【実施例1】
【0010】
本実施例では、ラップ隙間を適正化し、ラップ負荷の抑制と圧縮室内漏れ損失の低減を実現するスクロール圧縮機の例を説明する。
図1は、本実施例のスクロール圧縮機構成図の例である。
スクロール圧縮機1は、圧縮機構部2と圧縮機構部2を駆動する電動機3と、圧縮機構部2と電動機3などを収納する密閉容器4を備えて構成される。本実施例では、密閉容器2内の上部に圧縮機構部2を、中部に電動機3を、密閉容器4下部に油溜まり15が配設された縦型スクロール圧縮機である。密閉容器4は、円筒状チャンバ4aに蓋キャップ4bと底キャップ4cが上下に溶接されて構成されている。蓋キャップ4bには吸込パイプ4dが配設され、円筒状チャンバ4aの側面には吐出パイプ4eが配設されている。密閉容器4の内部には吐出圧力となる吐出圧空間4fが収納されている。また、吐出圧空間4fには圧縮機構部2と電動機3が収納されている。圧縮機構部2は、固定スクロール5と旋回スクロール6とフレーム7などを基本要素として構成されている。固定スクロール5とフレーム7はボルトで締結されており、旋回スクロール6はフレーム7に支持されている。
【0011】
図2は本実施例のスクロール圧縮機1の固定スクロール5と旋回スクロール6の基本構成の断面図を示している。なお、
図2では固定スクロール5と旋回スクロール6の相対的な寸法比は必ずしも一致していない。固定スクロール5は円盤状の天板部(固定側板部5b)と固定側板部5bの下部の内周部に立設された渦巻状の固定側ラップ5aと、固定側板部5bの外周部にラップ5aを囲むように設けられた筒状の固定側鏡板部5gと、固定側板部5b上部に備えられた吸入口5cと吐出口5dなどを有して構成され、フレーム7にボルトで固定されている。
【0012】
旋回スクロール6は、固定スクロール5の固定側ラップ5aが立設される側に円盤状の旋回側板部6bと、旋回側板部6bの内周側に立設された渦巻状の旋回側ラップ6aなどを有して構成される。旋回スクロール6は、固定スクロール5と互いのラップが噛み合い、圧縮室16が形成されるように旋回自在に配置されている。旋回スクロール6の背面側(
図1、2の下側)にはクランク軸9の偏芯ピン部9bが連結されている。旋回スクロール6が固定スクロール5に対して旋回運動することにより、その容積が減少する圧縮動作が行われる。
【0013】
それぞれのスクロールラップ(固定側ラップ5a、旋回側ラップ6a)は円のインボリュート曲線などを基本曲線として形成されており、両スクロールを互いに噛み合わせて旋回スクロール6の巻き終わり側のラップの外側で形成される外線側圧縮室と、その内側で形成される内線側圧縮室との大きさが異なり、軸の回転に対して位相が約180°ずれて形成される非対称スクロール形状である。フレーム7は、外周側が溶接などによって密閉容器4の内壁面に固定されており、クランク軸9を回転自在に支持する主軸受8を備えている。
【0014】
旋回スクロール6の背面側とフレーム7の間には、オルダムリング10が配設されている。オルダムリング10は旋回スクロール6の背面側に形成された溝とフレーム7に形成された溝に装着され、旋回スクロール6が自転することなくクランク軸9の偏芯ピン部9bの偏芯回転を受けて公転運動するよう配設される。
【0015】
電動機3は、ステータ3aとロータ3bから構成される。ステータ3aは密閉容器4に圧入および焼嵌などにより固定されている。ロータ3bはステータ3a内側に回転可能に配置されている。ロータ3bはクランク軸9に固定されており、ロータ3bが回転することにより、クランク軸9を介して旋回スクロール6を旋回運動させる。
【0016】
クランク軸9は、主軸9aと偏芯ピン部9bとから構成され、フレーム7に設けられた主軸受8と副軸受11とで支持されている。偏芯ピン部9bはクランク軸9aに対して偏芯して一体に形成されており、旋回スクロール6の背面に形成された旋回軸受6dに挿入されている。クランク軸9は電動機3により駆動され、偏芯ピン部9bは主軸9aに対して偏芯回転運動することで、旋回スクロール6を駆動させる。また、クランク軸9には、主軸受8および副軸受11、旋回軸受6dへ潤滑油を導く給油通路9cが内部に設けられ、油溜り15側下端には潤滑油を汲み上げて給油通路9cに導くポンプ部14が装着されている。副軸受11はハウジング12及び下フレーム13を介して密閉容器4に固定されている。副軸受11は、すべり軸受や転がり軸受、球面軸受部材などを使用してクランク軸主軸部9aの油溜まり側の一端を回転自在に保持する。
【0017】
旋回スクロール6が電動機3により駆動されるクランク軸9を介して旋回運動されると、旋回スクロール6、固定スクロール5の両ラップが噛み合い、大きさの異なる2つの圧縮室(内線側圧縮室、外線側圧縮室)が180°の位相差を持って交互に形成される。すると、冷媒ガスなどの作動流体は、吸入パイプ4dから旋回スクロール6および固定スクロール5により形成される圧縮室16に導かれ、冷媒ガスはスクロールの中心方向に移動するに従い容積が縮小され圧縮が行われる。圧縮された冷媒ガスは固定スクロール5の固定側板部5bの上部中央に設けられた吐出口5dから密閉容器4内の吐出圧空間4fへ吐出され、圧縮機構部2および電動機3の周囲を循環した後、吐出パイプ4eから外部へと流出する。従って、密閉容器4内の空間は吐出圧力に保たれるいわゆる高圧チャンバ圧縮機である。
【0018】
続いて潤滑油の給油経路について説明する。旋回スクロール6の背面側とフレーム7との間には吸入パイプ4d内での圧力と吐出圧空間4fの圧力の中間となる圧力状態である背圧室17が形成されている。この背圧室17は、油溜り15から潤滑油が給油通路9cを通り、旋回軸受6dを潤滑した後、圧縮機構部2の摺動部に供給する経路中に設けられている。旋回スクロール6の平板部6bには圧縮室16と旋回スクロール6背面に形成される背圧室17を間欠的に連通させる背圧孔6cが設けられており、背圧室17の圧力を吸入圧と吐出圧の中間的な圧力(この中間の圧力を背圧と呼ぶ)に保っている。この背圧とシール部材18の内周側の中央側空間に作用する吐出圧力の合力で、旋回スクロール6は背面から固定スクロール5に押し付けている。
【0019】
次に、圧縮機運転時の圧縮機構部2の圧力変形について説明する。
図3は、スクロール圧縮機の圧縮機構部2の圧力変形を模式的に示した図である。図に示すように、固定スクロール5の上部は吐出圧空間4fに面しているため、固定スクロール5の上面には吐出圧力が作用する。また、旋回スクロール6の背面は背圧室17に面しているため、旋回スクロール6の背面には背圧が作用し、旋回スクロール6を上方側(固定スクロール5側)に押し上げる。
【0020】
図3のスクロール圧縮機の場合、固定スクロール5は固定側板部5bの外縁部が密閉容器4に固定されているので、全体的に下方向(旋回スクロール側)に凸になるように変形する。旋回スクロール6は下方向に凸に変形した固定スクロール5に押し付けられるため、両スクロールの中央部のラップ歯先部(固定側ラップ歯先部5e、旋回側ラップ歯先部6e)とラップ歯底部(固定側ラップ歯底部5f、旋回側ラップ歯底部6f)とが互いに接触する。そして固定スクロール5、旋回スクロール6のそれぞれは固定スクロール5の変形にならうように全体的に中央部が下方向に凸になるように変形する。特に、高圧力比条件においては、ラップ中央部の最大変位も大きくなるため、固定側ラップ歯先部5eの中央部と旋回側ラップ歯底部6fの中央部、また固定側ラップ歯底部5fの中央部と旋回側歯先部6eの中央部との接触が過剰に強くなる。そこで、摩擦損失およびラップ破損に至るのを抑制するため、旋回スクロール6および固定スクロール5の歯底(固定側ラップ歯底部5f、旋回側ラップ歯底部6f)にはそれぞれ、外側から中央に向かうに従い深くなる歯底段差を設けている。なお、それぞれの歯底(固定側ラップ歯底部5f、旋回側ラップ歯底部6f)において、対抗する歯先(固定側ラップ歯先部5e、旋回側ラップ歯先部6e)との間隔が離れるほど、歯底段差が深いと呼ぶことにする。
【0021】
このラップ歯底部(固定側ラップ歯底部5f、旋回側ラップ歯底部6f)の段差構成の特徴について説明する。
【0022】
図4はスクロール圧縮機1の旋回スクロール6、固定スクロール5の上視図である。また、
図5はラップ歯先と歯底の関係をラップ円周側面方向から模式的に示した図である。ここで
図4(1)においては旋回スクロール6の旋回側ラップ歯底部6fの段差は、最も外周側の歯底(c)部を基準に内周側に沿って(b)部、さらに(a)部の順に深さが変化するように設定されている。つまり、最も内周側の(a)部が最も深く、最も外周側の(c)部が最も浅くなるように段差が設けられる。
【0023】
また
図4(2)に示すように、固定スクロール5の固定側ラップ歯底部5fの段差は
図4(1)の旋回側ラップ歯底部6fと同様、歯底(c)部を基準に内周側に沿って(b)部、さらに(a)部の順で深さが変化し、その変化量は旋回スクロール6および固定スクロール5において同等に設定している。つまり、最も内周側の(a)部が最も深く、最も外周側の(c)部が最も浅くなるように段差が設けられる。
【0024】
図5に示すように上記した段差は、旋回側ラップ歯底部6fにおいては最も外周側の歯底(c)部を基準に内周側に沿って(b)部、さらに(a)部の順に深さが変化するように設定されている。具体的には(a)部は(c)部に対して旋回側ラップ歯丈6hの0.02%〜0.04%の段差となるように深く形成され、(b)部は(c)部に対して旋回側ラップ歯丈6hの0.005%〜0.02%の段差となる深さで形成され、さらに(c)部は
図2に示す旋回側鏡板面6gに対して旋回側ラップ歯丈6hの0.00%〜0.03%の段差となる深さで形成されている。なお、ここでいう旋回側ラップ歯丈6hとは
図2に示すように、旋回側鏡板面6gから旋回側ラップ6aの旋回側ラップ歯先部6eまでの長さを示している。
【0025】
一方で、固定側ラップ歯底部5fにおいても最も外周側の歯底(c)部を基準に内周側に沿って(b)部、さらに(a)部の順に深さが変化するように設定されている。段差の深さも同様であり(a)部は(c)部に対して固定側ラップ歯丈5hの0.02%〜0.04%の段差となるように深く形成され、(b)部は(c)部に対して固定側ラップ歯丈5hの0.005%〜0.02%の段差となる深さで形成され、さらに(c)部は
図2に示す固定側鏡板面5gに対して固定側ラップ歯丈5hの段差となる深さで形成されている。なお、ここでいう固定側ラップ歯丈5hとは
図2に示すように、固定側鏡板面5gから固定側ラップ5aの固定側ラップ歯先部5eまでの長さを示している。
【0026】
この
図4、5に示す構造により、スクロール圧縮機1が駆動して圧縮機構部2に作動流体による圧力と熱が作用したときに、固定側ラップ歯底部5fと旋回側ラップ歯先部6e、又は旋回側ラップ歯底部6fと固定側ラップ歯先部5eとが過度に接触することを防止し、摩擦による入力増加を抑制することやラップ強度に対する信頼性向上の効果がある。
【0027】
しかしながら、この
図4、5の構造のスクロール圧縮機では、固定側ラップ歯底部5fと旋回側ラップ歯底部6fに設けた歯底段差の段差量が同等であった為に、ラップが最大に変形する条件においても余分な隙間が生まれる虞がある。そして本発明者等による検討の結果、これが原因として、ラップの変形が小さい運転条件(低速・低圧力比条件)では、なおさら歯底に設けた段差は隙間となり、圧縮室間で冷媒が漏れて損失となるという課題があることが判明した。
【0028】
このようなラップ歯先とラップ歯底の隙間からの冷媒の漏れ損失増加を防ぐための実施例であるスクロール圧縮機の特徴を
図4、
図6を用いて説明する。
【0029】
図4に示すように旋回スクロール6の旋回側板部6bのラップ形成面および固定スクロール5の固定側板部5bのラップ形成面には、外周側より内周側に向かうに従い段差が深くなるよう旋回側ラップ歯底部6fおよび固定側ラップ歯底部5fが形成されている。
【0030】
図6は本実施例の旋回側ラップ歯底部6fおよび固定側ラップ歯底部5fの深さを示す図である。ここで、
図5で説明した上記構造では、旋回側ラップ歯底部6fにおける(c)に対する(a)部の段差と、固定側ラップ歯底部5fにおける(c)に対する(a)部の段差とはそれぞれのラップ歯丈の0.02%〜0.04%となるように形成されており同一となっていた。また、旋回側ラップ歯底部6fにおける(c)に対する(b)部の段差と、固定側ラップ歯底部5fにおける(c)に対する(b)部の段差とはそれぞれのラップ歯丈の0.005%〜0.02%となるように形成されており同一となっていた。
【0031】
これに対して
図6に示す本実施例の構造では、旋回側ラップ歯底部6fにおける(c)に対する(a)部の段差を、固定側ラップ歯底部5fにおける(c)に対する(a)部の段差よりも小さくすることを特徴とするものである。具体的には旋回側ラップ歯底部6fにおける(c)に対する(a)部の段差を旋回側ラップ歯丈6hの0.005%〜0.02%となるように形成することで、固定側ラップ歯底部5fにおける(c)に対する(a)部の段差(固定側ラップ歯丈5hの0.02%〜0.04%)よりも小さくなるように形成している。
【0032】
図5における固定側ラップ歯先部5eと旋回側ラップ歯底部6fとの隙間をhs、固定側ラップ歯底部5fと旋回側ラップ歯先部6eとの隙間をhkとすると、
図5においてはhs=hkの関係となっている。また、旋回側ラップ歯底部6fにおける(c)に対する(a)部の段差をDsとし、固定側ラップ歯底部5fにおける(c)に対する(a)部の段差をDkとすると、上記したように
図5ではDs=Dkの関係となっている。
【0033】
これに対して
図6における固定側ラップ歯先部5eと旋回側ラップ歯底部6fとの隙間をhs´、固定側ラップ歯底部5fと旋回側ラップ歯先部6eとの隙間をhkとすると、
図6においてはhk>hsの関係となっている。また、旋回側ラップ歯底部6fにおける(c)に対する(a)部の段差をDs´とし、固定側ラップ歯底部5fにおける(c)に対する(a)部の段差をDkとすると上記したようにDk>Ds´の関係となっている。
【0034】
これは、旋回スクロールおよび固定スクロールの圧力、熱変形を考慮し、旋回スクロール6および固定スクロール5の歯底段差量を個別に設定した結果、旋回側ラップ歯底部6fの内周側の段差量Ds´(深さ)が固定側ラップ歯底部5fの内周側の段差量Dk(深さ)より小さくすることで余分な隙間を詰めてシール性を向上させ、ラップ歯先と歯底の隙間からの冷媒の漏れによる損失を抑制するものである。
【0035】
また、特に密度の小さい冷媒を作動流体として使用したスクロール圧縮機、例えばR32冷媒などでは、冷媒の密度がR410A冷媒などに比べて小さいために隣接する圧縮室間において冷媒が漏れ易くなることが考えられる。さらに、R32冷媒のような高温冷媒では、運転中の温度が高くなり、熱膨張によるラップ歯先とラップ歯底の隙間の拡大が考えられる。本実施例によれば、歯底段差を設けたことによるラップ歯先と歯底の隙間からの冷媒の漏れによる損失を抑制することが可能となるため、R32冷媒を単一であるいは冷凍サイクルに封入される割合が70%以上の場合においても高性能なスクロール圧縮機を提供することが出来る。