(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
一車線を横切るように路面に表示される任意形状の帯状線で、左右対称形であって、左右に走行車両の轍に対応する位置及び間隔に切れ目が入れられていることを特徴とする路面表示用パターン要素。
前記帯状線として、直線、正方向又は逆方向の矢印、底辺を欠く台形状、半円形状、拡開したU字形状のうちの1種又は複数種が含まれる、請求項1に記載の路面表示用パターン要素。
前記第1区間における前記直線パターン要素のピッチ幅d1と、前記第3区間における前記矢印パターン要素のピッチ幅d3は、それぞれ次式で求められる、請求項4に記載の車速抑制用シークエンスパターン。
d1(m)=1000×V1×(t/3600)
d3(m)=1000×V3×(t/3600)
(但し、t=0.25〜0.3(秒)の範囲で選ばれるいずれかの値、V1=第1区間におけるパターン設計速度(初速度)(km/h)、V3=第3区間におけるパターン設計速度(終速度)(km/h)である。ここで、パターン設計速度(km/h)とは、実勢速度及び当該箇所の道路幾何構造、交通状況、事故発生状況その他の諸事情を勘案して設定される速度をいう。)
前記第1区間における前記直線パターン要素の各ピッチ幅d1と、前記第3区間における前記矢印パターン要素の各ピッチ幅d3はそれぞれ均等にされ、前記第2区間における前記矢印パターン要素のピッチ幅d2は、前記第1区間隣接部分においては前記ピッチ幅d1と同じかそれよりも短くなるようにされ、前記第3区間隣接部分においては前記ピッチ幅d3と同じかそれよりも長くなるようにされ、その中間部分においては次第に狭まっていくように設定される、請求項4又は5に記載の車速抑制用シークエンスパターン。
前記第1区間の区間長L1及び前記第3区間の区間長L3は、前記第1区間におけるパターン設計速度V1及び前記第3区間におけるパターン設計速度V3の等速運動に基づいて求められ、前記第2区間の区間長L2は、前記第1区間におけるパターン設計速度V1から前記第3区間におけるパターン設計速度V3への緩やかな減速運動に基づいて求められる、請求項5乃至7のいずれかに記載の車速抑制用シークエンスパターン。
【背景技術】
【0002】
高速道路、一般道路を問わず、交通事故の原因の一つに速度超過が挙げられる。わが国の交通死亡事故は近年減少傾向にあるが、未だ年間約44百人が犠牲になっている(平成24年)。死亡事故の主な要因として速度超過が挙げられるが、最高速度違反の死亡事故率(死亡事故件数/交通事故件数)は全体の約21倍と、速度超過が死亡事故につながるケースは極めて高い。車両の走行速度が低下すれば、交通事故発生時における衝突の衝撃が低下することから、被害者の被害軽減が図られると共に、交通事故死傷者数の減少に寄与することが期待できる。
【0003】
ところで、道路の設計速度は、天候が良好で且つ交通密度が低く、車両の走行条件が道路の構造的な条件のみに支配されている場合に、平均的な技量を有する運転者が安全に、しかも快適性を失わずに走行できる速度である。道路はこの設計速度に基づいて曲線半径、片勾配、視距などの幾何構造が決定されているため、設計速度を超過した速度で走行した場合は、事故の危険性が高まる。
【0004】
また、設計速度が同一の区間においても、道路が存する地域の地形の状況等により、速度超過になりやすい区間等が存在する。例えば、高速道路の長い下り坂区間及び交差点や沿道出入りの少ない一般道路などにおいて、運転者は無意識のうちに速度超過に陥りやすい。
【0005】
また、道路の構造的な要因により交通事故が発生しやすい個所として曲線部が挙げられる。曲線部においては、遠心力の作用や視認性の低下、運転者の錯覚の影響等により車両の走行位置にばらつきが生じやすい。即ち、曲線部においては、車線を逸脱する危険要因が潜在的に存在している。
【0006】
このような事故発生の危険性の高い道路において事故の発生を回避するためには、車速を抑制することが有効であることは言うまでもない。従来、このような危険箇所において実施されている速度抑制対策としては、表示板や標識等による注意喚起が一般的であるが、路面標示による対策も施されている。この路面標示としては、導流レーンマークによる対策と、高輝度レーンマークによる対策等が知られている。このうち導流レーンマーク対策は、注意喚起と同時に車線幅員を狭く見せることによる視覚効果を活用して速度抑制を図ることを狙いとするものであり、高輝度レーンマーク対策は、視認性向上に主眼を置くものである。
【0007】
また、生活道路においては、ハンプ(凸部)、狭窄部、あるいは、シケイン(屈曲部)等の設置による対策が実施されているが、これらは、物理的デバイスの設置により運転者に対し減速を促す方策である。
【0008】
しかるに、これらの対策の場合は、一方において一定の効果が報告されているもの、他方において、飽きや慣れによる効果の減退や見落としのリスク等の問題が指摘されている。そのため、運転者の五感に訴えることにより、視覚効果や体感的効果を通しての心理的な効果を期待する速度抑制対策が求められている。
【0009】
かかる観点からの速度抑制対策の一つとして、特許文献1(実用新案登録第3131789号公報)に、制限速度の変更地点を有するトンネルにおいて、トンネル壁面にシークエンスパターンを施すことにより、自発的に減速を行うよう潜在的な注意喚起を促す技術が開示されている。そこにおいては、トンネル壁面に施されたピッチ幅減少反復パターン等の特徴を有するシークエンスパターンは、運転者に過速度感、危険性、快適性に影響を及ぼすこと、並びに、危険性と快適性はトレードオフの関係にあるが、ピッチ時間をt=0.25〜0.3秒に設定することが妥当であることが示されている。
【0010】
しかし、この特許文献1に記載の考案の場合は、設置対象が制限速度の変更地点を有するトンネルに限られており、しかも、シークエンスパターンはトンネルの壁面に表示されるので、運転者はこれを凝視し続ける訳にはいかない。
【0011】
また、下り勾配や上り勾配あるいはカーブ等、路面形状が変化する領域が多数存在するような道路を走行するに際しては、路面形状の変化に対する運転者の認識が薄れると言われており、安全性向上の観点からも、そのような認識力の低下を抑制することが望まれる。このような要望に応えるものとしては特許文献2(特許第4956228号公報)の発明を挙げることができる。そこには、路面性状が変化する領域を含む所定の区間における路面上の略全体に、運転者の視線を誘導し得るドット状のパターンを複数形成することで、運転者の認識力の低下を抑制する技術が開示されている。
【0012】
しかし、この特許文献2に記載の発明の場合は、ドット状パターンの設置対象箇所が、路面性状が変化する領域を含む所定の区間に限定されており、換言すれば、路面性状が変化する領域を含む区間でない場合には、その作用効果を発揮し得ないものである。そして、このドット状パターンが施された道路の場合は、単色(例えば、アスファルトの色)の路面からなる従来一般的な道路に比べ、所定の区間における路面形状を運転者が十分に認識することができるため、路面形状の変化に対する運転者の認識力の低下を抑制することが可能となるとされているが、それはあくまで運転者に路面形状を十分に認識させるというに止まり、無意識のうちに運転者に車速抑制行動を起こさせるものではない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上述したように、従来提案されている車速抑制方法の場合は、設置対象箇所が限定されているだけでなく、無意識のうちに速度超過に陥った車両の運転者に対して、無意識のうちに車速抑制行動を起こさせるものではない。そこで本発明は、無意識のうちに速度超過に陥った車両に対して、視覚効果及び体感的効果を通じて速度抑制を図ると共に、視線誘導の役割を果たし、適切な走行位置の維持・安定を図り、速度超過に起因する事故の発生を未然に防止し得る車速抑制用シークエンスパターン及びそれを構成するためのパターン要素を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するための本発明に係るパターン要素は、一車線を横切るように路面に表示される任意形状の帯状線で、左右対称形であって、左右に走行車両の轍に対応する位置及び間隔に切れ目が入れられていることを特徴とする。前記帯状線としては、直線、正方向又は逆方向の矢印、底辺を欠く台形状、半円形状、拡開したU字形状のうちの1種又は複数種が含まれる。
【0017】
上記課題を解決するための本発明に係る車速抑制用シークエンスパターンは、上記パターン要素を、車両の走行方向に適宜間隔置きに配設して成るものである。
【0018】
また、上記課題を解決するための請求項4に記載の発明は、事故発生の危険率の高い事故危険箇所の手前の路面区域から前記事故危険箇所にかけて路面に施されるシークエンスパターンであって、
前記シークエンスパターンは、一車線を横切る左右対称で左右に切れ目を有する帯状の直線パターン要素又は矢印パターン要素を、車両進行方向に所定間隔置きに配置して成るパターンによって構成され、
前記シークエンスパターンを施す前記事故危険箇所の手前の路面区域は、車両進行方向手前側から順に第1区間、第2区間、第3区間に分けられ、前記第1区間には前記直線パターン要素によるパターンが配置され、前記第2区間と前記第3区間と前記事故危険箇所には前記矢印パターン要素によるパターンが配置され、
前記各パターン要素の切れ目は、前記切れ目を通して知覚される一連の視線誘導線が、走行車両のタイヤの轍部に対応し、且つ、車線区画線と平行なものと知覚されるように位置決めされ、
前記第1区間における前記直線パターン要素のピッチ幅d1と、前記第2区間における前記矢印パターン要素のピッチ幅d2と、前記第3区間における前記矢印パターン要素のピッチ幅d3とが、d1≧d2≧d3の関係となるように設定されることを特徴とする車速抑制用シークエンスパターンである。
【0019】
一実施形態においては、前記第1区間における前記直線パターン要素のピッチ幅d1と、前記第3区間における前記矢印パターン要素のピッチ幅d3は、それぞれ次式で求められる。
d1(m)=1000×V1×(t/3600)
d3(m)=1000×V3×(t/3600)
(但し、t=0.25〜0.3(秒)の範囲で選ばれるいずれかの値、V1=第1区間におけるパターン設計速度(初速度)(km/h)、V3=第3区間におけるパターン設計速度(終速度)(km/h)である。ここで、パターン設計速度(km/h)とは、実勢速度及び当該箇所の道路幾何構造、交通状況、事故発生状況その他の諸事情を勘案して設定される速度をいう。)
【0020】
また、一実施形態においては、前記第1区間における前記直線パターン要素の各ピッチ幅d1と、前記第3区間における前記矢印パターン要素の各ピッチ幅d3はそれぞれ均等にされ、前記第2区間における前記矢印パターン要素のピッチ幅d2は、前記第1区間隣接部分においては前記ピッチ幅d1と同じかそれよりも短くなるようにされ、前記第3区間隣接部分においては前記ピッチ幅d3と同じかそれよりも長くなるようにされ、その中間部分においては次第に狭まっていくように設定される。
【0021】
また、一実施形態においては、前記第2区間の前記中間部分における前記矢印パターン要素の長さは、車両進行方向に見て起点側に隣接する前記矢印パターン要素の長さよりも長いか又は等しくなるように設定される。
【0022】
更に一実施形態においては、前記第1区間の区間長L1及び前記第3区間の区間長L3は、前記第1区間におけるパターン設計速度V1及び前記第3区間におけるパターン設計速度V3の等速運動に基づいて求められ、前記第2区間の区間長L2は、前記第1区間におけるパターン設計速度V1から前記第3区間におけるパターン設計速度V3への緩やかな減速運動に基づいて求められる。
【発明の効果】
【0023】
本発明は上述したとおりであって、本発明に係るパターン要素を用いたシークエンスパターンが施された道路を走行する車両の運転者は、各パターン要素の切れ目を通し、走行車両のタイヤの轍部に対応し且つ車線区画線と平行な一連の視線誘導線を知覚することにより視線誘導され、無意識のうちにその上を走行するために、車線逸脱に起因する正面衝突事故や施設接触事故等の発生を防止し得る効果がある。
【0024】
また、本発明においては、シークエンスパターンを施す区間を、現状の速度のリズムを体感させるための区間、ピッチ及び模様長さを変化させ、視線誘導と速度超過による危険性を感じさせるための区間、反応遅れ等を補正すると共に、目標とする速度を維持させるための区間の観点から区分けしてパターンを変更して施すため、事故危険箇所の手前において、運転者に無意識のうちに無理なく車速抑制行動を起こさせることができ、以て速度超過に起因する事故の発生を防止し得る効果がある。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に、本発明を実施するための形態につき添付図面を参照しつつ詳細に説明するが、その前に、本発明の説明において用いられる主要用語について定義しておく。
【0027】
<シークエンスパターン>
道路の路面に施される車両の進行方向に連続する路面表示であり、数種のパターンで構成される。
<パターン>
パターン要素を走行方向に定間隔置きに、又は、次第に減少する間隔に配置して構成されるデザインである。
<パターン要素>
一車線を横切るように路面に表示される直線(
図2参照)、正方向の矢印(
図3、4参照)、逆方向の矢印、底辺を欠く台形状、半円形状、拡開したU字形状等に表現される帯状線で、左右対称形であって左右に切れ目を有している。
<ピッチ幅>
パターン要素の配置間隔であり(
図5の符号a参照)、パターンを構成する要素となる。
<ピッチ幅減少反復パターン>
ピッチ幅が均一ではなく、次第に減少していくパターンである(
図1参照)。
<パターン設計速度(km/h)>
実勢速度及び当該箇所の道路幾何構造、交通状況、事故発生状況その他の諸事情を勘案して設定される速度である。即ち、パターン設計速度は、道路の設計速度とは異なり、シークエンスパターンを設計するに当たって設定する速度を示す(
図6参照)。
【0028】
本発明に係る車速抑制用シークエンスパターンは、事故発生の危険率の高い事故危険箇所D、並びに、その手前の路面区域に施されるものである(
図1参照)。このシークエンスパターンを施す事故危険個所Dの手前の路面区域は、車両進行方向手前側から順に第1区間A、第2区間B、第3区間Cに分けられるが、それは下記意図に基づく区分である。
・第1区間:現状の速度のリズムを体感させるための区間
・第2区間:ピッチ及び模様長さを変化させ、視線誘導と速度超過による危険性を感じさせるための区間
・第3区間:反応遅れ等を補正すると共に、目標とする速度を維持させるための区間
【0029】
本発明におけるシークエンスパターンは、直線パターン要素4(
図1、
図2、
図5(A)参照)又は正方向(又は逆方向)の矢印パターン要素5(
図1、
図3、
図4、
図5(B)参照)を車両進行方向に一定のピッチに配置して成るパターンによって構成される。パターン要素は、上記直線パターン要素4又は矢印パターン要素5に限らず、底辺を欠く台形状、半円形状、拡開したU字形状その他任意の形状とすることができる。各パターン要素4、5は対称形で、左右に切れ目6、6a、7、7aが設けられる(
図5参照)。なお、
図5における符号aは各パターン要素4、5のピッチ幅(後出のd1〜d3に相当)を示し、bは矢印パターン要素5の車両進行方向の長さ(起点から先端までの距離)を示し、cは各パターン要素4、5の線幅を示している。
【0030】
切れ目6、6a、7、7aは、運転者に視線誘導線8、8aを知覚させる機能を果たす。即ち、各直線パターン要素4の左側の切れ目6と各矢印パターン要素5の左側の切れ目7を通して一連の視線誘導線8が知覚され、また、各直線パターン要素4の右側の切れ目6aと各矢印パターン要素5の右側の切れ目7aを通して一連の視線誘導線8aが知覚されるのである。切れ目6、6a、7、7aは、この左右一対の視線誘導線8、8aが車両のタイヤの轍部上に位置し、且つ、車線区画線9、10と平行となるような位置に形成される。この視線誘導線8、8aの作用効果については、後に詳述する。
【0031】
図1に示される例では、第1区間Aにおけるパターン要素は直線パターン要素4とされ、第2区間Bと第3区間Cにおけるパターン要素は正方向の矢印パターン要素5とされている。また、事故危険箇所Dにシークエンスパターンを施す場合も、第3区間Cのパターン要素と連続するように、正方向の矢印パターン要素5とされている。
【0032】
これらのパターン要素4、5の色は、路面の色との明度差を考慮して、視認性のよい色とすることが望ましい。また、夜間や雨天時においては視認性が低下することから、一般的に事故の危険性が高まるが、各パターン要素4、5を全天候型の路面表示材を用いて表示することで、夜間や雨天時における視認性を向上させ、安全性を向上させることが可能となる。特に、前照灯を点灯する夜間においては、この照射範囲に帯状の視線誘導線8、8aが浮かび上がるため、より一層の視線誘導効果を期待することができる。
【0033】
第1区間Aにおける直線パターン要素4の各ピッチ幅d1、並びに、第3区間Cにおける矢印パターン要素5の各ピッチ幅d3は、それぞれが均等となるように設定される。また、事故危険箇所Dにシークエンスパターンを施す場合も、そのピッチ幅は均等のものとされる。
【0034】
一方、第2区間Bにおける矢印パターン要素5のピッチ幅d2は、第1区間Aとの隣接区間B1においては、ピッチ幅d1と同じかそれよりも短くなるように設定され、第3区間Cとの隣接区間B2においては、ピッチ幅d3と同じかそれよりも長くなるように設定される。即ち、第1区間Aにおけるピッチ幅d1と、第2区間Bにおけるピッチ幅d2と、第3区間におけるピッチ幅d3は、d1≧d2≧d3の関係を満たすように設定される。
【0035】
第1区間Aにおけるピッチ幅d1と第3区間Cにおけるピッチ幅d3は、それぞれ次式により求められる。
d1(m)=1000×V1×(t/3600)
d3(m)=1000×V3×(t/3600)
(但し、t=0.25〜0.3(秒)の範囲で選ばれるいずれかの値、V1=第1区間におけるパターン設計速度(初速度)(km/h)、V3=第3区間におけるパターン設計速度(終速度)(km/h)である。)
【0036】
第2区間Bと第3区間Cに配置される矢印パターン要素5の場合、先端角度が鋭角なほどスピード感が増すことから、ピッチ幅減少反復パターンとなる第2区間Bにおいては、
図1に示すようにピッチ幅減少に伴い、先端角度を少しずつ鋭角に変化させることが、より効果的と言うことができる。即ち、
図5に示す、線幅c、長さ(起点から先端までの距離)b、矢印の角度θの正方向の矢印パターン要素5の場合、第1区間A側から第3区間C側に向かって、ピッチ幅a(d2)が減少していくに伴って角度θを次第に小さくしていくのである(それにつれて長さbが長くなっていく)。
【0037】
第1区間Aの区間長L1及び第3区間Cの区間長L3は、上記V1及びV3の等速運動に基づいて求められ、第2区間Bの区間長L2は、上記V1からV3への緩やかな減速運動に基づいて求められる。即ち、第1区間Aの距離L1は、次式で求められる。
L1=l2×F
=t2×V1×F
L1 : 第1区間の距離(m)
l2 : 空走距離(m)
t2 : 空走時間(sec)
V1 : 第1区間におけるパターン設計速度(m/sec)
F : 安全率
ここで空走距離とは、自動車が対象物を認めてから制動に移るまでの距離であり、
空走距離=反応時間×速度
で表される。反応時間は、対象物を発見した後、運転者がブレーキを踏むかどうか判断する判断時間と判断してからブレーキを踏むまでの反応時間とであって、道路構造令における視距の計算では、t2=2.5secとして計算されている。
【0038】
第2区間Bの距離L2は、以下の式で算出される。
L2=(V1
2−V3
2)/(2×α)
L2 : 第2区間の距離(m)
V1 : 第1区間におけるパターン設計速度(m/sec)
V3 : 第3区間におけるパターン設計速度(m/sec)
α : 減速度(m/s
2)
ここで減速度は、エンジンブレーキ等による緩やかな減速度に相当する値として、0.6〜1.0m/s
2程度を採用すればよい。
【0039】
また、第3区間Cの距離L3は、以下の式で算出される。
L3=V3×t3
L3 : 第3区間の距離(m)
V3 : 第3区間におけるパターン設計速度(m/sec)
t3 : 余裕時間(sec)
ここで、余裕時間は、反応遅れ等を補正すると共に、目標とする速度を維持するために必要な時間として、3.0秒程度を確保すればよい。
【0040】
図6の棒グラフに示されるように、道路の実勢速度分布は、一般的に対数正規分布に近似した分布となっている。
図6は、パターン設計速度の初速度を120km/h、終速度を90km/hに設定した事例である。
【0041】
第1区間Aにおいては、走行速度120km/hの車両に対して、快適性をほどよく感じるピッチのデザインを施すため、120km/hを超過している少数の車両を除き、快適なリズムを感じることができる。第2区間Bにおいては、パターン設計速度が徐々に減少するため、パターン設計速度よりも速度が超過している車両は、減速しないと快適性を保てなくなる。第3区間Cにおいては、パターン設計速度を90km/hに設定しているため、90km/h程度まで減速させた車両は、減速走行から等速走行へと移ることにより快適性を確保できる。
【0042】
初速度の設定においては、実勢速度分布の最大値を採る必要はなく、90〜95%タイル値をとればよい。最大値を採ると減速量(初速度−終速度)が大きくなることから、シークエンスパターンの設置延長が長くなり、費用対効果の観点から望ましいとは言えない。終速度は、シークエンスパターンによる速度抑制後の目標速度であり、当該箇所の道路幾何構造、交通状況、事故発生状況等を勘案して決定する。一般的には制限速度、あるいは、実勢速度の平均値と同程度とすればよい。
【0043】
なお、特許文献1の考案においては、単路部の制限速度変化地点における速度抑制を目的とし、シークエンスパターンのピッチ幅の設定において制限速度を用いている。これに対して本発明では、事故危険個所Dの手前における速度超過車両の速度抑制を目的としていて、第1区間A〜第3区間Cの区間距離及びピッチ幅の設定に際し、パターン設計速度(初速度・終速度)を用いることとしている点において大きく異なる。
【0044】
上述したように、第1区間Aの始点から第3区間Cの終端(更に、事故危険箇所D)に至るシークエンスパターン設置区間の全長に亘り、一連の視線誘導線8、8aが生成されるが、この視線誘導線8、8aは実際に路面に表示される訳ではなく、運転者の錯視(視覚に関する錯覚)によって車輪走行位置に一連のものとして知覚されるものである。これは、「カニッツァの三角形」と呼ばれている有名な錯視図形と同様の錯視を利用したものである(
図7参照、そこにおいては、実際には表示されていない三角形の輪郭が知覚される)。
【0045】
錯視により等質の領域に見える輪郭は「主観的輪郭」と呼ばれている。この「主観的輪郭」が知覚されるメカニズムは以下のとおりである。人間は物体を認識するとき、必ず物体に属する領域と背景に属する領域とを区別しており、物体が2つある場合には、画像のどの領域がどちらの物体に属するのかを区別することができる。そして、1つの物体と判断された領域は、情報が欠けている場合、「手前にある物体には輪郭が存在し、逆に奥で遮蔽されている物体の輪郭は見えない」という、奥行き関係の物理的制約条件に沿って、脳は輪郭を補間することができる。
【0046】
輪郭線に沿った輝度や明度の変化が存在しないにも拘らず、輪郭線が知覚されるのは、「一模様の部品が一直線上に並ぶ確率は低く、それよりも各模様の上に連続する帯状の図形が乗って、模様の一部を隠していると考える方が確率が高い。」と運転者の脳が認識するためである。脳は与えられた網膜画像から、その2次元画像を生み出す可能性が最も高いと考えられる物体像を復元し、視覚情報を、脳内に記憶された物体像との鋳型合わせを行いながら、周りの状況に応じて認識を行うことが知られている。(以上の点については、非特許文献1参照)
【0047】
車両進行方向に連続する2本の視線誘導線8、8aは、第1区間Aにおいてはピッチ幅d1が長いために知覚されにくいが、第2区間Bでは、ピッチ幅d2が徐々に減少すると共に模様が変化するにも拘らず、当該輪郭線の位置のみが固定であるため、より知覚されやすくなる。そして、一旦知覚した運転者は、鋳型合わせにより、例えば「車輪の通った跡」、「雪道の轍」のようなものとして認識するのである。
【0048】
人間は、環境から何らかの刺激を受け、それを心のような情報処理システムで加工することで意味化することが知られている(アフォーダンス理論)。上記「車輪の通った跡」、「雪道の轍」のようなものは、先人が通った跡であることを意味し、その跡を踏み外さない限り安全であることを示している。主観的輪郭から作られる面は実際の輪郭で囲んで作った面よりも、面として強い印象をもたらす。主観的輪郭の知覚から認識へと変化した運転者は、前記アフォーダンスにより、この帯状の輪郭線に沿って走行しようという意識が働くため、走行位置のばらつきの減少、並びに、不必要な車線変更の抑制が期待できる。また、実際に描かれた帯状の輪郭線と異なり、路面模様を煩雑にすることなく、運転者に対して自然に視線誘導を行うことができるという利点がある。
【0049】
また、人間の視覚系の情報処理機構には中心視情報処理及び周辺視情報処理の2つの過程があることが知られている。即ち、網膜中央の黄斑中心窩の部分だけが1.0以上の視力があるが、視力の良好な範囲は視角にして1.5度と非常に狭く、それから僅か数度離れるだけで視力は極端に低下する。そこで、対象を知覚する際には、視覚的に最も鋭敏な中心窩の部分に視覚像がくるように、素早く眼球を動かしながらものを見ている。中心視とは、この中心窩で行われている情報処理をいう。一方、周辺視には、網膜の周辺部を使って視野の周辺部を漠然と見ることで、中心視よりも少しずつ先の情報処理を行い、中心視にその情報を送り続ける機能がある。(以上の点については、非特許文献2参照)
【0050】
運転者の視覚行動を前記視覚系の情報処理機構からみると、車を運転しているときには、車道中央線や車道外側線、防護柵などの視線誘導物を主に周辺視で処理し、自車両の位置を確認すると共に、中心視で先行車や対向車、歩行者、信号、標識等の細部情報を処理し、判断しながら同時に周辺視でより前方の動きを検知していると言うことができる。引用文献1の場合のシークエンスパターンは、主に周辺視によって把握されると考えられる。
【0051】
しかるに、本発明に係るシークエンスパターンは路面に描かれるため、運転者が中心視によって正確に捉えられる確率が極めて高くなる。錯視によって知覚・認識される「主観的輪郭」は、視力の良好な中心視の視野に入るため、平行する道路の区画線(車道中央線、車線境界線、車道外側線)の持つ視線誘導機能を補完し、自車両の位置を正確に監視・確認することで安全性の向上を図ることができる。
【0052】
また、中心視による情報処理の効率性向上により、残りの注意容量を周辺視による情報処理に向けることが可能になる。このため事故危険個所等において、周辺視に余力を持たせることで不測の事態を未然に防ぐ効果が期待できる。また。車線中央部の模様を車線中央に対してシンメトリーな模様とすることで、前記「主観的輪郭」と相俟って、運転者に車両が走行すべき車線中央位置を明確に認識させることができる。更に、両端部のデザインにより、運転者に車線幅を狭く感じさせることができるため、更なる速度抑制効果を期待することができる。
【0053】
本発明においては、事故危険個所Dの手前に第1区間A、第2区間B、第3区間Cと3つの区間を設け、それぞれの区間に施されたシークエンスパターンにより運転者に自車両の速度を体感させることで、減速行動を促すことが重要なポイントとなっている。即ち、上述したように、第1区間Aにおいて一定のリズムを体感させた運転者に対して、第2区間Bにおいてはリズムの変化によりスピード感を感じさせる。このとき規制速度程度以下の車両に対してはスピード感を与えず、速度超過車両のみに徐々にスピード感を感じさせることにより、アクセルワーク、もしくは、エンジンブレーキ等により緩やかな減速行動を促すことを狙いとしている。
【0054】
そして、第3区間Cでは、再び一定のリズムを体感させることにより、減速行動から目標とする速度での等速行動への移行を促すことができる。シークエンスパターンによるこれらの一連の運転行動への働きかけにより、速度超過車両が減速行動をとるようになるため、安全性の向上を図ることができるのである。また、速度超過車両が減速することで、走行車両全体として速度分布のばらつきが減少するため、整流化を図ることが可能となり、以て、走行車両全体の安全性向上が見込まれる。
【0055】
速度抑制のメカニズムを、前記シークエンスパターンによる刺激と運転者の交通行動との関係でみると次のとおりとなる。空間の知覚に優れた視覚において、前記シークエンスパターンによる刺激を繰り返し知覚させ、時間上の事象にすることで運転者にはリズムが知覚される。第1区間Aにおいては、ピッチ幅d1が等間隔の反復パターンであるため、車両が等速度であるならば、最も単純で快適な等間隔のリズムとなり、運転者はそのリズムを容易に把握することができる。
【0056】
第2区間Bでは、ピッチ幅d2を徐々に、段階的に短くしていくため、車両が等速度であるならば、運転者には、徐々に時間間隔が短くなるリズムとして知覚される。このため運転者は、このリズムの変化により加速していると錯覚する。この錯覚により速度超過車両に対して加速度感、危険性を感じさせ、運転者の減速行動を促すものである。運転者が緩やかな減速行動を選択することにより、再び等間隔のリズムとして知覚されるようになり、加速度感、危険性が減少し、快適性が向上する。
【0057】
また、第3区間Cにおいては、ピッチ幅d3が等間隔の反復パターンに戻るため、減速行動の運転者には徐々に時間間隔が長くなるリズムとして知覚される。運転者は、減速行動から等速行動に切り替えることにより、再び等間隔のリズムとして知覚されるようになる。
【0058】
このように、3つの区間において速度超過車両の速度をコントロールする一連の刺激を提供することにより、第3区間Cの終点付近、即ち、事故危険個所Dの起点付近に至る前に、速度超過車両の速度を減速させ、その減速状態のまま事故危険個所Dを通過させることができる。
【0059】
第2区間Bにおいては、ピッチ幅減少反復パターンの採用により徐々にスピード感を感じさせることを狙いとしているが、ピッチ幅減少に加えて模様の形状変化により、更にスピード感を感じさせることが可能となる。例えば、図示したような正方向矢印のデザインを採用する場合、矢印の長さを長くすれはするほど、また、矢印の先端の角度を鋭角にすればするほどスピード感が高まり、速度抑制効果が向上する。
【0060】
シークエンスパターンは、速度抑制と共に、視線誘導並びに走行位置のばらつきを防ぎ、走行位置の安定化を図ることを目的とするため、速度抑制対策を実施すべき地点へ至る方向の各車線に設置することが望ましい。即ち、図示したような片側2車線道路であれば、走行車線及び追越車線のそれぞれに対して独立したデザインを施すことにより(
図1−4参照)、運転者に自車線の幅や方向を正しく認識させて、車線を逸脱する危険性を低下させることができる。
【0061】
死傷事故率の減少を目指して交通安全対策を効率的・効果的に推進するためには、事故危険箇所を選定し、優先的に実施することが重要である。本発明は、事故危険箇所における速度抑制を図る技術であって、適用可能な道路は多く、産業上の利用可能性は極めて高いと言える。