(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6087255
(24)【登録日】2017年2月10日
(45)【発行日】2017年3月1日
(54)【発明の名称】調質圧延液の調製方法
(51)【国際特許分類】
G01N 11/00 20060101AFI20170220BHJP
C10M 171/00 20060101ALI20170220BHJP
C10M 173/00 20060101ALI20170220BHJP
G01N 33/30 20060101ALI20170220BHJP
C10N 20/02 20060101ALN20170220BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20170220BHJP
C10N 40/24 20060101ALN20170220BHJP
【FI】
G01N11/00 C
C10M171/00
C10M173/00
G01N33/30
C10N20:02
C10N30:00 Z
C10N40:24
【請求項の数】2
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-203312(P2013-203312)
(22)【出願日】2013年9月30日
(65)【公開番号】特開2015-67727(P2015-67727A)
(43)【公開日】2015年4月13日
【審査請求日】2014年11月13日
【審判番号】不服2015-13748(P2015-13748/J1)
【審判請求日】2015年7月21日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000207399
【氏名又は名称】大同化学工業株式会社
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 克昭
(72)【発明者】
【氏名】谷 充
(72)【発明者】
【氏名】山田 雅己
【合議体】
【審判長】
國島 明弘
【審判官】
井上 能宏
【審判官】
日比野 隆治
(56)【参考文献】
【文献】
特開2000−87073(JP,A)
【文献】
特開平11−35966(JP,A)
【文献】
特開平10−17888(JP,A)
【文献】
特開2002−212583(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 11/00
C10M 171/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機酸、アルカノールアミン及び水を主成分とする、調質圧延に用いる水溶性の調質圧延液の調製方法であって、水分及び大部分のフリーアミンを除去して、調質圧延ミル出側の各種後続ロールでの耐ビルドアップ性を最適化するため、その原液20gを200mlナス型フラスコに採取してロータリーエバポレーターに装着し、2.3kPaの減圧下にて70℃で1.5時間加温蒸留した際に残存する成分の粘度が、コーンプレート型粘度計を用いて測定したときに、20℃で5000mPa・s〜100000mPa・sの範囲内になる様に調質圧延液の成分組成を調製することを特徴とする調質圧延液の調製方法。
【請求項2】
有機酸、アルカノールアミン及び水を主成分とする、調質圧延に用いる水溶性の調質圧延液の調製方法であって、水分及び大部分のフリーアミンを除去して、調質圧延ミル出側の各種後続ロールでの耐ビルドアップ性を最適化するため、その原液20gを直径10cmのシャーレに採取して50℃の送風定温乾燥機中で7時間加温した際に残存する成分の粘度が、コーンプレート型粘度計を用いて測定したときに、20℃で5000mPa・s〜100000mPa・sの範囲内になる様に調質圧延液の成分組成を調製することを特徴とする調質圧延液の調製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼鈍後の各種冷間圧延鋼板の降伏点伸びの消去、表面粗度の調整、形状修正、板厚及び表面硬度の調整などを目的として行われる調質圧延の際に使用される水溶性の調質圧延液に関し、詳しくは耐ビルドアップ性に優れた水溶性の調質圧延液に関する。
【背景技術】
【0002】
調質圧延は、単独ミルによる場合と、連続焼鈍設備に組み込まれたインライン式ミルによる場合とがあり、一般的に4重式や6重式のミルが使用される。水溶性の調質圧延液は、どちらのミル形式の場合も、全硬度約100以下の水道水や工業用水やイオン交換水などの水で原液を適当な濃度に希釈した液を、ミル入り側の上下圧延ロールバイト部と鋼板間にスプレーノズルより供給して使用する方法が一般的である。
【0003】
ミル入り側でスプレーノズルより供給された調質圧延液は、圧延ロールと鋼板間でスクイズされ大部分は系外に排出されるが、ミル出側にも廻り込むため過剰な調質圧延液はエアーワイパーで液切りされる。特に鋼板エッジ部は調質圧延液が残存しやすいため、過剰に残存した調質圧延液及びその成分と摩耗鉄粉や焼鈍残渣などにより後続の各種ロールの汚れや自動表面検査装置の誤動作などの様々なトラブルを誘発する要因となるので充分な液切りが必要である。
【0004】
調質圧延後の鋼板は、そのままコイル状に巻き取られるか、防錆油を塗布してからコイル状に巻き取られる。単独ミルの場合は、調質圧延から巻き取りまでの距離は短く、その間に介在するブライドルロールや補助ロールなどは少ないが、連続焼鈍設備に組み込まれたインラインミルの場合は、連続的に鋼板が供給されるため調質圧延後に複数のブライドルロール、搬送ロール、デフレクタロール等の補助ロールを通過した後に巻き取られ、多くのロールが介在する事になる。また、巻き取り後のコイルは、梱包されて出荷される場合と、一般的に精整ラインと称される冷間圧延最終工程ラインで需要家の仕様に応じて種々の処理がされてから出荷する場合も多い。
【0005】
精整ラインには、リコイリングライン、スリッティングライン、せん断ライン、レベラーライン等があり、それぞれサイドトリミング、スリッティング、せん断等を行い、レベラーラインでは適度の加工を施して機械的性質を改善し、さらに曲げ、引張力を与えて鋼板の残留応力を軽減或いは均一化し、形状を矯正したりする。この様にして需要家の要求する仕様に仕上げると共に、寸法精度、表面疵、平坦度、内部欠陥などの出荷前検査及び防錆油塗布がなされ、再びコイル状に巻き取り、梱包されて出荷されるが、この精整ラインでも多くの各種ロールが介在する事になる。これらの処理は、インラインに組み込まれている場合もあるが、単独ミルの場合は、この精整ラインで各種処理がなされた後に防錆油を塗油することも多く、様々である。
【0006】
上述したことから、調質圧延に使用する水溶性の調質圧延液には、「鋼板の伸び率に応じた適度な潤滑性」、「防錆油塗布或いは次工程までの必要充分な短期防錆力」、「均一な濡れ拡がりによる防錆性の確保と焼鈍残渣などの異物排出のための良好な濡れ性」、「調質圧延ロールや各種補助ロールなどに、鋼板の汚れや押込み疵の原因となるような調質圧延液成分が堆積し難いこと(通称、耐ビルドアップ性)」、「調質圧延液成分と防錆油成分が反応して、せん断加工やプレス加工などでの寸法不良や鋼板の重ね送り原因となるようなガム状粘稠物質を生成しないこと(通称、耐ガムアップ性)」、「化成処理やメッキ処理或いは塗装処理に支障をきたさないよう、良好な脱脂洗浄性やダイレクトペイント性などの表面処理性を有すること」、「有害性の高い成分や強い臭気や色調を有する成分を含まず、良好な排水処理性を有し、循環使用する場合は、充分な耐腐敗性を有すること」などの諸性能を具備する必要がある。なお、本特許では、ビルドアップは調質圧延液成分の性状に起因、ガムアップは調質圧延液成分と防錆油成分の反応に起因する現象と区分しているが、調質圧延液成分が強い粘稠性を呈するために発生した成分堆積現象をガムアップと称する事もあり、明確に区分されているわけでは無い。
【0007】
水溶性調質圧延液は、有機酸、アルカノールアミン及び水を主成分とし、その他に少量の界面活性剤を含むのが一般的であり、さらにキレート剤や複素環化合物などの有機防錆添加剤や無機アルカリや水溶性ポリマー及び微量の殺菌防腐剤や消泡剤などを含む場合がある。
【0008】
水溶性調質圧延液に使用される有機酸は、防錆性、溶解性、潤滑性、臭気などの観点から炭素数5〜21前後のもので、主に炭素数5〜12前後のものが多用されている。しかし、炭素数5以上の有機酸は、そのままでは水に殆ど溶解しないため、主要成分であるアルカノールアミンで中和して有機酸アミン塩の形態で水溶液化し、調質圧延液のpHを中性以上に保持するため、フリーのアルカノールアミンを過剰に含む。以上の事から、基本的な構成の水溶性調質圧延液は、数種類の有機酸アミン塩とフリーのアルカノールアミンおよび少量の界面活性剤が水に溶解している事になり、一般的な成分構成割合から有機酸アミン塩が溶解成分の大部分を占める事になる。
【0009】
調質圧延ミル入り側でスプレーされた水溶性調質圧延液は、圧延ロールと鋼板間でスクイズされ、さらにミル出側に設置されたエアーワイパーで液切りされる。従って、調質圧延後の鋼板上に残存する調質圧延液成分は、水分やフリーのアルカノールアミンも若干残存するが、主成分であり一般的に吸着性や付着性が強い有機酸アミン塩が大部分を占め、その他に少量の界面活性剤、複素環化合物などの有機防錆添加剤、無機アルカリ成分等を含む場合は、それらが混在した成分が残存することになり、この残存成分の性状特性が、耐ビルドアップ性や防錆性に支配的に関与し、更には耐ガムアップ性にも影響することになる。
【0010】
調質圧延後の鋼板上には上述した水溶性調質圧延液成分が残存するが、その性状特性によっては、後続のブライドルロール、デフレクタロール、レベラーロールなどの各種ロールに凝集固着してビルドアップし易くなり、鋼板表面に種々の疵やロールマークや汚れなどの欠陥をもたらす。更にこれらの欠陥は、後工程での脱脂不良やメッキ不良などのトラブルを誘発して生産性を低下させることになる。また、鋼板上には、調質圧延液残存成分の他に圧延ロールとの摩擦により発生した摩耗鉄粉や調質圧延により鋼板ダル目深部より離脱した焼鈍残渣や塵埃などの固形物が存在するが、これらの固形物が調質圧延液残存成分に吸着包含されることにより、各種ロールでのビルドアップ現象は更に増長され、この現象は、単独ミルよりも調質圧延から鋼板巻き取りまでの距離の長い連続焼鈍ラインの方が、また鋼板中央部よりも液切りが不十分になり易い鋼板エッジ部に相当するロール部位で、より顕著となり易い。また、ビルドアップ現象は、上述した他に気温や湿度の影響を受ける場合があり、その影響の度合は焼鈍残渣や摩耗粉や塵埃などの固形物の存在やラインの構成などにより様々で一概ではないので、注意が必要である。
【0011】
従来、上述した水溶性調質圧延液成分のビルドアップ現象抑制に言及した関連特許としては、特公平7‐116462号公報(以下、特許文献1という)、特開平9‐302368号公報(以下、特許文献2という)、特開平10‐17888号公報(以下、特許文献3という)、特開平11‐35966号公報(以下、特許文献4という)、特開2000‐87073号公報(以下、特許文献5という)、特開2011‐74149号公報(以下、特許文献6という)、及び特開2011‐184485号公報(以下、特許文献7という)が、開示されている。
【0012】
上記の内、特許文献1、2、5、6は、調質圧延液の成分組成に関する先行技術であり、特許文献3、5、7は調質圧延液成分の物性に関する先行技術である。特に特許文献7は、調質圧延液に吸着された摩耗粉や埃等がバックアップロールに堆積する事に起因する問題を抑制し、ミルの清掃を容易にする事を目的として、所定の条件下で減圧加熱した際の残渣の20℃における粘度が7000mPa・s以下である水溶性調質圧延液を開示しており、本特許と一見類似しているが、発明が解決しようとする課題も解決するための手段である減圧蒸留の際の到達真空度も温度も時間も異なり、重要な要素となる採取量や試験器具などに関する記述が全く無い事から、本特許とは相違するものである。特許文献1から7の先行技術では、調質圧延から精整ラインでの鋼板巻き取りに至るまでの各種ロールでのビルドアップ現象の抑制が十分でない場合があり、ビルドアップ現象の更なる抑制が希求されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特公平7‐116462号公報
【特許文献2】特開平9‐302368号公報
【特許文献3】特開平10‐17888号公報
【特許文献4】特開平11‐35966号公報
【特許文献5】特開2000‐87073号公報
【特許文献6】特開2011‐74149号公報
【特許文献7】特開2011‐184485号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上記従来技術の現状に鑑みて、本発明の目的は、水溶性調質圧延液の耐ビルドアップ性を最適化するための手法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上記課題を達成すべく、実機操業ラインの各種ロールにビルドアップした堆積物や鋼板に転写した堆積物を採取して成分性状分析を行なった結果、水溶性調質圧延液の耐ビルドアップ性を的確に評価して良好な耐ビルドアップ性の水溶性調質圧延液とするには、以下に記述する様に対処すれば可能なことを見出した。
【0016】
すなわち、ミル入り側でスプレーノズルより供給された水溶性調質圧延液は、圧延ロールと鋼板間でスクイズされ、更にミル出側ではエアーワイパーで液切りされるため、調質圧延後の鋼板や各種ロールに付着残存する成分は、主成分であり一般的に吸着性や付着性が強い有機酸アミン塩が大部分を占め、その他に少量の界面活性剤や複素環化合物などの有機防錆添加剤や無機アルカリ成分を含む場合は、それらが混在した成分が残存する。吸着性や付着性の弱い水分やフリーアミンも若干残存するが、大部分がエアーワイパーにより液切り除去されると共に蒸気圧により徐々に蒸発揮散するため、調質圧延後の鋼板や後続の各種ロールに残存する水分やフリーアミンは僅かとなる。
【0017】
従って、水溶性調質圧延液の耐ビルドアップ性を評価するには、出来るだけ調質圧延後の鋼板や後続のロールに付着残存する調質圧延液成分に近似した成分、言い換えると水溶性調質圧延液の水分及び大部分のフリーアミンを除去した成分により評価することが有効であることを見出し、実機操業ラインとの相関性を考慮しつつ、更に種々検討を重ねた結果、水溶性調質圧延液の原液を一定条件下で加温処理した場合の残存成分の粘度が特定の範囲内であることにより、調質圧延液のビルドアップ性を効果的に抑制できることを見出し、本発明を導くに至った。なお、調質圧延後の鋼板および後続の各種ロールに残存する水溶性調質圧延液成分を、以下単に鋼板付着成分とも記し、実験室で水溶性調質圧延液から水分及び大部分のフリーアミンを除去して調製した成分を鋼板付着近似成分とも記す。
【0018】
本発明は、以下に示す
粘度範囲内の調質圧延液を調製する際の最適化調製方法を提供するものである。
【0019】
1.
有機酸、アルカノールアミン及び水を主成分とする、調質圧延に用いる水溶性の調質圧延液の調製方法であって、水分及び大部分のフリーアミンを除去して、調質圧延ミル出側の各種後続ロールでの耐ビルドアップ性を最適化するため、その原液20gを200mlナス型フラスコに採取してロータリーエバポレーターに装着し、2.3kPaの減圧下にて70℃で1.5時間加温蒸留した際に残存する成分の粘度が、コーンプレート型粘度計を用いて測定したときに、20℃で5000mPa・s〜100000mPa・s
の範囲内になる様に調質圧延液の成分組成を調製することを特徴とする調質圧延液の調製方法。
【0020】
2.
有機酸、アルカノールアミン及び水を主成分とする、調質圧延に用いる水溶性の調質圧延液の調製方法であって、水分及び大部分のフリーアミンを除去して、調質圧延ミル出側の各種後続ロールでの耐ビルドアップ性を最適化するため、その原液20gを直径10cmのシャーレに採取して50℃の送風定温乾燥機中で7時間加温した際に残存する成分の粘度が、コーンプレート型粘度計を用いて測定したときに、20℃で5000mPa・s〜100000mPa・s
の範囲内になる様に調質圧延液の成分組成を調製することを特徴とする調質圧延液の調製方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明の調質圧延液によれば、水溶性調質圧延液の原液20gを、200mlのナス型フラスコに採取してロータリーエバポレーターに装着し、約2.3kPaの減圧下にて70℃で1.5時間加温蒸留する方法(以下、「減圧加温蒸留方法」ということがある)により、或いは、その原液20gを直径10cmのシャーレに採取して50℃の送風定温乾燥器中で7時間加温する方法(以下、「送風加温蒸発方法」ということがある)により、残存する成分の粘度が、コーンプレート型粘度計を用いて測定したときに、20℃で5000mPa・s〜100000mPa・sの範囲内であることにより、以下の如き、格別顕著な効果を得ることができる。
【0022】
(1)本発明の調質圧延液によれば、調質圧延後の各種ロールでのビルドアップ現象を効果的に抑制することができる。即ち、本発明の調質圧延液の原液を、減圧加温蒸留方法又は送風加温蒸発方法により残存した鋼板付着近似成分は、調質圧延後の鋼板や後続のロールに付着残存する調質圧延液成分に近似した成分であり、その粘度を上記特定の範囲内とすることにより、適度な粘性と物理的吸着力により、調質圧延後のブライドルロール、デフレクタロール、テンションレベラーロール等の各種ロールでの鋼板付着成分の吸着と離脱のバランスが取れるので、ビルドアップ現象を有効に抑制することができる。従って、鋼板表面に、種々の疵やロールマークや汚れ等の欠陥をもたらすことがない。
【0023】
(2)また、上記の通り、鋼板表面に種々の疵やロールマークや汚れ等の欠陥をもたらすことが無いので、後工程での脱脂不良やメッキ不良などのトラブルを誘発して生産性を低下させることもない。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】後記実施例3及び実施例4で得られた2種類の調質圧延液を、減圧加温蒸留方法又は送風加温蒸発方法で処理した場合の処理時間と粘度の関係を示したグラフである。粘度の測定は、各処理時間における残存成分を採取して、20℃における粘度をコーンプレート型粘度計により測定した。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の調質圧延液は、水溶性調質圧延液の原液20gを、200mlのナス型フラスコに採取してロータリーエバポレーターに装着し、約2.3kPaの減圧下にて70℃で1.5時間加温蒸留することにより、或いは、その原液20gを直径10cmのシャーレに採取して50℃の送風定温乾燥器中で7時間加温することにより、残存する成分の粘度が、コーンプレート型粘度計を用いて測定したときに、20℃で5000mPa・s〜100000mPa・sの範囲内であることにより、特徴付けられ、これによって、ビルドアップ性が効果的に抑制されるという効果が得られる。
【0026】
上記残存成分である鋼板付着近似成分の粘度が、5000mPa・s未満である場合は、粘性が低く物理的吸着力が弱くなるため、ブライドルロール、テンションレベラーロール、デフレクタロールなどの接触抵抗が大きいロールで鋼板付着成分が擦り取られてビルドアップし易くなり、筋状や斑状などの様々な鋼板汚れを引起すため好ましくない。また、上記残存成分である鋼板付着近似成分の粘度が、100000mPa・sを超える場合は、強い粘稠性のため、摩耗鉄粉や焼鈍残渣を吸着包含して各種ロールに凝集固着して、押し疵やロールマークを発生させるだけでなく、ビルドアップ成分が鋼板に固着し、後工程での脱脂不良やメッキ不良などのトラブルを誘発して生産性を低下させることになるので好ましくない。
【0027】
本発明では、鋼板付着近似成分を実験室で調製する際の手法として、ロータリーエバポレーターを用いた減圧加温蒸留方法と、シャーレを用いた送風加温蒸発方法との二つの方法を規定したが、概ね近似した結果が得られるのでその時の実験設備状況や時間制約などにより、どちらの方法を選定してもかまわない。しかし、原液採取量はどちらの場合も20gとすること、減圧加温蒸留方法の場合は、規定のナス型フラスコを装着したロータリーエバポレーターを用いて減圧加温すること、及びシャーレを用いた送風加温蒸発方法による場合は、シャーレの直径および乾燥器は規定に従うことが必要である。何故ならば、前述したように、水溶性の調質圧延液は、数種類の有機酸アミン塩とフリーのアルカノールアミンおよび少量の界面活性剤などが水に溶解しており、水は蒸気圧が比較的高いので減圧や加温により容易に蒸発揮散するが、水溶性調質圧延液に用いられるアルカノールアミンは何れも水より蒸気圧が低く蒸発揮散し難いため、採取量や実験器具や温度条件等により残存するフリーアミンの量が変わり、残存したフリーアミンの量は少量の違いであっても調製した鋼板付着近似成分の粘性や物性に著しく影響するからである。上述した減圧加温蒸留方法及び送風加温蒸発方法の規定に従うことにより、実機操業ラインの鋼板および各種ロールなどに付着残存した水溶性の調質圧延液成分に近似した成分を調製することが可能となる。
【0028】
本発明の水溶性調質圧延液の構成成分としては、一般的な調質圧延液と同様であり、脂肪族脂肪酸、芳香族脂肪酸、二塩基酸等の有機酸、アルカノールアミン及び水を主成分とし、通常、少量の界面活性剤を含有している。さらに、必要に応じて、キレート剤、複素環化合物などの有機防錆添加剤、無機アルカリ、水溶性ポリマー、殺菌防腐剤、消泡剤などを含有することができる。
【0029】
水溶性の調質圧延液に使用される有機酸は、防錆性、溶解性、潤滑性、臭気などの観点から炭素数5〜21前後のもので、主に炭素数5〜12前後のものが多用されている。しかし、炭素数5以上の有機酸は、そのままでは水に殆ど溶解しないため、主要成分であるアルカノールアミンで中和して有機酸アミン塩の形態で水溶液化し、調質圧延液のpHを中性以上に保持するため、フリーのアルカノールアミンを過剰に含む。従って、本発明の水溶性調質圧延液は、数種類の有機酸アミン塩とフリーのアルカノールアミンおよび少量の界面活性剤が水に溶解している場合が多く、通常、有機酸アミン塩が溶解成分の大部分を占めることが多い。
【0030】
水溶性調質圧延液を構成する有機酸としては、下記のものを、単独で又は適宜組み合わせて、使用される。
【0031】
脂肪族飽和および不飽和モノカルボン酸としては、例えば、カプロン酸、ヘプタン酸、オクタン酸、2−ブチルオクタン酸、ノナン酸、イソノナン酸、デカン酸、ネオデカン酸、ウンデカン酸、ドデカン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、イソパルミチン酸、ステアリン酸、イソステアリン酸、アラキン酸、イソアラキン酸、オレイン酸、エライジン酸、エルカ酸、リノール酸などが挙げられる。脂肪族飽和および不飽和ジカルボン酸としては、例えば、アジピン酸、ピメリン酸、オクタン二酸(スベリン酸)、ノナン二酸(アゼライン酸)、デカン二酸(セバシン酸)、ウンデカン二酸、ドデカン二酸、フマル酸、メサコン酸、イタコン酸、C21二塩基脂肪酸などが挙げられる。その他の脂肪族系カルボン酸としては、例えば、グリコール酸、乳酸、グリセリン酸、クエン酸などが挙げられる。
【0032】
芳香族モノおよび芳香族ポリカルボン酸としては、例えば、安息香酸、o‐メチル安息香酸、m‐メチル安息香酸、p‐メチル安息香酸、o‐ニトロ安息香酸、m‐ニトロ安息香酸、p‐ニトロ安息香酸、p‐n‐ブチル安息香酸、p‐sec‐ブチル安息香酸、p‐tert‐ブチル安息香酸、o‐ベンゼンジカルボン酸、m‐ベンゼンジカルボン酸、p‐ベンゼンジカルボン酸などが挙げられる。
【0033】
アルカノールアミンとしては、比較的蒸気圧の高いモノイソプロパノールアミン〔=1‐アミノ‐2‐プロパノール〕、モノエタノールアミン〔=2‐アミノエタノール〕、2‐アミノ‐2‐メチルプロパノール等や、蒸気圧が前記のものより低いジイソプロパノールアミン〔=1,1’‐イミノジ‐2‐プロパノール〕、トリイソプロパノールアミン〔=トリス(2−ヒドロキシプロピル)アミン〕、ジエタノールアミン〔=2,2’‐イミノジエタノール〕、トリエタノールアミンなどが、単独で又は適宜組み合わせて、使用される。
【0034】
調質圧延液に用いることができる界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレン型、多価アルコール型などの非イオン性界面活性剤やアルキルアミノ酸誘導体型の両性界面活性剤などを挙げることができる。キレート剤としては、例えば、ニトリロ三酢酸、エチレンジアミン四酢酸、及びこれらのナトリウム塩やアンモニウム塩などを挙げることができる。複素環化合物としては、例えば、ベンゾトリアゾール、メチルベンゾトリアゾール、1‐ヒドロキシベンゾトリアゾール、イミダゾール、ベンズインダゾールなどの含窒素系防錆添加剤やメルカプトベンゾチアゾールのカルボン酸誘導体であるベンゾチアゾリルチオ酢酸、ベンゾチアゾリルチオプロピオン酸などの含硫黄系防錆添加剤などが挙げられる。無機アルカリとしては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が挙げられる。殺菌防腐剤としては、例えば、トリアジン系殺菌防腐剤、チアゾリン系殺菌防腐剤などが挙げられる。水溶性ポリマーとしては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコールなどのポリエーテル類等が挙げられる。また、消泡剤としては、例えば、シリコーン系消泡剤などを挙げることができる。
【0035】
本発明の調質圧延液を調製するに当たっては、設備構成や調質圧延方式や鋼板材質などにより要求される潤滑性や防錆性などが異なるため、各種成分と含有量は上述した諸条件や要求される性能により変わるので、それらを充分考慮した上で成分の選定や含有量を調整することが肝要である。
【0036】
本発明の調質圧延液の使用に際しては、従来と同様の使用法でよく、調製された調質圧延液の原液を、水道水、工業用水、イオン交換水などの水で、濃度が2〜20重量%程度、好ましくは5〜10重量%になるように希釈する。なお、水道水や工業用水を使用する場合は、脂肪酸のカルシウム塩などの金属セッケンの生成を抑制するため、全硬度100以下の水を使用するのが好ましい。地下水などの全硬度100を超える水を使用する場合は、キレート剤を配合するのが好ましい。
【0037】
本発明の調質圧延液を使用する対象物たる圧延物としては、例えば、一般冷延鋼板、軟質冷延鋼板、特殊用途冷延鋼板、高張力鋼板、高強度鋼板、高炭素鋼板、ステンレス鋼板、ぶりき原板、IF鋼、合金鋼、未脱脂焼鈍材等の各種冷間圧延鋼板を挙げることができる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例及び比較例を挙げて、本発明を更に具体的に説明する。但し、本発明は、これらの各例によって、限定されるものではない。
【0039】
実施例1〜4及び比較例1〜3
表1及び表2に示す各成分を配合して、実施例1〜4及び比較例1〜3の各水溶性調質圧延液を、調製した。
【0040】
表1及び表2に、成分組成(wt%)、並びに減圧加温蒸留方法により得られた残存成分の粘度(mPa・s)及び送風加温蒸発方法により得られた残存成分の粘度(mPa・s)の測定結果を示した。残存成分の粘度は、コーンプレート型粘度計を用いて、20℃で測定した測定値である。
【0041】
【表1】
【0042】
【表2】
【0043】
また、
図1に、実施例3及び実施例4で得られた2種類の調質圧延液を、減圧加温蒸留方法又は送風加温蒸発方法で処理した場合の処理時間(hr)と、コーンプレート型粘度計を用いて、20℃で測定した粘度(mPa・s)との関係を表したグラフを示した。
図1により、減圧加温蒸留方法の場合は、1.5時間後にはほぼ一定の粘度を示す様になり、一方送風加温蒸発方法の場合は、7時間後にはほぼ一定の粘度を示す様になることが判る。
【0044】
次に、表1及び表2に示す各水溶性調質圧延液を、潤滑性や防錆性などを勘案して設定した使用濃度である約5重量%前後になる様に、イオン交換水を加えて、調整した希釈液を用いて、実機操業ラインで累積約30km以上の冷間圧延鋼板を調質圧延及び/又は精整ラインで処理した後の耐ビルドアップ状況を各種ロールやサイドトリマーなどで評価した結果を、表3に示す。評価は、各評価箇所での摩耗鉄粉や焼鈍残渣を吸着包含した調質圧延液成分のビルドアップ状況及び鋼板表面の汚れや押込み疵やロールマークなどの発生状況を目視観察することにより行い、評価判定は下記の判定基準に従った。
【0045】
×:明らかにビルドアップ現象が認められ、且つ鋼板表面に汚れや押込み疵の発生が認められる場合
△:ビルドアップ現象が認められるが、鋼板表面に汚れや押込み疵が発生する迄に至っていない場合
○:ビルドアップ現象が認められないか、認められても極僅かで、且つ鋼板表面に汚れや押込み疵が認められない場合
―:評価未実施箇所
【0046】
評価結果を、下記表3に示した。
【0047】
【表3】
【0048】
表3に示す様に、比較例1〜3の調質圧延液に比して、実施例1〜4の調質圧延液を使用することにより、ビルドアップ現象が効果的に抑制され、結果的に鋼板表面の汚れや押込み疵やロールマークなどの品質欠陥を減少できることが確認された。
【0049】
以上、現時点において実践的であり、且つ有効と考えられる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本出願明細書中に開示した実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および出願明細書全体から読取れる発明の要旨や思考に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更をともなう水溶性調質圧延液もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解され得るものでなければならない。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の調質圧延液は、調質圧延後の各種ロールでのビルドアップ現象を効果的に抑制することができるので、焼鈍後の冷間圧延鋼板等の降伏点伸びの消去、表面粗度の調整、形状修正、板厚、表面硬度の調整などを目的として行われる調質圧延工程において、好適に利用することができる。