特許第6089178号(P6089178)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6089178
(24)【登録日】2017年2月17日
(45)【発行日】2017年3月8日
(54)【発明の名称】コンプレックスポリマーの製造方法
(51)【国際特許分類】
   B05D 1/36 20060101AFI20170227BHJP
   B05D 1/26 20060101ALI20170227BHJP
   B05D 7/24 20060101ALI20170227BHJP
   B41J 2/01 20060101ALI20170227BHJP
   C08J 3/24 20060101ALI20170227BHJP
   C08L 33/10 20060101ALI20170227BHJP
   C08L 67/04 20060101ALI20170227BHJP
   C08L 77/04 20060101ALI20170227BHJP
   C08L 41/00 20060101ALI20170227BHJP
   C08L 79/02 20060101ALI20170227BHJP
   C08L 5/02 20060101ALI20170227BHJP
   C08L 33/02 20060101ALI20170227BHJP
   C08L 39/02 20060101ALI20170227BHJP
   C08L 25/18 20060101ALI20170227BHJP
   C09D 11/30 20140101ALI20170227BHJP
【FI】
   B05D1/36 Z
   B05D1/26 Z
   B05D7/24 302E
   B41J2/01 501
   C08J3/24 Z
   C08L33/10
   C08L67/04
   C08L77/04
   C08L41/00
   C08L79/02
   C08L5/02
   C08L33/02
   C08L39/02
   C08L25/18
   C09D11/30
【請求項の数】8
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-554360(P2013-554360)
(86)(22)【出願日】2013年1月18日
(86)【国際出願番号】JP2013050955
(87)【国際公開番号】WO2013108884
(87)【国際公開日】20130725
【審査請求日】2016年1月18日
(31)【優先権主張番号】特願2012-10385(P2012-10385)
(32)【優先日】2012年1月20日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2012-109797(P2012-109797)
(32)【優先日】2012年5月11日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504143441
【氏名又は名称】国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】100100158
【弁理士】
【氏名又は名称】鮫島 睦
(74)【代理人】
【識別番号】100103115
【弁理士】
【氏名又は名称】北原 康廣
(72)【発明者】
【氏名】明石 満
(72)【発明者】
【氏名】赤木 隆美
(72)【発明者】
【氏名】網代 広治
(72)【発明者】
【氏名】藤原 知子
【審査官】 安藤 達也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−105257(JP,A)
【文献】 特開2009−292939(JP,A)
【文献】 特開2004−122447(JP,A)
【文献】 特開2006−236596(JP,A)
【文献】 特開2011−121311(JP,A)
【文献】 特開2006−227400(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/088241(WO,A1)
【文献】 特開平10−219183(JP,A)
【文献】 特開平11−262644(JP,A)
【文献】 特開2011−000545(JP,A)
【文献】 特表2010−509049(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/146778(WO,A1)
【文献】 国際公開第2003/020418(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/134454(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B05B1/00〜B05B17/08
B05C1/00〜B05C21/00
B05D1/00〜B05D7/26
C09D1/00〜C09D201/10
B41J2/00〜B41J2/525
B01F1/00〜B01F17/56
C08L1/00〜C08L101/16
CAPlus(STN)
REGISTRY(STN)
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステレオコンプレックスまたはイオンコンプレックスを形成するポリマーのうちの一方のポリマー含む溶液を1ピコリットル〜10ナノリットルの範囲の量で基材上に塗布し、続いて該塗布部に塗布したポリマーとステレオコンプレックスまたはイオンコンプレックスを形成するもう一方のポリマーを含む溶液を1ピコリットル〜10ナノリットルの範囲の量で塗布することを特徴とする、ステレオコンプレックスまたはイオンコンプレックスポリマーを製造する方法であって、ステレオコンプレックスを形成するポリマーが、ポリ乳酸、ポリメタクリル酸メチル、またはポリ-γ-ベンジルグルタミン酸であり、イオンコンプレックスを形成するポリマーが、ポリビニル硫酸とポリエチレンイミン、デキストラン硫酸とジエチルアミノエチルデキストラン、ポリビニルアミンとポリメタクリル酸、またはポリリシンとポリスチレンスルホン酸である上記方法。
【請求項2】
ステレオコンプレックスを形成するポリマーがポリ乳酸である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ステレオコンプレックスを形成するポリマーがポリメタクリル酸メチルである、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
塗布をインクジェットシステムを使用して行う、請求項1〜3いずれかに記載の方法。
【請求項5】
ステレオコンプレックスまたはイオンコンプレックスを形成するポリマーのうちの一方のポリマー含む溶液を1ピコリットル〜10ナノリットルの範囲の量で基材上に塗布し、続いて該塗布部に塗布したポリマーとステレオコンプレックスまたはイオンコンプレックスを形成するもう一方のポリマーを含む溶液を1ピコリットル〜10ナノリットルの範囲の量で塗布することを特徴とする、ステレオコンプレックスまたはイオンコンプレックスポリマーをコーティングまたは印刷する方法であって、ステレオコンプレックスを形成するポリマーが、ポリ乳酸、ポリメタクリル酸メチル、またはポリ-γ-ベンジルグルタミン酸であり、イオンコンプレックスを形成するポリマーが、ポリビニル硫酸とポリエチレンイミン、デキストラン硫酸とジエチルアミノエチルデキストラン、ポリビニルアミンとポリメタクリル酸、またはポリリシンとポリスチレンスルホン酸である上記方法。
【請求項6】
ステレオコンプレックスを形成するポリマーがポリ乳酸である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
ステレオコンプレックスを形成するポリマーがポリメタクリル酸メチルである、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
塗布をインクジェットシステムを使用して行う、請求項5〜7いずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンプレックスポリマーを製造する新規な方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生分解性材料として幅広く用いられているポリ乳酸(以下、「PLA」という)は、鏡像異性体としてL体(以下、「PLLA」という)とD体(以下、「PDLA」という)が存在し、PLLAとPDLAをブレンドすることで、ステレオコンプレックス(ラセミ結晶)が形成され、ステレオコンプレックスはホモポリマーの結晶(融点180℃)と比較して融点が約50℃上昇することが知られており、機械、熱的特性に優れた材料と言える。
【0003】
また、透明性・着色性・耐候性に優れており多様な成型加工性のために大型屋外看板、大型水槽、液晶ディスプレイ用導光板、照明カバー、自動車用ランプレンズ、光ファイバー、文具類など、広く用いられているポリメタクリル酸メチル(以下、「PMMA」という)は、主鎖に沿って置換基が同じ側に配列したアイソタクチック体(以下、it-)と、置換基が交互に配列したシンジオタクチック体(st-)という立体規則性を有するが、それぞれの溶液を混合することで、ステレオコンプレックスが形成されることが知られている。PMMAのステレオコンプレックスは単一ポリマーと比べて熱的性質、溶解性などの物性が異なり、生体適合材料としても知られている。またシンジオタクチック体についてはアルキルエステルのみならず、メタクリル酸、アルキル基以外のメタクリル酸エステルもステレオコンプレックス形成可能である。
【0004】
相互作用のある2種類の高分子溶液に基板を交互に浸漬させることで、基板表面に高分子薄膜を形成させることができる方法として、交互積層法(Layer-by-layer (LbL)法)が知られている(非特許文献1、2)。その相互作用には主に静電的相互作用、イオン的相互作用、水素結合等が用いられている。これらの相互作用を利用することによりイオンコンプレックスやステレオコンプレックスを形成することができる。PLLAとPDLA間などに働くVan der Waals 相互作用も利用可能である。PLLAとPDLA溶液に基板や粒子を交互に浸漬させることで、その表面上にステレオコンプレックス薄膜が形成可能であることが明らかとなっている。
【0005】
しかしながら、LbL法では、交互浸漬の過程において、基板表面に高分子薄膜が形成されるが、安定かつ機能発現および構造解析に必要な量の薄膜を得るには、繰り返しの浸漬操作が必要となる。また、各浸漬ステップにおいて、基板表面に非特異的に吸着した高分子を除去するための洗浄工程が必要である。そのため、LbL法は多段階のステップと時間を要するため、工業化に不向きである。さらに、LbLでは基板全体を高分子溶液に浸漬するため、パターニングなどの任意の位置、領域、特にごく狭い範囲に高分子を配置することは困難である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】G. Decher, Science 1997, 277, 1232-1237
【非特許文献2】T. Serizawa, H. Yamashita, T. Fujiwara, Y. Kimura, M. Akashi, Macromolecules 2001, 34, 1996-2001
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、結晶性のよいコンプレックスポリマーを製造する全く新規な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明はコンプレックスを形成するポリマーを使用し、マイクロリットル単位で基材に塗布することを特徴とする、コンプレックスポリマーを製造する方法に関する。より具体的には、コンプレックスを形成するポリマーを使用し、一のポリマー溶液をマイクロリットル以下の単位で基材上に塗布し、続いて該塗布部に塗布した一のポリマーとコンプレックスを形成するもう一方のポリマーを含む溶液をマイクロリットル以下の単位で塗布することを特徴とする、コンプレックスポリマーを製造する方法に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の製造方法を使用すると、コンプレックスポリマーを任意の位置、領域、特にごく狭い範囲に、所望の量、積層数で形成、パターニング可能であり、しかも短時間で可能である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明においてコンプレックスとは、ステレオコンプレックスおよびイオンコンプレックスの両概念を含むものとして使用している。
【0011】
「ステレオコンプレックス」とは、比較的弱い相互作用であるファンデルワールス相互作用を基にした高分子鎖間の立体的な構造適合により形成される高分子間コンプレックスを意味している。
【0012】
「イオンオコンプレックス」とは、静電的相互作用を基にした高分子鎖間の立体的な構造適合により形成される高分子間コンプレックスを意味している。
【0013】
「ステレオコンプレックスを形成するポリマー」としては、ポリ乳酸、ポリメタクリル酸メチル、ポリ-γ-ベンジルグルタミン酸などが知られている。
【0014】
「イオンコンプレックスを形成するポリマー」としては、ポリビニル硫酸とポリエチレンイミン、デキストラン硫酸とジエチルアミノエチルデキストラン、ポリビニルアミンとポリメタクリル酸、ポリリシンとポリスチレンスルホン酸などが知られている。
【0015】
ポリマーはコンプレックスを形成することができる程度の分子量を有していればよく、具体的には数平均分子量1000〜2000000、好ましくは1000〜60000である。なお、本発明において数平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)法により測定した値を示している。
【0016】
ステレオコンプレックスを形成するポリマーを使用する場合、一のポリマーを含むポリマー溶液をマイクロリットル以下の単位で基材上に塗布し、続いて該塗布部に、該一のポリマーとステレオコンプレックスを形成するもう一方のポリマーを含む溶液をマイクロリットル以下の単位で塗布することにより、ステレオコンプレックスポリマーを製造する。また該一のポリマーがステレオ異性体ポリマーである場合、該ステレオ異性体ポリマーを含むポリマー溶液をマイクロリットル単位で基材上に塗布し、続いて該塗布部に、該ステレオコンプレックスを形成するポリマーの他のステレオ異性体ポリマーを含むポリマー溶液をマイクロリットル単位で塗布することにより、ステレオコンプレックスポリマーを製造する。
【0017】
イオンコンプレックスを形成するポリマーを使用する場合、該ポリマーの一のイオンポリマーを含むポリマー溶液をマイクロリットル単位で基材上に塗布し、続いて該塗布部に、該一のイオンポリマーと反対のイオンを有するイオンポリマーを含むポリマー溶液をマイクロリットル単位で塗布することにより、イオンコンプレックスポリマーを製造する。
【0018】
本発明において、以下、ステレオコンプレックスポリマーの製造方法について説明する。イオンコンプレックスの製造方法においても、「ステレオコンプレックスを形成するポリマー」に代えて、「イオンコンプレックスを形成するポリマー」を使用すれば、イオンコンプレックスポリマーを製造できる。
【0019】
本発明におけるステレオコンプレックスポリマーの製造方法においては、一のポリマーを含むポリマー溶液と、該一のポリマーとステレオコンプレックスを形成するもう一方のポリマーを含む溶液を別々に用意する。該一のポリマーがステレオ異性体ポリマーである場合、該一のステレオ異性体ポリマーを含むポリマー溶液と、該ステレオコンプレックスを形成するポリマーの他のステレオ異性体ポリマーを含む溶液を別々に用意する。
【0020】
ポリ乳酸の場合、「一のステレオ異性体ポリマー」をL体の乳酸ポリマーPLLAとすると、「他のステレオ異性体ポリマー」は、D体の乳酸ポリマーPDLAとなる。「一のステレオ異性体ポリマー」をD体の乳酸ポリマーPDLAとすると、「他のステレオ異性体ポリマー」は、L体の乳酸ポリマーPLLAとなる。
【0021】
ポリメタクリル酸メチル(PMMA)の場合、アイソタクチック(it)ポリマーとシンジオタクチック(st)ポリマーがある。「一のステレオ異性体ポリマー」をビニルポリマー主鎖の繰り返し単位中の側基(COOCH3)が同じ側にあるアイソタクチックポリマー(不斉炭素が同じ絶対配置を持つ)とすると、「他のステレオ異性体ポリマー」は、側基が交互に配列したシンジオタクチックポリマー(絶対配置が交互に並ぶ)となる。it-PMMAとst-ポリメタクリル酸(PMAA)の組み合わせでもよい。
【0022】
アイソタクチシチーおよびシンジオタクチシチーの3連子の割合が70以上の立体規則性が望ましく、さらには90以上が好ましい。PMMAの末端に置換基を導入したものやPMMA共重合体においてもステレオコンプレックス化可能である。
【0023】
ポリ-γ-ベンジルグルタミン酸(PBG)の場合、「一のステレオ異性体ポリマー」をL体のポリ-γ-ベンジル-L-グルタミン酸(PBLG)とすると、「他のステレオ異性体ポリマー」は、D体のポリ-γ-ベンジル-D-グルタミン酸(PBDG)となる。
【0024】
「ポリマー溶液」の濃度は、溶媒に対する飽和溶解濃度を上限に、目的に応じて、希釈して用いる。その濃度が高すぎると、ポリマー溶液塗布時に、ノズルのヘッドが詰まる問題があり、その濃度が低すぎると目的量のステレオコンプレックスを得るのに時間を要する。具体的には1μg/mL〜5 mg/mL、好ましくは0.1mg/mL〜1mg/mL、より好ましくは0.4mg/mL〜0.6mg/mLである。
【0025】
「ポリマー溶液」を構成する溶媒は、上記濃度のポリマーを溶解する溶媒であればよく、常圧での沸点として、下限が30℃以上、好ましくは50℃以上、上限が120℃以下、好ましくは100℃以下の範囲にある溶媒が好ましい。そのような溶媒として、クロロホルム、アセトニトリル、水、エタノール、ジメチルホルムアミド、それらの混合溶媒、例えばアセトニトリル/水混合溶媒、エタノール/水混合溶媒、ジメチルホルムアミド/水混合溶媒を用いることができる。その沸点が高すぎると、基板に塗布されたポリマー液滴の蒸発に時間がかかり、その沸点が低すぎると、塗布前にノズル内でポリマーが析出し、塗布不良の問題が生じる。
【0026】
本発明においては、上記「ポリマー溶液」を、マイクロリットル単位以下で基材上に塗布する(以下、「1回目の塗布」という)。「マイクロリットル単位以下で」とは、「1マイクロリットル以下の範囲の量で」ということを意味する。本発明の製造方法では、ポリマーを小さい体積に閉じ込めた状態で相互作用させるために、効率的で早くステレオコンプレックスを形成することが可能である。このため、溶液量としては、少ない方が好ましいが、少なすぎると塗布量の正確な制御が難しく、バラツキの原因になる。したがって、1回目の塗布量は1マイクロリットル以下、好ましくは1ピコリットル〜10ナノリットルの範囲であり、さらに好ましくは5〜50ピコリットルの範囲である。
【0027】
ポリマー溶液を塗布する基材としては、ポリマーを溶解している溶媒による影響(溶解、腐食等)を受けない材料、例えば、ガラス基板、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート、ポリジメチルシロキサン、ポリオレフィン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、シリコーン樹脂等が挙げられる。
【0028】
塗布は、常温、常圧環境下で行なえばよく、マイクロリットル単位以下の液滴を滴下、吹き付け、吐出、噴射、噴霧等することにより行う。好ましくは、吐出、噴射、噴霧であり、より好ましくは吐出または噴霧、特に好ましくは吐出により行う。そのような塗布を行える装置としては、例えば、インクジェットシステムを利用することができる。
【0029】
1回の吐出を、例えば数十ピコリットル単位、数十ナノリットル単位の少量で行なう場合は、吐出滴数を制御することにより、一回目の塗布量が1マイクロリットル以下の範囲で所望の量を塗布することができる。例えば、1回の吐出量が20plのノズルを使用する場合、1000滴を吐出すれば0.01μmリットルを塗布(1回目の塗布)することができる。
【0030】
上記塗布に続いて、該塗布部に、該ポリマーの他方のステレオ異性体ポリマーを含む溶液または該一のポリマーとステレオコンプレックスを形成するもう一方のポリマーを含む溶液をマイクロリットル単位以下で塗布する(以下、「2回目の塗布」という)。2回目の塗布は、1回目に塗布した溶液が蒸発し溶液中に存在したポリマーが基板上に析出した後、または溶液が存在している状態でおこなわれる。1回目の塗布後に、溶媒を蒸発させ、できるだけ短い時間間隔で次の塗布を行うことが好ましい。その時間は、溶液の塗布量、溶媒の種類、環境温度に依存し適宜設定される。なお、この時の塗布の環境も常温、常圧環境下で行えばよい。
【0031】
2回目の塗布に使用する「ポリマー溶液」、「マイクロリットル単位以下で」、「塗布」という意味は、1回目の塗布のところで説明したそれらの意味と同様の意味で使用している。
【0032】
上記1回目、2回目の塗布後、溶液に含まれていた溶媒を除去することにより、例えばPLLAとPDLAのステレオコンプレックスポリマーが形成される。溶媒の除去は、常温、常圧で自然乾燥により行える。必要により、加熱を加えてもよい。
【0033】
上記「1回目の塗布」および「2回目の塗布」を1サイクルとすると、このサイクルを繰り返すことにより、より厚く、またより多くのステレオコンプレックスポリマーを簡便かつ短時間で形成することができることになる。サイクル間隔は特に限定されず、その間隔が短いほど好ましい。このサイクルを繰り返すことにより、任意の位置に所望量のステレオコンプレックスポリマーを形成することができる。ステレオコンプレックスポリマーで、パターニング、印刷、コーティングすることができる。
【0034】
本発明においては、1回目の塗布および2回目の塗布(1サイクル)の量は、少ないほど好ましく、形成するステレコップレックスポリマーの所望量は、上記サイクル数によって調整するようにすることが好ましい。
【0035】
ここに、コンプレックスを形成するポリマーが、ステレオコンプレックスを形成するポリマーであり、一のポリマーを含むポリマー溶液をマイクロリットル以下の単位で基材上に塗布し、続いて該塗布部に、該一のポリマーとステレオコンプレックスを形成するもう一方のポリマーを含む溶液をマイクロリットル以下の単位で塗布し、以上の工程を繰り返すことを特徴とする、ステレオコンプレックスポリマーをコーティングまたは印刷する方法が提供される。また、ステレオ異性体を有するポリマーを使用し、該ポリマーの一方のステレオ異性体ポリマーを含むポリマー溶液をマイクロリットル単位以下で基材上に塗布し、続いて該塗布部に、該ポリマーの他方のステレオ異性体ポリマーを含む溶液をマイクロリットル単位以下で塗布し、以上の工程を繰り返すことを特徴とする、ステレオコンプレックスポリマーをコーティングまたは印刷する方法が提供される。
【0036】
本発明の製造方法では、ホモポリマーの結晶よりもステレオコンプレックス結晶が優先的に形成され、その結晶化度が高くなる。本発明ではX線回折より結晶構造を解析しており、ステレオコンプレックス結晶のみからな成るポリマーを得ることができる。
【0037】
コーティングまたは印刷は、例えば、インクジェットシステムを用いて行うことができ、任意の位置、領域、特にごく狭い範囲にコンプレックッスポリマーを任意の積層数で製造することができる。
【0038】
インクジェットシステムを使用すると、コンプレックスポリマーの多層薄膜の形成を利用して、その3D印刷や、層中層間に医薬品を保持させた製剤などのへの応用も可能である。
【実施例】
【0039】
実施例1
分子量Mn=2400のPLLAとPDLAを別々に0.5 mg/mlの濃度でクロロホルム溶液に溶かした。PLLA溶液を、インクジェットシステム(ノズル直径 25 um、吐出電圧 10 V、吐出振動数 1000 Hz)(クラスターテクノロジー社製)でガラス基板上に吐出した(1ステップ)。乾燥後、PLLA溶液を吐出した場所にPDLA溶液を同様に吐出し、乾燥させた(2ステップ)。以上を、1サイクル(=2ステップ)として、下記条件(表1)によりPLLA/PDLA薄膜を調製した(2ヘッドノズル使用)(図1)。
【0040】
【表1】
【0041】
1ステップの吐出液滴数とサイクル数を変化させ、PLLA/PDLA薄膜の結晶構造の違いをX線回折(XRD)により評価した。得られたX線回折スペクトルを図2に示す。すべてのサンプルにおいて、基板上に塗布されているポリマー量は同一(5 ug)である。
【0042】
図2から、サイクル数の増加に伴い、ステレオコンプレックス由来のβ結晶由来のピーク2θ=12°、21°、24°のピークが検出され、ステレオコンプレックスの形成が確認された。1サイクルのサンプル(L-D LbL)においては、2θ=17°のPLLAもしくはPDLAのホモポリマーから形成されるα結晶由来のピークが検出された。サイクル数の増加に伴い、ホモポリマー由来のピークは消失し、ステレオコンプレックス由来のピークが相対的に増強していることから、サイクル数の増加により、ステレオコンプレックスが優先的に形成されることが確認できた。すなわち、一サイクルにおける一回目、二回目の塗布量が少ないほどステレオコンプレックスが優先的に形成される。
【0043】
本システムにおいては、1回目のPLLA塗布で、溶媒蒸発後にPLLAホモポリマーの結晶が形成される。続いて、2回目のPDLA塗布で、基板上に形成されたPLLA結晶は溶解し、PLLA/PDLA混合溶液となり、溶媒蒸発過程においてステレオコンプレックスが形成される(一部ホモポリマー結晶も形成)。ポリ乳酸から成るステレオコンプレックスは、ホモポリマー結晶よりも溶媒(クロロホルム)に溶けにくく、また臨界ステレオコンプレックス形成濃度は、ホモポリマー結晶よりも低いことが知られている。そのため、インクジェットプリントによるPLLA/PDLA薄膜調製過程では、ポリマー溶液の吐出、ホモポリマー結晶の溶解、溶媒蒸発、ステレオコンプレックス形成(溶媒蒸発によるポリマー濃度の増加に伴い、ステレオコンプレックスが先に形成される)が繰り返し行われることで、ステレオコンプレックスが優先的に形成される。
【0044】
実施例2
アニオン重合から合成したIt-PMMA(Mn = 16,000, PDI =1.32; mm:mr:rr = 95:4:1)およびst-PMMA (Mn = 33,700, PDI =1.45; mm:mr:rr = 1:5:94)をそれぞれ0.5mg/mLの濃度でアセトニトリルに溶解させフィルター濾過を行なった。これを、それぞれ別々にインクジェットカートリッジ、Piezoelectric print head (PulseInjector登録商標)に装填した。インクジェットカートリッジの吐出口は直径25μmのものを使用した。二軸電動位置制御とUSBカメラによって液滴の吐出状態を観察したところ、一滴あたりの体積は約20pLに相当した。
【0045】
it-PMMA溶液およびst-PMMA溶液を同時にガラス基板上に吐出し、100,000滴吐出(図3(ii))したのちにガラス基板の位置をX軸方向へ1.1cm移動させ、もう一度100,000滴吐出させた(図3(iii)) (1サイクル)。
【0046】
中央位置にit-PMMAおよびst-PMMAが重なる場所がステレオコンプレックス形成する箇所に相当する(図3(v))。これをFT-IR/ATによって分析したところ、極わずかであるが1720カイザー付近にカルボニル由来のピークが確認され、PMMAの存在が確認された(図4a(1サイクル))
【0047】
実施例3
上述の実施例2に従って、it-PMMAおよびst-PMMA溶液の吐出量を種々変化させて、同様の操作を複数サイクル繰り返した。
【0048】
片方の高分子溶液を吐出したのち、20℃の状態で15秒待つと、吐出された高分子溶液のアセトニトリル溶媒は乾燥することが確認されたので、各高分子溶液を交互に吐出する間隔は15秒と設定した。
【0049】
吐出量を10,000滴とし、10サイクル行なった場合(図4b)、および吐出量を1000滴とし、500 サイクル行なった場合(図4c)では、PMMAの存在が確実に観測されたものの、ステレオコンプレックスを示す860カイザーおよび840カイザーにFT-IR/ATでは明確なピークを観測することができず、ステレオコンプレックス構造を検出することができなかった。
【0050】
吐出量を1000滴に設定し1000サイクル行なった場合(図4d)では、ステレオコンプレックス由来のピークが明らかに観測された。さらに、XRD(X線回折法)解析を行なうと、ステレオコンプレックス由来の11°および15°にピークが観測され、ステレオコンプレックスの存在が確認された(図5d)これは、同サンプルを8回測定し積算するとピークの様子が明らかに観測できた(図5e)。図6には実際に得られたサンプルの写真を示す。
【0051】
実施例4
前述の実施例で分析可能なステレオコンプレックス量が分かったので、吐出量とサイクルの合計を5倍に設定し、滴数とサイクル数を変化させて実施した。
【0052】
具体的には、吐出量を5000滴・サイクル数を1000サイクルとした場合、および吐出量を10000滴・サイクル数を500サイクルとした場合のそれぞれにおいて比較した。なお、吐出量、サイクル数以外の条件は上述と同じである。
【0053】
図7に調製されたステレオコンプレックス膜の厚さを3次元レーザー顕微鏡によって観察した結果を示す。
【0054】
図6において3スポット(it-PMMA, stereocomplex, st-PMMA)あらわれるが、ガラス基板においてit-PMMAのみ(図7a)およびst-PMMAのみ(図7d)の場合では、いずれも膜厚40μm程度で大きな応答注がないのに対して、図6における3スポット中真ん中に相当するステレオコンプレックスのサンプルでは、5000滴・1000サイクルの場合(図7b)では300μm程度の厚さのクレーター状の膜が、10000滴・500サイクルの場合(図7c)ではほぼ均一の高さで150μm程度の膜厚の膜が確認できた。ステレオコンプレックスが形成していることは、XRDおよびIRにより確認された。
【0055】
図8aには5000滴・1000サイクルの場合、図8bには10000滴・500サイクルの場合、を示しており、図5dの場合と比べるとポリマーの総量が5倍に相当するため、一度のXRD測定で十分観察できるレベルとなった(図8aおよび8b)。
【0056】
また、図9にはATR−IRの結果を示している。it-PMMAのみ(図9(a))およびst-PMMAのみ(図9(d))を吐出したスポットと比べて、交互にインクジェットした場合(図9(b)および図9(c))では、860カイザー付近のピーク強度が増加していることからステレオコンプレックス形成が示されている。
【0057】
実施例5
次に基板の影響を調べるためにポリスチレン基板を用いた。基板以外の条件は、実施例4に従って行った。形状を3次元レーザー顕微鏡を用いて観察したところ、アセトニトリル溶媒に多少膨潤の影響の受ける高分子基板(ポリスチレン基板)では(図7(e)-(h))、基板のラフネスは増加したがほとんど膜厚を観測することができなかった。また、XRD分析では、基板由来のピーク場大きく表れたため、ステレオコンプレックス由来のピークを観測できなかったが、ATR−IRの結果から実施例4と同様の比較考察より、ステレオコンプレックスを形成していることが確認できた(図10)。
【0058】
比較例
PMMAステレオコンプレックス形成について、従来の「溶液混合法」、基板の「交互浸漬法」および「インクジェット法」の三者において、形成に必要な時間と理論的な最低量を計算し比較した。
【0059】
使用したpMMAは、it-PMMA (mm/mr/rr =95: 4:1, Mn=16,100, Mw/Mn =1.32)およびst-PMMA (mm/mr/rr=1:5:94, Mn=33,700, Mw/Mn=1.45)である。
その条件、結果を下記表2に示す。
【0060】
溶液混合法は、it-PMMA、st-PMMAの各溶液を混合し沈殿としてステレオコンプレックスを形成する方法である。
交互浸浸法は、2つのit-PMMA、st-PMMA溶液に基板(金基板)を交互につけ込むことによりステレオコンプレックスを形成する方法である。
インクジェット法は本発明の方法をインクジェットシステムで実施しステレオコンプレックスを形成するものである。
【0061】
【表2】
【0062】
表2中、「濃度」は、上記各it-PMMA、st-PMMAをアセトニトリルに溶解した濃度である。
「ポリマー重量」は、表中のサイクル数で形成されたポリマーコンプレックス重量(理論値)である。
「時間」は、表中のサイクル数を実施するのに要した時間である。
「ステレオコンプレックス(mol)」は、ポリマー重量をit-PMMAとst-PMMAの合計分子量で割った値である。
「ペアー数」は「ステレオコンプレックス(mol)」にアボガドロ数を乗じた値である。
【0063】
表2から、本発明をインクジェットプリンターに応用すれば、ごく少量で二種類のポリマー鎖を出会わせることによって効果的に相互作用させることが可能であり、しかも高速でステレオコンプレックス形成が可能であることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は結晶性のよいコンプレックスポリマーを製造する従来にはない全く新規な方法を産業界に提供するものである。
本発明を、例えば二次元インクジェットプリンター技術で応用すれば、コンプレックスポリマーを任意の位置、領域、特にごく狭い範囲に、所望の量、積層数で形成、パターニング可能、しかも短時間で可能である。
また、本発明を三次元インクジェットプリンター技術で応用し、構造体構築技術と結びつけると、「高速性能」「極限少量」「定量性」「定点性」に優れたシステムを構築することができ、医療分野に関連した産業へと利用可能である。
さらに、本発明は、マイクロニードル技術と組み合わせることで、薬物徐放材料へ利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0065】
図1】実施例1におけるインクジェットプリンターを用いたポリ乳酸ステレオコンプレックス製造方法の概念図。
図2】インクジェットプリント法により調製したポリ乳酸のステレオコンプレックスポリマーのX線回折図。
図3】実施例3におけるインクジェット法によるPMMAステレオコンプレックス形成の概念図。
図4】it-PMMA/st-PMMAステレオコンプレックスのFT-IR/ATRスペクトル。
図5】it-PMMA/st-PMMAステレオコンプレックスのX線回折図。
図6】ガラス基板上に構築されたインクジェット法によるステレオコンプレックス薄膜の写真。
図7】調製されたステレオコンプレックス膜の厚さを3次元レーザー顕微鏡によって観察した結果を示す図。
図8】ガラス基板上に形成されたit-PMMA/st-PMMAステレオコンプレックスのX線回折図。
図9】ガラス基板上に形成されたit-PMMA/st-PMMAステレオコンプレックスのFT−IR図。
図10】ポリスチレン基板上に形成されたit-PMMA/st-PMMAステレオコンプレックスのFT−IR図。
図1
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図10