特許第6090745号(P6090745)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6090745
(24)【登録日】2017年2月17日
(45)【発行日】2017年3月8日
(54)【発明の名称】パーキンソン病予防治療剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/37 20060101AFI20170227BHJP
   A61P 25/16 20060101ALI20170227BHJP
   A61K 36/484 20060101ALN20170227BHJP
【FI】
   A61K31/37
   A61P25/16
   !A61K36/484
【請求項の数】1
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2013-91903(P2013-91903)
(22)【出願日】2013年4月25日
(65)【公開番号】特開2014-214114(P2014-214114A)
(43)【公開日】2014年11月17日
【審査請求日】2016年4月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】502285457
【氏名又は名称】学校法人順天堂
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100077562
【弁理士】
【氏名又は名称】高野 登志雄
(74)【代理人】
【識別番号】100096736
【弁理士】
【氏名又は名称】中嶋 俊夫
(74)【代理人】
【識別番号】100117156
【弁理士】
【氏名又は名称】村田 正樹
(74)【代理人】
【識別番号】100111028
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 博人
(72)【発明者】
【氏名】服部 信孝
(72)【発明者】
【氏名】斉木 臣二
(72)【発明者】
【氏名】井本 正哉
(72)【発明者】
【氏名】藤巻 貴宏
【審査官】 伊藤 清子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−269890(JP,A)
【文献】 Fitoterapia, 2012, Vol.83, No.2, pp.422-425
【文献】 Biosci. Biotechnol. Biochem., 2012, Vol.76, No.3, pp.536-543
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/37
A61K 36/484
A61P 25/16
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
次式(1)
【化1】
で表される化合物又はその塩を有効成分とするパーキンソン病予防治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なパーキンソン病予防治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
パーキンソン病(PD)は、ドパミン作動性神経細胞の細胞死により黒質−線条体ネットワークのドパミン神経伝達が低下し、四肢運動調節障害・不随意運動・姿勢反射障害を呈する神経変性疾患である。それゆえに現在のパーキンソン病治療法は低下したドパミン刺激伝達を内服(ドパミン前駆物質、ドパミン受容体作動薬、ドパミン分解阻害薬)や電気刺激(視床下核刺激が中心)によって補充する対症療法に限られる。
【0003】
上述のようなドパミン作用補充による対症療法は、ドパミン神経細胞の進行性細胞死を抑制することはできず、長期的にドパミン作用は枯渇し、既存薬剤の作用低下・種々の副作用を招来するため、現状ではパーキンソン病発症後、様々な治療を行うも15−20年程度で寝たきり状態に陥る可能性が高い。
【0004】
ところで、なお1983年に米国でMPTP含有非合法薬剤の静脈注射によりパーキンソン病を呈した4名の患者が報告(非特許文献1)されて以降、ロテノンやMPP+(1−メチル−4−フェニルピリジニウム)を添加したラット副腎髄質由来褐色細胞腫PC12D細胞ラインは、ミトコンドリア病態を反映したパーキンソン病モデルとして汎用されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Science 219:979, 1983
【非特許文献2】Fitoterapia 83(2012)422-425
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、ドパミン作用補充療法薬ではなく、神経細胞死回復作用を有するパーキンソン病予防治療剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで本発明者は、パーキンソン病細胞モデルであるロテノンやMPP+を添加したPC12D細胞を用いて漢方薬ライブラリーからパーキンソン病予防治療剤の探索を行ったところ、下記式(1)で表される化合物が優れた神経細胞死回復効果を有し、パーキンソン病予防治療剤として有用であることを見出し、本発明を完成した。なお、下記式(1)で表される化合物は、ウラルカンゾウ(Glycyrrhiza uralensis)に含まれる化合物であり、抗血液凝固活性を有することは知られている(非特許文献2)が、神経細胞に対する作用は全く知られていなかった。
【0008】
すなわち、本発明は、次式(1)
【0009】
【化1】
【0010】
で表される化合物又はその塩を有効成分とするパーキンソン病予防治療剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
式(1)の化合物は、ミトコンドリア病態を反映したパーキンソン病モデルにおいて優れた神経細胞死回復効果を有し、パーキンソン病の本体である神経細胞の変性を回復させるパーキンソン病予防治療薬として有用である。従って、本発明により、ドパミン作用でない新たなパーキンソン病予防治療薬が提供可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】ロテノン(rotenone)添加系における各漢方薬サンプルの神経細胞死抑制効果を示す。
図2】MPP+添加系における大黄及び甘草混合物(図中の比率は大黄:甘草比)の神経細胞死抑制効果を示す。
図3】化合物(1)のプロトンNMRスペクトルを示す。
図4】化合物(1)のC13NMRスペクトルを示す。
図5】MPP+添加系(トリパンブルー細胞外排出試験)における化合物(1)の神経細胞死抑制効果を示す。
図6】MPP+添加系(PI染色法)における化合物(1)の神経細胞死抑制効果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のパーキンソン病予防治療薬の有効成分は、上記式(1)で表される化合物又はその塩である。
【0014】
式(1)の化合物は、非特許文献2にも記載されているように、甘草から抽出することができる。例えば、甘草からエタノール又は含水エタノールで抽出した抽出物から単離することができる。甘草としてはカンゾウ属(Glycyrrhiza)に属する植物であれば特に限定されず、抽出に用いる部位は根の部分が好ましい。また、生薬として販売されている甘草の根を乾燥させたものを用いることもできる。抽出物から単離する方法としては、溶媒抽出、クロマトグラフィー等を組み合わせて行う方法が挙げられる。
【0015】
式(1)の化合物の塩としては、薬学的に許容される塩であればよいが、フェノール性水酸基を有することから、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、アミン塩等が挙げられる。
【0016】
式(1)の化合物又はその塩は、後記実施例に示すように、パーキンソン病モデルにおいて優れた神経細胞回復効果を有し、ヒトを含む哺乳類におけるパーキンソン病予防治療剤として有用である。
【0017】
式(1)の化合物は、そのまま医薬として用いることもできるが、薬学的に許容される担体とともに医薬組成物として用いることもできる。そのような医薬組成物の形態としては、錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、トローチ剤、シロップ剤、液剤、乳剤、懸濁剤等の経口投与用製剤;注射剤;坐剤;吸入剤;経皮吸収剤;点眼剤;眼軟膏等の製剤が挙げられる。
【0018】
固体製剤とする場合は、添加剤、たとえば、ショ糖、乳糖、セルロース類、D−マンニトール、マルチトール、デキストラン、デンプン類、寒天、アルギネート類、キチン類、キトサン類、ペクチン類、トランガム類、アラビアゴム類、ゼラチン類、コラーゲン類、カゼイン、アルブミン、リン酸カルシウム、ソルビトール、グリシン、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、グリセリン、ポリエチレングリコール、炭酸水素ナトリウム、ステアリン酸マグネシウム、タルク等が用いられる。さらに、錠剤は必要に応じて通常の剤皮を施した錠剤、たとえば糖衣錠、腸溶性コーティング錠、フィルムコーティング錠あるいは二層錠、多層錠とすることができる。
【0019】
半固体製剤とする場合は、動植物性油脂(オリーブ油、トウモロコシ油、ヒマシ油等)、鉱物性油脂(ワセリン、白色ワセリン、固形パラフィン等)、ロウ類(ホホバ油、カルナバロウ、ミツロウ等)、部分合成もしくは全合成グリセリン脂肪酸エステル(ラウリル酸、ミリスチン酸、パルミチン酸等)等が用いられる。
【0020】
液体製剤とする場合は、添加剤、たとえば塩化ナトリウム、グルコース、ソルビトール、グリセリン、オリーブ油、プロピレングリコール、エチルアルコール等が挙げられる。特に注射剤とする場合は、無菌の水溶液、たとえば生理食塩水、等張液、油性液、たとえばゴマ油、大豆油が用いられる。また、必要により適当な懸濁化剤、たとえばカルボキシメチルセルロースナトリウム、非イオン性界面活性剤、溶解補助剤、たとえば安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等を併用してもよい。
【0021】
これらの製剤の有効成分の量は製剤の0.1〜100重量%であり、適当には1〜50重量%である。投与量は患者の症状、体重、年令等により変わりうるが、通常経口投与の場合、式(1)の化合物として成人一日当たり1〜500mg程度であり、これを一回又は数回に分けて投与するのが好ましい。
【実施例】
【0022】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【0023】
実施例1
非働化5%牛胎児血清(JRH bioscoences)および非働化10%ウマ血清(Gibco)を含むDMEM培地(ニッスイ)に懸濁したラット副腎髄質由来褐色細胞腫PC12D細胞(4×104個)を48wellプラスチックプレートに播き、37℃、5%CO2で24時間培養させた後に、NGF(neuro growth factor ; Alomone Labs)100ng/mlを加え分化させた。48時間後に神経毒であるロテノン(calbiochem)0.3μMと熱水およびアセトンにより抽出した漢方薬抽出物を加えた。48時間後にトリパンブルー細胞外排出試験法により細胞死を評価した。すなわち、ピペッティングにより細胞を解離した後、5倍濃縮トリパンブルー溶液(9g/l NaCl、4g/l トリパンブルー(sigma))を加えてよく混ぜ、血球計算板(エルマ)にて染色された細胞を数えた。なお、細胞生存率は以下の式により求めた。
【0024】
(数1)
(細胞生存率)=((生細胞数)/(全細胞数))×100
【0025】
その結果ロテノンによる細胞死を十分回復させる漢方薬として調胃承気湯(ちょういじょうきとう)及び大黄甘草湯(だいおうかんぞうとう)を見出した(図1)。
【0026】
実施例2
調胃承気湯・大黄甘草湯がいずれも大黄:甘草を2:1の混合比で含むことに注目し、共通成分の混合比と細胞死回復効果の関係性の評価を下記の実施例のように行った。
【0027】
細胞死の評価法は実施例1と同様のプロトコールで行った。ただし、神経毒はパーキンソン病模倣剤としてより一般的に用いられているMPP+(1−methyl−4−phenylpyridinium;sigma)0.3mMを用いた。
【0028】
その結果、甘草の含有量に比例して細胞死回復効果が増強された(図2)。
【0029】
実施例3
甘草を有効成分と決定し、甘草単体からの活性成分の抽出を試みた。甘草単体からの活性成分の抽出は実施例2と同様のプロトコールによる細胞死回復効果の活性を指標に植物化学物質を単離する際に用いる通常の抽出、精製手段を適宜利用して単離精製を行った。
【0030】
甘草粉末50gを90%エタノールで抽出後、濾過した水溶液5lをpH7.0に調整し、濾液と等量の酢酸エチルを加えて抽出し、濃縮乾固した。得られた酢酸エチル抽出物4.25gを遠心液液分配クロマトグラフィー(センシュー科学)(溶媒系:クロロホルム:メタノール:水=5:6:4(容量比))にかけ、化合物(1)を含む一次精製物273.9mgを得た。次に一次精製物をセファデックスLH−20カラム(GE Healthcare)を用いてメタノールで展開して二次精製物29.6mgを得た。最後に二次精製物を高速液体クロマトグラフィーのカラム(野村化学社製)に吸着させ、40%アセトニトリルで溶出することにより化合物(1)の純品2.4mgを得た。
化合物(1)の化学構造は種々の核磁気共鳴スペクトル、質量分析スペクトルを詳細に検討することにより決定した。
【0031】
以下に化合物(1)の物理化学的性状を示す。
(1)外観:淡黄色油状
(2)溶解性DMSO,メタノールに可溶、水、クロロホルムに難溶。
(3)Rf値(メルク社製「シリカゲル60F254」使用):0.49(展開溶媒:クロロホルム:メタノール、5:1)
(4)マススペクトル(HRESI−MS):m/z 383(negative)
(5)赤外部吸収スペクトル(cm-1)(KBr):3454,2966,1719,1633
(6)非旋光度:[α]D21−0.0158°(c0.1,メタノール)
(7)プロトン核磁気共鳴スペクトル(500MHz,DMSO−d6):図3に示す通り
(8)炭素13核磁気共鳴スペクトル(500MHz,DMSO−d6):図4に示す通り
(9)分子式:C21207
【0032】
実施例4
化合物(1)の細胞死回復効果は実施例2と同様のプロトコールによりトリパンブルー細胞外排出試験法で確認出来た(図5)。また、以下に実施例を示すPI染色法でも測定することが出来る。
【0033】
実施例5
実施例1と同様の組成である培地に懸濁したPC12D細胞(8×104個)を24wellプラスチックプレートに播き、37℃、5%CO2で24時間培養させた後に、NGF(neuro growth factor;Alomone Labs)100ng/mlを加え分化させた。48時間後に神経毒であるMPP+(1−methyl−4−phenylpyridinium;sigma)0.3mMと化合物(1)を加えた。48時間後に細胞をピペッティングによりマイクロテストチューブに回収し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で一度洗浄後、200μlのPBSに再懸濁させた。ここに冷却した70%エタノール1mlを加えてよく攪拌し、30分以上4℃で静置することで固定化した。上清を除去後RNase10μg/mlを含むPBSで再懸濁し、37℃で15分インキュベートした。上清を除去後、PBSで希釈した50μg/mlヨウ化プロピジウム(和光純薬)で再懸濁し、フローサイトメーター(ベックマンコールター)で細胞内DNA含有量を測定した。その結果、化合物(1)はMPP+によって誘導されたアポトーシス(subG1期の割合)を濃度依存的に減少させていることが認められた(図6)。
図1
図2
図3
図4
図5
図6