(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
水溶性基体フィルムと前記水溶性基体フィルムの上に形成された少なくとも非伸展性加飾層を含む転写層とを有する水圧転写シートを水圧転写槽の水面に配置し、前記水圧転写シートに物品を押し当て、前記物品の表面に前記転写層を水圧転写する方法において、前記水圧転写シートが前記水面に着水する前に、前記水圧転写シートの前記非伸展性加飾層は、その厚み方向に複数の事前クラックを有していることを特徴とする水圧転写方法。
請求項1又は2に記載の水圧転写方法であって、前記水溶性基体フィルムの膨潤時の伸展率が直交方向でそれぞれ異なる場合、前記複数の事前クラックは、前記伸展率が大きい方向に沿って形成されていることを特徴とする水圧転写方法。
請求項3に記載の水圧転写方法であって、前記水圧転写方法が前記水溶性基体フィルムの幅方向の伸展率が長手方向(進行方向)の伸展率よりも大きい水圧転写シートを用いた連続水圧転写の形態である場合、前記複数の事前クラックは、前記水溶性基体フィルムの幅方向に沿って形成されていることを特徴とする水圧転写方法。
請求項1乃至4のいずれかに記載の水圧転写方法であって、前記転写層が伸展性加飾層を含んでいる場合には、前記複数の事前クラックは、前記水圧転写シートに活性剤が塗布される前に形成されることを特徴とする水圧転写方法。
請求項1乃至4のいずれかに記載の水圧転写方法であって、前記水圧転写シートが非伸展性加飾層のみを含んでいる場合には、前記複数の事前クラックは、前記水圧転写シートに接着剤が塗布される前に形成されていることを特徴とする水圧転写方法。
請求項1乃至4のいずれかに記載の水圧転写方法であって、前記複数の事前クラックは、前記水圧転写シートがその供給源から繰り出されて着水する前に形成され、前記水圧転写シートは、その後着水して水圧転写されることを特徴とする水圧転写方法。
請求項1乃至9のいずれかに記載の水圧転写方法であって、前記水圧転写シートを伸展力が消失する状態まで伸展させた後、前記水圧転写シートを幅方向に漸次強制的に縮小させ、所定の縮小幅とした状態で水圧転写することを特徴とする水圧転写方法。
請求項5乃至8のいずれかに記載の水圧転写方法であって、前記活性剤又は接着剤は、前記水圧転写シートが着水して水溶性基体フィルムの膨潤が開始した時点で塗布されることを特徴とする水圧転写方法。
水溶性基体フィルムと前記水溶性基体フィルムの上に形成された少なくとも非伸展性加飾層を含む転写層とを有する水圧転写シートにおいて、前記非伸展性加飾層にその厚み方向に複数の事前クラックを有することを特徴とする水圧転写シート。
請求項14に記載の水圧転写シートであって、前記複数の事前クラックのうち少なくとも一部は、前記非伸展性加飾層の厚み方向に貫通していることを特徴とする水圧転写シート。
請求項14又は15に記載の水圧転写シートであって、前記水溶性基体フィルムが膨潤時の伸展率が直交方向でそれぞれ異なり、前記複数の事前クラックは前記伸展率が大きい方向に沿って形成されていることを特徴とする水圧転写シート。
請求項16に記載の水圧転写シートであって、前記水溶性基体フィルムの幅方向の伸展率が長手方向(進行方向)の伸展率よりも大きい場合には、前記複数の事前クラックは、前記水圧転写シートの幅方向に沿って形成されていることを特徴とする水圧転写シート。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明の水圧転写方法を図面を参照して詳細に述べると、
図1(A)示すように、本発明は、水や活性剤によって膨潤伸展しない非伸展性加飾層22を有するが、印刷層の如き活性剤によって膨潤伸展する伸展性加飾層を有しない水圧転写シート201(
図2参照)又は非伸展性加飾層22と伸展性加飾層24とを有する水圧転写シート202(
図3)をその供給源20Sから供給ロール20Rによって繰り出して、物品10と共に水圧転写槽30の水30W内に押込んで、水圧転写シート20(以下、水圧転写シート201、202を符号20で総称する)の加飾層22又は加飾層22、24を物品10の表面に水圧転写して転写層20Tを形成する方法を対象とする。なお、水圧転写シート201は、その着水前又は着水後に、非伸展性加飾層201を物品に接着するための適宜の接着剤を塗布し、また水圧転写シート202は、その着水前又は着水後に、伸展性加飾層202を湿潤して伸展性加飾層を物品10に接着したり(
図3F)、伸展性加飾層202を湿潤して伸展性を回復するための適宜の活性剤を塗布する。なお、この活性剤は、非伸展性加飾層22が最上層にある場合に非伸展性加飾層22を物品10に接着する接着性成分を含むことが要求される。
【0030】
水圧転写シート20の水溶性基体フィルム(キャリアフィルム)20Bは、水を吸収して膨潤して軟化し伸展する、例えば、ポリビニルアルコールを主成分とする水溶性材料から成っている。この水溶性基体フィルム20Bは、水圧転写時に、転写槽内の水30Wに触れて軟化し加飾されるべき物品に付き回って、水圧転写を行うことができるようにする。
【0031】
水圧転写シート20の非伸展性加飾層22は、後に述べるように、金属や金属酸化物の層の如く、水による膨潤や活性剤によって軟化する性質を有しないため水圧転写時に伸展し難い加飾層であり、この非伸展性加飾層22は、
図2(A)(B)に示すように、水溶性基体フィルム(キャリアフィルム)20Bの上に蒸着、スパッタリング等の適宜の手段によって形成されている。また水圧転写シート20の伸展性加飾層24は、後に述べるように、インキ、塗料によって形成された模様等の印刷層の如く、活性剤によって溶解又は軟化して水圧転写時に伸展することができる加飾層である。この伸展性加飾層24は、
図3(A)乃至(E)に示すように、水溶性基体フィルム(キャリアフィルム)20Bの上にグラビア印刷その他の適宜の印刷手段によって形成され、水圧転写シート202の非伸展性加飾層22は、伸展性加飾層24の上に蒸着、スパッタリング等の適宜の手段によって形成されている。
図3(B)乃至(E)の水圧転写シート202は、その一部又は全部の層にエンボス加工が施されている。なお、
図3(F)の水圧転写シート202では、伸展性加飾層24は、非伸展性加飾層22の下ではなく、非伸展性加飾層22の上に形成され、また、水溶性基体フィルム20Bと非伸展性加飾層22との間に透明樹脂層22Cが形成されていることを除いて
図3(A)の水圧転写シート202と同じである。もちろん、この
図3(F)の水圧転写シート202に
図3(B)乃至(E)に示す如きエンボス加工を施してもよい。
【0032】
非伸展性加飾層22は、典型的には、蒸着、スパッタリングによって金属又は金属酸化物が付着されて形成されて光輝性付与機能を有する金属層22Mから成っている。もちろん、この非伸展性加飾層22は、光輝性付与機能のような意匠性機能に代えて又は意匠性機能に加えて、例えば、UVカット性、光触媒機能性、導電性、電磁波シールド性、電磁波吸収性等の機能性を付与する転写層であってもよい。光輝性付与機能を付与する非伸展性の金属層22Mは、例えば、アルミニウム、クロム、ニッケル、銅、金、錫、亜鉛、黄銅、ステンレスの如き金属単体又は合金、酸化アルミニウム、二酸化ケイ素の如き金属酸化物から形成することができる。この金属層22Mの厚さは、金属単体の場合には、10〜80nm、更に好ましくは、20〜60nmとすることができ、金属酸化物で発色させる場合には、10〜300nmとするのが好ましい。
図2(B)の水圧転写シート201においては、水溶性基体フィルム20Bと非伸展性加飾層22との間に透明樹脂層22Cを有し、この透明樹脂層22Cは、水溶性基体フィルム20Bに非伸展性加飾層22を安定して形成できるようにする機能を有する。この透明樹脂層22Cは、水又は活性剤によって伸展性が付与される層であり、例えばニトロセルロース系樹脂やアルキッド系樹脂等から形成されるのが好適である。
【0033】
水圧転写シート202の伸展性加飾層24は、物品10に絵柄、色を付与する印刷層24Pから成っており、この印刷層24Pは、水圧転写シートの保管の目的で、活性剤が塗布されるまでは乾燥された状態になっており、活性剤が塗布された後はこの活性剤によって溶解又は軟化して接着性が回復されると共に伸展し易くなる。印刷層に用いられるインクは、従来の水圧転写シートに用いられているものと同じものとすることができる。なお、この印刷層24Pは、模様、文字、記号等の他に無地(無模様)の印刷層も含む。また、
図3(E)示すように、伸展性加飾層24は、複数層から構成することができる。更に、伸展性加飾層24は、
図3(A)乃至(D)に示すように、非伸展性加飾層22の下側(水溶性基体フィルム側)に積層してもよいし、
図3(F)に示すように、非伸展性加飾層22の上側に積層してもよい。何れの積層の形態でも、水圧転写後に、非伸展性加飾層22と伸展性加飾層24との両方が少なくとも部分的に視認できるように、転写後に表層側の加飾層から下層側の加飾層を透視することができるか、下側の加飾層が部分的に露出するように積層されていてもよい。
【0034】
図3(B)乃至(D)に示すように、水圧転写シート202は、ホログラム機能を付与するために公知の方法を用いてシートを構成する層(単数及び又は複数)にエンボス加工を施してもよい。このエンボス加工は、光の回折現象を生じさせることができる凹凸形状を付与すればよく、例えば、このエンボスの深さは、0.02〜2μm、周期幅( ピッチ) は、0.5〜2μmとすることができる。ここで、周期幅( ピッチ) は、隣接する凸部間の離間距離(隣り合う凸部の中心間の間隔)を意味する。また、エンボス加工の付与は、非伸展性加飾層22と伸展性加飾層24のそれぞれに行ってもよいし、両方に行ってもよい。更に、
図3には図示していないが、水溶性基体フィルムにエンボス加工を施してもよい。
【0035】
本発明の原理は、非伸展性加飾層22のみを有するか非伸展性加飾層22と伸展性加飾層24との両方を有する水圧転写シート20を用いて物品に加飾層22、24を水圧転写する際に、水圧転写シート20の膨潤伸展性の均一化と物品への付き回り性の向上とを目的として、水圧転写シート20が着水する前に、非伸展性加飾層22に複数のクラック(以下、事前クラックと称し、後に
図10、
図12を参照して詳細に述べる)26を形成することによって、着水後に水溶性基体フィルム20Bの膨潤伸展力によって非伸展性加飾層22に自然発生的に形成されるクラック(以下膨潤伸展クラックと称する)を均一化し、また事前クラック26の形態によって、膨潤伸展クラックの形成挙動を調整して、水圧転写シート20に膨潤伸展性と付き回り性とを好適に付与することである。事前クラック26は、水圧転写シート20の製造過程で形成されていてもよいし、水圧転写過程で水圧転写シート20の着水前に水圧転写シート20に形成してもよい。此処に、事前クラック26と水圧転写シートに予め施されるエンボスとの相違について説明すると、事前クラック26は、水圧転写シートが着水した初期段階において膨潤伸展クラックの形成挙動を決める構成要素として機能し、その後の膨潤伸展クラックは、この初期挙動を起点に展開して進行していくのに対して、エンボスは、事前クラック26のような着水初期の膨潤伸展クラックの形成挙動の制御に対して有効に働くことはない。従って、エンボスが事前クラック26と同様の機能を有することができないことを理解すべきである。
【0036】
(非伸展性加飾層の物品への追従について)
既に述べたように、ホログラム機能を付与する金属層22Mの如き非伸展性加飾層22は、元来、その非伸展性によって、水圧転写時に物品の三次元的な表面に倣って追従することができないが、非伸展性加飾層22の厚みやエンボス加工のピッチや深さ等に応じて水圧転写時に水溶性基体フィルム20Bの膨潤伸展に追従して非伸展性加飾層22に膨潤伸展クラックが生成されるので、非伸展性加飾層22は、物品の表面にある程度追従することができる。しかし、この膨潤伸展クラックは、制御されることがない不均一、ランダムな態様で自然発生的に形成されるため、物品の表面への追従が不安定であり、物品への付き回り性を低くする欠点があった。これに対して、本発明の方法では、非伸展性加飾層22の事前クラック26は、水圧転写シート20の着水前(水圧転写の本工程前)に、制御された条件で、安定した態様で形成されるので、水圧転写時に、水溶性基体フィルム20Bの膨潤伸展と相俟って、非伸展性加飾層22に膨潤伸展クラックの生成を伴った安定した伸展性が付与され、従って非伸展性加飾層22を有する水圧転写シート20を高度な付き回り性で安定して物品の三次元的な表面に倣って付着することができる。これは、
図3の伸展性加飾層24を有する場合も同様である。
【0037】
(伸展性加飾層又は透明樹脂層への活性剤の浸透について)
既に述べたように、水圧転写シート20が非伸展性加飾層22の下に乾燥された伸展性加飾層24を有する場合に、従来技術の方法では、伸展性加飾層24に伸展性の付与に必要な活性剤は、非伸展性加飾層22に妨げられて伸展性加飾層24に浸透することができないために、伸展性加飾層24が伸展することができないで、水圧転写時の物品への付き回り性に乏しく、非伸展性加飾層22の下に伸展性加飾層24を有する水圧転写シートを用いて物品を加飾することは実用上不可能であった。これに対して、本発明の方法は、水圧転写シート20の水圧転写のための着水前に、伸展性加飾層24の上側に積層されている非伸展性加飾層22に、複数の事前クラック26が形成されているので、水圧転写シート20の非伸展性加飾層22側に塗布された活性剤は、非伸展性加飾層22の事前クラック26を通して伸展性加飾層24に浸透することができるため、伸展性加飾層24の伸展性が付与されて水圧転写時の物品への付き回り性が向上する。従って非伸展性加飾層22の下側に乾燥した伸展性加飾層24を有する水圧転写シート20を用いても加飾層22、24の両方を確実に水圧転写することができ、機能性と意匠性とを兼ね備えた加飾物品の性能を向上することができる。また、水圧転写シート20が非伸展性加飾層22の下に乾燥された透明樹脂層22Cを有する場合も、上記したような活性剤の浸透メカニズムにより同様に透明樹脂層22Cに伸展性が付与される。なお、非伸展性加飾層22の事前クラック26を介して伸展性加飾層24に浸透された活性剤は、伸展性加飾層24の接着性を復元させ、伸展性加飾層24と非伸展加飾層22との接着性を向上させる作用もある。
なお、この活性剤が非伸展性加飾層22を通過するためには、事前クラック26は、非伸展性加飾層22の厚み方向に貫通していることが必要であるが、この事前クラック26のすべてが非伸展性加飾層の厚み方向に貫通している必要はなく、活性剤の通過に支障がない限り一部の事前クラック26が加飾層22を貫通していて他の事前クラック26は、加飾層22を貫通していなくてもよい。事前クラックの形成手段にもよるが、実際上、非伸展性加飾層20に事前クラック26を形成する際に、この事前クラック26は、主に、非貫通型よりも貫通型の方が多い状態で貫通型と非貫通型との両方が混在することが実験で確認されている。
【0038】
(A.事前クラックについて)
(1)非伸展性加飾層22に形成される事前クラック26の深さ
事前クラック26の深さは、水圧転写シートが着水した後に非伸展性加飾層22に膨潤伸展クラックを好適に形成できる程度に非伸展性加飾層22の厚み方向に形成されていればよく、必ずしも貫通している必要はないが(
図12(D)参照)、前述の通り、非伸展性加飾層22の下側(水溶性基体フィルム側)に伸展性加飾層24が積層された水圧転写シートの場合には、伸展性加飾層24に活性剤が浸透しやすくするために、少なくとも一部の事前クラック26は、厚み方向に貫通していることを必要がある(
図12(C)参照)。
(2)事前クラック26の幅
事前クラック26の幅は、水圧転写後の意匠性の観点から可能な限り狭いことが好ましく、例えば、0.1〜1μmの範囲が好ましい。なお、事前クラックの幅とは、非伸展性加飾層22の表面に表出した部分における最短となる二点間の距離をいう。
(3)事前クラック26の長さ
事前クラック26の長さは、そのパターンに応じて適宜設定される。
(B.事前クラックと膨潤伸展クラックとの関係について)
接着剤又は活性剤の塗布と着水後の水溶性基体フィルムの膨潤による非伸展性加飾層22の膨潤伸展クラックの形成の進み方は、事前クラックの形態、具体的には、事前クラックのパターンと事前クラックの数量によって変化する。
一般的に固体に形成されるクラックは、その形成過程における時間的な前後関係から、主幹となる一次クラックと、一次クラックから分岐して形成される二次クラックとがその構成要素となる。これは、事前クラックにもあてはまり、事前クラックの形成パターンには、複数の一次クラック60のみから形成される形態(
図12(A)参照)と、複数の一次クラック60と複数の二次クラック61とが複合されて形成される形態(
図12(B)参照)とがあり、この形成パターン形態によって着水後の水圧転写フィルムの伸展方向と伸展速度、及び膨潤伸展クラックの均一性を調整することができる。更に具体的に述べると、膨潤伸展クラックの形態は、事前クラック26の一次クラックと二次クラックとのパラメータ(数、長さ、形状その他の要素)や隣り合う事前クラック26の間隔(ピッチ)によって調整され、間隔が狭いほど事前クラック数が多くなるので、水圧転写時に膨潤伸展クラックが形成され易く、伸展速度が大きくなり、従って、膨潤伸展クラックが一層均一かつ微細に形成され、水圧転写時の非伸展性加飾層22の付き回り性と意匠性が向上する。また、事前クラック26の数によって非伸展性加飾層22及び水溶性基体フィルム20Bの単位長さ当たりの伸展時間を調整することもできるので、
図1のような連続式の水圧転写において、設定された転写位置で目的の伸展率になるよう水圧転写シートの伸展挙動を調整することができる。更に、事前クラック26の一次クラックと二次クラックの数の割合を変えることにより、伸展方向も調整することができる。なお、膨潤伸展クラックの形成過程によって水圧転写品の意匠性が変化する場合があるので、その観点から、単位面積あたりの事前クラック数は、1000〜2100本/mm
2の範囲が好ましい。
【0039】
(事前クラックの形成条件について)
このように、事前クラック26の形態によって、水圧転写シート20の伸展速度や伸展方向を調整することができるので、例えば、水圧転写シート20の水溶性基体フィルム20Bの伸展率が縦方向と横方向とで異なる場合においては、水圧転写シートが膨潤伸展性クラックの形成によって伸展するときに、その伸展率が小さい方向に伸展し易くなるように、事前クラック26は、水溶性基体フィルム20Bの伸展率の大きい方向に沿って形成されることが好ましい。具体的には、連続式の水圧転写方法に用いられる水圧転写シートにおいては、事前クラック26は、
図10に示すように、水圧転写シート20の繰り出し方向(
図10の矢印a方向)に対して直角の方向(
図10の矢印b方向)に並列にスリット状に形成する。これは、水溶性基体フィルム20Bが幅方向(矢印b方向)には伸展性が高いが、繰り出し方向(矢印a方向)には伸展性が低い場合には、膨潤伸展性クラックの形成及び進行は、水溶性フィルムの伸展力(応力)の大きさに依存するので、非伸展性加飾層22を繰り出し方向(矢印a方向)に伸展するのを促進するためには、水溶性基体フィルム20Bの伸展性が低い矢印a方向に水圧転写シートの伸展性を高めることが必要であるからである。この事前クラック26の間隔(ピッチ)は、非伸展性加飾層22の材質、厚み、エンボスのピッチ、深さに応じて適宜設定される。なお、本発明は、通常は、
図1に示すように、水圧転写シート20が供給源20Sから供給ロール20Rによって繰り出されて転写槽30に所定の速度で着水し、複数の物品に順次水圧転写する連続転写方式に適用されるが、1つの物品毎に、その物品の転写面に相応するサイズに裁断された水圧転写シート20を用いて転写槽に着水後にこの着水位置で伸展させて水圧転写するバッチ転写方式にも適用することができ、この場合には、全方向に伸展率が等しい水溶性基体フィルムを有する水圧転写シートを用いるので、事前クラックは、方向性の制約がなく、非伸展性加飾層22が全方向に等方的に伸展しうるように形成すればよく、従って事前クラック26は、スリット状というよりは、むしろ一次クラックと二次クラックとが略格子状となる形態や、放射状、同心円状、蜘蛛の巣状等の形態とすることが好ましい。これらの形態のクラックは、型押しによって容易に形成することができる。
【0040】
(事前クラックの形成と水圧転写について)
以下に、水圧転写シート20の構成に基づいて本発明の幾つかの形態を
図4乃至
図9を参照して詳細に説明する。
図4及び
図5の実施の形態は、水圧転写シート20の水圧転写の目的で繰り出される過程で非伸展性加飾層22に事前クラック26を形成する形態であり、また
図6乃至
図9の実施の形態は、水圧転写シート20の非伸展性加飾層22に事前クラック26が予め形成されている形態である。
【0041】
図4は、本発明の第1の実施の形態による水圧転写方法を示し、この第1の実施の形態は、
図2(A)に示すような非伸展性加飾層22を有するが、伸展性加飾層24を有しない水圧転写シート201を用いて水圧転写する形態であり、この第1の実施の形態では、水圧転写シート201をその供給源20Sから水圧転写工程に向けて繰り出す際に、転写槽30の水30Wに接触する(着水する)前に、水圧転写シート201の非伸展性加飾層22に多数の事前クラック26を形成し、その前又は事前クラック26の形成と同時に接着剤を塗布し着水して水圧転写する。
図1(B)は、この形態で水圧転写する状態を示し、同図において符号40は、クラック形成工程を示すが、その具体的な方法は、後に説明する。
【0042】
図5は、本発明の第2の実施の形態による水圧転写方法を示し、この第2の実施の形態は、
図3(A)乃至(E)に示すように上から順に非伸展性加飾層22と伸展性加飾層24とを有する水圧転写シート202を用いて水圧転写する形態であり、この第2の実施の形態では、水圧転写シート202の着水前に、先ず、水圧転写シート201の非伸展性加飾層22に多数の事前クラック26を形成し、次いで、伸展性加飾層24を湿潤して活性化する活性剤を塗布し、その後、着水して水圧転写する。
図1(C)は、この第2の形態で水圧転写する状態を示し、同図において符号40は、事前クラック形成工程を示し、符号50は、活性剤塗布工程を示すが、その具体的な方法は、後に説明する。
【0043】
図6は、本発明の第3の実施の形態による水圧転写方法を示し、この第3の実施の形態は、
図2(A)に示すように、事前クラック26が予め形成されている非伸展性加飾層22のみを有する水圧転写シート201を用いて水圧転写する形態であり、この第3の実施の形態では、水圧転写シート201に接着剤を塗布した後着水して水圧転写する。この第3の実施の形態で水圧転写する状態は、
図1(A)に示されている。なお、
図2(A)には、事前クラック26が図示されていないが、事前クラック26は、
図12に示すように形成される。
【0044】
図7は、本発明の第4の実施の形態による水圧転写方法を示し、この第4の実施の形態は、
図2(B)に示すように、事前クラック26が予め形成されている非伸展性加飾層22と透明樹脂層22Cとを有する水圧転写シート201を用いて水圧転写する形態であり、この第4の実施の形態では、水圧転写シート201に活性剤を塗布した後着水して水圧転写する。この第4の実施の形態で水圧転写する状態も、同様に、
図1(A)に示されている。なお、同様に、
図2(B)には、事前クラック26が図示されていないが、事前クラック26は、
図12に示すように形成される。また、
図2(B)では、透明樹脂層22Cが非伸展性加飾層22の下側にあるが、上側にあってもよい。
【0045】
図8は、本発明の第5の実施の形態による水圧転写方法を示し、この第5の実施の形態は、
図3(A)乃至(E)に示すように、上から順に事前クラック26が予め形成された非伸展性加飾層22と伸展性加飾層24とを有する水圧転写シート202を用いて水圧転写する形態であり、この第5の実施の形態では、水圧転写シート202に活性剤を塗布した後着水して水圧転写する。この第5の実施の形態で水圧転写する状態も、同様に、
図1(A)に示され、同様に、
図3(A)乃至(E)には、事前クラック26が図示されていないが、事前クラック26は、
図12に示すように形成される。
【0046】
図9は、本発明の第6の実施の形態による水圧転写方法を示し、この第6の実施の形態は、
図3(F)に示すように、上から順に、伸展性加飾層24、事前クラック26が予め形成された非伸展性加飾層22、透明樹脂層22Cを有する水圧転写シート202を用いて水圧転写する形態であり、この第6の実施の形態では、水圧転写シート202の伸展性加飾層24に活性剤を塗布した後着水して水圧転写する。この場合、伸展性加飾層24に塗布された活性剤は、非伸展性加飾層22の事前クラック26を介して透明樹脂層22Cにも浸透してこの透明樹脂層22Cは、伸展性が付与されるので、水溶性基体フィルム20Bの膨張伸展性を阻害することがなく、転写されるべきすべての層22、22C、24を良好な付き回りで転写することができる。この第6の実施の形態で水圧転写する状態も、同様に、
図1(A)に示され、同様に、
図3(F)には、事前クラック26が図示されていないが、事前クラック26は、
図12に示すように形成される。
【0047】
第2の実施形態及び第4乃至第6の実施形態における活性剤の塗布は、事前クラック26の形成前に行ってもよいし、事前クラックの形成と同時に行ってもよい。また、第1及び第3の実施形態においては、水圧転写品の表面と非伸展性加飾層との密着性が要求されない場合には、接着剤を塗布することなく水圧転写してもよい。
【0048】
また、第1乃至第6の実施の形態において、接着剤又は活性剤の塗布は、水圧転写シート20の着水前ではなく、着水後に行ってもよい。着水後の接着剤又は活性剤の塗布は、水圧転写シート20の水溶性基体フィルム20Bが着水後に膨潤を開始したタイミングで行われることが好ましい。なお、水圧転写シート20の着水後に接着剤又は活性剤を塗布する場合には、噴霧方式の塗布方法を用いるのが好ましい。
【0049】
(接着剤又は活性剤)
伸展性加飾層24又は透明樹脂層22Cを活性化する活性剤は、従来の水圧転写で使用されている公知の活性剤組成物を用いることができる。溶剤系活性剤としては、例えば、樹脂分と溶剤分と可塑剤分とを必須成分として含む溶剤系の組成物であり、この組成物には、さらに微粒子シリカを含んでいてもよい。非伸展性加飾層22に接着性を付与する接着剤は、伸展性加飾層24を活性化する溶剤系の活性剤の成分中に接着性成分を含んでいるので、この溶剤系の活性剤と同じものを使用することができるが、この活性剤と異なる成分のものを使用してもよいことはもちろんである。なお、最上層が伸展性加飾層24である場合(
図3F参照)は、その上に塗布された活性剤によって復元された接着性によって伸展性加飾層24が物品10の表面に接着されるが、最上層が非伸展性加飾層22である場合(
図2、
図3A乃至3E参照)も、その上に塗布された活性剤は、その事前クラック26を通して下層の伸展性加飾層24及び透明樹脂層22Cに浸透するほか、非伸展性加飾層22に残った接着剤又は活性剤中の接着性成分によって物品10の表面に非伸展性加飾層22が接着されることを理解すべきである。
【0050】
(事前クラックの形成について)
図1(B)(C)の事前クラック形成工程40は、水圧転写シート20の面方向への引っ張り応力を与えて非伸展性加飾層22を伸張する手段(A)によって非伸展性加飾層22にひび割れを発生させて事前クラック26を形成する方法や、歯型押し、歯付ロール又は多角形型のロール(稜)手段(B)、その他適宜の手段を利用して行われる。
水圧転写シート20に引っ張り応力を与えて非伸展加飾層を伸長する手段(A)は、例えば、
(A1)供給源20Sと供給ロール20Rとの間に水圧転写シート20が接触して非直線的に案内される1つ又は複数のガイドロールを設けてこのガイドロールの接触面に水圧転写シートを押し当てるようにしてこのロール接触面で水圧転写シートに引っ張り曲げ応力を付加する方法や、
(A2)1つ又は複数のガイドロールで水圧転写シート20を反転させた状態でこの又はこれらのガイドロールを水圧転写シート20の繰り出し方向の前後に変位して水圧転写シートに引っ張り曲げ応力を付加する方法
等を利用することができ、
これらの方法では、事前クラック26の間隔(ピッチ)は、ガイドロールの曲率と引っ張り応力の大きさで調整することができる。
また、歯付ロール又は多角形型のロール(稜)手段(B)は、
図1における供給ロールを兼ねた歯付ロール又は多角形型のロール(稜)があり、このロールに事前クラック形成と水圧転写シート供給の機能を持たせてもよい。
非伸展性加飾層22を伸張する手段(A)では、水圧転写シート20の引っ張り応力の大きさに応じて伸長の割合が増加するが、この伸張の増加の割合は、非伸展性加飾層の厚みによっても変化するので、引っ張り応力は、非伸展性加飾層の厚みに応じて設定される。伸張前の寸法に対する伸張後の長さの増加割合は、1〜10%であるのが好ましく、2〜6%が一層好ましい。加飾層が伸展性加飾層24と非伸展性加飾層22とから構成される場合には、伸展性加飾層24の意匠に影響ない範囲で伸張させなければならない。なお、水圧転写シートを製造する過程で事前クラック26を予め形成する場合にも、上記と同様の方法を適用することができる。
【0051】
(クラックの形成条件と伸展性について)
事前クラック26のピッチが小さく、事前クラックの数が多いほど、伸展性が向上して水圧転写時の付き回り性が良好となるので意匠性が向上するが、連続水圧転写方式においては、
図11(注:水圧転写シート20は、左から右に進行する)に示すように、水圧転写シート20は、転写槽30内でガイドチェーン32によって幅方向に伸展が規制されているため、水圧転写シート20の伸展が最大量に達する(飽和する)前にガイドチェーン32に水圧転写シート20が接触する条件で水圧転写シートを送給する場合には、接触後も伸展が継続するため、水圧転写シート20に皺が発生する場合がある。また、着水後の水圧転写シート20の伸展に寄与することになる非伸展性加飾層22の膨潤伸展クラックの形成は、水溶性基体フィルム20Bの膨潤応力に対する非伸展性加飾層の抵抗力とのバランスで進行するため、水圧転写シート20の伸展が飽和した状態で転写すると、一層安定した付き回り性が実現できるが、転写された意匠の精細性が低下するので、安定した付き回り性と意匠の精細性とが相反関係となる場合がある。これらの場合には、水圧転写シート20を完全に(伸展が終了する状態まで、すなわち、伸展力が消失する状態まで)伸展させた後、物品10が実際に転写される領域(転写領域)A(
図11参照)で水圧転写シート20が所定の伸展率となるように、ガイドチェーン32等の幅規制手段によって、伸展した水圧転写シート20の幅を漸次狭めて所定の伸展率に調整した状態で水圧転写するのが好ましい。水圧転写シート20が最大に伸展した状態から狭める割合は、最大伸展幅に対して1〜20%が好ましく、5〜10%がより好ましい。これによって、水圧転写シート20の伸展時の皺の発生を回避でき、さらに転写時の付き回り性と転写品の意匠の精細性とを両立することができる。
【0052】
活性剤塗布工程50は、従来から行われているロール塗布方式、スプレー塗布方式、その他の適宜の方式で行うことができるが、
図11では往復移動式スプレー塗布装置52によって着水後に活性剤が塗布されるのが示されている。
【0053】
このように、水圧転写シート20の着水前に、水圧転写シート20の非伸展性加飾層22に予め(意図的に)形成される複数の事前クラック26は、水圧転写シート20の作成時又は水圧転写の着水前の工程で適宜制御された条件で形成することができるので、水溶性基体フィルム20Bの膨潤伸張によってこの事前クラック26を基点として非伸展性加飾層22の伸展性(膨潤伸展クラックの形成挙動)を調整することができ、従って加飾層の物品表面への追従性(付き回り性)及び機能性が安定化した加飾物品を高い生産性で得ることができる。
【0054】
また、水圧転写シート20が非伸展性加飾層22の下側に乾燥状態の伸縮性加飾層24(例えば、印刷層24P)及び/又は透明樹脂層22Cを有する場合に、活性剤は、その塗布前に非伸展性加飾層22に予め形成される事前クラック26を通して伸展性加飾層24及び/又は透明樹脂層22Cに浸透してこの加飾層24、樹脂層22Cを活性化するので、伸展性加飾層24及び/又は透明樹脂層22Cの伸展性が阻害されることがなく、従って活性剤の浸透は、水溶性基体フィルム20Bの膨潤と非伸展性加飾層22の膨潤伸展クラック及び事前クラック26と相俟って、着水後の水圧転写シート20全体に、安定した伸展性を付与するため、加飾層22、24、樹脂層22Cの良好な付き回り性が得られ、その結果、優れた機能性意匠の加飾品が安定して得られる。
【実施例】
【0055】
以下に、本発明の具体的な実施例1乃至10(表1乃至2)を比較例1乃至5(表3)と比較しながら説明する。
【0056】
【表1】
【0057】
【表2】
【0058】
【表3】
【0059】
実施例1乃至10(表1、2)及び比較例1乃至4(表3)の水圧転写シートをそれぞれ用いて、
図1に示す連続式の水圧転写方法で被転写基体に水圧転写を行い、水溶性基体フィルム20Bを水洗除去後、乾燥して水圧転写品を得た。活性剤又は接着剤は、大橋化学株式会社製のCPA−H DMP(溶剤系)を使用し、
図11のように着水後直ちに10g/m
2の噴霧量でスプレー装置で噴霧して塗工した。なお、表1及び2中において、「クラックの形態I、II及び数」については、後に詳細に説明する。
【0060】
(実施例1乃至4の水圧転写シート)
実施例1乃至4の水圧転写シートは、以下の通りで作成された。
本出願人である株式会社タイカがライセンス先に供給しているPVAフィルムに木目模様の印刷層(伸展性加飾層)を形成した「BLACK SHELL」(株式会社タイカの商品名)の印刷層全面に、蒸着装置を用いて30nmの厚みでアルミニウム(Al)蒸着膜(非伸展性加飾層)を形成して水圧転写シートを製造した。次いで、水溶性フィルムの長さ方向(水圧転写槽の水流進行方向に対応)に、元の長さに対して引張による増加割合が3〜5%の範囲となるように引っ張り応力を加えて、非伸展性加飾層の幅方向(長さ方向と直交する方向)に複数の事前クラック(
図12(A)の形態I)を形成した。非伸展性加飾層の事前クラックの数は、表1に示すように、実施例1乃至4毎に異なる値に設定した。
【0061】
(実施例5の水圧転写シート)
実施例5の水圧転写シートは、蒸着膜の厚みを40nmとし、且つ事前クラックの数が若干異なることを除いて実施例3の水圧転写シートと同じであった。
【0062】
(実施例6の水圧転写シート)
実施例6の水圧転写シートは、水溶性フィルムの長さ方向と幅方向との両方に引っ張って伸展させて、各方向に沿って事前クラック(
図12(B)の形態II)を形成し、且つ事前クラックの数が若干異なることを除いて実施例3の水圧転写シートと同じであった。
【0063】
(実施例7の水圧転写シート)
実施例7の水圧転写シートは、水溶性基体フィルムであるポリビニルアルコール系フィルム(株式会社アイセロ製 TS−40)にニトロセルロース系の透明インク(東洋インキ株式会社製 PCNT SメジウムC)を塗布し、乾燥して厚さ2μmの透明樹脂層を形成した後、その上に30nmの厚みのアルミニウム(Al)蒸着膜(非伸展性加飾層)を蒸着して形成したことと、伸展性加飾層を有しないことと、事前クラック数が若干異なることを除いて実施例3と同じ水圧転写シートであった。
【0064】
(実施例8の水圧転写シート)
実施例8の水圧転写シートは、蒸着膜が酸化チタン(TiO
2)であり、且つ事前クラックの数が若干異なることを除いて実施例4と同じ水圧転写シートであった。
【0065】
(実施例9と実施例10の水圧転写シート)
実施例9と実施例10の水圧転写シートは、非伸展性加飾層である蒸着膜を形成する前に、伸展性加飾層である印刷層に型押しによってエンボス加工(ピッチ1μm、深さ0.05〜0.3μmのストライプパターン)が施され、且つ非伸展性加飾層の事前クラックの数が若干異なることを除いて、実施例3と実施例8の水圧転写シートとそれぞれ同じ水圧転写シートであった。
【0066】
(比較例1乃至3の水圧転写シート)
比較例1乃至3の水圧転写シートは、非伸展性加飾層に事前クラックを形成しないことを除いては、実施例6乃至8とそれぞれ同じ水圧転写シートであった。
【0067】
(比較例4と比較例5の水圧転写シート)
比較例4と比較例5の水圧転写シートは、非伸展性加飾層に事前クラックを形成しないことを除いて実施例9、10とそれぞれ同じ水圧転写シートであった。
【0068】
(事前クラックの形態)
事前クラックの形態は、次の通り分類した。
形態I:一次クラックが主体であって、二次クラックがないか少ない形態
形態II: 一次クラックと二次クラックを有する形態
【0069】
(事前クラックの数)
水圧転写シートの任意の10箇所について、顕微鏡で1000倍に拡大した画像領域内(0.056mm
2)のクラック数を目視で数え、その数を1mm
2に換算し、10箇所の加算平均値を事前クラックの数とした。事前クラックは、いずれも、目視で部分的に貫通していることが確認された。なお、クラックの貫通状態を直接的に目視確認するのは困難であるが、着色した活性剤(又は溶剤)を塗布することによって水溶性基体フィルム20B側から活性剤の浸透具合(即ちクラックの貫通具合)を目視確認することができる。
【0070】
表1、2中の「評価」の各特性の判定方法は以下の通りである。
【0071】
(伸展時間)
水圧転写シートを着水した直後に活性剤の塗布が完了した時点から水圧転写槽の両側の1対のガイドチェーンの何れか一方に到達するまでの時間をストップウォッチで計測して、この計測時間を「伸展時間」とした。1対のガイドチェーン間の距離は、750mmであった。
【0072】
(付き回り性:円筒テスト)
円筒テストは、被転写基体を円筒状のテストピースとし、このテストピース表面にその軸線方向に沿って水圧転写シートの印刷層を液圧転写して曲面印刷し、このテストピースの表面のインクの付き回りを確認する試験である。この試験では被転写体が円筒状であるため、転写の際に、絵柄は相当な変形応力を受けて変形し、この変形応力の程度及びその規模(面積若しくは範囲)はインクの特性に応じて変化するので、絵柄の変化(インクの付き回り)からインクの特性を判断することができる。テストピースは、直径(外径)30mm×長さ200mmの厚紙(「トチマン ファーストケント紙F160」トチマンは登録商標)製の円筒体であり、この円筒体の軸線と転写液面(水圧転写槽の水面)とが略直交するように、活性剤が塗布されて接着性が回復した印刷パターン層を有し水面上に浮上している水圧転写シートとともに、一方の円筒端部から1.5m/minの速さで水中に沈めて円筒周面に印刷層を転写し、転写開始位置を0mmとして、円筒の長さ方向200mmの全長に亘ってすべてに柄が崩れることなく転写された場合「◎」(優秀)、100−200mmの範囲で柄が崩れて転写された場合「○」(良好)、転写開始後100mm未満の間で既に柄が崩れて転写された場合または転写できなかった場合を「×」(不適合)とした。なお、この場合、円筒体は、液面に浮遊する活性化された水圧転写シートを纏いながら水中に沈んでいくため、水中に没入した時点から纏った水圧転写シート(円筒体側面)に水圧が印加され、円筒体側面に柄が転写される。
【0073】
(外観:意匠性)
ABS素材の平板(ユーエムジー・エービーエス株式会社製 TM20)を被転写基体とした水圧転写品の転写加飾状態を目視で観察し、良好な場合「○」、柄崩れや転写されていない部分があった場合には「?」(不適合)と評価した。
【0074】
(評価結果)
実施例と比較例との評価は、表1及び表2の「評価」の欄に記載された通りであるが、これらの評価結果から次のことが解る。
(1)実施例1乃至4と比較例1、並びに実施例8と比較例3との比較から、水圧転写シートが着水する前に、非伸展性加飾層である蒸着膜に複数の事前クラックを形成する実施例は、事前クラックを形成しない比較例に比べて付き回り性が各段に向上し、優れた意匠性を有する水圧転写品が得られることが解る。これは、事前クラックの少なくとも一部が蒸着膜の厚み方向に貫通しており、活性剤が事前クラックの貫通部を通して伸展性加飾層に浸透したことによって、伸展性加飾層が伸展できたためである。なお、比較例1及び比較例3乃至5の水圧転写シートが水圧転写時に伸展することができなかった理由は、蒸着膜によって伸展性加飾層への活性剤の浸透が遮断されているために、伸展性加飾層が湿潤されなかったためである。
(2)実施例7と比較例2との比較から、これらの例では、透明樹脂層の伸展によって水圧転写シートが伸展するが、水圧転写シートが着水する前に非伸展性加飾層である蒸着膜に複数の事前クラックが形成される実施例7は、事前クラックを形成しない比較例2に比べて付き回り性が各段に向上することが解る。
(3)
図13は、実施例1乃至10において、非伸展性加飾層に形成されている事前クラックの数と、着水後の水圧転写シートの伸展時間との関係をプロットした結果を示す。同図から、水圧転写シートの構成に拘わらず、事前クラックの数が多いほど水圧転写シートの伸展性が大きくなって伸展時間が短くなるという相関性があり、従って非伸展性加飾層に形成する事前クラックのパターン(形態や数)条件によって、水圧転写シートの伸展性を調整することができることが解る。
(4)実施例8の結果から、非伸展性加飾層の材質が、金属単体ではなく、金属酸化物である場合でも他の実施例と同様の良好な本発明の効果が得られることが解る。
(5)比較例4、5の結果から、非伸展性加飾層にエンボス加工が施されていても複数の事前クラックが形成されていないと、水圧転写時に水圧転写シートの伸展が起こり難く、実施例のような良好な効果が得られないことが解る。
【0075】
上記した実施の形態及び実施例は全て本発明を例示的に示すものであり、本発明は、これらに限定されるものではなく、本発明は他の種々の変形及び変更を伴って実施することができる。従って本発明の範囲は、特許請求の範囲及びその均等範囲によってのみ規定されるものである。