特許第6083647号(P6083647)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6083647可溶性血管内皮増殖因子受容体1量を指標とする検査方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6083647
(24)【登録日】2017年2月3日
(45)【発行日】2017年2月22日
(54)【発明の名称】可溶性血管内皮増殖因子受容体1量を指標とする検査方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20170213BHJP
   G01N 33/531 20060101ALI20170213BHJP
   C07K 14/705 20060101ALN20170213BHJP
【FI】
   G01N33/53 D
   G01N33/531 A
   !C07K14/705
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-536114(P2013-536114)
(86)(22)【出願日】2012年9月4日
(86)【国際出願番号】JP2012072450
(87)【国際公開番号】WO2013047108
(87)【国際公開日】20130404
【審査請求日】2015年6月26日
(31)【優先権主張番号】特願2011-210452(P2011-210452)
(32)【優先日】2011年9月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】803000056
【氏名又は名称】公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(74)【代理人】
【識別番号】100152319
【弁理士】
【氏名又は名称】曽我 亜紀
(72)【発明者】
【氏名】和田 啓道
【審査官】 渡邊 吉喜
(56)【参考文献】
【文献】 特表2008−518198(JP,A)
【文献】 MARCO, G.S.D. et al,,The Soluble VEGF Receptor sFlt1 Contributes to Endothelial Dysfunction in CKD,Journal of the American Society of Nephrology,米国,The American Society of Nephrology,2009年10月,Vol. 20, No. 10,p. 2235−2245
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 − 33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/WPIDS/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、可溶性血管内皮増殖因子受容体1(sFlt−1)量を指標とする、心血管イベントを発症していない慢性腎臓病患者における心血管イベント発症リスク評価のための検査方法:
1)慢性腎臓病患者より採取された血液由来試料中のsFlt−1量をin vitroで測定する工程;
2)測定した値が90−130pg/mLから選択されるいずれかの値をカットオフ値とし、カットオフ値以上の場合に慢性腎臓病患者の心血管イベント発症リスクを検出する工
程。
【請求項2】
心血管イベントが、心血管病死、非致死性心筋梗塞を含む急性冠症候群、脳卒中、うっ血性心不全、大動脈疾患、冠動脈及び末梢血行再建、から選択される1種又は複数種である、請求項1に記載の心血管イベント発症リスク評価のための検査方法。
【請求項3】
sFlt−1量の測定が、免疫学的測定による、請求項1又は2記載の心血管イベント発症リスク評価のための検査方法。
【請求項4】
少なくとも以下を含む、請求項1〜のいずれかに記載の検査方法に使用しうる心血管イベント発症リスク評価のための検査用キット:
1)抗sFlt−1抗体;
2)sFlt−1と抗sFlt−1抗体の複合体検出用試薬。
【請求項5】
sFlt−1からなる、請求項1〜のいずれかに記載の、心血管イベント発症リスク評価のための検査方法に使用する、慢性腎臓病患者における心血管イベント発症リスク検出用マーカー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可溶性血管内皮増殖因子受容体1(Soluble fms-like tyrosine kinase-1:sFlt-1)量を指標とする、慢性腎臓病患者における心血管イベント発症の危険性(心血管イベント発症リスク)評価、すなわち心血管イベントの発症リスクを検出し、予知するための検査方法に関する。
【0002】
本出願は、参照によりここに援用されるところの日本出願特願2011−210452号優先権を請求する。
【背景技術】
【0003】
近年、慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease:以下単に「CKD」ともいう。)という疾患概念が提唱され、大きな注目を浴びている。CKD患者数は、日本では約1300万人、全世界で約5億人ともいわれており、人工透析患者の急増なども背景に、慢性腎臓病の発症、悪化予防が世界的な課題となっている。CKDの初期は、タンパク尿などの尿異常のみで自覚症状がほとんどないことからも、本人も気づかないうちに徐々にステージが進行し、高血圧、貧血や電解質異常などを自覚したときには、腎機能もかなり悪化しているケースが多いのが現状である。また、初期腎機能不全でも心血管イベント発症の高リスク病態であることも明らかになっており、自覚症状のない初期の段階に心血管リスクを把握しておくことは重要である。
【0004】
心筋梗塞や脳梗塞を含む心血管疾患は先進国の主要な死因であり、国民の健康な生活を向上させるためには、心血管イベント(心血管病死、非致死性心筋梗塞を含む急性冠症候群、非致死性脳梗塞、心不全、大動脈疾患、血管形成術のための入院)の発症率を低下させる必要がある。心血管イベントの危険因子として、脂質異常、高血圧、糖尿病、喫煙、メタボリックシンドロームなどが明らかにされ、治療のターゲットとされている。しかしながら、未だ心血管イベントは充分には抑制されていない。
【0005】
血管新生因子の中で中心的な役割を果たしている血管内皮増殖因子(Vascular Endothelial Growth Factor:以下、「VEGF」ともいう。)は哺乳類の発生に必要不可欠であるばかりでなく、成体における心血管機能の維持にも重要な役割を果たしている。悪性腫瘍に対する抗VEGF中和抗体は、腎臓糸球体内皮機能障害による蛋白尿や高血圧を引き起こす。つまり、全身におけるVEGFの抑制は様々な心血管機能異常を引き起こしうる。可溶性VEGF受容体1(sFlt-1)は選択的スプライシング(alternative splicing)により内皮細胞から分泌されるFlt-1の膜から外の部分で、VEGFに特異的に結合し、血管機能維持に不可欠なVEGFの強力な内因性阻害因子として働く。sFlt-1は高血圧、蛋白尿などの内皮機能低下に伴う症状を呈する子癇を伴う妊娠中毒症(preeclampsia)の病態に深くかかわっていることが開示されている(特許文献1:特許第4711972号公報)。
【0006】
最近、CKDは心血管イベントの高リスク病態であることが明らかになった。しかしながら、CKDは軽度から腎不全までさまざまな重症度に分類されており、比較的軽症の患者の数が非常に多く、CKDの病名をつけることで、限られた医療資源を必要以上に消費してしまうことに議論があるのも事実である(Am J Kidney Dis 2009; 53:915-20, Kidney Int 2011; 80:17-28)。したがって、CKDの中でも特に高リスクの患者群を特定することが出来れば、極めて有用である。このCKD患者において、VEGFの内因性阻害因子であるsFlt-1レベルと内皮機能低下との相関関係が報告された(非特許文献1:Di Marco GS, et al. J Am Soc Nephrol 2009; 20: 2235-2245)。具体的には、非特許文献1の図2において、sFlt-1レベルとフラミンガムスコアの相関が報告されており、sFlt-1レベルと心筋梗塞の既往、脳梗塞の既往、又は現在の糖尿病の存在との関係が示されている。しかしながら、この結果からは、sFlt-1レベルが将来の心筋梗塞や脳梗塞発症を予知するとは言えない。なぜなら、心筋梗塞後にスタチンというLDLコレステロールを低下させる薬を投与するとsFlt-1レベルが上昇することが報告されている(J Am Coll Cardiol.2006; 48(1): 43-50.)。心筋梗塞や脳梗塞を発症した患者に脂質異常を有する者が多く、スタチンを投与される機会が多いことから、心筋梗塞や脳梗塞の既往のある患者においては、発症後にスタチンを投与された結果、sFlt-1が上昇している可能性がある。フラミンガムスコアとは、マサチューセッツ州フラミンガム地区で実施された数十年にわたるフラミンガム心臓研究(Framingham Heart Study)に基づくもので、年齢、性別、総コレステロール、HDL(善玉)コレステロール、収縮期血圧、喫煙状況および降圧薬の使用という7つのファクター(因子)から、冠動脈疾患の発症率を評価するスコアである。非特許文献1の報告は、sFlt-1レベルとフラミンガムスコアとの関係を横断研究(cross-sectional)で確認しているが、フラミンガムスコアとsFlt-1レベルとの相関係数(r)は、0.209と低いものであった。係る結果より、フラミンガムスコアとの関連において、冠動脈疾患の発症とsFlt-1レベルが直接的に関連しているとはいえない。冠動脈疾患の発症は必ずしも、より重大である、心血管イベントにはつながらない。sFlt-1レベルが将来の心血管イベントと関連するかどうかは、前向きコホート研究を行い、なおかつ、確立された危険因子である年齢、性別(男性)、脂質異常、高血圧、糖尿病、喫煙などで統計的に調整した後でもsFlt-1レベルと心血管イベントの間に有意な関連性が示されなければならない。そもそも横断研究で心血管イベントの予知マーカーを見出すことは不可能である。別の報告で、心血管系疾患のための予知的パラメーターとして、胎盤増殖因子(placental growth factor: PlGF)及びVEGF受容体-1(VEGFR-1:Flt-1)について開示がある(特許文献2:特表2008-518198号公報)。特許文献2では、PlGF濃度が高く、sFlt-1濃度が低い場合に、好ましくないイベントが発生する高い可能性を示唆している。
【0007】
しかしながら、CKD患者における血中sFlt-1レベルと心血管イベント発症の関連は不明であった。CKD患者において特に心血管イベント発症のリスクが高い患者を予測することができれば、心血管イベント発症予防を考慮した適切な管理を施すことができ、そのような検査方法が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】J Am Soc Nephrol 2009; 20: 2235-2245
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第4711972号公報
【特許文献2】特表2008-518198号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、慢性腎臓病(CKD)患者特異的な心血管イベント発症の危険性を評価し、心血管イベント発症の高リスク群を検出し、予知するための検査方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、CKD患者における血中sFlt-1量を指標とし、測定することにより、CKD患者における心血管イベント発症の危険性を評価し、心血管イベント発症の高リスク群を検出し、予知しうることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
即ち、本発明は以下よりなる。
1.以下の工程を含む、sFlt-1量を指標とする、CKD患者における心血管イベント発症リスク評価のための検査方法:
1)CKD患者より採取された試料中のsFlt-1量をin vitroで測定する工程;
2)測定した値が90-130 pg/mLから選択されるいずれかの値をカットオフ値とし、カットオフ値以上の場合にCKD患者の心血管イベント発症リスクを検出する工程。
2.心血管イベントが、心血管病死、非致死性心筋梗塞を含む急性冠症候群、脳卒中、うっ血性心不全、大動脈疾患、冠動脈及び末梢血行再建から選択される1種又は複数種である、前項1に記載の心血管イベント発症リスク評価のための検査方法。
3.sFlt-1量の測定が、免疫学的測定による、前項1又は2記載の心血管イベント発症リスク評価のための検査方法。
4.CKD患者より採取された試料が、CKD患者より採取された血液由来試料である、前項1〜3のいずれかに記載の心血管イベント発症リスク評価のための検査方法。
5.少なくとも以下を含む、前項1〜4のいずれかに記載の検査方法に使用しうる心血管イベント発症リスク評価のための検査用キット:
1)抗sFlt-1抗体;
2)sFlt-1と抗sFlt-1抗体の複合体検出用試薬。
6.sFlt-1からなる、CKD患者における心血管イベント発症リスク検出用マーカー。
【発明の効果】
【0013】
CKD患者において、本発明のsFlt-1を単独マーカーとすることで、CKD患者における血中sFlt-1レベルを測定することにより、CKD患者における心血管イベント発症の危険性を予測し、心血管イベント発症の高リスク群を検出することができる。これにより、CKD患者の内、特に重点的に管理する必要のある患者に対して早期に方針を決定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】CKDの有無と、sFlt-1の高低で分けた生存率曲線(Kaplan-Meier法)結果を示す図である。(実施例1)
図2A】CKDの有無と、NT-proBNPをマーカーとした心血管イベントの生存率曲線(Kaplan-Meier法)結果を示す図である。(比較例1)
図2B】CKDの有無と、高感度CRP(hsCRP)をマーカーとした心血管イベントの生存率曲線(Kaplan-Meier法)結果を示す図である。(比較例1)
図2C】CKDの有無と、sFlt-1をマーカーとした心血管イベントの生存率曲線(Kaplan-Meier法)結果を示す図である。(比較例1)
図3】CKDの有無と、sFlt-1又はNT-proBNPをマーカーとした将来の心血管イベントの予測診断能(時間依存的ROC解析)結果(比較例2)
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、以下の工程を含むsFlt-1量を指標とする、CKD患者における心血管イベント発症の危険性を予測する、すなわち心血管イベント発症のリスク評価のための検査方法に関する。
1)CKD患者より採取された試料中のsFlt-1量をin vitroで測定する工程;
2)sFlt-1量がカットオフ値以上の場合にCKD患者の心血管イベント発症リスクを検出する工程。
【0016】
本明細書においてCKD患者とは、腎臓機能の指標である推算糸球体濾過量(eGFR:年齢、性別、血清クレアチニン値から計算される)が60mL/分/1.73m2未満の者をいう。
【0017】
本明細書の心血管イベント発症リスク評価のための検査方法における試料として、臨床検査において通常使用しうる試料を使用することができる。例えばCKD患者より採取された血液検体を通常の方法で処理し、得られた血清、血漿などの血液由来試料を、本発明のCKD患者より採取された試料として使用することができる。試料は、本検査方法のために調製してもよいし、他の臨床検査項目において使用する試料とともに調製してもよい。
【0018】
本明細書において、sFlt-1量のカットオフ値とは、90-130 pg/mLから選択されるいずれかの値とすることができ、特に好適には、110 pg/mLとすることができる。
【0019】
本明細書において、「心血管イベント」とは、生命を脅かす重大な心臓・血管など循環器における疾患をいい、心血管病死、例えば非致死性心筋梗塞を含む急性冠症候群、脳卒中、うっ血性心不全、大動脈疾患、冠動脈及び末梢血行再建等による入院が含まれる。本発明の心血管イベント発症リスク評価では、心血管イベント発症の危険性(リスク)を予測することができる。本明細書において、「CKD患者の心血管イベント発症リスクを検出する」とは、心血管イベント発症のリスクが高いと判断される被験者を検出することをいう。
【0020】
本明細書において、「心血管イベント発症リスク」とは、検査を行った日以降少なくとも1080日までの間に、何らかの心血管イベント(心血管病死、非致死性心筋梗塞を含む急性冠症候群、脳卒中、うっ血性心不全、大動脈疾患、冠動脈及び末梢血行再建による入院)の発症を引き起こす可能性があるリスクを意味する。
【0021】
本明細書において、sFlt-1量のin vitroでの測定は、sFlt-1量を定量しうる方法であればよく、自体公知の方法であっても、今後開発される新たな方法であっても特に限定されない。例えば免疫学的測定方法を好適に適用することができる。例えば、抗sFlt-1抗体を用いた抗原抗体反応を検出しうる免疫学的測定方法によることができる。そのような免疫学的手法としては、ラテックス凝集法、オクタロニー法、免疫クロマトグラフィー法やELISA法などの自体公知の手法を適用することができる。多くの検体を処理しうるELISA法が、特に好適である。具体的には、本発明の抗sFlt-1抗体を固相に固定し、該固相に固定した抗sFlt-1抗体に検体試料を接触させ、抗sFlt-1抗体と検体試料中に含有可能性のあるsFlt-1との免疫複合体、または反応産物を検出することで、sFlt-1を測定することができる。ELISA法の実施に伴う非特異反応の抑制方法や、検出の際に使用しうる標識物質、測定機器などは、自体公知のもの、あるいは今後開発されるものを適用することができる。例えば、sFlt-1検出用の市販のキットを用いて測定を行ってもよい。市販のELISA用キットとして、例えばQuantikine(R)Human Soluble VEGF R1/Flt-1 Immunoassay Catalog # DVR100B(R&Dシステムズ社)を用いることができる。
【0022】
本発明は、sFlt-1量を指標とするCKD患者における心血管イベント発症リスク評価のための検査方法に使用しうる検査用キットにも及ぶ。検査用キットには、抗sFlt-1抗体、sFlt-1と抗sFlt-1抗体の複合体検出用試薬(標識物質等)などを含めることができる。上記の他、固相、標準品、緩衝液等を含めてもよい。
【0023】
本発明はsFlt-1からなる、CKD患者における心血管イベント発症リスク評価のための検査用マーカーにも及ぶ。
【実施例】
【0024】
以下、本発明の理解を助けるために、実施例を示して具体的に説明する。
【0025】
(実施例1)カプランマイヤー法を用いた生存解析
本実施例では、独立行政法人国立病院機構京都医療センターの倫理委員会の承認を得た後、511名の患者(eGFR 15 mL/min/1.73 m2未満の腎不全患者は含まれていない)におけるCKDの有無及び血中sFlt-1量を計測し、3年間追跡した後、カプランマイヤー法により心血管イベントの生存解析を行った。採血した血液検体から通常の方法に従って、臨床検査用血清試料を調製した。sFlt-1量は、市販のELISA用キット(Quantikine(R)Human Soluble VEGF R1/Flt-1 Immunoassay Catalog # DVR100B, R&Dシステムズ社)を用いて測定した。
【0026】
生存解析の主要評価項目(Primary Outcome)は、全死亡(心血管死亡を含む)、非致死性心筋梗塞を含む急性冠症候群、脳卒中、うっ血性心不全、大動脈疾患、冠動脈及び末梢血行再建で定義される主要有害心血管イベント(Major Adverse Cardiovascular Events:MACEs)であった。フォローアップ日数の中央値は、994日(405-1,080 IQR)であった。これらのうち、MACEsは合計59例(11.5%)に発症した。MACEsの内訳は全死亡2.5%(その内、心血管病死 1.4%)、非致死性脳梗塞 2.5%、急性冠症候群 2.3%(その内、血行再建 1.2%)、心不全 2.3%、末梢動脈イベント 1.8%と、偏りなく全般に渡るものであった。非心血管死亡を除いた場合でも結果はほとんど変わりがなかった。
【0027】
ここで、sFlt-1について最適なカットオフ値を110 pg/mLとし、110 pg/mL未満をlow sFlt-1とし、110 pg/mL以上をhigh sFlt-1とした。CKDの有無については、推定糸球体濾過率(eGFR)60 mL/分/1.73m2未満のものをCKD患者と判断し、CKD(+)とした。また、CKD患者でないものをCKD(-)とした。
【0028】
患者を以下の4つのグループに分類した。
(1)CKD(+) /high sFlt-1(N = 36、年齢71±8、男性:69%)
(2)CKD(+) /low sFlt-1(N = 58、年齢71±8、男性:62%)
(3)CKD(-) /high sFlt-1(N = 83、年齢66±13、男性:60%)
(4)CKD(-) /low sFlt-1(N = 334、年齢60±12、男性:45%)
【0029】
推定糸球体濾過率(eGFR)は、CKD(-)で(4)81±15及び(3)82±16、CKD(+)で(2)(48±9)及び(1)(48±10)であり、CKD(-)間、又はCKD(+)間でほとんど差を認めなかった。しかしながら、MACEs発症率は、(1)39%で有意に高く、その他のグループでは(2)16%、(3)15%、(4)7%であった。確立された危険因子である、年齢、性別(男性)、高血圧、糖尿病、高脂血症、肥満で調整した後、(4)に対するハザード比(95%CI)は、各々(3)1.4 (0.7-2.9)、(2)1.2 (0.5-2.8)、(1)4.7 (2.3-9.6, P<0.0001)であり、(1)のグループがMACEsの危険性が最も高いことが確認された。
【0030】
図1の結果より、CKD(+)の患者においてsFlt-1が高い場合に、他のグループに比べて有意にMACEsの危険性が高いことが確認された。また、CKD(-)の場合では、sFlt-1が高い場合でもMACEsの発症率は15%であり、CKD(+)の場合と明らかに違いが認められた。また、CKD(+)の場合でsFlt-1が低い場合でもMACEsの発症率は16%でありsFlt-1が高い場合と明らかに違いが認められた。
従って、CKD(+)の患者特異的に、sFlt-1を測定することで、MACEsの発症を予測することができると考えられた。
【0031】
(実施例2)有害心血管イベント(MACEs)の危険性分析
本実施例では、独立行政法人国立病院機構京都医療センターの倫理委員会の承認を得た後、511名の患者におけるCKDの有無及び血中sFlt-1量を計測し、前向きに3年間追跡して、MACEsの危険性分析を行った。採血した血液検体から通常の方法に従って、臨床検査用血清試料を調製した。sFlt-1量は、市販のELISA用キット(Quantikine(R)Human Soluble VEGF R1/Flt-1 Immunoassay Catalog # DVR100B, R&Dシステムズ社)を用いて測定した。
【0032】
実施例1と同様に、sFlt-1について最適なカットオフ値を110 pg/mLとし、110 pg/mL未満をlow sFlt-1とし、110 pg/mL以上をhigh sFlt-1とした。CKDの有無については、推定糸球体濾過率(eGFR)60 mL/分/1.73m2未満のものをCKD患者と判断し、CKD(+)とした。また、CKD患者でないものをCKD(-)とした。
【0033】
患者を、実施例1と同様にCKD(-) /low sFlt-1(対照)、CKD(-) /high sFlt-1、CKD(+) /low sFlt-1及びCKD(+) /high sFlt-1の4つのグループに分類した。CKD(-) /low sFlt-1(対照)に対する他の3グループのハザード比(危険性)を、(A)年齢、性別(男性)、高血圧、糖尿病、高脂血症、喫煙、肥満等の危険因子で調整しない場合、(B)年齢、性別(男性)、高血圧、糖尿病、高脂血症、喫煙、肥満について調整した場合(すなわち、これらの危険因子の影響を排除した場合)、(C)年齢、性別(男性)、高血圧、糖尿病、高脂血症、喫煙、肥満、蛋白尿、ステージ4のCKD、心筋梗塞(myocardial infarction)の既往、脳卒中(stroke)の既往、血行再建(revascularization)の既往、心不全入院の既往で調整した場合(すなわち、これらの考え得るすべての危険因子・交絡因子の影響を排除した場合)について検討した。その結果、表1に示すように、CKD(+) /high sFlt-1グループにおいて、MACEsのハザード比(危険性)が有意に高いことが確認され、その差は、あらゆる危険因子・交絡因子の影響を排除した場合でも、有意であることが確認された。
【0034】
【表1】
【0035】
(比較例1)カプランマイヤー法を用いた生存解析
本比較例では、独立行政法人国立病院機構京都医療センターの倫理委員会の承認を得た後、確立された危険因子である高血圧、高脂血症、糖尿病、喫煙の内、少なくとも1つを有する患者、もしくは、すでに心血管病を有する患者490名におけるCKDの有無及び血中sFlt-1量を計測し、3年間追跡して、有害心血管イベント(MACEs)の診断能を評価した。採血した血液検体から通常の方法に従って、臨床検査用血清試料を調製した。sFlt-1量は、市販のELISA用キット(Quantikine(R)Human Soluble VEGF R1/Flt-1 Immunoassay Catalog # DVR100B, R&Dシステムズ社)を用いて測定した。比較例として心不全マーカーとして確立されており、なおかつCKDの心血管イベントのマーカーとして微量アルブミン尿よりも優れていることが報告されているヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント(NT-proBNP)(JAMA 2005; 293:1609-16)と、炎症マーカーであるとともに心血管イベントのマーカーとして注目されている高感度C反応性蛋白(hsCRP)を測定した。NT-proBNPは市販の免疫測定法(Roche Diagnostics, NT-proBNP測定用「エクルーシスproBNP」)で、hsCRPは市販のELISAキット(CircuLexTM High-Sensitivity CRP ELISA Kit, Code No. CY-8071, Medical & Biological Laboratories Co., Ltd.)を用いて測定した。
【0036】
実施例1と同様に、sFlt-1について最適なカットオフ値を110 pg/mLとし、110 pg/mL未満をlow sFlt-1とし、110 pg/mL以上をhigh sFlt-1とした。同様に、NT-proBNPについては、カットオフ値を230 pg/mLとし、230 pg/mL未満をlow NT-proBNPとし、230 pg/mL以上をhigh NT-proBNPとした。hsCRPについては、カットオフ値を0.3μg/mLとし、0.3μg/mL未満をlow hsCRPとし、0.3μg/mL以上をhigh hsCRPとした。
CKDの有無については、推定糸球体濾過率(eGFR)60 mL/分/1.73m2未満のものをCKD患者と判断し、CKDとした。また、CKD患者でないものをNon-CKDとした。
【0037】
上記の結果、図2に示すようにCKD患者で血中sFlt-1量を指標とした場合に、心血管イベントの生存率曲線においてもっとも大きな有意差を認めた。
【0038】
確立された危険因子である高血圧、高脂血症、糖尿病、喫煙の内、少なくとも1つを有する患者、もしくは、すでに心血管病を有する患者490名におけるCKDの有無及び血中sFlt-1量を計測し、3年間追跡して、MACEsの診断能を評価した。
ステップワイズCox比例ハザード解析を実施した。CKD患者(396名)も非CKD患者(94名)も全て含んだ490名全体(Total)で解析した場合、表2に示すように、MACEsの独立した予測因子は、心血管疾患歴(History of Cardiovascular Disease)、高NT-proBNP(230 pg/mL以上)、高sFlt-1(110 pg/mL以上)であった。非CKD患者のみで解析した場合、MACEsの独立した予測因子は、心血管疾患歴、高NT-proBNP、収縮期血圧、性別(男性)であった。しかしながら、CKD患者のみで解析した場合、MACEsの独立した予測因子は、高sFlt-1と喫煙であった。
【0039】
【表2】
【0040】
(比較例2)感度及び特異度について
本比較例では、独立行政法人国立病院機構京都医療センターの倫理委員会の承認を得た後、確立された危険因子である高血圧、高脂血症、糖尿病、喫煙の内、少なくとも1つを有する患者、もしくは、すでに心血管病を有する患者490名におけるCKDの有無及び血中sFlt-1量を計測し、1年後、及び2年後の時点における有害心血管イベント(MACEs)の発症率に関し、Receiver operating characteristic curve analysis (ROC解析)を行いMACEs予測診断能を確認した。
【0041】
採血した血液検体から通常の方法に従って、臨床検査用血清試料を調製した。sFlt-1は、市販のELISA用キット(Quantikine(R)Human Soluble VEGF R1/Flt-1 Immunoassay Catalog # DVR100B, R&Dシステムズ社)を用いて定量した。CKDの心血管イベントのマーカーとして微量アルブミン尿よりも優れていることが報告されているNT-proBNPを定量した。ここでは、各マーカー量を測定して、その値と、1年後又は2年後の時点におけるMACEsの発症との関連を解析し、各マーカーの予測診断能を評価した。
【0042】
上記の結果、CKD患者で血中sFlt-1をマーカーとして定量した場合に、1年後、2年後のいずれの時点においても、NT-proBNPの場合と比較して、曲面下面積(area under the curve)が有意に大きいことが確認された。これにより、sFlt-1をマーカーとした場合のほうが、NT-proBNPをマーカーとした場合よりも、心血管イベントの予測診断能が優れていることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
以上詳述したように、sFlt-1を指標とする本発明の検査方法により、CKD患者特異的に有害心血管イベント(MACEs)の危険性を予測することが可能となった。これにより、CKDの腎不全(eGFR 15 mL/min/1.73 m2未満)より早期の段階でMACEsに対する的確な予防方法及び治療方法を選択することができ、非常に有用である。
図2A
図2B
図2C
図1
図3