(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6086886
(24)【登録日】2017年2月10日
(45)【発行日】2017年3月1日
(54)【発明の名称】金型の強化方法および強化金型
(51)【国際特許分類】
C23C 8/28 20060101AFI20170220BHJP
C23C 8/02 20060101ALI20170220BHJP
C23C 8/52 20060101ALI20170220BHJP
C23C 8/72 20060101ALI20170220BHJP
B23K 15/00 20060101ALI20170220BHJP
【FI】
C23C8/28
C23C8/02
C23C8/52
C23C8/72
B23K15/00 502
【請求項の数】2
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2014-189261(P2014-189261)
(22)【出願日】2014年9月17日
(65)【公開番号】特開2016-60939(P2016-60939A)
(43)【公開日】2016年4月25日
【審査請求日】2016年10月18日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000132725
【氏名又は名称】株式会社ソディック
(72)【発明者】
【氏名】井上 基弘
【審査官】
菅原 愛
(56)【参考文献】
【文献】
特開2003−013198(JP,A)
【文献】
特開2004−114151(JP,A)
【文献】
特開2008−138223(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00− 8/80
C23C24/00−30/00
B23K15/00−15/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マトリクス高速度工具鋼を含む熱間金型用高速度工具鋼、熱間金型用合金工具鋼、またはステンレス鋼の金型素材を被照射体として大面積電子ビームを照射して厚さ2μm以上5μm以下の含有物質の溶出による平滑な表面改質層を得てから、前記金型素材に対して厚さ1μmで前記含有物質の硫黄化合物を硫化鉄と比較して多く含む浸硫膜層を形成するとともに前記浸硫膜層に隣接して窒素と硫黄の拡散層を形成するように浸硫窒化処理を行なうことを特徴とする金型の強化方法。
【請求項2】
大面積電子ビームを照射することによって形成された厚さ2μm以上5μm以下の含有物質の溶出による平滑な表面改質層を得てから浸硫窒化処理を行なうことによって厚さ1μmで前記含有物質の硫黄化合物を硫化鉄と比較して多く含む表層の浸硫膜層と前記浸硫膜層の内側に隣接して形成される窒素と硫黄の拡散層とを表面に有するマトリクス高速度工具鋼を含む熱間金型用高速度工具鋼、熱間金型用合金工具鋼、またはステンレス鋼の強化金型。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子ビームによる表面改質方法と浸硫窒化処理とによる金型の強化方法に関する。特に、本発明は、マトリクス高速度工具鋼を含む熱間金型用高速度工具鋼、熱間金型用合金工具鋼、またはステンレス鋼の強化金型に関する。
【背景技術】
【0002】
金型を強化する方法として、従前から窒化処理方法あるいは炭化物被覆処理方法がよく知られている。また、低エネルギ密度で比較的断面積が大きい電子柱を有する電子ビームを被照射体の表面に照射する表面改質方法が知られている(以下、単に大面積電子ビーム照射という)。大面積電子ビームの照射による表面改質方法によると、研磨では得ることができない偏析のない均一な微細結晶構造層を金属の素材の表面に形成することができる。
【0003】
大面積電子ビームの照射を行なう電子ビーム表面改質装置の典型的な構成は、例えば、特許文献1に開示されている。大面積電子ビームの照射による表面改質方法は、具体的に、チャンバを真空近くまで減圧した後でアルゴンガスを低濃度で分散させ、アルゴンガスをプラズマ化させた状態で高速に加速させた電子をプラズマ領域に通過させて被照射体に衝突させる。その結果、電子が被照射体に衝突するときの衝撃と急激な温度上昇によって被照射体の表面が溶融し、熱と表面張力によって含有物質が表面に溶出してから再凝固することによって表面が平滑化していく。
【0004】
2μsec程度の時間低エネルギ密度の電子ビームを間欠的に照射する大面積電子ビームによる表面改質方法では、被照射体の表面から2μmから5μmまでの深さまでしか高温にならずそれ以上深いところは溶融しない。そのため、高エネルギの電子ビームを何回も繰返し照射しても被照射体の形状が崩れにくく、被照射体の被照射面を全体に均一に改質することができ、耐久性に優れる良質の平滑面を得ることができる。
【0005】
特許文献2は、被照射体である金型素材に短時間繰返し大面積電子ビームを照射して均一な再凝固層を得た後に窒化処理または炭化物被覆処理を行なうようにした金型の強化方法を開示している。特許文献
2の発明によると、金型の強度をより向上させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−262172号公報
【特許文献2】特開2008−138223号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
大面積電子ビームの照射による表面改質を行なってから窒化処理をする方法で形成された金型の表面は、大面積電子ビームの照射によって改質されて得ることができる耐蝕性と耐磨耗性を有するとともに、窒化処理によって窒化化合物が生成され硬化することによって得ることができる耐久性を有する。しかしながら、窒素化合物の層(窒化層)と表層とがどの程度強く結合しているかは確かではない。
【0008】
もともと窒化処理では、窒化層と窒素の拡散層が数十μm以上の厚さで生成されるので、窒化層に作用する圧縮応力の残留応力による小さな割れ(ヒートクラック)が発生しやすくなり、窒化層ごと金型の表面から脱落してしまうおそれがある。そのため、表面改質層が維持されている間は、衝撃に強く耐久性が向上していると言えるが、金型を長時間連続的に使用すると、ある時点で急速に表層が失われて部分的な表層の剥離あるいは曲部位または角部位における欠損が発生しやすくなる。
【0009】
本発明は、耐食性あるいは耐久性を有する金型の寿命をより長くする新規な金型の強化方法および強化金型を提供することを主たる目的とする。本発明によって得ることができるいくつかの有利な点は、発明の実施の形態の説明においてより具体的に記述される。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の金型の強化方法は、マトリクス高速度工具鋼を含む熱間金型用高速度工具鋼、熱間金型用合金工具鋼、またはステンレス鋼の金型素材を被照射体として大面積電子ビームを照射して厚さ2μm以上5μm以下の含有物質の溶出による平滑な表面改質層を得てから、前記金型素材に対して厚さ1μmで前記含有物質の硫黄化合物を
硫化鉄と比較して多く含む浸硫膜層を形成するとともに前記浸硫膜層に隣接して窒素と硫黄の拡散層を形成するように浸硫窒化処理を行なうことを特徴とする。
【0011】
また、本発明のマトリクス高速度工具鋼を含む熱間金型用高速度工具鋼、熱間金型用合金工具鋼、またはステンレス鋼の強化金型は、大面積電子ビームを照射することによって形成された厚さ2μm以上5μm以下の含有物質の溶出による平滑な表面改質層を得てから浸硫窒化処理を行なうことによって厚さ1μmで前記含有物質の硫黄化合物を
硫化鉄と比較して多く含む表層の浸硫膜層と前記浸硫膜層の内側に隣接して形成される窒素と硫黄の拡散層とを表面に有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
大面積電子ビームの照射によって被照射体である金型素材の含有物質が溶出して表面を覆う。このとき形成される表層の性質は、概ね溶出して分散した含有物質の性質に依存する。例えば、溶出した含有物質がクロムの場合は、表層が耐蝕性を有する金型を得ることができる。大面積電子ビームの照射によって改質された表層を有する金型に窒化処理を行なうと、窒素が表層の含有物質と結合して窒化物が生成されて硬化し、衝撃に強い耐久性を有する金型を得ることができる。
【0013】
本発明の金型の強化方法では、大面積電子ビームの照射による表面改質後に浸硫窒化処理によって窒素と硫黄を含浸させるときに、表層に1μm程度の浸硫膜層を形成するようにする。このとき、表面改質層に均一に分散されている含有物質と硫黄とが結合して形成される僅か1μm程度の極薄い浸硫膜層は、主に含有物質の硫黄化合物をより多く含むようになり、硫化鉄の含有率が比較的低い。
【0014】
そのため、浸硫膜層は、耐磨耗性と耐蝕性を有しそれ自体の結合力が比較的強い。そして、浸硫窒化前に形成されている表面改質層と含有物質の影響によって内側層には窒素化合物と硫黄化合物が形成されにくくなり、窒化層または硫黄化合物の層(硫化層)を殆ど含まずに、表層の表面改質層に隣接して内側に窒素と硫黄が均一に拡散して浸透した拡散層を形成する。
【0015】
内側層に窒化層または硫化層が殆ど形成されないので、ヒートクラックの発生をより抑制することができる。また、浸硫膜層における含有物質の硫黄化合物による結合力が上がり、また、浸硫膜層と窒素と硫黄の拡散層との間の結合力が強化されるものと推定され、浸硫膜層が内側層からより剥離しにくくなる。
【0016】
その結果、表面改質と窒化処理の硬化による強度の向上だけではなく、浸硫膜層によって摺動抵抗を低減し摺動による発熱を抑制でき、焼きつきのおそれを低減することができる。そして、万一、ヒートクラックが発生したとしても、浸硫膜層にはヒートクラックが及びにくく、金型の表面において表層である浸硫膜層の脱落あるいは剥離をより確実に抑えることができ、浸硫膜層が長期間維持されることによって金型の寿命がより長くなる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の強化金型の表面の断面の写真である。
【
図2】本発明の表面改質時の金型の断面における物質の状態を示す模式図である。
【
図3】本発明の浸硫窒化処理時の金型の断面における物質の状態を示す模式図である。
【
図4】研磨面に浸硫窒化処理を行なったときの金型の表面の断面の写真である。
【
図5】本発明の強化金型の所定回数使用後の状態を示す断面の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1は、マトリクス高速度工具鋼の金型素材の表面に大面積電子ビームを照射してから浸硫窒化処理を行なって、表層に浸硫膜層を形成し、浸硫膜層に隣接する内側層に窒素と硫黄の拡散層を形成する本発明の一実施の形態の金型の断面を示す。
【0019】
まず、真空ポンプによって被照射体を設置したチャンバ(ハウジング)の真空引きを行なうとともに、アルゴンガスを注入してチャンバ内を0.05Paまで減圧する。次に、カソード電極の直径を60mmφとし、カソードの電圧を28kV、アノードの電圧を5kV、ソレノイドの電圧を1.5kVにして、ソレノイドによる磁場を形成するとともにアノード電極の中のアルゴンガスをプラズマ化した状態で電子ビームを被照射体に照射する。電子ビームの照射は、厚さ2μm以上5μm以下の平滑な表面を得ることができるまで間欠的に繰返し行なわれる。
【0020】
実施の形態における被照射体(合金金型)は、熱間鍛造用金型である。具体的には、マトリクス高速度工具鋼(日立金属工具鋼社製YXR33)を使用した。本発明の金型の強化方法では、素材金型の合金として、熱間金型用高速度工具鋼(SKH、クロム溶出)の他に、熱間金型用合金工具鋼(SKD61,モリブデン、クロム溶出)、およびステンレス鋼(SUS,コバルト溶出)について、相応の作用効果を有することを確認している。また、大面積電子ビームの照射による表面改質方法では、超硬合金(コバルト溶出)に優れた効果を得ることが確認されている。
【0021】
次に、大面積電子ビームの照射によって溶出した含有物質で平滑な表層が形成された金型素材に対して浸硫窒化処理を行なう。マトリクス高速度工具鋼の場合は、金型の表面に3μm程度のクロム層が形成されている。このとき、金型の表面に形成される浸硫膜層の厚さを1μm程度に抑える。浸硫膜層の厚さは、1μm以上であってもよいが、浸硫窒化処理を行なう前の表面改質層の厚さを超えない。
【0022】
この実施の形態の方法は、具体的なプロセスを金型の表面の状態の変化で示すことができる。大面積電子ビームを照射して含有物質の表面改質層を得るプロセスは、
図2に示されるように、含有物質を広く均一に拡がるように溶出させることである。実施の形態においては、クロムが金型の表面に広く均一に分散している。
【0023】
次に、すでに表面改質層が形成されている金型の表面に浸硫窒化処理を行なって、
図3に示されるように、表面に1μm程度で主に含有物質の硫黄化合物をより多く含む浸硫膜層を形成する。表面改質層は、含有物質を広く均一に分散させているので、窒素が含有物質とより結合しやすくなり、硫化鉄よりも多くの割合で硫黄化合物が生成される。実施の形態の金型の場合は、クロムナイトライド(CrN)がより多く生成される。
【0024】
このときのプロセスでは、同時に、実施の形態の強化方法では、浸硫膜層の下側に、含有物質および主物質(鉄)の窒化層および硫化層をほとんど含まないように、数十μmから百μm程度の窒素および硫黄の拡散層を形成する。表面改質層が耐蝕性を有するとともに、表層におけるより多くのクロムが硫黄と結合するので、窒素と硫黄の拡散の速度を遅くして抑制している可能性がある。一般的な浸硫窒化処理では、
図4に示されるように、例えば、マトリクス高速度工具鋼の場合で、25μm程度の厚さの窒化鉄と硫化鉄を多く含み、窒化クロムと硫化クロムを含んでいる窒化層と硫化層が形成されている。
【0025】
図1は、この実施の形態の強化方法によって浸硫膜層と拡散層を得た金型の断面である。
図4は、一般的な浸硫窒化処理で形成される金型の断面である。一般的な浸硫窒化処理で形成される窒化層と硫化層が存在しておらず、窒素と硫黄が均一に分散した拡散層が形成されている。また、一般的な浸硫窒化処理よりも薄い僅か1μm程度の厚さであって、硫黄化合物同士が高密度で結合して均一で円滑な表層が形成されていることがわかる。なお、図に示される本発明の金型における窒素と硫黄の拡散層は、厚さ約25μmである。
【0026】
図5は、この実施の形態の強化方法によって浸硫膜層と拡散層を得た金型の断面であって、1万回使用後の状態を示す。長期間の使用によって窒素と硫黄の拡散層にヒートクラックが発生しているが浸硫膜層の結合力によって浸硫膜層が決裂せずに表面の耐磨耗性を以前と維持していることが判る。
【0027】
なお、実施の形態の金型では、浸硫窒化処理を行なっている間、窒素の含浸による鉄およびクロムとの結合時に生じる圧縮応力の残留応力がすでに形成されている表面改質層における電子ビームの照射で与えられた引張応力の残留応力を解消し、かえって表層に生じる残留応力による歪の発生を小さく抑えている。そのため、一層金型の寿命が長くなる。
【符号の説明】
【0028】
1 表層
2 内側層