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特許6087171人の状態推定装置およびそれを備えた輸送機器
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6087171
(24)【登録日】2017年2月10日
(45)【発行日】2017年3月1日
(54)【発明の名称】人の状態推定装置およびそれを備えた輸送機器
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/18 20060101AFI20170220BHJP
   A61B 5/11 20060101ALI20170220BHJP
【FI】
   A61B5/18
   A61B5/10 310Z
【請求項の数】10
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2013-40573(P2013-40573)
(22)【出願日】2013年3月1日
(65)【公開番号】特開2014-168506(P2014-168506A)
(43)【公開日】2014年9月18日
【審査請求日】2016年1月27日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 〔刊行物〕 ヒューマンインタフェースシンポジウム2012 論文集 〔発行者〕 特定非営利活動法人 ヒューマンインタフェース学会 〔発行日〕 平成24年9月4日 〔刊行物等〕 〔集会名〕 ヒューマンインタフェースシンポジウム2012 〔開催場所〕 九州大学大橋キャンパス 〔開催日〕 平成24年9月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】305027401
【氏名又は名称】公立大学法人首都大学東京
(73)【特許権者】
【識別番号】000010076
【氏名又は名称】ヤマハ発動機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100093056
【弁理士】
【氏名又は名称】杉谷 勉
(74)【代理人】
【識別番号】100142930
【弁理士】
【氏名又は名称】戸高 弘幸
(74)【代理人】
【識別番号】100175020
【弁理士】
【氏名又は名称】杉谷 知彦
(74)【代理人】
【識別番号】100180596
【弁理士】
【氏名又は名称】栗原 要
(72)【発明者】
【氏名】山中 仁寛
(72)【発明者】
【氏名】森島 圭祐
(72)【発明者】
【氏名】大本 浩司
【審査官】 山口 裕之
(56)【参考文献】
【文献】 特開平9−254742(JP,A)
【文献】 特開2011−115450(JP,A)
【文献】 特開2008−79737(JP,A)
【文献】 登録実用新案第3158494(JP,U)
【文献】 国際公開第2010/032424(WO,A1)
【文献】 特開2014−113227(JP,A)
【文献】 森島 圭祐,眼球運動関連パラメータを用いた視野測定,ヒューマンインターフェース学会論文誌,2013年 2月25日,15(1/4),121−130
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/18
A61B 5/11
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
眼球運動を計測する眼球運動計測部と、
前記眼球運動計測部の計測結果に基づいて、眼球運動の速度が第1速度以上であり、かつ、眼球運動の運動量が第1量以上である眼球運動を急速眼球運動と特定する第1特定部と、
前記眼球運動計測部の計測結果に基づいて、前記急速眼球運動のうち、運動量が前記第1量未満である修正眼球運動が付随する前記急速眼球運動を修正付随急速眼球運動と特定する第2特定部と、
前記眼球運動計測部の計測結果に基づいて、前記修正付随急速眼球運動の速度に関する速度指標を算出する速度算出部と、
前記修正付随急速眼球運動の速度指標に基づいて、人の内的状態を推定する推定部と、
を備える人の状態推定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の人の状態推定装置において、
前記第2特定部は、前記急速眼球運動が終了した時から所定時間内に発生する眼球運動であって、眼球運動の速度が第2速度以上であり、かつ、眼球運動の運動量が前記第1量以下である第2量よりも小さい眼球運動を、前記修正眼球運動と特定する人の状態推定装置。
【請求項3】
請求項2に記載の人の状態推定装置において、
前記第2特定部は、前記修正眼球運動を、眼球運動の運動量が前記第2量よりも小さい第3量以上である眼球運動のみに限る人の状態推定装置。
【請求項4】
請求項1から3のいずかに記載の人の状態推定装置において、
前記推定部は、前記速度指標、及び、前記修正付随急速眼球運動の運動量に基づいて、人の内的状態を推定する人の状態推定装置。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の人の状態推定装置において、
前記推定部は、前記速度指標を閾値と比較することによって人の内的状態を推定する人の状態推定装置。
【請求項6】
請求項5に記載の人の状態推定装置において、
前記閾値は、前記修正付随急速眼球運動の運動量に応じて変化する人の状態推定装置。
【請求項7】
請求項1から4のいずれかに記載の人の状態推定装置において、
前記推定部は、前記速度指標および前記修正付随急速眼球運動の運動量の関係を表す関係式を算出し、この関係式の係数に基づいて人の内的状態を推定する人の状態推定装置。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載の人の状態推定装置において、
さらに、前記推定部によって推定された人の内的状態に応じた情報を出力する情報出力部を備える人の状態推定装置。
【請求項9】
請求項1から8のいずれかに記載の人の状態推定装置を備える輸送機器。
【請求項10】
請求項9の輸送機器において、
前記人の状態推定装置は、前記推定部によって推定された人の内的状態に応じて輸送機器の制御パラメータを変更させる輸送機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人の状態推定装置およびそれを備えた輸送機器に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1乃至4は、生体情報に基づいて人の内的状態を推定する技術を開示する。
【0003】
特許文献1は、人の集中度を評価する集中度評価装置を開示する。集中度評価装置は、まず、人が基準となる視覚情報を視認したときの眼球運動、頭部運動および視野変動を測定する。これらの測定結果に基づいて反射性眼球運動(例えば、前庭動眼反射や視運動反射)のモデルを計算する。次に、人が任意の視覚情報を視認したときの眼球運動、頭部運動および視野変動を測定する。そして、これらの測定結果を予め計算されたモデルと比較することによって、人の集中度を推定する。
【0004】
特許文献2は、人が眠気を自覚する前の予兆を検出する眠気予兆検出装置を開示する。眠気予兆検出装置は、頭部運動と眼球運動を測定する。眼球運動の測定結果に基づいて眼球回転角速度を特定する。また、頭部運動の測定結果に基づいて理想眼球運動角速度を計算する。理想眼球運動角速度は、眼球運動が頭部運動を補償するときの眼球の理想的な角速度である。そして、特定された眼球回転角速度と計算された理想眼球運動角速度とに基づいて、前庭動眼反射を検出する。この前庭動眼反射によって、眠気の予兆を判定する。
【0005】
特許文献3は、知覚・運動系の精神作業負荷と知覚・中枢系の精神作業負荷をそれぞれ推定する精神作業負荷検出装置を開示する。精神作業負荷検出装置は、サッカードを計測し、かつ、スピーカからランダムに音を発生させながら、脳波を検出する。検出された脳波を解析することによって、目の動きに応じた脳波と事象(音の発生)に応じた脳波に分ける。前者の脳波は、サッカードの終了時点から所定時間経過後におけるラムダ反応である。後者の脳波は、音の終了時点から所定時間経過後における聴覚P300である。そして、ラムダ反応および聴覚P300が時間の経過に伴って増加しているか、減少しているかを判定する。この判定結果によって、精神作業の種類および負荷を推定する。
【0006】
特許文献4は、車両運転中のドライバの覚醒度を検出する覚醒度低下検出装置を開示する。覚醒度低下検出装置は、ドライバの視線方向を検出する。視線方向の検出結果に基づいて視線の移動速度を算出する。さらに、所定時間内における視線の移動速度の頻度分布パターンを逐次作成する。そして、逐次作成される頻度分布パターンを、車両運転を開始した直後における頻度分布パターンと比較し、ドライバの覚醒度が低下したか否かを判定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−79737号公報
【特許文献2】国際公開第2010/032424号
【特許文献3】特開2009−297129号公報
【特許文献4】特開平09−254742号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、このような構成を有する従来例の場合には、次のような問題がある。
すなわち、特許文献1、2の技術では、眼球運動のみならず頭部運動等を測定するので、測定部の構成が複雑になる。また、前庭動眼反射等のモデルや理想眼球運動角速度を予め計算しておき、これらの仮想的な計算結果と現実の生体情報の測定結果とに基づいて集中度や眠気の予兆を推定するので、演算処理が複雑かつ膨大となる。
【0009】
特許文献3の技術では、脳波の電位は数μVから数十μVと非常に小さく、かつ、ノイズの影響を受けやすいので、生体情報を適切に検出すること自体が比較的に困難である。
【0010】
特許文献4の技術では、所定時間内に発生する視線移動には、ライダーの意思に基づく随意的な視線移動やライダーの意思によらない不随意的な視線移動などが混在している。これらの視線移動の全部に基づいて速度頻度分布パターンを作成するので、速度頻度分布パターンによって覚醒度以外のドライバの内的状態を精度よく検出することは困難である。覚醒度以外のドライバの内的状態は、例えば、ドライバの精神作業負担レベル、集中レベル(集中度)、余裕度または情報処理パフォーマンスなどである。これらは、覚醒度が低下していなくても、低下する場合がある。
【0011】
この発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、眼球運動の計測結果に基づいて人の内的状態を精度よく推定することができる人の状態推定装置およびそれを備えた輸送機器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、このような目的を達成するために、次のような構成をとる。
すなわち、本発明は、眼球運動を計測する眼球運動計測部と、前記眼球運動計測部の計測結果に基づいて、眼球運動の速度が第1速度以上であり、かつ、眼球運動の運動量が第1量以上である眼球運動を急速眼球運動と特定する第1特定部と、前記眼球運動計測部の計測結果に基づいて、前記急速眼球運動のうち、運動量が前記第1量未満である修正眼球運動が付随する前記急速眼球運動を修正付随急速眼球運動と特定する第2特定部と、前記眼球運動計測部の計測結果に基づいて、前記修正付随急速眼球運動の速度に関する速度指標を算出する速度算出部と、前記修正付随急速眼球運動の速度指標に基づいて、人の内的状態を推定する推定部と、を備える人の状態推定装置である。
【0013】
[作用・効果]本発明によれば、眼球運動計測部は眼球運動を測定する。第1特定部は、眼球運動の中から第1速度以上の速度で第1量以上を移動する眼球運動のみを抽出し、抽出された眼球運動を急速眼球運動と特定する。第2特定部は、急速眼球運動の中から修正付随急速眼球運動を抽出する。具体的には、急速眼球運動に付随する修正眼球運動が急速眼球運動の後に発生している場合には、その修正眼球運動に関連する急速眼球運動を修正付随急速眼球運動と特定する。速度算出部は、修正付随急速眼球運動に基づいて速度指標を算出する。速度指標は、1または複数の修正付随急速眼球運動を代表する指標である。推定部は、この速度指標を用いて人の内的状態を推定する。
【0014】
このように、生体情報として比較的に簡易に測定可能な眼球運動のみを使用するので、計測部の簡素化を図ることができる。また、特定の眼球運動である修正付随急速眼球運動のみを推定の基礎とするので、人の内的状態の推定精度を高めることができる。すなわち、計測部の簡素化を図りつつ、人の内的状態を精度よく推定できる。
【0015】
上述した発明において、前記第2特定部は、前記急速眼球運動が終了した時から所定時間内に発生する眼球運動であって、眼球運動の速度が第2速度以上であり、かつ、眼球運動の運動量が前記第1量以下である第2量よりも小さい眼球運動を、前記修正眼球運動と特定することが好ましい。これによれば、急速眼球運動に付随する修正眼球運動を的確に特定できる。
【0016】
また、上述した発明において、前記第2特定部は、前記修正眼球運動を、眼球運動の運動量が前記第2量よりも小さい第3量以上である眼球運動のみに限ることが好ましい。これによれば、急速眼球運動に関連する修正眼球運動を一層的確に特定することができる。
【0017】
また、上述した発明において、前記推定部は、前記速度指標、及び、前記修正付随急速眼球運動の運動量に基づいて、人の内的状態を推定することが好ましい。これによれば、速度指標のみならず修正付随急速眼球運動の運動量を考慮して人の内的状態を推定するので、推定精度を一層高めることができる。
【0018】
また、上述した発明において、前記推定部は、前記速度指標を閾値と比較することによって人の内的状態を推定することが好ましい。これによれば、推定部の処理を簡素化できる。
【0019】
また、上述した発明において、前記閾値は、前記修正付随急速眼球運動の運動量に応じて変化することが好ましい。これによれば、推定精度をさらに高めることができる。
【0020】
また、上述した発明において、前記推定部は、前記速度指標および前記修正付随急速眼球運動の運動量の関係を表す関係式を算出し、この関係式の係数に基づいて人の内的状態を推定することが好ましい。複数の修正付随急速眼球運動を基礎とする場合であっても、係数によってこれらを一括りにまとめることができる。よって、推定部は人の内的状態を一括して推定できる。
【0021】
また、上述した発明において、さらに、前記推定部によって推定された人の内的状態に応じた情報を出力する情報出力部を備えることが好ましい。これによれば、内的状態の推定結果に応じて適切な情報をライダーに提示できる。
【0022】
また、本発明は、上述した発明に係る人の状態推定装置を備える輸送機器である。
【0023】
[作用・効果]本発明によれば、人の状態推定装置によって、輸送機器を運転、操縦する人等の内的状態を好適に推定することができる。
【0024】
また、上述した発明において、前記人の状態推定装置は、前記推定部によって推定された人の内的状態に応じて輸送機器の制御パラメータを変更させることが好ましい。これによれば、輸送機器を運転、操縦する人等の内的状態に応じて輸送機器の操縦性を適切に調整できる。
【0025】
なお、本明細書は、次のような鞍乗型車両に係る発明も開示している。
【0026】
(1)上述した発明に係る人の状態推定装置を備える鞍乗型車両。
【0027】
前記(1)に記載の発明によれば、人の状態推定装置によって、鞍乗型車両を運転するライダーの内的状態を好適に推定することができる。
【0028】
(2)車体と、ヘルメットに取り付けられ、ライダーの眼球運動を計測する眼球運動計測部と、前記眼球運動計測部の計測結果に基づいて、眼球運動の速度が第1速度以上であり、かつ、眼球運動の運動量が第1量以上である眼球運動を急速眼球運動と特定する第1特定部と、前記眼球運動計測部の計測結果に基づいて、前記急速眼球運動のうち、運動量が前記第1量未満である修正眼球運動が付随する前記急速眼球運動を前記修正付随急速眼球運動と特定する第2特定部と、前記眼球運動計測部の計測結果に基づいて、前記修正付随急速眼球運動の速度に関する速度指標を算出する速度算出部と、前記修正付随急速眼球運動の速度指標に基づいて、人の内的状態を推定する推定部と、を備える鞍乗型車両。
【0029】
前記(2)に記載の発明によれば、ライダーが装着するヘルメットに眼球運動計測部を取り付けることによって、眼球運動計測部を好適に配置できる。このように、鞍乗型車両に対しては、人の状態推定装置を好適に適用することができる。
【0030】
(3)上述した発明において、前記第1速度は前記第2速度と等しいことが好ましい。これにより、第1特定部の処理の一部と第2特定部の処理の一部が共通となり、処理を簡素化できる。また、第1特定部および第2特定部の一方の処理結果を他方の処理において流用できる。
【0031】
(4)上述した発明において、前記第2量は前記第1量より小さいことが好ましい。これにより、人の内的状態の推定精度を高めることができる。
【0032】
(5)上述した発明において、前記推定部は、前記第1量よりも大きな下限値以上の運動量を有する前記修正付随急速眼球運動のみにおける前記速度指標に基づいて、人の内的状態を推定することが好ましい。推定の基礎を、さらに、人の内的状態が顕在化し易い速度指標のみに絞ることが可能となる。これにより、推定を効率よく、かつ、精度よく行うことができる。
【発明の効果】
【0033】
この発明に係る人の状態推定装置およびそれを備えた輸送機器によれば、簡易に計測できる眼球運動の計測結果に基づいて、人の内的状態を精度よく推定できる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】本実施例に係る鞍乗型車両の概略構成を示す側面図である。
図2】鞍乗型車両に乗車するライダーの視野を模式的に示す図である。
図3】実施例における内的状態推定装置の機能ブロック図である。
図4】実施例における内的状態推定装置の処理手順を示すフローチャートである。
図5】眼球運動の速度と時間の関係を示す図である。
図6】修正付随急速眼球運動の運動量と速度指標の関係を例示する図である。
図7】修正付随急速眼球運動の運動量と速度指標の関係を例示する図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、図面を参照して本発明の実施例を説明する。実施例では、輸送機器として鞍乗型車両1を例に採って説明する。以下の説明において、前後、左右、上下とは、鞍乗型車両1に乗車したライダーにとっての「前」、「後」、「左」、「右」、「上」、「下」を意味する。
【0036】
1.鞍乗型車両1の概略構成
図1は、本実施例に係る鞍乗型車両1の概略構成を示す側面図である。鞍乗型車両1の車体2は、メインフレーム3を有する。メインフレーム3の前端上部にはヘッドパイプ4が支持されている。ヘッドパイプ4にはステアリングシャフト5が挿通されている。ステアリングシャフト5の上端部にはハンドル6が連結されている。ステアリングシャフト5の下端部には一対のフロントフォーク7が連結されている。フロントフォーク7の下端部には前輪8が回転可能に取り付けられている。ハンドル6を操舵すると、ステアリングシャフト5およびフロントフォーク7が一体に回転し、前輪8の向きが変わる。フロントフォーク7は伸縮可能であり、前輪8の振動を吸収する。フロントフォーク7の下端部には前輪8の回転を制動するためのブレーキ9が取り付けられている。ブレーキ9は、ブレーキレバー(図示省略)の操作によって作動する。
【0037】
メインフレーム3の上部には、燃料タンク10とシート11とが支持されている。燃料タンク10の下方には、エンジン12と変速機13とが配置されている。これらエンジン12および変速機13も、メインフレーム3に支持されている。変速機13は、エンジン12で発生した動力を出力するドライブ軸13aを備えている。ドライブ軸13aにはドライブスプロケット14が連結されている。メインフレーム3の下部後側にはスイングアーム15が揺動可能に支持されている。スイングアーム15の後端部には、ドリブンスプロケット16および後輪17が回転可能に支持されている。チェーン18は、ドライブスプロケット14の動力をドリブンスプロケット16に伝達する。これにより、エンジン12で発生した動力は、後輪17に伝達される。
【0038】
シート11の下部には、車体2を制御するECU(Electronic Control Unit;電子制御ユニット)19が配置されている。ECU19は、制御パラメータによって車体2の各部の動作を制御する。
【0039】
さらに、シート11の下部には、演算処理装置(マイクロプロセッサ)21、記憶部22および無線通信機23が配置されている。
【0040】
ハンドル6の前方には、表示部24が配置されている。表示部24は、例えばディスプレイモニタや、スマートフォンなどの携帯情報端末である。
【0041】
ハンドル6には、抵抗力調整部25が取り付けられている。ハンドル6にはライダーによって操作されるアクセルグリップ6aが設けられている。このアクセルグリップ6aの回転に対する抵抗力(反力)を抵抗力調整部25が可変する。なお、図示の便宜上、アクセルグリップ6aは左側に配置されているが、右側に配置されていてもよい。
【0042】
シート11には、振動発生部26が取り付けられている。振動発生部26は、ライダーが着座するシート11を振動させる。
【0043】
ライダーが着用するヘルメット31には、アイカメラ32、音声出力部33および無線通信機34が取り付けられている。アイカメラ32は、ヘルメット31の前面に形成される開口部の下部に配置されている。音声出力部33はヘルメット31の側部内側に配置されている。音声出力部33は、例えばヘッドホンやスピーカである。
【0044】
上述した演算処理装置21、記憶部22、表示部24、抵抗力調整部25、振動発生部26、アイカメラ32、音声出力部33および無線通信機23、34は、内的状態推定装置20(図3参照)を構成する。内的状態推定装置20は、本発明における人の状態推定装置に相当する。
【0045】
2.内的状態を推定する手法
まず、本実施例で採用する内的状態を推定する方法を説明する。
【0046】
本発明者らは、比較的に高速で動く眼球運動に着目して鋭意研究を重ねた。具体的には、走行中のライダーの眼球運動を計測する実走行試験を重ねた。その際、ライダーに種々の目標やテーマを与えることによってライダーの精神的な負担を変えながら、実走行試験を行った。
【0047】
その結果、特定の眼球運動における速度とライダーの内的状態との間に一定の関係があることを知見した。より具体的には、速度が所定値以上の眼球運動MAと、運動量が所定量未満の眼球運動MBがこの順番で連鎖的に発生するとき、ライダーの内的状態が良好であるほど最初の眼球運動MAの速度が高くなる傾向があることを見いだした。
【0048】
ここで、内的状態とは、精神作業負担レベル(状態)、注意レベル(状態)、覚醒レベル(状態)、集中レベル(集中度)、余裕度、情報処理パフォーマンス等を意味する。さらに、内的状態は、精神的な状態に限られず、肉体的な状態(疲労度)も意味する。以下では、内的状態の例示として「精神作業負担レベル」を適宜に用いて説明する。
【0049】
上述した一連の眼球運動は、例えば、次のような場合に起こると考えられる。
【0050】
図2を参照する。図2は、鞍乗型車両1に乗車するライダーの視野を模式的に示す図である。図2において、点p0乃至p3はそれぞれライダーの視点を示し、点o1、o2はそれぞれ視対象を示す。
【0051】
今、ライダーの視点が点p0にあるとして、ライダーが視対象o1を捉えるようとするときを考える。このとき、一度の眼球運動で視対象o1を正確に捉えることができない場合がある。この場合、眼球運動を2度行うことになる。
【0052】
例えば、1回目の眼球運動ma1によって視点を点p0から点p1に移動させ、2回目の眼球運動mbによって視点を点p1から視対象o1に移動させる。眼球運動ma1、mbは、同じ視対象o1を捉えための眼球運動である点で互いに関連している。
【0053】
1回目の眼球運動ma1によって視点は視対象o1のおよその位置(点p1)まで移動するので、2回目の眼球運動mbは、点p1と視対象o1とのずれをなくすための微調整で足りる。このため、2度の眼球運動ma1、mbで1の視対象o1を捉える場合、通常、後の眼球運動mbの運動量は前の眼球運動ma1の運動量よりも小さい。また、このような場合は、視対象の位置が視点p0よりもむしろ視野Fの周縁部に近いときに、多く発生すると予想される。
【0054】
このように、2度の眼球運動ma1、mbで1の視対象o1を捉える場合に、上述した一連の眼球運動が起こる(すなわち、連鎖的に発生する眼球運動MAと眼球運動MBが計測される)と考えられる。
【0055】
逆に、上述した一連の眼球運動が起こったとき、それに含まれる眼球運動MAがライダーの意思(例えば、視対象を捉えようとする意思)による眼球運動である可能性は高いと考えられる。以下では、これを「随意的な眼球運動」と適宜に呼ぶ。換言すれば、眼球運動MAがライダーの意思によらずに起こる眼球運動(「不随意的な眼球運動」)である確率は低いと考えられる。そうすると、眼球運動MAを抽出することによって、随意的な眼球運動のみが精度よく選び出されていると言える。このため、眼球運動MAの速度に、ライダーの内的状態が顕在化したと考えられる。
【0056】
他方、眼球運動ma2の後に、眼球運動ma2よりも大きな運動量の眼球運動mcが発生する場合がある。この場合、2回目の眼球運動mcが別の視対象o2を捉えるための眼球運動である可能性は高いので、眼球運動ma2と眼球運動mcは互いに関連していないと考えられる。そうすると、1回目の眼球運動ma2が随意的な眼球運動であることは、2回目の眼球運動mcによって裏付けられない。眼球運動ma2が随意的な眼球運動である可能性もあるし、不随意的な眼球運動である可能性もある。よって、眼球運動ma2の速度にライダーの内的状態が顕在化しにくいと考えられる。
【0057】
また、眼球運動ma3の後に、眼球運動ma3に伴う眼球運動が発生しない場合、すなわち、眼球運動ma3が単独で発生する場合がある。この場合、眼球運動ma3が随意的な眼球運動であることを裏付けるものが何もない。仮に眼球運動ma3を抽出しても、随意的な眼球運動と不随意的な眼球運動がまだ混在していることが多いので、眼球運動ma3の速度にライダーの内的状態が顕在化しにくいと考えられる。
【0058】
このような知見に基づいて、内的状態推定装置20は、特定の眼球運動のみを対象として、ライダーの内的状態を推定するように構成される。
【0059】
3.内的状態推定装置20の機能的構成
図3は、内的状態を推定する内的状態推定装置20の構成例を示す機能ブロック図である。なお、図3では、便宜上、無線通信機23、34の図示を省略する。
【0060】
アイカメラ32はライダーの眼球運動を計測する。アイカメラ32の計測結果は、無線通信機23、34を介して演算処理装置21に送られる。アイカメラ32は、本発明における眼球運動計測部に相当する。
【0061】
演算処理装置21は、ライダーの内的状態を推定する。演算処理装置21は、機能的に、第1特定部41、第2特定部42、速度算出部43、推定部44および出力選択部45に分けられる。
【0062】
第1特定部41は、アイカメラ32の計測結果に基づいて、種々の眼球運動の中から急速眼球運動を抽出する。
【0063】
本実施例では、急速眼球運動を、眼球運動の速度が第1速度V1以上であり、かつ、眼球運動の運動量が第1量A1以上である眼球運動と定義する。第1特定部41は、これらの条件に合致する眼球運動のみを急速眼球運動と特定する。急速眼球運動は、いわゆるサッカード眼球運動(Saccade, Saccadic eye movement)、または、それに類似する眼球運動に相当する。
【0064】
第2特定部42は、アイカメラ32の計測結果に基づいて、急速眼球運動の中から修正付随急速眼球運動を抽出する。ここで、修正付随急速眼球運動は、修正眼球運動が付随する急速眼球運動である。
【0065】
本実施例では、次の条件を満たす眼球運動を修正眼球運動と定義する。
1.急速眼球運動が終了した時から所定時間T内に発生すること。
2.眼球運動の速度が第2速度V2以上であること。
3.眼球運動の運動量が第2量A2(A2≦A1)未満で第3量A3(0<A3<A2)以上であること。
【0066】
第2特定部42は、これらの条件に合致する修正眼球運動が存在するか否かを、急速眼球運動ごとに判断する。なお、修正眼球運動も、いわゆるサッカード眼球運動、または、それに類似する眼球運動に相当する。そして、修正眼球運動が存在すると判断したときは、その修正眼球運動に関連する急速眼球運動を、修正付随急速眼球運動と特定する。
【0067】
速度算出部43は、アイカメラ32の計測結果に基づいて、修正付随急速眼球運動の速度に関する速度指標を算出する。「速度指標」は、1または複数の修正付随急速眼球運動を代表する値であり、単なる時系列データである「速度」と区別される。
【0068】
推定部44は、速度指標に基づいて人の内的状態を推定する。
【0069】
記憶部22は、速度算出部43が算出した速度指標や、推定部44が推定した人の内的状態に関する情報(以下、適宜に「推定結果」という)を記憶する。記憶部22に記憶された速度指標や推定結果は、推定部44または/および出力選択部45によって、適宜に読み出される。
【0070】
出力選択部45は、推定結果に基づいて、ライダーに情報を提示するか否か、および、車体2の制御パラメータを変更するか否かについて選択する。ここで、ライダーに提示する情報の内容は、例えば、推定結果や、ライダーへのアドバイス、注意喚起等である。
【0071】
出力選択部45がライダーに情報を提示することを選択した場合には、出力選択部45は、表示部24、抵抗力調整部25、振動発生部26および音声出力部33の少なくともいずれかに命令を出力する。音声出力部33に送る命令は、無線通信機23、34を介して伝達される。出力選択部45が車体2の制御パラメータを変更することを選択した場合には、出力選択部45はECU19に命令を出力する。
【0072】
表示部24は、出力選択部45からの命令に基づいて、文字や画像などの視覚情報を出力する。表示部24は、本発明における情報出力部に相当する。
【0073】
抵抗力調整部25は、出力選択部45からの命令に基づいて、アクセルグリップ6aの回転抵抗を可変する。振動発生部26は、出力選択部45からの命令に基づいて、振動を発生させる。グリップ6aの抵抗力およびシート11の振動は、それぞれライダーに感知される。すなわち、抵抗力調整部25および振動発生部26は、触覚情報または力覚情報を出力する。なお、抵抗力の大きさ、振動の回数やリズム等には、予め、ライダーに提示する情報の内容が対応付けられている。このため、ライダーは抵抗力や振動を感知することによって情報の内容を認識できる。抵抗力調整部25および振動発生部26は、本発明における情報出力部に相当する。
【0074】
音声出力部33は、出力選択部45からの命令に基づいて、音声情報(聴覚情報)を出力する。音声出力部33は、本発明における情報出力部に相当する。
【0075】
ECU19は、出力選択部45からの命令に基づいて、車体2の制御パラメータを変更する。これにより、車体2の各部の動作を調節できる。たとえば、各部の動作としては、スロットルの応答感度、マニュアル/オートマチックトランスミッションの切り替え、フロントフォーク7の特性、後輪17のサスペンションの特性、前輪8のブレーキ9および後輪17のブレーキの配分、ABSの有無等が例示される。また、これら一群の制御パラメータで構成されるモードが予め設定されている場合には、このモードを変更することによって各種の制御パラメータを一括して変更してもよい。
【0076】
4.動作説明
次に、実施例1に係る鞍乗型車両1の動作を説明する。以下では、内的状態推定装置20の処理の手順を中心に説明する。
【0077】
図4は、内的状態推定装置の処理手順の一例を示すフローチャートである。
【0078】
<ステップS1> 眼球運動の計測
アイカメラ32は眼球運動を測定する。アイカメラ32の計測結果は、例えば、眼球の角度の時系列データ(各時刻における眼球の回転角度に関する情報)である。この場合、眼球運動の速度は、眼球の角速度である。また、眼球運動の運動量は、眼球が回転する角度である。なお、運動量は振幅とも呼ばれる。アイカメラ32は、第1特定部41、第2特定部42および速度算出部43にそれぞれ計測結果を出力する。
【0079】
<ステップS2> 第1速度V1以上の眼球運動の特定
第1特定部41は、アイカメラ32の計測結果に基づいて、眼球運動の速度が第1速度V1以上である眼球運動を特定する。
【0080】
第1速度V1は、例えば30[degree/sec]である。ただし、第1速度V1は例示した値に限られない。第1速度V1は、実験結果やライダーの環境に応じて適宜に選択される。ライダーの環境としては、たとえば、ライダーの属性(年齢、性別、経験)、鞍乗型車両1の車種、走行シーンなどが例示される。このことは、以下に説明する第1量A1等の数値の例示に関しても同様である。
【0081】
図5を参照する。図5は、眼球運動の速度と時間の関係を示す図である。図5において、横軸は時間であり、縦軸は眼球運動の角速度である。図5では、説明の便宜上、任意の一方向における眼球運動の速度を示している。眼球運動の速度は、アイカメラ32の測定結果を時間で微分することによって得られる。
【0082】
図5では、第1速度V1以上である眼球運動e1と眼球運動e2を示している。この例では、第1特定部41は眼球運動e1、e2を特定する。
【0083】
<ステップS3> 眼球運動の運動量の算出
第1特定部41は、特定された眼球運動の運動量を算出する。
【0084】
図5の例では、眼球運動e1、e2の運動量を算出する。本実施例では、眼球運動e1の運動量は、時刻t1から時刻t2までの期間で眼球運動e1の角速度を積分した値である。同様に、眼球運動e2の運動量は、時刻t3から時刻t4までの期間で眼球運動e2の角速度を積分した値である。
【0085】
<ステップS4> 急速眼球運動の特定
第1特定部41は、算出された眼球運動の運動量が第1量A1以上である眼球運動のみを急速眼球運動と特定する。第1量A1は、例えば20[degree]である。
【0086】
図5の例において、仮に、眼球運動e1の運動量が第1量A1以上であり、眼球運動e2の運動量が第1量A1未満であるとする。その場合、眼球運動e1のみが急速眼球運動であると特定される。
【0087】
このように、ステップS2乃至S4の処理によって、第1特定部41は急速眼球運動のみを抽出する。この際、第1特定部41は、まず、眼球運動の速度が第1速度V1以上である眼球運動を抽出し、抽出された眼球運動を急速眼球運動の候補として扱う。さらに、急速眼球運動の候補の中から、眼球運動の運動量が第1量A1以上である眼球運動のみを抽出し、抽出された眼球運動を急速眼球運動と特定する。
【0088】
<ステップS5> 所定時間内に第2速度V2以上の眼球運動が発生したか?
第2特定部42は、1の急速眼球運動に着目して、その急速眼球運動が終了した時点から所定時間T内に、第2速度V2以上の眼球運動が発生したか否かを判断する。本実施例では、所定時間Tが経過する前に第2速度V2以上の眼球運動が始まった場合には、「発生した」と判断する。「発生した」と判断された場合には、その眼球運動を修正眼球運動の候補とみなし、ステップS6に進む。そうでない場合には、ステップS8に進む。
【0089】
ここで、所定時間Tは、例えば100[msec]から150[msec]までの範囲内の値である。第2速度V2は、例えば、第1速度V1と同じ値(30[degree/sec])である。
【0090】
図5の例では、第1速度V1と第2速度V2が同じ値である。また、急速眼球運動e1の終了時刻t2から眼球運動e2の開始時刻t3までの期間te1は所定時間T以下であり、眼球運動e2の速度は第2速度V2以上である。よって、急速眼球運動e1に着目したとき、所定時間T内に第2速度V2以上の眼球運動e2が発生したと判断され、眼球運動e2は修正眼球運動の候補とみなされる。なお、期間te1は「潜時」と呼ばれる。
【0091】
<ステップS6> 運動量が所定範囲内か?
第2特定部42は、修正眼球運動の候補とみなされた眼球運動の運動量を算出する。そして、算出された運動量が、第3量A3以上、かつ、第2量A2未満であるか否かを判断する。第2量A2は、例えば3.5[degree]であり、第3量A3は、例えば1.0[degree]である。その結果、運動量がこの範囲内にあると判断された場合には、修正眼球運動の候補を修正眼球運動と特定し、ステップS7に進む。そうでない場合には、ステップS8に進む。
【0092】
図5の例では、眼球運動e2の運動量について判断される。
【0093】
<ステップS7> 急速眼球運動を修正付随急速眼球運動と特定
第2特定部42は、特定された修正眼球運動に関連する急速眼球運動(すなわち、ステップS5の処理において着目した急速眼球運動)を修正付随急速眼球運動と特定する。
【0094】
図5の例において、仮に、眼球運動e2の運動量が第3量A3以上で第2量A2未満であるとすると、急速眼球運動e1が修正付随急速眼球運動であると特定される。
【0095】
<ステップS8> 急速眼球運動を破棄
第2特定部42は、ステップS5の処理において着目した急速眼球運動を破棄する。破棄された急速眼球運動は、人の内的状態の推定の基礎とされない。
【0096】
このように、ステップS5乃至S8の処理によって、第2特定部42は修正付随急速眼球運動のみを抽出する。ここで、第2速度V2が第1速度V1と等しい場合、ステップS5の処理では、ステップS2の処理によって特定された眼球運動が所定時間T内に発生したか否かを判断すれば足りる。このように、ステップS2の処理結果をステップS5の処理において流用することができるので、処理の簡素化を図ることができる。
【0097】
また、ステップS2乃至S4の処理の結果、複数の急速眼球運動が特定された場合には、ステップS5乃至S8の処理では、急速眼球運動が修正付随急速眼球運動であるか否かの判断を各急速眼球運動に対して行う。
【0098】
<ステップS9> 速度指標の算出
速度算出部43は、特定された修正付随急速眼球運動の速度に関する速度指標を算出する。速度指標は、例えば、修正付随急速眼球運動の最大速度である。図5の例では、修正付随急速眼球運動e1の最大速度ve1が、修正付随急速眼球運動e1の速度指標となる。
【0099】
<ステップS10> 人の内的状態の推定
推定部44は、速度指標に基づいて人の内的状態を推定する。本実施例では、速度指標を所定の閾値と比較する。その結果、速度指標が閾値より大きい場合は、精神作業負担レベルが低い(内的状態が良好である)と推定する。そうでなければ、精神作業負担レベルが高いと推定する。
【0100】
<ステップS11> ライダーへの情報提示または制御パラメータの変更
出力選択部45は、推定部44による推定結果に基づいて、ライダーへの情報提示を行うか否か、および、制御パラメータの変更を行うか否かについて選択する。そして、表示部24、抵抗力調整部25、振動発生部26、音声出力部33およびECU19(以下、これらを「表示部24等」と総称する)に適宜に命令を出力する。選択の結果によっては、表示部24等の全部または一部に命令が出力される場合のみならず、表示部24等のいずれにも命令が出力されない場合もある。
【0101】
表示部24、抵抗力調整部25、振動発生部26および音声出力部33は、推定結果や、ライダーへのアドバイス等に関する情報を提示する。特に、精神作業負担レベルが高いと推定された場合には、ライダーの注意を喚起するための情報を出力することが好ましい。
【0102】
例えば、表示部24は、ライダーの内的状態の推定結果を示す数値やグラフなどを表示してもよい。抵抗力調整部25は、アクセルグリップ6aの回転に対する抵抗力を可変してもよい。振動発生部26は、シート11を振動させてもよい。音声出力部33は、「そろそろ休憩しましょう」等の音声を出力してもよい。
【0103】
他方、ECU19は鞍乗型車両1の制御パラメータを変更する。この制御パラメータの変更によって、鞍乗型車両1の操縦性(操縦のしやすさ)を強制的に調整する。例えば、鞍乗型車両1の操縦性を簡易化して、ライダーの負担を低減させてもよい。あるいは、制御パラメータの1つであるスロットルの応答感度を下げて、鞍乗型車両1の加速を緩やかにしてもよい。また、予め初心者モードや習熟者モードが設定されている場合には、それらのモードを切り替えてもよい。特に、精神作業負担レベルが高いと推定された場合には、習熟者モードから初心者モードに切り替えることが好ましい。
【0104】
そして、ステップS1に戻り、上述した一連の処理を繰り返す。
【0105】
このように、本実施例によれば、修正付随急速眼球運動の速度がライダーの内的状態によって変わりやすいという知見に基づいて、比較的に簡易に測定できる眼球運動のみを生体情報として取得する。このため、計測部をアイカメラ32のみで構成することができる。
【0106】
推定部44は、修正付随急速眼球のみを人の内的状態の推定の基礎とするので、人の内的状態を精度よく推定することができる。
【0107】
第1特定部41は、種々の眼球運動の中から急速眼球運動を抽出し、第2特定部42は、急速眼球運動の中から修正眼球運動が付随した修正付随急速眼球を抽出する。このように、眼球運動を段階的に選別するので、効率よく修正付随急速眼球運動を特定できる。
【0108】
ここで、第1特定部41は第1速度V1を用いて、比較的に速度の高い眼球運動を抽出する。これにより、修正付随急速眼球運動を抽出する過程(ステップS2〜S8)の初期段階で、比較的に速度の低い眼球運動を修正付随急速眼球運動の候補から外すことができる。
また、第1特定部41は第1量A1を用いて、運動量が比較的に大きな眼球運動のみを抽出する。本実施例で例示したように、第1量A1を20[degree]とすれば、視点が視野の周縁部付近に飛ぶような眼球運動のみを修正付随急速眼球運動の候補とすることができる。
さらに、第2特定部42は第2量A2を用いて修正眼球運動の存否を判定する。これにより、修正付随急速眼球運動に比べて運度量が小さい修正眼球運動が付随した修正付随急速眼球運動を抽出できる。
これらによって、修正付随急速眼球運動が随意的な眼球運動である確率を効果的に高めることができると考えられる。
【0109】
第2特定部42は、さらに第2速度V2及び第3量A3を用いて修正眼球運動の存否を判定する。これにより、修正付随急速眼球運動が随意的な眼球運動である確率を一層高めることができると考えられる。
【0110】
また、速度算出部43は速度指標を算出するので、推定部44は人の内的状態を好適に推定できる。
【0111】
また、速度指標は、修正付随急速眼球運動の速度の最大値であるので、速度算出部43は簡易に速度指標を算出できる。
【0112】
また、推定部44は、閾値を用いることによって、人の内的状態を簡易に推定できる。
【0113】
また、鞍乗型車両1の場合には、ライダーが装着するヘルメット31にアイカメラ32を容易に取り付けることができる。よって、内的状態推定装置20を鞍乗型車両1に好適に適用することができる。
【0114】
また、表示部24、抵抗力調整部25、振動発生部26および音声出力部33を備えているので、ライダーの内的状態に応じてライダーに適切な情報を提供し、ライダーに内的状態や休憩のタイミングを気付かせることができる。
【0115】
また、表示部24は視覚を通じてライダーに情報を提示できるので、短時間に多くの情報をライダーに伝達できる。また、音声出力部33は聴覚を通じてライダーに情報を提示できるので、ライダーは表示部24等に視線を移すこと無く、音声出力部33から情報を得ることができる。さらに、抵抗力調整部25や振動発生部26は触覚または力覚を通じてライダーに情報を提示できる。この場合、ライダーは表示部24等に視線を移したり、音声出力部33等に耳を澄ますことを要しない。すなわち、ライダーは周囲の車両等を見続けながら、かつ、周囲の車両の音を聞き続けながら、抵抗力調整部25や振動発生部26から情報を得ることができる。
【0116】
また、演算処理装置21はECU19と連携して鞍乗型車両1の制御パラメータを変更させるので、ライダーの内的状態に応じて鞍乗型車両1の操縦性を適切に調整できる。
【0117】
この発明は、上記実施形態に限られることはなく、下記のように変形実施することができる。
【0118】
(1)上述した実施例では、ステップS3の処理において眼球運動の運動量の算出方法を例示したが、これに限られない。例えば、図5の例において、眼球運動e1の直前に速度が零となる時刻taから眼球運動e1の直後に速度が零となる時刻tbまでの期間における眼球運動の速度を積分した値を、眼球運動e1の運動量としてもよい。このように、眼球運動の運動量の定義は、適宜に選択、変更できる。
【0119】
(2)上述した実施例では、第1量A1として、第2量A2より大きい値を例示したが、これに限られない。例えば、第1量A1を、第2量A2と同じ値(例えば、3.5[degree])としてもよい。これによれば、抽出される修正付随急速眼球運動の数を増やすことができる。この結果、より多くの修正付随急速眼球運動に基づいて人の内的状態を推定できる。
【0120】
(3)上述した実施例では、修正眼球運動の条件の1つとして、「3.眼球運動の運動量が第2量A2(A2≦A1)未満で第3量A3(0<A3<A2)以上であること。」を挙げたが、これに限られない。たとえば、この条件を、「眼球運動の運動量が第2量A2(A2≦A1)未満であること。」に変更してもよい。
【0121】
(4)上述した実施例では、第2速度V2は第1速度V1と等しかったが、これに限られない。すなわち、第2速度V2は第1速度V1と異なっていてもよい。
【0122】
(5)上述した実施例では、速度指標は修正付随急速眼球運動の最大速度であったが、これに限られない。例えば、修正付随急速眼球運動の平均値等であってもよい。
【0123】
(6)上述した実施例では、1の修正付随急速眼球運動に対して1の速度指標を算出したが、これに限られない。例えば、複数の修正付随急速眼球運動に対して1の速度指標を算出してもよい。この場合、速度指標を、各修正付随急速眼球運動の速度の統計量としてもよい。統計量としては、平均値、中央値、最頻値または最大値等が例示される。
【0124】
(7)上述した実施例では、推定部44は単一の閾値を用いて、精神作業負担レベルを2つに分類したが、これに限られない。例えば、複数の閾値を用いて、精神作業負担レベルを3以上に分類してもよい。あるいは、速度指標に基づいて精神作業負担レベルの度合いを推定してもよい。
【0125】
(8)上述した実施例では、速度指標のみを推定の基礎としたが、これに限られない。例えば、修正付随急速眼球運動の運動量を考慮してもよい。
【0126】
図6を参照する。図6は修正付随急速眼球運動の運動量と速度指標の関係を例示する図である。図6において、横軸は修正付随急速眼球運動の運動量aであり、縦軸は速度指標iである。
【0127】
図6では、2つの修正付随急速眼球運動G、Hを例示している。各修正付随急速眼球運動G、Hの運動量はそれぞれa1、a2であり、各修正付随急速眼球運動の速度指標はともにicであるとする。また、図6では、運動量aに応じて可変する閾値Th(a)を例示している。閾値Th(a)は、運動量aが大きくなるに従って大きくなる。
【0128】
この場合、推定部44は、修正付随急速眼球運動Gに関しては、速度指標icを閾値Th(a1)と比較する。また、修正付随急速眼球運動Hに関しては、速度指標icを閾値Th(a2)と比較する。
【0129】
このように、推定部44が速度指標のみならず修正付随急速眼球運動の運動量に基づいて人の内的状態を推定することにより、推定精度を一層向上できる。
【0130】
また、修正付随急速眼球運動の運動量に応じて変化する閾値Th(a)を用いることにより、人の内的状態を一層精度よく推定できる。
【0131】
(9)上述した実施例では、推定部44は速度指標と閾値と比較したが、これに限られない。例えば、速度指標および修正付随急速眼球運動の運動量の関係を表す関係式を算出し、この関係式の係数に基づいて人の内的状態を推定してもよい。
【0132】
図7を参照する。図7は修正付随急速眼球運動の運動量と速度指標の関係を例示する図である。図7の縦軸、横軸は、図6と同様である。図7では、多数の修正付随急速眼球運動を座標上にプロットしている。
【0133】
ここで、速度指標iおよび運動量aの関係を以下の回帰式で近似するときの係数k1、k2を算出する。図7では、回帰式の曲線ICを破線で示す。
i=k1{1−exp(−k2×a)}
【0134】
そして、推定部44は、算出した係数k1の値に基づいて、人の内的状態を推定する。または、算出した係数k2の値に基づいて、人の内的状態を推定してもよい。あるいは、係数k1、k2の双方に基づいて、人の内的状態を推定してもよい。この際、係数k1、k2を適宜な閾値と比較してもよい。これによれば、複数の修正付随急速眼球運動を基礎とする場合であっても、人の内的状態を一括して推定できる。
【0135】
ちなみに、上述した回帰式の場合、係数k1は、速度指標が収束する値に相当する。また、係数k2は、運動量aに対する速度指標iの勾配に相当する。
【0136】
なお、速度指標iおよび修正付随急速眼球運動の運動量aの関係を表す関係式は、上述した回帰式に限られない。上述した回帰式に代えて、適宜な関係式を採用することができる。
【0137】
(10)上述した実施例では、推定部44は全ての速度指標を、人の内的状態の推定の基礎としたが、これに限られない。例えば、特定の範囲の運動量に対応する速度指標のみを、推定の基礎としてもよい。
【0138】
たとえば、運動量が第1量A1よりも大きな下限値Am以上の範囲に対応する速度指標のみを、推定の基礎としてもよい。あるいは、運動量が第1量A1よりも大きな上限値AM以下の範囲に対応する速度指標のみを、推定の基礎としてもよい。あるいは、運動量が下限値Amから上限値AMまでの範囲に対応する速度指標のみを、推定の基礎としてもよい。これらの変形実施例によれば、人の内的状態が反映されやすい運動量の範囲が予め分かっている場合に、推定処理の効率を向上させつつ、推定精度を向上させることができる。
【0139】
(11)上述した実施例では、推定部44は推定結果を得るのみであったが、これに限られない。例えば、推定部44は、複数の推定結果の分布を求めてもよい。あるいは、複数の推定結果に占める特定の推定結果の割合(確率)を求めてもよい。特定の推定結果としては、例えば、「精神作業負担レベルが高い」と推定された場合等が例示される。この際、推定部44は、適宜に記憶部22に推定結果を蓄積してもよい。これによれば、内的状態の推定精度の信頼性を高めることができる。
【0140】
(12)上述した実施例では、ステップS5の処理において、所定時間Tが経過する前に第2速度V2以上の眼球運動が始まった場合には、「発生した」と判断したが、これに限られない。たとえば、所定時間Tが経過する前に第2速度V2以上の眼球運動が終了した場合に、「発生した」と判断してもよい。このように、発生したか否かの判断基準は適宜に変更してもよい。
【0141】
(13)上述した実施例では、眼球運動をアイカメラ32によって計測していたが、これに限られない。眼球運動を計測する他のセンサに適宜に変更してもよい。変更する場合には、センサの種類に応じて測定法も適宜に変更してもよい。たとえば、生体電極や布電極を用いて眼電位(Electro oculogram)を計測することによって、眼球運動を計測してもよい。
【0142】
(14)上述した実施例では、アイカメラ32は眼球の角度を計測したが、これに限られない。たとえば、眼球の視線方向を示す位置(座標)を計測してもよい。このような計測結果であっても、眼球運動の速度および運動量を好適に算出できる。
【0143】
(15)上述した実施例では、眼球運動の計測では、眼球運動の回転方向を特に説明しなかったが、適宜に選択することができる。たとえば、垂直方向における眼球の回転を計測してもよいし、水平方向における眼球の回転を計測してもよい。あるいは、垂直方向および水平方向における眼球の回転を計測してもよい。
【0144】
(16)上述した実施例では、演算処理装置21はECU19と別個に設けられていたが、これに限られない。ECU19が演算処理装置21としても機能するように変更してもよい。すなわち、ECU19によって演算処理装置21を実現してもよい。
【0145】
(17)上述した実施例では、情報出力部は、視覚情報、聴覚情報および触覚/力覚情報等の各種の感覚情報をライダーに提示するものであったが、これに限られない。一部の感覚情報のみを提示するように、情報出力部を変更してもよい。
【0146】
(18)上述した実施例では、内的状態推定装置20は、表示部24、抵抗力調整部25、振動発生部26および音声出力部33を備えていたが、これに限られない。例えば、表示部24、抵抗力調整部25、振動発生部26および音声出力部33の一部を省略してもよいし、全部を省略してもよい。
【0147】
また、表示部24、抵抗力調整部25、振動発生部26および音声出力部33については、それぞれ以下のように変更してもよい。
【0148】
表示部24を、例えば、ヘッドマウントディスプレイ等に変更してもよい。また、ヘルメット31のシールドに画像を投影してもよい。
【0149】
抵抗力調整部25を、例えば、ライダーが操作する可動部に対する抵抗力(反力)を調整する抵抗力調整部に変更してもよい。鞍乗型車両1の可動部としては、手で操作するレバーや足で操作するペダル等が例示される。
【0150】
振動発生部26を、例えば、ライダーが触る接触部を振動させる振動発生部に変更してもよい。鞍乗型車両1とライダーの接触部(接点)としては、手で握るグリップ(アクセルグリップ6aを含む)や足を乗せるペダル等が例示される。
【0151】
音声出力部33を、例えば、骨伝導スピーカや骨伝導イヤホンに変更してもよい。また、車体2に取り付けられるスピーカ等に変更してもよい。
【0152】
なお、上述した表示部24等に関する各変形例においては、表示部24等の配置も併せて変更してもよい。
【0153】
(19)上述した実施例では、鞍乗型車両1は、単一の前輪8と単一の後輪17を備えていたが、これに限られない。例えば、2つの前輪と単一の後輪、または、単一の前輪と2つの後輪を有する三輪の鞍乗型車両に変更してもよいし、2つの前輪と2つの後輪を有する四輪の鞍乗型車両に変更してもよい。また、鞍乗型車両以外の車両に変更してもよい。例えば、三輪自動車、四輪自動車に変更してもよい。また、車両に限られず、スノーモービル等に変更してもよい。さらに、これら陸上用の輸送機器に限られず、船舶、ボート等の海上用の輸送機器であってもよいし、ヘリコプターや飛行機などの航空機であってもよい。これらの輸送機器のいずれに対しても、実施例で説明した内的状態推定装置20を好適に適用できる。
【0154】
(20)上述した実施例および上記(1)から(19)で説明した各変形実施例については、さらに各構成を他の変形実施例の構成に置換または組み合わせるなどして適宜に変更してもよい。
【符号の説明】
【0155】
1 … 鞍乗型車両(輸送機器)
2 … 車体
19 … ECU
20 … 内的状態推定装置(人の状態推定装置)
21 … 演算処理装置
24 … 表示部(情報出力部)
25 … 抵抗力調整部(情報出力部)
26 … 振動発生部(情報出力部)
31 … ヘルメット
32 … アイカメラ(眼球運動計測部)
33 … 音声出力部(情報出力部)
41 … 第1特定部
42 … 第2特定部
43 … 速度算出部
44 … 推定部
45 … 出力選択部
V1 … 第1速度
V2 … 第2速度
A1 … 第1量
A2 … 第2量
A3 … 第3量
e1 … 眼球運動(修正付随急速眼球運動)
e2 … 眼球運動(修正眼球運動)
i … 速度指標
IC … 回帰式(関係式)
k1、k2 … 回帰式の係数
G、H … 修正付随急速眼球運動
T … 所定時間
Th(a) … 閾値
ve1 … 修正付随急速眼球運動e1の最大速度(速度指標)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7