特許第6091298号(P6091298)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6091298
(24)【登録日】2017年2月17日
(45)【発行日】2017年3月8日
(54)【発明の名称】脱進機、ムーブメント、および時計
(51)【国際特許分類】
   G04B 15/14 20060101AFI20170227BHJP
【FI】
   G04B15/14 A
【請求項の数】6
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2013-78798(P2013-78798)
(22)【出願日】2013年4月4日
(65)【公開番号】特開2014-202605(P2014-202605A)
(43)【公開日】2014年10月27日
【審査請求日】2016年2月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002325
【氏名又は名称】セイコーインスツル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100142837
【弁理士】
【氏名又は名称】内野 則彰
(74)【代理人】
【識別番号】100123685
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 信行
(72)【発明者】
【氏名】川内谷 卓磨
【審査官】 深田 高義
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許第01327226(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04B 15/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸回りに回転可能ながんぎ歯車と、
前記がんぎ歯車に係脱可能な入爪と、
てんぷにより揺動軸回りに揺動し、前記入爪が設けられるアンクルとを有する脱進機において、
前記入爪における前記がんぎ歯車と係合する係合面は、前記回転軸と前記揺動軸とを通る直線と前記係合面におけるトルク伝達方向とが交わる交点が、停止解除の期間中に前記がんぎ歯車の回転に伴い前記回転軸から前記揺動軸に近づくように変位する形状に形成されていることを特徴とする脱進機。
【請求項2】
前記トルク伝達方向が、前記係合面における法線から、前記係合面における前記入爪と前記がんぎ歯車との接触による生じる摩擦角だけ偏角した方向となるように、前記係合面の形状が形成されていることを特徴とする請求項1の脱進機。
【請求項3】
前記トルク伝達方向が前記係合面における法線となるように前記係合面の形状が形成されていることを特徴とする請求項1に記載の脱進機。
【請求項4】
前記交点が、前記がんぎ歯車の回転角度にかかわらず、前記回転軸と前記揺動軸とを結ぶ線分内に位置するように、前記係合面の形状が形成されていることを特徴とする請求項2または請求項3に記載の脱進機。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の脱進機と、前記アンクルの揺動周期を調整するてんぷと、前記がんぎ歯車に動力を伝える輪列とを有するムーブメント。
【請求項6】
請求項5に記載のムーブメントと、前記脱進機と前記てんぷとを含む脱進調速機構により調速された回転速度で回転する時針とを有する時計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脱進機、ムーブメント、およびそれらを有する時計に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、がんぎ車の回転を制御しがんぎ車の回転力を受ける石(入爪、出爪)を有する脱進機は最も広く使用されており、たとえば、非特許文献1のようなスイスレバー(クラブツース)脱進機が知られている。このような従来のスイスレバー脱進機においては、以下のように、入爪ががんぎ車からの回転力を受ける構成となっている。
【0003】
このような従来の脱進機について図11を用いて説明する。まず、てんぷの振り石3102がアンクル3105と接触せずに振動している期間中、アンクル3105のサオ3118はどて3103aに当たって停止しており、がんぎ歯車3122はがんぎ歯のロッキングコーナー3124がアンクルの入爪3110の停止面3111に係合して停止している。この状態を停止期間と称する。なお、がんぎ歯車3122は、図示しない香箱からの動力によって時計回りに付勢されている。また、がんぎ歯のロッキングコーナー3124と入爪の停止面3111との接触点における法線を引くと、これが停止期間におけるがんぎ歯3121から入爪3110に伝わる力の向きになる。アンクルの揺動軸C1と、がんぎ歯車3122の回転軸とを結ぶ直線を中心線Vとしたとき、この法線3115と中心線Vとの交点Tは、アンクルの揺動軸C1よりもがんぎ歯車3122の回転軸C2が配置される側の方向に離れた場所にある。これは、停止期間中もがんぎ歯車3122がアンクル3105に反時計回りの回転力を与えていることを意味している。この力の働きによって、アンクルのサオ3118はどて3103に押し付けられ、停止期間中に外部から衝撃が加わっても、アンクル3105が容易にどて3103aから離れてしまうことを防ぎ、アンクル3105がてんぷの振り座3101および振り石3102と接触することによりてんぷの自由な振動が妨げられることを防いでいる。アンクルの揺動軸C1とがんぎ歯のロッキングコーナー3124を結ぶ線に直交する面に対して設けられる入爪の停止面3111の角度を引き角と言う。
【0004】
図11に示すような、入爪における停止期間が開始されると、てんぷは振り座3101の振り石3102がアンクル3105と離れ、慣性によって時計回りに回転し、その回転エネルギーはてんぷに取り付けられた不図示のひげぜんまいに蓄えられていく。回転エネルギーが全てひげぜんまいに蓄えられると、てんぷは時計回りの回転を止めて一瞬静止し、その直後にひげぜんまいに蓄えられたエネルギーによって反時計回りに回転を始める。てんぷの振り座3101に固定された振り石3102は、アンクル3105のハコ3106に近づいていき、やがてハコの内周面の出爪側の面3108に衝突する。ハコの内周面の出爪側3108の面が振り石3102から力を受けることによって、アンクル3105は時計回りに回転させられる。このとき、アンクル3105の回転に伴って入爪3110も回転するため、入爪3110が一定角度回転すると、がんぎ歯のロッキングコーナー3124は入爪のロッキングコーナー3112に到達する。このような、振り石3102がハコ3106に衝突してからがんぎ歯のロッキングコーナー3124が爪石のロッキングコーナー3112に到達するまでの期間を停止解除と呼ぶ。停止解除を終えると、がんぎ歯のロッキングコーナー3124は入爪の衝撃面3113に衝突する。衝突の後、がんぎ歯のロッキングコーナー3124は入爪の衝撃面3113上を摺動することで、アンクル3105に時計回りの回転力を与える。がんぎ歯3123によって回転力を与えられたアンクル3105は、ハコの内周面の入爪側の面3107が振り石に係合することでてんぷに回転力を与える。
【0005】
ここで、入り爪における停止解除期間中のがんぎ車3121に対するてんぷのトルク比に注目すると、がんぎ車を逆転させるために必要なてんぷのトルクは、停止解除期間中に増加していく。その理由を以下に述べる。ここで、トルク比とは、係合しながら互いに回転しようとする回転物(例えば歯車)が、トルクの均衡によって静止している時にそれぞれの回転物に与えられているトルクの比である。
【0006】
がんぎ車3121にたいするてんぷのトルク比は、アンクルに対するてんぷのトルク比と、がんぎ車に対するアンクルのトルク比の積で表される。まず、アンクルに対するてんぷのトルク比を考えると、以下となる。
【0007】
てんぷの振り石3102から、ハコの内周面の出爪側の面3108への力の伝達を考える。静的に見た場合、振り石3102からハコ内周面の出爪側3108への力の伝達方向は、振り石3102とハコ内周面の出爪側の面3108の接触点からハコ内周面の出爪側の面3108に対して引いた法線3151の方向であるが、振り石3102とハコ内周面の出爪側の面3108には摩擦があるため、停止解除期間中の振り石3102からハコ内周面の出爪側の面3108への力の伝達方向は、この法線3151から摩擦角λ1だけてんぷの回転中心C3の方向に偏角した方向となる。ここで、力の伝達方向3152と中心線Vの交点をSとすると、てんぷとアンクル3105のトルクの比は、てんぷの回転中心C3からSまでの距離と、アンクルの揺動軸C1からSまでの距離の比と等しい。ハコ3106の内周面が平面で構成されていることと、振り石3102が円周上を移動することによって、交点Sは停止解除の期間中、アンクルの揺動軸C1に向かって移動していく。よって、アンクル3105に対するてんぷのトルク比は、停止解除の期間中に増加していく。
【0008】
つぎに、がんぎ車に対するアンクルのトルク比を考える。がんぎ歯のロッキングコーナー3124から、入爪停止面3111への力の伝達方向を考える。静的に見た場合、がんぎ歯のロッキングコーナー3124から、入爪停止面3111への力の伝達方向は、がんぎ歯のロッキングコーナー3124から入爪停止面3111に対して引いた法線3115の方向であるが、がんぎ歯のロッキングコーナー3124と入爪停止面3111には摩擦があるため、停止解除期間中のがんぎ歯のロッキングコーナー3124から入爪停止面3111への力の伝達方向は、この法線3115から、摩擦角λ2だけがんぎ車3121の回転中心C2の方向に偏角した方向となる。ここで、力の伝達方向3116と中心線Vの交点をT’とすると、アンクル3105とがんぎ車3121のトルクの比は、C1からT’までの距離と、C2からT’までの距離の比と等しい。入り爪の停止面3111は平面で構成されているため、停止解除の期間中、交点T’はがんぎ車の回転軸C2に向かって移動していく。よって、入り爪における停止解除期間中、がんぎ車に対するアンクルのトルク比は増加していく。
【0009】
以上から、がんぎ車にたいするてんぷのトルク比、すなわちアンクルに対するてんぷのトルク比と、がんぎ車に対するアンクルのトルク比の積は、入り爪における停止解除の期間中に増加していく。
【0010】
がんぎ車3121は不図示の香箱から不図示の輪列を介して時計回りに付勢されており、停止解除の期間中そのトルクは一定と見なすことができる。よって、がんぎ車3121を逆転させるために必要なてんぷのトルクは、入り爪3111における停止解除の期間中に増加していく。
【0011】
よって、停止解除期間中にてんぷが失うエネルギーも増加していく。てんぷのエネルギー損失の増加は振り角の減少を招く。てんぷの振り角は大きいほど外部からの衝撃の影響を受けにくく、てんぷの振動の振動周期を高い精度で維持できるため、てんぷの振り角の減少は精度の低下を招く。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】George Daniels著 「Watchmaking」Sotheby Parke Bernet Publications 1982年 p.206〜p.221
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、入り爪における停止解除期間中にアンクルに対するてんぷのトルク比が増大するのを、がんぎ車に対するアンクルのトルク比を減少させることによって抑制し、てんぷのエネルギーの損失を抑制できる脱進機、ムーブメント、および時計を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明における脱進機は、回転軸回りに回転可能ながんぎ歯車と、前記がんぎ歯車に係脱可能な入爪と、揺動軸回りに揺動し、前記入爪が設けられるアンクルとを有する脱進機において、前記入爪における前記がんぎ歯車との係合面は、前記回転軸と前記揺動軸とを通る直線と前記係合面におけるトルク伝達方向とが交わる交点が、前記がんぎ歯車の回転に伴い前記回転軸から前記揺動軸に近づくように変位する形状に形成されていることを主要な特徴とする。
かかる構成により、入り爪における停止解除の期間中、アンクルに対するてんぷのトルク比の増加を、ガンギ車に対するアンクルのトルク比の減少によって抑制し、てんぷのエネルギーの損失を抑制することができる。
【0015】
本発明における脱進機は、前記トルク伝達方向が前記係合面における法線となるように前記係合面の形状が形成されていることを特徴とする。
かかる構成により、がんぎ歯と入爪の係合面に摩擦が微小な場合において、入り爪における停止解除の期間中、アンクルに対するてんぷのトルク比の増加を、ガンギ車に対するアンクルのトルク比の減少によって抑制し、てんぷのエネルギーの損失を抑制することができる。
【0016】
本発明における脱進機は、前記トルク伝達方向が、前記係合面における法線から、前記係合面における前記入爪と前記がんぎ歯車との接触による生じる摩擦角だけ偏角した方向となるように、前記係合面の形状が形成されていることを特徴とする。
かかる構成により、がんぎ歯と入爪の係合面に摩擦がある場合において、入り爪における停止解除の期間中、アンクルに対するてんぷのトルク比の増加を、ガンギ車に対するアンクルのトルク比の減少によって抑制し、てんぷのエネルギーの損失を抑制することができる。
【0017】
本発明における脱進機は、前記交点が、前記がんぎ歯車、の回転角度にかかわらず、前記回転軸と前記揺動軸とを結ぶ線分内に位置するように、前記係合面の形状が形成されていることを特徴とする。
かかる構成により、アンクルおよびがんぎ歯車が停止している期間中、がんぎ歯車がアンクルに伝える力は、アンクルを反時計回りに回転させるように働くため、外部から衝撃が加わった場合に、アンクルが容易にどてから離れててんぷの振動を阻害することを防ぐことができる。
【0018】
本発明におけるムーブメントは前記脱進機と、前記アンクルの揺動周期を調整するてんぷと、前記がんぎ歯車に動力を伝える輪列とを有することを特徴とする。
かかる構成により、精度の高いムーブメントを提供することができる。
【0019】
本発明における時計は、前記ムーブメントと、前記脱進機と前記てんぷとを含む脱進調速機構により調速された回転速度で回転する針を有することを特徴とする。
かかる構成により、精度の高い時計を提供することができる
【発明の効果】
【0020】
本発明の脱進機は、停止解除の期間中、アンクルに対するてんぷのトルク比の増加を、ガンギ車に対するアンクルのトルク比の減少によって抑制し、てんぷのエネルギーの損失を抑制することができ、てんぷの所望の振り角を確保できるという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の第1実施形態における脱進機の停止解除開始時の図である。
図2】本発明の第1実施形態における脱進機の停止解除終了時の図である。
図3】本発明の第2実施形態における脱進機の停止解除開始時の図である。
図4】本発明の第2実施形態における脱進機の停止解除終了時の図である。
図5】(a)本発明の第1実施形態に関する脱進機を備えるムーブメントの図である。(b)本発明の第1実施形態に関するムーブメントを備える時計の図である。
図6】従来技術におけるアンクルに対するてんぷのトルク比線図である。
図7】従来技術におけるがんぎ車に対するアンクルのトルク比線図である。
図8】従来技術におけるがんぎ車に対するてんぷのトルク比線図である。
図9】本発明のがんぎ車に対するアンクルのトルク比線図である。
図10】本発明のがんぎ車に対するてんぷのトルク比線図である。
図11】従来技術における脱進機の停止期間中の図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
(第1実施形態)
本発明の第1実施形態について図1図2および図5図6図10に基づいて説明する。最初に、図1図5に基づき、本実施形態の脱進機の構成について説明する。図1は、本実施形態の脱進機の停止解除開始時の図であり、図5(a)は、本実施形態の脱進機を備えるムーブメントの構成図であり、図5(b)は、かかるムーブメントを備える時計の図である。
【0023】
(時計の説明)
図5(a)および図5(b)に示すように、本実施形態の機械式時計1は、例えば腕時計であって、ムーブメント(時計用ムーブメント)10と、このムーブメント10を収納するケーシング2と、により構成されている。
【0024】
(ムーブメントの説明)
このムーブメント10は、基板を構成する地板11を有している。この地板11の裏側には図示しない文字板が配されている。なお、ムーブメント10の表側に組み込まれる輪列を表輪列と称し、ムーブメント10の裏側に組み込まれる輪列を裏輪列と称する。
【0025】
上記地板11には、巻真案内穴11aが形成されており、ここに巻真12が回転自在に組み込まれている。この巻真12は、おしどり13、かんぬき14、かんぬきばね15及び裏押さえ16を有する切換装置により、軸方向の位置が決められている。また、巻真12の案内軸部には、きち車17が回転自在に設けられている。
【0026】
このような構成のもと、巻真12が、回転軸方向に沿ってムーブメント10の内側に一番近い方の第1の巻真位置(0段目)にある状態で巻真12を回転させると、図示しないつづみ車の回転を介してきち車17が回転する。そして、このきち車17が回転することにより、これと噛合う丸穴車20が回転する。そして、この丸穴車20が回転することにより、これと噛合う角穴車21が回転する。更に、この角穴車21が回転することにより、香箱車22に収容された図示しないぜんまい(動力源)を巻き上げる。
【0027】
ムーブメント10の表輪列は、上記香箱車22の他に、二番車25、三番車26及び四番車27により構成されており、香箱車22の回転力を伝達する機能を果している。また、ムーブメント10の表側には、表輪列の回転を制御するための脱進機30及び調速機構31が配置されている。調速機構31は、上記脱進機を調速する機構であって、てんぷ40を具備している。 二番車25は、香箱車22に噛合う歯車とされている。三番車26は、二番車25に噛合う歯車とされている。四番車27は、三番車26に噛合う歯車とされている。
【0028】
(脱進機の説明)
図1に示すように、本実施形態における脱進機30は、アンクル105の揺動周期を調整するてんぷ40の振り座101と、振り座101に固定される振り石102と、振り石102が内部で動くことで振り石102からハコ内周面106に回転力が伝達されるアンクル105と、アンクル105に相対位置を調整可能に固定される入爪110および出爪114と、入爪110と出爪114とに断続的に係合するがんぎ歯123を有するがんぎ歯車122と、がんぎ歯車122とがんぎかな125とにより構成されるがんぎ車121と、アンクルのサオ109と係合してアンクル105の揺動角度を規制するどて103aおよび103bとを有している。がんぎかな125は、前記四番車27と噛合っている。
【0029】
てんぷの振り座101の回転軸C3と、アンクル105の揺動軸C1と、がんぎ歯車121の回転軸C2は、中心線V上に配置されている。アンクル105の入爪110は、がんぎ歯のロッキングコーナー124と係合する係合面としての停止面111と、がんぎ歯のロッキングコーナー124によって衝撃を受ける衝撃面113と、停止面111と衝撃面113が交わる入爪のロッキングコーナー112を有する。
【0030】
(動作の説明)
次に、図1および図2に基づき、本実施形態の動作について説明する。図1は、本実施形態の入爪停止面111ががんぎ歯のロッキングコーナー124に接触した状態で、アンクル105が揺動軸C1を中心として時計回りに回り、入爪停止面111ががんぎ歯のロッキングコーナー124を反時計回りに押し戻す動作(停止解除)が開始される瞬間の図である。図2は、停止解除が終了する瞬間の図である。
【0031】
まず、図1および図2において、アンクル105のサオ109はどて103aに当たって停止しており、がんぎ歯車122はがんぎ歯のロッキングコーナー124がアンクル105の入爪110の停止面111に係合して停止している。がんぎ歯車122は、香箱22の動力が表輪列を介してがんぎかな125に伝えられることによって、時計回りに付勢されている。
【0032】
次に、てんぷ40は不図示のひげぜんまいに蓄えられたエネルギーによって、反時計回りに回転し、てんぷの振り座101に固定される振り石102は、アンクルのハコ106に近づいていき、やがてアンクル105のハコ106の内周面の出爪側の面108に衝突する。ハコの内周面の出爪側の面108が振り石102から力を受けることによって、アンクル105は時計回りに揺動させられ、アンクルのサオ109はどて103aから離れる。
【0033】
このとき、図2に示すように、アンクル105の揺動に伴って入爪110も時計回りに揺動するため、入爪110が一定角度揺動すると、がんぎ歯のロッキングコーナー124は入爪のロッキングコーナー112に到達する。このように、振り石102がハコ106の内周面の出爪側108に衝突してからがんぎ歯のロッキングコーナー124が入爪のロッキングコーナー112に到達するまでの期間を、停止解除と呼ぶ。
【0034】
停止解除が終了するとがんぎ歯のロッキングコーナー124は入爪の衝撃面113に係合する。係合の後、がんぎ歯のロッキングコーナー124は、入爪の衝撃面113上を摺動することで、アンクル105に時計回りの回転力を与える。がんぎ歯123によって時計回りの回転力を与えられたアンクル105は、ハコの内周面の入爪側の面107が振り石102に係合することでてんぷに反時計回りの回転力を与える。
【0035】
(入爪の停止面の形状の説明)
次に、図1から図2に基づいて本実施形態の入爪の停止面111の形状について説明する。
ここでは、アンクルの揺動軸C1を原点とし、中心線VをY軸、アンクルの揺動軸C1を通り中心線Vに直交する水平線HをX軸とする座標系を考える。
【0036】
図2の停止解除の開始時において、入爪の停止面111上のがんぎ歯のロッキングコーナー124と係合している点を停止点1とし、その座標を(x1,y1)とする。また、停止点1から入爪の停止面111に法線115を引き、そこから摩擦角λ2だけ偏角した直線116が中心線Vと交わる点をTとする。停止解除開始時におけるTをT1とし、その座標を (0,a1)とする。また、がんぎ車121の回転中心の座標を(0,b)とし、がんぎ歯のロッキングコーナー124の回転軸C2からの回転半径をRとする。なお、直線116の停止点1から交点T1に向かう方向が、がんぎ歯から入爪へのトルク伝達方向となる。停止解除が開始されて、アンクル105が時計回りにΔθだけ回転したとする。このとき、停止点1(x1,y1)もΔθだけ回転して、(x1',y1')に移動する。この時点におけるがんぎ歯のロッキングコーナー124と入爪停止面111の係合点を停止点2とし、その座標を(x2,y2)とする。また、アンクルがΔθ回転する間に、交点T1はY軸上をアンクル揺動軸に向かってΔTだけ移動する。T1(0,a1)がΔTだけ移動した点をT2(0,a2)とする。さて、Δθが微小であった場合、停止点2から停止面111に引いた法線の傾きは、(x1',y1')と(x2,y2)を結んだ直線に直角な直線の傾きとほぼ等しいとみなすことができる。本実施形態では、この停止点2における法線から摩擦角λ2だけ偏角した直線がT2(0,a2)を通る。この場合次式(1)が成り立つ。
【0037】
【数1】
【0038】
また、停止点2(x2,y2)はがんぎ車のロッキングコーナー124の描く円周上にあるから、次式(2)が成り立つ。
【0039】
【数2】
【0040】
また、停止解除開始時のアンクルに対するてんぷのトルク比をα、停止解除終了時のアンクルに対するてんぷのトルク比をβとし、停止解除期間中にアンクルが揺動する角度をθuとすると、ΔTの大きさは次式(3)によって求められる。
【0041】
【数3】
【0042】
これらの式をニュートン法で解くことによって、停止点2 (x2,y2)が求まる。
【0043】
次に、再びアンクルがΔθだけ回転したとする。このとき、停止点2(x2,y2)もΔθだけ回転して、(x2',y2')に移動する。この時点における入爪停止面111上のがんぎ歯のロッキングコーナー124との係合点を停止点3とし、その座標を(x3,y3)とする。また、T2はY軸上をアンクルの揺動軸方向にΔTだけ動く。T2(0,a2)がΔTだけ移動した点をT3(0,a3)とする。そうすると、(x3,y3)も(x2,y2)を求めたときと同様にして求めることができる。Δθを限りなくゼロに近づけてこの計算を繰り返すことで、(xn,yn)が連続した曲線が形成される。停止解除期間中のアンクルの揺動角度をθuとすると、θu/Δθ回の計算を繰り返すことで、停止面を構成するために必要な曲線が求められる。このような曲線を有する曲面として停止面111の形状が形成されている。アンクルが停止解除開始からθuだけ揺動した時点での交点TをTuとする。
【0044】
このように、本実施形態においては、がんぎ歯のロッキングコーナー124が入爪の停止面111にトルクを伝えるトルク伝達方向と、アンクルの揺動軸C1とがんぎ車121の回転軸C2を通る直線Vとが交わる交点Tが、停止解除の期間中においてT1からTuまでアンクルの揺動軸に近づいていくように、入爪の停止面111が形成されている。
【0045】
また、交点Tが、がんぎ車の停止解除期間中に、がんぎ車の回転角度にかかわらず、回転軸C2と揺動軸C1とを結ぶ線分内に位置しているように、入爪の停止面111は形成されている。
なお、本実施形態においては、がんぎが鉄を材料とし、入爪はアルミナにより構成される人工ルビーを材料としている。
【0046】
(作用効果の説明)
以上のような停止面111の形状を有する入爪110により、本実施形態は、以下のような作用効果を有している。
前述のように、がんぎ車121にたいするてんぷ40のトルク比は、アンクルに対するてんぷのトルク比と、がんぎ車に対するアンクルのトルク比の積で表される。まず、アンクルに対するてんぷのトルク比を考えると、以下となる。
【0047】
てんぷの振り石102から、ハコの内周面の出爪側の面108への力の伝達を考える。静的に見た場合、振り石102からハコ内周面の出爪側108への力の伝達方向は、振り石102とハコ内周面の出爪側の面108の接触点からハコ内周面の出爪側の面108に対して引いた法線151の方向であるが、本実施形態においては、振り石102とハコ内周面の出爪側の面108との間の摩擦を考慮し、停止解除期間中の振り石102からハコ内周面の出爪側の面108への力の伝達方向は、この法線151から摩擦角λ1だけてんぷの回転中心C3の方向に偏角した方向となる。ここで、力の伝達方向152と中心線Vの交点を交点Sとすると、てんぷとアンクル105のトルクの比は、てんぷの回転中心C3から交点Sまでの距離と、アンクルの揺動軸C1から交点Sまでの距離の比と等しい。ハコ106の内周面が平面で構成されていることと、振り石102が円周上を移動することによって、交点Sは停止解除の期間中、アンクルの揺動軸C1に向かって移動していく。よって、アンクル105に対するてんぷのトルク比は、停止解除の期間中に増加していく。
【0048】
一方、アンクルとがんぎ車のトルク比を見てみると、以下のようになる。まず、がんぎ歯のロッキングコーナー124から、入爪停止面111への力の伝達方向を考える。静的に見た場合、がんぎ歯のロッキングコーナー124から、入爪停止面111への力の伝達方向は、がんぎ歯のロッキングコーナー124から入爪停止面111に対して引いた法線115の方向であるが、本実施形態では、がんぎ歯のロッキングコーナー124と入爪停止面111との間の摩擦を考慮し、停止解除期間中のがんぎ歯のロッキングコーナー124から入爪停止面111への力の伝達方向116は、この法線115から、摩擦角λ2だけがんぎ車121の回転中心C2の方向に偏角した方向となる。ここで、力の伝達方向116と中心線Vの交点を交点Tとすると、アンクル105とがんぎ車121のトルクの比は、揺動軸C1から交点Tまでの距離と、回転軸C2から交点Tまでの距離の比と等しい。図1および図2に示すように、本実施形態においては、入爪停止面111は、停止解除中に交点Tが停止解除開始時の位置からアンクルの揺動軸C1の方向に移動するように成形されている。このように構成することによって、本実施形態においては入り爪における停止解除の期間中、がんぎ車121に対するアンクル105のトルク比は減少していく。
【0049】
アンクル105に対するてんぷ40のトルク比が、入り爪110における停止解除開始時において例えば0.22であり、停止解除終了時においては例えば0.25に増加するものとする。これに対して、入り爪110における停止解除終了時において、がんぎ車121に対するアンクル105のトルク比が例えば0.25であり、停止解除終了時に例えば0.22に減少するものとする。この場合、がんぎ車121に対するてんぷ40のトルク比は、停止解除の開始時と終了時双方において、0.055となる。トルク比はアンクル105の揺動角度に対して直線的に変化するため、この場合、停止解除期間中のどの時点でも、がんぎ車121に対するてんぷ40のトルク比は変化しない。よって、てんぷ40ががんぎ車121を逆転させるために必要なエネルギーは停止解除期間中に増加しないため、てんぷ40のエネルギー損失を抑制することができる。
【0050】
(引き角の説明)
なお、停止解除期間中にがんぎ車121が逆転しないような形状に入り爪の停止面形状を形成すれば、ガンギ車に対するアンクルのトルク比は0となり、これによってがんぎ車に対するてんぷのトルク比も0となるため、てんぷのエネルギー損失は最小となるが、安全作用を確保するためにがんぎ車121は停止解除期間中の逆転を許容するように入爪停止面111を形成している。以下にその作用を述べる。
【0051】
アンクルのサオ109がどて103aに係合して停止している期間中に、外部から衝撃が加わってアンクル105がどて103aから離れると、アンクル105は振り座101に接触しててんぷ40の振動周期を乱し、時計の精度は低下する。これを防ぐため、アンクルのサオ109をどて103aに引き付けておくために、がんぎ歯のロッキングコーナー124から入爪停止面111への力の伝達方向は、アンクルの揺動軸C1とがんぎ車の回転軸C2の間を通る必要がある。つまり、交点Tが、がんぎ車の停止解除期間中に、がんぎ車の回転角度にかかわらず、回転軸C2と揺動軸C1とを結ぶ線分内に位置しているように、入爪の停止面111は形成されている。このように構成することによって、がんぎ歯のロッキングコーナーからの力の伝達方向は、アンクル105に反時計回りのトルクを与えるため、アンクルのサオ109はどて103aに押し付けられる。交点Tは中心線V上のうち、アンクルの揺動軸C1とがんぎ車の回転軸C2の間に位置する。もし交点Tがアンクルの揺動軸C1と一致していたとすると、トルク比はゼロとなり、アンクルを揺動させてもがんぎ車は逆回転しない。しかし、安全作用として交点Tはアンクルの揺動軸C1とがんぎ車の回転軸C2の間に位置している必要があるため、アンクル105とがんぎ車121には上述のようにトルク比が発生し、アンクル105が時計回りに揺動するとがんぎ車121は反時計回りに逆回転する。
【0052】
(トルク比線図による説明)
ここで、図6は、従来例および本実施形態おけるてんぷとアンクルのトルク比線図であり、横軸はアンクルの揺動角度、縦軸はてんぷのトルクをアンクルのトルクで割った値である。アンクルの揺動角度は、アンクルのサオが中心線上にあるときを0°とし、サオが入り爪側に倒れる方向をマイナス、出爪側に倒れる方向を+とする。θ1は停止解除の開始時点を表し、θ2は停止解除の終了時点を表す。縦軸のトルク比は、てんぷからアンクルにトルクが伝わる場合をプラスとしている。このように、停止解除の間、アンクルに対するてんぷのトルク比は増加していく。
【0053】
図7は、従来例のアンクルとがんぎ車のトルク比線図であり、横軸はアンクルの揺動角度、縦軸はアンクルのトルクをがんぎ車のトルクで割った値である。θ1は停止解除の開始時点を表し、θ2は停止解除の終了時点を表す。縦軸のトルク比は、アンクルからがんぎ車にトルクが伝わる場合をプラスとしている。このように、従来のアンクルとがんぎ車においては、停止解除の間、がんぎ車に対するアンクルのトルク比は増加していく。
【0054】
図8は、従来例のてんぷとがんぎ車のトルク比線図であり、横軸はアンクルの揺動角度、縦軸はてんぷのトルクをアンクルのトルク比で割った値と、アンクルのトルクをがんぎ車のトルクで割った値とのの積である。θ1は停止解除の開始時点を表し、θ2は停止解除の終了時点を表す。縦軸のトルク比は、てんぷからがんぎ車にトルクが伝わる場合をプラスとしている。このように、従来のアンクルとがんぎ車においては、停止解除の間、がんぎ車に対するてんぷのトルク比は増加していく。がんぎ車のトルクは一定であるため、停止解除に必要なてんぷのトルクは停止解除の期間中に増加し、てんぷのエネルギー損失も増加する。
【0055】
これに対して図9は、本実施形態におけるアンクルとがんぎ車のトルク比線図であり、横軸はアンクルの揺動角度、縦軸はアンクルのトルクをがんぎ車のトルクで割った値である。θ1は停止解除の開始時点を表し、θ2は停止解除の終了時点を表す。このように、本実施形態では、停止解除の区間中、がんぎ車に対するアンクルのトルクは減少していく。
【0056】
図10は、本実施形態におけるてんぷとがんぎ車のトルク比線図であり、横軸はアンクルの揺動角度、縦軸はてんぷのトルクをアンクルのトルク比で割った値と、アンクルのトルクをがんぎ車のトルクで割った値との積である。θ1は停止解除の開始時点を表し、θ2は停止解除の終了時点を表す。縦軸のトルク比は、てんぷからがんぎ車にトルクが伝わる場合をプラスとしている。このように、本実施例のアンクルとがんぎ車においては、停止解除の間、がんぎ車に対するてんぷのトルク比は増加しない、または増加を抑制できる。がんぎ車のトルクは一定であるため、停止解除に必要なてんぷのトルクは停止解除の期間中に増加せず、てんぷのエネルギー損失は抑制される。
【0057】
このように、停止解除の期間中、アンクルに対するてんぷのトルク比の増加を、ガンギ車に対するアンクルのトルク比の減少によって抑制しており、てんぷのエネルギーの損失を抑制することができる。
【0058】
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態について図3図4に基づいて説明する。本実施形態の第1実施形態との違いは、がんぎ歯のロッキングコーナーと入爪停止面の間の摩擦が微小であり、がんぎ歯のロッキングコーナーから入爪停止面への力の伝達方向が、がんぎ歯のロッキングコーナーから入爪停止面へ引いた法線とほぼ一致する点である。
【0059】
(入爪の停止面の形状の説明)
まず、図3から図4に基づいて本実施形態の停止面211の形状について説明する。
ここでは、アンクルの揺動軸C1を原点とし、中心線VをY軸、アンクルの揺動軸C1を通り中心線Vに直交する水平線HをX軸とする座標系を考える。
【0060】
停止解除開始時において、入爪停止面211上のがんぎ歯のロッキングコーナー224が係合している点を停止点1とし、その座標を(x1,y1)とする。また、停止点1から入爪の停止面211に法線215を引き、法線215が中心線Vと交わる点をT1とし、その座標を (0,a1)とする。また、がんぎ歯車の回転中心の座標を(0,b)とし、がんぎ歯のロッキングコーナー224の回転半径をRとする。
【0061】
今、停止解除が開始されて、アンクルがΔθだけ回転したとする。このとき、停止点1(x1,y1)もΔθだけ回転して、(x1',y1')に移動する。この時点におけるがんぎ歯車の歯先と入爪停止面の係合点を停止点2とし、その座標を(x2,y2)とする。Δθが微小であった場合、停止点2における停止面の法線の傾きは、(x1',y1')と(x2,y2)を結んだ直線に直角な直線の傾きとほぼ等しいとみなすことができる。また、アンクルがΔθ回転する間に、交点T1はY軸上をアンクル揺動軸に向かってΔTだけ移動する。T1(0,a1)がΔTだけ移動した点をT2(0,a2)とする。さて、Δθが微小であった場合、停止点2から停止面211に引いた法線の傾きは、(x1',y1')と(x2,y2)を結んだ直線に直角な直線の傾きとほぼ等しいとみなすことができる。本実施形態では、この停止点2における法線がT2(0,a2)を通る。この場合次式(4)が成り立つ。
【0062】
【数4】
【0063】
また、停止点2(x2,y2)はがんぎ車のロッキングコーナー124の描く円周上にあるから、次式(2)が成り立つ。
【0064】
【数2】
【0065】
これらの式を連立方程式として解くことによって、停止点2(x2,y2)が求まる。
【0066】
次に、再びアンクルがΔθだけ回転したとする。このとき、停止点2(x2,y2)もΔθだけ回転して、(x2',y2')に移動する。この時点におけるがんぎ歯車の歯先と入爪停止面の係合点を停止点3とし、その座標を(x3,y3)とすると、(x3,y3)も前記の式と同様にして求めることができる。Δθを限りなくゼロに近づけてこの計算を繰り返すことで、(xn,yn)が連続した曲線が形成される。停止解除期間中のアンクルの揺動角度をθuとすると、θu/Δθ回の計算を繰り返すことで、停止面を構成するために必要な曲線が求められる。このような曲線を有する曲面として停止面211の形状が形成されている。アンクルが停止解除開始からθuだけ揺動した時点での交点TをTuとする。
【0067】
このように、本実施形態においては、がんぎ歯のロッキングコーナー224が入爪の停止面211にトルクを伝えるトルク伝達方向がアンクルの揺動軸C1とがんぎ車221の回転軸C2を通る直線Vと交わる交点Tが、停止解除の期間中にアンクルの揺動軸に向かって移動するように、入爪の停止面211が形成されている。
【0068】
また、交点Tが、がんぎ車の停止解除期間中に、がんぎ車の回転角度にかかわらず、回転軸C2と揺動軸C1とを結ぶ線分内に位置しているように、入爪の停止面111は形成されている。
なお、本実施形態においては、がんぎおよび入爪を、シリコン、ジルコニア、炭化ケイ素、窒化ケイ素から適宜選択する構成としている。
【0069】
(作用効果の説明)
以上のような停止面211の形状を有する入爪210により、本実施形態は、以下のような作用効果を有している。なお、以下に説明しない点については、上述の実施形態と同様である。前述のように、がんぎ車221にたいするてんぷ40のトルク比は、アンクルに対するてんぷのトルク比と、がんぎ車に対するアンクルのトルク比の積で表される。まず、アンクル205に対するてんぷ40のトルク比を考えると、以下となる。
【0070】
てんぷの振り石202から、ハコの内周面の出爪側の面208への力の伝達を考える。静的に見た場合、振り石202からハコ内周面の出爪側208への力の伝達方向は、振り石202とハコ内周面の出爪側の面208の接触点からハコ内周面の出爪側の面208に対して引いた法線251の方向であるが、振り石202とハコ内周面の出爪側の面208には摩擦があるため、停止解除期間中の振り石202からハコ内周面の出爪側の面208への力の伝達方向は、この法線251から摩擦角λ1だけてんぷの回転中心C3の方向に偏角した方向となる。ここで、力の伝達方向252と中心線Vの交点を交点Sとすると、てんぷとアンクル205のトルクの比は、てんぷの回転中心C3からSまでの距離と、アンクルの揺動軸C1からSまでの距離の比と等しい。ハコ206の内周面が平面で構成されていることと、振り石202が円周上を移動することによって、交点Sは停止解除の期間中、アンクルの揺動軸C1に向かって移動していく。よって、アンクル205に対するてんぷのトルク比は、停止解除の期間中に増加していく。
【0071】
一方、アンクルとがんぎ車のトルク比を見てみると、以下のようになる。まず、がんぎ歯のロッキングコーナー224から、入爪停止面211への力の伝達方向を考える。
本実施形態においては、がんぎ歯のロッキングコーナー224と入爪停止面211の間に摩擦がほとんどないため、がんぎ歯のロッキングコーナー224から、入爪停止面211への力の伝達方向は、がんぎ歯のロッキングコーナー224から入爪停止面211に対して引いた法線215の方向となる。ここで、法線215と中心線Vの交点を交点Tとすると、アンクル205とがんぎ車221のトルクの比は、揺動軸C1から交点Tまでの距離と、回転軸C2からTまでの距離の比と等しい。図1および図2に示すように、本実施形態においては、入爪停止面211は、停止解除中に交点Tが停止解除開始時の位置からアンクルの揺動軸C1の方向に移動するように成形されている。このように構成することによって、本実施形態においては停止解除の期間中、がんぎ車に対するアンクルのトルク比は減少していく。
【0072】
アンクルに205対するてんぷ40のトルク比が、入り爪210における停止解除開始時において例えば0.22であり、停止解除終了時においては例えば0.25に増加するものとする。これに対して、入り爪210における停止解除終了時において、がんぎ車221に対するアンクル205のトルク比が例えば0.25であり、停止解除終了時に例えば0.22に減少するものとする。この場合、がんぎ車221に対するてんぷ40のトルク比は、停止解除の開始時と終了時双方において、0.055となる。トルク比はアンクル205の揺動角度に対して直線的に変化するため、この場合、停止解除期間中のどの時点でも、がんぎ車221に対するてんぷ40のトルク比は変化しない。よって、てんぷががんぎ車221を逆転させるために必要なエネルギーは停止解除期間中に増加しないため、てんぷ40のエネルギー損失を抑制することができる。
【0073】
なお、上述の各実施形態の入爪の停止面の形状を金属顕微鏡や2.5次元測定機で測定し、測定した座標から、がんぎ歯から入爪の停止面に力が伝わる方向と、アンクルの揺動軸とがんぎ車の回転軸を結ぶ中心線との交点Tを求め、交点Tの位置が停止解除の期間中に動かない、または従来技術に比べて交点Tの移動が抑制されていることで本実施形態の入爪の形状を確認することもできる。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明によれば、スイスレバー脱進機を使用しているあらゆる機械式時計において、脱進機のエネルギー伝達効率を向上させることができ、より精度の高い機械式時計を提供することができる。
【符号の説明】
【0075】
1 時計
10 ムーブメント
30 脱進機
40 てんぷ
105 アンクル
110 入爪
111 停止面(係合面)
121 がんぎ車
122 がんぎ歯車
115 法線
116 直線(トルク伝達方向)
C1 アンクル揺動軸(揺動軸)
C2 がんぎ車回転軸(回転軸)
V 中心線(回転軸と揺動軸とを通る直線)
λ2 摩擦角
T、T1、Tu 回転軸と揺動軸とを通る直線とトルク伝達方向との交点(交点)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11