(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6083937
(24)【登録日】2017年2月3日
(45)【発行日】2017年2月22日
(54)【発明の名称】急性腎障害の検査方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20170213BHJP
【FI】
G01N33/53 V
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-45844(P2012-45844)
(22)【出願日】2012年3月1日
(65)【公開番号】特開2013-181830(P2013-181830A)
(43)【公開日】2013年9月12日
【審査請求日】2014年12月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(73)【特許権者】
【識別番号】591125371
【氏名又は名称】デンカ生研株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100111741
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 夏夫
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 亮彦
(72)【発明者】
【氏名】黒澤 寛之
(72)【発明者】
【氏名】平山 吉朗
【審査官】
加々美 一恵
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2010/126055(WO,A1)
【文献】
特開2010−256250(JP,A)
【文献】
国際公開第2010/126043(WO,A1)
【文献】
国際公開第2007/119563(WO,A1)
【文献】
特開2007−263750(JP,A)
【文献】
米国特許第06586389(US,B1)
【文献】
米国特許出願公開第2012/0040374(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2009/0117594(US,A1)
【文献】
検査と技術,2010年,第38巻第9号,p733−734
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
心臓の外科手術前の被験体の尿中細胞外領域を含有するメガリンを、配列番号2に示すアミノ酸配列の配列番号26番目のアミノ酸から4424番目のアミノ酸からなる領域(LBD1)を認識するマウスモノクローナル抗体を用いて測定することにより、心臓の外科手術後に急性腎障害を合併するリスクを評価するための検査方法。
【請求項2】
尿中細胞外領域を含有するメガリン値が基準値よりも高い場合に、急性腎障害を合併するリスクが高いと評価する、請求項1に記載の検査方法。
【請求項3】
尿中メガリンを検出するための抗メガリン抗体であって配列番号2に示すアミノ酸配列の配列番号26番目のアミノ酸から4424番目のアミノ酸からなる領域(LBD1)を認識するマウスモノクローナル抗体を含む、請求項1又は2に記載の検査方法に用いる、急性腎障害検査用試薬。
【請求項4】
抗メガリン抗体であって配列番号2に示すアミノ酸配列の配列番号26番目のアミノ酸から4424番目のアミノ酸からなる領域(LBD1)を認識するマウスモノクローナル抗体を用いた尿中メガリンを検出するための試薬を含む、請求項1又は2に記載の検査方法に用いる、急性腎障害検査用試薬キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、尿中の細胞外領域メガリンを検出することを含む、急性腎障害の検査方法、および抗細胞外領域メガリン抗体を含む、当該検査方法に用いる急性腎障害の検査用試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、急性腎不全(ARF)は、急性尿細管壊死という構造的異常だけではなく、腎血行動態の機能的異常が重要視されてきている。診断や治療に関してもARFから急性腎障害(AKI)という概念に変わってきており、早期に診断・治療を行なうことの重要性が提唱されてきている。
【0003】
急性腎障害とは急速に腎機能が低下した状態のことを示し、急性腎障害の多くは尿細管壊死による腎機能の低下を特徴とする。急性腎障害の原因として、腎前性腎不全、腎実質性腎不全、腎後性腎不全がある。腎前性腎不全は、外傷による出血、脱水、嘔吐、下痢などの細胞外液量の低下、心源性ショックなどの有効循環血液量の減少、および解離性大動脈瘤、腎動脈血栓症などによる腎血流の低下により、腎臓が虚血にさらされることにより生じるものである。腎実質性腎不全は、糸球体性のもの(急性糸球体腎炎、急速進行性糸球体腎炎、結節性多発動脈炎など)、急性尿細管壊死(アミノグリコシド系など抗生物質、消炎鎮痛薬、抗腫瘍薬、造影剤などによるもの)、急性間質性腎炎(βラクタム系など抗生物質、消炎鎮痛薬、抗けいれん薬などによるもの)など、直接腎組織に障害が引き起こされるものである。腎後性腎不全は、尿管の閉塞(尿管結石)、膀胱、尿道の閉塞(前立腺肥大、前立腺ガン)、骨盤部腫瘍など尿の通過する途中に閉塞が起こり、尿の排泄障害が引き起こされるものである。
【0004】
急性腎障害は開心術・大動脈置換術後などの集中治療室での管理が必要な症例で合併することのある腎疾患として知られており、集中治療を要する患者が急性腎障害を合併した場合の死亡率は約50%と高いことが報告されている。
【0005】
そのため、発症後、時間単位での病態把握が必要となる。急性腎障害の生命予後改善は、早期診断・早期治療介入なくしては望めないのが現状である。
【0006】
現在、急性腎障害の診断は通常、血清クレアチニン・尿量により行なわれていたが、これらの2項目による診断には問題があった。これら2項目には診断基準が定まっておらず、35通りの急性腎障害の定義が存在することとなっていた。この問題を解決するために、世界的な取り組みとして、急性腎障害ネットワークがつくられ、急性腎障害の診断基準が提言された。当該診断基準では、(1)血清クレアチニンが1.5倍以上上昇、または0.3mg/dL以上上昇、(2)1時間当たり0.5mL/kgの乏尿が6時間以上継続、を満たす段階で、急性腎障害と診断すると示されている。さらに、慢性腎臓病のステージ分類と同様に、特に急性腎障害のステージ分類(RIFLE分類・AKIN分類など)が提唱されている。
【0007】
しかしながら、上記2項目による診断にはなお、問題が存在する。血清クレアチニンは、腎障害に伴って糸球体濾過量が低下しても、すぐに上昇せず、一方、糸球体濾過量が回復傾向にあっても、しばらく上昇し続けることがあり、血清クレアチニンは急性の変化をとらえる早期マーカーおよび治療効果のモニタリング、予後予測マーカーとしての有用性は高いとはいえない。さらに、血清クレアチニンは体重、人種、性別、薬物、筋代謝、栄養状態などの腎外性因子の影響を受けやすい。また尿量は診断に時間がかかるため、発症後は時間単位での病態把握が必要である急性腎障害のマーカーとしては適していない。したがって、測定が簡単で、他の生物学的因子の影響を受けにくく、さらに疾患の早期発見とリスク分類、予後予測を可能とするバイオマーカーの開発が急務である。
【0008】
腎疾患に関連して見られる物質として尿中のメガリンがあり、尿中メガリンを測定することによる、簡便な腎障害の検査手段が開示されている(特許文献1、2)。
【0009】
Glycoprotein330(gp330)あるいはLow Density Lipoprotein(LDL)-receptor relate protein 2(LRP2)としても知られるメガリン(Megalin)は、腎臓の近位尿細管上皮細胞に発現する分子量が約600kDaの糖タンパク質である(非特許文献1、2)。
【0010】
メガリンは腎臓の近位尿細管上皮細胞を用いた細胞培養実験において、膜結合型の完全長メガリンと、細胞内領域を欠いたSoluble-Form(細胞外領域含有フラグメント)の2種類が存在していることが知られており(非特許文献3)、尿中の完全長ヒトメガリン、細胞外領域、細胞内領域を測定する方法も報告されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】国際公開WO2002/037099号
【特許文献2】国際公開WO2010/126055号
【特許文献3】国際公開WO2010/126043号
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Christensen E.I. , Willnow T.E. (1999) J. Am. Soc. Nephrol. 10 , 2224-2236
【非特許文献2】Zheng G , McCluskey R.T. et al. (1994) J. Histochem. Cytochem. 42 , 531-542
【非特許文献3】Flavia F.J. , Julie R.I. et al. (1998) Kidney. International. 53 , 358-366
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、急性腎障害を早期に検出できる検査方法および急性腎障害の発症リスクを判定するための検査方法の提供を課題とし、例えば開心術後、急性腎障害を合併するリスクの高い患者を術前に予測することが可能な検査方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは上記課題を解決するために、急性腎障害のリスクが高い患者の尿中細胞外領域メガリン排泄量が健常人または急性腎障害未発症患者よりも高いことに着目し、尿中細胞外領域メガリンを検出することにより急性腎障害の検査および急性腎障害の発症リスクの検査を行い得ることを見出し、本発明を完成した。
【0015】
すなわち、本発明は以下よりなる。
[1] 尿中細胞外領域メガリンを検出することにより急性腎障害を検出するための検査方法。
[2] 尿中細胞外領域メガリン値が基準値よりも高い場合に、急性腎障害であると判定される、[1]の検査方法。
[3] 被験体の尿中細胞外領域メガリンを測定することにより急性腎障害を発症するリスクを評価するための検査方法。
[4] 尿中細胞外領域メガリン値が基準値よりも高い場合に、急性腎障害を発症するリスクが高いと評価する、[3]の検査方法。
[5] 被験体がICU(集中治療室)に入院したICU入院患者または一般病棟に入院した患者である、[4]の検査方法。
[6] 心臓の外科手術前の被験体の尿中細胞外領域メガリンを測定することにより、心臓の外科手術後に急性腎障害を合併するリスクを評価するための検査方法。
[7] 尿中細胞外領域メガリン値が基準値よりも高い場合に、急性腎障害を合併するリスクが高いと評価する、[6]の検査方法。
[8] 尿中メガリンの検出を、免疫学的手法により行う、[1]〜[7]のいずれかの検査方法。
[9] 尿中メガリンを検出するための抗メガリン抗体を含む、[8]の検査方法に用いる、急性腎障害検査用試薬。
[10] 抗メガリン抗体を用いた尿中メガリンを検出するための試薬を含む、[9]の検査方法に用いる、急性腎障害検査用試薬キット。
【発明の効果】
【0016】
本発明の検査方法により、従来の検査方法では判断できなかった急性腎障害発症リスクを判定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】健常人と急性腎障害患者の尿中細胞外領域メガリン排泄量を比較した結果(実施例2)を示す図である。
【
図2】急性腎障害発症患者と急性腎障害未発症患者の尿中細胞外領域メガリン排泄量を比較した結果(実施例3および4)を示す図である。
【
図3】急性腎障害発症患者と急性腎障害未発症患者のα1-ミクログロブリンを比較した結果(実施例4)を示す図である。
【
図4】急性腎障害発症患者と急性腎障害未発症患者のβ2-ミクログロブリンを比較した結果(実施例4)を示す図である。
【
図5】急性腎障害発症患者と急性腎障害未発症患者のN-アセチル-β-D-グルコサミニダーゼを比較した結果(実施例4)を示す図である。
【
図6】急性腎障害発症患者と急性腎障害未発症患者のNeutrophil gelatinase-associated lipocalin(N-gal)を比較した結果(実施例4)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は被験者の尿中に存在するメガリンの細胞外領域フラグメントを検出することにより急性腎障害の検査を行うことを特徴とする。
【0019】
完全長ヒトメガリンは、配列番号2に示すアミノ酸配列の第26番目から第4655のアミノ酸配列からなる。配列番号1には、ヒトメガリンの塩基配列を示す。配列番号2に示す。アミノ酸配列の第1番目から第25番目の配列は、シグナルペプチドの配列である。ヒトメガリンのアミノ酸配列は、NCBI(National Center for Biotechnology Information)のAccession No.:NP_004516 (RefSeq protein ID:126012573)に開示されている。ヒトメガリンは細胞外領域、膜貫通領域、細胞内領域の3領域から構成されている一回膜貫通型糖タンパク質である。配列番号2に示すアミノ酸配列の第26番目から4424番目のアミノ酸からなる領域をヒトメガリンの細胞外領域という。ヒトメガリンの細胞外領域フラグメントとは、細胞外領域の一部または全部を含み、且つ配列番号2に示すアミノ酸配列の第26番目から第4424番目のアミノ酸からなる領域の一部または全部を意味するフラグメントをいい、細胞内領域を欠いている。細胞内領域を欠いたヒトメガリン細胞外領域フラグメントとして、配列番号2に示すアミノ酸配列の第26番目から第4361番目のアミノ酸配列からなるフラグメントが挙げられる。該フラグメントは、前記の配列番号2に示すアミノ酸配列の第4362番目から第4655番目のアミノ酸配列からなる一次切断産物形成過程にて生じた残りの細胞外領域側フラグメントである。さらに、細胞内領域を欠いたヒトメガリン細胞外領域フラグメントとして、配列番号2に示すアミノ酸配列の第4362番目から第4437番目のアミノ酸配列からなるフラグメントが挙げられる。該フラグメントは、配列番号2に示すアミノ酸配列の第4438番目から第4655番目のアミノ酸配列からなる、前述の二次切断産物形成過程において生じた残りの細胞外領域含有フラグメントである。
【0020】
本発明において、細胞内領域を欠いた細胞外領域フラグメントを「細胞外領域メガリン」と呼ぶ。
【0021】
本発明においては、尿中に排泄された細胞外領域メガリンを測定する。本明細書において、検体である尿は、いかなる被験者から得られたものであってもよい。尿の採取方法は問わないが、早朝尿または随時尿を用いることが好ましい。また、本発明の検査方法に必要な尿の量は10〜200μL程度である。本発明の検査方法は、従来の一般的な尿検査と同時に行われてもよい。また、本発明は開心術や大動脈置換術後等の心臓の外科手術後の急性腎障害の発症のリスクの予測をも目的としているが、この場合、尿検体は外科手術が施行される前に採取する。検体である尿の処理は、採取された尿に処理液を添加して混合することにより行うことができる。処理液は、尿のpH調整、尿沈渣のマスキングおよび/または細胞外メガリンの可溶化が可能なものであればいかなるものであってもよいが、好ましくは、緩衝液にキレート剤、界面活性剤などを添加した溶液が例示される。緩衝液、キレート剤は、公知のものであればいずれであってもよく、界面活性剤は、非イオン界面活性剤を用いることが好ましい。処理液としては、例えば2M Tris-HCl(pH8.0)に、0.2M EDTAと10%(Vol./Vol.)TritonX-100を含む溶液が例示される。かかる処理液10μLを、尿検体90μLに添加して混合することにより、尿試料溶液を得ることが可能である。
【0022】
尿試料溶液から細胞外領域メガリンを検出する方法としては様々な方法が考えられる。細胞外領域メガリンの検出方法の一例として、免疫学的手法が挙げられる。免疫学的手法は、例えば、免疫染色法(蛍光抗体法、酵素抗体法、重金属標識抗体法、放射性同位元素標識抗体法を含む)、電気泳動法による分離と蛍光、酵素、放射性同位元素などによる検出方法とを組み合わせた方法(ウエスタンブロット法、蛍光二次元電気泳動法を含む)、酵素免疫測定吸着法(ELISA)、ドット・ブロッティング法、ラテックス凝集法(LA:Latex Agglutination-Turbidimetric Immunoassay)、イムノクロマト法などにより行うことができるが、ELISA法またはLA法を用いることが好ましい。定量性の観点からELISA法のうちサンドイッチ法を用いることが好ましい。サンドイッチ法では、抗細胞外メガリン抗体を固相化したマイクロタイタープレートに尿試料溶液を添加し、抗原・抗体反応をさせ、さらに酵素標識した抗細胞外メガリン抗体を添加し、抗原・抗体反応をさせ、洗浄後、酵素基質と反応・発色させ、吸光度を測定して尿中のメガリンを検出すると共に、その測定値から尿中メガリン濃度を算出することができる。また、蛍光標識した抗細胞外メガリン抗体を用いて、抗原・抗体反応をさせた後に蛍光を測定してもよい。
【0023】
免疫学的手法において用いられる抗細胞外領域メガリン抗体は、ヒトメガリンを検出しうる抗体であればよい。本発明において用いられる抗細胞外領域メガリン抗体は、公知のものであってもよく、また今後開発される抗体であってもよい。特に限定されないが、抗細胞外領域メガリン抗体として、例えばモノクローナル抗体でも、ポリクローナル抗体でもよく、キメラ抗体やヒト化抗体、あるいはこれらの結合活性断片などが挙げられる。これらの抗体は酵素や蛍光色素で標識化されていてもよい。また、2種類以上の抗細胞外領域メガリン抗体を用いてもよい。2種類以上の抗細胞外領域メガリン抗体は、上記のサンドイッチ法に用いられ、互いに異なるエピトープを認識する抗体であることが好ましい。例えば、抗細胞外領域メガリン抗体として、配列番号2に示すアミノ酸配列の配列番号26番目のアミノ酸から314番目のアミノ酸の間の領域(LBD1)に存在するエピトープを認識する抗体を用いることができる。
【0024】
本発明において、尿中の細胞外領域メガリン値とは、尿中細胞外領域メガリン濃度自体であってもよいが、尿中細胞外領域メガリン濃度を、尿中に安定に排泄される尿中成分に関する値(尿中成分値)で補正したパラメータであってもよい。
【0025】
尿中成分としては、特に尿中クレアチニンが好ましく、尿中クレアチニン濃度により尿中細胞外領域メガリン濃度を補正することが好ましい。尿中クレアチニン濃度はクレアチニンの産生が筋肉の量に依存することから、一個体に対して疾患にかかわらずほぼ一定であると考えられている。尿中成分の検査においては、尿量誤差を回避するため、クレアチニン1g当りの量により、目的とする尿中成分の量を補正する手法が一般的に用いられており、これによりクレアチニン単位グラム当たりの尿中成分を比較することが可能になる。尿中細胞外領域メガリン濃度を、尿中クレアチニン濃度により補正して得られるパラメータは、尿中細胞外領域メガリン排泄量(MEG/Cre)と称し、以下の式により算出することができる。
【0026】
<式> MEG/Cre:尿中細胞外領域メガリン排泄量(pmol/g)=100×尿中細胞外領域メガリン濃度(pM)÷尿中クレアチニン濃度(mg/dL)
【0027】
尿中細胞外領域メガリンを測定することにより、急性腎障害を検出あるいは検査することができる。すなわち、被験体の尿中細胞外領域メガリンを測定することにより、該被験体が急性腎障害に罹患しているか否かを検出し、あるいは罹患しているか否かを判断するデータを得ることができる。
【0028】
本発明の検査方法により得られた尿中細胞外領域メガリン排泄量が基準値(Cut-Off値)より高い場合、急性腎障害であると判定することができる。本発明の方法によれば、診断が困難な急性腎障害を早期に検出することが可能になる。
【0029】
また、尿中細胞外領域メガリンを測定することにより、急性腎障害の発症のリスクを判定し、予測し、または評価することができる。すなわち、被験体の尿中細胞外領域メガリンを測定することにより、該被験体が急性腎障害を発症するリスクを判定し、予測し、または評価することができ、あるいは判定し、予測し、または評価するためのデータを得ることができる。本発明の検査方法により得られた尿中細胞外領域メガリン排泄量が基準値(Cut-Off値)より高い場合、急性腎障害を発症するリスクが高いと判定し、予測し、または評価することができる。
【0030】
また、尿中細胞外領域メガリンを測定することにより、開心術や大動脈置換術後等の心臓外科手術後の急性腎障害の発症のリスクを判定し、予測し、または評価することができる。さらに、術後の入院日数やICUの入室日数といった術後の予後も評価することができ、術後の治療計画等のスケジュールを立てやすい。すなわち、上記の心臓外科手術を受ける被験体において、手術前に被験体の尿を採取し、尿中細胞外領域メガリンを測定することにより、該被験体が外科手術後に急性腎障害を発症するリスクや術後の予後を判定し、予測し、または評価することができ、あるいは判定し、予測し、または評価するためのデータを得ることができる。本発明の検査方法により得られた尿中細胞外領域メガリン排泄量が基準値(Cut-Off値)より高い場合、急性腎障害を発症するリスクが高く、術後の予後も不良であると判定し、予測し、または評価することができる。急性腎障害を発症するリスクが高く、予後が不良な場合、外科手術後に被験体の病態を集中的に管理することができ、あるいは外科手術を中止してもよい。
【0031】
さらに、尿中細胞外領域メガリンを測定することにより、ICU(集中治療室)に入院したICU入院患者あるいは一般病棟に入院した患者における急性腎障害の発症のリスクを判定し、予測し、または評価することができる。すなわち、ICU(集中治療室)に入院したICU入院患者あるいは一般病棟に入院した患者から尿を採取し、尿中細胞外領域メガリンを測定することにより、該患者が急性腎障害を発症するリスクを判定し、予測し、または評価することができ、あるいは判定し、予測し、または評価するためのデータを得ることができる。本発明の検査方法により得られた尿中細胞外領域メガリン排泄量が基準値(Cut-Off値)より高い場合、急性腎障害を発症するリスクが高いと判定し、予測し、または評価することができる。ICU入院患者の35〜65%、一般病棟入院患者の5〜20%が急性腎障害を発症するという報告があり、本発明の方法によりリスクを判定することにより、発症を未然に防ぐことが可能になる。
【0032】
本発明における基準値は適宜設定することができるが、健常人の尿中細胞外領域メガリン値を用いることができる。健常人とは、他の腎機能マーカーで陰性を示した被験者が望ましく、他の腎機能マーカーとしては、推算糸球体濾過量(eGFR:estimatedglomerular filtration rate)や、尿蛋白が例示される。さらに好ましくは、複数の健常人について尿中細胞外領域メガリンを検出し、その尿中細胞外領域メガリン値の95%信頼区間の上限値を基準値として用いる。95%信頼区間は公知の手法により求めることができる。健常人の測定値が正規分布している場合は以下の式によって求めることができる。
【0033】
95%信頼区間=健常人尿中細胞外領域メガリン値の平均±t×健常人尿中の細胞外領域メガリン値の標準偏差
【0034】
なお、tは自由度であり、健常人の検体数によって変動するため、t分布表に基づき選択すればよい。一般に95%信頼区間の場合tは1.96である。
【0035】
一方、健常人の尿中細胞外領域メガリン値が正規分布していない場合は中央値を含んだ95%を占める範囲を基準範囲とし、その上限値を尿中の細胞外メガリン値の基準値とする。
【0036】
本発明は、尿中細胞外領域メガリンを検出するための抗細胞外領域メガリン抗体を含む、急性腎障害の検査を行うための急性腎障害検査用試薬、および当該試薬を含む急性腎障害検査用試薬キットも包含する。当該キットは、検体採取器具、検体処理液、発色基質等の試薬を含んでいてもよく、さらに、試験に必要な器具等を含んでいてもよい。
【実施例】
【0037】
以下に本発明の実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲内で種々の応用が可能である。
【0038】
(実施例1)尿中細胞外領域メガリン排泄量の測定
ヒトメガリン細胞外領域に対するモノクローナル抗体(抗細胞外領域メガリンモノクローナル抗体)を用いてヒトメガリン細胞外領域を含有するフラグメント(細胞外領域メガリン)の尿中排泄量を測定した。抗細胞外領域メガリンモノクローナル抗体とは、配列番号2に示すアミノ酸配列の配列番号26番目のアミノ酸から314番目のアミノ酸の間の領域(LBD1)に存在するエピトープを認識するマウスモノクローナル抗体である。LBD1中の異なる二つのエピトープを認識する抗ヒトメガリンLBD1モノクローナル抗体Aと抗ヒトメガリンLBD1モノクローナル抗体Bを用いて測定評価した。抗ヒトメガリンLBD1モノクローナル抗体A固相化マイクロタイタープレートと、ALP標識化抗ヒトメガリンLBD1モノクローナル抗体Bを用いて、尿中のヒトメガリン細胞外領域含有フラグメントを測定した。先ず、尿90μLと2M Tris-HCl,0.2M Ethylenediamine-N,N,N’,N’-tetraacetic acid(以下、Ethylenediamine-N,N,N’,N’-tetraacetic acidをEDTAと略す),10%(vol./vol.) Polyethylene Glycol Mono-p-isooctylphenyl Ether(以下、Polyethylene Glycol Mono-p-isooctylphenyl EtherをTriton X-100と称する)、pH8.0溶液10μLを混合し、該混合液100μLを抗ヒトメガリンLBD1モノクローナル抗体A固相化マイクロタイタープレート(FluoroNunc(商標) Module F16 Black-Maxisorp(商標) Surface plate , Nalge Nunc International社製)のウェルへ加えた。37℃で1時間放置し、その後、ウェルに加えておいた尿サンプル溶液をデカンテーションにより除去し、そのマイクロタイタープレートのウェルへ、TBS-Tを200μL/ウェルで添加し、デカンテーションによるTBS-Tの除去を行い、洗浄を行った。この洗浄工程を計3回行った。その後、ALP標識化抗ヒトメガリンLBD1モノクローナル抗体B(0.5ng/mL)溶液を100μL/ウェルで加えた。ALP標識化抗ヒトメガリンLBD1モノクローナル抗体Bは標識抗体希釈液にて調製した。37℃で1時間放置し、その後、ウェルに加えておいたALP標識化抗体溶液をデカンテーションにより除去し、そのマイクロタイタープレートのウェルへ、TBS-Tを200μL/ウェルで添加し、デカンテーションによるTBS-Tの除去を行い、洗浄を行った。この洗浄工程を計4回行った。その後、そのマイクロタイタープレートのウェルへ、Assay Bufferを200μL/ウェルで添加し、デカンテーションによるAssay Bufferの除去を行い、洗浄を行った。この洗浄工程を計2回行った。次に、ウェルへCDP-Star(登録商標) Chemiluminescent Substrate for Alkaline Phosphatase Ready-to-Use (0.4mM) with Emerald-II(商標) Enhancer(ELISA-Light(商標) System:Applied Biosystems社製)をALP酵素反応基質溶液として、100μL/ウェルで加え、37℃、30分遮光放置した。その後直ちに、本ウェルの1秒間の積算発光強度を測定し、測定値を尿中細胞外領域メガリンの測定評価の指標とした。化学発光強度の測定には、Microplate Luminometer Centro LB960とMicroWin2000 software(Berthold社製)を用いた。検量線の標準品としては、腎臓から抽出したNative-ヒトメガリンを使用した。尿中細胞外領域メガリン濃度を尿中クレアチニン濃度により補正した尿中細胞外領域メガリン排泄量を、以下の式から算出した。
【0039】
<式> MEG/Cre:尿中細胞外領域メガリン排泄量(pmol/g)=100×尿中細胞外領域メガリン濃度(pM)÷尿中クレアチニン濃度(mg/dL)
【0040】
尚、健常人56例から求めた尿中細胞外領域メガリン排泄量の基準値(正常範囲)としては、205pmol/g(尿中細胞外領域メガリン排泄量)を用いた。これは、健常人56例の尿中細胞外領域メガリン排泄量の正規分布から95%信頼区間を求め、この95%信頼区間の上限値が205pmol/g(尿中細胞外領域メガリン排泄量)であり、この値を以って、尿中細胞外領域メガリン排泄量の基準値として用いていた。尚、今回得られた基準値は、測定系プラットフォームや基準標準物質の規格設定方法の変更によっては変動する場合があり、本値を以って絶対的な恒久的使用が可能なCut-Off値とするものではない。よって、205pmol/g(尿中細胞外領域メガリン排泄量)は特に限定される値ではないが、以下に示す今回の検証に当たっては、一貫して妥当性のある設定基準値として捉えることができる事を、実施例全般に記載した検証内容から判断できると推測される。
【0041】
(実施例2)急性腎障害における尿中細胞外領域メガリン排泄量の臨床的意義
実施例1の方法により、急性腎障害患者(AKI)14例の尿中細胞外領域メガリン排泄量を求め、健常人56例のものと比較した。
【0042】
健常人と急性腎障害患者の尿中細胞外領域メガリン排泄量を比較した結果を
図1に示す。急性腎障害患者の尿中細胞外領域メガリン排泄量は、健常人の値より有意に高値であることがわかった(P<0.001)。健常人から得た尿より求めた尿中細胞外領域メガリン排泄量「MEG/Cre」の95%信頼区間の上限値を基準値とした場合、その基準値は205pmol/gとなり、急性腎障害患者の64.3%がこの基準値より高い値を示した。
【0043】
(実施例3)開心術患者における尿中細胞外領域メガリン排泄量の臨床的意義
実施例1の方法に従って、開心術を行なった患者54例の開心術前に採尿した尿中細胞外領域メガリン濃度を測定し、尿中細胞外領域メガリン排泄量を求めた。開心術を行なった後、患者が急性腎障害を合併したか否かを調べ、急性腎障害を合併した患者(AKI)14例と急性腎障害を合併しなかった患者(non AKI)40例の尿中細胞外領域メガリン排泄量を比較した。比較の結果を
図2に示す。開心術後急性腎障害を合併した患者は合併しなかった患者と比較して、尿中細胞外領域メガリン排泄量が有意に高値(P<0.001)になっていることがわかる。
【0044】
(実施例4)他の腎疾患マーカーとの比較
実施例1の方法に従って、開心術を行なった患者54例の開心術前に採尿した尿中細胞外領域メガリン濃度を測定し、尿中細胞外領域メガリン排泄量を求めた。また、尿中メガリンと同様な近位尿細管障害マーカーであるα1-ミクログロブリン(AMG)、β2-ミクログロブリン(BMG)、N-アセチル-β-D-グルコサミニダーゼ(NAG)、Neutrophil gelatinase-associated lipocalin(N-gal)の測定を行なった。開心術を行なった後、患者が急性腎障害を合併したか否かを調べ、急性腎障害を合併した患者(AKI)14例と急性腎障害を合併しなかった患者(non AKI)40例の尿中細胞外領域メガリン排泄量、AMG、BMG、NAG、N-galを比較した。尿中細胞外領域メガリン排泄量、AMG、BMG、NAGおよびN-galの比較の結果を、それぞれ
図2、3、4、5、および6に示す。この際、上記に示したAMG、BMG、NAG、N-galは尿中マーカーなので尿中クレアチニンで補正を行なった。尿中細胞外領域メガリンを含む5種類の尿中マーカーで、開心術後急性腎障害を合併した患者が合併しなかった患者より有意に高値(P<0.001)になったのは尿中細胞外領域メガリン排泄量のみであった。
【産業上の利用可能性】
【0045】
上記のように、本発明の検査方法により尿中細胞外領域メガリンを術前に測定することにより、術後急性腎障害を合併する患者を術前に見つけ出すことが可能になる。術後集中治療室での管理が必要な開心術で急性腎障害を合併すると死亡率は約50%と高いことが報告されている。この死亡率を減少させるためには術中や術後ではなく術前に開心術後急性腎障害を合併する患者を見つけ出すことが最も有効であり、それを可能にするのは尿中細胞外領域メガリン排泄量である。また、本発明の検査方法の試料は尿であるため、従来法と違い非侵襲的に検査を行なうことができ、患者の身体的負担を軽減することができ、有用である。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]