(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の矩形波制御法(例えば特開2000−50689、特開2010一148331)では、例えば、Ld=Lqの場合にモータトルクと電圧位相との関係が理想的な正弦波形関係であると考えていた。これを
図1に示す。(なお、この図のグラフは特開2000−50689号公報の
図3に相当する。)
しかしながら、本発明者らは鋭意研究により、矩形波制御におけるトルクと電圧位相との関係は実際には
図2のようになるのであり、
図1の理想正弦波ではないことを突き止めた。
図2にはオフセットおよび位相差が存在する。
図1は、
図2のある理想条件下の一特例に過ぎない。
【0005】
よって、
図1のような理想正弦波を前提にした従来の矩形波制御法には次のような問題があることに本発明者らは気付いた。
(1)トルクフィードバック制御の安定性を保つためには、電圧位相をトルクが単調増加する範囲内(例えば
図1中の−90度〜+90度の間)に限定する必要がある。しかし、
図1の曲線が正確ではないため、安定範囲を保守的に設定してしまったり、過大に設定してしまったりする可能性がある。実際のところ、従来、制御安定性範囲を設定するにあたっては適合に頼っていた。当然ながら、適合にはかなりの手間が掛かる。
【0006】
(2)
図1の波形に基づいてフィードフォワード機能を追加することより、トルク追従性をある程度は向上させることができる。しかしながら、
図1の波形は正確ではないので、当然のことながらフィードフォワード計算の計算精度に限度がある。したがって、
図1の波形を前提にしたままではフィードフォワード機能を追加したとしてもトルク追従性の向上にはやはり限界がある。
【0007】
(3)
図1の波形ではゼ口位相時にゼ口トルクとなっている。しかし、実際には
図2が示すように、ゼロ位相時に非ゼロトルクが存在する。この非ゼロトルクの補償が実課題であり、トルクフィードバック制御におけるトルクむらの原因の一つであると考えられる。
【0008】
(4)最大トルクを抑えるための電圧位相上限値を
図1の曲線に基づいて設定したとすると、これは正確ではない。結局、適合手法に頼らざるを得ないが、適合基準が無く、手間が掛かる。
【0009】
(5)最大電流を抑えるための電圧位相上限値を設定するにあたっての基準が無いので、適合に頼ることになるが、適合工数が掛かる。
【0010】
そこで、本発明の目的は、正確な知見に基づいた制御を行うことで交流電動機の制御安定性をより向上させることができる交流電動機の駆動制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の交流電動機の駆動制御装置は、
直流電圧を、交流電動機を回転駆動するための交流電圧に変換するインバータと、
交流電動機に印加される矩形波電圧の電圧位相をトルク指令値に対応するように制御する矩形波電圧制御部と、を備え、
前記矩形波電圧制御部は、
トルクと電圧位相との関係を単調増加範囲内に制限するための電圧位相上限値φv3を設定する位相ガード部を有し、
前記位相ガード部は、
運転状態にある前記交流電動機の電気角速度ωeを用いて位相差αを算出し、
前記電圧位相上限値φv3を、前記交流電動機の力行状態においてはπ/2−|α|に設定し、前記交流電動機の回生状態においてはπ/2+|α|に設定する
ことを特徴とする。
【0012】
本発明では、
前記位相差αを次式で算出することが好ましい。
α=tan
−1{R/(ωe・Lq)}
【0013】
本発明では、
前記位相ガード部は、さらに、電流およびトルクがそれぞれの最大値を超えることがないように電圧位相上限値φvmaxを設定する
ことが好ましい。
すなわち、前記位相差αと運転状態にある交流電動機の電気角速度ωeとを用いた式で最大電流値に対応する電圧位相上限値φv2を求める。
さらに、前記位相差αと運転状態にある交流電動機の電気角速度ωeとを用いた式で最大トルクに対応する電圧位相上限値φv1を求める。
そして、φv1、φv2およびφv3のうちの最小値を電圧位相上限値φvmaxとする。
【発明の効果】
【0014】
このような本発明によれば、交流電動機の実際の運転状態に基づく位相差を考慮にいれて電圧位相の上限値を設定するので、制御安定性が向上する。
そして、電圧位相の制御安定性範囲を設定するにあたって位相差αを演算式を用いて導出するので、適合などの工数を削減できる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施形態を図示するとともに図中の各要素に符号を参照して説明する。
本実施形態は、本発明者らによって見いだされたいくつかの基本式を用いることで実現されるものである。
そこで、本発明の実施形態を説明するにあたって、本実施形態で使用する基本式の導出過程とそれらの意味をまずは原理的に説明しておく。
【0017】
(基本式の導出)
モータ運転状態を反映した出力トルク特性は、以下に説明するトルク演算式によって把握される。
一般に知られているように、永久磁石型同期電動機におけるd軸およびq軸上での電圧方程式およびトルク式は、下記で示される。
【0020】
Rは電機子巻線抵抗を示す。
Keは永久磁石の電機子逆起電力定数を示す。
ωeは交流電動機の電気角速度を示している。
Ld、Lqはインダクタンスである。
【0021】
定常状態では、Id、Iqの変化率が小さいため、電流過渡項を無視できる。このため、上記の式は下記式で示される。
【0023】
さらに、矩形波電圧制御時には、d軸電圧およびq軸電圧で示されるモータ印加電圧(線間電圧)の基本波成分が、システム電圧Vhの0.78倍となる。即ち次の式となる。
【0025】
φvはq軸基準の電圧位相である(
図3参照)。Vhはインバータ入力電圧である。
【0026】
(式3)より、(式4)を利用すると、矩形波制御におけるIq―φvの関係およびId―φvの関係を得られる。モータのLd=Lqである場合、Iq、Idは以下の式で表現できる。
【0030】
A(Vh、ωe)は、正弦波の振幅であり、Vh、ωeの関数である。
b
Iq(ωe)は、Iqのオフセットであり、ωeの関数である。
b
Id(ωe)は、Idのオフセットであり、ωeの関数である。
【0031】
式(5)、式(6)から分かるように、IqおよびIdは、φvと正弦波関係である。ただし、その正弦波の振幅は運転状態(インバータ入力電圧Vh、電気角速度ωe)の変動によって変化する。または、位相差αおよびオフセット項(右辺2項目)が存在し、電気角速度の変動に伴い大きさが変わる。
【0032】
以上により、矩形波電圧の電圧位相φvと交流電動機の出力トルクTeとの間の関係を示すトルク演算式を得られる。
【0035】
(式8)には次の特徴がある。
(1)正弦関数の振幅はインバータ入力電圧Vhおよびモータ電気角速度ωeにより決められる。
一方、Vhおよびωeは運転状態により変動するので、この計算の結果である正弦関数振幅は一定ではなく、運転状態により変動する。
【0036】
(2)位相差αが存在する。位相差αの存在により、トルクと電圧位相の単調増加範囲、即ち位相制御範囲が−90度と+90度との間からα分だけずれる。これを
図2に示す。すなわち、安定制御の位相範囲は、[−π/2―α]〜[π/2―α]である。
【0037】
(3)(式8)の右辺2項目のオフセット項が存在する。オフセット項の存在により、トルクは電圧位相の符号と一致しない場合があることが分かる。このことは、電圧位相φvがゼロとしてもモータトルクがゼロとならないことを意味する。
【0038】
一方、交流電動機の制御は動作状態に応じて、正弦波PWM制御または過変調PWM制御によるPWM制御モード、および、矩形波電圧制御モードのいずれかが選択的に適用される。矩形波制御は一般的にモータの高速域で利用されるが、(式8)から分かるように、極めて高速回転時には、位相差αとオフセット項とがほぼゼロとなる。
【0039】
モータ回転速度が極めて高いとき、(式8)における抵抗Rによる影響を無視できる。そのとき、(式8)は近似的に以下のように表現できる。
【0041】
(式9)は従来の矩形波制御が用いていた基本式である。その例として、特開2000−50689号公報、特開2010−148331号公報がある。(式9)から得られるトルク特性を
図1に示す。
【0042】
一般的に、矩形波制御の使用範囲は高速域に限定されるが、実際、モータの最高運行速度により、または、中速域に近いほど、(式9)と(式8)との偏差が大きくなる。即ち、(式8)の位相差αの大きさ、オフセット項の大きさが無視できなくなる可能性がある。そのため、(式8)に基づいてフィードバック制御、フィードフォワード制御を行う必要がある。
【0043】
従来の矩形波制御方法において、例えば、特開2000−50689号公報では、Id=0と仮定して(式9)と同じ表現を得ている。しかし実際のところ、矩形波制御においてId=0という状況はほとんどない。逆に、矩形波制御におけるIdの値は相当大きくなる可能性がある。それにより、相電流ベクトルの大きさも大きくなる。相電流ベクトルの大きさは以下のように計算できる。
【0045】
(式5)、(式6)を利用すると、相電流ベクトルの大きさは(Vh、ωe、φv)の非線形関数となり、以下のように表現できる。
【0047】
(式11)から、例えば電圧位相が一定値であると、相電流ベクトルの大きさは運転状態(インバータ入力電圧Vh、電気角速度ωe)の変動に伴って変わる。または、例えば運転状態(Vh、ωe)が一定の場合、電流ベクトルの大きさと電圧位相の関係は
図4のようになる。
【0048】
(式11)には次の特徴がある。
(1)相電流ベクトルの大きさは電圧位相および運転状態(インバータ入力電圧Vh、電気角速度ωe)の関数である。即ち、一定位相φvに対して、相電流ベクトルの大きさ|I|はモータ運行状態によって変動する。
(2)相電流ベクトルの最大値Imaxに対応する電圧位相φvは運転状態の変化によって変わる。
【0049】
(式11)より、相電流ベクトルの最大値Imaxに対応する電圧位相を式より計算でき、その上限値φv2は以下の非線形関数で表現できる。
【0051】
(式12)から、例えばインバータ入力電圧Vhが一定の時に、相電流ベクトルの最大値Imaxに対応する電圧位相は電気角速度ωeの変動により変わることが分かる。
その電圧位相特性を
図5に示す。
【0052】
(式12)には次の特徴がある。
相電流ベクトルの最大値Imaxに対応する電圧位相上限値φv2は運転状態の変化によって変わるが、マップを使用せずに、(式12)から計算できる。
【0053】
以上の原理を踏まえて、本実施形態に係る交流電動機(モータ)100の制御装置200を
図6に示す。また、矩形波電圧制御部300の動作フローを
図7のフローチャートに示したので同時に参照されたい。
本制御装置200は、矩形波電圧制御部300と、インバータ400と、を具備する。
【0054】
矩形波電圧制御部300は、インバータ400を介してモータ100に印加される矩形波電圧の位相を制御する。すなわち、矩形波電圧制御部300は、矩形波電圧の位相制御によって、モータトルクがトルク指令値に従うようにする。
矩形波電圧制御部300は、フィードバック制御部310と、フィードフォワード制御部320と、位相ガード部330と、矩形波発生器340と、を有する。
【0055】
フィードバック制御部310には、トルク指令が入力される(ST101)とともに、トルク検出器110よりモータ100のトルク検出値が入力される(ST103)。フィードバック制御部310は、トルク指令値に対するモータ出力トルクの偏差を計算し(311、ST104)、補償器312においてトルクと電圧位相の非線形化補償を実施した後(ST105)、PI制御(313、ST106)によって位相を制御する。
補償器312について説明する。
トルクと電圧位相の関係(式8)は運転状態(インバータ直流側電圧Vhおよび電気角速度ωe)に影響される。この正弦波振幅の強い非線形性およびオフセット項により、PI演算器313のゲイン設定は難しくなる。そこで、補償器312でトルクを補償することより、運転状態の変動による影響がなくなる。トルク補償した結果、補償後トルクと電圧位相は振幅が1であり、オフセット項がゼロである正弦波関数関係となる。ただし、その正弦波の位相は電圧位相と運行状態による位相差αの合成である。これにより、PI演算器313のゲイン設定が容易になる。
【0056】
フィードバック制御部310の精度向上のために、フィードバック制御部310にはFB位相計算器314が設けられている(ST107)。モータトルクは電圧位相φvおよび位相差αの和の正弦波関数である(式8)。よって、トルクフィードバック制御から得られる結果は実は電圧位相φvおよび位相差αの和である。従って、トルクフィードバック制御から得られる電圧位相成分は、トルクフィードバックのPI計算結果から位相差αを引いた分のみになる。
よって、FB位相計算器314では、以下の演算を行う。
φvfb=トルクPI制御結果−α
ただし、αは(式7)により計算する。
これにより、トルクフィードバック制御によるモータトルクむら現象が軽減でき、トルク追従性能の向上が期待できる。
【0057】
フィードフォワード制御部320は、トルクと位相との関係式(式8)に基づいて、トルク指令値に対応する電圧位相を算出する(ST130)。なお、フィードフォワード制御部320には、トルク指令とともに(ST101)、取得されたモータ変数が入力される(ST102)。ここで、フィードフォワード制御に用いるトルク特性(接線)を(式8)に基づいて生成する。これにより、フィードフォワード制御から計算する位相の補償量の精度が向上でき、トルクの応答性の向上が期待できる。
【0058】
フィードバック制御による電圧位相(フィードバック項φfb)と、フィードフォワード制御による電圧位相(フィードフォワード項φff)と、を加算して(ST108)、矩形波電圧の位相指令に相当する電圧位相φvを設定する。
【0059】
位相ガード部330は、ガード値設定部331およびガード処理部332を有する。ガード値設定部331では電圧位相の上限値を設定する(ST111〜ST120)。電圧位相上限値は、電流およびトルクがそれぞれの最大値を超えることなく(ST111、ST112)、さらに、トルクと電圧位相との関係が単調増加範囲内にあるように設定される(ST113)。
【0060】
ガード値設定部331による電圧位相上限値の設定方法を説明する。
相電流ベクトルの最大値を抑制するための電圧位相上限値φv2を電流と電圧位相の数学関係式(式12)により運転状態に基づいて演算する(ST112)。また、トルクの最大値を抑制するための電圧位相をトルクと電圧位相の数学関係式(式8)により運転状態に基づいて演算し、その演算結果の絶対値を電圧位相上限値φv1とする(ST111)。さらに、フィードバック制御安定性のために、
図3に示すように、位相範囲をトルクと位相の単調増加範囲に限定する(ST113)。これに当たっては、トルクと電圧位相の数学関係式(式8)により運転状態に基づいて演算する。
具体的には、まず、(式7)より電気角速度を用いて位相差αを計算する。そして、(式8)から分かるように、モータの力行状態の位相上限値φv3がπ/2−|α|、回生状態の位相上限値がπ/2+|α|であるので、安定範囲の位相最大値φv3が求まる。演算した各電圧位相上限値(最大電流値対応の電圧位相上限値φv2、最大トルク対応の電圧位相上限値φv1、位相制御安定範囲の上限値φv3)のうちの最小値を求める(ST114〜ST120)。その求めた最小値は電圧位相ガード部の上限値とされる(ST120)。
【0061】
このような電圧位相設定の効果として次のことがある。
以上のように設定した電圧位相ガード部330の上限値によれば電流の最大値とトルクの最大値を超えることがなく、さらに、電圧位相ガード部330の上限値はトルク−位相関係の単調増加範囲内にあるため、制御安定性を保証することができる。また、以上の電圧位相上限値は数式から算出できるため、適合手法より効率的である。また、電圧位相の計算結果はマップとして記憶できる。また、実状況により適合が必要である場合でも、数式から得る結果に基づいて、適合データの密度を低減することができる。
【0062】
ガード処理部332は、電圧位相φvの絶対値がガード値設定部331によって設定された位相上限値φmaxを超えないように制限するためのガード処理を実行する(ST141〜ST144)。ガード処理部332は、電圧位相φvの絶対値が位相上限値を超える場合には(ST141:YES)、電圧位相の符号によって、出力電圧位相φv=φmax、または、φv=−φmaxに設定する(ST143)。一方で、位相指令|φv|<φmaxの場合には(ST141:NO)、出力電圧位相φv=位相指令φvに設定する(ST142)。
【0063】
インバータ400は、このように決定された電圧位相φvに応じた交流電圧をモータ100に印加する。
【0064】
以上、説明にしたように、本実施形態によれば、正確な知見に基づいた制御を行うことで交流電動機の制御安定性をより向上させることができる。
【0065】
なお、本発明は上記実施の形態に限られたものではなく、趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。
電圧位相の計算結果はマップとして記憶しつつ、実状況に応じて適合を行ってもよい。この場合でも、数式から得る結果に基づいて、適合データの密度を低減することができる。