【実施例】
【0039】
実施例1
分子量M
n=2400のPLLAとPDLAを別々に0.5 mg/mlの濃度でクロロホルム溶液に溶かした。PLLA溶液を、インクジェットシステム(ノズル直径 25 um、吐出電圧 10 V、吐出振動数 1000 Hz)(クラスターテクノロジー社製)でガラス基板上に吐出した(1ステップ)。乾燥後、PLLA溶液を吐出した場所にPDLA溶液を同様に吐出し、乾燥させた(2ステップ)。以上を、1サイクル(=2ステップ)として、下記条件(表1)によりPLLA/PDLA薄膜を調製した(2ヘッドノズル使用)(
図1)。
【0040】
【表1】
【0041】
1ステップの吐出液滴数とサイクル数を変化させ、PLLA/PDLA薄膜の結晶構造の違いをX線回折(XRD)により評価した。得られたX線回折スペクトルを
図2に示す。すべてのサンプルにおいて、基板上に塗布されているポリマー量は同一(5 ug)である。
【0042】
図2から、サイクル数の増加に伴い、ステレオコンプレックス由来のβ結晶由来のピーク2θ=12°、21°、24°のピークが検出され、ステレオコンプレックスの形成が確認された。1サイクルのサンプル(L-D LbL)においては、2θ=17°のPLLAもしくはPDLAのホモポリマーから形成されるα結晶由来のピークが検出された。サイクル数の増加に伴い、ホモポリマー由来のピークは消失し、ステレオコンプレックス由来のピークが相対的に増強していることから、サイクル数の増加により、ステレオコンプレックスが優先的に形成されることが確認できた。すなわち、一サイクルにおける一回目、二回目の塗布量が少ないほどステレオコンプレックスが優先的に形成される。
【0043】
本システムにおいては、1回目のPLLA塗布で、溶媒蒸発後にPLLAホモポリマーの結晶が形成される。続いて、2回目のPDLA塗布で、基板上に形成されたPLLA結晶は溶解し、PLLA/PDLA混合溶液となり、溶媒蒸発過程においてステレオコンプレックスが形成される(一部ホモポリマー結晶も形成)。ポリ乳酸から成るステレオコンプレックスは、ホモポリマー結晶よりも溶媒(クロロホルム)に溶けにくく、また臨界ステレオコンプレックス形成濃度は、ホモポリマー結晶よりも低いことが知られている。そのため、インクジェットプリントによるPLLA/PDLA薄膜調製過程では、ポリマー溶液の吐出、ホモポリマー結晶の溶解、溶媒蒸発、ステレオコンプレックス形成(溶媒蒸発によるポリマー濃度の増加に伴い、ステレオコンプレックスが先に形成される)が繰り返し行われることで、ステレオコンプレックスが優先的に形成される。
【0044】
実施例2
アニオン重合から合成したIt-PMMA(M
n = 16,000, PDI =1.32; mm:mr:rr = 95:4:1)およびst-PMMA (M
n = 33,700, PDI =1.45; mm:mr:rr = 1:5:94)をそれぞれ0.5mg/mLの濃度でアセトニトリルに溶解させフィルター濾過を行なった。これを、それぞれ別々にインクジェットカートリッジ、Piezoelectric print head (PulseInjector
登録商標)に装填した。インクジェットカートリッジの吐出口は直径25μmのものを使用した。二軸電動位置制御とUSBカメラによって液滴の吐出状態を観察したところ、一滴あたりの体積は約20pLに相当した。
【0045】
it-PMMA溶液およびst-PMMA溶液を同時にガラス基板上に吐出し、100,000滴吐出(
図3(ii))したのちにガラス基板の位置をX軸方向へ1.1cm移動させ、もう一度100,000滴吐出させた(
図3(iii)) (1サイクル)。
【0046】
中央位置にit-PMMAおよびst-PMMAが重なる場所がステレオコンプレックス形成する箇所に相当する(
図3(v))。これをFT-IR/ATによって分析したところ、極わずかであるが1720カイザー付近にカルボニル由来のピークが確認され、PMMAの存在が確認された(
図4a(1サイクル))
【0047】
実施例3
上述の実施例2に従って、it-PMMAおよびst-PMMA溶液の吐出量を種々変化させて、同様の操作を複数サイクル繰り返した。
【0048】
片方の高分子溶液を吐出したのち、20℃の状態で15秒待つと、吐出された高分子溶液のアセトニトリル溶媒は乾燥することが確認されたので、各高分子溶液を交互に吐出する間隔は15秒と設定した。
【0049】
吐出量を10,000滴とし、10サイクル行なった場合(
図4b)、および吐出量を1000滴とし、500 サイクル行なった場合(
図4c)では、PMMAの存在が確実に観測されたものの、ステレオコンプレックスを示す860カイザーおよび840カイザーにFT-IR/ATでは明確なピークを観測することができず、ステレオコンプレックス構造を検出することができなかった。
【0050】
吐出量を1000滴に設定し1000サイクル行なった場合(
図4d)では、ステレオコンプレックス由来のピークが明らかに観測された。さらに、XRD(X線回折法)解析を行なうと、ステレオコンプレックス由来の11°および15°にピークが観測され、ステレオコンプレックスの存在が確認された(
図5d)これは、同サンプルを8回測定し積算するとピークの様子が明らかに観測できた(
図5e)。
図6には実際に得られたサンプルの写真を示す。
【0051】
実施例4
前述の実施例で分析可能なステレオコンプレックス量が分かったので、吐出量とサイクルの合計を5倍に設定し、滴数とサイクル数を変化させて実施した。
【0052】
具体的には、吐出量を5000滴・サイクル数を1000サイクルとした場合、および吐出量を10000滴・サイクル数を500サイクルとした場合のそれぞれにおいて比較した。なお、吐出量、サイクル数以外の条件は上述と同じである。
【0053】
図7に調製されたステレオコンプレックス膜の厚さを3次元レーザー顕微鏡によって観察した結果を示す。
【0054】
図6において3スポット(it-PMMA, stereocomplex, st-PMMA)あらわれるが、ガラス基板においてit-PMMAのみ(
図7a)およびst-PMMAのみ(
図7d)の場合では、いずれも膜厚40μm程度で大きな応答注がないのに対して、
図6における3スポット中真ん中に相当するステレオコンプレックスのサンプルでは、5000滴・1000サイクルの場合(
図7b)では300μm程度の厚さのクレーター状の膜が、10000滴・500サイクルの場合(
図7c)ではほぼ均一の高さで150μm程度の膜厚の膜が確認できた。ステレオコンプレックスが形成していることは、XRDおよびIRにより確認された。
【0055】
図8aには5000滴・1000サイクルの場合、
図8bには10000滴・500サイクルの場合、を示しており、
図5dの場合と比べるとポリマーの総量が5倍に相当するため、一度のXRD測定で十分観察できるレベルとなった(
図8aおよび8b)。
【0056】
また、
図9にはATR−IRの結果を示している。it-PMMAのみ(
図9(a))およびst-PMMAのみ(
図9(d))を吐出したスポットと比べて、交互にインクジェットした場合(
図9(b)および
図9(c))では、860カイザー付近のピーク強度が増加していることからステレオコンプレックス形成が示されている。
【0057】
実施例5
次に基板の影響を調べるためにポリスチレン基板を用いた。基板以外の条件は、実施例4に従って行った。形状を3次元レーザー顕微鏡を用いて観察したところ、アセトニトリル溶媒に多少膨潤の影響の受ける高分子基板(ポリスチレン基板)では(
図7(e)-(h))、基板のラフネスは増加したがほとんど膜厚を観測することができなかった。また、XRD分析では、基板由来のピーク場大きく表れたため、ステレオコンプレックス由来のピークを観測できなかったが、ATR−IRの結果から実施例4と同様の比較考察より、ステレオコンプレックスを形成していることが確認できた(
図10)。
【0058】
比較例
PMMAステレオコンプレックス形成について、従来の「溶液混合法」、基板の「交互浸漬法」および「インクジェット法」の三者において、形成に必要な時間と理論的な最低量を計算し比較した。
【0059】
使用したpMMAは、it-PMMA (mm/mr/rr =95: 4:1, Mn=16,100, Mw/Mn =1.32)およびst-PMMA (mm/mr/rr=1:5:94, Mn=33,700, Mw/Mn=1.45)である。
その条件、結果を下記表2に示す。
【0060】
溶液混合法は、it-PMMA、st-PMMAの各溶液を混合し沈殿としてステレオコンプレックスを形成する方法である。
交互浸浸法は、2つのit-PMMA、st-PMMA溶液に基板(金基板)を交互につけ込むことによりステレオコンプレックスを形成する方法である。
インクジェット法は本発明の方法をインクジェットシステムで実施しステレオコンプレックスを形成するものである。
【0061】
【表2】
【0062】
表2中、「濃度」は、上記各it-PMMA、st-PMMAをアセトニトリルに溶解した濃度である。
「ポリマー重量」は、表中のサイクル数で形成されたポリマーコンプレックス重量(理論値)である。
「時間」は、表中のサイクル数を実施するのに要した時間である。
「ステレオコンプレックス(mol)」は、ポリマー重量をit-PMMAとst-PMMAの合計分子量で割った値である。
「ペアー数」は「ステレオコンプレックス(mol)」にアボガドロ数を乗じた値である。
【0063】
表2から、本発明をインクジェットプリンターに応用すれば、ごく少量で二種類のポリマー鎖を出会わせることによって効果的に相互作用させることが可能であり、しかも高速でステレオコンプレックス形成が可能であることがわかる。