(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
PMモータにおける界磁磁石の配置構造には、界磁鉄心の表面に磁石を張り付けるSPM構造(SPMSM:Surface Permanent Magnet Synchronous Motor)と鉄心内部に磁石を埋め込むIPM構造(IPMSM:Interior Permanent Magnet Synchronous Motor)とに大別することができる。
【0003】
界磁巻線を有する同期電動機や同期発電機では、界磁極の鉄心形状によって突極機と非突極機と定義することが多い。しかし、永久磁石同期機では、永久磁石の比透磁率が約1程度と低いため、鉄心と磁石の配置が異なるSPM構造とIPM構造では磁気特性も異なる。一般的には、二軸理論で表した永久磁石同期機の等価回路は、SPM構造では界磁軸(N極)d軸インダクタンスLdとその直行軸であるq軸インダクタンスLqがほぼ等しい非突極性を有することが多く、他方のIPM構造ではq軸よりd軸の方がインダクタンスが小さいという逆突極特性になることが多くなりやすい。
【0004】
もちろん界磁鉄心の形状を工夫すれば、SPMやIPMという構造にかかわらず、非突極や逆突極という特性を任意に設計することも可能であるため、ここではSPMやIPMといった分類では無く、厳密に突極と非突極という磁気的な特性表現を使用する。
【0005】
ここでは、界磁極(N極,d軸)を基準とする直交座標系において、固定子巻線のLdとLqの両軸のインダクタンス成分がほぼ等しい場合を“磁気的に非突極性を有する”と定義する。
【0006】
モータに磁極位置情報を検出する位置センサを取り付けることなく、モータを駆動する方法として、多数の「位置センサレス制御」と呼ばれる方式が開発されている。
【0007】
この「位置センサレス制御」は、速度起電力を利用しているが、定格速度の10%付近以下になると、PMモータの界磁鎖交磁束によって速度起電力が小さくなる。そのため、インバータなど変換器の電圧誤差の影響が速度起電力に対して相対的に大きくなり、その電圧誤差が大きな外乱となって正確な磁極位置が推定できなくなるという課題がある。
【0008】
この位置センサレス制御の低速域における課題を解決する方法として、突極性を有するモータでは、電流や電圧に高周波成分を重畳した磁極位置推定方法が開発されている(例えば、特許文献1,2)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
図6は、高周波成分を重畳する位置センサレス制御方法(特許文献1)を示すブロック図である。
【0012】
この高周波成分を重畳する方式はモータの突極方向(例えば、d軸またはq軸方向)を推定することはできるが、磁極のN−S極判定(例えば、d軸の正方向と負方向の判定)ができない。そのため、N−S極の判定を誤るとd軸推定位相が電気角で180°の誤差を有することになり、推定q軸の極性も反転してしまう。そのため、トルク指令とは逆方向のトルクが発生してしまい、回転させたい方向とは逆の方向に加速し続けてしまうという問題を引き起こす。以下、この異常現象を「逆転暴走」と呼ぶ。
【0013】
以上示したようなことから、逆転暴走が発生しても速やかに正常動作に復帰できる同期電動機の制御方法を提供することが課題となる。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、前記従来の問題に鑑み、案出されたもので、その一態様は、永久磁石を界磁源とする同期電動機を位置・速度センサレスで制御する同期電動機の制御方法であって、電圧や電流に高周波を重畳することによって同期電動機に流れる高周波電圧または高周波電流に基づいて第1の位相誤差成分を推定し、同期電動機が回転することによって発生する速度起電力と、速度推定値の符号に基づいて第2の位相誤差成分を推定し、第1の位相誤差成分と第2の位相誤差成分とを加算した複合誤差成分に基づいて速度制御および位相演算を行うことを特徴とする。
【0015】
また、その一態様として、前記第2の位相誤差成分は下記式により演算することを特徴とする。
【0016】
【数1】
【0017】
また、その他の態様として、前記第1の位相誤差成分は、q軸成分に現れる高周波成分から特徴量を抽出した値とし、前記第2の位相誤差成分は、d軸成分の速度起電力と、速度推定値の符号と、に基づいて算出されたことを特徴とする。
【0018】
さらに、第1,第2の各位相誤差成分に速度推定値に応じた重みゲインを乗じて、複合誤差成分を算出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、同期電動機の制御方法において、逆転暴走が発生しても速やかに正常動作に復帰することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態1〜3における同期電動機の制御方法を図面に基づいて詳細に説明する。
【0022】
[実施形態1]
図1は、本実施形態1における位置センサレス制御を示すブロック図である。まず、本発明の基本となる高周波重畳法について簡単に説明する(より具体的には特許文献1やその他多数の論文等を参照)。なお、本実施形態1は高周波重畳法の一例を示すものであり、各部の演算等は他の方法であってもよい。
【0023】
実施形態1では、速度指令に対して制御を行う例を示している。速度制御部11は速度指令ω
*と速度推定値ωとを比較し、偏差が零となるような電流指令id
*,iq
*を生成する。電流制御部12では、電流指令id
*,iq
*と後述する平均電流検出値とを比較し、偏差が零となるような電圧指令Vd
*,Vq
*を生成する。d軸電圧指令Vd
*には後述する高周波電圧Vdhが重畳され、q軸電圧指令Vq
*とともに逆回転座標変換部13に出力される。
【0024】
逆回転座標変換部13では、dq軸の電圧指令Vd
*,Vq
*を推定位相θに基づいて、U,V,W相の電圧指令Vu,Vv,Vwに逆座標変換する。電力変換装置2は前記U,V,W相成分の電圧指令Vu,Vv,Vwに基づいてPMモータ1に電流を供給する。この時の電流を電流検出器3で検出する。回転座標変換部4では、U,V,W相の電流検出値Iu,Iv,Iwを、推定位相θに基づいてdq軸の電流検出値Id,Iqに変換する。
【0025】
移動平均部5はdq軸の電流検出値Id,Iqの平均電流検出値を算出する。ここでは、電圧指令Vd
*,Vq
*に重畳する高周波電圧Vdhの高周波角速度ωhの1周期を平均期間とする。この平均電流検出値は電流制御部12にフィードバックされ、電流制御に用いられる。また、電流検出値Id,Iqから、この電流検出値を減算することにより高周波電流成分Idh,Iqhを抽出する。電流検出値Id,Iqには高調波成分と定常成分が含まれているため、帯域フィルタや1周期の平均電流検出値を減算する等の操作により高調波電流成分Idh,Iqhだけを抽出することができる。
【0026】
高周波発生部6は、d軸電圧指令Vd
*に重畳する高周波電圧Vdhを出力するものである。具体的には、積分器6aにより高周波角速度指令ωhを積分してcos部6bにかけ、振幅調整部6cにより振幅を|Vh|に調整する。この振幅がVhで角周波数がωhであるd軸の高周波電圧Vdhを電圧指令Vd
*に加算し、加算された値が逆回転座標変換部13に出力される。また、高周波発生部6は、積分器6aにより高周波角速度指令ωhを積分してsin部6dにかけ、特徴量演算部7に出力する。
【0027】
特徴量演算部7では、前記高周波電流成分Idh,Iqhにsin部6dの出力をそれぞれ乗算し、移動平均を行うことにより特徴量Idh_sin,Iqh_sinを抽出する。
【0028】
第1の位相誤差演算部8は、前記特徴量Idh_sin,Iqh_sinから下記(1)式により第1の位相誤差成分(本実施形態1では、第1の位相誤差推定値Δθ)を演算する。
【0030】
PI制御器9により第1の位相誤差推定値Δθを零とするような速度推定値ωを生成する。この速度推定値ωは速度制御器11に出力され、速度制御に用いられる。また、前記速度推定値ωは積分器10において積分することにより推定位相θに変換され、この推定位相θが回転座標変換部4,逆回転座標変換部13の座標変換に用いられる。
【0031】
以上が高周波重畳法の概略である。本実施形態1における高周波重畳法からの変更点は、高周波を重畳することによって得られる第1の位相誤差推定値Δθに対して、電流検出値id,iqと電圧指令Vd
*,Vq
*(または電圧検出値)から永久磁石の鎖交磁束による速度起電力eを演算し、その速度起電力eの情報から得られる第2の位相誤差成分(本実施形態1では、第2の位相誤差推定値Δθ’)を加算することである。この第1の位相誤差推定値Δθと第2の位相誤差推定値Δθ’を加算した複合位相誤差を零にするように制御をかけることにより、逆転暴走しても復帰できる機能を有する速度推定値ωを得る。
【0032】
ここで、速度起電力eを利用した第2の位相誤差推定値Δθ’の推定方法について具体的に説明する。本実施形態1では、従来の制御ブロック(
図6)に対して、電圧、電流値から速度起電力ed,eqを計算する誘起電圧演算部14と、速度起電力ed,eqと速度推定値ωの符号を用いて第2の位相誤差推定値Δθ’を演算する第2の位相誤差演算部15と、第1の位相誤差推定値Δθと第2の位相誤差推定値Δθ’を加算する加算部16と、が追加されている。
【0033】
すなわち、誘起電圧演算部14では、電流制御部12から出力される電圧指令Vd
*,Vq
*と、移動平均部5の高周波を除去した平均電流検出値から、下記(2)式により速度起電力ed,eqを演算する。この速度起電力eの演算は下記(2)式のようにPMモータ1の電圧電流方程式から逆算しても良いし、拡張誘起電圧オブザーバ(非特許文献1)を用いるなど多くの方法があるが、ここでは電圧電流方程式を利用する例で説明する。
【0035】
次に、第2の位相誤差演算部15において、速度起電力ed,eqを利用して下記(3)式により第2の位相誤差推定値Δθ’を演算する。
【0037】
ここで、sgn()関数は、入力が正なら1,負なら−1,零なら0を出力する関数である。
【0038】
加算器16は、高周波成分による第1の位相誤差推定値Δθに、速度起電力ed,eqで求めた第2の位相誤差推定値Δθ’を加算して、複合誤差成分を算出し、新たな位相誤差推定値としてPI制御器9に出力する。なお、誘起電圧演算部14と第2の位相推定演算部15に使用する速度推定値ωは、PI演算部9における前回のサンプル時刻の値で近似する。
【0039】
本実施形態1によれば、PMモータ1の停止時には、上記(2)式のωの項が零となるため速度起電力eがほぼ零となるが、高周波重畳法ではp・Ld・idやp・Ld・iq項に高周波角速度指令ωhの速度起電力の成分が現れる。これを利用して第1の位相誤差推定値Δθに関する特徴量を抽出して速度・位相を推定することができる。
【0040】
ここで、もし推定された位相がN−S極を誤り180°ずれた場合、そのまま始動されると前述のように逆転方向に加速する逆転暴走が発生するが、この暴走によって回転することにより速度起電力ed,eqが発生するため、その速度起電力ed,eqから得られる第2の位相誤差推定値Δθ’を利用して磁極位置を修正することにより、正常な回転方向に復帰させることができる。
【0041】
[実施形態2]
実施形態1では、第1,2の位相誤差推定値Δθ,Δθ’を演算する際に非線形の関数であるtan
-1関数を使用しているが、tan
-1関数に用いる値の符号が切り替わることがあり、特に分母側が変化すると大きく演算結果(第1,第2の位相誤差推定値Δθ,Δθ’)が変化してしまう。また、分母側に零が入力されると無限大の値を出力してしまう。
【0042】
そのため、このように速度推定値ωを演算する制御ブロックに非線形の関数を利用すると少しの入力外乱が異常に増幅されてしまうため、次段部のPI制御部9の応答ゲインを高くすることが困難になる。
【0043】
そこで、本実施形態2では、非線形の関数であるtan
-1を使わずに、それぞれの位相誤差成分を直接加算するという近似を適用する。これにより、第1,第2の位相誤差演算部8,15の外乱増幅分が抑制できた分のみ速度・位相の推定応答(PI制御部9の応答ゲイン)を高めることができる。
【0044】
近似を適用する誤差成分も存在するために、第2の位相誤差推定値Δθ’<<πという制限があるが、系の収束状態ではΔθ’≒0でありまた応答も高められるので、この近似を適用しても問題ない。また、逆に逆転暴走時は位相誤差推定値を180°反転させる大きな成分を発生させることが目的であり、90°以上に補正できる成分さえあればよい。そのため、線形性は必要なく近似誤差が大きくても実用上は問題ない。
【0045】
図2は本実施形態2における同期電動機の制御装置を示すブロック図である。ここでは、実施形態1との相違点のみを説明し、実施形態1と同様の箇所は同一の符号を付してその説明を省略する。
図2に示すように、q軸特徴量演算部7’において、q軸電流検出値Iqに現れる高周波成分Iqhから特徴量Iqh_sinを抽出する。d軸の特徴量については省略する。誘起電圧演算部14’では、d軸成分の速度起電力edを演算する。第2の位相誤差演算部15’では、前記d軸成分の速度起電力edに速度推定値ωの符号と−1を乗じて(すなわち、sgn(ω)・(−ed))、加算部16に出力する。
【0046】
このq軸特徴量演算部7’で演算されたq軸の特徴量Iqh_sinを第1の位相誤差成分とし、第2の位相誤差演算部15’で演算されたsgn(ω)・(−ed)を第2の位相誤差成分として加算器16で直接加算し、PI制御部9に出力する。その他は実施形態1と同様である。
【0047】
以上示したように、本実施形態2によれば、非線形の関数であるtan
-1()を用いずに、q軸特徴量演算部7’の出力と第2の位相誤差演算部15’の出力を直接利用することにより、推定位相誤差の外乱による急な変化を減らすことができ、さらに演算量も減少することが可能となる。また、実施形態1と同様の作用効果を奏する。
【0048】
[実施形態3]
高周波重畳法の第1の位相誤差推定値Δθまたは第1の位相誤差成分iqh_sinと、速度起電力から得られる第2の位相誤差推定値Δθ’または第2の位相誤差成分sgn(ω)・(−ed)を加算する際に、高周波重畳法と速度起電力から得られる位相誤差の何れか一方にゲインを掛けて重みを持たせると、さらに両成分の影響度を調整することができるようになる。
【0049】
特に、誘起電圧演算部14,14’は逆転暴走防止機能のため大きな値を発生することがあり、周波数に応じて可変となるゲインを位相誤差成分に掛けることにより、特に極低速時に生じ易い位相誤差の外乱成分の影響を小さくすることができる。
【0050】
図3に、本実施形態3における同期電動機の制御ブロックを示す。実施形態2における第2の位相誤差演算部15’の出力に対して、乗算器17により重みゲインK
pを乗算することにより、高周波重畳法における第1の位相誤差成分Iqh_sinと速度起電力における第2の位相誤差成分sgn(ω)・(−ed)とのバランスを調整する。本実施形態3では、第1の位相誤差成分iqh_sinは固定しておく。
【0051】
図4に、前記重みゲインK
pのグラフを示す。
図4に示すように、重みゲインK
pは速度推定値ωの周波数が−20%以下,+20%以上の時は0.2とし、−20%,+20%から0%に近づくに従って減少し、−2%〜+2%では零となるように設定されている。すなわち、速度推定値ωの周波数が零付近では重みゲインK
pが零となるように設定されている。
【0052】
次に、実施形態1〜3の効果を数値演算器により動作をシミュレーションしたデータを用いて説明する。
図5は、従来の高周波重畳法(
図6)と実施形態3を適用した場合のシミュレーション結果を示す比較チャートであり、突極性を有するPMモータ1を、位相推定出力の初期位相が180°ずれた状態で始動したことを条件としている。
【0053】
図5において、(a)が従来の高周波重畳法、(b)が実施形態3における制御方法であり、上段は速度指令、検出速度、速度推定の3種類の回転速度(p.u)を示し、下段は検出位相と推定位相の磁極位置を示している。
【0054】
図5(a)に示す従来の高周波重畳法は実位相と推定位相が180°ずれたままとなり、実速度が速度指令とは逆の方向に加速して逆転暴走している。一方、実施形態3を適用した場合は、始動時には実位相に対して推定位相が180°ずれて速度指令と実速度が逆転するものの、実速度と推定速度にはほとんど差が無いため、0.2s付近で実速度が−0.1p.uに達すると、
図4の重みゲインK
pが有効となり、それ以降では正常な回転方向へと復帰できている。また、推定位相誤差も180°から0°付近へ修正できている。
【0055】
また、0.75sで負荷トルクを0→100%に変化させ、さらに2.0sで速度指令を10%→−10%へと変化させて、過渡的な安定性も確認したところ、いずれの条件でも脱調等せずに安定に運転を継続できる。
【0056】
以上、本発明において、記載された具体例に対してのみ詳細に説明したが、本発明の技術思想の範囲で多彩な変形および修正が可能であることは、当業者にとって明白なことであり、このような変形および修正が特許請求の範囲に属することは当然のことである。
【0057】
例えば、実施形態1〜3では、電圧指令に高周波電圧を重畳したが、電流指令に高周波電流を重畳してもよい。