乃至第9のいずれかの特徴において、一対の摺動部品が互いに相対回転するメカニカルシールの静止側摺動部材又は回転側摺動部材として使用される環状体からなることを特徴としている。
第10の特徴により、漏れを増大することなく良好な潤滑性能を維持でき、特に、起動または停止時の潤滑特性を著しく向上することができるメカニカルシールを得ることができる。また、摺動面の流体の流れを制御することができ、摺動面潤滑特性の向上と漏れ低減を両立できる。
【発明の効果】
【0018】
本発明は、以下のような優れた効果を奏する。
(1)一対の摺動部品の互いに相対摺動する一方側の摺動面には、前記摺動面とほぼ平行にサブミクロンの段差を有する極浅平行溝からなる正圧発生機構が周方向に独立して複数設けられ、前記極浅平行溝より低圧流体側の前記摺動面には極浅細溝が形成され、前記極浅平行溝は、高圧流体側とは連通し、前記極浅細溝は前記極浅平行溝と連通し、低圧流体側とはシール面により隔離されていることにより、極浅平行溝内に浸入する被密封流体が極薄の流体膜を形成し、表面張力の作用により、漏れを増大することなく流体をシールできる圧力域を高くすることができるとともに、回転時には、相手側摺動面との相対的な摺動により動圧が発生され、動圧効果で摺動面を必要最低限浮上させることができる。また、極浅平行溝より低圧流体側の摺動面に極浅細溝が形成されているため、極浅平行溝より低圧流体側の摺動面における流体の流れを制御することができ、極浅細溝の方向を所望の方向に設定することにより、摺動面における流体の流れの方向を摺動面全体に流れるようにしたり、あるいは、摺動面に取り込んだ流体を高圧流体側に排出したりすることができ、摺動面潤滑特性の向上と漏れ低減を両立することができる。
【0019】
(2)極浅細溝は、摺動面の摺動方向に対して所定の角度を成して傾斜するように形成されていることにより、摺動面Sの流体を所望の方向に向かうように整流することができ、漏れを増大することなく、起動または停止時の潤滑特性を著しく向上することができる。
【0020】
(3)極浅細溝は、相手側摺動材の回転方向と同方向に傾斜して形成されていることにより、摺動面の流体は低圧流体側に向かうように整流され、摺動面を十分に潤滑することができる。
【0021】
(4)極浅細溝は、相手側摺動材の回転方向と反対方向に傾斜して形成されていることにより、摺動面の流体は高圧流体側に向かうように整流され、低圧流体側への漏れをより一層防止することができる。
【0022】
(5)極浅細溝は、隣り合う極浅細溝の方向が摺動面の摺動方向に対して対称となるように形成されていることにより、摺動面の流体は高圧流体側から低圧流体側に取り込まれ、高圧流体側へ排出されるように整流され、摺動面の潤滑を十分に行うとともに、低圧流体側への漏れを一層防止することができる。また、摺動部品が両方向に回転する場合に好都合である。
【0023】
(6)極浅細溝は、径方向に沿って形成されていることにより、摺動面の流体は極浅平行溝から低圧流体側に向かうように整流され、摺動部品の起動または停止時においても、摺動面全体に流体が流れ込みやすく、摺動部品の起動または停止時の潤滑特性を向上することができる。漏れ防止の観点からは、極浅細溝とシール面内周との間に形成されるシール面の幅が広い場合に適している。
【0024】
(7)極浅平行溝は、摺動面の面積に対し、好ましくは、5〜70%の範囲で設けられることにより、摺動面の面圧を良好な状態に保つとともに、漏れを少なくし、起動または停止時の潤滑特性を著しく向上することができる。
【0025】
(8)一対の摺動部品が互いに相対回転するメカニカルシールの静止側摺動部材又は回転側摺動部材として使用される環状体からなることを特徴としている。
第10の特徴により、漏れを増大することなく良好な潤滑性能を維持でき、特に、起動または停止時の潤滑特性を著しく向上することができるメカニカルシールを得ることができる。また、摺動面の流体の流れを制御することができ、摺動面潤滑特性の向上と漏れ低減を両立できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明の実施の形態に係る摺動部品の摺動面を説明するためのものであって、(a)は摺動面の平面図、(b)はA−A断面図、(c)はB−B断面図、(d)はC−C断面図である。
図2】動圧効果を説明する図であって、(a)本発明の場合を、(b)は従来技術の場合を示すものである。
図3】シール面に形成された極浅細溝を示すものであって、(a)は相手側摺動材の回転方向と同方向に傾斜して同一方向に傾斜して形成されている場合を、(b)は相手側摺動材の回転方向と反対方向に傾斜して形成されている場合を、(c)は隣り合う極浅細溝の方向が摺動面の摺動方向に対して対称となるように形成されている場合を、(d)は径方向に沿って形成されている場合を示したものである。
図4】軸受の摩擦特性を説明する図であって、横軸が軸受け特性数G(無次元)、縦軸が摩擦係数fを示している。
図5】メカニカルシールにおいて、摺動面に施された溝深さと摺動面の摩擦係数の関係を摺動面の摺動速度に応じて求めたものである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明に係る摺動部品を実施するための形態を図面を参照しながら詳細に説明するが、本発明はこれに限定されて解釈されるものではなく、本発明の範囲を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて、種々の変更、修正、改良を加えうるものである。
【0028】
本発明の実施の形態に係る摺動部品について図1乃至4を参照しながら説明する。
【0029】
図1(a)に示すように、摺動部品1は環状体を成しており、通常、摺動部品1の摺動面Sの内外周の一方側に高圧の被密封流体が存在し、また、他方側は大気である。
そして、この被密封流体を摺動部品1を用いて効果的にシールすることができる。例えば、この摺動部品1をメカニカルシール装置における一対の回転用密封環及び固定用密封環のいずれかに用いる。回転用密封環の摺動面と、これに対向する固定用密封環の摺動面とを密接させて摺動面の内外周のいずれか一方に存在する被密封流体をシールする。また、円筒状摺動面の軸方向一方側に潤滑油を密封しながら回転軸と摺動する軸受の摺動部品として利用することも可能である。
図1においては、説明の都合上、外周側に高圧の被密封流体が存在する場合について説明する。
【0030】
図示例では、摺動部品1の断面形状は、図1(d)に示すように凸形状をしており、その頂面が摺動面Sを構成している。この摺動面Sには、図1(b)に示すような摺動面Sとほぼ平行にサブミクロンの段差を有する極浅平行溝2からなる正圧発生機構が、周方向に独立して複数設けられている。極浅平行溝2は、摺動面Sの径方向の幅全体ではなく、高圧流体側寄りに設けられるもので、高圧流体側と連通している。極浅平行溝2より低圧流体側の摺動面Sには極浅細溝10が形成され、該極浅細溝10は径方向の一方において極浅平行溝2と連通し、他方において低圧流体側とはシール面3により隔離されている。
【0031】
極浅細溝10が形成されない場合、極浅平行溝2より低圧流体側はすべてシール面3となるが、このシール面3は、径方向の幅が狭いと潤滑特性は良いが、漏れやすくなり、逆に、径方向の幅が広いと漏れにくくなるものの、潤滑特性は悪くなるという性質をもっている。このため、本発明においては、摺動面Sの高圧流体側に極浅平行溝2を設け、極浅平行溝2より低圧流体側の摺動面Sの一部に流体の流れを制御できる機能を備えた極浅細溝10を設け、該極浅細溝10を低圧流体側とは径方向の幅の比較的狭いシール面3により隔離するようにしたものである。
【0032】
極浅平行溝2は、溝深さhが10nm〜1μmの範囲にあり、溝底部の表面粗さaが1〜100nmの範囲にあって、溝深さh>溝底部の表面粗さaの関係にあるように設定される。
【0033】
また、極浅平行溝2は、好ましくは、溝深さhが50〜500nmの範囲であり、溝底部の表面粗さaが1〜30nmの範囲であって、溝深さh>溝底部の表面粗さaの関係に設定される。
【0034】
一方、極浅細溝10は、溝深さhが極浅平行溝2と同等の深さであり、ピッチpが1〜500μmである。また、極浅細溝10の溝幅bは、ピッチp以下である。極浅細溝10の断面形状は、図1(c)では、略角溝の形状のものが示されているが、これに限定されることなく、例えば、波形あるいは鋸刃形状でもよい。
【0035】
ここで、本発明における「極浅平行溝からなる正圧発生機構」について説明する。
正圧発生機構を構成する極浅平行溝2は、極浅であること、例えば、溝深さhが10nm〜1μmの範囲にあり、溝底部の表面粗さaが1〜30nmの範囲であって、溝深さh>溝底部の表面粗さaの関係にあるため、極浅平行溝2内に浸入する被密封流体が極薄の流体膜を形成し、表面張力の作用により、漏れを増大することなく流体をシールできる圧力域を高くすることができる。回転時には、相手側摺動面との相対的な摺動により動圧が発生され、動圧効果で摺動面を浮上させる。このように、極浅平行溝2により構成された必要最低限の正圧発生機構により、漏れを増大することなく、起動または停止時の潤滑特性を著しく向上することができる。
【0036】
回転時には、相手側摺動面との相対的な摺動により動圧が発生され、動圧効果で摺動面を浮上させる点について、図2に基づいて詳述する。
図2(a)に示すように、本発明の場合、極浅平行溝2は、極浅であって、溝深さh>溝底部の表面粗さaの関係にあるため、相手側摺動面との相対的な摺動により発生する動圧の圧力分布は大きくなる。
一方、図2(b)に示すように、従来技術の場合、動圧発生溝は、溝の深さとほぼ同じ高さ分、動圧発生溝が形成されているため、相手側摺動面との相対的な摺動により発生する動圧の圧力分布は本発明の場合に比べて小さい。
【0037】
このように、本発明においては、極浅平行溝2は極浅であって、溝深さh>溝底部の表面粗さaの関係にあるため、極浅平行溝2内に浸入する被密封流体が極薄の流体膜を形成し、表面張力の作用により、漏れを増大することなく流体をシールできる圧力域を高くすることができる。また、回転時においては潤滑効果を発揮することができる。
【0038】
また、極浅平行溝2は、摺動面Sの面積に対し、好ましくは、5〜70%の範囲で設けられる。図示の例では、極浅平行溝2は周方向に16等配に配設されているが、これに限定されることなく、例えば、2等配以上に配設されていればよい。
摺動面S自体は鏡面加工によって、極浅平行溝2が明瞭になる程度の表面粗さに設定される。
【0039】
次に、本発明における「極浅細溝」について説明する。
極浅細溝10は、極浅平行溝2より低圧流体側の摺動面Sにおける流体の流れを制御するためのものであり、極浅細溝の方向を所望の方向に設定することにより、摺動面における流体の流れの方向を摺動面全体に流れるようにしたり、あるいは、摺動面に取り込んだ流体を高圧流体側に排出したりすることができる。
【0040】
すなわち、極浅平行溝2より低圧流体側の摺動面Sに形成された極浅細溝10は、極浅平行溝2より低圧流体側の摺動面Sにおける流体の流れを制御し、例えば、極浅平行溝2とシール面内周との間に形成されるシール面3の幅が広い場合にはこの部分に極浅細溝10を設けて流体を取り込むようにして摺動特性を向上させ、また、極浅平行溝2のみでは摺動面における流体の流れの方向制御が困難であったものを最適な方向に整流させることにより、極浅平行溝2のみでは難しかった摺動面潤滑特性の向上と漏れ低減を両立できるものである。
【0041】
このような高圧流体側に設けられた極浅平行溝2及び極浅平行溝2より低圧流体側の摺動面Sに設けられた極浅細溝10は、例えば、エッチングによって加工される。しかし、エッチングに限らず、極浅の平行溝2及び極浅の細溝10が形成可能なものであれば他の加工方法でもよい。
【0042】
次に、極浅細溝10について、図3を参照しながら詳述する。
極浅細溝10は、極浅平行溝2より低圧流体側の摺動面Sにおける流体の流れを制御するためのものであり、一定の方向に向かって形成される。
図3(a)では、極浅細溝10は、径方向外側から内側に向けて相手側摺動材の回転方向と同方向に傾斜して形成され、すべての極浅細溝10が同一方向に形成されている。このため、相手側摺動材が時計方向に回転するとした場合、摺動面Sの流体は、矢印で示すように、低圧流体側に向かうように整流され、摺動面Sを十分に潤滑し、低圧流体側への漏れはシール面3により抑制される。
【0043】
図3(b)では、極浅細溝10は、径方向外側から内側に向けて相手側摺動材の回転方向と反対方向に傾斜して形成され、すべての極浅細溝10が同一方向に形成されている。このため、相手側摺動材が時計方向に回転するとした場合、摺動面Sの流体は、矢印で示すように、高圧流体側に向かうように整流され、低圧流体側への漏れがより一層防止される。
【0044】
図3(c)では、極浅細溝10は、隣り合う極浅細溝の傾斜する方向が相手側摺動材の回転方向に対して対称となるように傾斜して形成されている。このため、摺動面Sの流体は、矢印で示すように、高圧流体側から低圧流体側に取り込まれ、高圧流体側へ排出されるように整流され、摺動面の潤滑がなされるとともに、低圧流体側への漏れが防止される。また、本例の場合、摺動部品が両方向に回転する場合に好都合である。
【0045】
図3(d)では、極浅細溝10は、径方向に沿って形成されている。このため、摺動面の流体は極浅平行溝2から低圧流体側に向かうように整流される。したがって、摺動部品の起動または停止時においても、摺動面全体に流体が流れ込みやすく、摺動部品の起動または停止時の潤滑特性を向上することができる。漏れ防止の観点からは、極浅細溝10とシール面内周との間に形成されるシール面3の幅が広い場合に適している。
【0046】
本発明の実施の形態に係る摺動部品の作用・効果は以下のとおりである。
正圧発生機構を構成する極浅平行溝2は、極浅であって、溝深さh>溝底部の表面粗さaの関係にあるため、極浅平行溝2内に浸入する被密封流体が極薄の流体膜を形成し、表面張力の作用により、漏れを増大することなく流体をシールできる圧力域を高くすることができる。回転時には、相手側摺動面との相対的な摺動により動圧が発生され、動圧効果で摺動面を必要最低限浮上させる。また、極浅平行溝2より低圧流体側の摺動面Sに極浅細溝10が形成されているため、極浅平行溝2より低圧流体側の摺動面Sにおける流体の流れを制御することができ、極浅細溝10の方向を所望の方向に設定することにより、摺動面における流体の流れの方向を摺動面全体に流れるようにしたり、あるいは、摺動面に取り込んだ流体を高圧流体側に排出したりすることができ、摺動面潤滑特性の向上と漏れ低減を両立することができる。
【0047】
また、極浅平行溝2は、溝深さhが10nm〜1μmの範囲にあり、好ましくは、50〜500nmの範囲に設定され、極浅細溝10は、溝深さhが極浅平行溝2と同等の深さであり、ピッチpが1〜500μmの範囲に設定されるため、より一層、漏れを増大することなく、起動または停止時の潤滑特性を著しく向上することができる。
【0048】
また、極浅細溝10は、摺動面の摺動方向に対して所定の角度を成して傾斜するように形成されているため、摺動面Sの流体を所望の方向に向かうように整流することができ、漏れを増大することなく、起動または停止時の潤滑特性を著しく向上することができる。
【0049】
また、極浅細溝10は、径方向外側から内側に向けて相手側摺動材の回転方向と同方向に傾斜して形成されているため、摺動面Sの流体は低圧流体側に向かうように整流され、摺動面Sを十分に潤滑することができる。
【0050】
また、極浅細溝10は、径方向外側から内側に向けて相手側摺動材の回転方向と反対方向に傾斜して形成されているため、摺動面Sの流体は高圧流体側に向かうように整流され、低圧流体側への漏れをより一層防止することができる。
【0051】
また、極浅細溝10は、隣り合う極浅細溝の傾斜する方向が相手側摺動材の回転方向に対して対称となるように傾斜して形成されているため、摺動面Sの流体は高圧流体側から低圧流体側に取り込まれ、高圧流体側へ排出されるように整流され、摺動面の潤滑を十分に行うとともに、低圧流体側への漏れを一層防止することができる。また、摺動部品が両方向に回転する場合に好都合である。
【0052】
また、極浅細溝10は、径方向に沿って形成されているため、摺動面の流体は極浅平行溝2から低圧流体側に向かうように整流され、摺動部品の起動または停止時においても、摺動面全体に流体が流れ込みやすく、摺動部品の起動または停止時の潤滑特性を向上することができる。漏れ防止の観点からは、極浅細溝10とシール面内周との間に形成されるシール面3の幅が広い場合に適している。
【0053】
極浅平行溝2は、摺動面の面積に対し、好ましくは、5〜70%の範囲で設けられるため、摺動面の面圧を良好な状態に保つとともに、漏れを少なくし、起動または停止時の潤滑特性を著しく向上することができる。
【0054】
一対の摺動部品が互いに相対回転するメカニカルシールの静止側摺動部材又は回転側摺動部材として使用される環状体からなるため、漏れを増大することなく良好な潤滑性能を維持でき、特に、起動または停止時の潤滑特性を著しく向上することができるメカニカルシールを得ることができる。また、摺動面の流体の流れを制御することができ、摺動面潤滑特性の向上と漏れ低減を両立できるメカニカルシールを提供することができる。
【0055】
以上、本発明の実施の形態を図面により説明してきたが、具体的な構成はこれら実施の形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における変更や追加があっても本発明に含まれる。
【0056】
例えば、前記実施の形態では、摺動部品をメカニカルシール装置における一対の回転用密封環及び固定用密封環のいずれかに用いる例について説明したが、円筒状摺動面の軸方向一方側に潤滑油を密封しながら回転軸と摺動する軸受の摺動部品として利用することも可能である。
【0057】
また、例えば、前記実施の形態では、外周側に高圧の被密封流体が存在する場合について説明したが、内周側が高圧流体の場合にも適用でき、その場合、極浅平行溝を内周側に連通させて配設すればよい。
【符号の説明】
【0058】
1 摺動部品
2 極浅平行溝
3 シール面
10 極浅細溝
S 摺動面
図1
図2
図3
図4
図5