(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6085005
(24)【登録日】2017年2月3日
(45)【発行日】2017年2月22日
(54)【発明の名称】アーク炉製鋼における発泡スラグの生成方法
(51)【国際特許分類】
C21C 5/52 20060101AFI20170213BHJP
【FI】
C21C5/52
【請求項の数】1
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2015-127223(P2015-127223)
(22)【出願日】2015年6月25日
(65)【公開番号】特開2017-8395(P2017-8395A)
(43)【公開日】2017年1月12日
【審査請求日】2016年7月14日
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、権利譲渡・実施許諾の用意がある。
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】306030275
【氏名又は名称】山田 榮子
(74)【代理人】
【識別番号】393025334
【氏名又は名称】山田 勝彦
(72)【発明者】
【氏名】山田 勝彦
(72)【発明者】
【氏名】山田 榮子
【審査官】
長谷部 智寿
(56)【参考文献】
【文献】
特開平11−014263(JP,A)
【文献】
特開平01−205022(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21C 5/52− 5/56
C21B 11/00−15/04
F27B 1/00− 3/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アーク炉によって鋼スクラップを溶解・酸化精錬する過程で炉内に炭材を投入して発泡スラグを形成する方法において、溶解中に自然発生するスラグと投入した造滓材である生石灰とが溶融混合して生成したFeOを質量比で10%以上含有する塩基性スラグに炭材の一部を投入してCOガスを発生させ該塩基性スラグの発泡を誘発し、次いで石灰石を間欠投入し熱分解によってCO2 ガスを発生させ、2種のガス源によって発泡を成長・持続させることを特徴とする発泡スラグの形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は製鋼用アーク炉においてスクラップを熔解する際、アークの着熱効率に影響する発泡スラグの生成方法に関している。
【背景技術】
【0002】
スクラップを主原料とするアーク炉製鋼法の過去50年を概観すると、生産能力の増強、コスト低減、品質の強化のそれぞれに着実な進歩の積み上げがあった。
コスト面での最良操業指標を見ると出鋼サイクル(Tap to tap と称される)は180分/チャージから今日では30分/チャージ、電力原単位は650kWh/tから300kWh/t、電極棒原単位は7kg/tから1kg/tに飛躍している。
アーク炉の最大の特徴は高温熱源によって極めて効率的且つ正確に原料溶解が可能なこと、他方原料熔解のため大量の電力が消費されコストの主要因となっていることである。
【0003】
電力節減のため種々の新技術が開発されてきた。1)純酸素吹錬による溶解・精錬の高速化、2)大出力電源変圧器(例:50MVA以上)による能率・効率強化、3)LF炉の後続による還元精錬工程の分離、4)熱排ガスによるスクラップ予熱、5)酸素燃料バーナーによる熱源代替、6)大出力アークによる炉壁損傷とアーク着熱効率低下の両方を防止する発泡スラグ処理等々が挙げられる。
【0004】
発泡スラグ処理には3効果がある。まず通常スラグ厚は100mm弱であるが、数100mm高さまで発泡させることによりアークを包囲し、アークが直接炉壁に放射し損傷させる作用を軽減する。今日の炉壁は水冷構造で耐火物量が少なくなっているものの炉壁の耐久と熱損に対して効果が大きい。
【0005】
第2にアーク電流は電極先端から導電性であるスラグを通過して溶鋼中を経て他の電極に回帰するが発泡スラグの状態ではアーク熱の大部分を包囲吸収し且つスラグを抵抗加熱し、溶鋼とスラグの沸騰を通して溶鋼に効率的に着熱する。即ち電力節減になる。
【0006】
第3にアークは煮沸している溶鋼面に直接衝突せずスラグ層に安定的に導通するのでアーク電圧とアーク電流の瞬間変動が小さくなる。これは衝撃的アーク音の緩和から容易に知覚される。電力量は電力計によって必ずしも正確に計量することができない場合がある。電圧・電流の瞬間大変動は過大に計量される。発泡スラグは電力節減に寄与している。
【0007】
発泡スラグ処理は溶解・酸化過程でなされる。該スラグを形成するにはスラグ中に炭材を適切に投入し、スラグ中のFeOと反応させてCOガスを発生させスラグ層を発泡状に膨張させる。
投入タイミングや投入量はアーク音を聞いていると解る。非発泡状態ではアーク音は近雷のように耳に突き刺すが発泡状態ではプロペラ機音のような炉体内に籠もった比較的穏やかな音になる。
特許文献1にも通常の形成方法とその利用方法が説明されている。発泡材として炭材を使用し、COガスの発生による発泡によりアークの着熱効率が向上すると記されている。また発生したCOガスは原料予熱室へ誘導し熱源として再利用すると記されている。
【0008】
特許文献2には、発泡スラグを形成することが炭素鋼よりも困難であるステンレス鋼に対して発泡スラグを形成する方法が開示されている。ステンレス鋼では溶解中にスクラップの酸化によって通常発生するスラグ中のFeO分が少ないので発泡現象が弱い。発泡させるためFeO分の装入と蒸発性金属の酸化物(ZnO)の装入が開示されている。両酸化物はそれぞれ炭素により還元されCOガスを発生するが後者の場合金属蒸気も発生し発泡に寄与する。当該方法の経済的な実施方法として電炉操業において発生する粉塵の集塵灰(製鋼ダストと称され、FeO,ZnOを多量に含み、Zn原料になるか産業廃棄物になる)の装入が有利と記されている。
【0009】
問題点を挙げる。スラグ(金属酸化物の複合)と炭材(C)との反応によって生ずるCOガス起因のスラグ発泡現象のアーク炉への適用は効果が著しく大きいので問題であると意識されていないが、当該反応は金属の還元であって吸熱反応であり熱損が生ずること、還元用炭材のコストがかかること、亜鉛酸化物を使用する場合は、還元熱だけではなく蒸発熱をも消費することである。
【0010】
もう一つの問題として、大出力のアークではアーク周辺スラグ温度は溶鋼温度よりも高温になりその状態で炭材が投入されると還元反応が強く、酸化精錬によってなされた脱燐反応が停止し復燐に向かう。塩基性アーク炉製鋼法の脱燐性能が低下する。
脱燐に関して、今日の国内スクラップは転炉鋼の精錬水準が向上(P,S含有量の低下)した1970年以後の鋼材の回帰が主体であり、不純物含有量は少ない。脱燐の必要水準が低下している。しかしPが多量に含まれる銑鉄の使用率が多い場合や低P鋼を製造する場合は脱燐は軽視できるものではない。
【0011】
塩基性製鋼法では主造滓材は焼成石灰(CaO)である。発泡スラグ処理が確立されるずっと以前では一部で石灰石(CaCO
3)が使用され、熱分解による2酸化炭素ガスの発生によって擬似的な軽度の発泡処理(Lime boiling と称されていた)がなされていた。しかるに当時はアーク出力が大きくなかったので効果が小さく、また電力によって石灰石を熱分解するのは非経済的であってそのため焼成石灰に代替され、当該方法は廃れた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】公開特許公報平11−14263
【特許文献2】公開特許公報平10−88223
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
大出力の製鋼用アーク炉の操業において溶解・酸化過程での発泡スラグ処理はアークの着熱効率を上げ、電力節減だけでなく炉壁の耐久にも欠かせない作業方法である。しかるに該処理はスラグ中に炭材を添加することによりスラグ中のFeOとCとが反応してCOガスを発生させ発泡に至らしめるものであって、還元吸熱反応のため大きくないとは言え熱損があること、炭材コストがかかること、FeOの他にZnOを使用して発泡を強化する場合には蒸発熱も負荷され熱と資材のコスト問題は看過されない。さらに還元反応は酸化過程で進行した脱燐の効果を減殺するという問題もある。
本願発明はアーク炉特に大出力のアーク炉によるスクラップの溶解と酸化精錬において効果的に適用されている発泡スラグ処理をスラグの脱燐能を低下させず且つ低コストで行うことを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
課題解決のため石灰石の発泡効果を再検討し、現行の炭材による発泡ガス量と同一のガス量を得る場合、熱損はほぼ等しいこと、還元反応を誘発せず脱燐反応を低下させないこと、実質的にCaO使用量を増加させないこと、炭材量を削減ないし不要とする可能性に気づき以下の発明をなした。
【0015】
第1の発明は、アーク炉によって鋼スクラップを溶解・酸化精錬する過程で発泡スラグを形成する方法において、溶解中に自然発生するスラグと装入した造滓材である生石灰とが溶融混合して生成した酸化性(FeOを質量比で10%以上含有)の塩基性スラグに対して炭材を投入して該塩基性スラグの発泡を誘発し、次いで石灰石を間欠投入して発泡を成長・持続させることにより以後の炭材投入量を削減することを特徴とする発泡スラグの形成方法である。
【0016】
第2の発明は、石灰石装入量に対して生石灰装入量を予め同一モル数だけ削減し、炭材の削減量を石灰石装入量の1/10以上で1/6以下とすることを特徴とする第1発明に記載の発泡スラグの形成方法である。
【0017】
ここで述語の定義として、前記生石灰とは石灰石を焼成した製鋼用の石灰であって大部分が生石灰(CaO)であり一部にCO
2 が残存している。
【発明の効果】
【0018】
本発明によると造滓材として装入される生石灰の一部が石灰石に替えられ、該石灰石の熱分解によってCO
2 ガスが発生するので現行の酸化性スラグ(FeOを多量に含有する)に炭材を添加してCOガスを発生させる方法と同様にスラグを発泡させることができる。その際、現行と同一ガス量を得る場合、石灰石の分解に消費される熱量は現行の炭材添加による酸化鉄還元に消費される熱量とほぼ同等である。新たな熱損は生じない。
【0019】
第2に発生ガスはCO
2 であって現行方法(炭材と酸化鉄の反応によるCOガス発生)のようにスラグの脱燐能を低下させることがない。
【0020】
第3にコスト面で、石灰分使用量の増加は無い。石灰石への代替分の正味価格は半減以下になる。発泡用炭材の消費が削減ないし無くなり経済効果は小さくない。
さらに環境に放出される2酸化炭素の量は炭材削減分が減少する。石灰石分解炭酸ガスは石灰焼成炉か溶解炉のどちらかで発生し、総量は従来と変らない。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の発泡スラグを生成する際の作業の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下実施の形態について図面を参照しつつ本願発明の作業方法を説明する。
図1に本発明を実施する製鋼用アーク炉における熔落直前の炉内の状態を示す。アーク炉は主に炉体1と電極棒2とから成る。炉体1内に原料スクラップ3を装入し、電極棒2に通電して該原料スクラップ3へアーク4を発する。該原料スクラップは熔解して溶鋼プール5ができスラグが浮遊する。該プール5がある程度成長すると酸素ガス吹錬により酸化精錬と溶解の促進を行い、且つ造滓材として生石灰(主成分CaO)を石灰装入装置8によって装入し適性組成の塩基性スラグを生成する。
適切な時期に炭材投入装置7から炭材を少量投入し、スラグ中のFeOと反応させてCOガスを生成し、スラグの発泡を誘発する。
次いで石灰石(主成分CaCO
3 )を石灰石装入装置9から添加する。石灰石は約900℃で熱分解してCO
2 ガスを発生し、約100〜200mm厚のスラグはさらに発泡して数100mmへと盛り上がり発泡スラグ6となる。アーク4は発泡スラグ6に包囲され、アーク音は近雷のような炸裂音からプロペラ機音のような安定した状態になる。アークの着熱効率は約50%から60〜70%に向上する。間欠的に石灰石を投入し発泡状態を維持する。炭材の投入は削減する。溶鋼プール5は順調に昇温・成長し周辺の原料の溶解を促進する。酸素吹錬と塩基性スラグにより脱炭反応と脱燐反応が併行し、熔落時には酸化精錬は概ね終了する。
その後昇温を待たずにレードルに出鋼しLF炉と称される2次精錬装置によりレードル内溶鋼の昇温と仕上げ精錬を行う。
【0023】
スラグの発泡現象について説明する。通常、発泡には酸化性(FeOを多量に含有)の塩基性スラグ(CaOが主成分)に炭材を添加してなされる。(1)式の反応によってCOガスが生成する。
(FeO)+C=Fe+CO↑+Qa −−−−−(1)
Qa=−38000kcal/kmol(C)
=−320kcal/kg(C)
上記は吸熱反応であって電力損になるが着熱効率が大きいのでほとんど意識されていない。発生したCOガスは熱源にはなるが主に煙道で燃焼して原料への着熱効率は小さい。
【0024】
本願発明では(2)式の反応が適用され発泡源はCO
2 ガスである。
CaCO
3 =CaO+CO
2↑ −−−−−(2)
Qb=−43000kcal/kmol(CaCO
3)
=−430kcal/kg(CaCO
3)
当該反応は約900℃から1000℃にかけて進行する。
両反応を比較すると、1モルのガス発生に対して前者では1モルのC,後者では1モルのCaCO
3 が必要になり、吸熱量はそれぞれ約40000kcal/molで大差ない。従って同一ガス量を得るに際して、1モル12kgの炭材は1モル100kgの石灰石に代替可能となる。質量比は約8になる。
Qa,Qb:反応熱
【0025】
炭材添加による通常の発泡反応では下記反応も発生する。
(FeO)+CO=Fe+CO
2 −−−−−(3)
(P
2O
5)+5CO=2P+5CO
2 −−−−−(4)
(P
2O
5)+5C=2P+5CO −−−−−(5)
Feの還元は費用と価値が見合わない。Pの還元は折角溶解中に得られた脱燐作用を減殺し、復燐が発生して不都合である。P含有量が問題となる場合は、事前にP酸化物を含有する熔落前後のスラグを炉外へ排出し、2次スラグによって発泡させなければならない。
石灰石による発泡では生成ガスが酸化性であるから脱燐能を低下させない。
【0026】
単に炭材や石灰石を投入するだけで充分な高さの発泡スラグが容易に形成される訳ではない。スラグ内でのガス発生と気泡の延命による発泡の安定化には種々の要因が関係する。炭材方式の場合既に作業ノウハウは確立されている。一例として炭材投入によりスラグ中FeO濃度は減少して発泡性に不利になるが、酸素ランスや酸素燃料バーナーの適切な使用条件により該濃度は適正範囲に維持されている。石灰石方式の場合の最適化は未完成であるが現行作業条件から少しずつ移行するのが賢明な策であろう。
【0027】
石灰石の必要投入量は、一方でガス発生量が従来の炭材投入の場合と同一となるよう、炭材削減量に対して化学量論的に決められ、他方でスラグ塩基度が従来と同水準が維持されるよう生石灰の一部が代替される。
石灰石への代替による炭材の削減量を1/10以上1/6以下とした理由は、既述の適性質量比8を挟んで、削減量が1/10未満では炭材量が過剰となって無駄が生ずる。1/6を超えると発泡ガス量が不足になる。
【0028】
通常、生石灰原単位は15〜30kg/t(石灰石では27〜54kg/tに相当)、発泡用炭材吹込み量は2〜4kg/tである。他に熱源として酸素ガスと炭材を併行吹き込みする場合もある。
本発明の場合の一例として、石灰石を24kg/t投入し、石灰投入分を13kg/t削減すればスラグ塩基度は従来と同一であり、炭材3kg/tを削減することになる。
経済効果として石灰石代替による単価の低下、炭材消費量の削減があり、特に増加するコスト要因は無い。
【0029】
石灰石
の投入開始の直前に少量の炭材
を投入して発泡を誘発する理由は、未発泡のスラグ上に石灰石を投入すると浮遊状態のものが生じ発生ガスがスラグ上方に逃げる分が生ずる。発泡状態では石灰石は直ちに埋没し発生ガスが有効に利用されるためである。
【実施例】
【0030】
変圧器容量20MVA,溶解量30トンのアーク炉において高炭素鋼の溶解と酸化精錬に発泡スラグ処理の適用試験を行った。原料が約70%溶解した段階で溶鋼中に酸素を吹き込み始め、生石灰を300kg投入し、1分当たり0.02%Cの能率で脱炭反応を作用させつつ昇温を継続した。通電から約55分で全量溶解し、炉体を傾動し一部排滓して脱燐処理を完了させた。その後通常の炭材方式によりスラグを発泡(通常の1/3量の20kg投入)させ、次いで20〜30mm径の石灰石を240kg(石灰分130kg)数回に分けて投入した。酸素吹錬による沸騰と炭材による発泡開始に石灰石の沸騰が重なってスラグは膨張し、発泡状600mm以上の盛り上がりを確認した。アーク音も通常の炭材添加方式と同様安定し、5分で順調に1650℃まで昇温し、その後出鋼した。脱燐は低燐鋼に近い0.010%まで進行した。
以上のように本発明の作業方法により発泡スラグを容易に形成することができた。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本願発明の製鋼用アーク炉の操業における発泡スラグ処理は現行操業に容易に適用することができ、資源を節約し、排出2酸化炭素を削減する。
【符号の説明】
【0032】
1:炉体 2:電極棒 3:原料スクラップ 4:アーク 5:溶鋼プール 6:発泡スラグ 7:炭材吹込みノズル 8:石灰装入装置 9:石灰石装入装置