【実施例】
【0042】
実施例1:乳酸生産菌株の作製
本発明の乳酸生産菌株を作製するために、EUROSCARFから分譲された野生型酵母のうち、代表的なサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae )CEN.PK2-1Dに一連の遺伝子操作を加えた。
【0043】
具体的には、アルコール合成経路へのピルベートの離脱を最小限に抑えるために、アルコール脱水素酵素1(alcohol dehydrogenase1; ADH1)及びピルベート脱炭酸酵素1(pyruvate decarboxylase1; PDC1)を欠損させ、D型乳酸の分解経路の遮断のために、D-乳酸脱水素酵素1(d-lactate dehydrogenase1; DLD1)が欠損した菌株を、本発明のベース菌株として使用した。
【0044】
DLD1は、生長の改善に直接的な影響を与える要因ではないが、D型乳酸の脱水素酵素としてNAD
+を用いてピルベートに転換させる主な酵素として知られている。したがって、本発明で作製しようとするD型乳酸生産酵母の完全な発酵生産性の比較のために、生産された乳酸を消耗する酵素であるDLD1遺伝子を欠損した菌株をベースに後続の菌株を作製し、発酵生産性を比較した。
【0045】
本発明の遺伝子操作は、一般的な分子クローニング法(molecular cloning)を用いた。
【0046】
まず、酵母のADH1及びPDC1遺伝子欠損に関する実験は、Lee TH, et al.(非特許文献5)の論文に開示された内容を参考にしてpWAL100及びpWBR100プラスミドを用いた。ベクターに挿入した各インサート(insert)は、それぞれ該当するプライマー(配列番号1〜配列番号8)を用いてPCRによって製造した。また、DLD1の遺伝子欠損のためにHIS3マーカー遺伝子をダブルクロスオーバー(double crossover)によって導入して欠損させた。これに使用されたDNA断片は、配列番号9及び配列番号10のプライマーを用いて製造した。
【0047】
前記遺伝子の操作に使用したプライマーは、表1に示す通りである。
【0048】
【表1】
【0049】
前記のように、3つの遺伝子を欠損させた菌株をベースにして乳酸生産のための遺伝子であるD-乳酸脱水素酵素(d-lactate dehydrogenase、D-LDH)を導入した。サッカロミセス・セレビシエ(S.cerevisiae)由来のTEF1プロモーターとCYC1ターミネーターとの間にラクトバチルス・プランタラム(Lb. plantarum)由来のldhD遺伝子を含有するように、それぞれ5 '、3'の末端にXhoIとSpeIの制限酵素サイトを有するp413TEF1ベクターにクローニングし、ここで、SacI/PvuIIの二重切断でインサートを準備した。そして、ベクターは、p-δ-neoでBamHI/NotIで二重切断されたDNA切片からマングビーンヌクレアーゼ(Mungbean nuclease)で平滑断片(blunt end)を作製した後、さらにSacIで処理してSacI粘着末端(sticky end)とBamHI由来の平滑断片を有するベクター部分を作製した。
【0050】
前記過程で得たベクターとインサートをライゲーション(ligation)してpTL573ベクターを完成した。pTL573プラスミドは、ラクトバチルス・プランタラム由来のldhD遺伝子を含んでおり、サッカロミセス・セレビシエCEN.PK2-1Dpdc1Δadh1Δdld1Δ菌株のretrotransposable要素中の一部の領域であるδ-sequenceにランダムに多数のコピーが挿入されるように設計された。該当遺伝子の多重挿入のために、プラスミドpTL573をSalI制限酵素で切断してδ-sequence上にシングルクロスオーバーを誘導するDNA断片を作製した。これを形質転換により母菌株内に導入し、最大5 mg/mL G418濃度のYPD(1%酵母抽出物、2%バクトペプトン、2%グルコース)培地で多数のコロニーを得た。このようにして得られた菌株は、最終的にD型乳酸生産能の付与のためにラクトバチルス・プランタラム由来のD-LDHが複数で挿入されていることを確認し、これをCC02-0064菌株と命名した。
【0051】
実施例2:PDC5弱化変異菌株の製造
実施例1で製造したCC02-0064菌株をベースにPDC5のプロモーターを置換した変異菌株を製造した。この過程で、カセットの作製及び菌株選別過程は Lee T. H. et al. (Development of reusable split URA3-marked knockout vectors for budding yeast, Saccharomyces cerevisiae. 特許文献5)に記載の方法を用いた。
【0052】
具体的には、CC02-0064菌株のPDC5のプロモーターをSCO1、SCO2、ACS1、IDP2、FBA1プロモーターに置換した計5つの新規菌株を作製し、これに配列番号11〜配列番号36のプライマーを用いてプロモーター置換カセットを作製した。
【0053】
前記プロモーター置換に使用したプライマーは、表2に示す通りである。
【0054】
【表2】
【0055】
前記のように作製した新規菌株をCC02-0167、CC02-0168、CC02-0169、CC02-0170、CC02-0174と命名した。その菌株と遺伝形質は、表3に示す通りである。
【0056】
【表3】
【0057】
実施例3:PDC5弱化変異菌株の乳酸発酵評価
実施例2で作製したPDC5プロモーター変異菌株に対して乳酸発酵評価を行った。そのために乳酸発酵評価用培地を作製した。
【0058】
具体的には、酵母用制限培地であるSC media(Synthetic Complex media)を作製するために、0.67%酵母ニトロゲンベース(アミノ酸不含) をベースに、これに、アミノ酸 dropout mix(Sigma)をメーカーのプロトコルにより混合し、必要に応じて、除外されたアミノ酸を添加した。ロイシン(leucine)は380mg/L、ウラシル、トリプトファン及びヒスチジンは、76mg/Lになるように添加し、炭素源としてブドウ糖8%と中和剤として1%のCaCO
3を添加した。このように製造した培地を、酵母菌株乳酸発酵の評価に用いた。
【0059】
実施例2で作製したPDC5プロモーター変異菌株の中で、本来PDC5プロモーターより弱いプロモーターで変異された菌株は成長せず、強いプロモーターで変異された菌株は、より良く成長した。具体的には、本来PDC5プロモーターより弱いプロモーターであるSCO1、SCO2、IDP2又はACS1プロモーターで置換した菌株は成長しておらず、FBA1プロモーターで交換した菌株のみが生長して評価が可能であった。前記測定が可能なCC02-0064とCC02-0174菌株の乳酸発酵評価した結果は、表4に示す通りである。
【0060】
【表4】
【0061】
前記乳酸発酵評価で確認できるように、アセチル-CoAの生成を促進する経路中、PDCを野生型のPDC5プロモーターでFBA1プロモーターに交換した菌株CC02-0174でも本来菌株(CC02-0064)より菌体生長速度及び乳酸生産性が向上することを確認した。しかし、これは、試料を採取した24時間及び48時間における結果を比較してみると、アセチル-CoA生成経路の中で下位ALDとACSの強化なしに、単にPDCの単独力価の強化だけでは、時間の経過とともに菌体生長速度及び乳酸生産性の向上が持続的に減少することが確認できた。本実施例においてPDCの力価強化によるブドウ糖消耗能の向上は10.3%であり、最大乳酸生産濃度は47.3 g/lであった。結果的に、このときの最終的な乳酸生産性の向上は約13.7%であった。
【0062】
実施例4:PDC5欠損菌株の作製
前記実施例2で作製したPDC1を欠損させ、PDC5を弱化させた菌株の他に、逆にPDC5を欠損させ、PDC1を弱化させた菌株を作製し、該当菌株でもPDC経路が弱化するか否かについて調べた。
【0063】
具体的には、CC02-0064菌株をベースにしてPDC5遺伝子の欠損のために、配列番号37〜40のプライマーを用いてPDC5欠損カセットを作製し、欠損菌株は、実施例1で明示された文献と同様の方法で作製した。これを使用したプライマーは、表5に示す通りである。
【0064】
【表5】
【0065】
このように作製したPDC5欠損菌株は、CC02-0450(CC02-0064、pdc5Δ)と命名した。
【0066】
実施例5:PDC5欠損菌株ベースPDC1プロモーター変異菌株の作製
実施例4で作製したCC02-0450菌株をベースにしてPDC1プロモーターを置換した菌株を作製した。このために、PDC1欠損を回復させた比較群の菌株であるCC02-0451(CC02-0450、PDC1p-PDC1)を作製し、実験群としてPDC1弱化菌株であるCC02-0452(CC02-0450、IDP1p-PDC1)を作製した。
【0067】
各菌株は、酵母における複製原点がないpRS406ベクターに目的遺伝子がカセットをクローニングしたpRS406-PDC1p-PDC1-CYC1tとpRS406-IDP2p-PDC1-CYC1tベクターを挿入した形で作製された。
【0068】
具体的には、酵母の染色体DNAを鋳型にして、配列番号41、42のプライマーを用いてPCRを行ってPDC1遺伝子を含む産物を得、これを配列番号43、44を用いてCYC1ターミネーターの配列を得た。これらのそれぞれを鋳型としたPCRをさらに配列番号41、44プライマーで行ってPDC1とCYC1ターミネーターが連結されたDNA断片を得た。PDC1-CYC1ターミネーターのDNA断片とpRS406ベクターをpRS406とSpeI、XhoI制限酵素を処理した後、これらをライゲーションしたpRS406-PDC1-CYC1tプラスミドを得た。一方、得られたプラスミドにプロモーター領域を導入するためにPDC1プロモーターとIDP2プロモーターをそれぞれ配列番号45、46のプライマーと配列番号47、48のプライマーの組み合わせで酵母染色体DNAを鋳型として使用したPCRを行って得た。各プロモーターを含む遺伝子断片とプラスミドpRS406-PDC1-CYC1tをSacIとSpeIで切断し、これらをライゲーションしてPDC1プロモーター及びIDP2プロモーターによりPDC1遺伝子の発現が調節されるように設計された酵母の染色体挿入用プラスミドであるpRS406-PDC1p-PDC1 -CYC1t及びpRS406-IDP2p-PDC1-CYC1tをそれぞれ作製した。
【0069】
前記過程で使用されたプライマーは、表6に示す通りである。
【0070】
【表6】
【0071】
前記作製された二つのプラスミドをStuIでそれぞれ切断し、これをすぐに菌株に導入し、完成した菌株は、CC02-0451(CC02-0450、PDC1p-PDC1)とCC02-0452(CC02-0450、IDP2p-PDC1)とそれぞれ命名した。作製した菌株と遺伝形質は、表7に示す通りである。
【0072】
【表7】
【0073】
実施例6:PDC二重欠損又は三重欠損菌株の作製
PDCファミリー遺伝子において、PDC1が単独欠損した菌株、PDC1及びPDC5が二重欠損した菌株、並びにPDC1、PDC5及びPDC6が三重欠損した菌株の作製を試みた。PDC1単独欠損菌株としては、実施例1で作製したベース菌株CC02-0064を用いた。配列番号49〜配列番号56のプライマーを用いてPDC5欠損カセットを作製し、CC02-0064に導入してPDC1及びPDC5二重欠損菌株を作製し、これをCC02-0256と命名した。また、前記PDC1及びPDC5二重欠損菌株であるCC02-0256をベースとして配列番号57〜配列番号64を用いてPDC1、PDC5及びPDC6三重欠損菌株を作製し、これをCC02-0257と命名した。
【0074】
前記欠損カセットの作製及び菌株の選別過程は、実施例1で明示された文献と同様の方法で作製した。これに用いたプライマーは、表8のとおりである。
【0075】
【表8】
【0076】
前記作製した菌株と遺伝形質は、表9に示す通りである。
【0077】
【表9】
【0078】
実施例7:ALDとACS1強化菌株の作製
ALDとACS1が過発現される菌株を作製するために、ALD2、ALD3及びACS1の過発現プラスミドを作製した。
【0079】
具体的には、配列番号65及び配列番号66のプライマーを用いてALD2のORF(Open reading frame)を、配列番号67及び配列番号68のプライマーを用いてALD3のORFを、そして配列番号69及び配列番号70のプライマーを用いてACS1のORFを作製し、SpeIとXhoI又はEcoRI制限酵素を用いてp414ADH、p415ADH及びp416ADHプラスミドベースの組換えベクターであるp415ADH-ALD2、p415ADH-ALD3、p414ADH-ACS1及びp416ADH-ACS1を作製した。これに用いたプライマーは、表10に示す通りである。
【0080】
【表10】
【0081】
このように作製された組換えプラスミドをCC02-0064、CC02-0168、CC02-0170、CC02-0256、CC02-0257、CC02-0451、CC02-0452菌株にp415ADH-ALD2、p414ADH-ACS1の組み合わせ、p415ADH-ALD3、p414ADH-ACS1の組み合わせ、p415ADH-ALD2、p416ADH-ACS1の組み合わせ、又はp415ADH-ALD3、p416ADH-ACS1の組み合わせで酵母形質転換法を用いて導入した。一方、PDC力価がない三重欠損CC02-0257菌株では、形質転換体を確保されなかった。
【0082】
前記作製した菌株と遺伝形質は、表11に示す通りである。
【0083】
【表11】
【0084】
実施例8:酵母菌株の乳酸発酵評価
前記実施例7で作製したALDとACS1強化菌株の乳酸醗酵能を評価した。
【0085】
具体的には、前記実施例3で作製した乳酸発酵評価用培地を1フラスコ当たり25mlに分注して酵母菌を接種し、30℃で71時間好気培養した後、発酵液に存在するD型乳酸の量をHPLC分析し、酢酸の量を酵素分析(Acetic acid、R-Biopharm、ドイツ)した。
【0086】
前記実験の結果は、表12に示す通りである。
【0087】
【表12】
【0088】
前記表12に示されるように、PDC5がIDP2又はSCO2プロモーターで発現され、PDC5が弱化した菌株は、そうでない菌株に比べてアセテート副産物の蓄積が顕著に減少し、ほぼ検出されないことが確認された。この場合に、ALD、ACSを強化しない菌株の最終細胞濃度は、PDC5プロモーター交換による減少傾向を示した。しかし、PDC5の発現を減少させ、ALD、ACSを強化した菌株では、逆に最終の細胞濃度が増加した。したがって、細胞生長が改善されていることが確認された。特に、PDC5のプロモーターをIDP2プロモーターに変えたCC02-0170菌株ベースでALD、ACSを強化したCC02-0277、CC02-0278菌株はALD、ACSを強化することにより生長速度、D-乳酸生産の生産濃度、収率、発酵生産性が向上することを確認した。
【0089】
要約すると、PDC5をIDP2プロモーターで弱化発現した菌株は、PDC5が正常発現される菌株よりもアセテート副産物の蓄積が減少し、最終的なODが1.3倍に増加することを確認し、さらにALD、ACSをADH1プロモーターの調節下での同時発現の際、糖消耗量と糖消耗速度が増し、最終的には収率が56%又は59%〜66%、又は67%に増加したことを確認した。
【0090】
具体的には、PDC5弱化発現に適用された2種のプロモーターを比較すると、SCO2プロモーター適用菌株とIDP2プロモーターを適用した菌株の両方で乳酸生産性が向上することが確認された。しかし、最終的な細胞濃度と糖消耗量と糖消耗速度の面でIDP2プロモーターを適用した場合の方が、より最適化された形態であることが分かった。
【0091】
実施例9:PDC1及びPDC5が二重欠損され、ALD及びACS強化された酵母菌株の乳酸発酵評価
PDC5の弱化による生長及び収率改善の効果が明確であることから、PDCをさらに欠損した菌株における乳酸生成効果について調べた。各菌株の評価方法は、実施例8の場合と同様であり、培養は74時間行った。
【0092】
前記実験の結果は、表13に示す通りである。
【0093】
【表13】
【0094】
前記表13で確認できるように、PDC1及びPDC5が二重欠損した菌株は、アセテートの減少が顕著であったが、細胞の成長及び糖消耗量の減少による乳酸生産濃度の低下が観察された。また、PDC1及びPDC5が二重欠損してPDC経路がほぼ不活性化された菌株では、ALDとACSを強化しても細胞の成長と糖消耗及び生産性が改善されていないことを確認することができた。
【0095】
実施例10:PDC経路弱化菌株のスクロースを用いた乳酸発酵評価
【0096】
PDC経路が弱化された乳酸生産酵母のスクロースを用いた発酵評価のために、実施例8及び実施例9で評価した同一の菌株を炭素源とし、ブドウ糖の代わりにスクロースに交換して乳酸生成効果について調べた。評価方法は、実施例8と同様に行った。
【0097】
前記実験の結果は、表14に示す通りである。
【0098】
【表14】
【0099】
実施例8、9の場合と同一の菌株にブドウ糖の代わりにスクロースを使用した結果、PDC経路が弱化した菌株におけるALD、ACSの強化による生長及び収率改善の効果が、実施例8のブドウ糖を使用した発酵評価の結果と同様のパターンであることが確認された。したがって、本発明で確認したPDC弱化及びALD、ACS強化による収率及び生長改善の効果が、使用された糖の種類によって制限されるものではないことを確認した。
【0100】
前記の結果をまとめると、本発明のピルベート脱炭酸酵素(PDC)の経路が弱化され、アルデヒド脱水素酵素(ALD)の活性及びアセチル-CoA合成酵素(ACS)の活性が非変異菌株より向上するように改変した菌株は、乳酸の生産収率が向上すると共に生長率も維持されることを確認した。
【0101】
以上の説明から、本発明が属する技術分野の当業者は、本発明がその技術的思想や必須の特徴を変更することなく他の具体的な形で実施できることを理解するであろう。これに関連し、以上で記述した実施例は、すべての面で例示的なものであり、限定的なものではないことを理解しなければならない。本発明の範囲は、前記詳細な説明、特許請求範囲の意味及び範囲、そしてその等価概念から導出されるすべての変更又は変形された形態が本発明の範囲に含まれるものと解釈されるべきである。