(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
低摩擦化などを目的として、金属基材の表面に硬質炭素膜を成膜することが行われている。炭化水素系ガスを成膜材料とし、炭素と水素からなるアモルファスカーボン膜が成膜された材料は実用化され、多くの産業分野において広く利用されている。炭素と水素を主成分とするアモルファスカーボン膜は非晶質でありながら、ダイヤモンド構造とグラファイト構造とが混在しており、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)とも呼ばれている。アモルファスカーボン膜は、ダイヤモンドに類似したカーボン皮膜であり、硬くかつ耐摩耗性に優れた皮膜である。
【0003】
このアモルファスカーボン膜は、硬質で摩擦係数も小さいことから、当初は耐摩耗性を必要とするような切削工具類や摺動部材、回転部材などの表面に施工されていたが、その他の産業分野における表面処理皮膜としても採用されている。緻密な状態に成膜されたアモルファスカーボン膜は、各種の薬品に対する耐食性を発揮するため、例えば、半導体加工装置分野などで、部材の耐食性を向上させるものとして使用されている。
【0004】
アモルファスカーボン膜を形成するための方法や、その成膜装置の開発も行われており、イオン化蒸着法、アークイオンプレーティング法、高周波・高電圧パルス重畳型成膜法、プラズマブースター法、プラズマCVD法など、多数の成膜方法と成膜装置が知られている。その中でも、複雑な形状を有する被処理体に対しては、高周波・高電圧パルス重畳型のプラズマCVD方法で成膜することで、比較的均一な成膜が可能である。これらの方法によって得られるアモルファスカーボン膜は、非晶質かつ硬質で耐摩耗性に優れた皮膜になる点に最大の特徴がある。
【0005】
半導体製造装置用の静電チャックの基材上に、上層を非晶質なアルミニウム酸化物の陽極酸化層を形成することで、半導体ウエハと接触しても構成金属元素による汚染が生じることがなく、優れた耐ガス腐食性、耐プラズマ性を発揮させる技術が開示されている(特許文献1)。しかし、基材上に陽極酸化層を形成しただけでは、耐摩耗性が十分とはいえず長期間の使用に耐えることができない。そのため、アルミニウム合金からなる基材と、この基材の表面に形成されたアルマイト皮膜と、このアルマイト皮膜上に形成されたアモルファスカーボン膜とからなる構成部材を採用することで、耐摩耗性を向上させ、発塵性を抑えた装置が知られている(例えば、特許文献2)。
【0006】
アルミニウム合金からなる基材上にカラーアルマイト層を形成し、カラーアルマイト層上に所定厚みのアモルファスカーボン膜を形成することで、耐食性を向上させ、それと共にカラーアルマイト層の色を露出させて意匠性を向上させたものも知られている(特許文献3)
【0007】
アモルファスカーボン膜は優れた性質を有しているが、その一方で微少孔が存在し、その影響によって成膜内部への薬品などの浸透が懸念されている。その対策として、燃料ポンプハウジングにアルマイト皮膜を介してアモルファスカーボン膜を成膜することも行われている(特許文献4)。
【0008】
アルマイト皮膜が形成された基材の表層部分に、アモルファス状の炭素及び水素を主成分とする微小固体粒子を、被覆するだけでなく、侵入充填させるものが知られている。アモルファスカーボン膜の形成と共に、微小固体粒子を侵入させることで、基材の欠陥が補修されると共に、耐摩耗性が向上し、アモルファス状炭素水素固形物の層を一定の厚さに容易に形成できるとされている(特許文献5)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1のように基材に陽極酸化を施しただけでは、耐摩耗性、耐食性などの表面性状は得られない。しかし特許文献2、特許文献3及び特許文献4のように陽極酸化層の表面にアモルファスカーボン膜を形成して耐摩耗性、耐食性、耐浸透性などを向上させたものであっても、例えば半導体製造工程のデバイス製造工程における熱サイクルによって、陽極酸化層とアモルファスカーボン膜との境界部分で剥離現象が生じることが懸念されている。
【0011】
この剥離現象は、熱膨張係数の差違や陽極酸化層のクラックが起因となるが、その多くはクラックを基点とするものであり、これによりアモルファスカーボン膜による特有の性状が得られなくなる。特許文献5のように、陽極酸化皮膜の表層に、アモルファス状の炭素及び水素を主成分とする微小固体粒子を、被覆するだけでなく、侵入充填させたものであっても同様であり、アモルファスカーボン膜の剥離を十分に防ぐことはできない。さらには、上記のアモルファスカーボン膜では、耐摩耗性などを向上させることはできるものの、膜の欠陥などにより、多孔質な陽極酸化層に吸着された汚染物質の放出を十分に抑制することはできないといった問題もある。
【0012】
そこで本発明は、上記従来技術の問題点に鑑み、高い耐摩耗性が得られ、かつアモルファスカーボン膜の剥がれが防止され、それと共に陽極酸化層からの汚染物質の放出を十分に抑制することのできるアモルファスカーボン膜被覆部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は上記課題を解決するべく鋭意検討を行った。高い耐摩耗性の実現にはアモルファスカーボン膜の選択が必須であり、アモルファスカーボン膜の剥離に対しては陽極酸化層のクラックの発生を抑制することが重要であると考え、この点に着目した。その結果、陽極酸化層の引っ張り残留応力を所定以下に調整し、さらにはアモルファスカーボン膜の形成方法、水素含有率を制御することで上記課題を解決しうることを見出し、本発明を完成した。
【0014】
即ち本発明のアモルファスカーボン膜被覆部材は、基材上に陽極酸化層
のみを介してアモルファスカーボン膜が形成されたアモルファスカーボン膜被覆部材であって、前記陽極酸化層の引っ張り残留応力が40MPa以下とされ、前記アモルファスカーボン膜はプラズマCVD法によって形成されると共に、炭素と水素を主成分とし、かつ当該水素の含有率が15〜31atomic%とされて
おり、前記アモルファスカーボン膜の残留応力が0.30〜0.98GPaであり、かつ当該アモルファスカーボン膜のビッカース硬さが800〜1200Hvであることを特徴とする。
【0015】
上記本発明によれば、アモルファスカーボン膜被覆部材のアモルファスカーボン膜の存在により高い耐摩耗性が得られる。このアモルファスカーボン膜は、プラズマCVD法によって形成され、炭素と水素を主成分としたものであり、当該水素の含有率が15〜31atomic%となっているため、残留応力とビッカース硬さを所定程度に抑制することができる。そのため、膜の欠陥が生じにくく、陽極酸化層に吸着された汚染物質の放出を抑制することができ、かつアモルファスカーボン膜の剥がれを防止することができる。さらに、基材とアモルファスカーボン膜との間に介在させている陽極酸化層の引っ張り残留応力が40MPa以下とされているので、陽極酸化層のクラックの発生を抑えることができる。これにより、陽極酸化層とアモルファスカーボン膜との境界部分で剥離を起こさせないようにすることができる。
【0016】
前記陽極酸化層の引っ張り残留応力を40MPa以下とした場合には、当該陽極酸化層のビッカース硬さは400〜550Hvに調整され、例えば熱サイクルなどにより陽極酸化層に応力が加えられても、クラックの発生を有効に防止することができる。
【0017】
前記陽極酸化層の厚みは0.5〜50μmであることが好ましい。陽極酸化層が薄すぎると層強度が低下してしまい、陽極酸化層が厚すぎれば、割れが生じ易くなり、かつ生産コストが上昇する。
【0018】
前記陽極酸化層に封孔処理を施してもよい。陽極酸化層に封孔処理を施せば、基材への水分や汚れの浸透を無くすことができる。
【0019】
上記のようにアモルファスカーボン膜の水素の含有率を15〜31atomic%とすれば、当該アモルファスカーボン膜の残留応力が0.30〜0.98GPa、ビッカース硬さが800〜1800Hvに調整され、膜の欠陥を最小限度まで抑えることができる。
【0020】
前記アモルファスカーボン膜の膜厚が0.5〜20μmであることが好ましい。アモルファスカーボン膜が薄すぎると、十分な耐摩耗性が得られないだけでなく、多孔質な陽極酸化層に吸着されたガスの放出の抑制効果を発揮できない。アモルファスカーボン膜が厚すぎると、当該アモルファスカーボン膜の残留応力の影響で剥離が起こり易くなる。
【0021】
前記アモルファスカーボン膜の表面粗さを、Raで0.01〜2.0μmとすれば、低摩擦係数の表面性状が得られ、耐摩耗性を向上させることができる。
【0022】
上記のアモルファスカーボン膜被覆部材とすれば、500℃まで連続的に昇温した際のアモルファスカーボン膜の表面からの累積水分放出量を4.0×10
−7mol/cm
2以下にまで抑えることが可能となる。
【0023】
さらに、前記アモルファスカーボン膜が次の(a)又は(b)を満たす表面性状を有しているものとすればよい。
(a)水との接触角が70〜85°、かつヨウ化メチレンとの接触角が30〜45°
(b)水との接触角が10〜25°、かつヨウ化メチレンとの接触角が50〜55°
【0024】
さらに、前記アモルファスカーボン膜が次の(c)又は(d)を満たす表面性状を有しているものとしてもよい。
(c)JISK6768(1999)による、ぬれ張力が30〜40mN/m
(d)JISK6768(1999)による、ぬれ張力が60〜70mN/m
【0025】
アモルファスカーボン膜が上記の(a)又は(c)を満たす表面性状を有していれば、低表面エネルギーの表層を有するアモルファスカーボン膜被覆部材を提供することができる。このような表面は、極めて低い濡れ性を有し、液体をはじき易い。アモルファスカーボン膜が上記の(b)又は(d)を満たす表面性状を有していれば、大きい表面エネルギーを有するアモルファスカーボン膜被覆部材を提供することができる。このような表面は、濡れ易く、液体が馴染み易い。これらにより、部材の形状および使用環境等に応じて最適な構成を選ぶことができる。
【発明の効果】
【0026】
上記の通り本発明によれば、アモルファスカーボン膜により高い耐摩耗性が得られ、残留応力とビッカース硬さが所定程度に抑制されて、膜の欠陥が生じにくく、陽極酸化層に吸着された汚染物質の放出を抑制することができ、かつアモルファスカーボン膜の剥がれを防止することができる。陽極酸化層の引っ張り残留応力が40MPa以下とされているので、陽極酸化層のクラックの発生を抑えることができ、陽極酸化層とアモルファスカーボン膜との境界部分で剥離を起こさせないようにすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施形態について説明する。
図1は本発明の一実施形態に係るアモルファスカーボン膜被覆部材1の表層の模式断面図である。本実施形態のアモルファスカーボン膜被覆部材1は、半導体製造装置、減圧環境下で用いられる装置、シート・フィルムの製造装置などを構成するためのものであり、基材2と、この基材2の表面2aに形成された陽極酸化層3と、この陽極酸化層3の表面3aに成膜されたアモルファスカーボン膜4とで構成されている。
【0029】
基材2は金属製のものであれば限定されない。具体的には、Al、Mg、Znから選ばれる金属単体、又はAl、Mg、Znから選ばれる元素を1種以上含む合金が挙げられる。他の素材かならなる基材2として、Alを主成分としてSi、Fe、Cu、Mn、Mg、Cr、Znから選ばれる元素を1種以上含む合金、Mgを主成分としてAl、Si、Fe、Cu、Mn、Zn、Zr、Ni、Caから選ばれる元素を1種以上含む合金、Znを主成分としてAl、Cu、Mg、Fe、Znから選ばれる元素を1種以上含む合金が挙げられる。
【0030】
他の基材2として、押出成形、切削加工、塑性加工、鍛造によって形成されたAl、Mg、Znから選ばれる金属単体が挙げられる。他の金属部材上に溶接肉盛、めっき、溶射によって形成したAl、Mg、Znから選ばれる金属単体、これら元素を主成分としてSi、Fe、Cu、Mn、Mg、Cr、Znから選ばれる元素を1種以上含む合金からなる基材2としてもよい。これらの金属製の基材が選択される理由は、各種の機械装置用部材としての利用範囲が広いうえ、陽極酸化層3との良好な密着性を有しているからである。
【0031】
陽極酸化層3に関し、一般に、軽量、高加工性により需要が増大している例えばアルミニウムは、そのままの状態では柔らかく実用に適さないため、その表面に陽極酸化処理を施して硬度、耐食性、耐摩耗性などに優れた陽極酸化層(皮膜)を形成する。アルミニウムの陽極酸化皮層はアルマイト皮膜とも呼ばれる。
【0032】
陽極酸化層3を形成する方法としては、酸性浴又はアルカリ性浴中で電解を行う方法が知られている。そのなかでも、硫酸浴法は最も多く用いられており、硫酸浴法により作製した皮膜は、高い耐食性及び耐摩耗性を示し、低コストで作製可能である。
【0033】
それ以外の酸性浴による方法として、シュウ酸浴、リン酸浴、クロム酸浴、ホウ酸浴、酒石酸浴、クエン酸浴、リンゴ酸浴、コハク酸浴、酢酸浴、マロン酸浴を用いることができる。例えば、アルミニウムに陽極酸化するアルマイト処理は、硫酸やシュウ酸などの電解液中で基材を陽極にして通電し、ジュール熱の発生を伴いながら基材の表面を酸化させる。これにより、深さ方向にアルマイト皮膜を生成する。
【0034】
陽極酸化処理に用いる電流は、交流、直流、交直重畳電流を用いることが可能であり、直流を用いる方法が特に好ましい。基材表面の電解液流速並びに流速の与え方、電解槽、電極、電解液の濃度制御方法は、限定するものではなく公知の処理方法を用いることが可能である。硫酸浴法の場合、硫酸浴、液温、電流密度、電解処理時間を適切な条件にとして、基材である例えばアルミニウム合金を陽極として陽極酸化処理する。この陽極酸化層では、電流の通路となった部分が、微細な孔による多孔質かつ硬質の層になる。
【0035】
基材2の表面2aを陽極酸化処理すると、当該表面2aには硬質化した多くの微細気孔を有する多孔質の陽極酸化層3が生成される。基材2をアルミニウム板とした場合、アルミニウム板を陽極としたときの対極(陰極)として、アルミニウム、カーボン、チタン、ニオブ、ジルコニウム、ステンレスなどを用いる。アルミニウム板を陰極としたときの対極(陽極)としては、鉛、白金、酸化イリジウムなどを用いる。陽極酸化処理前の脱脂洗浄は実施しなくてもよいが、実施する場合は、酸またはアルカリ水溶液中への浸せき処理、スプレー処理が好ましい。その後、水洗処理を実施してもよい。
【0036】
陽極酸化層3には、皮膜が形成される際の引っ張り残留応力が存在する。本実施形態の陽極酸化層3の引っ張り残留応力は40MPa以下とされており、より好ましい引っ張り残留応力は20MPaである。引っ張り残留応力を40MPa以下とするには、陽極酸化処理時の条件、例えば処理温度などの条件を調整すればよい。
【0037】
陽極酸化層3の厚みは0.5〜50μmが好ましく、より好ましい厚みは30〜50μmである。陽極酸化層3の厚みを当該範囲とするためには、陽極酸化処理の硫酸浴の濃度、電解処理時間などの諸条件を調整すればよい。最も簡単に所定厚みを得るには、処理時間を調整すればよい。陽極酸化層3が0.5μmよりも薄いと層強度が低下してしまい、陽極酸化層3に期待する十分な強度を得ることができない。このことは、例えばブラストエロージョン試験において、アルミニウム基材にアモルファスカーボン膜皮膜を被覆した試験片と、アルミニウム基材にアルマイト皮膜を形成してからアモルファスカーボン膜皮膜を被覆した試験片とでは、アルマイト皮膜を形成した試験片で耐摩耗性が向上することからも解る。
【0038】
陽極酸化層3が50μmよりも厚くなると、引っ張り残留応力の影響を受け易く割れが生じ易くなり、かつ製作時間の上昇などの点から生産コストが上昇する。本実施形態のアモルファスカーボン膜被覆部材1では、陽極酸化層3の引っ張り残留応力が40MPa以下とされており、当該陽極酸化層の硬さが、ビッカース硬さで400〜550Hvに調整されている。
【0039】
基材2とアモルファスカーボン膜4との間に介在させている陽極酸化層3の引っ張り残留応力を40MPa以下に調整しているので、陽極酸化層3のクラックの発生を有効に抑えることができる。例えば、半導体製造工程における熱サイクルなどにより、陽極酸化層3に応力が加えられても、クラックの発生を有効に防止することができる。クラックの発生が防止されれば、陽極酸化層3とアモルファスカーボン膜4との境界部分で剥離現象が生じにくくなり、当該アモルファスカーボン膜4の剥がれを起こさせないようにすることができる。
【0040】
陽極酸化層3に封孔処理を施してもよい。本実施形態では、多孔質な陽極酸化層3の微細気孔に、酸化物、非酸化物、金属と樹脂との複合物等の微粒子を含浸又は充填させることにより、当該微細気孔が封孔されるか、陽極酸化層3の表面が薄く被覆されている。仮に微細なクラックが陽極酸化層3に残存していたとしても、かかる封孔処理によって微粒子がクラックに含浸又は充填される。
【0041】
本実施形態の陽極酸化層3ではクラックの発生が防止されているが、仮に微細なクラックが残存していたとしても、封孔処理が施されることでそのクラックに微粒子が含浸又は充填させ当該クラックが封孔される。かかる封孔処理によって、陽極酸化層3の耐浸透性が向上し、基材2への水分や汚れの浸透を抑えることができる。例えば、陽極酸化処理後のアルミニウム基材の表面は極めて活性で水分を吸着し易いため、陽極酸化層によって水分を基材に浸透させないようにする。これにより、陽極酸化処理に続くアモルファスカーボン膜の成膜工程などを安定して実施することができる。
【0042】
封孔処理としては、電気化学的方法及び化学的方法が知られている。基材2にアルミニウム合金を選択した場合、アルミニウム合金を陽極にした電気化学的方法が好ましい。電気化学的方法は、アルミニウム合金を陽極にして直流電流を加える。電解液には、例えばテトラフェニルホウ酸ナトリウム、テトラフルオロホウ酸ナトリウム、ペルオキソホウ酸ナトリウム、メタホウ酸ナトリウムが用いられる。これらのホウ酸塩は、無水または水和物として入手することができる。
【0043】
封孔処理条件として、液温、電流密度、電解処理時間が調整され、電流は、交流、直流、交直重畳電流を用いることができ、電流の与え方は、定電圧法、定電流法どちらを用いても良い。電圧は、電解浴組成、液温、アルミニウム界面の流速、電源波形、基材と対極との間の距離、電解時間などによって変化する。
【0044】
封孔処理の化学的方法では、陽極酸化層に存在する微細気孔に、クロム酸溶液又は可溶性クロム化合物溶液、例えば無水クロム酸、重クロム酸アンモニウム、硫酸クロム、塩化クロム、硝酸クロム、酢酸クロム、クロム酸マグネシウム、クロム酸ナトリウム等を塗布して含浸させる。次いで、これを加熱することで微粒子状の酸化クロムを生じさせ、陽極酸化層の微細気孔やクラックの中に微粒子状の酸化クロムを生じさせ、この酸化クロムで微細気孔やクラックを封孔する。それと共に、酸化アルミニウムとの間に酸化物結合を生じさせる。以上のような封孔処理により、陽極酸化層はより緻密化され、その硬さも向上し、優れた耐摩耗性を示すようになる。
【0045】
さらに、基材2に陽極酸化処理を施して陽極酸化層3を形成した後、その表面をブラスト処理することによって、陽極酸化層3の表面粗さを、Raで1.0〜2.0μmに調整してもよい。陽極酸化層3の表面粗さを、Raで1.0〜2.0μmの範囲とすることで、アモルファスカーボン膜4との密着性が向上し、陽極酸化層3とアモルファスカーボン膜4間の剥離現象をなくすことができる。
【0046】
アモルファスカーボン膜4は炭素と水素を主成分とするものであり、その形成方法としては、プラズマCVD法、イオン化蒸着法、アークイオンプレーティング法など多くの方法が知られているが、本発明のアモルファスカーボン膜被覆部材1のアモルファスカーボン膜4は、プラズマCVD法によって形成することが好ましい。
【0047】
アモルファスカーボン膜4の形成方法やその条件によって異なる性質が発現する。アモルファスカーボン膜は、高硬度で表面摩擦係数の小さいものを製造しようとした場合、成膜時の残留応力が大きくなる傾向があり、柔軟性に欠ける。柔軟性が低いと、アモルファスカーボン膜に、局部的な微小欠陥が発生することや、陽極酸化層とアモルファスカーボン膜4との熱膨張係数の相違に起因する熱応力の発生によって剥離が生じる。そのため、アモルファスカーボン膜4では、残留応力を軽減させることが重要である。
【0048】
その対策として、本発明では、アモルファスカーボン膜4を構成する炭素と水素の割合に注目し、当該水素の含有量を全体の15〜31atomic%に制御することによって、残留応力値を0.30〜0.98GPaに調整した。これによって、アモルファスカーボン膜本来の特性を維持しつつ、膜の柔軟性を付与することとした。具体的には、アモルファスカーボン膜4中に含まれる水素の含有量を15〜31atomic%とし、残部を炭素含有量とした。このような組成のアモルファスカーボン膜4を形成するには、成膜用の炭化水素系ガス中に占める炭素と水素含有比を調整すればよい。
【0049】
アモルファスカーボン膜を厚くし過ぎると、皮膜内部の残留応力が大きくなり、基材との接合力よりも大きくなって、アモルファスカーボン膜の剥がれの原因となる。そのため本発明では、アモルファスカーボン膜4の膜厚を0.5〜20μmとしている。アモルファスカーボン膜が0.5μmよりも薄いと、十分な耐摩耗性が得られないだけでなく、多孔質な陽極酸化層3に吸着されたガスの放出の抑制効果を発揮できない。さらに、微小欠陥をなくすことが困難であるため、空気などの酸素ガスが皮膜の欠陥部を通って内部へ侵入し基材を酸化させ、アモルファスカーボン膜4を剥離させるおそれがある。
【0050】
一方、アモルファスカーボン膜が20μmよりも厚くなると、上記の理由から当該アモルファスカーボン膜の剥がれが起こり易くなり、かつ成膜時間が長くなることなどから生産コストの上昇に繋がる。
【0051】
アモルファスカーボン膜4の表面硬さはビッカース硬さで800〜1800Hvとするのが好適である。上記の水素の含有量であるアモルファスカーボン膜4の表面硬さは、かかる範囲となるので非常に軟質であり、ある程度の変形にも耐える柔軟性がある。この点に関し、プラズマCVD法による成膜時に、水素の含有量を上記のように制御したアモルファスカーボン膜4については、残留応力が抑制されて、硬さが比較的小さくなる。従って、アモルファスカーボン膜4を20μm程度とした場合であっても、当該アモルファスカーボン膜4の剥がれを生じなくすることができる。以上のようなことから、本発明では、アモルファスカーボン膜4の水素の含有量を全体の15〜31atomic%に制御し、残留応力を0.30〜0.98GPaに調整することが重要である。
【0052】
アモルファスカーボン膜4の残留応力の評価は、一端を固定した短冊形の薄い石英板の一方の面に、アモルファスカーボン膜を形成し、成膜の前後の石英板の変位量(δ)を測定することによって、膜の残留応力を求める。具体的には、残留応力(σ)は下記のStoneyの式によって求められる。
【0054】
上記式では、E:石英板のヤング率、v:石英板のポアソン比、b:石英板の厚さ、l:アモルファスカーボン膜が形成された石英板の長さ、δ:変位量、d:アモルファスカーボン膜の膜厚である。
【0055】
各種成膜プロセスによって形成されたアモルファスカーボン膜(水素15原子%、炭素85原子%)について、上記の方法によって初期残留応力を求めた。アークイオンプレーティング法、イオン化蒸着法などの方法で形成されたアモルファスカーボン膜の初期残留応力は13〜20GPaであるのに対して、本発明で採用するプラズマCVD法で形成したアモルファスカーボン膜の初期残留応力は0.3〜0.98GPaの範囲にあり、残留応力が非常に小さい膜であることが認められる。
【0056】
また、プラズマCVD法で形成したアモルファスカーボン膜は、ビッカース硬さで800〜1800Hvであるのに対し、他の方法で形成されたアモルファスカーボン膜4のビッカース硬さは3000Hv以上であり非常に硬い。
【0057】
次にアモルファスカーボン膜4を形成するのに適した成膜方法について説明する。この方法は、成膜時に基材を相対的に負の電位に維持しつつ、気相状態の炭化水素のラジカル、分子イオンなどの正に帯電したものを、電気化学的に当該基材に引き付け、炭素と水素を主成分とするアモルファス状の固形物を析出させる技術である。この技術は、高周波とプラズマを重畳させたプラズマCVD法の一種でPBIIDと呼ばれている。
【0058】
図2はアモルファスカーボン膜を基材2上に成膜するための、プラズマCVD装置30の概略構成図である。この装置30は、接地された反応容器20と、この反応容器20に対して、バルブ21及びバルブ22を介して接続されている成膜用の図示しない有機系ガス(主として炭化水素系ガス)導入装置、及び反応容器20を真空引きする図示しない真空ポンプと、反応容器20内の所定の位置に配設される基材2に接続する導体23と、導入端子24を介して、高電圧パルスを印加するための高電圧パルス発生電源25と、導入端子24を介して高周波を導体23に印加し、基材2の周囲にプラズマを発生させるプラズマ発生用電源26と、パルスおよび高周波の印加を一つの導体で共用するために、導入端子24と電気的に接続されている重畳装置27とで主に構成されている。
【0059】
プラズマCVD装置30を用いて、基材2の表面にアモルファスカーボン膜を成膜させる。まず、基材2を反応容器20内の所定位置に設置し、真空装置を稼動させて反応容器20内の空気を排出して脱気し、その後、ガス導入装置によって炭素水素系の有機ガスを反応容器20内に導入する。
【0060】
続いて、基材2にプラズマ発生用電源26からの高周波電力を印加する。反応容器20はアース線28によって電気的に中性状態にあるため、基材2は相対的に負が帯電した状態となる。このためプラズマ中に存在する正イオンは、基材2の表面全体に対して均等に作用する。
【0061】
高電圧パルス発生電源25から、基材2に高電圧パルス(負の高電圧パルス)を印加すると、炭化水素系ガスのプラズマ中の正イオンは、基材2の表面に電気的に誘引吸着される。このような操作によって、基材2の表面に均等な厚さのアモルファスカーボン膜が成膜される。この現象に関し、反応容器20内では、炭素と水素を主成分とするアモルファス状の炭素・水素固形物を主成分とするアモルファスカーボン膜が、基材2の全表面に気相析出し、当該基材2を被覆するようにして成長していくものと推測される。
【0062】
プラズマCVD装置30の反応容器20内へ導入する成膜用の炭化水素系のガスとして、次のA(常温で気相状態)、B(常温で液相状態)に示す化学式で表される有機系炭化水素ガスを単独又は混合して用いるのが好ましい。
A.CH
4、CH
2CH
2、C
2H
2、CH
3CH
2CH
3、CH
3CH
2CH
2CH
3
B.C
6H
5CH
3、C
6H
5CH
2CH、C
6H
4(CH
3)
2、CH
3(CH
2)
4CH
3、C
6H
12
【0063】
さらにアモルファスカーボン膜の膜中に金属微粒子を共析させることも可能である。例えば、Si微粒子を共析させる場合には、成膜用のガスとして、有機系Si化合物(液相)の(C
2H
5O)
4Si、(CH
3O)Si、[(CH
3)
3Si]などを使用すればよい。常温で気相状態の有機化合物ガスでは、そのままの状態で反応容器20に導入する。液相状態の化合物では、これを加熱してガス化させ、その蒸気を反応容器20中へ供給する。有機Si化合物を用いる場合、膜中にSiが混入することがあるが、Siは炭素と強く結合しているので、本発明のアモルファスカーボン膜被覆部材1への適用が可能である。
【0064】
成膜されたアモルファスカーボン膜4の表面粗さは、Raで0.01〜2.0μmとすればよい。アモルファスカーボン膜4の表面粗さは、基材2の表面調整、陽極酸化処理、プラズマCVD法による施工条件、成膜後のブラスト処理によって決定される。アモルファスカーボン膜4の表面粗さを、Raで0.01〜2.0μmとすれば、アモルファスカーボン膜被覆部材1の表面が低摩擦係数を有することになり、耐摩耗性を向上させることができる。
【0065】
アモルファスカーボン膜4を、次の(a)又は(b)を満たす表面性状を有するようにしてもよい。
(a)水との接触角が70〜85°、かつヨウ化メチレンとの接触角が30〜45°
(b)水との接触角が10〜25°、かつヨウ化メチレンとの接触角が50〜55°
【0066】
さらに、アモルファスカーボン膜4を、次の(c)又は(d)を満たす表面性状を有するようにしてもよい。
(c)JISK6768(1999)による、ぬれ張力が30〜40mN/m
(d)JISK6768(1999)による、ぬれ張力が60〜70mN/m
【0067】
(a)水との接触角が70°〜85°、かつヨウ化メチレンとの接触角が30°〜45°、(b)水との接触角が10°〜25°、かつヨウ化メチレンとの接触角が50°〜55°、(c)JIS K 6768(1999)による、濡れ張力が、30mN/m〜40mN/m、(d)JIS
K 6768(1999)による、濡れ張力が、60mN/m〜70mN/mのいずれか1つの表面性状を有するアモルファスカーボン膜4を基材2の表面2aに形成するためには、パルス幅を5〜150μsec、パルス数を500〜5000回としたパルスの繰り返しを行えばよい。それには、プラズマ発生用電源26の高周波電力の出力周波数を、13.5MkHz〜2.45GHzの範囲で変化させればよい。また、この条件で成膜すれば、表面粗さがRaで0.01〜2.0μmのアモルファスカーボン膜4を得ることができる。
【0068】
アモルファスカーボン膜4が上記の(a)又は(c)を満たす表面性状を有していれば、低表面エネルギーの表層を有するアモルファスカーボン膜被覆部材を提供することができる。このような表面は、極めて低い濡れ性を有し、液体をはじき易い。アモルファスカーボン膜4が上記の(b)又は(d)を満たす表面性状を有していれば、大きい表面エネルギーを有するアモルファスカーボン膜被覆部材を提供することができる。このような表面は、濡れ易く、液体が馴染み易い。これらにより、部材の形状および使用環境等に応じて最適な構成を選ぶことができる。
【0069】
例えば、アモルファスカーボン膜被覆部材1を印刷機用ロールに適用した場合、印刷液が塗布された際、濡れによるレベリング効果によって印刷液が表面に一様に濡れ広がるようにできる。このような印刷機用ロールを印刷に用いれば、塗布された印刷液をロール上に十分に濡れ広がらせることができ、ロールの表面に塗布された印刷液の膜に、付着ムラによって生じる穴やインクの塊が生じず、印刷液の膜厚を均一化することができる。
【0070】
陽極酸化層3を介してアモルファスカーボン膜4が形成された以上のアモルファスカーボン膜被覆部材1では、500℃まで連続的に昇温した際の当該アモルファスカーボン膜4の表面からの累積水分放出量が4.0×10
−7mol/cm
2以下に抑えられている。これは、陽極酸化層3にクラックが極めて少ないか、殆どない状態であり、それに加えアモルファスカーボン膜4も非常に緻密な状態となっていることに起因している。水蒸気封孔を施したアルマイト部材で試験した累積水分放出量は1.2×10
−4mol/cm
2であり、SUS316L鋼で試験した累積水分放出量は2.0×10
−7mol/cm
2であることからも、いかに低い水分放出量であることが解る。
【0071】
上記本発明のアモルファスカーボン膜被覆部材1によれば、アモルファスカーボン膜4の存在により高い耐摩耗性が得られる。このアモルファスカーボン膜4は、プラズマCVD法によって形成され、炭素と水素を主成分としたものであり当該水素の含有率が15〜31atomic%となっているため、残留応力とビッカース硬さを所定程度に抑制することができる。そのため、膜の欠陥が生じにくく、例えば環境の変化などにより陽極酸化層3に吸着された汚染物質が放出されることを抑制でき、かつアモルファスカーボン膜4の剥離を防止することができる。さらに、基材2とアモルファスカーボン膜4との間に介在させている陽極酸化層3の引っ張り残留応力が40MPa以下とされているので、例えば熱サイクルなどにより陽極酸化層に応力が加えられても、陽極酸化層のクラックの発生を抑えることができる。これにより、陽極酸化層3とアモルファスカーボン膜4との境界部分で剥離が起こらず、当該アモルファスカーボン膜4の剥がれを有効に防止することができる。
【0072】
アモルファスカーボン膜4の表面は硬質かつ平滑で良好なすべり性をもつため、構成部材自体の摩耗を防ぐほか、生産物の摩耗をも防ぐことができる。摩耗によるパーティクルの発生が防がれ、ひいては製品の粒子による汚染を防止できる。さらに、アモルファスカーボン膜4の存在により、優れた耐食性を付与することができる。その他、アルミニウム合金固有の金属元素(Al、Mg、Cuなど)や、陽極酸化組織に不可避に混入する元素(陽極酸化浴に含まれるSなど)を膜内に固定でき、アモルファスカーボン膜被覆部材1が用いられる装置内部や、アモルファスカーボン膜被覆部材1が接触する生産物のメタル汚染を防ぐことができる。
【実施例】
【0073】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
(アモルファスカーボン膜被覆部材の製作)
150×150×6mmのアルミニウム合金(A5052)の片面に、陽極酸化層を形成し、封孔処理を施し、又は封孔処理無しで、その表面にプラズマCVD法を用いてアモルファスカーボン膜を成膜した。陽極酸化層の引っ張り残留応力、膜厚、封孔処理の有り又は無し、アモルファスカーボン膜の水素含有率、ビッカース硬さ、膜厚を変更した以下に示す実施例及び比較例のアモルファスカーボン膜被覆部材を製作した。
【0074】
(断面観察)
電子顕微鏡によりアモルファスカーボン膜被覆部材の表層の断面観察を実施した。全ての試験片の陽極酸化層の膜厚は40μmとし、封孔処理を施し、アモルファスカーボン膜の膜厚は5μmとした。実施例1、2として、陽極酸化層の引っ張り残留応力:20、40MPaの試験片を製作し、比較例1として、陽極酸化層の引っ張り残留応力:60MPaの試験片を製作した。
【0075】
実施例1の試験片の表層の電子顕微鏡写真を
図3に示す。
図3に現れている4層のうち最下層が、アルミニウム基材であり、その上の層が陽極酸化層であるアルマイト皮膜であり、その上の層がアモルファスカーボン膜である。アモルファスカーボン膜の上の層は撮影のための被覆材である。アルマイト皮膜にはクラックがなく、その表面に存在していた微小な空隙や凹部は、アモルファスカーボン膜によって被覆されていることが認められる。実施例2でも同様の状態が観察された。
【0076】
比較例1の試験片の表層の電子顕微鏡写真を
図4に示す。陽極酸化層であるアルマイト皮膜の引っ張り残留応力が60MPaの場合、アルマイト皮膜にクラックが発生することが認められる。このクラックは、アルマイト皮膜の形成時、又はその後のアモルファスカーボン皮膜の形成時における、熱履歴によって生じたものと考えられる。
【0077】
【表1】
【0078】
(水素含有量とスクラッチ試験)
スクラッチ試験(JIS R3255)により、アモルファスカーボン膜がはく離を生じる臨界はく離荷重(N)を測定した。全ての試験片の陽極酸化層の膜厚は40μmとし、封孔処理を施し、アモルファスカーボン膜の膜厚は5μmとした。実施例3、4として、アモルファスカーボン膜の水素含有率:15、31atomic%、ビッカース硬さ:1500、1000Hvの試験片を製作し、比較例2、3として、アモルファスカーボン膜の水素含有率:8、38atomic%、ビッカース硬さ:1900、600Hvの試験片を製作した。
【0079】
試験結果を表2に示す。スクラッチ試験を実施した結果、実施例3、4、及び比較例2の試験片で、アモルファスカーボン膜と基材の界面ではく離を生じた。比較例2の水素含有量が8atomic%の試験片では、臨界はく離荷重が8Nであり、最も小さい荷重ではく離を生じた。比較例3の水素含有量が38atomic%の陽極酸化膜を形成した試験片では、50N以上の荷重を負荷しても、はく離を生じることはなったが、体積抵抗率の値が小さくアーキングが生じ易い。
【0080】
【表2】
【0081】
(ブラストエロージョン試験)
ブラストエロージョン試験により、アルミニウム基材が露出するまでの時間を計測した。ブラストエロージョン試験では、噴出圧力を0.3MPaとし、#200のアルミナグリットを用いた。全ての試験片に封孔処理を施し、アモルファスカーボン膜の膜厚を5μmとした。陽極酸化層であるアルマイト皮膜の膜厚を表3のとおり変化させた。
【0082】
試験結果を表3に示す。アルマイト皮膜の膜厚が0.1μmであると、基材のアルミニウム合金が軟質ということもあり、アルマイト皮膜とアモルファスカーボン膜が容易に損耗してしまう。アルマイト皮膜の膜厚が60μmの場合、基材露出までの時間は長くなるが、アルマイト皮膜による被覆性能は0.5〜50μmの場合と変わらない。アルマイト皮膜の成膜速度は膜厚が大きくなるほど、遅くなるため、50μmを超える成膜は経済的ではない。
【0083】
【表3】
【0084】
(テープはく離試験)
テープはく離試験により、アモルファスカーボン皮膜の密着性を評価した。製作した試験片に市販のセロハンテープを貼り付けた後、このセロハンテープを90°方向に10mm/sの速度で引き剥がし、アモルファスカーボン皮膜のはく離状態を確認した。全ての試験片の陽極酸化層であるアルマイト皮膜の膜厚は40μmとし、アモルファスカーボン膜の膜厚は5μmとした。封孔処理の有無、及びアルマイト皮膜の形成後、アモルファスカーボン膜成膜までの時間を表4のとおり変化させた。
【0085】
試験結果を表4に示す。実施例7及び比較例6から、アモルファスカーボン膜成膜までの時間が1日の場合は、封孔処理の有無によらず、アモルファスカーボン皮膜ははく離しなかった。しかし、アモルファスカーボン成膜までの時間が7日になると、アルマイト皮膜に封孔処理を施さない比較例7で、はく離を生じた。生産における安定性を考慮すると、陽極酸化層を形成した後、封孔処理を施すことが望ましい。
【0086】
【表4】
【0087】
(残留応力とスクラッチ試験)
スクラッチ試験(JIS R3255)により、アモルファスカーボン膜がはく離を生じる臨界はく離荷重(N)を測定した。全ての試験片の陽極酸化層の膜厚は40μmとし、アモルファスカーボン膜の膜厚は5μmとした。実施例9、10として、アモルファスカーボン膜の水素含有率:15、31atomic%、残留応力:0.9、0.3GPaの試験片を製作し、比較例8、9として、アモルファスカーボン膜の水素含有率:8、38atomic%、残留応力:1.4、0.2GPaの試験片を製作した。
【0088】
試験結果を表5に示す。スクラッチ試験を実施した結果、実施例9、10、及び比較例8の試験片で、アモルファスカーボン膜と基材の界面ではく離を生じた。比較例8の残留応力が1.4GPaの試験片では、臨界はく離荷重が8Nであり、最も小さい荷重ではく離を生じた。比較例9の水素含有量が38atomic%の試験片では、50N以上の荷重を負荷しても、はく離を生じることはなった。しかし、アモルファスカーボン膜が軟質なものとなり用途が極端に限定される。
【0089】
【表5】
【0090】
(昇温ガス放出試験)
昇温ガス放出試験により500°までの累積水分放出量を計測した。測定は加熱装置を備えた質量分析装置を用いて行った。全ての試験片の陽極酸化層の膜厚は40μmとし、実施例11ではアモルファスカーボン膜の膜厚は5μmとし、比較例10、11ではアモルファスカーボン膜を形成せず、比較例10では陽極酸化層の封孔処理を有りとし、比較例11では封孔処理を無しとした。試験結果を表6に示す。アモルファスカーボン膜を形成した場合の累積水分放出量は、4×10
−7mol/cm
2となり、アモルファスカーボン膜が陽極酸化層からの水分放出を抑制していることが認められる。
【0091】
【表6】
【0092】
(表面性状の確認)
水、及びヨウ化メチレンで接触角測定を実施し、撥水性の有無を評価した。陽極酸化層であるアルマイト皮膜に封孔処理を施し、アルマイト皮膜の膜厚を40μmとし、アモルファスカーボン膜の膜厚を5μmとした。アルマイト皮膜の引っ張り残留応力を測定したところ38MPaであり、ビッカース硬さは500Hvであった。アモルファスカーボン膜の水素含有率を15〜31atomic%に制御し、残留応力を0.30〜0.98GPaに調整した。アモルファスカーボン膜のビッカース硬さは1200Hvであった。接触角を測定すると、水との接触角が70〜85°、かつヨウ化メチレンとの接触角が30〜45°であり、はっ水性が発現していた。
【0093】
上記実施形態及び実施例は例示であり制限的なものではない。本発明の範囲には、特許請求の範囲と均等となる範囲内の変更が含まれる。本発明のアモルファスカーボン膜被覆部材は、半導体製造装置、減圧環境下で用いられる装置、シート・フィルムの製造装置だけでなく、あらゆる用途への幅広い適用が可能である。また、本発明のアモルファスカーボン膜は平滑であり、成膜状態のままで十分に使用可能であるが、用途に応じて精密なラッピング加工処理を施して、アモルファスカーボン膜被覆部材の特性を発揮させてもよい。さらに、アモルファスカーボン膜の表面に、レーザビームや電子ビームによって加工処理を施してもよい。