特許第6080945号(P6080945)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6080945
(24)【登録日】2017年1月27日
(45)【発行日】2017年2月15日
(54)【発明の名称】酸化亜鉛系スパッタリングターゲット
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/34 20060101AFI20170206BHJP
   C04B 35/453 20060101ALI20170206BHJP
【FI】
   C23C14/34 A
   C04B35/453
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-507966(P2015-507966)
(86)(22)【出願日】2013年12月26日
(86)【国際出願番号】JP2013084854
(87)【国際公開番号】WO2014155883
(87)【国際公開日】20141002
【審査請求日】2016年7月19日
(31)【優先権主張番号】特願2013-61450(P2013-61450)
(32)【優先日】2013年3月25日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2013-203489(P2013-203489)
(32)【優先日】2013年9月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004064
【氏名又は名称】日本碍子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113365
【弁理士】
【氏名又は名称】高村 雅晴
(74)【代理人】
【識別番号】100131842
【弁理士】
【氏名又は名称】加島 広基
(72)【発明者】
【氏名】吉川 潤
(72)【発明者】
【氏名】山口 浩文
(72)【発明者】
【氏名】七瀧 努
【審査官】 延平 修一
(56)【参考文献】
【文献】 特開平6−88218(JP,A)
【文献】 特開平11−279754(JP,A)
【文献】 特開2011−179056(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/151003(WO,A1)
【文献】 国際公開第2013/114967(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00 − 14/58
C04B 35/453
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
主相としての酸化亜鉛結晶粒子と、ドーパントを含む粒界相としてのスピネル相とを含んで構成される酸化亜鉛系焼結体からなる酸化亜鉛系スパッタリングターゲットであって、
- スパッタ面におけるZnOの(002)配向度が80%以上であり、
- 前記酸化亜鉛系焼結体の密度が5.50g/cm以上であり、
- スピネル相の面積当たりの個数が20個/100μm以上であり、
- スピネル相分布指数が0.40以下である
ことを特徴とする、酸化亜鉛系スパッタリングターゲット。
【請求項2】
前記酸化亜鉛系焼結体が気孔を有し、該気孔の面積当たりの個数が1500個/mm以上である、請求項1に記載の酸化亜鉛系スパッタリングターゲット。
【請求項3】
前記スパッタ面におけるZnOの(002)配向度が90%以上である、請求項1又は2に記載の酸化亜鉛系スパッタリングターゲット。
【請求項4】
前記スピネル相の面積当たり個数が50個/100μm以上である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の酸化亜鉛系スパッタリングターゲット。
【請求項5】
前記スピネル相分布指数が0.20以下である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の酸化亜鉛系スパッタリングターゲット。
【請求項6】
前記スピネル相がZnAl及び/又はZnGaからなる、請求項1〜5のいずれか一項に記載の酸化亜鉛系スパッタリングターゲット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化亜鉛系スパッタリングターゲットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子デバイス等に用いられる透明導電膜として、インジウム錫酸化物(ITO)等が長年にわたって広く用いられている。しかしながら、近年のインジウム等のレアメタルの価格高騰といった背景もあり、その代替材料が強く望まれている。そこで、近年、より安価な酸化亜鉛(ZnO)を用いて透明導電膜を作製しようとする試みが盛んに検討されているが、抵抗が十分に下がらず望ましい導電性が得られない等の種々の問題があるため、未だ本格的には採用されていない。したがって、ITOを代替する透明導電性材料として、より高い透明性及び導電性を有する酸化亜鉛膜が望まれている。
【0003】
酸化亜鉛の(002)面を配向させたスパッタターゲットを用いたスパッタリングにより、均一性に優れた膜が得られることも知られている。例えば、特許文献1(特許第3301755号公報)には、焼結粒子平均粒径が1μm以上10μm以下、体積固有抵抗が10Ω・cm未満、密度が4.0g/cm以上5.0g/cm未満であり、(002)結晶配向性が(101)結晶配向性より大きい導電性酸化亜鉛焼結体が開示されている。特許文献2(特開平6−88218号公報)には、(002)結晶配向性が(101)結晶配向性より大きく、且つ密度が4.5g/cm以上である酸化亜鉛系焼結体が開示されている。しかしながら、特許文献2及び3は低温基板上に低抵抗な膜を成膜すること又は抵抗分布の小さい膜を成膜することを目的としたものであり、通常の基板温度での膜抵抗率及び近赤外域での膜透光率は十分でなかった。
【0004】
特許文献3(特許第3864425号公報)には、より低抵抗な膜を安定的に形成することを目的に、高密度でアルミニウム成分の最大分散凝集径を制御したZnO系スパッタリングターゲットが開示されている。しかしながら、スピネル相の分布及びそれが膜抵抗率や近赤外域での膜透過率に与える影響については記載されていない。
【0005】
特許文献4(特開2006−200016号公報)、特許文献5(特開2010−70448号公報)、特許文献6(特開2010−111560号公報)及び特許文献7(特開2013−112833号公報)には、アーキングを抑制すること又は膜耐湿性を改善することを目的に、Alを含む相の粒径又は分布を制御したZnO系スパッタターゲットが開示されている。しかしながら、膜抵抗率及び近赤外域での膜透光率は十分ではなかった。
【0006】
特許文献8(特開2011−63866号公報)には、Al及びMgを添加し、Alを含有するスピネル相の粒径を制御することにより、膜の赤外領域の透光率及び耐熱性を向上させたZnO系スパッタターゲットが開示されている。スピネル相の粒径制御はアーキングを抑制する目的で行われており、膜抵抗率及び近赤外域での膜透光率に与える影響については記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第3301755号公報
【特許文献2】特開平6−88218号公報
【特許文献3】特許第3864425号公報
【特許文献4】特開2006−200016号公報
【特許文献5】特開2010−70448号公報
【特許文献6】特開2010−111560号公報
【特許文献7】特開2013−112833号公報
【特許文献8】特開2011−63866号公報
【発明の概要】
【0008】
本発明者らは、今般、a)スパッタ面におけるZnOの(002)配向度が80%以上であり、b)酸化亜鉛系焼結体の密度が5.50g/cm以上であり、c)スピネル相の面積当たりの個数が20個/100μm以上であり、d)スピネル相分布指数が0.40以下である酸化亜鉛系スパッタリングターゲットを用いてスパッタリングを行うことで、より高い透明性及び導電性を有する酸化亜鉛系スパッタ膜を作製できるとの知見を得た。
【0009】
したがって、本発明の目的は、より高い透明性及び導電性を有する酸化亜鉛系スパッタ膜の作製を可能とする、酸化亜鉛系スパッタリングターゲットを提供することにある。
【0010】
本発明の一態様によれば、主相としての酸化亜鉛結晶粒子と、ドーパントを含む粒界相としてのスピネル相とを含んで構成される酸化亜鉛系焼結体からなる酸化亜鉛系スパッタリングターゲットであって、
- スパッタ面におけるZnOの(002)配向度が80%以上であり、
- 前記酸化亜鉛系焼結体の密度が5.50g/cm以上であり、
- スピネル相の面積当たりの個数が20個/100μm以上であり、
- スピネル相分布指数が0.40以下である
ことを特徴とする、酸化亜鉛系スパッタリングターゲットが提供される。
【発明を実施するための形態】
【0011】
酸化亜鉛系スパッタリングターゲット
本発明による酸化亜鉛系スパッタリングターゲットは、主相としての酸化亜鉛結晶粒子と、ドーパントを含む粒界相としてのスピネル相とを含んで構成される酸化亜鉛系焼結体からなる。そして、このスパッタリングターゲットは、a)スパッタ面におけるZnOの(002)配向度が80%以上であり、b)酸化亜鉛系焼結体の密度が5.50g/cm以上であり、c)スピネル相の面積当たりの個数が20個/100μm以上であり、d)スピネル相分布指数が0.40以下であることを特徴とする。スピネル相分布指数の定義については後述するが、この分布指数が低いほどスピネル相の個数密度のばらつきが小さく均質であることを意味する。そして、このような構成のスパッタリングターゲットを用いてスパッタリング成膜を行うことで、より高い透明性及び導電性を有する酸化亜鉛系スパッタ膜を作製することが可能となる。特に、この酸化亜鉛系スパッタ膜は、低抵抗であると同時に、特に近赤外域で透光率が高いとの優れた利点を有する。その理由は定かではないが、以下のように考えられる。すなわち、上記c)のようにスピネル相の面積辺りの個数を増大させ且つ上記d)のようにスピネル相の個数密度のばらつきを小さくすることで、粒界相としてのスピネル相が酸化亜鉛系焼結体中に極めて均一且つ微細に分散されることになる。そして、上記a)及びb)のような極めて高配向且つ高密度の酸化亜鉛系焼結体において上記c)及びd)のように均一且つ微細にスピネル相を分散させることで、スパッタリングにより結晶品質の高い均質なスパッタ膜が形成されやすくなるものと推察される。すなわち、高配向且つ高密度の酸化亜鉛系焼結体中に粒界相としてのスピネル相を均一且つ微細に分散させることにより、均質性の高いスパッタリング成膜が可能となり、高い導電性と同時に高い透明性(特に近赤外域での高い透光率)を有するスパッタ膜を作製することができるものと推察される。
【0012】
酸化亜鉛系焼結体は主相としての酸化亜鉛結晶粒子と、ドーパントを含む粒界相としてのスピネル相とを含んで構成される。すなわち、酸化亜鉛系焼結体は酸化亜鉛結晶粒子から主として構成され、典型的には酸化亜鉛結晶粒子を約70質量%以上、より典型的には80質量%以上、さらに典型的には90質量%以上含み、ドーパントを含む粒界相としてのスピネル相を更に含んでなる。本明細書においてスピネル相とはスピネル構造を有する結晶相であり、典型的にはZn及びドーパント元素を含んで構成される。そのようなドーパント元素としては導電性向上効果をもたらすものが望ましく、好ましくはAl、Ga等の3B属元素等のドーパントが挙げられる。したがって、好ましいスピネル相はZnAl及び/又はZnGaからなる。このように、酸化亜鉛系焼結体は無数の酸化亜鉛結晶粒子がスピネル相と共に焼結により互いに結合されてなる固体である。酸化亜鉛結晶粒子は酸化亜鉛を含んで構成される粒子であり、他の元素ないし不純物として、前述したAl、Ga等の3B属元素や後述するZr及び/又はNa等のドーパント及び不可避不純物を含んでいてもよいし、酸化亜鉛及び不可避不純物のみから実質的になる(又はのみからなる)ものであってもよい。そのような他の元素は六方晶ウルツ鉱型構造のZnサイトやOサイトに置換されていてもよいし、結晶構造を構成しない添加元素として含まれていてもよいし、あるいは粒界に存在するものであってもよい。また、酸化亜鉛系焼結体も、酸化亜鉛結晶粒子及びスピネル相以外に他の異相又は上述したような他の元素を含んでいてもよいし、酸化亜鉛結晶粒子、スピネル相及び不可避不純物のみから実質的になる(又はのみからなる)ものであってもよい。
【0013】
上述のとおり、酸化亜鉛系焼結体は、不純物として微量のZr及び/又はNaを含んでいてもよい。このような不純物は半導体用途等では好ましくないことがあるが、CIGS太陽電池等では特に問題とならない。むしろ微量のZr及び/又はNaを含有させることにより、そのメカニズムは不明ではあるが、アーキングの低減及び成膜速度の向上に寄与しうる。いずれの元素も粒界強度を向上し、ターゲット表面からの粒子の脱落を防ぐ効果があることが推定される。例えば、酸化亜鉛系焼結体は好ましくは100ppm以上、より好ましくは100〜2000ppm、さらに好ましくは200〜1000ppmのZrを含むものであってよい。また、酸化亜鉛系焼結体は好ましくは10ppm以上、より好ましくは15〜100ppm、さらに好ましくは20〜80ppmのNaを含むものであってよい。
【0014】
本発明における酸化亜鉛系焼結体はスパッタ面における(002)配向度が80%以上、好ましくは85%以上であり、さらに好ましくは90%以上である。(002)面はスパッタされやすい結晶面であると考えられるため、(002)配向度が高いほど、アーキングを抑制しながら成膜速度を高めることができる。特に、80%以上という極めて高い(002)配向度は、均質なスパッタリングを生じさせると推定され、スピネル相の均一且つ微細な分散による透明性及び導電性の向上を実現可能とするための前提条件となる。したがって、スパッタ面における(002)配向度の上限は特に限定されるべきではなく、理想的には100%である。この(002)面の配向度は、XRD装置(株式会社リガク製、製品名「RINT−TTR III」)を用い、円板状酸化亜鉛系焼結体の表面に対してX線を照射したときのXRDプロファイルを測定することにより行った。(002)配向度は、以下の式により算出する。
【数1】
【0015】
酸化亜鉛系焼結体は、5.50g/cm以上の密度を有し、好ましくは5.52g/cm以上、より好ましくは5.55g/cm以上である。このように密度が高いことで、スパッタリング時におけるアーキングの抑制と成膜速度の向上を両立しやすくなる。特に、5.50g/cm以上という極めて高い密度は、スピネル相の均一且つ微細な分散による透明性及び導電性の向上を実現可能とするための前提条件となる。
【0016】
酸化亜鉛系焼結体は、スピネル相の面積当たりの個数が20個/100μm以上であり、好ましくは30個/100μm以上、より好ましくは40個/100μm以上、さらに好ましくは50個/100μm以上である。また、酸化亜鉛系焼結体は、スピネル相分布指数が0.40以下であり、好ましくは0.30以下、より好ましくは0.20以下、さらに好ましくは0.15以下である。スピネル相の面積当たりの個数及びスピネル相分布は次のようにして測定することができる。板状焼結体の中心部付近より試験片を切り出し、板面と垂直な面を研磨する。試験片厚さ方向の中心部付近にて、走査電子顕微鏡20μm×20μmの視野にて反射電子像を取得し、格子状に4等分した10μm×10μmの4つの視野それぞれにおいて、マトリックスとなるZnOとコントラストの異なる相の個数を測定する。ZnOとコントラストの異なる相がスピネル相であることは、XRDによる結晶相解析及びEDSによる組成分析により確認する。4視野の平均値を該当試料におけるスピネル相の面積当たり個数[個/100μm]とする。また、4視野のスピネル相個数の標準偏差を上記4視野の平均値で除した値をスピネル相分布指数と定義する。すなわち、この分布指数が低いほどスピネル相の個数密度のばらつきが小さく均質であることを意味する。スピネル相の面積当たりの個数が多く、かつ、スピネル相分布指数が低いほど、(002)配向度が高いターゲットにおける均質なスパッタリングの効果が顕著になると推測され、より高い透明性及び導電性を有するスパッタ膜が得られやすくなる。したがって、スピネル相の面積当たりの個数の上限は特に限定されるべきではないが、典型的には100個/100μm以下である。同様に、スピネル相分布指数の下限は限定されるべきではないが、典型的には0.05以上である。
【0017】
酸化亜鉛系焼結体は気孔の面積当たりの個数が1500個/mm以上であるのが好ましく、より好ましくは1700個/mm以上であり、さらに好ましくは1800個/mm以上である。このように気孔の面積当たりの個数を増やすことで更に低抵抗な膜を作製することができる。その理由は定かではないが、微細な気孔が分散した状態で存在することにより、(002)配向度が高いターゲットにおける均質なスパッタリングの効果が顕著になり、より高い透明性及び導電性を有するスパッタ膜が得られやすくなると推測される。酸化亜鉛系焼結体は気孔の面積当たりの個数の上限は特に限定されるべきではないが、典型的には3000個/mm以下であり、より典型的には2000個/mm以下である。なお、平均気孔径は1μm以下とするのが好ましい。
【0018】
製造方法
本発明による酸化亜鉛系スパッタリングターゲットは所望の特性が得られるかぎり任意の方法により製造すればよい。配向焼結体は、例えば、スラリーに強磁場を印加し、得られた配向成形体を焼成する方法で作製可能である。また、より好ましい方法として、板状酸化亜鉛粉末を作製し、この板状酸化亜鉛粉末に剪断力を施して配向成形体とし、この配向成形体を焼成することでも作製することができる。この好ましい製造方法について以下に説明する。
【0019】
(1)板状酸化亜鉛粉末の作製
まず、亜鉛イオン含有原料溶液を用いて溶液法により酸化亜鉛前駆体板状粒子を生成させる。亜鉛イオン供給源の例としては、硫酸亜鉛、硝酸亜鉛、塩化亜鉛、酢酸亜鉛等の有機酸塩、亜鉛アルコキシド等が挙げられるが、硫酸亜鉛が後述する硫酸イオンも供給できる点で好ましい。溶液法による酸化亜鉛前駆体板状粒子の生成手法は特に限定されず公知の手法に従って行うことができる。
【0020】
原料溶液は水溶性有機物質及び硫酸イオンを含むのが多孔質として比表面積を大きくできる点で好ましい。水溶性有機物質の例としてはアルコール類、ポリオール類、ケトン類、ポリエーテル類、エステル類、カルボン酸類、ポリカルボン酸類、セルロース類、糖類、スルホン酸類、アミノ酸類、及びアミン類が挙げられ、より具体的には、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール等の脂肪族アルコール、エチレングリコール、プロパンジオール、ブタンジオール、グルセリン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等の脂肪族多価アルコール、フェノール、カテコール、クレゾール等の芳香族アルコール、フルフリルアコール等の複素環を有するアルコール類、アセトン、メチルエチルケトン、アセチルアセトン等のケトン類、エチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ポリオキシアルキレンエーテル、エチレンオキサイド付加物、プロピレンオキサイド付加物等のエーテルあるいはポリエーテル類、酢酸エチル、アセト酢酸エチル、グリシンエチルエステル等のエステル類、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、ブタン酸、酪酸、蓚酸、マロン酸、クエン酸、酒石酸、グルコン酸、サリチル酸、安息香酸、アクリル酸、マレイン酸、グリセリン酸、エレオステアリン酸、ポリアクリル酸、ポリマレイン酸、アクリル酸−マレイン酸コポリマー等のカルボン酸、ポリカルボン酸、あるいはヒドロキシカルボン酸やその塩類、カルボキシメチルセルロース類、グルコース、ガラクトース等の単糖類、蔗糖、ラクトース、アミロース、キチン、セルロース等の多糖類、アルキルベンゼンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸、アルキルスルホン酸、α−オレフィンスルホン酸、ポリオキシエチレンアルキルスルホン酸、リグニンスルホン酸、ナフタレンスルホン酸等のスルホン酸類やその塩類、グリシン、グルタミン酸、アスパラギン酸、アラニン等のアミノ酸、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ブタノールアミン等のヒドロキシアミン類、トリメチルアミノエチルアルキルアミド、アルキルピリジニウム硫酸塩、アルキルトリメチルアンモニウムハロゲン化物、アルキルベタイン、アルキルジエチレントリアミノ酢酸等が挙げられる。これらの水溶性有機物質の中でも、水酸基、カルボキシル基、アミノ基のうち少なくとも一種の官能基を有するものが好ましく、水酸基とカルボキシル基を有するヒドロキシカルボン酸やその塩類が特に好ましく、例えばグルコン酸ナトリウム、酒石酸等が挙げられる。水溶性有機物質は、後述するアンモニア水が添加された原料溶液中に約0.001重量%〜約10重量%の範囲で共存させるのが好ましい。好ましい硫酸イオン供給源は、上述したとおり硫酸亜鉛である。原料溶液は前述したドーパント等の添加物質を更に含むものであってもよい。
【0021】
このとき、原料溶液は70〜100℃の前駆反応温度に加熱されるのが好ましく、より好ましくは80〜100℃である。また、この加熱後又はその間に原料溶液にアンモニア水が添加されるのが好ましく、アンモニア水が添加された原料溶液が70〜100℃で0.5〜10時間保持されるのが好ましく、より好ましくは80〜100℃で2〜8時間である。
【0022】
次に、前駆体板状粒子を150℃/h以下の昇温速度で仮焼温度まで昇温させて仮焼し、複数の酸化亜鉛板状粒子からなる酸化亜鉛粉末を生成させる。昇温速度を150℃/h以下と遅くすることで、前駆物質から酸化亜鉛に変化する際に前駆物質の結晶面が酸化亜鉛に引き継がれ易くなり、成形体における板状粒子の配向度が向上するものと考えられる。また、一次粒子同士の連結性が増大して板状粒子が崩れにくくなるとも考えられる。好ましい昇温速度は120℃/h以下であり、より好ましくは100℃/h以下であり、更に好ましくは50℃/h以下であり、特に好ましくは30℃/h以下であり、最も好ましくは15℃/h以下である。仮焼前に、酸化亜鉛前駆体粒子は洗浄、濾過及び乾燥されるのが好ましい。仮焼温度は水酸化亜鉛等の前駆化合物が酸化亜鉛に変化できる温度であれば特に限定されないが、好ましくは800〜1100℃、より好ましくは850〜1000℃であり、このような仮焼温度で前駆体板状粒子が好ましくは0〜3時間、より好ましくは0〜1時間保持される。このような温度保持条件であると水酸化亜鉛等の前駆化合物を酸化亜鉛により確実に変化させることができる。このような仮焼工程により、前駆体板状粒子が多くの気孔を有する板状酸化亜鉛粒子に変化する。
【0023】
酸化亜鉛粉末には添加物質を混合することができる。そのような添加物質としては、第二成分として、成形体の用途や仕様に応じた所望の特性(例えば導電性や絶縁性)を付与する種々の添加剤やドーパントであることができる。ドーパント元素の好ましい例としては、B、Al、Ga、In、C、F、Cl、Br、I、H、Li、Na、K、N、P、As、Cu、Ag、Zr及びこれらの任意の組合せが挙げられ、より好ましくはスピネル相(ZnAl及び/又はZnGa)の形成をもたらすAl及び/又はGaである。これらのドーパント元素はこれらの元素を含む化合物(例えばアルミナ)又はイオンの形態で酸化亜鉛粉末に添加すればよい。添加物質の添加方法は特に限定されないが、酸化亜鉛粉末の微細気孔の内部にまで添加物質を行き渡らせるため、(1)添加物質をナノ粒子等の微細粉末の形態で酸化亜鉛粉末に添加する方法、(2)添加物質を溶媒に溶解又は分散させた後に酸化亜鉛粉末を添加し、この溶液を乾燥する方法等が好ましく例示される。なお、添加物質の添加後、超音波ホモジナイザー等の公知の手法を用いて均一に分散させる処理を行うのが好ましい。
【0024】
(2)酸化亜鉛系焼結体の作製
上記酸化亜鉛粉末を用いて高配向な酸化亜鉛成形体や酸化亜鉛系焼結体を作製することができる。すなわち、この酸化亜鉛粉末は板状粒子で構成されるため、テープ成形や押出し成形といった板状粒子に剪断力が印加される成形方法を用いて成形体を作製することで、板状粒子が配向された成形体を得ることができる。また、そのような高配向成形体を焼結させることで高配向焼結体を得ることができる。その上、この酸化亜鉛成形体や酸化亜鉛系焼結体には添加物質を均一に分散させることが可能なため、添加物質によって付与しようとする所望の特性を最大限に発揮させることができる。なお、酸化亜鉛粉末が上述した添加物質を含んでいない場合には、成形体の作製に際し添加物質を添加すればよく、添加物質の添加も上述したとおりに行うことができる。この場合も、上述したとおり、添加物質の添加後、超音波ホモジナイザー等の公知の手法を用いて均一に分散させる処理を行うのが好ましい。
【0025】
酸化亜鉛粉末は剪断力を用いた手法により配向されて配向成形体となる。剪断力を用いた手法の好ましい例としては、テープ成形、押出し成形、ドクターブレード法、及びこれらの任意の組合せが挙げられる。剪断力を用いた配向手法は、上記例示したいずれの手法においても、板状酸化亜鉛粉末にバインダー、可塑剤、分散剤、分散媒等の添加物を適宜加えてスラリー化し、このスラリーをスリット状の細い吐出口を通過させることにより、基材上にシート状に吐出及び成形するのが好ましい。吐出口のスリット幅は10〜400μmとするのが好ましい。なお、分散媒の量はスラリー粘度が4000〜100000cPとなるような量にするのが好ましく、より好ましくは5000〜60000cPである。シート状に成形した配向成形体の厚さは5〜500μmであるのが好ましく、より好ましくは10〜200μmである。このシート状に成形した配向成形体を多数枚積み重ねて、所望の厚さを有する前駆積層体とし、この前駆積層体にプレス成形を施すのが好ましい。このプレス成形は前駆積層体を真空パック等で包装して、50〜95℃の温水中で10〜2000kgf/cmの圧力で静水圧プレスにより好ましく行うことができる。また、押出し成形を用いる場合には、金型内の流路の設計により、金型内で細い吐出口を通過した後、シート状の成形体が金型内で一体化され、積層された状態で成形体が排出されるようにしても良い。得られた成形体には公知の条件に従い脱脂を施すのが好ましい。
【0026】
上記のようにして得られた配向成形体は好ましくは1320〜1500℃、より好ましくは1350〜1450℃の焼成温度で焼成されて、酸化亜鉛板状粒子を配向して含んでなる酸化亜鉛系焼結体を形成する。上記焼成温度での焼成時間は特に限定されないが、好ましくは1〜10時間であり、より好ましくは2〜5時間である。こうして得られた酸化亜鉛系焼結体は、板面における(002)面の配向度が高く、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上である。
【実施例】
【0027】
本発明を以下の例によってさらに具体的に説明する。
【0028】
例1
(1)板状酸化亜鉛粉末の作製
硫酸亜鉛七水和物(高純度化学研究所製)1730gとグルコン酸ナトリウム(和光純薬工業製)4.5gをイオン交換水3000gに溶解した。この溶液をビーカーに入れ、マグネットスターラーで攪拌しながら90℃に加熱して溶解を完了させた。この溶液を90℃に保持し且つ攪拌しながら、25%アンモニウム水490gをマイクロチューブポンプにて滴下した。滴下終了後、90℃にて攪拌しながら4時間保持した後、静置した。沈殿物をろ過により分離し、更にイオン交換水による洗浄を3回行い、乾燥して白色粉末状の酸化亜鉛前駆物質を得た。得られた酸化亜鉛前駆物質をジルコニア製のセッターに載置し、電気炉にて大気中で仮焼することにより、板状多孔質酸化亜鉛粉末を得た。仮焼時の温度スケジュールは、室温から900℃まで昇温速度20℃/hにて昇温した後、900℃で30分間保持し、自然放冷とした。
【0029】
(2)酸化亜鉛焼結体の作製
得られた板状酸化亜鉛粉末98重量部及びθ−アルミナ(比表面積85m/g、住友化学製)2重量部を、ボールミルにて粉砕混合した。このとき、IPA(イソプロピルアルコール)を溶媒として用い、θ−アルミナは超音波ホモジナイザーを用いて予めIPA中に分散させた。粉砕混合後のスラリーをロータリーエバポレーターで乾燥し、酸化亜鉛−アルミナ混合粉末を作製した。得られた混合粉末の体積基準平均粒径(D50)は0.6μmであった。続いて、混合粉末100重量部に対し、バインダー(ポリビニルブチラール:品番BM−2、積水化学工業株式会社製)10重量部と、可塑剤(DOP:ジ(2−エチルヘキシル)フタレート、黒金化成株式会社製)4.0重量部と、分散剤(製品名レオドールSP−O30、花王株式会社製)2重量部と、分散媒(2−エチルヘキサノール)とを混合した。分散媒の量はスラリー粘度が5000cPとなるように調整した。こうして調製されたスラリーを、ドクターブレード法により、PETフィルムの上に、乾燥後の厚さが20μmとなるようにシート状に成形した。得られたテープを切断及び積層し、厚さ10mmのアルミニウム板の上に載置した後、真空パックを行った。この真空パックを85℃の温水中で、100kgf/cmの圧力にて静水圧プレスを行い、直径約190mm×厚さ6mmの円板状の成形体を作製した。得られた成形体を脱脂炉中に配置し、600℃×20時間の条件で脱脂を行った。得られた脱脂体を窒素中、1400℃で5時間の条件で常圧焼成して、円板状の酸化亜鉛系焼結体をスパッタリングターゲットとして得た。
【0030】
(3)密度の評価
円板状焼結体より3mm×4mm×40mmの試片を切り出し、水を溶媒としたアルキメデス法により密度を測定したところ、表1に示される値が得られた。
【0031】
(4)配向度の評価
円板状焼結体の板面を試料面とし、XRDにより(002)面の配向度を測定した。この測定は、XRD装置(株式会社リガク製、製品名「RINT−TTR III」)を用い、円板状焼結体の試料表面に対してX線を照射したときのXRDプロファイルを測定することにより行った。(002)配向度[%]を以下の式により算出したところ、表1に示される値が得られた。
【数2】
【0032】
(5)スピネル相の評価
スピネル相の面積当たり個数[個/100μm]は以下の方法にて測定した。円板状焼結体の中心部付近より試験片を切り出し、円板面と垂直な面を研磨した。試験片厚さ方向の中心部付近にて、走査電子顕微鏡20μm×20μmの視野にて反射電子像を取得し、格子状に4等分した10μm×10μmの4つの視野それぞれにおいて、マトリックスとなるZnOとコントラストの異なる相の個数を測定した。ZnOとコントラストの異なる相がスピネル相であることは、XRDによる結晶相解析及びEDSによる組成分析により確認した。4視野の平均値を該当試料におけるスピネル相の面積当たり個数[個/100μm]個数とした。また、4視野のスピネル相個数の標準偏差を上記4視野の平均値で除した値をスピネル相分布指数とした。
【0033】
(6)気孔の評価
気孔の面積当たり個数[個/mm]は以下の方法にて測定した。円板状焼結体の中心部付近より試験片を切り出し、円板面と垂直な面を研磨した。試験片厚さ方向の中心部付近にて、走査電子顕微鏡200μm×200μmの視野にて二次電子像を取得し、気孔の数を測定した。5視野の平均値に25を乗じることにより、[個/mm]の単位で求めた。
【0034】
(7)酸化亜鉛系スパッタ膜の評価
上記同様の条件で作製した別の円盤状焼結体を、インジウムにより銅製のバッキングプレートと接合した。これをターゲットとして用い、DCマグネトロンスパッタ装置にて、純Ar雰囲気、圧力0.5Pa、投入電力200Wでスパッタリングを行った。5時間のプレスパッタを実施した後、基板温度200℃の無アルカリガラス(コーニングEagle XG)基板上へスパッタ成膜を行った。スパッタ時間は膜厚が200±10nmとなるよう調整した。得られた酸化亜鉛系スパッタ膜について、膜抵抗率及び近赤外域の膜透過率の評価を行った。膜抵抗率の測定は、抵抗率計(三菱化学製、ロレスタEP)を用いて四探針法により行った。近赤外域の膜透過率の測定は、紫外−可視−近赤外分光光度計(島津製作所製、SolidSpec−3700)を用いて波長1000nm〜1300nmの平均透過率を測定することにより行った。このとき、ガラス基板のみの透過率の値を100%として規格化した。なお、膜抵抗率及び膜透過率を、例1の値を1.00とした相対値として表1に示した。
【0035】
例2
テープ成形時のスラリー粘度を15000cpsとしたこと以外は例1と同様の方法により円板状酸化亜鉛系焼結体の作製及び評価を行った。結果は表1に示されるとおりであった。
【0036】
例3
Al源としてγ−アルミナ(住友化学製、比表面積130m/g)を用いたこと以外は例1と同様にして円板状酸化亜鉛系焼結体の作製及び評価を行った。結果は表1に示されるとおりであった。
【0037】
例4
粉砕後の板状酸化亜鉛粉末の粒径(D50)を0.4μmとし、かつ、焼成温度を1380℃としたこと以外は例1と同様にして円板状酸化亜鉛系焼結体の作製及び評価を行った。結果は表1に示されるとおりであった。
【0038】
例5
板状酸化亜鉛粉末を98.5重量部及びθ−アルミナを1.5重量部としたこと以外は例1と同様にして円板状酸化亜鉛系焼結体の作製及び評価を行った。結果は表1に示されるとおりであった。
【0039】
例6
Al源としてγ−アルミナ(住友化学製、比表面積130m/g)を用い、かつ、テープ成形時のスラリー粘度を20000cpsとしたこと以外は例4と同様にして円板状酸化亜鉛系焼結体の作製及び評価を行った。結果は表1に示されるとおりであった。
【0040】
例7(比較)
Al源をα−アルミナ(住友化学製、比表面積4.5m/g、)とし、かつ、超音波ホモジナイザーによる分散工程を省略したこと以外は例1と同様にして円板状酸化亜鉛系焼結体の作製及び評価を行った。結果は表1に示されるとおりであった。
【0041】
例8(比較)
スラリー粘度を3500cpsとしたこと以外は例4と同様にして円板状酸化亜鉛系焼結体の作製及び評価を行った。結果は表1に示されるとおりであった。
【0042】
例9(比較)
焼成温度を1300℃としたこと以外は例4と同様にして円板状酸化亜鉛系焼結体の作製及び評価を行った。結果は表1に示されるとおりであった。
【0043】
【表1】
【0044】
表1に示される結果から、a)スパッタ面におけるZnOの(002)配向度が80%以上であり、b)酸化亜鉛系焼結体の密度が5.50g/cm以上であり、c)スピネル相の面積当たりの個数が20個/100μm以上であり、d)スピネル相分布指数が0.40以下である酸化亜鉛系スパッタリングターゲットを用いたスパッタリングを行うことで、より高い透明性及び導電性を有する酸化亜鉛系スパッタ膜を作製できることが分かる。