(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6087684
(24)【登録日】2017年2月10日
(45)【発行日】2017年3月1日
(54)【発明の名称】摺動部材及び摺動部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 8/10 20060101AFI20170220BHJP
F16C 33/12 20060101ALI20170220BHJP
F16C 33/10 20060101ALI20170220BHJP
C23C 8/12 20060101ALI20170220BHJP
C22C 9/04 20060101ALN20170220BHJP
C22C 12/00 20060101ALN20170220BHJP
【FI】
C23C8/10
F16C33/12 Z
F16C33/10 Z
C23C8/12
!C22C9/04
!C22C12/00
【請求項の数】4
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2013-61950(P2013-61950)
(22)【出願日】2013年3月25日
(65)【公開番号】特開2014-185378(P2014-185378A)
(43)【公開日】2014年10月2日
【審査請求日】2015年9月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000567
【氏名又は名称】特許業務法人 サトー国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】朝倉 啓之
(72)【発明者】
【氏名】安井 幹人
(72)【発明者】
【氏名】羽根田 成也
【審査官】
宮本 靖史
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−222647(JP,A)
【文献】
特開2010−249216(JP,A)
【文献】
特開2001−020955(JP,A)
【文献】
特開2003−156045(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2009/0317657(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00 − 12/02
C22C 5/00 − 25/00
C22C 27/00 − 28/00
C22C 30/00 − 30/06
C22C 35/00 − 45/10
F16C 17/00 − 17/26
F16C 33/00 − 33/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に、Bi又はBi合金からなるオーバレイ層を備える摺動部材において、
前記オーバレイ層の表面部には、酸化物が点在された酸化物層が存在し、
前記酸化物層中の酸化物である酸化ビスマスの含有量は、酸素濃度として、0.5質量%以上、8.0質量%以下であることを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記オーバレイ層中の、Bi又はBi合金の結晶の主配向面は、配向指数が50%以上であることを特徴とする請求項1記載の摺動部材。
【請求項3】
前記酸化物層中の酸化ビスマスの結晶の主配向面は、(220)面又は(201)面であることを特徴とする請求項1または2記載の摺動部材。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載の摺動部材を製造する方法であって、
前記基材上にBi又はBi合金をメッキしてオーバレイ層を形成するメッキ工程と、
前記オーバレイ層の表面に水溶性油を付着させて乾燥させた後、90℃〜130℃の温度で、30分から2時間の熱処理を施すことによって表面に酸化ビスマスを生成させる酸化工程とを含むことを特徴とする摺動部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材上にBi基のオーバレイ層を備えた摺動部材及び摺動部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば自動車のエンジンに用いられるすべり軸受等の摺動部材は、裏金層上に設けられた例えば銅合金等の軸受合金層上に、耐疲労性及び耐焼付性の向上を図るためのオーバレイ層を備えている。前記オーバレイ層の材質としては、従来では、軟質のPb合金が採用されていたが、近年、環境負荷の大きいPbに代えて、Bi又はBi合金を用いることが提案されている(特許文献1〜5参照)。ところが、Biは比較的脆い事情があり、そのような脆さの改善のため様々な手法が考えられていた。
【0003】
即ち、特許文献1では、Biからなるオーバレイ層に、Sn、In、Agのうち1種以上を添加して合金化することにより、摺動特性の向上を図るようにしている。また、特許文献2では、Bi又はBi合金を採用したオーバレイ層にあって、金属のホウ化物、ケイ化物、酸化物、窒化物等の硬質粒子を添加することにより、耐摩耗性の向上を図るようにしている。特許文献3、4では、オーバレイ層のBiの結晶面を特定の配向に制御することにより、摺動特性を向上させるようにしている。更に、特許文献5では、オーバレイ層のBiの析出粒子密度を制御することにより、耐疲労性を高めるようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−50296号公報
【特許文献2】特開2003−156046号公報
【特許文献3】特開2001−20955号公報
【特許文献4】特開2004−308883号公報
【特許文献5】特開2003−156045号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、摺動部材のオーバレイ層にPbに代えてBi基(Bi又はBi合金)を用いるものにあっては、摺動特性の向上のために様々な工夫がなされてきている。ところが、エンジンの更なる高性能化を図ろうとすると、コンロッド等に組付けられる摺動部材にとってはより過酷な状況に曝されることになる。そのため、摺動部材の高性能化、特に耐焼付性の一層の向上が求められるのである。
【0006】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、Bi基のオーバレイ層を備えたものにあって、耐焼付性の一層の向上を図ることができる摺動部材を提供することにある。また、本発明の目的は、上記した耐焼付性に優れた摺動部材を製造するに適した摺動部材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、摺動部材のBi基からなるオーバレイ層において、摺動特性、特に耐焼付性の向上を図るべく、鋭意研究を重ねた。その結果、Bi基のオーバレイ層の表面部に、酸化物、特に酸化ビスマスを点在させるように設けることにより、耐焼付性の向上を図ることができることを見出し、本発明を成し遂げたのである。
【0008】
即ち、本発明の摺動部材は、基材上に、Bi又はBi合金からなるオーバレイ層を備える摺動部材において、前記オーバレイ層の表面部には、酸化物
が点在された酸化物層が存在し、前記酸化物層中の酸化物である酸化ビスマスの含有量は、酸素濃度として、0.5質量%以上、8.0質量%以下であるところに特徴を有する(請求項1の発明)。
【0009】
摺動部材における摺動面を有する、オーバレイ層の表面部に、非金属である酸化物、特に酸化ビスマスを含んだ酸化物層を設けたことにより、使用初期の相手材との間での摩擦による発熱が抑えられる。これにより、耐焼付性の向上を図ることができたものと考えられる。この場合、酸化ビスマスは、オーバレイ層の表面部(極表層)にのみ存在することが重要である。仮に、オーバレイ層の厚さ方向の内部まで硬質な酸化物が存在すると、その酸化物を起点としてクラック生成が助長されることになり、耐疲労性が悪化してしまう。ところが、酸化ビスマスがオーバレイ層の表面部(極表層)にのみ存在することにより、そのような耐疲労性の悪化の懸念はない。
【0010】
但し、酸化物は硬いため、含有量が多すぎてもそれに伴う不具合を招くため、酸化物層における酸化ビスマスの含有量を適量に制限する必要がある。酸化ビスマスの含有量を、酸素濃度として、0.5質量%以上、8.0質量%以下とすることにより、良好な耐焼付性を得ることができた。酸化ビスマスの含有量が、8.0質量%を超えると、なじみ性が悪化するため、相手材との局部当り等により、いわゆるオーバレイ疲労が発生する。すると、良好な油膜形成ができず、結局、耐焼付性が低下してしまう。酸化ビスマスの含有量が、0.5質量%未満では、上記した初期発熱の抑制効果が得られなくなる。より好ましい酸化ビスマスの含有量としては、酸素濃度として、2.0質量%以上、6.0質量%以下である。
【0011】
本発明の摺動部材の酸化物は、オーバレイ層の表面での観察視野において、Bi
2O
3が95面積%以上占める酸化物が好ましい。酸化ビスマスの含有量が少ないほど、前記表面部で酸化ビスマスは粒状分散形態となり易く、多いほど、酸化ビスマスは膜状形態となり易い。尚、本発明においては、EPMA(電子線マイクロアナライザ)を用いて、オーバレイ層の表面から酸素の元素濃度を画像として取込むことにより、表面の酸素濃度を確認することができる。
【0012】
本発明において、基材とは、オーバレイ層を設けるための構成物のことである。例えば、裏金層上に軸受合金層を設けたものを基材として、その軸受合金層上にオーバレイ層を設けることができる。またその際に、軸受合金層とオーバレイ層との間に例えば接着層としての中間層を設けることもでき、この場合には、中間層も含めて基材となる。その他、基材としての裏金層上に、直接的にオーバレイ層を設けることもできる。前記軸受合金層としては、Al、Al合金、Cu、Cu合金等を採用することができる。前記中間層としては、Ag、Ag合金、Ni、Ni合金、Co、Co合金、Cu、Cu合金等を採用することができる。
【0013】
また、前記オーバレイ層は、純Bi又はBi合金のいずれから構成されていても良く、それら全体を含む概念である。本発明におけるオーバレイ層は、表面の酸化物層を除いて、Bi又はBi合金から、均質な組成で構成される。Bi合金としては、Bi−Cu合金、Bi−Sn合金、Bi−Sn−Cu合金を採用することができる。
【0014】
本発明においては、前記オーバレイ層中の、Bi又はBi合金の結晶の主配向面を、配向指数が50%以上となるように構成することができる(請求項2の発明)。
【0015】
ここで、Bi又はBi合金は、結晶面をミラー指数(h,k,l)で表すことができる。h,k,lは、整数で表される。結晶面のX線回折強度をR
(h,k,l)としたとき、「配向指数(%)={R
(h,k,l)÷ΣR
(h,k,l)}×100(%)」で表される。この式において、分子のR
(h,k,l)は、配向指数を求める面のX線回折強度であり、分母のΣR
(h,k,l)は、各面のX線回折強度の総和である。主配向面とは、配向指数の最も大きい面をいう。
【0016】
オーバレイ層の表面部に本発明の酸化物層を設けた場合、使用開始初期だけでなく、使用中にオーバレイ層の摩耗が進行した場合においても、表面部に存在していた酸化ビスマスが、オーバレイ層の厚み方向に潜り込んで行き、表面部に酸化物が残存する。これにより、酸化物による耐焼付性向上の効果が、継続的に得られるようになる。この現象は、Bi又はBi合金の結晶の主配向面の配向指数が高いほど起こりやすく、配向指数を50%以上とすることにより、耐焼付性の継続の効果に優れたものとなる。これは、オーバレイ層を構成する結晶の主配向面の配向指数が高い方が結晶の連続性があり、粒界に存在する酸化物が摩耗時に粒界に沿って潜り込み易くなり、酸化物が脱落し難くなるためと考えられる。
【0017】
また、本発明においては、前記酸化物層中の酸化ビスマスの結晶の主配向面を、(220)面又は(201)面とすることにより、摺動特性のより一層の向上を図ることができる(請求項3の発明)。
【0018】
本発明者等の実験、研究によれば、酸化ビスマスの結晶の主配向面を(220)面又は(201)面とすることにより、他の面を主配向面とした場合と比較して、より高い摺動特性が得られた。このメカニズムについては、現時点では十分に明らかにされてはいないが、すべり面、双晶面による変形能、及び、オーバレイ層との連続性等が要因として挙げられる。このメカニズムについては、今後の更なる研究が待たれる。
【0019】
本発明の摺動部材の製造方法は、請求項1から3のいずれか一項に記載の摺動部材を製造する方法であって、前記基材上にBi又はBi合金をメッキしてオーバレイ層を形成するメッキ工程と、前記オーバレイ層の表面に水溶性油を付着させて乾燥させた後、90℃〜130℃の温度で、30分から2時間の熱処理を施すことによって表面に酸化ビスマスを生成させる酸化工程とを含むところに特徴を有する(請求項4の発明)。
【0020】
この製造方法によれば、酸化工程においてオーバレイ層の表面が酸化されて酸化ビスマスが生成されるのであるが、この際に、オーバレイ層の表面に水溶性油を付着させた上で、熱処理を実行することにより、表面部に生成される酸化物の含有量をコントロールすることができる。従って、上記したような耐焼付性に優れた本発明の摺動部材を容易に製造することができる。この場合、水溶性油を付着させずに熱処理を行うと、酸化物の生成スピードが速すぎて、目的とする酸化物の含有量を容易に超えてしまい、耐焼付性に優れた摺動部材の製造は困難となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の実施形態を示すもので、摺動部材の構造を模式的に示す断面図
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を、例えば自動車のエンジンのクランクシャフト用のすべり軸受に適用した実施形態について、図面を参照しながら説明する。後に掲載する表1に示すように、実施例1〜8は、本実施形態に係る摺動部材(すべり軸受)であり、特許請求の範囲(請求項1)に記載された構成を備えている。また、これら実施例1〜8の摺動部材は、特許請求の範囲(請求項4)に記載された通りの本実施形態の製造方法により製造される。
【0023】
図1は、本実施形態に係る摺動部材(すべり軸受)11の構成を概略的に示している。この摺動部材11は、基材12上に、Bi又はBi合金からなるオーバレイ層13を備えている。前記基材12は、例えば鋼からなる裏金層14と、その裏金層14の上面(摺動面側)に設けられた軸受合金層15とを備えている。軸受合金層15は、例えば、Al、Al合金、Cu、Cu合金等からなる。尚、軸受合金層15とオーバレイ層13との間に、オーバレイ層13との接着性や層間での原子の拡散防止能を高めるための中間層を設けるようにしても良い。この場合、中間層としては、Ag、或いはCu−5質量%Znを採用することができる。
【0024】
そして、オーバレイ層13の表面部(極表面)には、酸化ビスマスが点在された酸化物層16が存在する。このとき、酸化物層16中の酸化ビスマスの含有量は、酸素濃度として、0.5質量%以上、8.0質量%以下とされている。このオーバレイ層13の酸化物層16が、図示しないクランクシャフト等の相手材が摺動する摺動面とされる。摺動面、特に負荷が高い部位において、酸化ビスマスが偏って存在しないことが好ましい。
【0025】
尚、上記酸素濃度の測定には、EPMAを用いることができる。オーバレイ層13の表面からEPMAにて酸素の元素濃度を画像として取込むことにより、酸化物層16の酸素濃度を確認する。この実施形態では、EPMAにおける、加速電圧は、15.0kv、照射電流は、3×10
−8A、結晶子はLEDI、ピーク位置は110.083mm、型式はJEOL−JXA8530Fを用いている。
【0026】
また、本実施形態では、後述する実施例5を除いて、前記オーバレイ層13を構成するBi又はBi合金の結晶の主配向面は、配向指数が50%以上とされている。本実施形態では、(202)面、及び(012)面が主配向面とされている。
【0027】
更に、本実施形態では、後述する実施例8を除いて、酸化物層16中の酸化ビスマスの結晶の主配向面が、(220)面又は(201)面とされている。尚、主配向面や、配向指数を確認するには、XRD(X線回折装置)を用いて、オーバレイ層13の表面からX線回折化強度を測定することにより行うことができる。
【0028】
上記した摺動部材11は、次の手順で製造される。即ち、まず、鋼からなる裏金層14上に、Cu系又はAl系の軸受合金層15をライニングすることにより、いわゆるバイメタルからなる基材12が形成される。裏金層14及び軸受合金層15から形成された基材12は、半円筒状又は円筒状に成形される。成形された基材12は、軸受合金層15の表面に、例えばボーリング加工又はブローチ加工等の表面仕上げが施される。表面仕上げが施された基材12は、電解脱脂及び酸による表面洗浄が施される。
【0029】
そして、前記基材12(軸受合金層15)上に、Bi又はBi合金のメッキにより、オーバレイ層13を形成するメッキ工程が実行される。この場合、オーバレイ層13は、例えば5μmの厚みで形成される。
【0030】
次いで、前記オーバレイ層13の表面部に酸化ビスマスを生成させる酸化工程が実行される。この酸化工程では、まず、前記オーバレイ層13を水溶性油に浸漬して、オーバレイ層13の表面に水溶性油を付着させ、乾燥させることが行われる。この場合、水溶性油としては、JX日鉱日石エネルギー株式会社の水溶性切削油「ユニソリブルEM」を使用した。
【0031】
その後、前記オーバレイ層13の表面に対し、90℃〜130℃の温度、例えば110℃で、30分から2時間、例えば1時間の熱処理が施される。これにより、オーバレイ層13の表面に酸化ビスマスが生成され、酸化物層16が形成されるのである。尚、熱処理の温度や条件については、水溶性油の材質や濃度等によって適宜変更する必要があるが、熱処理の温度が高くなるほど、また時間が長くなるほど、酸化物の量(酸素濃度)が多くなる。
【0032】
以上のように構成された本実施例に係る摺動部材11にあっては、オーバレイ層13の表面部に、非金属である酸化ビスマスを含んだ酸化物層16を設けたことにより、使用初期の相手材との間での摩擦による発熱を抑えることができ、ひいては、耐焼付性の向上を図ることができる。しかも、その際の酸化物層16における酸化ビスマスの含有量を、酸素濃度として、0.5質量%以上、8.0質量%以下とすることにより、良好な耐焼付性を得ることができる。ここで、オーバレイ層13の厚さ方向の内部まで酸化ビスマスが存在すると、その酸化ビスマスを起点としてクラック生成が助長されることになり、耐疲労性が悪化してしまう。ところが、酸化ビスマスがオーバレイ層13の極表層の酸化物層16にのみ存在することにより、そのような耐疲労性の悪化の懸念はない。
【0033】
さて、本発明者等は実施形態の摺動部材11について、耐焼付性を確認するための焼付試験を行った。焼付試験を行うにあたっては、表1に示すように、本発明を具体化した実施例1〜8、及び、比較のための比較例9、10の10種類の試料を作製した。試料の寸法は、内径がφ48mm、幅寸法が18mmである。表1には、実施例1〜8及び比較例9,10の構成、即ち、酸化物層の酸素濃度及び酸化ビスマス結晶の主配向面、オーバレイ層の組成並びに主配向面及びその配向指数を、試験結果と共に示している
【0034】
実施例1〜8では、酸化物層の酸素濃度が、0.5質量%以上、8.0質量%以下とされている。これに対し、比較例9、10では、熱処理時間を短く、或いは長くすることにより、酸素濃度がその範囲から外れたものとなっている。即ち、比較例9では、酸素濃度が0.3質量%と低く、比較例10では、酸素濃度が8.5質量%と高くなっている。尚、熱処理を施さないものでは、0.2質量%であった。また、実施例1〜6(及び比較例9,10)では、酸化ビスマス結晶の主配向面が、(220)面となっているのに対し、実施例7では(201)面に、実施例8では(222)面になっている。
【0035】
そして、オーバレイ層については、実施例4が、Bi−3%Sn合金、実施例7が、Bi−3%In合金から構成されており、残りの実施例及び比較例9、10では、純Biから構成されている。オーバレイ層の厚み寸法は、いずれも5μmである。また、実施例1、実施例6、比較例10では、オーバレイ層の主配向面が、(012)面とされ、残りの実施例及び比較例9では、オーバレイ層の主配向面が、(202)面とされている。さらに、主配向面の配向指数は、実施例5のみが比較的小さく(38%)となっており、それ以外の実施例、比較例9,10では、主配向面の配向指数が、50%以上とされている。
【0036】
焼付試験は、例えば軸受性能試験機を用い、相手材の材質に例えばS55Cを採用して行った。また、焼付試験は、周速が20m/s、給油量を150ccとし、面圧を10分毎に0.5MPaずつ増加する条件で行った。試験結果は、次の表1の通りである。尚、焼付判断は、試料の背面温度が200℃を越えた場合、あるいは、急激なトルク上昇があって軸駆動用ベルトがスリップした場合に、その焼付く前の面圧を限界焼付荷重とした。
【0038】
この試験結果から明らかなように、オーバレイ層の表面部に酸化物層を設けると共に、その酸化物層の酸素濃度を、0.5質量%以上、8.0質量%以下とした実施例1〜8の摺動部材は、いずれも、耐焼付性に優れたものとなっていた。この場合、酸素濃度が、上記範囲から外れた比較例9、10の摺動部材の耐焼付性と比較して、顕著な差が見られた。これは、酸化ビスマスの含有量が、酸素濃度で0.5質量%未満では(比較例9)、初期発熱の抑制効果が得られなくなるためと考えられる。また、酸化ビスマスの含有量が、酸素濃度で8.0質量%を超えると(比較例10)、なじみ性が悪化するため、相手材との局部当り等により、いわゆるオーバレイ疲労が発生し、良好な油膜形成ができず、結局、耐焼付性が低下してしまうものと考えられる。
【0039】
そして、実施例の中を見てみると、オーバレイ層を、Bi合金から構成した実施例4、7では、それ以外のオーバレイ層を純Biから構成した実施例1、2、3、5、6、8と比べて、耐焼付性がやや劣っている。これらから、オーバレイ層を純Biから構成した方がベターであると考えられる。また、オーバレイ層の結晶の主配向面を(012)面とした実施例1、6に比べて、主配向面を(202)面とした実施例2、3、4、5、7、8の方が耐焼付性に優れる傾向が見られた。オーバレイ層の結晶の主配向面の配向指数は、50%以上であることが望ましいが、配向指数が38%である実施例5においても、良好な耐焼付性が得られていた。
【0040】
酸化物層の酸化ビスマス結晶の主配向面は、(220)面又は(201)面とすることが望ましいが(実施例1〜7)、(222)面とした実施例8でも、良好な耐焼付性が得られた。実施例全体としては、実施例3の組成、即ち、酸化物層の酸素濃度が2.0質量%で、酸化ビスマス結晶の主配向面が(220)、オーバレイ層が純Biからなり、結晶の主配向面が(202)面であり、その配向指数が59%という組成のものが、最も良好な結果が得られた。
【0041】
尚、表1には記載されていないが、本発明者等は、上記実施例1〜8以外にも、実施例3の構造に対し、軸受合金層とオーバレイ層との間に中間層を追加した2種類の試料も作製し、同様の試験を行った。中間層の材質は、AgとCu−5質量%Znとの2種類であり、共に、5μmの厚みで設けた。これら中間層を設けた2種類の試料についても、実施例3と同様の良好な結果が得られた。更に、本発明者等は、実施例3の構造に対しオーバレイ層の厚み寸法を大きくした2種類の試料(厚み寸法が10μm及び20μm)を作製し、同様の試験を行った。これらの場合も、実施例3と同様の結果が得られた。つまり、中間層の有無や、オーバレイ層の厚みの相違によっては、耐焼付性の効果がほとんど変わることはない。
【0042】
その他、本発明の摺動部材は、上記した実施形態(各実施例)に限定されるものではなく、例えば、裏金層や軸受合金層の材質や厚み寸法、酸化物層の形成方法等についても、様々な変更が可能である。また、各成分には不可避的不純物が含まれ得る。更には、摺動部材は、自動車のエンジン用のすべり軸受限らず、様々な用途に使用することができる等、本発明は要旨を逸脱しない範囲内で適宜変更して実施し得るものである。
【符号の説明】
【0043】
図面中、11は摺動部材、12は基材、13はオーバレイ層、16は酸化物層を示す。