(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記トルク伝達方向が、前記係合面における法線から、前記係合面における前記入爪と前記がんぎ歯車との接触による生じる摩擦角だけ偏角した方向となるように、前記係合面の形状が形成されていることを特徴とする請求項1に記載の脱進機。
前記交点が、前記がんぎ歯車の回転角度にかかわらず、前記回転軸と前記揺動軸とを結ぶ線分内に位置するように、前記係合面の形状が形成されていることを特徴とする請求項2または請求項3に記載の脱進機。
【背景技術】
【0002】
従来より、がんぎ車の回転を制御しがんぎ車の回転力を受ける石(入爪、出爪)を有する脱進機は最も広く使用されており、たとえば、非特許文献1のようなスイスレバー(クラブツース)脱進機が知られている。このような従来のスイスレバー脱進機においては、以下のように、入爪ががんぎ車からの回転力を受ける構成となっている。
【0003】
このような従来の脱進機について
図11を用いて説明する。まず、図示しないてんぷがアンクル3105と接触せずに振動している期間中、アンクル3105のサオ3118は図示しないどてに当たって停止しており、がんぎ歯車3122はがんぎ歯のロッキングコーナー3124がアンクルの入爪3110の停止面3111に係合して停止している。この状態を停止期間と称する。なお、がんぎ歯車3122は、図示しない香箱からの動力によって時計回りに付勢されている。また、がんぎ歯のロッキングコーナー3124と入爪の停止面3111との接触点における法線を引くと、これが停止期間におけるがんぎ歯3121から入爪3110に伝わる力の向きになる。アンクルの揺動軸C1と、がんぎ歯車3122の回転軸とを結ぶ直線を中心線Vとしたとき、この法線3115と中心線Vとの交点Tは、アンクルの揺動軸C1よりもがんぎ歯車3122の回転軸が配置される側の方向に離れた場所にある。これは、停止期間中もがんぎ歯車3122がアンクル3105に反時計回りの回転力を与えていることを意味している。この力の働きによって、アンクルのサオ3118は不図示のどての一方に押し付けられ、停止期間中に外部から衝撃が加わっても、アンクル3105が容易にどてから離れてしまうことを防ぎ、アンクル3105が不図示のてんぷの振り座と接触することによりてんぷの自由な振動が妨げられることを防いでいる。アンクルの揺動軸C1とがんぎ歯のロッキングコーナー3124を結ぶ線に直交する面に対して設けられる入爪の停止面3111の角度を引き角と言う。
【0004】
図11に示すような、入爪における停止期間が開始されると、てんぷは不図示の振り座の振り石がアンクル3105と離れ、慣性によって時計回りに回転し、その回転エネルギーはてんぷに取り付けられた不図示のひげぜんまいに蓄えられていく。回転エネルギーが全てひげぜんまいに蓄えられると、てんぷは時計回りの回転を止めて一瞬静止し、その直後に反時計回りに回転を始める。てんぷの振り座に固定された振り石は、アンクル3105の不図示のハコに近づいていき、やがてアンクル3105のハコの内周面の出爪側の面に衝突する。ハコの内周面の出爪側の面が振り石から力を受けることによって、アンクル3105は時計回りに回転させられる。このとき、アンクル3105の回転に伴って入爪3110も回転するため、入爪3110が一定角度回転することによって、がんぎ歯のロッキングコーナー3124は入爪のロッキングコーナー3112に到達する。このような、振り石がハコの内周面に衝突してからがんぎ歯のロッキングコーナー3124が爪石のロッキングコーナー3112に到達するまでの期間を停止解除と呼ぶ。入爪の停止面3111は平面で構成されており、また引き角が設けられているため、停止期間におけるアンクルの揺動軸C1からがんぎ歯のロッキングコーナー3124までの距離に対して、アンクルの揺動軸C1から入爪のロッキングコーナー3112までの距離の方が大きい。このため、停止解除に伴い、がんぎ歯のロッキングコーナー3124が停止期間における入爪停止面3111との係合点から入爪のロッキングコーナー3112に近づくのに伴って、両者の係合点はアンクルの揺動軸C1から遠ざかっていく。よって、停止解除の期間中、がんぎ歯車3122は付勢されている方向とは逆向きに加速しながら回転する。
【0005】
停止解除が終了し、がんぎ歯のロッキングコーナー3124が入爪のロッキングコーナー3112と離れるとき、上述のようにがんぎ歯車3122は反時計回りに加速されているため、慣性で反時計回りの回転を続けようとする。一方で、がんぎ歯車3122は香箱の動力によってがんぎ歯3123が入爪の停止面3111に噛み合う方向に付勢されているため、がんぎ歯車3122の回転エネルギーはやがてゼロとなり、がんぎ歯車3122は一瞬静止し、その直後に逆方向(時計回り)への回転を開始する。やがて、がんぎ歯のロッキングコーナー3124は入爪の衝撃面3113に衝突する。このがんぎ歯のロッキングコーナー3124が入爪のロッキングコーナー3112と離れてから、がんぎ歯のロッキングコーナー3124が入爪の衝撃面3113に衝突するまでの期間を、ジャンプ(がんぎ歯の跳躍空転)と呼ぶ。ジャンプの期間中、アンクル3105は振り石からの力を受けて回転し続けているため、がんぎ歯のロッキングコーナー3124は入爪の衝撃面3113上のうち、入爪のロッキングコーナー3112から離れた場所に衝突する。
【0006】
衝突の後、がんぎ歯のロッキングコーナー3124は入爪の衝撃面3113上を摺動することで、アンクル3105に回転力を与える。がんぎ歯3123によって回転力を与えられたアンクル3105は、ハコの内周面の入爪側の面が振り石に係合することでてんぷに回転力を与える。
【0007】
ジャンプの間、がんぎ歯車3122はアンクル3105に回転力を与えられないため、ジャンプが大きければ大きいほど、がんぎ歯車3122のエネルギーはこの空転によって失われ、がんぎ車3121からアンクル3105を介しててんぷに伝えられるエネルギーは減少する。このため、てんぷの振り角も減少する。てんぷの振り角は大きいほど外部からの衝撃の影響を受けにくく、てんぷの振動の振動周期を高い精度で維持できるため、てんぷの振り角の減少は精度の低下を招く。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、停止解除の期間中のがんぎ歯車の逆回転の加速度を抑制し、ジャンプの時間を低減することで、アンクルに伝わるエネルギーの損失を抑制できる脱進機、ムーブメント、および時計を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明における脱進機は、回転軸回りに回転可能ながんぎ歯車と、前記がんぎ歯車に係脱可能な入爪と、揺動軸回りに揺動し、前記入爪が設けられるアンクルとを有する脱進機において、前記入爪における前記がんぎ歯車との係合面は、前記回転軸と前記揺動軸とを通る直線と前記係合面におけるトルク伝達方向とが交わる交点が、前記がんぎ歯車の回転角度によらず一定となる形状に形成されていることを主要な特徴とする。
かかる構成により、停止解除の期間中、がんぎ歯車の逆回転の加速度が抑制され、ジャンプの時間が減少するため、がんぎ歯車からアンクルに伝わるエネルギーの損失を抑制することができる。
【0011】
本発明における脱進機は、前記トルク伝達方向が前記係合面における法線となるように前記係合面の形状が形成されていることを特徴とする。
かかる構成により、がんぎ歯と入爪の係合面に摩擦がない場合において、停止解除の期間中にがんぎ歯車の逆回転の加速度が抑制され、ジャンプの時間が減少するため、がんぎ歯車からアンクルに伝わるエネルギーの損失を抑制することができる。
【0012】
本発明における脱進機は、前記トルク伝達方向が、前記係合面における法線から、前記係合面における前記入爪と前記がんぎ歯車との接触による生じる摩擦角だけ偏角した方向となるように、前記係合面の形状が形成されていることを特徴とする。
かかる構成により、がんぎ歯と入爪の係合面に摩擦がある場合において、停止解除の期間中にがんぎ歯車の逆回転の加速度が抑制され、ジャンプの時間が減少するため、がんぎ歯車からアンクルに伝わるエネルギーの損失を抑制することができる。
【0013】
本発明における脱進機は、前記交点が、前記がんぎ歯車、の回転角度にかかわらず、前記回転軸と前記揺動軸とを結ぶ線分内に位置するように、前記係合面の形状が形成されていることを特徴とする。
かかる構成により、アンクルおよびがんぎ歯車が停止している期間中、がんぎ歯車がアンクルに伝える力は、アンクルを反時計回りに回転させるように働くため、外部から衝撃が加わった場合に、アンクルが容易にどてから離れててんぷの振動を阻害することを防ぐことができる。
【0014】
本発明におけるムーブメントは前記脱進機と、前記アンクルの揺動周期を調整するてんぷと、前記がんぎ歯車に動力を伝える輪列とを有することを特徴とする。
かかる構成により、精度の高いムーブメントを提供することができる。
【0015】
本発明における時計は、前記ムーブメントと、前記脱進機と前記てんぷとを含む脱進調速機構により調速された回転速度で回転する針を有することを特徴とする。
かかる構成により、精度の高い時計を提供することができる
【発明の効果】
【0016】
本発明の脱進機は、停止解除の期間中、がんぎ歯車の逆回転の加速度を抑制できるため、従来の脱進機にくらべてジャンプを小さくすることができ、がんぎ歯車がアンクルに与える所望のエネルギーを確保できるという利点がある。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(第1実施形態)
本発明の第1実施形態について
図1〜
図5および
図8、
図9、
図10に基づいて説明する。最初に、
図1、
図2、
図8に基づき、本実施形態の脱進機の構成について説明する。
図1は、本実施形態の脱進機の構造図であり、
図2は、がんぎ車とアンクルとの係合部分の拡大図であり、
図8(a)は、本実施形態の脱進機を備えるムーブメントの構成図であり、
図8(b)は、かかるムーブメントを備える時計の図である。
【0019】
(時計の説明)
図8(a)および
図8(b)に示すように、本実施形態の機械式時計1は、例えば腕時計であって、ムーブメント(時計用ムーブメント)10と、このムーブメント10を収納するケーシング2と、により構成されている。
【0020】
(ムーブメントの説明)
このムーブメント10は、基板を構成する地板11を有している。この地板11の裏側には図示しない文字板が配されている。なお、ムーブメント10の表側に組み込まれる輪列を表輪列と称し、ムーブメント10の裏側に組み込まれる輪列を裏輪列と称する。
【0021】
上記地板11には、巻真案内穴11aが形成されており、ここに巻真12が回転自在に組み込まれている。この巻真12は、おしどり13、かんぬき14、かんぬきばね15及び裏押さえ16を有する切換装置により、軸方向の位置が決められている。また、巻真12の案内軸部には、きち車17が回転自在に設けられている。
【0022】
このような構成のもと、巻真12が、回転軸方向に沿ってムーブメント10の内側に一番近い方の第1の巻真位置(0段目)にある状態で巻真12を回転させると、図示しないつづみ車の回転を介してきち車17が回転する。そして、このきち車17が回転することにより、これと噛合う丸穴車20が回転する。そして、この丸穴車20が回転することにより、これと噛合う角穴車21が回転する。更に、この角穴車21が回転することにより、香箱車22に収容された図示しないぜんまい(動力源)を巻き上げる。
【0023】
ムーブメント10の表輪列は、上記香箱車22の他に、二番車25、三番車26及び四番車27により構成されており、香箱車22の回転力を伝達する機能を果している。また、ムーブメント10の表側には、表輪列の回転を制御するための脱進機30及び調速機構31が配置されている。調速機構31は、上記脱進機を調速する機構であって、てんぷ40を具備している。
二番車25は、香箱車22に噛合う歯車とされている。三番車26は、二番車25に噛合う歯車とされている。四番車27は、三番車26に噛合う歯車とされている。
【0024】
(脱進機の説明)
図1に示すように、本実施形態における脱進機30は、アンクル105の揺動周期を調整するてんぷ40の振り座101と、振り座101に固定される振り石102と、振り石102が内部で動くことで振り石102からハコ内周面106に回転力が伝達されるアンクル105と、アンクル105に相対位置を調整可能に固定される入爪110および出爪114と、入爪110と出爪114とに断続的に係合するがんぎ歯123を有するがんぎ歯車122と、がんぎ歯車122とがんぎかな125とにより構成されるがんぎ車121と、アンクルのサオ109と係合してアンクル105の揺動角度を規制するどて103aおよび103bとを有している。がんぎかなは、前記四番車27と噛合っている。
【0025】
てんぷの振り座101の回転軸C3と、アンクル105の揺動軸C1と、がんぎ歯車121の回転軸C2は、中心線V上に配置されている。
アンクル105の入爪110は、がんぎ歯のロッキングコーナー124と係合する係合面としての停止面111と、がんぎ歯のロッキングコーナー124によって衝撃を受ける衝撃面113と、停止面111と衝撃面113が交わる入爪のロッキングコーナー112を有する。
【0026】
(動作の説明)
次に、
図1から
図5に基づき、本実施形態の動作について説明する。
図2は、本実施形態の入爪停止面111ががんぎ歯のロッキングコーナー124に接触した状態で、アンクル105が揺動軸C1を中心として時計回りに回り、入爪停止面111ががんぎ歯のロッキングコーナー124を反時計回りに押し戻す動作(停止解除)が開始される瞬間の図である。
図3は、停止解除が終了する瞬間の図である。
図4は、入爪停止面111に反時計回りに押し戻されたがんぎ歯のロッキングコーナー124が、入爪のロッキングコーナー112を離れた(ジャンプ)後、香箱22からの動力を受けて再び時計回りに回転を開始した瞬間の図である。
図5はがんぎ歯のロッキングコーナー124がジャンプを終えて入爪の衝撃面113に衝突した瞬間の図である。
【0027】
まず、
図1および
図2において、アンクル105のサオ109はどて103aに当たって停止しており、がんぎ歯車122はがんぎ歯のロッキングコーナー124がアンクル105の入爪110の停止面111に係合して停止している。がんぎ歯車122は、香箱22の動力が表輪列を介してがんぎかな125に伝えられることによって、時計回りに付勢されている。
【0028】
次に、てんぷ40は不図示のひげぜんまいに蓄えられたエネルギーによって、反時計回りに回転し、てんぷの振り座101に固定される振り石102は、アンクルのハコ106に近づいていき、やがてアンクル105のハコ106の内周面の出爪側の面108に衝突する。ハコの内周面の出爪側の面108が振り石102から力を受けることによって、アンクル105は時計回りに揺動させられ、アンクルのサオ109はどて103aから離れる。
【0029】
このとき、
図3に示すように、アンクル105の揺動に伴って入爪110も時計回りに揺動するため、入爪110が一定角度揺動すると、がんぎ歯のロッキングコーナー124は入爪のロッキングコーナー112に到達する。このように、振り石102がハコ106の内周面の出爪側108に衝突してからがんぎ歯のロッキングコーナー124が入爪のロッキングコーナー112に到達するまでの期間を、停止解除と呼ぶ。
【0030】
停止解除の期間中、がんぎ歯のロッキングコーナー124は入爪の停止面111から反時計回りの力を受けて、がんぎ車121は一定の回転速度、または、加速度が十分に低く抑えられた回転速度で反時計回りに回転する。
【0031】
停止解除が終了し、がんぎ歯のロッキングコーナー124が入爪のロッキングコーナー112と離れる瞬間において、がんぎ歯車は反時計回りにある速度を持っているため、がんぎ車121は入爪121と離れた後も慣性により反時計回りの回転を続ける。がんぎ歯車122は香箱22の動力によって時計回りに付勢されているため、がんぎ歯車122の逆回転の回転エネルギーはやがてゼロとなり、
図4に示すようにがんぎ歯車122は一瞬静止し、その直後に時計回りに回転を開始する。
【0032】
次に、
図5に示すように、がんぎ歯のロッキングコーナー124は入爪の衝撃面113に衝突する。がんぎ歯のロッキングコーナー124が入爪のロッキングコーナー112と離れてから、がんぎ歯のロッキングコーナー124が入爪の衝撃面113に衝突するまでの期間、つまり、がんぎの跳躍空転を、ジャンプと呼ぶ。
【0033】
ジャンプの期間中はアンクル105は振り石102からの力を受けて時計回りに回転し続けているため、がんぎ歯のロッキングコーナー124は、入爪の衝撃面113上の入爪のロッキングコーナー112からある距離だけ進角方向に離れた場所に衝突する。
【0034】
衝突の後、がんぎ歯のロッキングコーナー124は、入爪の衝撃面113上を摺動することで、アンクル105に時計回りの回転力を与える。がんぎ歯123によって時計回りの回転力を与えられたアンクル105は、ハコの内周面の入爪側の面107が振り石102に係合することでてんぷに反時計回りの回転力を与える。
【0035】
(入爪の停止面の形状の説明)
次に、
図1から
図3に基づいて本実施形態の入爪の停止面111の形状について説明する。ここでは、アンクルの揺動軸C1を原点とし、中心線VをY軸、アンクルの揺動軸C1を通り中心線Vに直交する水平線HをX軸とする座標系を考える。
【0036】
図2の停止解除の開始時において、入爪の停止面111上のがんぎ歯のロッキングコーナー124と係合している点を停止点1とし、その座標を(x1,y1)とする。また、停止点1から入爪の停止面111に法線115を引き、そこから摩擦角λだけ偏角した直線116が中心線Vと交わる点をTとし、その座標を (0,a)とする。また、がんぎ車121の回転中心の座標を(0,b)とし、がんぎ歯のロッキングコーナー124の回転軸C2からの回転半径をRとする。なお、直線116の停止点1から交点Tに向かう方向ががんぎ歯から入爪へのトルク伝達方向となる。停止解除が開始されて、アンクル105が時計回りにΔθだけ回転したとする。このとき、停止点1(x1,y1)もΔθだけ回転して、(x1',y1')に移動する。この時点におけるがんぎ歯のロッキングコーナー124と入爪停止面111の係合点を停止点2とし、その座標を(x2,y2)とする。さて、Δθが微小であった場合、停止点2から停止面111に引いた法線の傾きは、(x1',y1')と(x2,y2)を結んだ直線に直角な直線の傾きとほぼ等しいとみなすことができる。本実施形態では、この停止点2における法線から摩擦角λだけ偏角した直線がTを通る。この場合次式(1)が成り立つ。
【0038】
また、停止点2(x2,y2)はがんぎ車のロッキングコーナー124の描く円周上にあるから、次式(2)が成り立つ。
【0040】
これらの式をニュートン法で解くことによって、停止点2 (x2,y2)が求まる。
【0041】
次に、再びアンクルがΔθだけ回転したとする。このとき、停止点2(x2,y2)もΔθだけ回転して、(x2',y2')に移動する。この時点における入爪停止面111上のがんぎ歯のロッキングコーナー124との係合点を停止点3とし、その座標を(x3,y3)とすると、(x3,y3)も同様にして求めることができる。Δθを限りなくゼロに近づけてこの計算を繰り返すことで、(xn,yn)が連続した曲線が形成され、このような曲線を有する曲面として停止面111の形状が形成されている。
【0042】
このように、本実施形態においては、がんぎ歯のロッキングコーナー124が入爪の停止面111にトルクを伝えるトルク伝達方向がアンクルの揺動軸C1とがんぎ車121の回転軸C2を通る直線Vと交わる交点Tが、停止解除の期間中において一定となるように、入爪の停止面111が形成されている。
【0043】
また、交点Tが、がんぎ車の停止解除期間中に、がんぎ車の回転角度にかかわらず、回転軸C2と揺動軸C1とを結ぶ線分内に位置しているように、入爪の停止面111は形成されている。
なお、本実施形態においては、がんぎが鉄を材料とし、入爪はアルミナにより構成される人工ルビーを材料としている。
【0044】
(作用効果の説明)
以上のような停止面111の形状を有する入爪110により、本実施形態は、以下のような作用効果を有している。
すなわち、停止解除の期間中に、上述の交点Tの位置が変動しないこと、および停止解除期間中のアンクルの揺動速度はてんぷの回動中心付近における力の伝達を受けてアンクルが動作しておりほぼ一定とみなすことができることから、がんぎ車の逆回転加速度が抑制され、停止解除の終了時におけるがんぎ車121の逆回転速度が抑えられる。よって、停止解除後のがんぎ車121(がんぎ歯123)のジャンプが抑えられる。その結果、トルクの伝わらない空転区間を小さくすることができるので、がんぎ車121からアンクル105に伝わるエネルギーの損失を抑制することができる。
ここで、上述のように交点Tが停止解除期間中に変動しないということは、アンクル105とがんぎ車121のトルク比が停止解除の期間中一定ということになる。
【0045】
このトルク比に注目すると以下となる。まず、がんぎ歯のロッキングコーナー124から、入爪停止面111への力の伝達方向を考える。静的に見た場合、がんぎ歯のロッキングコーナー124から、入爪停止面111への力の伝達方向は、がんぎ歯のロッキングコーナー124から入爪停止面111に対して引いた法線115の方向であるが、本実施形態では、停止解除期間におけるがんぎ歯のロッキングコーナー124と入爪停止面111との間の摩擦を考慮し、停止解除期間中のがんぎ歯のロッキングコーナー124から入爪停止面111への力の伝達方向116は、この法線115から摩擦角λだけがんぎ車121の回転中心C2の方向に偏角した方向となる。ここで、力の伝達方向116と中心線Vの交点を交点Tとすると、アンクル105とがんぎ車121のトルクの比は、揺動軸C1から交点Tまでの距離と、回転軸C2から交点Tまでの距離の比と等しい。
図2および
図3に示すように、本実施形態においては、入爪停止面111は、停止解除中のどの時点においても、交点Tが停止解除開始時の位置から移動しないように形成されている。このように構成することによって、本実施形態においては停止解除の期間中がんぎ車121は一定速度、または、加速度が十分抑えられた状態で逆回転するため、がんぎ歯のロッキングコーナー124が入爪のロッキングコーナー112と離れる瞬間のがんぎ車121の逆回転速度は小さくなる。よって、ジャンプの時間が短くなる。したがって、がんぎ歯のロッキングコーナー124はより短時間で入爪の衝撃面113に到達するため、より長い時間においてアンクル105に回転力を与えることができる。
【0046】
なお、がんぎ車121が逆転しないようにすればジャンプは最も小さくなるが、安全作用を確保するためにがんぎ車121の逆転を微かに許容するように、入爪停止面111を形成している。以下にその作用を述べる。
【0047】
アンクルのサオ109がどて103aに係合して停止している期間中に、外部から衝撃が加わってアンクル105がどて103aから離れると、アンクル105は振り座101に接触しててんぷ40の振動周期を乱し、時計の精度は低下する。これを防ぐため、アンクルのサオ109をどて103aに引き付けておくために、がんぎ歯のロッキングコーナー124から入爪停止面111への力の伝達方向は、アンクルの揺動軸C1とがんぎ車の回転軸C2の間を通る必要がある。つまり、交点Tが、がんぎ車の停止解除期間中に、がんぎ車の回転角度にかかわらず、回転軸C2と揺動軸C1とを結ぶ線分内に位置しているように、入爪の停止面111は形成されている。このように構成することによって、がんぎ歯のロッキングコーナーからの力の伝達方向は、アンクル105に反時計回りのトルクを与えるため、アンクルのサオ109はどて103aに押し付けられる。交点Tは中心線V上のうち、アンクルの揺動軸C1とがんぎ車の回転軸C2の間に位置する。もし交点Tがアンクルの揺動軸C1と一致していたとすると、トルク比はゼロとなり、アンクルを揺動させてもがんぎ車は逆回転しない。しかし、安全作用として交点Tはアンクルの揺動軸C1とがんぎ車の回転軸C2の間に位置している必要があるため、アンクル105とがんぎ車121には上述のようにトルク比が発生し、アンクル105が時計回りに揺動するとがんぎ車121は反時計回りに逆回転する。
【0048】
ここで、
図9は、従来の入爪におけるアンクルとがんぎ歯車のトルク比線図であり、横軸はアンクルの揺動角度、縦軸はアンクルのトルクをがんぎ歯車のトルクで割った値である。θ1は停止解除の開始時点を表し、θ2は停止解除の終了時点を表す。θ3は衝撃の開始時点を表す。θ2とθ3の間のΔθ1は、ジャンプによってトルクが伝わらない区間である。縦軸のトルク比は、がんぎ歯車からアンクルにトルクが伝わる場合をプラス、アンクルからがんぎ歯車にトルクが伝わる場合をマイナスとしている。停止解除の間、アンクル/がんぎ歯車のトルク比がマイナス方向に増加していく。このとき、がんぎ歯車のトルクは一定であるので、がんぎ歯車を逆回転させるのに必要なアンクルのトルクが停止解除の区間中に増加していくことを示す。アンクルの揺動速度はほぼ一定であるため、がんぎ歯車の逆回転速度は増加していく。
【0049】
これに対して、
図10は、本実施形態の入爪110におけるアンクル105とがんぎ車121のトルク比線図である。θ4は停止解除の開始時点を表し、θ5は停止解除の終了時点を表す。θ6は衝撃の開始時点を表す。θ5とθ6の間のΔθ2は、ジャンプによってトルクが伝わらない区間である。
【0050】
図10に示すように、本実施形態では、停止解除の区間中、がんぎ車121を逆回転させるのに必要なアンクル105のトルクは増加しない、または、その増加が抑えられるため、停止解除の期間中にがんぎ車121が逆回転する速度は増加しない。よって、停止解除終了時のがんぎ車121の逆回転速度は従来例に対して小さくなるため、ジャンプの時間も従来例に比べて短くなり、Δθ2はΔθ1よりも小さくなる。よって、本実施形態においてはがんぎ車121からアンクル105に衝撃が伝わる時点が従来例よりも早まる。なお、グラフの斜線部分Iは、従来例に対してがんぎ車121からアンクル105にトルクが伝わっている区間が増加した部分を示している。
【0051】
このように、停止解除の期間中に、上述の交点Tの位置が変動しないことで、停止解除の終了時におけるがんぎ車121の逆回転速度が抑えられ、停止解除後のがんぎ車121のジャンプが抑えられ、トルクの伝わらない空転区間を小さくすることができる。よって、がんぎ車121からアンクル105に伝わるエネルギーの損失を抑制することができる。
【0052】
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態について
図6〜
図7に基づいて説明する。本実施形態の第1実施形態との違いは、がんぎ歯のロッキングコーナーと入爪停止面の間の摩擦が微小であり、がんぎ歯のロッキングコーナーから入爪停止面への力の伝達方向が、がんぎ歯のロッキングコーナーから入爪停止面へ引いた法線とほぼ一致する点である。
【0053】
(入爪の停止面の形状の説明)
まず、
図6から
図7に基づいて本実施形態の停止面211の形状について説明する。ここでは、アンクルの揺動軸C1を原点とし、中心線VをY軸、アンクルの揺動軸C1を通り中心線Vに直交する水平線HをX軸とする座標系を考える。
【0054】
停止解除開始時において、入爪停止面111上のがんぎ歯のロッキングコーナー124が係合している点を停止点1とし、その座標を(x1,y1)とする。また、停止点1から入爪の停止面111に法線115を引き、法線115が中心線Vと交わる点をTとし、その座標を (0,a)とする。また、がんぎ歯車の回転中心の座標を(0,b)とし、がんぎ歯のロッキングコーナー124の回転半径をRとする。
【0055】
今、停止解除が開始されて、アンクルがΔθだけ回転したとする。このとき、停止点1(x1,y1)もΔθだけ回転して、(x1',y1')に移動する。この時点におけるがんぎ歯車の歯先と入爪停止面の係合点を停止点2とし、その座標を(x2,y2)とする。Δθが微小であった場合、停止点2における停止面の法線の傾きは、(x1',y1')と(x2,y2)を結んだ直線に直角な直線の傾きとほぼ等しいとみなすことができる。よって次式(3)が成り立つ。
【0057】
また、停止点2(x2,y2)はがんぎ車のロッキングコーナー124の描く円周上にあるから、次式(2)が成り立つ。
【0059】
これらの式を連立方程式として解くことによって、(x2,y2)が求まる。
【0060】
次に、再びアンクルがΔθだけ回転したとする。このとき、停止点1(x2,y2)もΔθだけ回転して、(x2',y2')に移動する。この時点におけるがんぎ歯車の歯先と入爪停止面の係合点を停止点3とし、その座標を(x3,y3)とすると、(x3,y3)も前記の式と同様にして求めることができる。Δθを限りなくゼロに近づけてこの計算を繰り返せば、停止面の形状を求めることができる。
【0061】
このように、本実施形態においては、がんぎ歯のロッキングコーナー224が入爪の停止面211にトルクを伝えるトルク伝達方向がアンクルの揺動軸C1とがんぎ車121の回転軸C2を通る直線Vと交わる交点Tが、停止解除の期間中において一定となるように、入爪の停止面211が形成されている。
【0062】
また、交点Tが、がんぎ車の停止解除期間中に、がんぎ車の回転角度にかかわらず、回転軸C2と揺動軸C1とを結ぶ線分内に位置しているように、入爪の停止面111は形成されている。
なお、本実施形態においては、がんぎおよび入爪を、シリコン、ジルコニア、炭化ケイ素、窒化ケイ素から適宜選択する構成としている。
【0063】
(作用効果の説明)
以上のような停止面211の形状を有する入爪210により、本実施形態は、以下のような作用効果を有している。なお、以下に説明しない点については、上述の実施形態と同様である。
【0064】
すなわち、停止解除の期間中に、上述の交点Tの位置が変動しないことで、停止解除の終了時におけるがんぎ車221の逆回転速度が抑えられる。よって、停止解除後のがんぎ車221(がんぎ歯223)のジャンプが抑えられる。その結果、トルクの伝わらない空転区間を小さくすることができるので、がんぎ車221からアンクル205に伝わるエネルギーの損失を抑制することができる。
ここで、上述の交点Tが停止解除期間中に変動しないということは、アンクル205とがんぎ車221のトルク比が停止解除の期間中一定ということになる。
【0065】
このトルク比に注目すると以下となる。まず、がんぎ歯のロッキングコーナー124から、入爪停止面211への力の伝達方向を考える。がんぎ歯のロッキングコーナー224から、入爪停止面211への力の伝達方向は、がんぎ歯のロッキングコーナー224から入爪停止面211に対して引いた法線215の方向とほぼ一致する。力の伝達方向216と中心線Vの交点を交点Tとすると、アンクル205とがんぎ車221のトルクの比は、揺動軸C1から交点Tまでの距離と、回転軸C2から交点Tまでの距離の比と等しい。
【0066】
図6および
図7に示すように、本実施形態においては、入爪停止面211は、停止解除中のどの時点においても、交点Tが停止解除開始時の位置から移動しないように成形されている。このように構成することによって、本実施形態においては停止解除の期間中がんぎ車221は一定速度、または、加速度が十分抑えられた状態で逆回転するため、がんぎ歯のロッキングコーナー224が入爪のロッキングコーナー212と離れる瞬間のがんぎ車221の逆回転速度は小さくなる。
【0067】
よって、本実施形態においてはジャンプの時間が短くなる。がんぎ歯のロッキングコーナー224はより短時間で入爪の衝撃面213に到達するため、より長い時間アンクル205に回転力を与えることができる。
【0068】
なお、上述の各実施形態の入爪の停止面の形状を金属顕微鏡や2.5次元測定機で測定し、測定した座標から、がんぎ歯から入爪の停止面に力が伝わる方向と、アンクルの揺動軸とがんぎ車の回転軸を結ぶ中心線との交点Tを求め、交点Tの位置が停止解除の期間中に動かない、または従来技術に比べて交点Tの移動が抑制されていることで本実施形態の入爪の形状を確認することもできる。