特許第6087079号(P6087079)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6087079
(24)【登録日】2017年2月10日
(45)【発行日】2017年3月1日
(54)【発明の名称】燃料電池発電システム及びその制御方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/04 20160101AFI20170220BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20170220BHJP
【FI】
   H01M8/04 Z
   H01M8/10
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2012-163937(P2012-163937)
(22)【出願日】2012年7月24日
(65)【公開番号】特開2014-26740(P2014-26740A)
(43)【公開日】2014年2月6日
【審査請求日】2014年11月17日
【審判番号】不服2016-153(P2016-153/J1)
【審判請求日】2016年1月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】301060299
【氏名又は名称】東芝燃料電池システム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091982
【弁理士】
【氏名又は名称】永井 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100082991
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 泰和
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100107582
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 毅
(74)【代理人】
【識別番号】100150717
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 和也
(72)【発明者】
【氏名】青 木 伸 雄
【合議体】
【審判長】 藤井 昇
【審判官】 堀川 一郎
【審判官】 久保 竜一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−86851(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質膜を挟んで対向配置される燃料極および酸化剤極から成る単電池を複数積層し、前記燃料極に燃料ガスを、前記酸化剤極に酸化剤ガスを供給して発電する燃料電池スタックと、前記燃料極及び酸化剤極のそれぞれに燃料ガス及び酸化剤ガスを供給するガス供給口と、前記燃料極及び酸化剤極のそれぞれに不活性ガスを供給する供給口とを切り替え可能に連通する第1ガス供給配管と、前記酸化剤極に前記燃料ガスを供給する第2ガス供給配管と、前記燃料電池スタック集電端子に接続された直流電源発生装置と、前記燃料電池スタック集電端子に燃料極側を負極、酸化剤極側を正極となるように接続された電子負荷装置と、を備えた燃料電池発電システムの制御方法であって、
前記燃料極と前記酸化剤極の両極を加湿水素雰囲気とした状態で、前記直流電源発生装置により前記燃料電池スタックに直流電圧を印加し、前記電解質膜を透過して前記燃料極及び酸化剤極の一方から他方へ水素を移動させる水素ポンプを行う工程と、
前記水素ポンプを行った後に、前記燃料極に燃料ガスを供給し、前記酸化剤極に酸化剤ガスを供給し、燃料電池スタックの発電を開始し開回路電圧に保持する電圧保持工程と、
前記開回路電圧に保持した燃料電池スタックに、前記電子負荷装置により電気的な負荷を印加する負荷印加工程と、
前記電気的な負荷の印加を停止し、酸化剤極に供給するガスを酸化剤ガスから不活性ガス切り替えて不活性ガスを供給して電圧を下げる不活性ガス処理工程と、
を有することを特徴とする燃料電池発電システムの制御方法。
【請求項2】
前記電圧保持工程、前記負荷印加工程、及び前記不活性ガス処理工程を1サイクルとして所定のサイクル数を繰り返して実行することを特徴とする請求項1記載の燃料電池発電システムの制御方法。
【請求項3】
前記直流電源発生装置により前記燃料電池スタックに直流電圧を印加する際の電流密度は、前記燃料電池スタック使用時の最大電流密度以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の燃料電池発電システムの制御方法。
【請求項4】
前記電子負荷装置による前記燃料電池スタックに電気的負荷を印加する際の電流密度は、前記燃料電池スタック使用時の最大電流密度以上であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の燃料電池発電システムの制御方法。
【請求項5】
前記不活性ガス処理工程において、酸化剤極に不活性ガスを供給した後、前記電子負荷装置により前記燃料電池スタックに電気的な負荷を印加することを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の燃料電池発電システムの制御方法。
【請求項6】
前記燃料電池スタックの温度を、発電時の温度以上、前記燃料電池スタックの構成部材の耐久温度以下にすることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の燃料電池発電システムの制御方法。
【請求項7】
電解質膜を挟んで対向配置される燃料極および酸化剤極から成る単電池を複数積層し、前記燃料極に燃料ガスを、前記酸化剤極に酸化剤ガスを供給して発電する燃料電池スタックと、
前記燃料極及び酸化剤極のそれぞれに燃料ガス及び酸化剤ガスを供給するガス供給口と、前記燃料極及び酸化剤極のそれぞれに不活性ガスを供給する供給口とを切り替え可能に連通する第1ガス供給配管と、
前記酸化剤極に前記燃料ガスを供給する第2ガス供給配管と、
前記燃料電池スタック集電端子に接続された直流電源発生装置と、
前記燃料電池スタック集電端子に燃料極側を負極、酸化剤極側を正極となるように接続された電子負荷装置と、
前記燃料電池スタックへのガスの供給及び停止を前記第1及び第2ガス供給配管の切り替えにより制御するとともに、前記直流電源発生装置及び前記電子負荷装置を制御する制御装置と、
を備え、
前記制御装置は、
前記燃料極と前記酸化剤極の両極を加湿水素雰囲気とした状態で、前記直流電源発生装置により前記燃料電池スタックに直流電圧を印加し、前記電解質膜を透過して前記燃料極及び酸化剤極の一方から他方へ水素を移動させる水素ポンプを行う水素ポンプ手段と、
前記水素ポンプを行った後に、前記燃料極に燃料ガスを供給し、前記酸化剤極に酸化剤ガスを供給し、燃料電池スタックの発電を開始し開回路電圧に保持する電圧保持手段と、
前記開回路電圧に保持した燃料電池スタックに、前記電子負荷装置により電気的な負荷を印加する負荷印加手段と、
前記電気的な負荷の印加を停止し、酸化剤極に供給するガスを酸化剤ガスから不活性ガス切り替えて不活性ガスを供給して電圧を下げる不活性ガス処理手段と、
を有することを特徴とする燃料電池発電システム。
【請求項8】
前記制御装置は、前記電圧保持手段、前記負荷印加手段、及び前記不活性ガス処理手段により実行される一通りの処理を1サイクルとして所定のサイクル数を繰り返して実行することを特徴とする請求項7に記載の燃料電池発電システム。
【請求項9】
前記制御装置は、前記不活性ガス処理手段により、酸化剤極に不活性ガスを供給した後、前記電子負荷装置を制御して前記燃料電池スタックに電気的負荷を印加することを特徴とする請求項7又は8に記載の燃料電池発電システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、燃料電池発電システム及びその制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池発電システムは、水素等の燃料ガスと空気等の酸化剤ガスを電気化学的に反応させることにより、反応ガスのもつ化学的エネルギを電気エネルギに変換する装置である。電気化学的反応により生成するものは水のみであるため、クリーンな発電機として期待されている。
【0003】
さらに、この燃料電池発電システムは、比較的小型であるにもかかわらず、高効率で、発電に伴う発熱を温水や蒸気として回収することにより、コージェネレーションシステムとしての適用が可能である。
【0004】
この燃料電池発電システムの本体は電解質の違い等により様々なタイプのものに分類されるが、中でも、電解質に固体高分子電解質膜を用いた固体高分子形燃料電池は、低温動作性や高出力密度等の特徴から、一般家庭用を視野に入れた小型コージェネレーションシステムや電気自動車用の動力源としての用途に適しており、今後、市場規模が急激に拡大することが予想されている。
【0005】
一般家庭用の小型コージェネレーションシステムを例にとると、都市ガスやLPG等に代表される炭化水素系燃料から水素含有ガスを製造する改質装置、改質装置で製造された水素含有ガスを燃料極にそして大気中の空気を酸化剤極にそれぞれ供給して起電力を発生させる燃料電池スタック、燃料電池スタックで発生した電気エネルギを外部負荷に供給する電気制御装置、および発電に伴う発熱を回収する排熱回収系等から構成されている。
【0006】
このように、燃料電池発電システムの運転には燃料の投入が前提となるため、燃料投入量に対する発電電力量で定義される発電効率が高いほど、燃料使用量の削減が実現でき、ユーザーメリットが高くなる。したがって、発電効率が燃料電池発電システムの性能を示す指標となっている。
【0007】
この燃料電池発電システムにおいて、実際に発電機能を担っている燃料電池スタックは、所定の負荷電流における出力電圧が高いほど、高い発電効率が得られるため、出力電圧が高い高性能な燃料電池スタックが要求されている。
【0008】
固体高分子形燃料電池は、初期的には電極の濡れの進行に伴う三相界面の増加による電池性能の向上、長期的には電極劣化に伴う電池性能の低下が生じる。したがって、製造直後の燃料電池スタックは、予め所定の出力電圧が得られるように、電極の濡れ性を最適化させる燃料電池スタックの初期化操作が必要である。
【0009】
燃料電池スタック初期化操作として、使用時の最大電流密度以上で水素ポンプを実施した後に前記最大電流密度以上で発電を行う方法が提案されている。
【0010】
燃料電池本体の性能向上のためには電極の濡れの進行に伴う三相界面の増加が必要である。三相界面は、気体、固体、液体の三相から成る界面だが、一般的には、気体は電池本体に供給されるガス、固体は電池本体の電極内の触媒、液体は水というのが考えられている。
【0011】
燃料電池本体において、燃料極に水素リッチな燃料ガス、酸化剤極に酸化剤ガスをそれぞれ供給すると、単位セルの一対の電極で次に示す電気化学反応がそれぞれ進行し、電極間で起電力が生じる。
【0012】
燃料極 :2H → 4H+4e ……(1)
酸化剤極:O+4H+4e → 2HO ……(2)
燃料極では、反応式(1)に示すように、供給した水素ガスを水素イオンと電子に解離する(水素酸化反応)。その際、水素イオンは電解質膜を通り、また、電子は外部回路を通り酸化剤極にそれぞれ移動する。一方、酸化剤極では、反応式(2)に示すように、供給した酸化剤ガス中の酸素と上述の水素イオンおよび電子が電気化学的に反応(酸素還元反応)して水を生成する。三相界面の形成及び増加には水の存在、及び存在する水を広げる駆動力が必要である。
【0013】
従来の燃料電池発電システムでは、上式(1)で示されたように解離した水素イオンが、直流電流により固体高分子電解質膜を挟んで対向する電極へ移動する際に水を同伴し、対向電極の三相界面の形成に必要な水を供給するという水素ポンプと称する第1の工程と、上式(1)、(2)の電気化学反応による発電時に電流を増減制御して第1の工程で得られた三相界面を更に広げる第2の工程が実施されていた。第1の工程の水素ポンプにより固体高分子電解質膜の含水率が増加し、かつ電極に三相界面を生成することにより、第2の工程の発電で高負荷運転が可能となる。短時間で効率的に電極の三相界面を生成する為には、多量の水と水素イオンの移動が必要であり、電極内の水素イオンの移動に伴って水が移動し電極内を広がっていくことで三相界面が増加されていくと考えられる。
【0014】
燃料電池本体の電極に使用されている触媒の担持体には一般的にカーボン材料が使用されておりカーボン材料は撥水性が強い材料である。このような撥水性の強いカーボン材料で構成された触媒層の細孔内の水の移動は難しい。電極内の三相界面を効果的に増加させる方法として、水を移動させる駆動力を発生させるほかに、水が移動しやすい環境を作ることが考えられる。上述した第2の工程のような電流の増減のみの発電では、電極内に水が移動しやすい環境を作ることは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2009−104919号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明が解決しようとする課題は、水が移動しやすい環境を作り出し、三相界面の形成及びその増加を最適化する燃料電池発電システム及びその制御方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本実施形態によれば、燃料電池発電システムの制御方法は、電解質膜を挟んで対向配置される燃料極および酸化剤極から成る単電池を複数積層し、前記燃料極に燃料ガスを、前記酸化剤極に酸化剤ガスを供給して発電する燃料電池スタックと、前記燃料極及び酸化剤極のそれぞれに燃料ガス及び酸化剤ガスを供給するガス供給口と、前記燃料極及び酸化剤極のそれぞれに不活性ガスを供給する供給口とを切り替え可能に連通する第1ガス供給配管と、前記酸化剤極に前記燃料ガスを供給する第2ガス供給配管と、前記燃料電池スタック集電端子に接続された直流電源発生装置と、前記燃料電池スタック集電端子に燃料極側を負極、酸化剤極側を正極となるように接続された電子負荷装置と、を備えた燃料電池発電システムの制御方法である。この方法は、前記燃料極と前記酸化剤極の両極を加湿水素雰囲気とした状態で、前記直流電源発生装置により前記燃料電池スタックに直流電圧を印加し、前記電解質膜を透過して前記燃料極及び酸化剤極の一方から他方へ水素を移動させる水素ポンプを行う工程と、前記水素ポンプを行った後に、前記燃料極に燃料ガスを供給し、前記酸化剤極に酸化剤ガスを供給し、燃料電池スタックの発電を開始し開回路電圧に保持する電圧保持工程と、前記開回路電圧に保持した燃料電池スタックに、前記電子負荷装置により電気的な負荷を印加する負荷印加工程と、前記電気的な負荷の印加を停止し、酸化剤極に供給するガスを酸化剤ガスから不活性ガス切り替えて不活性ガスを供給して電圧を下げる不活性ガス処理工程と、を有する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】開回路電圧時のスタック電圧変化と酸化剤極の排ガス中から検出される炭酸ガス濃度の関係を示すグラフである。
図2】第1の実施形態による燃料電池発電システムの概略構成図である。
図3】変形例による燃料電池発電システムの概略構成図である。
図4】第1の実施形態による燃料電池発電システムの初期化方法を説明するフローチャートである。
図5】初期化操作時の電圧及び電流トレンドを示すグラフである。
図6】サイクル数と平均セル電圧との関係を示すグラフである。
図7】サイクル数と平均セル電圧との関係を示すグラフである。
図8】初期化操作時の平均セル電圧を示すグラフである。
図9】第2の実施形態による燃料電池発電システムの初期化方法を説明するフローチャートである。
図10】初期化操作時の電圧及び電流トレンドを示すグラフである。
図11】1サイクルの実施時間を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
発明者等はカーボン材料の微小腐食がカーボン材料の撥水性を弱めていることに着目し、自然電圧から開回路電圧にすることでカーボンが微小腐食することを見出した。以下に発明者等の研究により得たデータの一部と知見を示す。
【0020】
図1は、燃料極に燃料ガスとして純水素、酸化剤極に不活性ガスとして窒素を供給して自然電位の状態から、酸化剤極に供給するガスを窒素から酸化剤ガスとしての空気に切り替えて開回路電圧にした場合の電池スタック電圧と、酸化剤極から排出される炭酸ガスを四重極質量分析器で検出し検出された炭酸ガス濃度を経時的に表したグラフである。
【0021】
自然電位の状態から開回路電圧に至る変化において、炭酸ガス濃度が急激に上昇し、以下の式(3)に示されるような化学反応により電極内のカーボンが腐食して排出されていることが分かる。
【0022】
酸化剤極:C+2HO → CO+4H+4e ……(3)
以下、触媒層内のカーボン材料の撥水性を弱め、電気化学反応により生成された水が移動しやすい環境を作りだすことによって、三相界面の形成及びその増加を効果的に最適化する燃料電池発電システム及びその制御方法の実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0023】
(第1の実施形態)図2は第1の実施形態による燃料電池発電システムの概略構成図である。図2において、実線はガス配管、破線は電気配線の結線図を示している。燃料電池スタックは、燃料極、酸化剤極及び前記両極を対向配置してなる電解質膜とから成る単位セルを任意数積層した積層体であるが、本図では単セル分のみ示されている。
【0024】
図2に示すように、燃料電池発電システムは、燃料電池スタック1の燃料極1aおよび酸化剤極1bとそれぞれ連通するガス供給口に接続されたガス供給配管、および燃料電池スタック1の集電端子に燃料極側を負極、酸化剤極側を正極となるように接続された電子負荷装置2と、燃料電池スタック1の集電端子に接続した直流電源発生装置3とを備えている。
【0025】
ガス供給配管には、燃料極ガスバルブ4a、燃料極窒素供給バルブ4b、燃料極ガス切り替えバルブ4c、酸化剤極ガスバルブ4d、酸化剤極窒素供給バルブ4e、酸化剤極ガス切り替えバルブ4fが設けられている。さらに、ガス供給配管には、酸化剤極1bに水素を供給するための水素供給バルブ4hが配置されている。また、ガス排出配管には排出バルブ4gが設けられている。
【0026】
制御装置5は、バルブの開閉及びガスの切り替えを実施して、燃料電池スタック1の燃料極1aに窒素または水素を供給/排出し、酸化剤極1bに水素、窒素または空気を供給/排出する。また、制御装置5は、電子負荷装置2と直流電源発生装置3の切り替えを行うと共に、電子負荷装置2及び直流電源発生装置3で燃料電池スタック1に印加する負荷を制御し、燃料電池スタック1に任意の負荷を印加する。
【0027】
本実施形態による燃料電池スタック1は積層数30セルの内部加湿方式を用いており、燃料電池スタック1に供給されるガスは、スタック内部で加湿され、電極内部では相対湿度100%となる。なお、外部加湿方式のセルを用いる場合には、図3に示すように、加湿器6を設け、燃料電池スタック1に供給するガスを相対湿度が100%近傍となるようにする。
【0028】
燃料極1aに水素ガス、酸化剤極1bに窒素を供給して自然電位の状態から、酸化剤極1bへ供給するガスを窒素から空気に切り替えることによって開回路電圧になる。自然電位から開回路電圧への急激な電圧変化により酸化剤極の電極内は式(4)に示すような化学反応が生じている。
【0029】
酸化剤極:C+2HO → CO+4H+4e ……(4)
式(4)で示されるような化学反応により電極内のカーボンが微小腐食して電極内に使用されているカーボン材料の撥水性が弱まる。
【0030】
その後、電子負荷装置等により電流を取ることによって、燃料極1a、酸化剤極1bでは次に示すような電気化学反応が生じる。
【0031】
燃料極 :2H → 4H+4e ……(5)
酸化剤極:O+4H+4e → 2HO ……(6)
燃料極では、式(5)に示すように水素イオンと電子に解離し、水素イオンは電解質膜を通り、また、電子は外部回路を通り酸化剤極にそれぞれ移動する。
【0032】
一方、酸化剤極では、式(6)に示すように、供給した酸化剤ガス中の酸素と前記水素イオンおよび電子が電気化学的に反応して水を生成する。
【0033】
このように、酸化剤極で水が生成されるためには燃料極から酸化剤極への水素イオンの移動が必要である。また、水素イオンは水を伴う為、水素イオンが移動することによって水が移動していくことが考えられる。電極内の三相界面の形成かつその増加には水の生成と水の移動が必要である為、水素イオンを常時供給し動かすことが必要である。
【0034】
電子が移動する外部回路部分に固定抵抗を用いて負荷を印加して水素イオンを動かすことも可能であるが、三相界面が十分に形成されていない状態の電池においては経時的な電圧低下量が大きく、そのため個々の電池性能や用いる固定抵抗体の抵抗量によっては負荷が印加できなくなる、もしくは固定抵抗の負荷が経時的に少なくなってしまう可能性がある。触媒層内の三相界面の形成をより速く、より多く行うためには、より多くの水素イオンを常時動かし続けることが必要であり、そのためには外部回路には一定の負荷を常時印加可能な電子負荷装置等がより好ましいと考えられる。
【0035】
微小腐食により酸化剤極のカーボン材料の撥水性が弱まっているため酸化剤極で生成した水はカーボン材料で構成された電極の細孔内を移動しやすい状況下にあり、前記生成水が電極の細孔内を拡散することにより電極内の三相界面が増加する。
【0036】
次に本実施形態に係る燃料電池スタックの初期化方法を図4に示すフローチャートを用いて説明する。
【0037】
燃料電池スタック1とガス系配管、電気系配線の接続を行った後、燃料極窒素供給バルブ4b、酸化剤極窒素供給バルブ4eおよび排出バルブ4gをそれぞれ開き(ステップS101)、燃料極ガス切り替えバルブ4cと酸化剤極ガス切り替えバルブ4fとを窒素側に切り替えて燃料極1a、および酸化剤極1bを窒素でパージする(ステップS102)。燃料極1a及び酸化剤極1bを十分に窒素でパージした後(ステップS103のYES)、燃料極窒素供給バルブ4b及び酸化剤極窒素供給バルブ4eを閉止して燃料極ガス切り替えバルブ4cを水素側に切り替え(ステップS104)、極水素供給バルブ4hを開き、燃料極ガスバルブ4aを開いて燃料極1a及び酸化剤極1bに水素を供給した(ステップS105)。このときの水素供給量は、電流密度1.0A/cmにおける燃料利用率80%相当の水素量である。燃料利用率に関しては、燃料利用率10%から90%までが好ましい。
【0038】
燃料極1a及び酸化剤極1bを水素で満たした後、直流電源発生装置3にて負荷を印加し(ステップS106)、この状態を5分間保持した。このとき直流電源発生装置3にて印加した負荷は1.0A/cmである。直流電源発生装置3の接続については、燃料極1aを正極、酸化剤極1bを負極としてもよいし、燃料極1aを負極、酸化剤極1bを正極としてもよい。
【0039】
また、本実施形態では、燃料極1a及び酸化剤極1bの両極を水素で満たしているが、燃料極1a及び酸化剤極1bの1方において窒素が供給された状態でもよい。ただし、一方の極に水素、他方の極に窒素を供給して実施する場合は、直流電源発生装置3の接続は、水素を供給している極を正極、窒素を供給している極を負極とする。
【0040】
さらに、本操作を実施する際の温度については、燃料電池スタック1使用時の温度以上、燃料電池スタック1の各構成部材のうち正常に動作が認められている一番低い温度未満とすることが好ましい。
【0041】
直流電源発生装置3にて負荷を印加した状態を5分間保持した後(ステップS107のYES)、直流電源発生装置3で印加していた負荷をゼロにして直流電源発生装置3を切り離す(S108)。
【0042】
直流電源発生装置3を切り離した後、水素供給バルブ4hを閉止し、酸化剤極窒素供給バルブ4eおよび排出バルブ4gをそれぞれ開いて、酸化剤極1bを窒素パージする(ステップS109)。このとき、酸化剤極に吸着している微量の酸素により、燃料極1aに水素を供給した直後に、一時的に起電力が発生し、その後、水素のクロスオーバー量に応じた自然電位に安定する。本実施形態では、燃料極を基準とした単セルの平均セル電圧は80mVとなった。
【0043】
酸化剤極1bを十分に窒素でパージし(ステップS110のYES)、燃料極1aに水素が供給された後、酸化剤極窒素供給バルブ4eを閉止して酸化剤極ガス切り替えバルブ4fを空気側に切り替え(ステップS111)、酸化剤極ガスバルブ4dを開き、酸化剤極1bに空気を供給した(ステップS113)。空気供給量は、電流密度1.0A/cmにおける空気利用率40%相当の量とした。空気利用率に関しては、空気利用率10%から燃料電池スタックの使用時の空気利用率までが好ましい。このときの単セルの開回路電圧は例えば1010mVである。開回路電圧が900mV以上であれば(ステップS114のYES)、開回路電圧の状態を所定時間、例えば30秒間保持する。
【0044】
開回路電圧の状態を30秒間保持した後(ステップS115のYES)、電子負荷装置2により、燃料電池スタック1に1.0A/cm相当の負荷を印加し(ステップS116)、スタック電圧が所定値V以上の場合は(ステップS117のYES)、1.0A/cmを印加した状態を1分間保持した。負荷を印加した状態の保持時間に関しては1分以上実施することが好ましい。ただし、30分以上保持実施してもスタック電圧の上昇効果は見られないことから、負荷を印加した状態を保持する時間は1分以上30分未満がより好ましい。
【0045】
負荷印加状態を1分間保持した後(ステップS118のYES)、負荷を印加することを停止し(ステップS119)、酸化剤極ガスバルブ4dを閉止し(ステップS120)、酸化剤極ガス切り替えバルブ4fを窒素側に切り替えた後、酸化剤極窒素供給バルブ4eを開いて酸化剤極1bの窒素パージを行って自然電位まで電圧を低下させる(ステップS121、S122)。
【0046】
各セル電圧が自然電位まで低下してから5分間保持し、十分に窒素パージを行った後(ステップS122のYES)、酸化剤極窒素供給バルブ4eを閉止して酸化剤極ガス切り替えバルブ4fを酸化剤極側に切り替えた後、酸化剤極ガスバルブ4dを開き、酸化剤極1bに空気を供給して開回路電圧にした(ステップS113)。
【0047】
このように自然電位から開回路電圧にし、電子負荷装置2による発電操作を経て、窒素パ−ジを行って自然電位まで低下させる1連の操作を1サイクルとする。本実施形態では、本サイクルを20サイクル実施した(ステップS113〜S122)。
【0048】
サイクル操作実施後は、燃料極ガス切り替えバルブ4cを窒素側に切り替えた後、燃料極窒素供給バルブ4bを開いて燃料極1aの窒素パージを行う(ステップS125)。そして、燃料極ガスバルブ4aを閉じ(ステップS126)、排出バルブ4gを閉じる(ステップS127)。
【0049】
本操作を実施する際の温度については、燃料電池スタック1使用時の温度以上、燃料電池スタック1の各構成部材のうち正常に動作が認められている一番低い温度未満とすることが好ましい。また、水素ポンプ時の電流密度は、燃料電池スタック1使用時の最大電流密度以上としてもよい。また、ステップS116において、電子負荷装置2が電気的負荷を印加する際の電流密度を、燃料電池スタック1使用時の最大電流密度以上としてもよい。
【0050】
以上のような初期化操作時の電圧及び電流トレンドを図5(a)(b)に示す。
【0051】
また、図6に、サイクル数と平均セル電圧及びサイクル数とサイクルによる上昇電圧の関係を示す。サイクルによる上昇電圧とは、前のサイクル操作によって得られた電圧と今回実施したサイクル操作によって得られた電圧の差分を表している。例えば、1回目のサイクル操作時の電圧が500mVで、2回目のサイクル操作時の電圧が520mVだった場合、サイクルによる上昇電圧は+20mVとなる。また、図7に、サイクル操作を多数回実施した場合のサイクル数と平均セル電圧の関係を示す。
【0052】
図6から分かるとおり、サイクル回数10回までは上昇電圧が大きいが、それ以降は上昇電圧が小さくなっていく。また、図7から明らかなように、サイクル操作100回以上ではセル電圧は下降傾向にあり、サイクル操作による効果が得られない。
【0053】
個々の電池の仕様や閾値による違いによってサイクル操作回数は変わるものの、運用上問題ないセル電圧を得る為には、サイクル操作回数を10回以上100回以下とする。より好ましくは、10回以上50回以下とする。
【0054】
また、サイクル操作の終了判断基準として、本実施形態ではサイクル操作を20回実施すると必要なセル電圧を得ることが予め分かっていたが、必要なセル電圧を閾値にしてサイクル操作の終了基準としたり、上昇電圧を閾値としてサイクル操作の終了基準としたりしてもよい。
【0055】
本実施の形態における燃料電池スタックの初期化方法を実施した後、セル性能を確認した。図8には、本実施の形態による、燃料電池スタックの平均セル電圧を示す。効果を比較するため、初期化操作を実施しない場合の電圧(比較例)を示す。上記セル電圧の測定条件はすべて同一であり、燃料極に水素(燃料利用率80%)、酸化剤極に空気(酸素利用率60%)を供給し、電池温度70℃、電流密度0.2A/cmにおけるスタック平均セル電圧を示したものである。
【0056】
図8から明らかなように、初期化を実施しない比較例と比較して、実用上問題のないレベルまで燃料電池スタック平均セル電圧は上昇しており、初期化操作による効果が得られていることがわかる。
【0057】
このように、本実施形態によれば、短時間に、水が移動しやすい環境を作り出し、三相界面の形成及びその増加を最適化することができる。
【0058】
(第2の実施形態)本実施形態は第1の実施形態の変形例であり、第1の実施形態において、電気的な負荷を印加して保持した燃料電池スタック1に、電気的な負荷を印加するのを止めて酸化剤極に供給するガスを酸化剤ガスから不活性ガス切り替えて不活性ガスを供給する工程で、電気的な負荷を印加して電圧を下げる操作を実施するものである。なお、燃料電池発電システムの装置構成及び上記の処理以外は第1の実施形態と同様である。以下では、第1の実施形態と異なる処理についてのみ説明する。
【0059】
本実施形態では、図9のフローチャートに示すとおり、ステップS222〜S225の処理が第1の実施形態と異なる。図9のステップS201〜S221、S226〜S230は、図4のステップS101〜S121、S123〜S127と同様である。
【0060】
酸化剤極1bへの供給ガスを空気から窒素に切り替えて酸化剤極1bを窒素パージする際、燃料電池スタック1に接続されている電子負荷装置2で低負荷を印加し(ステップS222)、速やかに前記スタック電圧を低下させて(ステップS223のYES)、スタック電圧が低下し所定の時間保持した後(ステップS224のYES)、負荷印加を停止する(ステップS225)。その後、第1の実施形態と同一の手順で、酸化剤極1bに空気を導入して開回路電圧にする操作を行った。
【0061】
図10(a)(b)は、本実施形態における初期化操作時の電圧及び電流トレンドを示している。
【0062】
電子負荷装置2で負荷を印加する操作中には、燃料極1a、酸化剤極1bには次に示すような電気化学反応が生じる。
【0063】
燃料極 :2H → 4H+4e ……(7)
酸化剤極:O+4H+4e → 2HO ……(8)
酸化剤極1bに不活性ガスの窒素が導入された後、電子負荷装置2で負荷を印加することで、燃料極1aで解離した水素イオンと電子(式(7)参照)がそれぞれ水素イオンは電解質膜1cを通り、電子は外部回路を通り酸化剤極1bに移動した後、式(8)で示されるように酸化剤極1bで残存した酸素と燃料極1aから移動してきた水素イオンと電子とが酸素還元反応をして酸化剤極1bの酸素が消費される。このことにより、酸化剤極1bの電位が下がり、スタック電圧は下がることとなる。本実施形態では単セル電圧が100mV以下となるように電子負荷装置2の負荷値を設定して1分間実施した。負荷値の設定は、単セル電圧が200mV以下にすることが好ましく、100mV以下にすることがより好ましい。
【0064】
負荷を印加する場合、外部回路部分に固定抵抗を用いても良い。ただし、スタック電圧を下げる時間を短くする為に酸化剤極1bで積極的に酸素還元反応を行って酸化剤極1bの酸化剤を消費することを目的としているので、固定抵抗を用いた場合、抵抗体の抵抗量によっては負荷が印加できなくなって酸化剤極1bの酸化剤の消費が十分に行えない場合も考えられる。そのため、負荷を印加する場合は、一定の負荷を常時印加可能な電子負荷装置等がより好ましい。
【0065】
図11は、ステップS221で不活性ガスを供給する際に、電気的な負荷を印加した場合(本実施形態)と電気的負荷を印加しない場合(比較例)の1サイクルの実施時間を示す。図11から明らかなように、電気的負荷の印加を行わない比較例と比較して、1サイクルの実施時間を短縮できることがわかる。
【0066】
本実施形態では、上記第1の実施形態に加えて、酸化剤極1bへ供給するガスを酸化剤ガスから不活性ガスに切り替えた後に電気的な負荷を印加することにより酸化剤極1bの酸素の消費が強制的に行われるためスタック電圧が低下する時間がさらに短縮される。このことにより燃料電池スタック1の初期化操作をより効率的良く実施できる。
【0067】
以上説明した少なくともひとつの実施形態によれば、水が移動しやすい環境を作り出し、三相界面の形成及びその増加を最適化することができる。
【0068】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0069】
1 燃料電池スタック
1a 燃料極
1b 酸化剤極
1c 電解質膜
2 電子負荷装置
3 直流電源発生装置
4a 燃料極ガスバルブ
4b 燃料極窒素供給バルブ
4c 燃料極ガス切り替えバルブ
4d 酸化剤極ガスバルブ
4e 酸化剤極窒素供給バルブ
4f 酸化剤極ガス切り替えバルブ
4g 排気バルブ
4h 水素供給バルブ
5 制御装置
6 加湿器
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11