(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6084365
(24)【登録日】2017年2月3日
(45)【発行日】2017年2月22日
(54)【発明の名称】保持器および玉軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/38 20060101AFI20170213BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20170213BHJP
【FI】
F16C33/38
F16C19/06
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-69553(P2012-69553)
(22)【出願日】2012年3月26日
(65)【公開番号】特開2013-200008(P2013-200008A)
(43)【公開日】2013年10月3日
【審査請求日】2014年11月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(72)【発明者】
【氏名】上野 崇
【審査官】
瀬川 裕
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−299813(JP,A)
【文献】
特開2003−194066(JP,A)
【文献】
実開昭61−188025(JP,U)
【文献】
特開2011−047474(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/38
F16C 19/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
円周方向に沿って所定間隔で配設された半球状膨出部を有する2枚の環状保持板が組み合わされてなり、対向する半球状膨出部にてボールを保持するリング状のポケットが形成されて、噴霧または跳ね掛け潤滑である潤滑油量が少ない状態の玉軸受に用いられる金属製プレス加工品の保持器であって、
ポケットのボール対向面におけるポケット軸方向中央部に、ポケット周方向に延びる凹部からなるボール非接触部を設け、このボール非接触部のポケット周方向長さをAとし、前記ボールの直径をBとし、ボールとポケットのボール対向面との間に形成されるすきまをCとしたときに、A/(B+C)=0.70〜0.90に設定し、ボール非接触部のポケット軸方向長さをDとし、ポケットの軸方向全長さをEとしたときに、D/E=0.25〜0.40に設定し、ボール非接触部を構成する凹部の深さをFとし、環状保持板の半球状膨出部の肉厚をGとしたときに、F/G=0.30〜0.40に設定し、かつ、ボール非接触部を構成する凹部のポケット軸方向開口縁をアール形状とするとともに、このアール形状のアールを0.05〜0.30mmとしたことを特徴とする保持器。
【請求項2】
金属製プレス加工品であって、ポケットの軸方向全長さをEとし、ボール中心に対するボール非接触部の中央の軸方向ずれ量をHとしたきに、H/(E/2)=0〜0.2に設定したことを特徴とする請求項1に記載の保持器。
【請求項3】
前記ボール非接触部を全ポケットに設けたことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の保持器。
【請求項4】
内周に外側転走面が形成された外輪と、外周に内側転走面が形成された内輪と、内側転走面と外側転走面との間を転動する複数のボールと、内輪と外輪との間に配置された請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の保持器とを備えたことを特徴とする玉軸受。
【請求項5】
自動車の動力伝達軸の支持用に適用されることを特徴とする請求項4に記載の玉軸受。
【請求項6】
2輪車に用いられる軸の支持用に適用されることを特徴とする請求項4に記載の玉軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、保持器および玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
省エネルギー政策の一環として、自動車についても省燃費の要求がさらに高まっている。この中で、自動車メーカから、自動車用トランスミッションやデファレンシャルを支持する軸受に関して、省燃費化のために低トルク化の要求が高まっている。また、省燃費化への対応の一つとして、これまで円すいころ軸受が使われていた箇所について、円すいころ軸受よりもトルクが低い玉軸受への変更(軸受形式変更)が挙げられる。
【0003】
従来の一般的な玉軸受(深溝玉軸受)は、
図8に示すように、内周に円弧状の外側転走面1が形成された外輪2と、外周にこの外側転走面1に対向する円弧状の内側転走面3が形成された内輪4と、内輪4と外輪2との間に配置された保持器5と、保持器5にて転動自在に支持される複数のボールBoとを備える。
【0004】
保持器5は、
図9に示すように、円周方向に沿って所定間隔で配設された半球状膨出部6を有する2枚の環状保持板7,7が組み合わされてなる。すなわち、各環状保持板7は、円周方向に沿って配設される前記半球状膨出部6と、隣合う半球状膨出部6間の平坦部8とからなる。組み合わされた状態で、平坦部8、8が重ね合わされ、この平坦部8、8がリベット等の固着具9を介して連結される。このため、各半球状膨出部6、6が対向して、リング状のボール嵌合部(ポケット)10が形成される。
【0005】
近年では、省燃費化の要求により、元来トルクが低い玉軸受についても、更なる低トルク化が望まれている。ところが、低トルク化を目的に、内部諸元の変更(ボール個数を少なく、ボールと保持器案内面との接触面積を小さくする等)による低トルク化は可能であるが、接触面圧過大や寿命低下など軸受機能への影響がある。しかも、大幅な保持器形状の変更を伴うと、新規金型が必要になりコスト高の要因となる。従って、標準仕様の軸受から軸受内部諸元の変更及び、保持器の大幅な形状変更は好ましくない。
【0006】
ここで、深溝玉軸受のトルクに占める各トルク要因の割合を確認すると、ボールと案内面(内外輪の転走面)との接触による転がりトルク(26%)、ボールとポケット案内面(保持器のボール接触部)との接触による油のせん断トルク抵抗(71%)、その他(3%)となる。したがって、トルク割合の大きいポケット案内面とボールとの接触による油のせん断トルクを低減させることが、低トルク化には効果的である。
【0007】
前記トルク要因の割合の確認に用いた軸受は、内径φ35mm、外径φ72mm、幅17mm(NTN社製:軸受番号6207)である。また、使用する保持器の材質は鉄とした。実験条件として、ラジアル荷重を500Nとし、回転速度を4000r/minとし、潤滑油種をATFとし、潤滑条件を噴霧または跳ね掛けとした。
【0008】
ところで、ポケット案内面(保持器のボール接触部)と鋼球(ボール)との接触による油のせん断トルクを低減させるためには、単純にはその接触面積を減らせばよい。従来には、ポケット案内面(保持器のボール接触部)とボールとの接触面積を減らすようにしたものがある(特許文献1および特許文献2)。
【0009】
特許文献1では、ポケット案内面(保持器のボール接触部)に長孔を設けたものであり、ポケットの内周側に補助凹部を設けたものである。このように、長孔や凹部を設けることによって、案内面とボールとの接触面積を減らすことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】実公昭46−34244号公報
【特許文献2】特開2003−13962号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前記特許文献1や特許文献2に記載のものでは、確かに、ポケット案内面(保持器のボール接触部)とボールとの接触面積を減らすことができる。しかしながら、長孔や凹部の大きさや形状等によっては低トルク効果を得ることができない場合がある。そこで、低トルク効果が最大限発揮できる保持器形状と寸法制約を明確にし、その形状によってどのような運転条件で低トルク効果が得られるかを把握する必要がある。さらには、その保持器形状の製造面についても考慮する必要がある。
【0012】
本発明は、形状と寸法制約を明確にして、安価でありながら低トルク効果が付与できる保持器およびこのような保持器を組込んだ玉軸受(深溝玉軸受)を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の保持器は、円周方向に沿って所定間隔で配設された半球状膨出部を有する2枚の環状保持板が組み合わされてなり、対向する半球状膨出部にてボールを保持するリング状のポケットが形成されて、噴霧または跳ね掛け潤滑である潤滑油量が少ない状態の玉軸受に用いられる
金属製プレス加工品の保持器であって、ポケットのボール対向面におけるポケット軸方向中央部に、ポケット周方向に延びる凹部からなるボール非接触部を設け、このボール非接触部のポケット周方向長さをAとし、前記ボールの直径をBとし、ボールとポケットのボール対向面との間に形成されるすきまをCとしたときに、
A/(B+C)=0.70〜0.90に設定し、ボール非接触部のポケット軸方向長さをDとし、ポケットの軸方向全長さをEとしたときに、D/E=0.25〜0.40に設定し、ボール非接触部を構成する凹部の深さをFとし、環状保持板の半球状膨出部の肉厚をGとしたときに、F/G=0.30〜0.40に設定し、かつ、ボール非接触部を構成する凹部のポケット軸方向開口縁をアール形状とするとともに、このアール形状のアールを0.05〜0.30mmとしたものである。
【0014】
ところで、ポケット軸方向中央部に、ポケット周方向に延びる凹部を設けた場合、この凹部のポケット周方向長さを長くすれば接触するすべり面積が小さくなり、せん断抵抗の低減に繋がる。しかしながら、「ポケット周方向長さ」を長くし過ぎると、ボールとポケットとの接触が案内面(ボール接触部)ではなく、案内面と凹部との境目となる。このように、境目で接触すると、油膜形成が著しく低下し、表面損傷の懸念がある。すなわち、「ポケット周方向長さ」はポケット内でのボールの動きを含めても、ボールをポケット案内面(ボール接触部)で保持できる範囲内で出来るだけ大きな寸法とするのが好ましい。
【0015】
そこで、本願発明では、ボール非接触部のポケット周方向長さをAとし、前記ボールの
直径をBとし、ボールとポケットのボール対向面との間に形成されるすきまをCとしたと
きに、A/(B+C)
=0.70〜0.90に設定している。これによって、軸受として
の機能を満足しつつ、最大限の低トルク効果が発揮できる保持器を提供できる。
【0016】
「ポケット軸方向長さ」を大きくすれば接触するすべり面積が小さくなり、せん断抵抗の低減に繋がる。ところで、保持器として、金属製であってプレス加工にて成形する場合があり、このようにプレス加工する場合、「ポケット軸方向長さ」を大きくし過ぎると製造上困難となり、製造面での懸念がある。すなわち、プレス加工しても、ポケット形状崩れが発生しない範囲内で、出来るだけ「ポケット軸方向長さ」を大きな寸法とする必要がある。
【0017】
このため、ボール非接触部のポケット軸方向長さをDとし、ポケットの軸方向全長さをEとしたときに、D/E=0.25〜0.40に設定
した。
【0018】
凹部の深さとしては、表面粗さ水準より大きなスキマを設けることになれば、せん断抵抗を「0」にすることが可能である。しかし、保持器へのプレス加工精度を考慮すると、凹部の深さは余りにも小さ過ぎると寸法を確保することができない。逆に、凹部の深さが大き過ぎると、プレス加工でのポケット形状崩れが懸念される。
【0019】
このため、ボール非接触部を構成する凹部の深さをFとし、環状保持板の半球状膨出部の肉厚をGとしたときに、F/G=0.30〜0.40に設定
した。
【0020】
凹部のポケット軸方向中心位置が、ボールの中心よりもポケット軸方向にずれれば、バ
ランスが悪くなりプレス加工時の形状崩れの原因となる。このた
め、ポケットの軸方向全長さをEとし、ボール中心に対するボール非接触部の中央の軸方向ずれ量をHとしたきに、H/(E/2)=0〜0.2に設定するのが好ましい。
【0021】
また、凹部とポケット案内面(ボール接触部)との境目にボールが接触してしまうと、油膜形成能力が著しく低下する。そこで、前記したように、凹部は境目でボールが接触しないような寸法関係とするのが好ましい。しかしながら、設計上で接触しないように設定したにもかかわらず接触した場合において直ぐに損傷しないように、境目形状はエッジではなく、アール形状とするのが好ましい。
【0022】
前記ボール非接触部を全ポケットに設けたものであってもよい。また、保持器として、
金属製であってプレス加工に成型されてなるものであっても、樹脂製であって射出成型にて成型されてなるものであってもよい。
【0023】
本発明の玉軸受は、内周に外側転走面が形成された外輪と、外周に内側転走面が形成された内輪と、内側転走面と外側転走面との間を転動する複数のボールと、内輪と外輪との間に配置された前記保持器とを備えたものである。
【0024】
玉軸受として、自動車の動力伝達軸の支持用に適用されるものであっても、2輪車に用いられる軸の支持用に適用されるものであってもよい。
【発明の効果】
【0025】
本発明の保持器は、この保持器を用いた軸受(玉軸受)において、軸受としての機能を満足しつつ、最大限の低トルク効果を発揮でき、噴霧や跳ね掛け等の潤滑油量が少ない状態で使用して場合に特にトルク低減効果を得ることができ、省燃費化を達成できる。
【0026】
D/E=0.25〜0.40に設定したり、F/G=0.30〜0.40に設定したりすることによって、製造性に優れ、しかも低トルク効果を有効に発揮できる。凹部のポケット軸方向開口縁をアール形状とすれば、ボールがこの開口縁に接触しても、損傷しにくいものとなっている。H/(E/2)=0〜0.2に設定することによって、バランス性に優れ、プレス加工時の形状崩れ等を有効に防止でき、高品質の軸受を提供できる。
【0027】
全ポケットにボール非接触部を設けることによって、この保持器を用いた軸受では、全体として低トルク化を図ることができる。保持器は全体形状が比較的単純であり、プレス加工等で成型することができ、低コスト化を図ることができる。
【0028】
保持器を用いた軸受(玉軸受)のトルクを低減させることができ、この保持器を用いた軸受を自動車に使用すれば、燃費向上で環境に優しい運転が可能となる。すなわち、この軸受は自動車の動力伝達軸の支持用や2輪車に用いられる軸の支持用に最適となる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】本発明の実施形態を示す軸受の断面図である。
【
図3】前記保持器のポケットを内部側から見た斜視図である。
【
図4】前記保持器のポケットを外部側から見た斜視図である。
【
図7】前記保持器のポケットの要部拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の実施形態を図面に従って説明する。
【0031】
図1は、実施形態の保持器(玉軸受用保持器)を用いた軸受(深溝玉軸受)を示す。この玉軸受は、内周に円弧状の外側転走面11が形成された外輪12と、外周にこの外側転走面11に対向する円弧状の内側転走面13が形成された内輪14と、外側転走面11と内側転走面13との間に収容された複数のボール16と、ボール16を転動自在に支持する本発明に係る保持器15とを備える。
【0032】
外輪12、内輪14、及びボール16は、例えば、SUJ2等の高炭素クロム軸受鋼からなり、保持器15は、例えば、冷間圧延鋼(JIS規格のSPCC系等)の帯鋼のプレス加工品である。
【0033】
保持器15を
図1のW-W断面で示した
図2に示すように、円周方向に沿って所定間隔で配設された半球状膨出部26を有する2枚の環状保持板27A,27Bが組み合わされてなる。すなわち、各環状保持板27A,27Bは、円周方向に沿って配設される半球状膨出部26と、隣合う半球状膨出部26間の平坦部28とからなる。組み合わされた状態で、平坦部28、28が重ね合わされ、この平坦部28、28がリベット等の固着具29を介して連結される。このため、各半球状膨出部26が対向して、リング状のボール嵌合部(ポケット)30が形成される。
【0034】
この軸受に好適な潤滑方法としては、油潤滑である。なお、潤滑油として、スピンドル油,マシン油,タ−ビン油などの鉱油を用いることができ、150℃以上の高温又は−30℃以下の低温になる使用条件では,ジエステル油,シリコン油,フロロカ−ボン油などの合成油を用いることができる。
【0035】
この保持器15においては、
図3等に示すように、ポケット30のボール対向面にボール接触部31とボール非接触部32を設けている。すなわち、反ボール対向面に反ボール側へ突出する矩形状の凸部33(
図4参照)を形成することによって、ボール対向面にボール接触部31よりも反ボール側へ凹む矩形状の凹部34をポケット30のボール対向面におけるポケット軸方向中央部にポケット周方向に延びるように設け、この凹部34をもってボール非接触部32を形成している。
【0036】
図2に示すように、凹部34にて構成されるボール非接触部32のポケット周方向長さ(
図3に示すポケット周方向の長さ)をAとし、前記ボール16の直径をBとし、ボール16とポケット30のボール対向面との間に形成されるすきまをCとしたときに、A/(B+C)=0.70〜0.90に設定する。
【0037】
また、
図5に示すように、ボール非接触部32のポケット軸方向長さ(
図3に示すポケット軸方向の長さ)をDとし、ポケット30の軸方向全長さをEとしたときに、D/E=0.25〜0.40に設定する。さらに、ボール非接触部32を構成する凹部34の深さをFとし、環状保持板27A(27B)の半球状膨出部26の肉厚をGとしたときに、F/G=0.30〜0.40に設定する。
【0038】
ポケット30の軸方向全長さをEとし、
図6に示すように、ボール中心Oに対するボール非接触部32の中央の軸方向ずれ量をHとしたきに、H/(E/2)=0〜0.2に設定する。また、ボール非接触部32を構成する凹部34のポケット軸方向開口縁35をアール形状とした。この場合、ポケット軸方向開口縁35のアール(R)を0.05〜0.30mmとした。
【0039】
このように構成することによって、前記凹部34を低トルク効果を得るための低トルク溝と呼ぶことができる。この低トルク溝は、溝幅(ポケット軸方向長さ:D)、溝深さ(凹部34の深さ:F)、および溝長さ(ポケット周方向長さ:A)の3要素で構成することができる。
【0040】
ところで、ボール16とポケット案内面間に作用するせん断抵抗は、
図7に示す潤滑油粘度、滑り速度、すべり面積、すきまの4つの要素で構成される。この場合のニュートンの粘性法則によって表されるせん断抵抗は、次の数1に示す数式となる。
【数1】
【0041】
ηとuは軸受の運転条件によって決まる。このため、その値を変更することはできない。その他、すべり面積Sは値を小さくすれば、せん断抵抗が小さくなることがいえる。このため、本願発明の「低トルク溝」を付けることで、ボール16とのすべり面積が小さくなるので、せん断抵抗が小さくなるといえる。また、すきまdに関しては、d値を大きくすれば、せん断抵抗が小さくなることが分かる。通常のせん断抵抗が発生するdのオーダーを確認すると、表面粗さ分程度のオーダーである為、マクロ的寸法で溝深さ(すきまd)を設定すればすきまは十分大きく、せん断抵抗を「0」とすることが可能である。
【0042】
このため、「低トルク溝」におけるせん断抵抗を「0」となるように、前記したような溝部寸法に決定するのが好ましい。
【0043】
この実施形態において、ポケット軸方向中央部に、ポケット周方向に延びる凹部34を設けた場合、この凹部34のポケット周方向長さを長くすれば接触するすべり面積が小さくなり、せん断抵抗の低減に繋がる。しかしながら、「ポケット周方向長さ」を長くし過ぎると、ボール16とポケット30との接触が案内面(ボール接触部31)ではなく、案内面(ボール接触部31)と凹部34との境目となる。このように、境目で接触すると、油膜形成が著しく低下し、表面損傷の懸念がある。そこで、「ポケット周方向長さ」はポケット30内でのボール16の動きを含めても、ボール16をポケット案内面で保持できる範囲内で出来るだけ大きな寸法とした。このため、A/(B+C)=0.70〜0.90に設定した。これによって、軸受としての機能を満足しつつ、最大限の低トルク効果が発揮できる。
【0044】
「ポケット軸方向長さ」を大きくすれば接触するすべり面積が小さくなり、せん断抵抗の低減に繋がる。この保持器としては、プレス加工で成形する場合があり、このようにプレス加工する場合。「ポケット軸方向長さ」を大きくし過ぎると製造上困難となり、製造面での懸念がある。そこで、プレス加工しても、ポケット形状崩れが発生しない範囲内で、できるだけ「ポケット軸方向長さ」を大きな寸法とする必要がある。このため、D/E=0.25〜0.40に設定した。
【0045】
凹部34の深さは表面粗さ水準より大きなスキマを設ければ、せん断抵抗を「0」にすることが可能である。しかし、保持器15へのプレス加工精度を考慮すると、凹部34の深さは余りにも小さ過ぎると寸法を確保することができない。また、凹部34の深さが大き過ぎると、プレス加工でのポケット形状崩れが懸念される。
【0046】
そこで、ボール非接触部32を構成する凹部34の深さをFとし、環状保持板27A(27B)の半球状膨出部26,26の肉厚をGとしたときに、F/G=0.30〜0.40に設定した。
【0047】
凹部34のポケット軸方向中心位置が、ボール16の中心Oよりもポケット軸方向にずれれば、バランスが悪くなりプレス加工時の形状崩れの原因となる。このため、ポケット30の軸方向全長さをEとし、ボール中心Oに対するボール非接触部32の中央の軸方向ずれ量をHとしたきに、H/(E/2)=0〜0.2に設定した。
【0048】
また、凹部34とポケット案内面(ボール接触部31)との境目にボール16が接触してしまうと、油膜形成能力が著しく低下する。そこで、凹部34は境目でボール16が接触しないような寸法関係とするのが好ましい。しかしながら、設計上で接触しないように設定したにもかかわらず接触した場合において直ぐに損傷しないように、境目形状はエッジではなく、アール形状とした。
【0049】
ところで、このようなボール非接触部32として、保持器15の全ポケット30に設けても、任意のポケット30のみに設けてもいい。全ポケット30にボール非接触部32を設けることによって、この保持器15を用いた軸受では、全体として低トルク化を図ることができる。
【0050】
このように、前記保持器を用いた軸受(玉軸受)では、軸受としての機能を満足しつつ、最大限の低トルク効果を発揮でき、噴霧や跳ね掛け等の潤滑油量が少ない状態で使用して場合に特にトルク低減効果を得ることができ、省燃費化を達成できる。
【0051】
D/E=0.25〜0.40に設定したり、F/G=0.30〜0.40に設定したりすることによって、製造性に優れ、しかも低トルク効果を有効に発揮できる。凹部のポケット軸方向開口縁をアール形状とすれば、ボールがこの開口縁に接触しても、損傷しにくいものとなっている。H/(E/2)=0〜0.2に設定することによって、バランス性に優れ、プレス加工時の形状崩れ等を有効に防止でき、高品質の軸受を提供できる。
【0052】
全ポケット30にボール非接触部32を設けることによって、この保持器15を用いた軸受では、全体として低トルク化を図ることができる。保持器15として、全体形状が比較的単純であり、プレス加工等にて成型することができ、低コスト化を図ることができる。すなわち、この種の保持器成形における従来からのプレス加工に対してその一部のみの変更で成形することができ、低コスト化を図ることができる。また、従来より、保持器の最弱部であったすみR部(環状保持板の半球状膨出部と平坦部との間のコーナ部)の形状を従来形状に対して変更しないものであり、強度低下を招かない。
【0053】
このように、軸受サイズ、内部諸元の変更なく、トルク低減効果が得られる玉軸受(深溝玉軸受)を安価で強度低下無しで提供することができる。このため、この保持器15を用いた軸受を自動車に使用すれば、燃費向上で環境に優しい運転が可能となる。すなわち、この軸受は自動車の動力伝達軸の支持用や2輪車に用いられる軸の支持用に最適となる。
【0054】
ところで、保持器15は、前記各実施形態ではプレス加工による金属製保持器である。
【0055】
以上、本発明の実施形態につき説明したが、本発明は前記実施形態に限定されることなく種々の変形が可能であって、保持器15としては、金属製保持器に限るものではなく、合成樹脂の成形品であってもよい。樹脂製保持器の樹脂材料は、この種の保持器に従来から使用されるもの、例えば、ポリフェニレンサルファイド樹脂(以下、PPS樹脂と称する)やポリアミド46(PA46)やポリアミド66(PA66)が用いられる。
【0056】
この樹脂製保持器は、例えば射出成型にて成型することができる。なお、樹脂製保持器であっても削り加工にて成型してもよい。このような樹脂製保持器であっても、
図1に示すような金属製保持器と同様の作用効果を奏する。また、保持器15に設けられるポケット数としても任意に設定でき、ボール16としてもセラミックス(窒化珪素Si
3N
4、アルミナAl
2O
3)としてもよい。
【0057】
このため、保持器として、金属製であっても、樹脂製であっても、確実に形成することができ、成型方法としても、金属製であれば、プレス加工や鋳造にて成型することができ、樹脂製であれば射出成型にて成型することができ、従来から一般に用いられている種々の成型方法で成型でき、低コスト化を図ることができる。
【実施例】
【0058】
ポケット30にボール非接触部32を有する保持器を用いた軸受(深溝玉軸受)と、ポケット30にボール非接触部を有さない従来の保持器(
図9に示す保持器)を用いた軸受(深溝玉軸受)(従来品)とについて、トルク測定を行った。軸受としては、内径φ35mm、外径φ72mm、幅17mm(NTN社製:軸受番号6207)を使用した。ラジアル荷重を500Nとし、回転速度を1000r/min、2000r/minとし、潤滑油種をATFとし、潤滑油温度を30℃とし、動粘度を29.6mm
2/s(40℃)、7.07mm
2/s(100℃)とし、密度を0.87g/cm
3とした。油面高さレベルとして最下位ボール中心とした。また、発明品における保持器寸法として、A/(B+C)=0.77とし、D/E=0.33とし、F/G=0.33とし、R=0.2mmとした。
【0059】
前記トルク測定条件を第1条件とし、このトルク測定条件によるトルク測定結果(従来品に対するボール非接触部を有する保持器を用いた軸受のトルク低減率)を次の表1に示す。また、油面高さレベルを最下位ボールが浸漬させる高さとし、他の条件を前記第1の条件と同じとしたものを第2条件とし、このトルク測定条件によるトルク測定結果(従来品に対するボール非接触部を有する保持器を用いた軸受のトルク低減率)を次の表2に示す。
【表1】
【0060】
【表2】
【0061】
第2条件では、潤滑油による攪拌抵抗の割合が軸受トルクの大半を占めることになり、ボール非接触部を有する保持器によるトルク低減効果が現れない結果となる。すなわち、潤滑油が多い状態では、ボール非接触部によるトルク低減効果を奏することができない。これに対して、本願発明の保持器形状では、第1条件のような潤滑油が「噴霧または跳ね掛け」など潤滑油量が少ない状態での使用により、低トルク効果が現れる。このため、実機使用を考えると、デファレンシャル支持用やトランスミッション支持用など自動車の動力伝達軸を支持する軸受の潤滑環境は、省燃費化のため、潤滑油量が削減される傾向にあることから、これら支持用軸受に好適である。これ以外にも、2輪車のクランク・カム・トランスミッションでは潤滑油量が第1条件のように少ない為、各軸支持への適用が好適である。
【符号の説明】
【0062】
11 外側転走面
12 外輪
13 内側転走面
14 内輪
15 保持器
16 ボール
26 半球状膨出部
27A,27B 環状保持板
32 ボール非接触部
34 凹部
35 ポケット軸方向開口縁