特許第6091215号(P6091215)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6091215
(24)【登録日】2017年2月17日
(45)【発行日】2017年3月8日
(54)【発明の名称】モノテルペン配糖体化酵素の利用方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 19/00 20060101AFI20170227BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20170227BHJP
   A01H 5/00 20060101ALI20170227BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20170227BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20170227BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20170227BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20170227BHJP
【FI】
   C12P19/00ZNA
   C12N15/00 A
   A01H5/00 A
   C12N1/15
   C12N1/19
   C12N1/21
   C12N5/10
【請求項の数】5
【全頁数】52
(21)【出願番号】特願2012-551066(P2012-551066)
(86)(22)【出願日】2011年12月27日
(86)【国際出願番号】JP2011080584
(87)【国際公開番号】WO2012091165
(87)【国際公開日】20120705
【審査請求日】2014年7月3日
(31)【優先権主張番号】特願2010-293237(P2010-293237)
(32)【優先日】2010年12月28日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】309007911
【氏名又は名称】サントリーホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100147131
【弁理士】
【氏名又は名称】今里 崇之
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】小埜 栄一郎
(72)【発明者】
【氏名】鶴岡 伸夫
【審査官】 市島 洋介
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2008/062165(WO,A1)
【文献】 WOO H.H.et al.,Characterization of Arabidopsis AtUGT85A and AtGUS gene families and their expression in rapidly dividing tissues,Genomics,2007年,Vol.90,p.143-153
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(c)よりなる群より選ばれるいずれかに記載のタンパク質と、UDP−糖と、8位にヒドロキシル基を有するモノテルペン化合物とを反応させて前記モノテルペン化合物の8位を配糖化する工程を含む、モノテルペン8位配糖体の製造方法であって、前記UDP−糖がUDP−グルコースであり、前記8位にヒドロキシル基を有するモノテルペン化合物が8−ヒドロキシゲラニオール又は8−ヒドロキシリナロールであり、前記モノテルペン8位配糖体は8−ヒドロキシゲラニオール又は8−ヒドロキシリナロールの8位にグルコースが1分子付加した化合物である、前記製造方法、
(a)配列番号2又は9のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号2又は9のアミノ酸配列において、1〜48個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ8位にヒドロキシル基を有するモノテルペン化合物の8位を配糖化する活性を有するタンパク質;及び
(c)配列番号2又は9のアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ8位にヒドロキシル基を有するモノテルペン化合物の8位を配糖化する活性を有するタシパク質
【請求項2】
以下の(a)〜(d)よりなる群より選ばれるいずれかに記載のポリヌクレオチドが導入された非ヒト形質転換体を培養する工程、及び
前記非ヒト形質転換体からモノテルペン8位配糖体を精製する工程、
を含む、モノテルペン8位配糖体の製造方法であって、
前記非ヒト形質転換体は、以下の(1)及び(2)を含有し、
(1)UDP−グルコース、
(2)8−ヒドロキシゲラニオール又は8−ヒドロキシリナロール、
かつ、前記モノテルペン8位配糖体は8−ヒドロキシゲラニオール又は8−ヒドロキシリナロールの8位にグルコースが1分子付加した化合物である、前記製造方法、
(a) 配列番号1、3、8又は10の塩基配列を含有するポリヌクレオチド;
(b) 配列番号2又は9のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(c) 配列番号2又は9のアミノ酸配列において、1〜48個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ8位にヒドロキシル基を有するモノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;及び
(d)配列番号2又は9のアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ8位にヒドロキシル基を有するモノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
【請求項3】
前記ポリヌクレオチドが配列番号1、3、8又は10の塩基配列を含有する、請求項に記載の方法。
【請求項4】
前記ポリヌクレオチドが、発現ベクターに挿入されたものである、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
前記非ヒト形質転換体が植物体である、請求項2〜4のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モノテルペン8位配糖体の製造方法、モノテルペン8位配糖体化酵素を高発現する形質転換体並びに前記方法により作製されたモノテルペンの8位配糖体及びその利用に関する。また、本発明は、モノテルペン化合物の8位を配糖化する活性を有するタンパク質の発現が抑制された植物及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
テルペノイド、特にモノテルペン(C10)やセスキテルペン(C15)など分子量が比較的小さいテルペノイド類は植物の主要香気成分であり、食品、酒類のフレーバーのみならず化粧品や香水に至る工業製品にまで幅広く利用されている。リナロールに代表されるモノテルペンは植物細胞内で合成されるが、一部は配糖体として蓄積していることが知られており、たとえばアブラナ科シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)では8位水酸化リナロールの配糖体が報告されている(非特許文献1)。モデル植物のみならず産業上重要な作物であるアサ科ホップ(Humulus lupulus)(非特許文献2)やツバキ科チャ(Camellia sinensis)(非特許文献3−6)やショウガ科ショウガ(Zingiber officinale)(非特許文献7)においてもモノテルペン配糖体が蓄積していることが知られている。さらに植物界に幅広く報告されていることから(非特許文献8)、配糖体は香気成分の前駆体として一般的な形であると考えられる。香気前駆物質であるテルペン配糖体を酵素あるいは非酵素的に糖を切除し、香気成分を揮発させるといった人工制御についても産業応用的な見地から検討されている(非特許文献9)。
しかしながらこれまでにモノテルペン配糖体の糖を切る酵素(β−プリメベロシダーゼ(β−primeverosidase))はチャから単離されているものの(非特許文献10)、モノテルペンに糖が付加される(配糖体化される)分子機構については不明である。シロイヌナズナのUDP−sugar依存的配糖体化酵素(UDP−sugar dependent glycosyltransferase:UGT)の網羅的活性スクリーニングによって一部のUGT酵素が試験管内でモノテルペンに反応することが報告されているが、生理的な役割やその活性の意義は示されていない(非特許文献11)。ミカン科スイートオレンジ(Citrus sinensis)にもモノテルペン配糖体が蓄積している為、モノテルペンに対するUGTのスクリーニングが行われたが、活性のあるUGT酵素遺伝子の同定に至っていない(非特許文献12)。
【特許文献1】国際公開公報WO97/11184
【非特許文献1】Aharoni et al(2003)Plant Cell 15,2866−2884
【非特許文献2】Kollmannsberger et al(2006)Mschr.Brauwissenschaft 59,83−89
【非特許文献3】Guo et al(1994)Biosci.Biotech.Biochem.58,1532−1534
【非特許文献4】Nishikitani et al(1996)Biosci.Biotech.Biochem.60,929−931
【非特許文献5】Moon et al(1996)Biosci.Biotech.Biochem.60,1815−1819
【非特許文献6】Ma et al(2001)Phytochemisty 56,819−825
【非特許文献7】Sekiwa et al(1999)Biosci.Biotech.Biochem.63,384−389
【非特許文献8】Winterhalter and Skouroumounis(1997)Adv.Biochem.Eng.Biotechnol.55,73−105
【非特許文献9】Herman(2007)Angew.Chem.Int.Ed.46,5836−5863
【非特許文献10】Mizutani et al(2002)Plant Physiol.130,2164−2176
【非特許文献11】Caputi et al(2008)Chem.Eur.J.14,6656−6662
【非特許文献12】Fan et al(2010)Genome 53,816−823
【非特許文献13】Winter et al(2007)PLoS One 2,e718
【非特許文献14】Hou et al(2004)J.Biol.Chem.279,47822−47832
【非特許文献15】Kristensen et al(2005)Proc.Natl.Acd.Sci.USA 102,1779−1784
【非特許文献16】Franks et al(2008)Funct.Plant Biol.35,236−246
【発明の開示】
【0003】
上記のような状況下で、UGT酵素遺伝子及び当該遺伝子にコードされるタンパク質を同定し、これらを利用したテルペン配糖体の効率的な製造方法を確立することが望まれている。
本発明者らは、100種類以上の候補遺伝子の中から、徹底的にシロイヌナズナの共発現解析(ATTED−II)を推し進めた結果、リナロール合成酵素遺伝子(LIS)と高い発現相関を示すUGT酵素遺伝子として、UGT85A3およびUGT85A1を見出した。また、本発明者らは、本酵素遺伝子をクローニングし、詳細にわたってそのキャラクタリゼーションを行った結果、当該遺伝子にコードされるタンパク質は、モノテルペンに対して配糖体化活性を有しており、特に8位にヒドロキシ基を有する基質(8−ヒドロキシゲラニオールや8−ヒドロキシリナロール)に対して高い比活性を示すことを解明した。したがってUGT85A3遺伝子およびUGT85A1遺伝子の発現パターンとその生化学的な酵素機能、そしてその生成物であるモノテルペン配糖体の蓄積領域は、全て一致しており、UGT85A3およびUGT85A1が生理的なリナロール配糖体化酵素であることが確認された。本発明は、上記知見に基づくものである。
即ち、本発明は、以下のとおりである。
[1] 以下の(a)〜(c)よりなる群より選ばれるいずれかに記載のタンパク質と、UDP−糖と、モノテルペン化合物とを反応させて前記モノテルペン化合物の8位を配糖化する工程を含む、モノテルペン8位配糖体の製造方法。
(a)配列番号2又は9のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号2又は9のアミノ酸配列において、1〜125個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつモノテルペン化合物の8位を配糖化する活性を有するタンパク質;
(c)配列番号2又は9のアミノ酸配列に対して、75%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつモノテルペン化合物の8位を配糖化する活性を有するタンパク質
[2] 前記UDP−糖が、UDP−グルコースである、前記[1]に記載の方法。
[3] 前記モノテルペン化合物が、8−ヒドロキシミルセン、8−ヒドロキシネロール、8−ヒドロキシゲラニオール及び8−ヒドロキシリナロールからなる群より選択されるいずれか1つのものである、前記[1]に記載の方法。
[4] 以下の(a)〜(e)よりなる群より選ばれるいずれかに記載のポリヌクレオチドが導入された非ヒト形質転換体。
(a)配列番号1、3、8又は10の塩基配列を含有するポリヌクレオチド;
(b)配列番号2又は9のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号2又は9のアミノ酸配列において、1〜125個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつモノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号2又は9のアミノ酸配列に対して、75%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつモノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;及び
(e)配列番号1、3、8又は10の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドと高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、モノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
[5] 配列番号1、3、8又は10の塩基配列を含有する、前記[4]に記載の形質転換体。
[6] 前記ポリヌクレオチドが、発現ベクターに挿入されたものである、前記[4]に記載の形質転換体。
[7] 植物体である、前記[4]に記載の形質転換体。
[8] 前記[4]に記載の形質転換体の抽出物。
[9] 前記[8]に記載の抽出物を含む食品、香料、医薬品又は工業原料。
[10] 前記[4]に記載の非ヒト形質転換体を培養することを特徴とする、モノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質の製造方法。
[11] モノテルペン化合物の8位を配糖化する活性を有するタンパク質の発現が抑制された植物。
[12] 前記タンパク質の発現が、RNA干渉により抑制された、前記[11]に記載の植物。
[13] 前記[11]に記載の植物又は該植物の一部の加工製品。
[14] 前記[11]に記載の植物の抽出物。
[15] 前記[14]に記載の抽出物を含む食品、香料、医薬品又は工業原料。
本発明の方法により、高効率にテルペン化合物の8位配糖体を製造することができる。また、本発明の形質転換体は、テルペン化合物の8位配糖体の含有量が高いため、これらの形質転換体から、効率よくテルペン化合物の8位配糖体を抽出・精製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0004】
図1】シロイヌナズナにおけるモノテルペン(リナロール)の推定代謝経路を示す。図中の矢印の数値はATTED−IIによる相関係数を示す。
図2】AtLIS及びUGT85A3の器官別遺伝子発現プロファイルを示す。図中の矢印は花弁での発現を示す。
図3】CYP76C1およびCYP76C3の遺伝子発現プロファイルを示す。図中の矢印は花弁での発現を示す。
図4】大腸菌で発現させたHisTag−UGT85A3キメラタンパク質のSDS−PAGE結果を示す。図中の矢印はHisTag−UGT85A3キメラタンパク質を示す。
図5】モノテルペン配糖体の化学情報テーブル。
図6】8−ヒドロキシゲラニオール(図6A)および8−ヒドロキシリナロール(図6B)に対するUGT85A3の配糖体化活性化(LC−MSチャート)。矢印は生成物(テルペン配糖体)ピークを示す。
図7】UGT85A3によるゲラニオール、8−ヒドロキシゲラニオール、リナロールおよび8−ヒドロキシリナロールの生成物量の比較
図8】UGT85A3の糖供与体選択性(相対活性)。最も活性の高いUDP−グルコースに対する活性を100%とする。
図9】UGT85A1の器官別遺伝子発現プロファイルを示す。図中の矢印は花弁での発現を示す。
図10】大腸菌で発現させたHisTag−UGT85A1キメラタンパク質のSDS−PAGE結果を示す。図中の矢印はHisTag−UGT85A1キメラタンパク質を示す。
図11】リナロール、8−ヒドロキシリナロール、ゲラニオール、8−ヒドロキシゲラニオールに対するUGT85A1の配糖体化活性(LC−MSチャート)。枠で囲んだピークは生成物(テルペン配糖体)ピークを示す。
図12】UGT85A1の糖受容体選択性(相対活性)。最も活性の高い8−ヒドロキシゲラニオールに対する活性を100%とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0005】
以下、本発明を詳細に説明する。以下の実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの実施の形態のみに限定する趣旨ではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、様々な形態で実施をすることができる。
なお、本明細書において引用した全ての文献、および公開公報、特許公報その他の特許文献は、参照として本明細書に組み込むものとする。また、本明細書は、2010年12月28日に出願された本願優先権主張の基礎となる日本国特許出願(特願2010−293237号)の明細書及び図面に記載の内容を包含する。
本発明者らは、モノテルペン化合物の8位の配糖体化反応の酵素タンパク質が、UGT85A3及びUGT85A1であることを初めて解明した。
UGT85A3のCDS配列、推定アミノ酸配列、ゲノム遺伝子配列、cDNA配列及びオープンリーディングフレーム(ORF)配列は、それぞれ配列番号1、2、3、4及び5である。また、UGT85A1のCDS配列、推定アミノ酸配列、ゲノム遺伝子配列及びcDNA配列は、それぞれ配列番号8、9、10及び11である。これらのポリヌクレオチド及び酵素は、後述の実施例に記載した手法、公知の遺伝子工学的手法、公知の合成手法等によって取得することが可能である。
1.モノテルペン8位配糖体の製造方法
本発明は、以下の(a)〜(c)よりなる群より選ばれるいずれかに記載のタンパク質(以下、「本発明のタンパク質」という)と、UDP糖と、モノテルペン化合物とを反応させて前記モノテルペン化合物の8位を配糖体化する工程を含む、モノテルペン化合物の8位配糖体の製造方法を提供する。
(a)配列番号2又は9のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号2又は9のアミノ酸配列において、1〜125個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつモノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質;
(c)配列番号2又は9のアミノ酸配列に対して、75%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつモノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質
上記(b)又は(c)に記載のタンパク質は、代表的には、天然に存在する配列番号2又は9のポリペブチドの変異体であるが、例えば、″Sambrook & Russell,Molecular Cloning:A Laboratory Manual Vol.3,Cold Spring Harbor Laboratory Press 2001″、″Ausubel,Current Protocols in Molecular Biology,John Wiley & Sons 1987−1997″、″Nuc.Acids.Res.,10,6487(1982)″、″Proc.Natl.Acad.Sci.USA,79,6409(1982)″、″Gene,34,315(1985)″、″Nuc.Acids.Res.,13,4431(1985)″、″Proc.Natl.Acad.Sci.USA,82,488(1985)″等に記載の部位特異的変異導入法を用いて、人為的に取得することができるものも含まれる。
本明細書中、「配列番号2又は9のアミノ酸配列において、1〜125個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつモノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質」としては、配列番号2又は9のアミノ酸配列において、例えば、1〜125個、1〜120個、1〜115個、1〜110個、1〜105個、1〜100個、1〜95個、1〜90個、1〜85個、1〜80個、1〜75個、1〜70個、1〜65個、1〜60個、1〜55個、1〜50個、1〜49個、1〜48個、1〜47個、1〜46個、1〜45個、1〜44個、1〜43個、1〜42個、1〜41個、1〜40個、1〜39個、1〜38個、1〜37個、1〜36個、1〜35個、1〜34個、1〜33個、1〜32個、1〜31個、1〜30個、1〜29個、1〜28個、1〜27個、1〜26個、1〜25個、1〜24個、1〜23個、1〜22個、1〜21個、1〜20個、1〜19個、1〜18個、1〜17個、1〜16個、1〜15個、1〜14個、1〜13個、1〜12個、1〜11個、1〜10個、1〜9個(1〜数個)、1〜8個、1〜7個、1〜6個、1〜5個、1〜4個、1〜3個、1〜2個、又は1個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつモノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質が挙げられる。上記アミノ酸残基の欠失、置換、挿入及び/又は付加の数は、一般的には小さい程好ましい。
また、このようなタンパク質としては、配列番号2又は9のアミノ酸配列と75%以上、76%以上、77%以上、78%以上、79%以上、80%以上、81%以上、82%以上、83%以上、84%以上、85%以上、86%以上、87%以上、88%以上、89%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、99.8%以上、又は99.9%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつモノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質が挙げられる。上記配列同一性の数値は一般的に大きい程好ましい。
ここで、「モノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性」とは、アグリコンであるモノテルペン化合物の8位ヒドロキシ基に、UDP糖に含まれる糖を付加する(配糖体化する)活性を意味する。本発明のタンパク質は、モノテルペン化合物の8位以外を配糖体化する活性を有していてもよいが、この場合、本発明のタンパク質は、モノテルペン化合物の8位以外のヒドロキシ基と比較して、8位のヒドロキシ基を優先的に配糖体化する。
モノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性は、本発明のタンパク質1〜500ng(好ましくは、50〜200ng、最も好ましくは100ng)、UDP糖(例えば、UDP−グルコース)1〜1000μM(好ましくは、100〜700μM、最も好ましくは500μM)、及びモノテルペン化合物(例えば、8−ヒドロキシリナロール)1〜500μM(好ましくは、100〜500μM、最も好ましくは250μM)を含むpH6.0〜8.0の中性領域の緩衝液(例えば、リン酸ナトリウムバッファー又はリン酸カリウムバッファー)中において、20〜40℃の温度でインキュベートした後に、前記モノテルペンを精製し、精製したモノテルペンを液体クロマトグラフィー‐質量分析(Liquid Chromatography−Mass Spectrometry:LC−MS)等の公知の手法により分析することで確認することができる。
また、本発明のタンパク質が、モノテルペン化合物の8位以外のヒドロキシ基と比較して、8位のヒドロキシ基を優先的に配糖体化するかどうかは、本発明のタンパク質、UDP糖(例えば、UDP−グルコース)、8位にヒドロキシ基を有するモノテルペン化合物(例えば、8−ヒドロキシリナロール)及び8位以外の部位にヒドロキシ基を有するモノテルペン化合物(例えば、リナロール)を上記と同様の条件でインキュベートした後に、前記各モノテルペンを精製し、精製したモノテルペンをLC−MS等の公知の手法により分析することで確認することができる。
配糖体化反応は、一般に、1分〜12時間程度で終了する。
本発明のタンパク質のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたとは、同一配列中の任意かつ1若しくは複数のアミノ酸配列中の位置において、1若しくは複数個のアミノ酸残基の欠失、置換、挿入及び/又は付加があることを意味し、欠失、置換、挿入及び付加のうち2種以上が同時に生じてもよい。
以下に、相互に置換可能なアミノ酸残基の例を示す。同一群に含まれるアミノ酸残基は相互に置換可能である。A群:ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、バリン、ノルバリン、アラニン、2−アミノブタン酸、メチオニン、o−メチルセリン、t−ブチルグリシン、t−ブチルアラニン、シクロヘキシルアラニン;B群:アスパラギン酸、グルタミン酸、イソアスパラギン酸、イソグルタミン酸、2−アミノアジピン酸、2−アミノスベリン酸;C群:アスパラギン、グルタミン;D群:リジン、アルギニン、オルニチン、2,4−ジアミノブタン酸、2,3−ジアミノプロピオン酸;E群:プロリン、3−ヒドロキシプロリン、4−ヒドロキシプロリン;F群:セリン、スレオニン、ホモセリン;G群:フェニルアラニン、チロシン。
本発明のタンパク質は、これをコードするポリヌクレオチド(後述する「本発明のポリヌクレオチド」を参照)を適切な宿主細胞内で発現させることにより得ることができるが、Fmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)、tBoc法(t−ブチルオキシカルボニル法)等の化学合成法によっても製造することができる。また、Advanced Automation Peptide Protein Technologies社製、Perkin Elmer社製、、Protein Technologies社製、PerSeptive社製、Applied Biosystems社製、SHIMADZU社製等のペプチド合成機を利用して化学合成することもできる。
本発明において、「モノテルペン化合物」とは、イソプレン
【化1】
を構成単位とする炭化水素であり、植物、昆虫及び菌類等によって作り出される生体物質の他に、化学的に合成された化合物も含む。
本発明において、モノテルペン化合物は、8位にヒドロキシ基を有するもの(例えば、8−ヒドロキシモノテルペノイド)であれば特に限定されず、8位以外の炭素はヒドロキシ基を含む任意の基で置換されていてもよい。
このようなモノテルペンの例としては、8−ヒドロキシミルセン、8−ヒドロキシネロール、8−ヒドロキシゲラニオール及び8−ヒドロキシリナロール等があるが、これらに限定されるものではない。好ましくは8−ヒドロキシゲラニオール又は8−ヒドロキシリナロールである。
【表1】
本発明において、「UDP−糖」とは、ウリジン二リン酸(Uridine DiPhosphate:UDP)結合型の糖であり、例としては、UDP−グルクロン酸及びUDP−グルコースが挙げられるが、これらに限定されるものではない。好ましくは、UDP−糖は、UDP−グルコースである。
本発明に係るモノテルペン8位配糖体の製造方法は、本発明のタンパク質と、UDP糖と、モノテルペン化合物とを反応させて前記モノテルペン化合物の8位を配糖体化する工程を含む。本発明の方法は、さらに、前記工程で生成したモノテルペン化合物の8位配糖体を精製する工程を含んでいてもよい。
モノテルペン化合物の8位配糖体は、適切な溶媒(水等の水性溶媒又はアルコール、エーテル及びアセトン等の有機溶媒)による抽出、酢酸エチルその他の有機溶媒:水の勾配、高速液体クロマトグラフィー(High Performance Liquid Chromatography:HPLC)、ガスクロマトグラフィー、飛行時間型質量分析(Time−of−Flight mass spectrometry:TOF−MS)、超高性能液体クロマトグラフィー(Ultra(High)Performance Liquid chromatography:UPLC)等の公知の方法によって精製することができる。
2.モノテルペン8位配糖体高含有非ヒト形質転換体
モノテルペン8位配糖体は、本発明のタンパク質を用いて細菌(大腸菌又は酵母など)、植物、昆虫、ヒトを除く哺乳動物などの細胞内で生成することもできる。本発明のタンパク質は、シロイヌナズナに由来する酵素又はその変異体であるため、細胞内環境においても高い活性を有することが期待されるからである。この場合、本発明のタンパク質をコードするポリヌクレオチド(後述する「本発明のポリヌクレオチド」を参照)を、細菌、植物、昆虫、ヒトを除く哺乳動物などに由来する宿主細胞に導入して本発明のタンパク質を発現させ、本発明のタンパク質と、前記細胞内に存在するUDP−糖及びモノテルペン化合物とを反応させることによりモノテルペン8位配糖体を生成することができる。本発明のタンパク質をコードする遺伝子を導入して得られる非ヒト形質転換体は、その野生型と比べてモノテルペン8位配糖体の含有量が高いことが期待される。
そこで、本発明は、以下の(a)〜(e)よりなる群より選ばれるいずれかに記載のポリヌクレオチド(以下、「本発明のポリヌクレオチド」という)が導入された非ヒト形質転換体(以下、「本発明の形質転換体」という)を提供する。
(a)配列番号1、3、8又は10の塩基配列を含有するポリヌクレオチド;
(b)配列番号2又は9のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号2又は9のアミノ酸配列において、1〜125個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつモノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号2又は9のアミノ酸配列に対して、75%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつモノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;及び
(e)配列番号1、3、8又は10の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドと高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、モノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
本明細書中、「ポリヌクレオチド」とは、DNA又はRNAを意味する。
本明細書中、「高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド」とは、例えば、配列番号1、3、8若しくは10の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は配列番号2若しくは9のアミノ酸配列をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチドの全部又は一部をプローブとして、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法又はサザンハイブリダイゼーション法などを用いることにより得られるポリヌクレオチドをいう。ハイブリダイゼーションの方法としては、例えば、″Sambrook & Russell,Molecular Cloning: A Laboratory Manual Vol.3,Cold Spring Harbor,Laboratory Press 2001″及び″Ausubel,Current Protocols in Molecular Biology,John Wiley & Sons 1987−1997″などに記載されている方法を利用することができる。
本明細書中、「高ストリンジェントな条件」とは、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、50℃又は0.2xSSC、0.1%SDS、60℃、0.2xSSC、0.1%SDS、62℃、0.2xSSC、0.1%SDS、65℃の条件であるが、これに限定されるものではない。これらの条件において、温度を上げるほど高い配列同一性を有するDNAが効率的に得られることが期待できる。ただし、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては温度、プローブ濃度、プローブの長さ、イオン強度、時間、塩濃度等の複数の要素が考えられ、当業者であればこれらの要素を適宜選択することで同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。
なお、ハイブリダイゼーションに市販のキットを用いる場合は、例えばAlkphos Direct Labelling and Detection System(GE Healthcare)を用いることができる。この場合は、キットに添付のプロトコルにしたがい、標識したプローブとのインキュベーションを一晩行った後、メンブレンを55〜60℃の条件下で0.1%(w/v)SDSを含む1次洗浄バッファーで洗浄後、ハイブリダイズしたDNAを検出することができる。あるいは、配列番号1、3、8若しくは10の塩基配列と相補的な塩基配列、又は配列番号2若しくは9のアミノ酸配列をコードする塩基配列の全部又は一部に基づいてプローブを作製する際に、市販の試薬(例えば、PCRラベリングミックス(ロシュ・ダイアグノスティクス社)等)を用いて該プローブをジゴキシゲニン(DIG)ラベルした場合には、DIG核酸検出キット(ロシュ・ダイアグノスティクス社)を用いてハイブリダイゼーションを検出することができる。
上記以外にハイブリダイズ可能なポリヌクレオチドとしては、FASTA、BLAST等の相同性検索ソフトウェアにより、デフォルトのパラメーターを用いて計算したときに、配列番号1、3、8若しくは10のDNA、又は配列番号2若しくは9のアミノ酸配列をコードするDNAと60%以上、61%以上、62%以上、63%以上、64%以上、65%以上、66%以上、67%以上、68%以上、69%以上、70%以上、71%以上、72%以上、73%以上、74%以上、75%以上、76%以上、77%以上、78%以上、79%以上、80%以上、81%以上、82%以上、83%以上、84%以上、85%以上、86%以上、87%以上、88%以上、89%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、99.8%以上、又は99.9%以上の配列同一性を有するDNAをあげることができる。
なお、アミノ酸配列や塩基配列の配列同一性は、FASTA(Science 227(4693):1435−1441,(1985))や、カーリン及びアルチュールによるアルゴリズムBLAST(Basic Local Alignment Search Tool)(Proc.Natl.Acad.Sci.USA 872264−2268,1990;Proc Natl Acad Sci USA 90:5873,1993)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたblastn、blastx、blastp、tblastnやtblastxと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul SF,et al:J Mol Biol 215:403,1990)。blastnを用いて塩基配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=100、wordlength=12とする。また、blastpを用いてアミノ酸配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=50、wordlength=3とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合は、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。
上記した本発明のポリヌクレオチドは、公知の遺伝子工学的手法又は公知の合成手法によって取得することが可能である。
本発明のポリヌクレオチドは、好ましくは、適切な発現ベクターに挿入された状態で宿主に導入される。
適切な発現ベクターは、通常、
(i)宿主細胞内で転写可能なプロモーター;
(ii)該プロモーターに結合した、本発明のポリヌクレオチド;及び
(iii)RNA分子の転写終結及びポリアデニル化に関し、宿主細胞内で機能するシグナルを構成要素として含む発現カセット
を含むように構成される。
発現ベクターの作製方法としては、プラスミド、ファージ又はコスミドなどを用いる方法が挙げられるが特に限定されない。
ベクターの具体的な種類は特に限定されず、宿主細胞中で発現可能なベクターが適宜選択され得る。すなわち、宿主細胞の種類に応じて、確実に本発明のポリヌクレオチドを発現させるために適宜プロモーター配列を選択し、これと本発明のポリヌクレオチドを各種プラスミド等に組み込んだベクターを発現ベクターとして用いればよい。
本発明の発現ベクターは、導入されるべき宿主の種類に依存して、発現制御領域(例えば、プロモーター、ターミネーター及び/又は複製起点等)を含有する。細菌用発現ベクターのプロモーターとしては、慣用的なプロモーター(例えば、trcプロモーター、tacプロモーター、lacプロモーター等)が使用され、酵母用プロモーターとしては、例えば、グリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼプロモーター、PH05プロモーター等が挙げられ、糸状菌用プロモーターとしては、例えば、アミラーゼ、trpC等が挙げられる。また、植物細胞内で目的遺伝子を発現させるためのプロモーターの例としては、カリフラワーモザイクウィルスの35S RNAプロモーター、rd29A遺伝子プロモーター、rbcSプロモーター、前記カリフラワーモザイクウィルスの35S RNAプロモーターのエンハンサー配列をアグロバクテリウム由来のマンノピン合成酵素プロモーター配列の5’側に付加したmac−1プロモーター等が挙げられる。動物細胞宿主用プロモーターとしては、ウイルス性プロモーター(例えば、SV40初期プロモーター、SV40後期プロモーター等)が挙げられる。
発現ベクターは、少なくとも1つの選択マーカーを含むことが好ましい。このようなマーカーとしては、栄養要求性マーカー(ura5、niaD)、薬剤耐性マーカー(hygromycine、ゼオシン)、ジェネチシン耐性遺伝子(G418r)、銅耐性遺伝子(CUP1)(Marin et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,vol.81,p.337,1984)、セルレニン耐性遺伝子(fas2m,PDR4)(それぞれ、猪腰淳嗣ら,生化学,vol.64,p.660,1992;Hussain et al.,Gene,vol.101,p.149,1991)などが利用可能である。
本発明の形質転換体の作製方法(生産方法)は特に限定されないが、例えば、本発明のポリヌクレオチドを含む発現ベクターを宿主に導入して形質転換する方法が挙げられる。ここで用いられる宿主細胞は、特に限定されるものではなく、従来公知の各種細胞を好適に用いることができる。具体的には、例えば、大腸菌(Escherichia coli)等の細菌、酵母(出芽酵母Saccharomyces cerevisiae、分裂酵母Schizosaccharomyces pombe)、植物細胞、ヒトを除く動物細胞等が挙げられる。
上記の宿主細胞のための適切な培養培地及び条件は当分野で周知である。また、形質転換の対象となる生物も特に限定されるものではなく、上記宿主細胞で例示した各種微生物又は植物又はヒトを除く動物が挙げられる。
宿主細胞の形質転換方法としては一般に用いられる公知の方法が利用できる。例えば、エレクトロポレーション法(Mackenxie,D.A.et al.,Appl.Environ.Microbiol.,vol.66,p.4655−4661,2000)、パーティクルデリバリー法(特開2005−287403「脂質生産菌の育種方法」に記載の方法)、スフェロプラスト法(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,vol.75,p.1929,1978)、酢酸リチウム法(J.Bacteriology,vol.153,p.163,1983)、Methods in yeast genetics,2000 Edition:A Cold Spring Harbor Laboratory Course Manualなどに記載の方法)で実施可能であるが、これらに限定されない。
その他、一般的な分子生物学的な手法に関しては、″Sambrook & Russell,Molecular Cloning:A Laboratory Manual Vol.3,Cold Spring Harbor Laboratory Press 2001″、″Methods in Yeast Genetics、A laboratory manual(Cold Spring Harbor Laboratory Press、Cold Spring Harbor,NY)″等を参照することができる。
本発明の1つの態様において、形質転換体は、植物形質転換体であり得る。本実施形態に係る植物形質転換体は、本発明に係るポリヌクレオチドを含む組換えベクターを、当該ポリヌクレオチドによってコードされるポリペプチドが発現され得るように植物中に導入することによって取得される。
組換え発現ベクターを用いる場合、植物体の形質転換に用いられる組換え発現ベクターは、当該植物内で本発明に係るポリヌクレオチドを発現させることが可能なベクターであれば特に限定されない。このようなベクターとしては、例えば、植物細胞内でポリヌクレオチドを構成的に発現させるプロモーターを有するベクター又は外的な刺激によって誘導的に活性化されるプロモーターを有するベクターが挙げられる。
植物細胞内でポリヌクレオチドを構成的に発現させるプロモーターの例としては、カリフラワーモザイクウィルスの35S RNAプロモーター、rd29A遺伝子プロモーター、rbcSプロモーター、mac−1プロモーター等が挙げられる。
外的な刺激によって誘導性に活性化されるプロモーターの例としては、mouse mammary tumor virus(MMTV)プロモーター、テトラサイクリン応答性プロモーター、メタロチオネインプロモーター及びヒートショックプロテインプロモーター等が挙げられる。
本発明において形質転換の対象となる植物は、植物体全体、植物器官(例えば葉、花弁、茎、根、種子など)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束、柵状組織、海綿状組織など)又は植物培養細胞、あるいは種々の形態の植物細胞(例えば、懸濁培養細胞)、プロトプラスト、葉の切片、カルスなどのいずれをも意味する。形質転換に用いられる植物としては、特に限定されず、単子葉植物綱又は双子葉植物綱に属する植物のいずれでもよい。
植物への遺伝子の導入には、当業者に公知の形質転換方法(例えば、アグロバクテリウム法、遺伝子銃法、PEG法、エレクトロポレーション法など)が用いられる。例えば、アグロバクテリウムを介する方法と直接植物細胞に導入する方法が周知である。アグロバクテリウム法を用いる場合は、構築した植物用発現ベクターを適当なアグロバクテリウム(例えば、アグロバクテリウム・チュメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens))に導入し、この株をリーフディスク法(内宮博文著、植物遺伝子操作マニュアル(1990)27〜31頁、講談社サイエンティフィック、東京)などに従って無菌培養葉片に感染させ、形質転換植物を得ることができる。また、Nagel et alの方法(Micribiol.Lett.,67:325(1990))が用いられ得る。この方法は、まず、例えば発現ベクターをアグロバクテリウムに導入し、次いで、形質転換されたアグロバクテリウムをPlant Molecular Biology Manual(Gelvin,S.B.et al.,Academic Press Publishers)に記載の方法で植物細胞又は植物組織に導入する方法である。ここで、「植物組織」とは、植物細胞の培養によって得られるカルスを含む。アグロバクテリウム法を用いて形質転換を行う場合には、バイナリーベクター(pBI121又はpPZP202など)を使用することができる。
また、遺伝子を直接植物細胞又は植物組織に導入する方法としては、エレクトロポレーション法、パーティクルガン法が知られている。パーティクルガンを用いる場合は、植物体、植物器官、植物組織自体をそのまま使用してもよく、切片を調製した後に使用してもよく、プロトプラストを調製して使用してもよい。このように調製した試料を遺伝子導入装置(例えばPDS−1000(BIO−RAD社)など)を用いて処理することができる。処理条件は植物又は試料によって異なるが、通常は450〜2000psi程度の圧力、4〜12cm程度の距離で行う。
遺伝子が導入された細胞又は植物組織は、まずハイグロマイシン耐性などの薬剤耐性で選択され、次いで定法によって植物体に再生される。形質転換細胞から植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である。
植物培養細胞を宿主として用いる場合は、形質転換は、組換えベクターを遺伝子銃、エレクトロポレーション法などで培養細胞に導入する。形質転換の結果得られるカルスやシュート、毛状根などは、そのまま細胞培養、組織培養又は器官培養に用いることが可能であり、また従来知られている植物組織培養法を用い、適当な濃度の植物ホルモン(オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシジン酸、エチレン、ブラシノライドなど)の投与などによって植物体に再生させることができる。
本発明のポリヌクレオチドが植物に導入されたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法などによって行うことができる。例えば、形質転換植物からDNAを調製し、DNA特異的プライマーを設計してPCRを行う。PCRは、前記プラスミドを調製するために使用した条件と同様の条件で行うことができる。その後は、増幅産物についてアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動又はキャピラリー電気泳動などを行い、臭化エチジウム、SYBR Green液などによって染色し、そして増幅産物を1本のバンドとして検出することによって、形質転換されたことを確認することができる。また、予め蛍光色素などによって標識したプライマーを用いてPCRを行い、増幅産物を検出することもできる。さらに、マイクロプレートなどの固相に増幅産物を結合させ、蛍光又は酵素反応などによって増幅産物を確認する方法も採用することができる。
本発明のポリヌクレオチドがゲノム内に組み込まれた形質転換植物体が一旦取得されれば、当該植物体の有性生殖又は無性生殖によって子孫を得ることができる。また、当該植物体又はその子孫、あるいはこれらのクローンから、例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラストなどを得て、それらを基に当該植物体を量産することができる。従って、本発明には、本発明に係るポリヌクレオチドが発現可能に導入された植物体、若しくは当該植物体と同一の性質を有する当該植物体の子孫、又はこれら由来の組織も含まれる。
また、種々の植物に対する形質転換方法が既に報告されている。本発明に係る形質転換体植物としては、ナス科植物(例えば、ナス、トマト、トウガラシ、ジャガイモ、タバコ、チョウセンアサガオ、ホオズキ、ペチュニア、カリブラコア、ニーレンベルギア等)、マメ科植物(例えば、ダイズ、アズキ、ラッカセイ、インゲンマメ、ソラマメ、ミヤコグサ等)、バラ科植物(例えば、イチゴ、ウメ、サクラ、バラ、ブルーベリー、ブラックベリー、ビルベリー、カシス、ラズベリー等)、ナデシコ科植物(カーネーション、カスミソウ等)、キク科植物(キク、ガーベラ、ヒマワリ、デイジー等)、ラン科植物(ラン等)、サクラソウ科植物(シクラメン等)、リンドウ科植物(トルコギキョウ、リンドウ等)、アヤメ科植物(フリージア、アヤメ、グラジオラス等)、ゴマノハグサ科植物(キンギョソウ、トレニア等)ベンケイソウ(カランコエ)、ユリ科植物(ユリ、チューリップ等)、ヒルガオ科植物(アサガオ、モミジヒルガオ、ヨルガオ、サツマイモ、ルコウソウ、エボルブルス等)、アジサイ科植物(アジサイ、ウツギ等)、ウリ科植物(ユウガオ等)、フロウソウ科植物(ペラルゴニウム、ゼラニウム等)、モクセイ科植物(レンギョウ等)、ブドウ科植物(例えば、ブドウ等)、ツバキ科植物(ツバキ、チャノキ等)、イネ科植物(例えば、イネ、オオムギ、コムギ、エンバク、ライムギ、トウモロコシ、アワ、ヒエ、コウリャン、サトウキビ、タケ、カラスムギ、シコクビエ、モロコシ、マコモ、ハトムギ、牧草等)、クワ科植物(クワ、ホップ、コウゾ、ゴムノキ、アサ等)、アカネ科植物(コーヒーノキ、クチナシ等)、ブナ科植物(ナラ、ブナ、カシワ等)、ゴマ科植物(ゴマ等)、ミカン科植物(例えば、ダイダイ、ユズ、ウンシュウミカン、サンショウ)及びアブラナ科植物(赤キャベツ、ハボタン、ダイコン、シロナズナ、アブラナ、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー等)、シソ科(サルビア、シソ、ラベンダー、タツナミソウ等)が挙げられる。植物の好ましい例としては、芳香性を有する植物、例えば、シソやラベンダーなど、あるいは、本来、あまり芳香を有していないが商業的価値の高い園芸植物、例えば、カーネーションなどが挙げられる。
本発明のポリヌクレオチドで形質転換された植物体(以下、「本発明の植物」又は「本発明の植物体」)は、その野生型と比べてモノテルペン化合物の8位配糖体を多く含む。
本発明の植物は、本発明の植物の種子、挿し木、球根等を育成することにより、容易に完全な植物体を得ることができる。
よって、本発明の植物には、植物体全体、植物器官(例えば葉、花弁、茎、根、種子、球根等)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束、柵状組織、海綿状組織等)又は植物培養細胞、あるいは種々の形態の植物細胞(例えば、懸濁培養細胞)、プロトプラスト、葉の切片、カルス等が含まれる。
3. 形質転換体の抽出物及びその利用
本発明はまた、別の実施形態において、上記の形質転換体の抽出物を提供する。本発明の形質転換体は、その野生型と比べてモノテルペン8位配糖体の含有量が高いので、その抽出物には、モノテルペン8位配糖体が高濃度で含まれると考えられる。
本発明の形質転換体の抽出物は、形質転換体をガラスビーズ、ホモジェナイザー又はソニケーター等を用いて破砕し、当該破砕物を遠心処理し、その上清を回収することにより、得ることができる。さらに、上記で述べたモノテルペン8位配糖体の抽出方法により、さらなる抽出工程を施してもよい。
本発明の形質転換体の抽出物は、常法に従って、例えば、食品、香料、医薬品、工業原料(化粧料、石鹸等の原料)の製造等の用途に使用することができる。
本発明はまた、別の実施形態において、本発明の形質転換体の抽出物を含む食品、香料、医薬、工業原料(化粧料、石鹸等の原料)を提供する。本発明の形質転換体の抽出物を含む食品、香料、医薬、工業原料の調製は、常法による。このように、本発明の形質転換体の抽出物を含む食品、香料、医薬、工業原料等は、本発明の形質転換体を用いて生成されたモノテルペン8位配糖体を含有する。
本発明の香料(組成物)又は医薬品(組成物)の剤型は、特に限定されず、溶液状、ペースト状、ゲル状、固体状、粉末状等任意の剤型をとることができる。また、本発明の香料組成物又は医薬組成物は、オイル、ローション、クリーム、乳液、ゲル、シャンプー、ヘアリンス、ヘアコンディショナー、エナメル、ファンデーション、リップスティック、おしろい、パック、軟膏、香水、パウダー、オーデコロン、歯磨、石鹸、エアロゾル、クレンジングフォーム等の化粧料若しくは皮膚外用薬の他、浴用剤、養毛剤、皮膚美容液、日焼け防止剤等に用いることができる。
本発明の化粧料組成物は、必要に応じてさらに、その他の油脂、及び/又は色素、香料、防腐剤、界面活性剤、顔料、酸化防止剤等を適宜配合することができる。これらの配合比率は、目的に応じて当業者が適宜決定し得る(例えば、油脂は、組成物中に、1〜99.99重量%、好ましくは、5〜99.99重量%、より好ましくは、10〜99.95重量%含有され得る)。また、本発明の医薬組成物は、必要に応じてさらに、その他の医薬活性成分(例えば、消炎成分)又は補助成分(例えば、潤滑成分、担体成分)を含んでいても良い。
本発明の食品の例としては、栄養補助食品、健康食品、機能性食品、幼児用食品、老人用食品等が挙げられる。本明細書中、食品は、固体、流動体、及び液体、並びにそれらの混合物であって、摂食可能なものの総称である。
栄養補助食品とは、特定の栄養成分が強化されている食品をいう。健康食品とは、健康的な又は健康によいとされる食品をいい、栄養補助食品、自然食品、ダイエット食品等を含む。機能性食品とは、体の調節機能を果たす栄養成分を補給するための食品をいい、特定保健用途食品と同義である。幼児用食品とは、約6歳までの子供に与えるための食品をいう。老人用食品とは、無処理の食品と比較して消化及び吸収が容易であるように処理された食品をいう。
これらの食品の形態の例としては、パン、麺類、ごはん、菓子類(キャンデー、チューインガム、グミ、錠菓、和菓子)、豆腐及びその加工品等の農産食品、清酒、薬用酒、みりん、食酢、醤油、みそ等の発酵食品、ヨーグルト、ハム、ベーコン、ソーセージ等の畜産食品、かまぼこ、揚げ天、はんぺん等の水産食品、果汁飲料、清涼飲料、スポーツ飲料、アルコール飲料、茶等又は調味料であってもよい。
4.モノテルペン8位配糖体化酵素の発現が抑制された植物
植物中に内在的に存在するモノテルペン化合物の8位を配糖化する活性を有するタンパク質の発現を抑制することにより、モノテルペンの配糖体化が阻害される。その結果、当該植物では、より多くのモノテルペンがアグリコンとして存在することになり、より強い芳香が発せられることが期待できる。
そこで、本発明は、モノテルペン化合物の8位を配糖化する活性を有するタンパク質の発現が抑制された植物を提供する。
モノテルペン化合物の8位を配糖化する活性を有するタンパク質(以下、「モノテルペン8位配糖体化酵素」という)とは、具体的には、以下の(a)〜(e)よりなる群より選ばれるいずれかに記載のポリヌクレオチドにコードされる。
(a)配列番号1、3、8又は10の塩基配列を含有するポリヌクレオチド;
(b)配列番号2又は9のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号2又は9のアミノ酸配列において、1〜125個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつモノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号2又は9のアミノ酸配列に対して、75%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつモノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;及び
(e)配列番号1、3、8又は10の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドと高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、モノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(a)〜(e)のポリヌクレオチドの定義等については、「2.モノテルペン8位配糖体高含有非ヒト形質転換体」で述べたとおりである。
モノテルペン8位配糖体化酵素の発現を抑制する方法の具体例としては、当該酵素のメッセンジャーRNA(mRNA)の発現量を低下させる物質、例えば、低分子化合物、ホルモン、タンパク質及び核酸等が挙げられ、1つの実施態様では、前記酵素をコードする遺伝子の機能又は発現を抑制する核酸である。このような核酸の例としては、RNA干渉(RNAi)用のsiRNA(small interfering RNAを生じさせる、ヘアピン状のshRNA(Short Hairpin RNA)、二本鎖RNA(Double Stranded RNA:dsRNA)、アンチセンス核酸、デコイ核酸、又はアプタマーなどが挙げられる。これらの阻害性核酸により、上記遺伝子の発現を抑制することが可能である。阻害の対象となるモノテルペン8位配糖体化酵素遺伝子は上記(a)〜(e)のポリヌクレオチドからなり、それぞれ配列情報を入手することができる。本発明において、モノテルペン8位配糖体化酵素遺伝子のコード領域のみならず、非コード領域を阻害対象領域として使用することも可能である。
RNA干渉(RNAi)は、複数の段階を経て行われるマルチステッププロセスである。最初に、RNAi発現ベクターから発現したdsRNA又はshRNAがDicerによって認識され、21〜23ヌクレオチドのsiRNAsに分解される。次に、siRNAsはRNA誘導型サイレンシング複合体(RNA−Induced Silencing Complex:RISC)と呼ばれるRNAi標的複合体に組み込まれ、RISCとsiRNAsとの複合体がsiRNAの配列と相補的な配列を含む標的mRNAに結合し、mRNAを分解する。標的mRNAは、siRNAに相補的な領域の中央で切断され、最終的に標的mRNAが速やかに分解されてタンパク発現量が低下する。最も効力の高いsiRNA二重鎖は、19bpの二重鎖の各3’末端にウリジン残基2個の突出部分を持つ21ヌクレオチド長の配列であることが知られている(Elbashir S.M.et al.,Genes and Dev,15,188−200(2001))。
一般に、mRNA上の標的配列は、mRNAに対応するcDNA配列から選択することができる。但し、本発明においてはこの領域に限定されるものではない。
siRNA分子は、当分野において周知の基準に基づいて設計できる。例えば、標的mRNAの標的セグメントは、好ましくはAA、TA、GA又はCAで始まる連続する15〜30塩基、好ましくは19〜25塩基のセグメントを選択することができる。siRNA分子のGC比は、30〜70%、好ましくは35〜55%である。あるいは、RNAiの標的配列は、Ui−Tei K.et al.((2004)Nucleic Acids Res.32,936−948)の記載に沿って適宜選択することができる。
siRNAを細胞に導入するには、合成したsiRNAをプラスミドDNAに連結してこれを細胞に導入する方法、2本鎖RNAをアニールする方法などを採用することができる。
また、本発明は、RNAi効果をもたらすためにshRNAを使用することもできる。shRNAとは、ショートヘアピンRNAと呼ばれ、一本鎖の一部の領域が他の領域と相補鎖を形成するためにステムループ構造を有するRNA分子である。
shRNAは、その一部がステムループ構造を形成するように設計することができる。例えば、ある領域の配列を配列Aとし、配列Aに対する相補鎖を配列Bとすると、配列A、スペーサー、配列Bの順でこれらの配列が一本のRNA鎖に存在するように連結し、全体で45〜60塩基の長さとなるように設計する。スペーサーの長さも特に限定されるものではない。
配列Aは、標的となるモノテルペン8位配糖体化酵素遺伝子の一部の領域の配列であり、標的領域は特に限定されるものではなく、任意の領域を候補にすることが可能である。そして配列Aの長さは19〜25塩基、好ましくは19〜21塩基である。
さらに、本発明は、マイクロRNAを用いてモノテルペン8位配糖体化酵素の発現を阻害することができる。マイクロRNA(miRNA)とは、細胞内に存在する長さ20〜25塩基ほどの1本鎖RNAであり、他の遺伝子の発現を調節する機能を有すると考えられているncRNA(non coding RNA)の一種である。miRNAは、RNAに転写された際にプロセシングを受けて生じ、標的配列の発現を抑制するヘアピン構造を形成する核酸として存在する。
miRNAも、RNAiに基づく阻害性核酸であるため、shRNA又はsiRNAに準じて設計し合成することができる。
RNAi用の発現ベクターは、pMuniH1プラスミド、pSINsiベクター(タカラバイオ)、pSIF1−H1(システムバイオサイエンス社)等をベースに、市販のDNA/RNAシンセサイザー(例えば、Applied Biosystems394型)を用いて容易に作製することができる。RNAi用の発現ベクターの例としては、例えば、pSPB1876(国際公開公報WO2004/071467)が挙げられるが、これに限定されるものではない。RNAi用の発現ベクターは、コスモ・バイオ株式会社、タカラ・バイオ株式会社、Invitrogen社、Promega社等の第三者機関に作製を委託することもできる。
モノテルペン8位配糖体化酵素の発現が抑制された植物の製造方法は、以下の工程を含んでいてもよい。
(1) 宿主植物又はその一部にモノテルペン8位配糖体化酵素に対するRNAi用の発現ベクター(例えば、siRNA発現ベクター又はmiRNA発現ベクターを導入する工程
宿主植物へRNAi用の発現ベクターを導入する方法は、項目「2.モノテルペン8位配糖体高含有非ヒト形質転換体」に述べた方法と同様である。宿主植物は、植物体全体、又はその一部である植物器官(例えば葉、花弁、茎、根、種子など)、植物組織(例えば表皮、師部、柔組織、木部、維管束、柵状組織、海綿状組織など)又は植物培養細胞、あるいは種々の形態の植物細胞(例えば、懸濁培養細胞)、プロトプラスト、葉の切片、カルスなどのいずれであってもよい。植物の種類についても、項目「2.モノテルペン8位配糖体高含有非ヒト形質転換体」に述べたものと同様である。
(2) 前記工程(1)により得られた形質転換植物を育成する工程
前記工程(1)で用いた宿主植物が、植物器官、植物組織、植物細胞、プロトプラスト、葉の切片又はカルスといった植物体の一部であった場合には、完全な植物体を形成するまで形質転換体を適切な環境で育成してもよい。植物体の一部から完全な植物体を育成する方法については、以下の文献の記載を参照できる:生物化学実験法41 植物細胞工学入門 学会出版センター ISBN 4−7622−1899−5。
このようにして得られたモノテルペン8位配糖体化酵素遺伝子の発現が抑制された植物を栽培することにより、効率的にモノテルペン・アグリコンを製造することができる。
5.モノテルペン8位配糖体化酵素遺伝子の発現が抑制された植物の加工製品
現代では、生花(例えば、土壌育成植物、鉢植植物、切り花等)のみではなく、生花の加工製品も植物観賞用の製品として販売されている。モノテルペン8位配糖体化酵素遺伝子の発現が抑制された植物は、芳香が強いため、このような生花の加工製品の材料としても非常に有用である。従って、本発明の別の実施形態として、モノテルペン8位配糖体化酵素遺伝子の発現が抑制された植物(例えば、生花、切り花)又はその一部(例えば、葉、花弁、茎、根、種子、球根等)の加工製品が挙げられる。前記加工製品の例としては、押し花、ドライフラワー、プリザーブドフラワー、マテリアルフラワー、樹脂密封品等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
6. モノテルペン8位配糖体化酵素の発現が抑制された植物の抽出物及びその利用
本発明はまた、別の実施形態において、上記のモノテルペン8位配糖体化酵素の発現が抑制された植物の抽出物を提供する。モノテルペン8位配糖体化酵素の発現が抑制された植物は、その野生型と比べてモノテルペン・アグリコンの含有量が高いので、その抽出物には、モノテルペン・アグリコンが高濃度で含まれると考えられる。
上記抽出物の抽出方法は、上記で述べた本発明の形質転換体の抽出物の抽出方法と同様である。
このようにして得られた抽出物は、常法に従って、例えば、食品、香料、医薬品、工業原料(化粧料、石鹸等の原料)の製造等の用途に使用することができる。
本発明はまた、別の実施形態において、前記抽出物を含む食品、香料、医薬、工業原料(化粧料、石鹸等の原料)を提供する。前記抽出物を含む食品、香料、医薬、工業原料の調製は、常法による。このように、モノテルペン8位配糖体化酵素の発現が抑制された植物の抽出物を含む食品、香料、医薬、工業原料等は、モノテルペン8位配糖体化酵素の発現が抑制された植物を用いて生成されたモノテルペン・アグリコンを含有する。
本発明の食品、香料、医薬、工業原料等の種類及び組成などは、先の項目「3.形質転換体の抽出物及びその利用」で述べたものと同様である。
7.テルペン8位配糖体含有量の高い植物又はモノテルペン・アグリコン含有量の高い植物をスクリーニングする方法
本発明は、モノテルペン・アグリコン含有量の高い植物をスクリーニングする方法を提供する。具体的には、前記方法は、以下の(1)〜(3)の工程を含む。
(1)被検植物からmRNAを抽出する工程
(2)前記mRNA又は前記mRNAから調製したcDNAと、本発明のポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドと高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドとをハイブリダイズさせる工程
(3)前記ハイブリダイゼーションを検出する工程
上記工程(1)は、被検植物から、mRNAを抽出することにより行うことができる。mRNAを抽出する被検植物の部位は、特に限定されないが、好ましくは、花弁である。mRNAを抽出した場合には、逆転写することにより、mRNAからcDNAを調製してもよい。
工程(2)は、上記で抽出したmRNAに対し、本発明のポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチド若しくはオリゴヌクレオチドをプローブ又はプライマーとして、高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズさせることにより行うことができる。高ストリンジェントな条件は、既に述べたとおりである。ポリヌクレオチド若しくはオリゴヌクレオチドは、好ましくは、5〜500bp、より好ましくは、10〜200bp、さらに好ましくは、10〜100bpの長さである。ポリヌクレオチド若しくはオリゴヌクレオチドは、各種自動合成装置(例えば、AKTAoligopilot plus 10/100(GE Healthcare))を用いて容易に合成することが可能であり、あるいは、第三者機関(例えば、Promega社又はTakara社)等に委託することもできる。
工程(2)において本発明のポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドをプローブとして用いた場合には、工程(3)は、通常のサザンブロッティング、ノーザンブロッティング(Sambrook,Fritsch and Maniatis,”Molecular Cloning:A Laboratory Manual”2nd Edition(1989),Cold Spring Harbor Laboratory Press)、マイクロアレイ(Affymetrix社;米国特許第6,045,996号、同第5,925,525号、及び同第5,858,659号参照)、TaqMan PCR(Sambrook,Fritsch and Maniatis,”Molecular Cloning:A Laboratory Manual”2nd Edition(1989),Cold Spring Harbor Laboratory Press)、又はFluorescent In Situ Hybridization(FISH)(Sieben V.J.et al.,(2007−06).IET Nanobiotechnology 1(3):27−35)等のハイブリダイゼーション検出方法により行うことができる。一方、工程(2)において本発明のポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドをプライマーとして用いた場合には、工程(3)は、PCR増幅反応を行い、得られた増幅産物を電気泳動又はシークエンシング(Sambrook,Fritsch and Maniatis,”Molecular Cloning:A Laboratory Manual”2nd Edition(1989),Cold Spring Harbor Laboratory Press)等によって解析することにより、ハイブリダイゼーションを検出することができる。
ハイブリダイゼーションがより多く検出された植物体は、他の植物体と比べてモノテルペン化合物の8位を配糖化する活性を有するタンパク質をより多く発現しているといえるので、テルペン8位配糖体含有量が高いことが予測される。
一方、ハイブリダイゼーションがより少なく検出された植物体は、他の植物体と比べてモノテルペン化合物の8位を配糖体化する活性を有するタンパク質の発現が低いため、モノテルペン・アグリコン含有量が高く、特に開花時に強い芳香を放つことが予測される。
【実施例】
【0006】
以下、実施例を用いて本発明をより具体的に説明するが、本発明の範囲は、これらの実施例によって限定されない。
[実施例1]候補遺伝子の単離
本実施例において用いる分子生物学的手法は、他で詳述しない限り、Molecular Cloning(Sambrookra,Cold Spring Harbour Laboratory Press,2001)に記載の方法に従った。
シロイヌナズナにおいてはモノテルペンの一種であるリナロールの8位の水酸基にグルコースが付加したものが蓄積していると報告されている(図1)(非特許文献1)。リナロール合成とその配糖体化は時空的・空間的に協調しているという仮説に基づいてシロイヌナズナのリナロール合成酵素(S−Linalool synthase(LIS):At1g69680)と共発現する遺伝子をATTED−II共発現解析を行った(http://prime.psc.riken.jp/?action=coexpression_index)。その結果、百数十種類の候補遺伝子の中から、リナロール合成酵素と発現係数0.89と高い相関を示す候補UGT遺伝子としてUGT85A3(At1g22380)を見出した。これら二種の遺伝子をeFPブラウザーで可視化したところ
(http://bbc.botany.utoronto.ca/efp/cgi−bin/efpWeb.cgi)(非特許文献13)、両遺伝子は特に花で強く発現することが明らかとなった(図2)。リナロールの8位に水酸基を導入する酵素として知られているチトクロームP450酵素であるCYP76C1およびそのホモログであるCYP76C3についても花弁で強く発現していた(図3)(特許文献1)。CYP76C3についてはLIS遺伝子と0.82という強い発現相関を示した。以上の結果から、UGT85A3はLISおよびCYP76C1/C3と主に花弁細胞内において協調的な役割を果たしていることが強く示唆された。
[実施例2]UGT85A3発現ベクターの構築
UGT85A3の完全長ORF(配列番号5)を、下記の制限酵素サイトを付加したプライマー(配列番号6、7)を用いてPCR法によって増幅した。なお、プライマー中の下線を付した塩基配列は、プライマーに付加した制限酵素認識配列である。
PCR反応液(50μl)は、シロイヌナズナ花弁由来cDNA 1ul、1×ExTaq buffer(TaKaRaBio)、0.2mM dNTPs、プライマー各0.4pmol/μl、ExTaq polymerase 2.5Uからなる組成とした。PCR反応は、94℃で3分間反応させた後、94℃で1分間、50℃で1分間、72℃で2分間の反応を計30サイクルの増幅を行った。PCR産物を0.8%アガロースゲルによる電気泳動し、エチジウムブロマイド染色した結果、それぞれの鋳型DNAから推定された約1.4kbのサイズに増幅バンドが得られた。
これらのPCR産物はpENTR−TOPO Directionalベクター(Invitrogen)に製造業者が推奨する方法でサブクローニングした。DNA Sequencer model 3100(Applied Biosystems)を用い、合成オリゴヌクレオチドプライマーによるプライマーウォーキング法によって挿入断片内にPCRによる変異が無いことを確認した。
プライマーに付加したNdeIおよびXhoIの制限酵素部位を利用して約1.4kbのUGT85A3断片を切り出し、大腸菌発現ベクターであるpET15b(Novagen社)のNdeIおよびXhoIサイトへ連結し、本酵素遺伝子の大腸菌発現ベクターを得た。本ベクターNdeIサイト上流にあるHisタグとUGT85A3遺伝子のオープンリーディングフレームが合っており、UGT85A3とHisタグの融合したキメラタンパク質が発現するよう設計した。
[実施例3] 酵素発現および精製
本酵素の生化学的な機能を明らかにするために、本酵素を大腸菌において発現させた。上記で得られたUGT85A3大腸菌発現用プラスミドを用い定法に従って大腸菌BL21(DE3)株を形質転換した。得られた形質転換体を、50μg/mlのアンピシリンを含むLB培地(10g/l typtone pepton,5g/l yeast extract,1g/l NaCl)4mlにて、37℃で一晩振盪培養した。静止期に達した培養液4mlを同組成の培地80mlに接種し、37℃で振盪培養した。菌体濁度(OD600)がおよそ0.5に達した時点で終濃度0.5mMのIPTGを添加し、18℃で20hr振盪培養した。
以下のすべての操作は4℃で行った。培養した形質転換体を遠心分離(5,000×g,10min)にて集菌し、Buffer S[20mM HEPESバッファー(ph7.5),20mM imidazol,14mM β−メルカプトエタノール]1ml/g cellを添加して、懸濁した。続いて、超音波破砕(15sec×8回)を行い,遠心分離(15,000×g,15min)を行った。得られた上清を粗酵素液として回収した。粗酵素液をBuffer Sにて平衡化したHisSpinTrap(GE Healthcare)に負荷し、遠心(70×g,30sec)した。Bufferで洗浄後、100mMおよび500mMのimidazoleを含むBuffer S各5mlにて、カラムに結合したタンパク質を段階的に溶出した。各溶出画分をMicrocon YM−30(Amicon)を用いて20mM HEPESバッファー(pH7.5)、14mM β−メルカプトエタノールにバッファー置換した(透析倍率1000倍)。
SDS−PAGE分離後のCBB染色の結果、200mM imidazole溶出画分においてHisTag融合UGT85A3キメラタンパク質の推定分子量約56.7kDa付近にタンパク質を確認したので、この画分を酵素解析に用いた(図4)。
[実施例4] 活性測定
標準的な酵素反応条件は以下の通りである。反応液(2mM UDP−グルコース,1.5mM 糖受容体基質,100mM リン酸カリウムバッファー(pH7.5),精製UGT85A3酵素溶液25μl)を蒸留水で50μlに調製し、30℃、1時間反応させた。
酵素反応液5μlを下記の条件でLC−MS分析を行った。
LC condition
カラム:CAPCELL PAK C18−UG120(2.0mmI.D.×150mm)
移動相:A:水(+0.05%蟻酸含有),B:アセトニトリル
グラジエント:15分間のB濃度15%から90%への直線濃度勾配
流速:毎分0.2ml
カラムオーブン:40℃
MS condition
ESI(negative mode)
SIM mode:(m/z 315,338,361,363,331,354,377,429 etc)
4種のモノテルペン(ゲラニオール、8−ヒドロキシゲラニオール、リナロール8−ヒドロキシリナロール)との反応液において生成されると思われる生成物の情報を図5に示す。
酵素反応液の分析の結果、8−ヒドロキシゲラニオール及び8−ヒドロキシリナロールに対してグルコースが1分子付加したと思われる分子量のピークが得られた(図6A及び図6B)。これらの保持時間はゲラニオールモノグルコシド及びリナロール8−O−モノグルコシドの合成標準品と一致した。これらのピークは空ベクター区では認められなかったため、UGT85A3によって与えられたことが確認できた。さらにゲラニオールとリナロールのいずれの場合においても8位水酸化体に対する活性が高かったため(図7)、UGT85A3はモノテルペンの8位水酸基に高い特異性を有する配糖体化酵素であることが判明した。本酵素の糖供与体選択性を明らかにするために8−ヒドロキシゲラニオールを糖受容体としてUDP−がラクトースまたはUDP−グルコン酸を用いて反応を試みた。その結果これらの糖供与体はUDP−グルコースに比べて1/10以下の生成物しか得られなかった(図8)。したがって本酵素はUDP−グルコースを糖供与体とするグルコシルトランスフェラーゼであることが示された。
さらに本酵素の基質特異性を調べたところ、テルピネオール、ネロリドールおよびシトロネロールに対しても配糖体化活性が認められた。しかし、フラバノン(Naringenin)、フラボノール(Quercetin)、フラボン(Apigenin)、スチルベン(Resveratrol)、およびクマリン(Esculetin)などのフェニルプロパノイド系二次代謝物に対しては配糖体化活性を示さなかった。
以上のように、テルペン、特にモノテルペンの8位に対して特異性が高い配糖体化酵素遺伝子であるUGT85A3を同定した。本酵素は主にシロイヌナズナの花弁において8位水酸化モノテルペンの配糖体化に関与していると強く示唆される。これまでUGT85ファミリーの配糖体化酵素の機能はほとんど報告されていないが、シロイヌナズナのUGT85A1がin vitroで植物ホルモンであるサイトカイニンの分子種であるトランスゼアチン(trans−zeatin)とヒドロゼアチン(hydrozeatin)のヒドロキシ基にグルコースを一分子転移することが知られている(非特許文献14)。またモロコシ(Sorghum bicolor)のUGT85B1はp−ヒドロキシマンデロニトリル(p−hydroxymandelonitrile)にグルコースを一分子転移させ青酸配糖体であるDhurrinを生成する活性が知られている(非特許文献15)。同様にアーモンド(Prunusdulcis)の青酸配糖体の配糖体化酵素としてUGT85A19が報告されている(非特許文献16)。したがって、今回見出された8位水酸化モノテルペンに対する活性は、UGT85ファミリーの中でも新規な酵素活性と言える。
[実施例5] UGT85A1
モノテルペンに対して配糖体化活性を示したUGT85A3と同じサブファミリーに属する遺伝子はシロイヌナズナのゲノム中に少なくとも6分子種見出されている(UGT85A1,A2,A3,A4,A5,A7)。シロイヌナズナの器官別遺伝子発現についてArabidopsis eFB Browser(http://bbc.botany.utoronto.ca/efp/cgi−bin/efpWeb.cgi)を用いてシロイヌナズナ遺伝子共発現解析(ATTED−II)をおこなったところ、UGT85A3と最も相同性の高いUGT85A1もUGT85A3同様に花弁で強く発現することが確認された(図9:矢印)。UGT85A1をコードするCDS配列およびその推定アミノ酸配列をそれぞれ配列番号8および9に示す。
次に、UGT85A1についても上記実施例1〜3の方法に倣って大腸菌にてHisTagと融合したタンパク質を発現させた。ベクター構築のための遺伝子の増幅には下記のPCRプライマーセットを用いた(配列番号12及び13)。
精製後、SDS−PAGE方によって発現タンパク質を確認した(図10)。図10において、矢印は約50KDaに検出された組換えUGT85A1タンパク質を示し、Pは沈殿、Sは可溶性画分、FTはカラム素通り画分、E500は溶出画分を示す。また、図10において、四角枠は溶出したHisTag融合UGT85A1タンパク質を示す。
実施例4同様に、リナロール、8−ヒドロキシリナロール、ゲラニオール、8−ヒドロキシゲラニオールを糖受容体として活性測定を行った。図11に示す4つのパネルは、上から順に、リナロール、8−ヒドロキシリナロール、ゲラニオール、8−ヒドロキシゲラニオールを糖受容体としてUGT85A1を反応させた反応液のMS分析クロマトグラムを表す。リナロールおよびゲラニオールのm/zは315[M−H]、それらのギ酸アダクトはm/z 361として検出された。8−ヒドロキシリナロールと8−ヒドロキシゲラニオールはm/z 331[M−H]、それらのギ酸アダクトはm/z 377として検出された。四角枠は各反応液中の生成物ピークを示す。いずれのモノテルペン化合物についても配糖化された生成物が検出された(図11)。しかし、これら糖受容体に対する単位反応時間(5分)当たりの相対活性を測定したところ、UGT85A3と同様に、UGT85A1は、リナロールに対する相対活性は極めて低いこと、リナロールよリゲラニオールに対する選択性が高いこと、特に8位水酸体により高い活性を示すことが明らかとなった(図12)。これらの相対活性から、本酵素は、リナロールのような3級アルコールよりも、ゲラニオールや8位が水酸化されたモノテルペンのような1級アルコールの方に対して特異性が高いことが明らかとなった。
以上の結果から構造および発現パターンの類似する2種のシロイヌナズナ配糖体化酵素UGT85A1及びUGT85A3はモノテルペン類に配糖体化活性を有していること、特に8位の水酸基を選択的に配糖化することが明らかとなった。シロイヌナズナにおいて、モノテルペンアルコールは8位の配糖体として蓄積していると考えられるので(非特許文献1)、8位配糖化モノテルペン化合物を与える本酵素がその反応を触媒していると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0007】
本発明によれぱ、in vitroで、もしくは宿主細胞に本発明の遺伝子を導入することにより、モノテルペン類にグルコースを一分子転移することが可能となり、新規機能性食品素材の開発や二次代謝分子育種等に貢献し得るテルペン配糖体をより簡便に生産する、もしくは減少させることができる点で、本発明は極めて有用なものである。
【配列表フリーテキスト】
【0008】
配列番号6:合成DNA
配列番号7:合成DNA
配列番号12:合成DNA
配列番号13:合成DNA
[配列表]
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12